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男の過去~喪失編~

全てを失ったあの日から一年が経った。復讐のため、男は何度も、何度も軍部の門を叩いた。だが、子供のすることをいちいち相手にするほど軍の人間も暇ではなく、いつも門前払いを受けて施設へと男は帰らされるのだった。
しかし、追い返されても毎日居座り続ける男に門番もとうとう観念したのか、男が門の前で何かする分には文句を言わなくなった。

門番「なあ、そろそろ帰る時間だぞ」

男「……」

門番「今日も返事はなし……と。聞きたくないけど、お前いつまでこんな事続けるつもりだ? いくら軍に入りたいからってここに居座ったところでまだお前は子供なんだから軍には入れないんだぞ」

男「……」

門番「それにな、軍に入ったとしても厳しい訓練があるし命を落とすなんてそれこそ一瞬なんだ。お前みたいな子供達を守るために、今俺たち軍部の人間は頑張っているんだからその行為を無駄にするような事をしないでもらえると嬉しいんだがな」

男「……のちなんて」

門番「ん?」

男「僕の命なんて……エルフの奴らを殺し尽くせるのなら幾らでもくれてやる。殺してやるんだ、絶対に……」

門番「……はぁ、聞く耳持たないか。もういいや、とりあえず俺は何も見ていないから問題だけは起こさないでくれよ」

そう言って門番の兵士は男の側を離れて定位置へと戻る。男は門のすぐ傍にジッと座って、兵士達が中に入って行くのを見続けていた。

しばらくして、男に声をかけた兵士が交代の時間になり、他の兵士と入れ替わろうとしようとした時、軍部にある分隊が訪れた。

女隊長「みんな~軍部に着いたよ!」

明るく、張りのある声を響かせるまだ若い女性。数名の集団からなる分隊の隊長と思われる彼女の言葉に続くように、兵士達が安堵の声を上げる。

男剣士「ようやくかよ。もう腹へって死にそうだ」

男弓使い「同感だな。報告最優先ってことで食事をする暇も惜しんでここまできたんだ。これで腹一杯食事ができなかったら俺は女隊長を弓の的にでもしよう」

女槍士「まあ、まあ。女隊長がこうなのはいつものことでしょ? 満足いく食事が出なくても許してあげなって」

男槌士「いいや、許さん。ワシはこやつの隊に就く条件に飯をたくさん食えることを保証するということで契約したのだ。他の者が飯を食えんくても、ワシだけは腹一杯になる権利がある」

女魔法士「男槌士さんは、意地汚いと思います……」

女剣士「そ~そ~。いざとなったら他の隊の飯奪ってくりゃいいんだって」

女隊長「はい、はい。みんな不満があるようだけど、食事はちゃんとお腹いっぱい食べられま~す! それよりさ~、せっかく無事に帰って来れたんだからご飯以外の話は何かないわけ?」

男剣士「ないな」

男弓使い「ないね」

男槌士「ないのう」

女槍士「う~ん、お風呂?」

女魔法士「え、えっと……できれば新しい服が欲しいかな~って」

女剣士「やっぱりご飯でしょ!」

女隊長「大半はやっぱりご飯なのね。確かにお腹減ってるけど、もっと大事な事があるでしょ」

男剣士「例えば?」

女隊長「え~……コホン。この度も我が隊は一人も死傷者を出すことなく任務を遂行する事ができました! みんな、お疲れ! よく生き残ってくれた! みんなと一緒にこれからもまた過ごせると思うと私は嬉しいよ。ついでにご飯も食べれて嬉しいよ!」

男剣士「うわっ……こいつよく恥ずかし気もなくこんなことを満面の笑みで言えるな」

男弓使い「そうですね、この状況で他人にフリができないのは厳しいです」

男槌士「お前さんは馬鹿なのか?」

女槍士「あ、え~っと、私も嬉しいよ?」

女魔法士「恥ずかしい……」

女剣士「なんだかんだ言ってるけど、あんたも結局飯食いたいんじゃん」

女隊長「協調性の欠片がまるでない!? うちの隊大丈夫かなぁ……」

みんなで一人の女性をからかいながら門の前に歩いて行く。その様子を見つめていた男は知らず強く唇を噛み締めていた。あの日以来、誰かが楽しそうにしているのを見ると無意識に苛立ってしまうのだ。
笑顔を浮かべあう彼らを自然と睨みつける男。そんな男の視線に気がついたのか、女隊長が気まずそうに他の隊員に告げる。

女隊長「ど、どうしよ。ちょっと騒ぎすぎたかな……。あの子ものすごい形相で私たちを睨んでるよ」

おろおろと慌てふためき、隊長らしからぬ行動をとる彼女に他の兵士達は告げる。

男剣士「そりゃ、あんだけ騒いでりゃ普通はうるさいもんだろ」

男弓使い「まあ、そうだな。それにしてもあの子は浮浪児か?」

男槌士「いや、そうではないんじゃないかのう。ほれ、服が綺麗だし」

女槍士「じゃあ、何であんなとこに座ってるんだろう。もしかして誰か待ってるとか?」

女魔法士「ど、どうなんでしょう?」

女剣士「こういう時は本人に直接聞いてみりゃいーんだって」

そう言って女剣士が隊から離れて男の傍に駆け寄った。そして、男の目線に合わせるようにしゃがみこんで、声をかけた。

女剣士「やっ! 少年。こんなところで一人で座ってな~にしてんだ?」

男「……」

女剣士「な、なんだよぉ。無視すんなよ……。お姉さんちょっと傷ついたぞ」

あまりにも無反応な男に女剣士は地味に傷つき、とぼとぼと隊のみんなの元に帰って行った。

男剣士「なんだよ、やけにあっさり帰ってきたな」

女剣士「いや、あの子は強敵だよ。何の反応もしてくれないのは予想外だった」

男弓使い「気難しい子なんじゃないかな? なんにせよ、僕等には関係ないんだし、早く中に入ろうか」

女剣士「あ、うん……」

女隊長「……」

女魔法士「どうかしました? 女隊長さん」

女隊長「い、いやっ! 何でもないよ~。みんなお腹減ってるもんね! 早く報告済ませて食事にしちゃおっか」

男槌士「そうじゃ、そうじゃ。はよせんか馬鹿者ども」

男槌士に促されるように隊員達は門を通って中へと入って行く。そんな中、それまで先頭を切っていた女隊長が最後尾へと回り、その場から全く動こうとしない男に視線を向けていた。

女隊長(あの子、なんだか気になるなぁ……)

女槍士「女隊長、早く行くよ~」

女隊長「ごめん、ごめん。今行く~」

男「……」

隊員達が門を通り、その場を過ぎ去るまで、男はずっと黙ったままその背を見続けた。そして、この出逢いが後に彼を変えて行く事になる出逢いとなるのだった。

任務の結果報告を終えた女隊長一行は、施設にある食事場に来ていた。久方ぶりの豪勢な食事に隊員達は皆心踊らせて、各々好きなものを好きな量だけ頼んで食事にありついていた。
戦場では簡易食だったり、食事をろくにとれなかったこともあり、隊員達の食事への欲求は凄まじかった。一口、一口じっくりと味を噛み締めるように食べる者もいれば、次から次へと料理を胃へと流し込む者もいた。

男剣士「あ~っ! うまい飯にありつけると生き返った気分になるぜ」

女剣士「同感。あっちじゃマトモなものが出た試しがないからね。戦闘の休止中に森なんかで野生の動物を捕って食べるのが極上の食事なんだからさ」

女槍士「というか、これじゃあ私たちご飯のために頑張っているみたいよね……」

女魔法士「あながち間違いでもないのが悲しいです。うぅ、私の人生どうしてこうなったんでしょう」

男槌士「泣くでない、愚痴なら男弓使いが酒場で幾らでも聞いてくれるからのう」

男弓使い「ちょっと待て。どうしてそうなる」

一時の安らぎに心委ねて束の間の休息を堪能する隊員達。戦場での張りつめた空気はそこにはなく、ただただ笑顔だけが彼らの表情に浮かんでいた。ただ一人を除いて……。

女隊長「……はぁ」

そう、女隊長を除いて。
他のみんなが歓談している中、女隊長は一人窓際の席にてじっと外を見つめていた。軍部の三階に存在する食事場の窓からは施設に入る前からずっと門の前に座り続けている少年の姿が目に入る。
まるでこの世界から拒絶され、たった一人で絶望を抱え込んだような目をした少年。それでいて、その瞳の奥深くには鋼鉄のような堅い意思が感じられた。
見るものを引き込む、燃え上がるような熱い意思。見覚えのあるその眼差しに女隊長は不覚にも魅入られた。
幼いながらにして世の中に絶望してしまう人は確かに存在する。それ自体はそう珍しい事はない。しかし、絶望を抱きながらも諦めず、目標を見定め前に進もうとしている者をあの年頃の子供で見たのは初めてだった。
だからだろうか、女隊長は初めて会ったばかりの、それも言葉すら交わしていない少年の事がやけに気になってしょうがなかった。

女隊長「……はぁ」

そんな彼女の様子に気がついていて敢えて何も言わなかった女槍士だったが、ここに来てとうとうその我慢にも限界が来た。

女槍士「ちょっと、女隊長。しっかりしてよ! そんなにあの子が気になるのならちゃんと話してきたらどう?」

女槍士の言葉に、それまでそれぞれ会話を繰り広げていた各自の口が塞がり、両目が一斉に女隊長の元を向いた。

女隊長「べ、べつに気になってるわけじゃ……」

女槍士「はいはい。そういう建前はいらないから。ここにいる大半のメンツはあなたが今みたいな状態になって、最終的には連れ込んでるんだから。今更違うって言われても嘘にしか聞こえないわよ」

女隊長「ぐぬぬ」

女槍士にやり込まれながらも、中々自分の心に素直になろうとしない女隊長。そんな彼女を見て、思わず男剣士が声をかけた。

男剣士「遠慮なんてらしくねーぞ。だいたい、お前あの男の子が気になって全然飯進んでねえじゃねえか。
うちの食事は明るく、楽しくがモットーだろ? そんな悩まれても飯が不味くなるから、とっととあの子のところに行ってこい」

そう言って、男剣士は女隊長の腕を掴んで部屋の外へと連れ出した。拒絶の言葉を男剣士に投げかける女隊長だったが、抗議も虚しく、ずるずると部屋の外へ放り出されてしまった。

男剣士「お前、目的が達成されるまで帰ってくるの禁止な」

ピシャリと勢い良く扉を閉め、男剣士の姿が消える。そして扉の向こうからは再び歓談の声が沸き上がる。食事場から追い出されてしまった女隊長に残された道は、門の前にいる少年の前に向かう事だった。

女隊長「よ、よしっ」

気合いを入れて女隊長は廊下を歩いて行く。そんな彼女の後ろ姿を僅かに空いた食事場の扉の隙間から、他の隊員達が覗き込んでいるのだった。

男剣士「まったく、相も変わらずうちの隊長はよ~」

男弓使い「なんと言うか、変なところで優柔不断で」

男槌士「強情というかなんというか」

女槍士「自分の気持ちに素直にならないし」

女魔法士「一癖も二癖もあるような人を見つけては拾ってきますし」

女剣士「とりあえず言える事は……」

そう言って一度それぞれの言葉が途切れた後、今度は全員一斉に同じ言葉を呟く。

隊員達「世話の焼ける隊長だな~(のう~)」

日が徐々に暮れ始め、周りを歩く人々が帰路につき始める。手を繋いで明るい笑みを浮かべる親子もそんな人々の中にいた。そんな親子を座り込んだまま虚ろな瞳で男はジッと見つめていた。
知らず、あの日に枯れ果てたはずの涙が身体の奥底からにじみ出そうになるのを感じた。もう取り戻す事のできない懐かしい日々を思い出して、自然と身体が反応したのだろう。
弱いままでいたくなくて、何もできずに涙を流す事しかできない自分が嫌だった。変わりたいと思ってこの一年身体を鍛えたり、こうして軍部の前に居座り続けたが己は何か変わったのかと自問する。
だが、答えは返ってこない。変わったといわれれば一年前に比べて少しは筋力も付いただろう。だが、それだけなのだ。エルフ達と戦う力などまだまだない。それどころかそのエルフ達と戦うための場に出る事すらもできていない。
結局、自分は一年前から変化していない。子供だからという理由で守られて、虚勢を張り続けてきた。そして、心のどこかでその理由に甘えてきた。
変化が欲しい。本当にエルフ達と戦えるくらいの力を手に入れたい。男はそう……願っていた。願い続けて、いた。
涙が一滴、頬を伝う。それを隠そうとして膝に顔を埋めた。そんな時だった……。

女隊長「ねえ、君もしかして泣いてるの?」

不意に頭上から声がかけられた。それは少し前にこの軍部の中に入っていった女性の声だった。陽気で、緊張感なんてまるでなく、へらへらと笑っていた女性。女隊長という名で呼ばれていた女性だ。
先程と同じく無視をしようかと男は思った。しかし、一向に己の傍を離れる気配のない女性に苛立ち、つい荒っぽい返事をしてしまった。

男「泣いてない! 僕の事は放っておいてどっかいってくれよ」

顔を俯けたままいっても説得力はなかったが、男は女性を拒絶するしかなかった。家族、友人、知人をなくしてから優しさを向けられるのがずっと怖かったからだ。
大切な人を作ってしまったら、またあのエルフ達に奪われるんじゃないか? そんな悪夢を何度も見続けてきた。だから施設で自分を心配してくれる人たちの元を離れて、優しさが届かないようにした。朝と夜遅くだけ施設に帰り、それ以外はこの場所へと。
だが、ここに来ても門番や兵士達は自分の心配をするばかりだった。子供だから、守るべき対象だから。そう言って……。
結局、自分のことを本当に理解してくれる人はいないのだろう。子供は子供らしく、昔を忘れて新しい人生を生きろということなのだろう。
だが、男は自分にそれができるとは思わなかった。あのエルフを殺すまでは、家族達の復讐を遂げるまでは先に進めるとは思わなかったのだ。

女隊長「ねえ、顔あげてよ。君はどうしてこんなところにずっと座り込んでるの?」

拒絶してもなお傍に居続ける女性に嫌気がさし、顔をあげて睨みつける男。そんな彼を見て女性はクスリと笑みを浮かべた。

女隊長「ほら、やっぱり泣いてる。どうしたの? 私でよければ話を聞くよ?」

そっと頬を伝った涙の残滓に手を伸ばし、男の顔に触れる女隊長。すっと心の隙間に入り込むように己に触れた女隊長に男は驚いた。すぐにその手を振り払おうとするが、女隊長の余りにも穏やかな表情を見てしまい、毒気を抜かれてしまう。

女隊長「あ~、あ~。こんなに傷ついちゃって。見てて痛々しいなぁ。自分で、自分を傷つけて。そのくせ差し伸べられる手は振り払ってきたんだね」

驚きはそれだけに留まらなかった。あろうことか、目の前の女性は今まで男が誰にも明かした事のなかった胸の内を把握して、それを口にしたのだ。

男「なんで、わかるの?」

不思議そうにする男に女隊長は、

女隊長「ん? それはね……」

男の口元に人差し指を当てて答える。

女隊長「内緒だよ」

えへへと気の抜けた笑みを浮かべる。そんな彼女を見て男は気を張るのが馬鹿らしくなったのか、肩の力を抜いて笑い返した。

男「ははっ」

女隊長「あっ! やっと笑った。さっきまでの顔より今の方が君にはずっと似合ってるよ」

そう言って女隊長は顔に当てていた手を引き、男の前に差し出した。

女隊長「私は女隊長っていうんだ。君の名前は?」

男「僕の名前は……男」

差し出された手を握り、男は立ち上がる。握りしめた手は温かかった。

女隊長「そっか、男って言うんだ。ねえ、男。よかったら私たちと一緒に食事でもしない? 男さえよかったらどうしてここにずっと座り続けていたとか話してほしいんだ」

男「うん」

己より大きな手に引かれて男は軍の門を超えて行く。今日、この日をもって男は停滞の日々に終止符を打ち、新たな一歩を踏み出した。
だが、それが更なる悲劇の始まりだという事にこの時の彼はまだ気づくことはなかったのだった。

荒れ果てた土地、やせ細り、人々によって踏みあらせれたその場所には幾つもの簡易テントが立てられていた。負傷者の一時治療所、補給部隊の待機地点、そして戦場から経過報告を告げるために戻ってきた兵士たちが身体を休めるための場所がここだ。
ここから遥か先では巻き上がる砂埃の中に轟音や火花を散らし争っている人々がいる。飛び散る罵声や血潮、そして肉片。殲滅目標であるエルフ達との戦いだ。
早急にでも戦いを終わらせて家族の元に帰りたい兵士達。そんな彼らに殺されまいと必死に抵抗し、敵を倒そうとするエルフ達。
仲間を殺し、殺され、双方ともに争いを終わらせるため、憎い敵を討つために争いを続けていた。その表情にもはや慈悲も遠慮も何もなく、あるのは憎悪と敵を討ち取った際の達成感。
そして、一時とはいえ戦場を離れたこの場所にいるものたちの表情に浮かぶのは虚無感。
長い時を経てもなお終わらない戦争は泥沼化し、戦場に立つ者の精神を可笑しくさせていた。それは己が可笑しくなったと誰もが理解できないほどに。

女隊長「偵察任務……ですか?」

補給地点にて前線の状況を伝えるために戻ってきた女隊長はそこで上官から新しい任務の話を聞かされる事になった。

上官「ああ、そうだ。どうにも西の山岳付近でエルフたちが集団で移動しているという報告を受けた。はぐれなのか、そう偽っている向こうの戦力の一部なのかはわからないが、何か事が起きてからでは遅いと思ってね。
 君の所の隊は連携も取れているし、戦力も申し分ない。それになにより兵の帰還率が100%というのが一番大きい。こういった偵察任務では一人でも生き残りがいれば任務が達成される。目標の目的が何かは未だにわからないが、それがなんであろうとエルフは人にとって害敵だ。
 何も知らないただのはぐれならすぐさま殲滅。万が一向こうの兵力だった場合はこれを捕らえて拷問、目的を吐かせてもらいたい。ただし、接触はなるべく最小限に。捕らえる事が不可能で、手に負えないようなら戦闘は回避して帰還したまえ」

女隊長「了解しました。我が隊はこれよりエルフ一行の偵察、及び殲滅任務に就かせていただきます」

上官から新しい任務を承った女隊長はそのままその場を後にしようとする。背を向け歩き出そうとする女隊長に上官がふと思い出したように声をかけた。

上官「そういえば、一つ聞いておこうと思っていたことがあったな」

声をかけられた女隊長はその場に留まり振り返る。

女隊長「なんでしょう?」

上官「君の隊にいるあの少年だが、一体いつまで傍に置いておくつもりだね。はっきり言わせてもらうが彼はどちらかといえばこの場には不要な人間だ。負傷兵の治療や食料の配給など手伝いをしてくれている点は認める。
 だが、戦力にはならない。人手が足りていないのは確かだが、かといってあのような幼子をこの場に出すのは私も心苦しい。
 彼のような若い世代が笑って暮らせるようにこうして我々が戦っているというのに、ここで現実を見せて心に癒えることない傷をつける必要もないだろう。いい加減安全な街に置いて行ったらどうだね?」

容赦ない上官の言葉に、女隊長は視線を逸らさず、まっすぐに目を向けて返答する。

女隊長「いえ、それは必要ないと思います。私たちに付いて来る判断をしたのはあの子自身です。戦力がないのは百も承知、私たちの知識や戦闘技術を空いている時間に教えたりもしています。
 戦う力はない、でも邪魔になりたくはないとわかっているからこそあの子は自分にできる事をやっています。人手が足りていないこの状況なら使えるものはたとえ子供でも使うべきかと。
 それに、彼はあなたが思っている以上に現実を見て傷を負っています。それでも私たちについて来ると決めてこの場所にいるんです。なら、私たちがこれ以上何かを言うことはできません」

上官「……そう、か。わかった、彼に関してはもう何も言わないでおこう」

女隊長「ありがとうございます」

普段の頼りなく、明るい女隊長はそこになく、ただただ冷静で大人な女兵士がいた。普段の彼女とはまるで正反対な、女隊長。そう、ここは戦場。一歩そこに立てば必然的に人も変わる。コインの表と裏が切り替わるように。
だが、彼女の表は果たして普段の明るい性格が本当のものだったのだろうか……。

女隊長「要件はこれで以上でしょうか? では、失礼させていただきます」

再び、上官に背を向けて仲間の元へと歩き出す女隊長。そんな彼女の姿が見えなくなると同時に上官はぼそりと呟く。

上官「君はそうやって理由をつけてあの少年を置きたがるようだが、実際は死んだはずの弟と姿を重ねているんじゃないのかね」

その問いかけに答える者は誰もおらず、代わりに新しい報告書が彼の元に運び込まれるのだった。

女隊長が上官の元へと報告へ向かっている間、分隊の一同は円を組み、ある出来事をジッと見守っていた。
空き場の地面に埋められた三つの立て板。その先端部に丸い円を書いた的を少し離れた位置から一人の少年が見つめていた。
高鳴る鼓動を意識しないようにし、深く息を吸い込んで呼吸を落ち着ける。緊張はかなりしていたが、それでもこれまでの努力を見せる時だと己を奮い立たせる。

女魔法士「大丈夫? 無理ならまた今度でいいんだよ?」

彼の師匠の一人でもある女魔法士が心配そうに少年を見る。だが、そんな彼女にきっぱりと少年は告げる。

男「大丈夫、練習は今までもしてきたし。たぶん……できる」

目を閉じ、暗闇に包まれた中、己の頭に今から行うことを想像する。目標は前方に存在する三つの的。それに向かって魔法を放つ。教えてもらった魔法の紋様を思い浮かべ、暗闇を照らす光としてそれを脳内に描いていく。
脳内でイメージ通りに描ききれたところで少年は目を開けて目標の的を再び見据えた。

男「いくよっ!」

口にすると同時に男は指先で紋様を描き出す。それは魔法を発動させる際に必要な動作だ。優れた魔法使いになれば魔法紋を描かずとも魔法を発動させる事ができるようになるが、余程強くイメージを保たない限り、魔法は発動しない。
紋様を描くのはその魔法のイメージを強めると同時に、確実に魔法を発動させるための補助的要素があるのだ。
指先から宙に描き出される光の紋様。ミスは許されない。身体を巡る魔力を意識し、それを指先へと流して行く。
描き、描き、そしてついに紋様が完成される。イメージした魔法が紋様の補助によってその姿を形作り、顕現する。
光の紋様が消えると同時に三つの火の玉が宙に浮かび上がった。

男剣士「おっ!」

女剣士「おお~」

この状況を見守っている者の中から思わず声が上がる。だが、まだ終わりではない。

男「あとは、これを的にぶつける……」

意識を集中し、三つの的に向かって男は火の玉を投げつけた。

勢い良く加速し、目標へ向かって飛びかかる火球。高温の熱を内にその身に秘めたそれはそのまま的へと衝突すると思われた……。

男槌士「むっ……」

男弓使い「あれ?」

しかし、三つの火球の内二つが的へぶつかる直前でその軌道を変え、横へとそれてしまった。結果、一つは的へと直撃し木の板を爆散させた。残った二つのうち一つは的にかすったものの、全体をぶつけることができず、最後の一つに至っては的に触れる事すら叶わなかった。

女槍士「あ~っ! 惜しい!」

一連の結果を見届け、誰もが口を閉ざしている中、第一声をあげた女槍士。そして、彼女の言葉を皮切りに、他の隊員達が口火を切り始める。

男剣士「あとちょっとだったな~。でも、この年で火球を三つも出せる時点ですげえと思うぞ」

男槌士「そうじゃ、そうじゃ。自分なんて魔法なぞ使う事すらできんからのう」

男弓使い「そうだな。でもこれってどう判断すればいいんだろう」

男弓使いの言葉に他の隊員達は顔を合わせて悩みだす。そう、これは男の魔法の特訓でもなんでもなく、ある試験を彼に行わせていたのだ。
それは、火球を生み出す魔法を使い、三つの火球を生み出し、その内の二つを的に命中させるというものだ。

女魔法士「一応、的には当たっていますし……合格でいいんじゃないですか?」

女槍士「私もそう思うけどさ、でもちゃんとは当たってないんだよね。ここで甘やかしたら駄目なんじゃない? 一応大事な試験だし」

女剣士「う~ん、別に合格でいいと思うけどね~。実際これだけの腕があったら普通に戦えると思うし」

肯定的な意見が次々と上がり、それまで少し不安そうな表情を浮かべていた男に笑顔が現れだす。

男「じゃ、じゃあっ!」

もしかしたらと溢れ出る喜びを抑えられず、身を乗り出す男。そんな彼に女槍士が問いかける。

女槍士「一応もう一度だけ聞いておくけれど本当にいいの?」

男「いいさ、いいに決まってる! 僕はこのためにずっとみんなと一緒に居続けたんだ。確かに、最初はエルフに復讐する事ばかり考えて戦場にでていたよ。
 でも、実際に戦場に出て自分に力がないのがわかって、エルフ達がどれほど恐ろしい存在かもわかった。それからみんなの力も。
 今の僕じゃやれる事も限られているけどそれでもみんなの力になりたいんだ。僕に魔法を教えてくれて、エルフを倒す力をくれた。危険な戦場での生き方や対処法を教えてくれて、僕を守ってくれたみんなの力に。
 だから、お願い。僕をみんなと一緒に戦わせて!」

頭を下げ、真摯に仲間達に訴える男。そんな彼を見て隊員達は笑顔を浮かべる。

男剣士「ったく、ここまで頼み込まれちゃ仕方ねえよな」

男弓使い「まあ、無茶しそうになったら俺たちが止めればいいんだし」

男槌士「年少者の面倒を見るのは年上の義務だしのう」

女魔法士「男くん、ずっと頑張ってきてましたしね」

女剣士「ま、みんながいいっていうんならいいと思うけどね」

女槍士「ということだけど、どう? 女隊長」

気がつけばいつの間にか隊員達の背後に女隊長が立っていた。苦い表情を浮かべ、仲間達の意見を聞いている女隊長。最後の決断を任せられた彼女は困ったように男を見ていた。そして男また彼女に自分を認めてもらおうと説得の言葉を口にする。

男「お願い、女隊長。僕を戦いに参加させて! 絶対に、役に立ってみせるから!」

強い眼差しで己を見つめて来る男に女隊長は困ってしまう。こういった目をした人を自分が止める事はできないとわかっているからだ。

女隊長「……一つ、約束して。絶対に無茶はしないって」

真剣な女隊長の言葉に男は無言で頷いた。

女隊長「そう。それがわかっているならこれ以上私が何か言う事はないかな……。男、今日から君は私たちの隊の支援役として一緒に敵と戦ってもらうね。
 試験は合格。以上……だよっ」

女隊長がその言葉を口にすると、それまで静かにこの成り行きを見守っていた他の隊員達が一斉に歓声を上げた。

男剣士「いよっしゃああああああああ! やったな、男! これでお前は正式に俺たちの仲間だぜ!」

男弓使い「こら、そんな言い方だと今までが正式な仲間じゃなかったみたいだろうが。でも、まあおめでとう男。これから頼りにしてるよ」

男槌士「よかったのう、男。でも、これで満足してはいかんぞ。これからも鍛錬を続けてより強くなれるようにするんじゃぞ」

女魔法士「男くん……。よかっだでずねえぇっ……」

女剣士「うわっ! 女魔法士のやつ泣き出した。鼻水垂らしてこっちこないでよ、ばっちいなぁ」

女槍士「まあ、まあ。女魔法士は男の師匠でもあるんだから、みんなよりも感動もひと際大きかったんでしょ。それにしても、よかったね男。これからもよろしくね」

男「みんな……ありがとう。僕、これからもみんなの役に立てるように頑張れるよ……」

男剣士「おいおい。男たるものこの程度で泣いてるんじゃねーよ。女々しいと思われるぞ」

男弓使い「とかなんとか言って、自分だって目尻に涙浮かべて必死に泣くのを我慢してるくせに」

男剣士「ばっ! ちげえよ、これはだな……そう! 汗だよ、汗。緊張して見てたから汗かいたんだよ」

男槌士「なんとも見苦しいいいわけじゃのう。まあ、めでたい事じゃし泣こうが別にいいんではないか?」

男剣士「だから、ちげえってば!」

喜びを分かち合う仲間達を一歩距離を置いて眺めている女隊長。今まで男を戦闘に参加させず、今回も試験を課して少し厳しい事を言ってきた女隊長だったが、その胸の内は隊員達と同じように喜びに溢れていた。

女隊長(よかったね、男。ホント、これまでずっと頑張ってきた成果が出て私も嬉しいよ)

仲間達の喜びの輪に入らずにいた女隊長だったが、そんな彼女に今回の主役の男が気がついた。そして、幾つもの手にもみくちゃにされている中を飛び出して、女隊長の元へと駆け出した。

男「女隊長!」

勢いよく女隊長の胸へと抱きついた男。急に抱きしめられた女隊長は突然の事に戸惑い、同時に驚いた。

女隊長「あっ、えっ!? えと、男? どうしたの?」

男「ううん。ただ、お礼を言いたくて……。いつも僕の練習を手伝ってくれて。僕の事に気をまわしている余裕もなかったのに」

女隊長「私は何もしてないよ。男がただ、頑張っただけなんだから」

男「それでも、お礼を言いたいんだ。あの日、女隊長が僕に声をかけてくれなかったらきっと僕は今でもあの門の前で立ち止まったままだった。そんな僕を外の世界に連れ出して、戦争の恐ろしさを、そしてそこでの生き方を教えてくれた。
 だから、今の僕があるのはみんなの……女隊長達のおかげだ」

男の感謝の言葉に照れてしまったのか、女隊長は顔を赤くし、視線を男から背けている。

女隊長「あの……ね、男。そろそろ離れてくれないと私……」

そう言いつつそっと男の背中に腕をまわして優しく抱きしめる女隊長。互いに抱きしめ合う状況がしばらく続いた。

男「……」

女隊長「……」

見つめ合う男と女隊長。甘い空気がその場に漂い始めたその時、二人だけの世界に割って入ったのはこういう状況に頼もしい女槍士だった。

女槍士「……こほん。あの、そろそろいいかな二人とも?」

その言葉を聞いてようやく我に返ったのか、はっとした女隊長が男を己から引き離した。

女剣士「いや~、女隊長に少年趣味があるとは思わなかったな~」

女魔法士「年下の男の子と大人の女性の恋愛……。ありですね……はぁ、はぁ」

男剣士「男め……うらやま。いや、けしからん」

男弓使い「羨ましいなら素直にそう言えばいいのに」

女槍士「まあ、とりあえず自分よりも一回りほど年下の少年に手を出すのは……。まあ、趣味は人それぞれだけど、後二年くらいは待ってあげなよ」

女隊長「な、な、ななっ! 違うよ! そんなんじゃなくてっ! だって、急に男が抱きついてきて、その無理に突き放すのもかわいそうだし、だから……えっと」

男槌士「そのわりには男を離すまいとしっかり抱きしめ返しておったようじゃったがのう」

女槍士「うん、うん」

女魔法士「私も師匠として一緒に魔法の練習したのに……」

みんな男の行動や女隊長の行動に特に深い意味はないと分かって入るもののからかうのは止めない。いつも通りの展開になった仲間達を見て男は笑顔を浮かべる。
新しい家族とも呼べる仲間達ができたことによって浮かべる事ができるようになった笑顔を。

男「みんな、そんなにからかったら女隊長がかわいそうだよ!」

再び仲間達の輪に入る男。戦場で誰もが傷つき、壊れて行く中、この仲間達は堅く強い絆で結ばれていた。


いつだったか、誰かがこんな事を口にしていた。
別れは本当に予期せず、一瞬にして訪れる。だからこそ、自分たちは後悔をしないように今を精一杯生きて、繋がりので来た人と人との関係を大事にしていくのだと。
それを聞いて子供心になるほどと男は思った。確かに人との縁というものは大事だと。今一緒にいる分隊のみんなと出会った事で、自分の心は確かに救われ、彼らの力になりたいと思うようにもなった。
素晴らしい出逢いに感動し、心揺さぶられ、笑顔を取り戻した。だからこそ、気づかないうちに彼は浮かれて大事な事を忘れていたのだ。
別れは訪れる。それは、早いか遅いかの違いだけで、必ず起こるのだ。そして、命を賭け合う戦場ではそれがどれほど早くなるか。そんな大事な事を、今まで運良く隊の誰とも別れを経験しなかった彼は……忘れていたのだ。

エルフ一行の偵察の任を受けてはや一週間が過ぎようとしていた。エルフ達が目撃された地点は既に過ぎ、そこに残された僅かな痕跡を辿って男達はエルフ達を追跡していた。
しかし、己の存在を相手に気取られてはいけない偵察任務では行進は慎重にならざるをえず、その歩みは遅く、更には木々やでこぼことした獣道が進行速度をより遅れさせていた。
そして、それとはまた別に彼らの行く手を阻む存在も。

男剣士「気をつけろ、猪型の魔物だ! 男、女魔法士援護頼む! 火の魔法は目立つから極力使うなよ」

男「わかった!」

女魔法士「了解です」

視線の先に存在するのは普通の猪より一回り大きな体躯の魔物。鼻横から生えている二つの牙は長く、鋭い。突き刺さればそのまま絶命するだろう。
山奥に現れた久方ぶりの大物な獲物を見て興奮しているのか、猪は鼻息を荒げてこちらを地面を何度も踏みつけ、こちらを睨みつけていた。
そんな猪に対して剣を構え、牽制をするのは男剣士。彼の後ろには、援護をするため魔法紋を描き始めたのは男と女魔法士。
宙に描かれる幾何学模様の魔法陣や文字の羅列。その一つ、一つに意味の込められた常人には理解できない魔法起動のためのプロセス。
単体では効力のないそれを全て描き終えた時、魔法は発動し、その効力を真に発揮する。
そして、それを行うには魔法紋を途中で中断させることなく描き終えなければならないのだ。
この間、男剣士の役割は彼らの潤筆が終わるまで盾となり、時間を稼ぐ事だった。
しかし、獰猛な魔物が彼らの考えを読み取って待ってくれるかと言われればそんなはずもなく、目の前に現れた獲物めがけて己の武器である鋭い牙を突き刺すため突進してきた。

女魔法士「行きます!」

まず最初に魔法を発動させたのは女魔法士だった。魔法紋からは目には見えない渦巻く風の刃がいくつも宙に浮かび、轟音を上げて周りの葉や砂を巻き上げている。
それを見た男が次に魔法を発動させる。魔法紋からは光が発せられ、離れた場所に立つ猪の足下から太い蔓が生え、その足に絡み付き動きを止める。男の援護を確認すると女魔法士は宙に留めていた風の刃を一斉に解き放つ。
凄まじい速度で猪の元へと飛んで行く風の刃。まるで抜き身の名刀がいくつも飛び交うようなそれは猪の身体を容赦なく切り刻み、その身体から大量の血を吹き上がらせた。
絶叫を上げる猪。だが、そんなことで情けをかける男達ではなく、男剣士は剣を横に水平に構えて猪の顔の正面に突き込むために駆け出した。

男剣士「くたばりやがれえええええええええ!」

そのまま猪の顔に突き刺さると思われた剣は、しかし猪の最後の抵抗によって足に絡み付いていた蔓を無理矢理引きはがし、己の牙で男剣士の愛剣を空中へ弾き飛ばした。
その瞬間、その場にいた誰もが凍り付いた。解き放たれた狂獣、訪れる命の危機、仲間の死。それを想像し、叫び声を上げる事もできず、ただ冷や汗が己の額から地面に落ちるのをゆっくりと感じるだけだった。

男剣士「あっ……」

己の命が終わる事をどこかで予感し、男剣士が口にしたのは何とも気の抜けた一言だった。この世への未練など考えている余裕もなく、ただ状況を理解して、驚きと諦めの反応を口にすることしかできなかった。

だが……。

男槌士「どっせぇい!」

突如近くから野太い声が聞こえたと思うと、男の眼前にいた猪が何か大きな飛来物によって吹き飛ばされていた。苦痛の叫びを上げ、地を転げ回り、先程切り刻まれた傷口からは増々血を吹き散らす猪。
急な出来事に何が起こったのかと男達が思っていると、いつの間にか男剣士のすぐ横に男槌士が立っていた。

男槌士「全く、最後の最後で油断するなぞお前さんもまだまだ未熟者だの」

弾き飛ばされ、地面に突き刺さった男剣士の剣を抜き、手渡す男槌士。

男剣士「そっちは別の場所の探索中だろ。なんで、ここにいるんだ?」

男槌士「こっちはもうとっくに終わっておるわい。それで先に合流地点に戻ろうと思ったら、こっちから轟音が聞こえたもんでのう。こうして駆けつけたというわけじゃ」

男剣士「そりゃ、どうも。おかげで助かった」

男槌士「礼には及ばん。それに、一人だけじゃないしのう」

男槌士がそう言うと、地を力強く踏みしめ、早足で駆け抜ける音が聞こえてきた。そして、黒い影が二つ眼前を通り過ぎたと思うと、未だ大地に倒れふしている魔物に向かって襲いかかった。

女槍士「てえええええええい!」

女剣士「はぁっ!」

ダメージの抜けきっていない猪に対して女槍士と女剣士の二人が剣と槍を同時にその巨体に突き刺した。断末魔の叫びを空に向かってあげる魔物。そして、とうとう力つきたのか、そのまま倒れ伏したのだった。

男剣士「やれやれ。一時はどうなるかと思ったが、これで一安心だな」

女魔法士「心臓に悪いですよ、本当にもう」

男槌士「がっはっは! これで貸し一つじゃな。町に戻る事になったら酒をたらふく奢ってもらうかの」

男剣士「ちっ、しょうがないな。その代わりに財布の中身がすっからかんになるまで飲むのは勘弁くれよ」

男槌士「わかっておるわ。がっはっは!」

危機を乗り越え、安堵の表情を浮かべて軽口をたたき合う仲間達。そんな中、ただ一人男だけが浮かない表情をしていた。その事に気がついた女槍士が彼の元へと近づき声をかける。

女槍士「どうしたの、男? もしかして、怖かった?」

そういえば男は本当の意味での実践はこれが初めてだったということを思い出し、予想していたよりも怖い思いをしたのではないかと心配する女槍士。

男「ううん、違うよ。大丈夫、ちょっと緊張しただけ」

 何でもないように男は返事をし、皆の輪に入っていく。その様子に違和感を感じながらも、女槍士はそれ以上男に何かを聞く事はなかった。
 しばらくして、別の場所を探索していた女隊長と男弓使いが合流し、それぞれの成果を報告し合う。

女隊長「みんなお疲れ! どう、なにか手がかりになるようなものは見つかった?」

女剣士「こっちは何も。そっちはどうだった?」

男弓使い「いや、手がかりになるようなものは見つからなかったな。連中も馬鹿じゃないらしい」

男槌士「ふむ……それは困ったのう。このままじゃ追跡は難しくなる。連中の狙いが何かもハッキリしておらんし、早いところ捕まえて尋問でもしたいところなんじゃがの」

女槍士「そうはいっても、焦ってこっちのことをエルフ達に気づかれても厄介だしね。もどかしいわね……」

これからの事を考え、途方に暮れる一行。だが、それも男剣士の一言によって打ち破られる。

男剣士「いや、そう決めつけるのは早いぜ。見ろよ」

そう言って彼が指を指したのは一見すると何もない獣道。

男弓使い「……何もないが?」

皆の疑問を代弁する形で男弓使いが問いかける。

男剣士「いや、俺もさっきまでそう思っていたんだけど、女魔法士に魔法を使った形跡がないか調べてもらったんだ」

そう言って女魔法士に目配せする男剣士。

女魔法士「はい。実はですね、この道々に魔法を使った痕跡がわずかにですけれど残されていたんです。確証はないので断言できませんけれど、おそらくエルフ達が自分達が通った跡を残さないように使った魔法の残滓と思われます。
 もしかしたら罠かもしれないですけれど、この先の道をエルフ達が進んだ可能性は高いですね」

女剣士「だってさ。どうする、女隊長?」

女隊長「罠だっていう可能性があったとしても、私たちは進むしかないんだよね。……よし、みんな周囲に気を配りながらこの先に進もう!」

その一言で分隊の進むべき道は決まった。隊列を組み、一同が進んで行く中、最後尾を歩く男だけが未だ浮かない顔をしているのだった。

行進を続ける事数時間。空は暗くなり、夜が訪れた。周りの安全を確認し、小さな火を熾し、一同は交代で仮眠を取っていた。
パチパチと燃える薪に目を移しながら、男は見張りの番についていた。周囲に意識を張りながらも、ジッと膝を抱え込み、何かを深く考え込んでいる様子だ。
そんな彼の元に一つの影が近づいていた。男に気づかれないようにそっと近づき、一気に距離を詰めてその背に抱きつく。

女隊長「お~と~こ! どうしたの、浮かない顔して。もしかして結構疲れが溜まってる?」

不意を突く形で現れた女隊長に驚くと同時に半ば呆れる男。はぁ、と一度ため息を吐き抱きつく女隊長に告げる。

男「女隊長こそどうしたの? 交代にはまだ早いよ」

男の次の見張り番は女隊長であったものの、男自身つい先程女槍士と交代したばかりなのだ。交代時間はだいたい一刻が過ぎたらと決まっているのでまだまだ先は長い。にもかかわらず、女隊長は男の元へと訪れた。これは交代以外になにか用があるのだろうと彼は思った。

女隊長「ん~それは分かっているんだけどね。ちょっと、眠れなくて。それに、男を一人にしておくにはちょっと心配だったから来たんだ」

男「もう……また子供扱いして」

女隊長「ごめん、ごめん。嫌だった?」

男「そりゃ、嫌かって聞かれればあんまりいい気はしないかも。僕だってみんなと対等な立場でいたいし……」

ちょっぴり不機嫌になり、むくれる男。そんな彼の様子を見て女隊長はくすりと微笑む。そして、男はそれを見逃さなかった。

男「あっ! 笑わないでよ」

女隊長「しまった! 男、ごめんね。拗ねないで~」

男「いいよ、もう。女隊長が僕のこと手のかかる子供って思ってるの知ってるし」

女隊長「う~ん、どっちかと言えば手のかかる弟かな?」

男「対して変わらないじゃんか」

すっかり機嫌を損ねて拗ねる男の背から離れて、その隣に座る女隊長。それからしばらく二人の間に言葉はなく、ただ木々が燃える音のみが周りに響いた。
そんな中、沈黙に耐えきれなくなったのか男が言葉を漏らした。

男「ねえ、女隊長……」

女隊長「ん? なに、男?」

男「僕……さ、本当にみんなの役に立ててるかな」

胸の内に抱えていた不安を少しずつ曝けだす男。そんな彼に女隊長は優しく問いかける。

女隊長「急にどうしたの? もしかして昼間の件で怖くなっちゃった?」

男「ううん、別に怖くなったとかじゃないんだ。みんなと一緒に行動してもう結構な月日が経つよね。その間、みんながどれだけ強いかを直に見てきたんだ。だから、自分がどれだけ力が足りないかも知っている。
 だから、この間の試験で合格できたのはすごく嬉しかったんだ。やっと、みんなと肩を並べて戦えるって思えたから。
 でもさ、今日の実践で僕の魔法さ、魔物に破られちゃったんだ。そのせいで男剣士が死ぬかもしれなかった。もし、男槌士たちが来てくれなかったらと思うとゾッとしちゃって」

女隊長「男……」

男「もしかしたら僕はまだみんなと一緒に行動するほど力がないんじゃないかって思ったんだ。あの時の試験だってギリギリだったよね。本当は駄目だってどこかで思ってた。
 女隊長は合格だって言ってくれたけど……本当はって思っちゃって」

本当の実践を経験し、自分が努力して覚えてきた魔法が簡単に破られた事、そしてそれによって仲間を窮地に立たせてしまった事が余程ショックだったのだろう。日中男が浮かない顔をしていたのはそれが原因だった。
自分はまだ皆と共に戦える力はなく、情けで戦いに参加させてもらっているのではないだろうか? そんな考えばかりが浮かんでしまっていたのだ。

女隊長「思い詰め過ぎだよ。男はよくやってる。ちゃんと頑張ってるし、みんなの力になってるよ。私が男の歳の頃なんてこんなに強くなかったもん」

男「そう……かな。たとえ女隊長の時がそうだったとしても僕は今みんなと一緒に戦っているんだよ。強くなくちゃならないよ」

再び訪れる沈黙。すれ違うそれぞれの意見。少し口を出しすぎたと男が後悔をし始めた頃、今度は女隊長が話を始めた。

女隊長「私ね、弟がいたんだ」

男「えっ?」

唐突に別の話を始めた女隊長に驚きながらも、男はその話に耳を傾ける。

女隊長「私が男くらいの歳の頃かな。小さな町で弟とお母さんと一緒に暮らしていたの。あ、お父さんは私が小さい時に亡くなっちゃってて、周りの人に助けてもらいながらどうにか生活していたんだ。
 決して恵まれた生活じゃなかったけれど、それでも私には幸せな毎日だった。お母さんが笑ってご飯を作って、弟はちょっとやんちゃで手がかかったけど、それでも楽しかった。
 でもね、ある日私たちの町がエルフに襲われたの。お母さんは私と弟を逃がした際に流れ矢に当たって死んじゃって。弟二人で必死に逃げた」

男「……」

女隊長の話を聞いて男は自分に似ていると感じた。そして、今彼女の隣にその弟の姿がないことからも、この先に待ち受けている結末にも勘づいてしまった。

女隊長「でもね、子供がいつまでも逃げられるわけもなくてね、私と弟は途中でエルフに捕まったんだ。
 それまで、私はずっと弟の手を繋いでた。どこに行くのにも、なにをする時も。私がお姉ちゃんなんだから弟を守ってあげなきゃって思ってたんだ。
 だけど、いざ死を目の前にした時に私は怖くなったんだ。死にたくない、死にたくないって思った。そして、繋いでたその手を……離しちゃったんだ」

男「それから……どうなったの」

女隊長「……弟はすぐに死んじゃった。私は後ろで叫び声を上げて助けを求める弟を一度も振り返る事逃げ続けた。
 逃げて、逃げて、逃げて、町に駆けつけた軍の人に助けてもらった。
 男も会ってるよね、ここに来る前補給地点にいた上官が私を助けてくれた人なの。あの人に助けてもらってしばらくは施設に入ってた。
 でも、毎晩毎晩夢に出てくるの弟の叫び声が、エルフ達の顔が。それを消したくて、私は軍の前に毎日通った。毎日、門の前にしゃがみ込んで軍に入れてもらえるように頼み込んだ。
 でも……まだ幼かった私は軍に入る事はできなかったんだ」

それを聞いて、男はハッとした以前軍部の前に座り込んでいた自分の心情を言い当てた女隊長に理由を尋ねたことがあった。あの時は内緒とはぐらかされていた。だが、そうではなかったのだ。
彼女は自分だったのだ。だからこそあの時の自分の心情が手に取るように分かったのだと男は思った。

女隊長「それからは頑張って軍に入れるまでの間自分にできることをやって、こうして今軍に所属している。今の私にはもったいないくらいの仲間にも恵まれた。もちろん、男もね。
 強くなくたっていいんだよ、一人でできることなんて限られているんだから。だからこそ、仲間がいるんだしね。男は今できることを頑張るだけでいいんだよ。もしそれで失敗しても、私たちが助けてあげるから。それが、仲間でしょ?」

男「……うん。そう、だね。ありがとう、女隊長」

照れくさそうに下を向いてお礼を述べる男。ようやく暗い顔を無くした男を見て満足そうに微笑む女隊長。

女隊長「あ、でも私男に一つ謝らないといけない事があるんだ」

男「なに?」

女隊長「実は私ね、男のこと何度か弟と重ねてた。特に、隊に入った当初は。今の男の歳が近いって言うのもあったからなおさら、ね。だから無意識のうちに子供扱いしちゃったりしたりもしたと思う。
 それを男が負担に思っていたのならごめんなさい」

 頭を下げて謝る女隊長に男は焦った。

男「そ、そんな謝らないでよ。僕は女隊長に感謝こそすれ文句を言う事は何も無いんだ。だって、女隊長が僕の手を引いてくれなかったらずっと僕は燻ったままだったんだから。
 だから、いいんだ。子供扱いされるのは実際に僕がまだ子供なんだから。でも、いつかそんな風に思わないように立派になってみせるから」

グッと拳を握りしめて決意を固める男。そんな彼を見て女隊長は無言のまま男を見つめた。

女隊長「うっわぁ……男って本当に母性本能をくすぐるね」

うずうずと身を震わせる女隊長を見て男は不思議に思う。別段変な事を言ったつもりはなかったのだが、何か気を悪くさせただろうかと心配になる。
それから女隊長は唐突に立ち上がり、周りを見渡し、起きているものが誰もいない事をいないことを確認すると、再びしゃがみ込み、先程よりも更に男との距離を縮める。

女隊長「じゃあ、男がそんな立派になってくれることを期待するのと、子供扱いしていた謝罪を込めて」

そう言って女隊長は男の頬にそっと手を当て、唇を重ねた。
触れ合う、肌と肌。ねっとりとした自分以外の人の一部が己の中に入ってくるのを感じ、男は言葉にできない異様な感覚に襲われた。
数秒はそうしていただろうか。突然訪れた未知の出来事に男は惚け、そんな彼の初めてを奪った女隊長は照れくさそうに視線を彷徨わせた。

女隊長「そ、それじゃあお休み男! 見張りよろしくね!」

止める間もなく去って行く女隊長。男の意識は未だ現実に戻っておらず、別の次元へと旅立っていた。無意識のうちに視線が空へと向かう。満点の星々がそこには煌めいていた。
しばらくして、ようやく己が女隊長にキスをされたのだと理解した男。初めてのキスを感覚に戸惑い、同時に感動しながら悶々とする。当然、見張りに集中できるはずも無かった。
そして、本能のまま男に対して行動を移した女隊長も気づいていなかった。やってしまった! という思いからすぐさま男の元から離れた彼女だったが、次の見張り番のために男が彼女の元にくることをすっかり忘れていたのだ。
結局、交代の時間が訪れ、彼女の元を男が訪れた時にはなんとも気まずい空気が流れたのだった。

翌朝、何とも言い難い妙な空気に包まれながらエルフの探索を続ける一行。その原因は
言うまでもなく女隊長のしでかした昨夜の一件にあるのだが、仮眠をとっていたほかの隊員たちがそのことについて知っているはずもなく、男と女隊長二人のあいだに漂う気まずい雰囲気からなんとなく事情を察するのだった。

女剣士「ねえ、これもしかして……」

先頭を歩く女隊長、並びに最後尾を歩く男に聞こえないように声を潜め、当事者でない他の隊員たちは話を始める。

女槍士「うん、みんな多分予想しているだろうけど、たぶん女隊長は昨日男を食べちゃったね」

女魔法士「や、やっぱりそうなんでしょうか……。でも、二人の様子を見たところ、何かがあったのは間違いなさそうですし」

やはり、こういった男女の関係が臭う話題には女性の方が食いつきがいいらしく、普段はみんなを律する立場にある女槍士も今回ばかりは積極的に会話に混じっていた。

男剣士「おいおい、待てよ。んじゃ、あれか? 昨日俺たちが気抜いて寝てるあいだに男のやつは一人いい思いしてたってことか?」

男槌士「そうみたいじゃのう。ふっふっふ、男め可愛い顔をしておるくせに中々やるやつじゃのう」

男弓使い「というか、みんな男と女隊長がヤったっていう方向で話進めてるけど、実際男がそんなことすると思う?」

男弓使いの一言で、一同は話すのをやめ、深く考え込む。そして、皆同じ結論に達する。

男剣士「いや、やっぱそりゃねえ。男のやつはまだ女の身体とかに興味なさそうだし」

女剣士「そういえば、以前水浴びをしているところに男が来たけど、顔真っ赤にしてすぐにその場を去ってったっけ」

女槍士「となると、手を出したのは……」

そう女槍士が呟くと同時に全員の視線が一斉に女隊長の背中に集まる。

女隊長「な、なに? どうしたの、みんな。そんな怖い顔して」

隊員たちの視線に気がつき、振り返った女隊長であったが、自分を見るみんなの目がとても冷たいものであることを察する。
昨晩の件を怪しまれていると思った彼女は、どうにかその件をごまかそうと、慌ててみんなに別の話を持ち出した。

女隊長「そ、そういえばさ。みんな今回の任務が終わったら何かしたいことないの?」

無理やり話題を変えた女隊長を見て、隊のみんなは思わずため息を吐き出す。しかし、あまりいじめてもかわいそうなので、この辺りで何があったのか探るのをやめるのだった。

女剣士「ご飯! なんといってもご飯が食べたい!」

女魔法士「そうですね。一度ゆっくりと羽を休めたいですね。読書をしたりしてのんびりと数日過ごせれば……」

女槍士「う~ん、こんな時で不謹慎かもしれないが観光なんてしてみたいな。もっとも、行ける場所も限られているだろうけど」

男剣士「そうだなあ。かわいい子とたくさん遊びたいな……」

そう男剣士が言った途端、女性陣の周りの空気が一気に下がった。

女剣士「まあ、確かにやりたいこととはいったけどさ」

女槍士「もうちょっと、まともな意見があると思うんだけどね」

女魔法士「男剣士さん、そういったことをいうのは時と場合が……」

女隊長「ま、まあ。素直なのはいいことだと思うよ」

男剣士「なんだよ! いいじゃねえか、俺だっておいしい思いをしたいんだよ!」

男弓使い「まあ、まあ。男剣士がモテないのはいつものことだし、願望を口にするくらいはいいじゃないか。もっとも、それが叶うかどうかは別だけど。
 あ、ちなみに俺はゆっくり寝たい。安心して眠れる空間で好きなだけ眠りに就きたいな」

男槌士「なんじゃ、なんじゃ。みんなつまらんのう。どうせなら酒場の酒を飲み尽くすくらい言わんかい」

男剣士「それをしたいと思うのは男槌士くらいだろ」

女剣士「うん、うん。間違いないね」

この場にいる男を除いた全員がそれぞれの願いを口にする。ただ、こんなことを口にするのは何も理由がないわけではない。
 エルフの偵察任務が始まってから、もうだいぶ日数が過ぎた。分隊とはいえ、人数が少ないわけではない。食料はすでにかなり減っており、持ってあと二、三日。
狩りをしながらであれば、帰還分は持つが万が一帰還中に予期せぬ事態が発生した場合、食料は枯渇する。
 そうなった先に待っているのは空腹からの思考の停止、動きの鈍りなどといった悪循環。そんな状況でもしエルフや魔物に遭遇することになれば命が失われる危険も大きくなる。
 そうなると、捜索のリミットは今夜一杯。元々相手の動向を伺うのが任務であり、戦闘は二の次。なにも無理に命を危険にさらす必要はない。
 そして、女隊長のが皆に問いかけた質問。それは、帰還するイメージを強め、皆のやる気を起こさせるためのものであったのだ。

女魔法士「そういえば、男くんはこの任務が終わったら何がしたいの?」

言われてみれば、まだ男の願いを聞いていなかったことに全員が気がつく。そして、尋ねられた男はといえば……。

男「……あ、ごめん。聞いてなかった。えっと、なんて言ったの?」

上の空であった。任務中であるにもかかわらず、ボーッとし、心はどこか遠くへと旅立ってしまっている。本人は普通にしているつもりなのであろうが、端から見たら思わずため息を吐きたくなる腑抜けっぷりだ。

男剣士「重症、だな」

女槍士「うん、そうみたいだね。……で、女隊長。みんなここまであえて触れてこなかったけど、昨晩男に何したの?」

女隊長「え!? あ……うぅっ……そのぉ……」

その時のことを思い出しているのか、女隊長の顔は真っ赤に染まり、前へと進めていた足を止め、もじもじとその場で身体をくねらせていた。そして、男も昨夜の出来事をみんなに知られていると勘違いしたのか、長風呂でもしていたかのように顔を火照らせ、下を俯いていた。

男弓使い「はぁ。まだ汚れを知らない男の子に手を出すなんて女隊長も中々やるね」

男槌士「まあ、人様の性癖にとやかくいうつもりはないがのう。女隊長、責任はとるのじゃぞ」

女槍士「あと二年は待ちなよって、つい数日前にいったはずなんだけどなぁ」

女隊長「だ、大丈夫! まだキスだけだから!」

隊員達『まだ!?』

女隊長「あ、うん。ごめん、間違えた。もう、キスまでしちゃいました……」

とうとう観念して昨晩の出来事を白状した女隊長。みんなの予想よりも遥かにかわいらしい行動であったが、当人としてはよっぽど恥ずかしかったのか、意識的に男から顔を背けていた。
 まるで、年頃の乙女が初恋に目覚めたかのようなその様子にまたしても一同は呆れ返った。

男剣士「まあ、なんだ。あれだ、あれ。男と女隊長は帰ったら今後の話し合いだな」

女魔法士「そうですね。私たちに構わずじっくりと二人の未来について話しあってください」

二人の初々しい態度を見て、胸焼けを起こした男剣士以下一同。とりあえず、いつまでもこのままというわけにもいかないため、この辺りで二人にはいつものように戻ってもらうことにした。

女隊長「そうだね。みんなごめんね、もう大丈夫だから。よし、それじゃあ改めてエルフの捜索を頑張ろう!」

ようやく普段の調子を取り戻した女隊長。そんな彼女に男剣士たちは苦笑する。そして、昨日と同じように二手に分かれてエルフの捜索を開始するのだった。

二手に分かれた片方、女槍士、男弓使い、女魔法士と共に男はエルフを捜索していた。すでに、捜索を開始してから数時間が経過しており、日も高く昇り始めていた。
今は四人でそれぞれ担当した部分の捜索を行っており、男の周りには誰もいない。あたりを見渡せば、森の中に連なっている木々の隙間から溢れる木漏れ日が空から射している。

男「ふう……ちょっと、疲れたな。ここで一休みしようかな」

木の一つ背を預け、一息つく男。大きく息を吸い込めば新鮮な森の空気が肺の中に広がっていく。風によってたなびく葉は、心地よい音を奏でる。
こんな状況だというのに心は穏やかになり、顔に手を当ててみれば頬が緩んでいるのがわかる。

男(僕、笑えている。いや、本当は任務に集中しなきゃいけないからこんな気持ちじゃダメなんだけど……。
 でも、笑えているんだ……)

 家族を失ってからというものの笑顔を失くしていた男にとって今いる分隊は新しい居場所だった。
 血のつながりもない、年齢も、性別も違う人々の集まり。けれども、彼にとってこここそが新しい自分の居場所であり、そこにいるみんなが新しい家族とも呼ぶべき存在だった。
 もう二度とそんなものを手に入れることはないと思っていた。そして、笑うことなんてできないとも。
 でも、今自分が笑顔を浮かべられているという事実に気がつき、男の胸中は温かな気持ちでいっぱいだった。
 このまま、いつまでもみんなと一緒に……。それこそが、今の彼にとっての願いだった。

女隊長『そ、それじゃあお休み男! 見張りよろしくね!』

そして、昨晩の女隊長との一件。思い出すだけで顔が熱くなる男にとって初めての異性との接触。今まで感じたことのない感覚に戸惑い、それでも身体の中から湧き上がる形容し難い衝動を感じた。知識としてはああいったことを男女でするというのは男も知っていた。だが、実際にそれをしてみると知識だけではわからなかったたくさんのこともわかったのだ。
 もっと、もっと、触れ合いたい。彼女のすべてを感じていたい。自然とそんな気持ちが今の彼の中にあった。
 そう、今の男の頭は女隊長のことで一杯だったのだ。

男「また、街に戻ったらあの続きができるかなぁ……」

 そんな想像をして気を緩めている男。だが、そんな彼の緩んだ気を引き締めるほど強大な敵意を持った気配がすぐ近くから唐突に感じられた。

男(な、なんだっ!)

 咄嗟にその場にしゃがみこみ、木を背にして身体を隠して周りを警戒する男。隠す気もないむき出しの敵意が周囲に漂っている。暗く、深く、重いそれは、油断しているとすぐにでも相手に自分の気配を探られ、居場所を察知されてしまうほど凶暴なものだった。
 ドッドッドッと心臓が早鐘を鳴らす。呼吸は乱れ、全身の毛穴が開き、冷や汗が溢れ出す。

男「はっ、はっ、はっ、はっ」

 まともに息を吸うことができず、男は思わず口を手で押さえこんだ。このままでは悲鳴をあげてしまいそうだったからだ。
 無理やりにでも心を落ち着け、男剣士や男槌士に習った気配の察知方法を試す。すると、先程までぼんやりとしか感じられなかった敵の気配が収束していく。
 耳を澄ませかすかに聞こえる足音や話し声に注意する。敵の数は三人。
 それを理解すると、男は入隊試験の時のことを思い出していた。あの時も的は三つだった。その時は的のひとつを外した。しかし、今ならどうかと考える。
 息を深く吐き出し、冷静になるよう務める。
 選択は二つ。不意をついて敵を倒すか、このまま息を潜めてやり過ごすか。

女隊長『……一つ、約束して。絶対に無茶はしないって』

 だが、脳裏には女隊長の言葉が蘇る。無理はするなと、そう忠告された時のことが。悩んだ末、男は決断を下す。

男(だめだ、やり過ごそう。女隊長との約束がある……)

そう思った男はせめて相手の特徴が掴めればこの後の行動に役立つと考えた。そして、木の陰に隠れ敵の姿を確認することにした。
 結果として、それは男にとってしてはならない行動だった。

男「あっ……ああっ」

 木の陰から覗いた先、 そこにいたのは男たちが探しているエルフであった。だが、今の男にとってそんなことを気にする余裕はない。
 三人のエルフの内の一人、ローブをその身に纏った男が一人、男の目に焼きついて離れない。
 そう、そこにいたのはかつて男の村を襲い、彼にとっての家族や友人、大切な存在であった全てを奪い去ったエルフだったのだ。
 それを理解した瞬間、男の内から底なしの闇が溢れ返った。

男「……」

 先程までの動揺は一瞬にして消え去り、殺意だけが男の脳裏を占めた。女隊長との約束は既に彼方へと消え去り、今の彼は傷のエルフに対する復讐心で一杯だった。

男「見つけたぞ……。父さん、母さん、妹、みんな。今、仇を取る……」

 素早く、それでいて正確に魔法紋を描いていく。そして、描き終わると同時に宙に炎の玉が浮かび上がる。

男「殺して、やる」

 そう呟き、男はエルフたちに向かって炎の球を投げつけた。そして、同時に腰にかけていた短剣を抜き放ち、彼らに向かって飛び込むのだった。

轟音が森の中に響き渡った。静寂さを常としたこの場所で、あまりにも異常なその音に、エルフを捜索していた隊員たち全員が気がつく。
魔物か、エルフか。それともまた別の盗賊といった存在か。なんにせよ、誰かが敵と相対している。ならば、いち早く戦っている味方の元へと駆けつけなければ。
動いた。皆躊躇いもせず、それでいて警戒は怠らず。
一人、二人、三人。少しずつ合流する隊員たち。そして男を除いた全員が自然と集まる。

男剣士「不味いぜ、よりにもよって男の奴が戦っているのか……」

男剣士の言葉を聞いてその場にいた誰もがその表情に焦りを見せた。

女剣士「急ごう! 手遅れになったら悔やんでも悔やみきれないよ」

男弓使い「ああ。だが、焦りは禁物だよ。嫌な言い方になるけど、それで敵が仕掛けていた罠にハマるなんてことになったら目も当てられない」

男弓使いの言う通り、焦って男を助けに行った結果、自分たちもやられてしまうなんてことになれば意味がない。だが、それでも彼らはそんなことを今は気にしている状況でないと言わんばかりに急いで彼のもとへと向かう。
最初に聞こえた轟音。それ以降一度も大きな音が聞こえない。
それが意味することはつまり、最初の一撃で戦いに決着が着いたということだ。
もし男が勝っていたのならそのまま自身の無事を知らせるために近くにいる味方の元に向かったはずだ。
だが、それはなかった。だからこそ、彼らは焦っていたのだ。

女隊長「男……」

女隊長の額にジワリと嫌な汗が滲む。思い出すのはかつて弟を見捨てて逃げたあの時の光景。力がないからと言い訳をし、大切な肉親を捨てて逃げ去った時の後悔。

女隊長「無事で、いて……」

力を得た今、あの時の光景を繰り返してなるものかと女隊長は思い、男が無事でいることを願うのだった。

傷エルフ「ふむ、一人やられたか。やってくれたな、小僧」

男「……ァッ……ォッ」

傷エルフを殺そうと短剣を構え、突撃をした男。だが、彼を狙った炎の球は別のエルフによって生み出された水の球によって相殺された。
高温と低温の魔術がぶつかり合い、その時に生まれた水蒸気を使い、姿を隠し一番近くにいた敵に持っていた短剣を突き刺した男。あわよくばこの相手が傷エルフであれば。そう思って相手を刺殺した。
だが、殺していたのは魔術を防いだエルフであり、傷エルフは無事だった。そして、彼は男が突き刺した短剣を引き抜く前に煙の中から鋭く手を伸ばし、男の首を力強く掴んだ。
呼吸を遮られ、苦しさからジタバタともがく男。だが、そんな彼に対してさしたる興味も持っていないかのように傷のエルフは冷ややかな目で男を見つめていた。

傷エルフ「また、同胞が一人命を散らした。貴様らのような下等生物のせいで。殺しても、殺しても、まるで蛆のように溢れかえる汚らしい存在め。
 子供といえどお前たち人間という存在は容赦せん」

ググっと男の首にかかる力が強くなる。悲鳴をあげることもできず、男は目を白くし、かすれた息を吐きだすことしかできなかった。
 憎い、憎い、憎い。死の間際にあってなお男の心を占めるのはエルフに対する憎しみだった。汚らしい存在はどちらか? それはお前たちではないかと口にできないからこそ心の中で呪詛の言葉を唱え続ける。
だが、それも長くは続かない。憎しみよりも苦しみが増し、そんなことを考える余裕がついになくなった。徐々に薄れていく意識の中、男が最後に脳裏に思い浮かべたのは、分隊のみんなだった。

男(みんな……ごめ……)

言葉にならない謝罪を述べ、ついに男の意識が消えてゆく。だが、その瞬間。男の首を絞める傷エルフの手に向かって一筋の矢が飛び込んだ。

傷エルフ「!」

咄嗟に掴んでいた手を離し、己の手めがけて飛んできた弓矢を回避する。
 その隙をついて女隊長が男の元へと走り込む。力なく倒れてゆく男の体を抱きしめ、すぐさまその場から離れる。

女隊長「間に合った……。間に合ったよぉ……」

今にも泣き出しそうなほど、目尻に涙を溜めて女隊長は声を漏らす。その手に抱きしめられた男の体から伝わる温もりが、彼がまだ生きているということを女隊長に実感させた。

傷エルフ「ほう、お前たちはその子供の仲間か……」

圧倒的な人数差を目の当たりにしながらも傷エルフは余裕の態度を崩さなかった。だが、そんな彼の言葉を聞くつもりもないのか女剣士と男剣士が傷エルフに向かって剣を構えて突っ込む。
左右から振り抜かれる剣を木々を盾にしながら避ける傷エルフ。そんな彼の様子に二人は舌打ちをし、追撃する。

傷エルフ「この状況は少しまずいか……」

さすがに分が悪いと判断したのか傷エルフはそう呟く。だが、状況が悪くなったと自覚しながらも彼はその場から離れようとしなかった。
これにはさすがに隊員全員が疑問を抱いた。相手は二人。こちらは相手より倍以上人数がいるにもかかわらずなぜ引かないのか? そう皆が思った瞬間、木々の隙間を縫うようにして四方から弓矢が飛んできた。

男弓使い「! みんな伏せろ!」

自らも弓を使うものとして己の身に迫る危険をいち早く察知した男弓使いが叫ぶ。それを聞いた全員はすぐさまその場にしゃがみこんだ。
頭上を飛び交ういくつもの弓矢。それらは先程まで自分たちの頭があった場所へと飛び、木の幹へと矢尻を突き刺した。

男槌士「……伏兵、か」

落ち着いた様子で男槌士が呟く。この状況を予想していなかったわけではないため、少なからず動揺はあまりしなかったのだろう。
だが、これで分隊の側の分が悪くなったということはこの場にいた誰もが理解していた。
弓矢を放った敵の姿は未だ見えない。だが、放たれた矢の数から察するにこちらの倍以上の人数が伏兵として森に潜んでいることは彼らにも理解できた。

男剣士「さ~て、この状況。絶体絶命ってやつだな、どうするよ女隊長!」

男剣士の問いかけに女隊長がハッとする。

女隊長「て、撤退……」

撤退する。そう皆に告げようとして、女隊長は気がつく。いくらなんでもこの大人数で撤退などできるはずがない。相手はこちらの倍以上。ならこの人数での移動は格好の的がちょろちょろと移動しているだけにしかならない。
 かといって、各個分散したとしても人数を固められて一人ずつ追い詰められてしまっては結局は同じこと。

そう、どう転んでも犠牲が出てしまうのだ。

それを悟り、女隊長は絶望した。これまで一緒に戦ってきた仲間たちが犠牲になる。それを回避するために今まで必死になって協力し、どの戦場でもどうにか生き残ってきたのに、ここに来てついにそれも終わってしまうことになったのだ。
だが、迷っている暇はない。今は数秒の思考ですら惜しいのだ。だが、彼女には誰かを犠牲にするかなど決断することはできなかった。
 そんな彼女の心中を察したのか男剣士が叫ぶ。

男剣士「行け! ここは俺がどうにかする!」

 そう言って再び傷エルフに向かっていく男剣士。振り抜く剣は避けられてしまうが、それでも彼は剣を振るうことをやめない。

女隊長「男剣士……」

腕に抱きかかえた男をギュッと抱きしめ、女隊長は男剣士の背を見つめた。

女剣士「まあ、一人だけに任せるわけにもいかないっしょ!」

男剣士に続くように女剣士ももう一人のエルフに向かって剣を振り下ろす。そして、それを援護するように男槌士が槌を振り回す。

男槌士「若い奴にばかりいい格好をさせるわけにもいかんしのう! ほれ、はよいかんかい」

この場にいるエルフだけでも仕留めようと奮闘する三人。だが、そんな彼らに再び弓矢が放たれる。
だが、放たれた弓矢は男剣士達に届く前に地面から生まれた土の壁によって全て防がれた。

女魔法士「みなさん攻撃にばかり目がいって防御がおろそかになってますよ。私が補助します!」

女魔法士が援護の魔法を創り出し、そう告げる。そして、未だに迷いを捨てきれず、その場に留まっている女隊長に向かって微笑む。

女魔法士「行ってください、私たちもそう長くは持ちません」

女隊長「みんなぁ……」

とうとう我慢の限界が来たのか、女隊長の目から涙がポロポロと零れ落ちる。

男弓使い「泣くな、女隊長。なに、俺たちもすぐに追いつく。だから、先に向かってくれ」

 自分たちに向かって放たれた矢の方向から敵の位置を推測した男弓使いは、今度は自分の番だというように次々と矢を打ち放つ。

女槍士「女隊長、いつまでグズグズしてるの! みんなが持ちこたえてくれているうちに早く!」

そう言って女槍士が女隊長の手を引いてこの場から離れていく。少しずつ離れていく仲間たち。後ろ髪を引かれる思いで、最後に女隊長は彼らの方を振り返った。
そこにいたのは、必死に敵の攻撃を防ぎながら、それでも笑顔を彼女に向けていた仲間の姿だった。

女隊長「みんな……ありがとう」

その言葉を最後に女隊長は前を向く。そして、男をその腕に抱えて女槍士と共に森を抜けるために走っていくのだった。

……



男剣士「……行ったか」

男を連れて無事この場を離れていった女隊長を見送り、男剣士は呟いた。

女剣士「うん、行ったみたいだね」

男槌士「じゃが、この状況。もはやわしらに勝機はないぞ」

最初は敵の攻撃を防いで、隙を見つけては攻めていた彼らだったが、徐々に女魔法士の魔法でも防ぎきれないほどの弓矢が降り注ぎ、さらには風の刃や炎の球、木の鞭といった魔法が彼らに襲いかかった。

女魔法士「男くんが意識を失っていてよかったです。さすがに、この姿は見せられないですね」

そう呟く女魔法士の身体は血に染まっていた。彼女だけではない、この場に残った隊員全員の体は鮮血を撒き散らしていた。

男弓使い「だが、俺らが残らなかったら男たちの命はないんだ。これまで女隊長にもらってきた恩を返す時が来たんだろう」

そう、この場に残った全員が女隊長に恩があった。出会いは違えど、その境遇は皆同じだった。
はぐれ者、つまみ者とされていたもの、厄介な存在として周りから煙たがれていた者たち。それが彼らだった。
だが、そんな彼らに女隊長は声をかけ、仲間として迎え入れた。最初はうっとうしいと思っていた彼女の明るさや、その積極性。
だが、気がつけばその心に誰もが惹かれていた。長いこと忘れていた人と人との触れ合いや、その温かさを彼らは皆この分隊に所属することで思い出したのだ。

男剣士「ったく、しょうがねえよな。女隊長には笑っててもらわねえとこっちが嫌な思いをする羽目になるからな」

男槌士「全くじゃ。まあ、それも男がいてくれればどうにかなるじゃろ」

女魔法士「そうですね。男くんと女隊長、いい関係になりそうですもんね」

女剣士「あ~あ、羨ましい。こんなことなら女隊長よりはやく男に手をつければよかった」

男弓使い「それは無理だろ、どう考えても男と女隊長の二人の方がお似合いだ。ま、最後がこんなふうになっちまうのは少し残念だが、こんな終わりもまあ悪くないな」

男弓使いの言葉に分隊員たちは納得する。そう、彼らは自分自身でこうなることを選んだ。そこに後悔などありはしない。
もはや動くことさえ苦痛が伴う彼らに向かって再び魔法や弓矢が放たれる。迫り来る終を前にし、それでも彼らは笑っていた。

男剣士「じゃあな、みんな。あの世で逢えたらまたよろしくやろうぜ」

そして、終わりが訪れた。後悔なく己の道を突き進んだ男、女たちの物語はここに幕を下ろした。

……



男「うっ……うぅっ」

何度も身体にぶつかる小さな痛みを感じ、男は意識を取り戻した。うっすらと開いた視界に映るのは流れていく草木。感じるのは己を力強く抱きしめる腕の温もり。

女隊長「男! よかった、目が覚めたんだね」

頭上からかけられる女隊長の声を聞き、ぼんやりとしていた意識が次第にはっきりしていく。

男「……僕は。ッ! そうだ、あのエルフにやられて……」

だんだんとその時の様子を思い出したのか、男は抱きしめられた女隊長の腕を引き離し、その場に立つ。まだ足元がおぼつかないが、それは意識がハッキリとしたばかりだからだろう。

男「いや、それよりもここは……。ねえ、女隊長。みんな、みんなはどこにいるの!?」

男の問いかけに女隊長は何も答えない。ただ、悲しい表情だけを浮かべ、下を俯くだけだった。
だが、男にはそれだけで何があったのか充分理解できた。彼らは、もう……。

男「そ、そんな……ねえ、嘘でしょ! 嘘だよね、女隊長! まさか、僕のせいで? 僕が女隊長との約束を破って無茶な行動をとったから……」

それを理解したとたん、吐き気を催すほどの罪悪感と自己嫌悪が一気に彼に襲いかかった。視界はぐるぐると回り、気を抜けばその場に倒れてしまいそうだった。

女隊長「男、しっかりして! 大丈夫。男の、男のせいじゃないよ」

頭を抱えてその場にしゃがみこんだ男にすぐさま駆け寄り、女隊長が彼を優しく抱きしめる。

男「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

涙を流し、彼はひたすら謝った。そうすることでしか、己の心を守ることができなかったのだ。そうでもしなければ、今の彼は罪悪感に押しつぶされて壊れてしまいかねなかった。

女槍士「女隊長、男を慰めるのは後に。このままじゃ追いつかれる」

後方から接近する敵の気配を捉えた女槍士がそう呟く。

女隊長「うん、わかった。男、立てる?」

男「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

まともな精神状態ではなくなってしまった男。それを見て、再び彼の体を女隊長が抱える。

女隊長「男は私がこのまま連れて行く。行こう、女槍士」

そう言って先に進みだそうとする女隊長。だが、女槍士はその場から動こうとしなかった。

女隊長「女槍士?」

女槍士「……人一人抱えて敵から逃げられるほど早く動けるわけ無いでしょ、女隊長。それこそ、誰かがここに残って敵の相手でもしない限りは……ね?」

女槍士の言葉を聞いた女隊長は愕然とすると同時に、その提案を拒否した。

女隊長「……ゃ。いや、だよ。もう、これ以上私の前からみんな消えないでよ」

まるで、子供のように駄々をこねる女隊長。ここまでずっと置き去りにしてきた仲間たちのことを必死に考えないように努めてきたがそれも限界だった。

女槍士「こら、泣かない。もう、ホント昔から女隊長は泣き虫なんだから」

女隊長「だって、だってぇ。みんな、いなくなっちゃったんだよ? せっかく、楽しく過ごせてたのに、新しい居場所ができていたのに……」

女槍士「でも、それを作ったのはあなたでしょ? 女隊長が頑張って、頑張ってみんなに接してきたから私たちはこうして今まで生きて来れたんだから。
 一番最初に女隊長に声をかけてもらった私が言うんだから間違いないよ」

女隊長「でも……でもっ!」

女槍士「でもじゃないの。もう、仕方ないな」

そう言って、女槍士は女隊長と男の身体を抱きしめた。

女槍士「私たちがいなくなってもまだ男がいるでしょ? なんだかんだ言っても男はまだ子供なんだから女隊長が守ってあげるのよ。それで、あと二年も経てば今度は男が女隊長を守ってくれるようになるから。
 それまでは、手を出さないで仲良く二人で過ごすんだよ」

それだけ告げると女槍士は二人から身体を離した。

女槍士「ほら、早く行って。ここは私が引き受けるから」

女隊長「女槍士……」

女槍士「早くっ!」

女槍士の必死の叫びにビクリと身体を震わせる女隊長。迷いを見せたのは一瞬。ゴシゴシと目から流れ出る涙を拭い、男を連れてその場を去った。

女槍士「……さよなら、私の大好きな女隊長。幸せに……なってね」

そして、女槍士はこの場に近づく敵に向かって駆けていくのだった。

……



必死に、必死に女隊長は男を連れて駆けていた。空は赤く染まり、もうすぐ闇が訪れようとしていた。
息はもう切れ切れ。脳に酸素が渡っていない。今すぐにでもその場に倒れこみたいほどだった。
だが、それでも彼女は走り続けた。ここまで彼女を送り出してくれた者たちへの思いに報いるためにも。

女隊長「……うっ。……うぅっ。……くぅっ」

嗚咽を漏らし、それでも涙を流すことは堪える。これ以上泣いてしまったらもう、この場から動くことができなくなってしまいそうだったから。だから、彼女は足を止めることなく、前へ、前へと進み続けた。
だが、そんな彼女に絶望を運ぶかのように迫る気配があった。魔物とは明らかに違う人に近いそれは二つ。それは見知った仲間たちのどの気配でもなかった。

女隊長「くっ! ううっ……」

あまりの悔しさに思わず女隊長は歯を力強く噛み締めた。あれだけ、みんなが犠牲を払ってくれたというのに見逃してくれないのか。このまま自分たちまで倒れることがあっては、一体何のために彼らは命を賭けて時間を稼いでくれたのかと女隊長は思った。

女隊長「……」

チラリと自分の腕に抱えられた男に女体調は視線を移す。未だ、虚ろな瞳で仲間たちに対して謝り続ける男。そんな彼を見て女隊長の胸中は揺れる。

女隊長(もっと、もっと男と一緒にいたいのに。せっかく、男に対して全部曝け出して、これから更に関係を深められたらなんて思っていたのに……)

このままではどう足掻いても男と自分、どちらも犠牲になってしまう。それを理解し、女隊長は決断する。
抱えていた男をその場に立たせ、彼の頬へ両手を合わせて視線を合わせる。

男「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

未だ謝り続ける男。だが、この時ばかりは女隊長も心を鬼にした。全てはそう、彼のために。
バシッ! と甲高い頬を叩く音が周りに響いた。女隊長が力強く男の頬を叩いたのだ。

女隊長「しっかりしなさい、男! あなたはもう私たち分隊の一員なんだよ! こんな風に弱るなんて隊の隊長である私が許さない!」

彼を叱咤する女隊長の言葉に男が黙り込む。そんな彼に女隊長は更に言葉を紡ぐ。

女隊長「いい。これから男に命令を下します。一つ、今から一人でこの森を抜けて私たちが出発した補給部隊の待機地点へ戻ること。そして、そこで私の上官に会って何があったのか詳しく説明すること。
 一つ、今から何があっても森を抜けるまでは振り返らないこと。いい、敵に追われたとしても振り返っちゃダメ。振り返れば足が鈍り、直ぐに捕まることになるから」

その命令を聞いて男はようやく感情を顕にした。

男「なに、その命令? なんだよ、それ。なんで僕にそんな命令するの? 女隊長は? 女隊長はどうするんだよ!」

男の問いかけに女隊長は悲しそうに微笑んだ。

女隊長「私は、ここに残るよ。それが、みんなが私にしてくれてことに報いることになると思うから。
 だから、男。男は逃げて、そして伝えて。私たちの生き様を」

男「嫌だよ! そんなの絶対に嫌だ! ただでさえ僕のせいでみんなが犠牲になったんだ! その上女隊長まで残してひとりで逃げるなんてできるもんか!
 そうだ、僕が残るよ。女隊長さえ生き残ってくれれば……」

そこまで口にしたところで、不意に男の唇が女隊長によって塞がれた。

女隊長「……んっ」

男「……」

涙の味がするキス。不意をついてされたそれに男はただ呆然とし、身体を動かすこともできなかった。
数秒後、名残惜しむようにして女隊長が男から唇を離した。

女隊長「もう、あまり我が儘言って私を困らせないで。そんなんじゃいつまで経っても子供扱いのままだよ」

男「……いいよ、いつまでも子供扱いで。だからッ!」

女隊長「子供はね、大人の言うことを素直に聞くものなの。それに、私はあなたの上官。上官の命令に部下は絶対に従わないといけないんだから」

その言葉についに男は折れた。これ以上何を言っても彼女の決意が覆ることはないと悟ったのだ。

女隊長「男と一緒に過ごせた期間は短かったけれど。私、とっても楽しかったよ。だから、生きて。男はまだ若いんだから。これから先、私たちが見ることができなかった世界を代わりに見て」

男「女隊長ぉ……」

感極まった男は女隊長の身体に抱きついた。

女隊長「ごめんね、本当は私ももっと一緒にいたかった。男と一緒に、みんなと一緒に楽しい毎日を送りたかった」

そう言って女隊長は男を抱きしめ返した。そして、しばらく互いに抱きしめ合った後、女隊長が男を引き剥がした。

女隊長「さあ行って。このままだと敵がすぐに追いついてくる」

男は涙をボロボロと零しながら女隊長の最後の命令を受け入れた。
徐々に遠ざかる男の姿。それを目にし、女隊長が男に口にすることのなかった言葉がついに溢れ出た。

女隊長「バイバイ、男。大好きだったよ……」

……



それからのことを男はあまり覚えていない。ただずっと、ひたすら走り続けた。今が何時なのか、朝なのかも夜なのかも、自覚しないままただずっと走り続けていた。
いつの間にか意識が消えて倒れていたりした。しかし、目が覚めるとすぐさま走り始め、やがて……森を抜けて平地へと出た。
女隊長との約束通り、森を抜けるまで男は一度も後ろを振り返らなかった。
だから、約束が果たされた今。ついに男は後ろを振り返った。

男「男剣士! 男弓使い! 男槌士! 女魔法士! 女剣士! 女槍士!」

仲間たちの名前を必死に呼ぶが、誰一人として呼び掛けに応えるものはいない。視線の先にあるのはただ深い闇のみ。

男「女、隊長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

声が枯れるほど必死に愛する者たちの名前を呼ぶ。だが、いない。彼の大切な存在は誰一人として傍にいない。

男「僕の、せいだ。僕が、無茶をしなかったら……」

自分を守る力すらないのに驕り、無茶をした結果がこれだ。再び手に入れた大切な存在、家族と呼ぶべき人たちはまたしても自分の周りから消えていった。
その喪失感は以前とは比べ物にならないほど深く、心に突き刺さった。

男「う、うぅ、うぅっ……」

涙と共に呻き声が溢れ出る。後悔してもしたりない、己が犯した罪の重さをその身をもって実感することに男はなった。

男「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

叫び声が天に轟く。
今はただ、悲しみに囚われることになる男。
だが、彼はまだ知らない。この悲しみの後に、再び彼を支える仲間と出会うことを。
そして、さらに先にある未来にて彼を支えてくれる最愛の存在に出会うことになることを……。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 男の過去~喪失編~ 完
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建野海

Author:建野海
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名前:建野海

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好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
      僕駐
      インセプションなど。

好きなゲーム:キングダムハーツ
       テイルズ
       ルーンファクトリー
       ゼルダの伝説など

好きなアーティスト:福山雅治
          宇多田ヒカル
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