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エルフ、その始まり

騎士が女魔法使いを連れて旅立った数日後。男とエルフはようやく完成したかつての家へと足を踏み入れていた。

エルフ「わぁっ! 我が家です。ようやく帰ってこれました!」ワクワク

男「随分と綺麗になったね。まあ、中の作りは変わっていないんだけど……」

エルフ「そうですね~。でも、変わってないので新しくなっていても落ち着きます」テクテク

ゴロゴロ ゴロゴロ

男「ご機嫌だね。でも、床を転がり回るのはどうかと思うよ」クスッ

エルフ「わかってます。わかっているんですけど、こうしたい気分になるんです」テヘッ

男「そんなもんかな~。よし、それじゃあ僕も」ゴロリ

ゴロゴロ ゴロゴロ

エルフ「どうです、男さん?」

男「うん、確かにエルフの言うとおりかも。なんか無性に転がっていたい気分になるね。新しい気の匂いもいいし」

エルフ「ですよね、ですよね! よかったぁ、男さんにもこの感じがわかってもらえて」エヘヘ

男「ふふっ。でも、こんなに木の匂いが室内に漂っているとまるで森の中にいるみたいだね」

エルフ「はい……。なんだか、昔を思い出します」

男「そういえば、僕のところにくるまでエルフがどんな生活をしてきたか聞いたことってなかったね。よかったら聞かせてもらえない?」

エルフ「えっ!? えっと……」

男「あ……話しづらいのならいいんだ。奴隷として売られてたってことは辛いこともあっただろうし。ごめん、やっぱり今の質問は……」

エルフ「いえ、話します。男さんがよければ聞いてもらえますか?」

男「いいの?」

エルフ「はい。男さんには聞いてもらいたいですから。私が昔どんな風に過ごしてきたのかを」

そう言ってエルフは起き上がり、ソファに座った。男もそれに続くようにしてエルフの横に腰掛ける。エルフはどう話を切り出そうか迷っているのか、もじもじとして何度も男に視線を移しては逸らしていた。
しばらくして、心の準備ができたのか、「よし」と一言呟き、エルフは己の過去を話し始めた。

エルフ「あれは、私がまだ森で過ごしていたころの話です……」

……



深い、深い緑に包まれた森の中。暖かく、くすんだ木漏れ日が木々の隙間から地面に向かって降り注ぐ。
ここはエルフの森。人々の目を逃れるため、森の奥深くにひっそりと建てられたエルフの楽園。
エルフたちはこの森に日々感謝し、動物を狩り、木の実を拾い、長い時を穏やかに過ごしていた。
だが、近年。森を荒らし、己の領土を増やそうとする人間に、とうとう我慢の限界が来たエルフたちが反旗を翻した。
血を嫌い、争いを嫌っていたはずの彼らはいつの間にか戦争の熱に浮かされ、エルフとしての誇りを持ちながらも人の殲滅に乗り出した。
各里の族長を務めるエルフはそのほとんどが人との戦いに同意し、戦火に身を投じた。そんな中、この里は他と違い、最後まで人との争いを拒んでいた。

若きエルフ「なぜですか! なぜ、我々は人との争いに参加できないのです。奴らは森を荒らし、獣を駆逐し、なんの感謝もなく木々を次々と切り倒していく野蛮人ではないですか!」

族長「そうかもしれないね。でも、だからといって争いを始めてしまったらそれが最後なのじゃよ。戦いは長引き、人もエルフも互いに傷つくものが出てくる。
 そうなったらお終いじゃ。憎しみが憎しみを呼び、和解への道は遠く険しいものとなってゆく。重ねられた手を振りほどくのは容易いが、再び手を取り合うことは難しいものだよ」

若きエルフ「それでもです。人を信じたところで、私にはこのまま彼らが素直に言うことを聞いて変わっていくとは思えません。奴らは貪欲で、どこまでも先へ先へとまるで生き急ぐように進化を求める。
 木々を切り倒すのもその進化のために必要だと世迷言を叫んでいる。彼らには我々の言うことは理解できないでしょう。きっと……」

族長「それはそうさね。人の一生は私たちに比べて非常に短いのだから。生き急ぐのも仕方の無いことじゃ。彼らはただ、自分が生きている間に少しでも存在していた証を立てようと躍起になっているだけなのだから」

若きエルフ「では! このまま彼らの蛮行を黙って見過ごすことしか我々には許されないのですか?」

族長「そうは言っておらぬ。ただ、感情に身を任せて短絡的な行動をとってはならぬと言っておるのじゃ」

若きエルフ「……わかりました。今は族長の判断を受け入れましょう。ですが、もし人がこの地に足を踏み入れ、我々の仲間に危害を加えるようであれば、その時は有志を募り、人への反旗を翻している仲間たちの力にならせていただきます」

族長「そうか……仕方があるまい」

若きエルフ「では、私はこれにて失礼いたします」サッ

シーン

族長「ふむ……。悪い流れじゃ。事態は実に悪い。ここ数十年、人とエルフとの交流は少なくなり、その縁は非常に薄まっておる。かつて互いの手を取り合って過ごしていた時代を知る者はもはやほとんどおらぬじゃろう。
 人とエルフの絆がこのままなくなっては、“あれ”が出てきた時の……」

エルフ「おばあさ~ん」コソッ トテテテ

族長「ん? おお~エルフじゃないか。どうかしたのかい?」

エルフ「なんでもないです。ただ、おばあさんの顔を見に来ただけです」ニコッ

族長「そうかい、そうかい。嬉しいねえ、最近は色々あってあまり会えなかったからね。ほら、こっちにおいで」

手招きをする族長エルフ。エルフは満面の笑みを浮かべて彼女の膝元へと走っていく。

エルフ「えへへっ。おばあさんの膝枕久しぶりです。相変わらず気持ちがいいです……」ゴロゴロ

族長「おやおや、甘えられてるねえ。よしよし」ナデナデ

エルフ「ほわぁ……」トローン

族長「ふふふっ。いい子だねお前さんは。そうだ、せっかく会えたのだ、聞いておこうか」

エルフ「どうかしました?」

族長「ここにお前さんが来てもう結構な月日が経つが、どうだい? この里は慣れたかい? 困っていることはないかい?」

エルフ「えっと……その……」

族長「ん? どうしたんだい。もしかして答えにくいことだったりしたのかい?」

エルフ「いえ! そんなことありません。この里に住むエルフはみんなよくしてくれます」ニコッ

族長「そうかい? なら……いいんだけどね」

エルフ「そうだ! おばあさん、よかったらいつものお話を聞かせてもらえますか?」

族長「あれかい? こんな堅苦しい昔話を喜んで聞いてくれるのはお前さんくらいだよ」

エルフ「……」ワクワク

族長「ふむ。そうさね、それじゃあ話してあげようか」

エルフ「やったっ!」

族長「古い、古い。それこそ私たちエルフと人がまだ手を取り合って暮らしていた時代のお話。
 当時、人とエルフは互いに足りない部分を補い合って生きていた。
 エルフは長寿で、古くから魔法や生活に必要な知識を蓄え、進化させてきた。ただ、その数は人に比べて明らかに少なかった。
 人は短命であったが、それ故にきっかけを与えれば数を集めて知恵を絞り、劇的な進化や変化をもたらせてきた。一人では無理なことも十人、百人と協力し合い成し遂げてきた。
 エルフと人。この二種族が互いに協力し合い、日々の暮らしを健やかに、快適なものへと当時はさせていた」

エルフ「ふむふむ。でも、今は人とエルフの仲はよくないんですよね。一体どうしてそうなったんですか?」

族長「そうだね、それについては今から話していくとしようかね。
 そうしてよき隣人として過ごしてきた人とエルフだったが、ある時大きな事件が起こったと言われているんだよ。
 それは人の集落をエルフが襲い、村人たちを虐殺したというもの。これに激怒した他の人々はエルフに対して怒りを露わにしたんだ。
 しかし、同時にエルフの方にも問題が起こった。それは、人の側と同じくエルフの集落に人が攻め込み、無残な死体にされたというものだったのだよ。
 人に事件のことを話されたエルフたちもこの事件を話したが、信じてもらえなかった。そして、エルフもまた人の言うことを信じようとしなかったんだよ。
 お互いに相手が事件のことを誤魔化すために嘘をついているんだと思ったんだろうね。
 その件があってから、人とエルフは相手のことをあまり信用できなくなったのだよ。そして、その後も何度も同じような事件が起こった……」

エルフ「……」ブルブル

族長「互いの怒りが限界にまで達しようとしていた時、事件を生き延びた者が語った。『あれは、かつて死んだはずの者だ』とね。
 そのことに気がついた一部のエルフがこっそりと人の代表に接触し、そのことを伝えた。そして、人の側にもそのことが本当なのか確認してもらったのだ。
 結果は……当たりだった。人を襲っていたというエルフはかつて事件によって死んだはずの者の一部だった。
 死体の数が足りないとは当時気がついていたようだが、連れ去られたか形がなくなるような無残な殺され方をされたかと皆思っていたからそのことに気がつくのが遅れたのだ。
 当然のことながら、誰も死体が動くとは思っていなかったのだよ。
 そして、互いに不信感を抱えながら人とエルフは動く死体について調査を始めた。結果、それはある魔物が起こしていることだということがわかったのだ」

エルフ「それは、一体……」

族長「うむ。それはな、“黄昏の使者”と呼ばれる魔物だった。どのように、どこから生まれるのか全く不明。神話の中にだけ登場するもので、死した者を己の配下として操り、生けるもの全てをその手によって葬り去る存在だったのだ。
 その伝承はエルフ族にだけあり、対処法もかつては記されていたという。生者の側の光にも、死者の側の闇にも属さないそやつや、その配下。
 エルフだけで対処するにはその頃には敵が増えすぎていて、数のある人はその対処方法を知らなかったんだよ。
 だから、エルフは人に協力を要請し、力を合わせて“黄昏の使者”をその配下も含めて殲滅したのだ。そうして、この世界に平和が訪れた……」

エルフ「ほわ~。何度聞いても面白い話です……。でも、そんなに協力した仲だったのに、どうして今私たちエルフと人は争うなんてことになっているんでしょう?」

族長「事態はそんなに簡単じゃなかったんだよ。突然現れた魔物。互いに被害が出ているとはいえ、エルフだけがその対処法を知っていたという事実。それが、人の側には変だと思えたんだろうね。
 元々の不信感も重なって、敵の殲滅が終わったあと、人々は『あれはエルフ達が野に放った魔物だ!』と言ったそうだ。
 当然エルフたちはそんなことをしていないため、反論したようだが、互いに譲り合わずとうとう人とエルフは袂を分かつことになったんだよ。
 そうして、長い月日が流れて今また人とエルフの争いが起こっている。これまでも何度か小さな争いはあったが、ここまで大きなものが起こってしまうと、もうどちらかが滅びるか降伏するかしないかぎりこの戦いは止まらないだろうねえ」

エルフ「そんな……。それじゃあ、お父さんとお母さん達は何のために……」シュン

族長「……今はそのことは忘れなさい。なに、きっとまた人とエルフが手を取り合って生きていけると気がくるさね。今は互いの誤解がきつく絡み合ってしまっているが、いつかきっと誰かがこの誤解という名の縄を解いてくれる時がくるはずだ。
 その時まで、我々は抵抗せず人との和解の道を探っていくしかないのだよ……」

エルフ「おばあさん……」

族長「ふむ、少し話しすぎたかね。ほら、もう日も暮れるはずだよ。そろそろ家にお帰り」

エルフ「はい、また近いうちに来ますね」トテテテッ

族長「……」

族長「本当に、そんな時が来てくれるといいんだがねえ……」ハァ

……



エルフ「おばあさん……元気なかったですね。やっぱり、みんなに人との交流を絶たないように説得して疲れているんでしょうか……」テクテク

エルフ「顔色もあまりよくなかったですし、大丈夫かな……」

……コツッ

エルフ「いたっ!?」サッ

エルフ「えっ……?」キョロキョロ

エルフA「やい、裏切り者の子。族長の孫だからっていい気になって! お前なんてとっととこの里から出てけ」ヒュッ

エルフ「痛っ! やめ、やめてください!」

エルフB「うるさい! 人間側についている裏切り者!」

エルフ「そんな……」

エルフC「知ってるぞ、お前の両親人間の味方して殺されたんだって? 俺たちを裏切ったから罰を受けたんだ!」

エルフ「お父さんとお母さんを悪く言うのはやめてください! それに、裏切ってなんていません。二人とも一生懸命和解の道を探っていたんです!」

エルフA「じゃあ、何でお前の両親は死んだんだよ! いっくら頑張ったところで結局のところ人間に話なんて通じないんだよ! あいつらは野蛮な民族だからな」

エルフ「そんなことありません! ちゃんと話せばわかってくれる人だっています。一方的に決めつけるなんてよくないです」

エルフC「言い訳ばっかりで見苦しいぞ! 現にお前の親は人間の手によって死んだじゃないか。それが何よりの証拠だ! 奴らに話し合いなんて通じない。若エルフさんの言うように俺たちには戦うしか選択肢はないんだよ!
 それともお前は俺たちエルフは黙って人間に殺されろとでもいうつもりかよ」

エルフ「違います! そうじゃないんです……」

エルフB「だいたい、族長も族長だ。なんで、人間との交戦にそこまで反対するんだ。今更そんなことをしたって無駄だっていうのに。これだから、頭の固い古いエルフは困るんだ……」

エルフ「……! 私のことを悪く言うのは構いません。でも、おばあさんのことを悪く言うのはやめてください!」

エルフA「……まあ、若エルフさんにも族長のことを悪く言うのは止められているしな。このくらいにしておくか。だがな、どっちの意見が正しいのかはすぐにわかるようになるさ。その時、人間の見方をしたお前に居場所はないと思っておくんだな」

エルフB「裏切り者はおとなしく家にでも篭ってるんだな」

エルフC「間違いないな」ハハハハハ

タッタッタ

エルフ「……」グスッ

エルフ(お母さん、お父さん。私、間違ったこと言っていないですよね。二人とも正しいことをしたんですよね?)

エルフ「家に、帰りましょう……」トボトボ

――翌朝――

エルフ「う、うぅ~ん。今日もいい天気です。昨日は帰ってすぐに眠ってしまったので何も食べていません」グゥ~

エルフ「森の奥に行って果実を取りに行ってきましょう。あ、できればお魚も欲しいですね。帰りに川に寄って魚を採りましょう」

ギィィ、パタン

エルフ「行ってきます」

シーン

エルフ「……」タッタッタ

――森の奥――

エルフ「えっと、これは食べれるキノコで、これはダメ。あ、この果物虫食いがひどいですね……」

エルフ「よいしょ、よいしょ。籠をあらかじめ持ってきておいて正解でした。これだけ多いと手で運ぶには限界があります。あとはお魚を採れば……」テクテク

?「うっ……うぅ……」

エルフ「あれっ? なんでしょう?」テクテク

エルフ「あ!? 誰か、倒れています。……これは、人間?」ジッ

エルフ「ど、どうしましょう……。このまま見捨てる、なんてできないですし。かといって連れ帰ればまた……」

?「……」ガクッ

エルフ「あっ……」

エルフ「……」キョロキョロ

エルフ「……」ギュッ

タッタッタッ

……



?「うっ……ここ、は?」

エルフ「あ、気がつきましたか?」

?「君は……エルフ? そうか、それじゃあここはエルフの……うぐっ!」

エルフ「駄目です! まだ傷がちゃんと塞がっていないんですから無理しちゃ……」

?「すまない。傷の手当は君が?」

エルフ「いえ、それは私じゃなく……」

族長「そこからは私に話をさせてもらおうかねぇ」

エルフ「おばあさん!」

族長「よく様子を見ていてくれたね。ありがとう、お前さんはひとまず別室でゆっくりと休んでいなさい」

エルフ「で、でも……」

族長「なに、別にとって食うわけでもあるまい。少し話をするだけさね。信じておくれ」

エルフ「……はい、わかりました」ギィィ、パタン

族長「……ふむ、行ったようだね」

?「あなたは……?」

族長「私かい? 私はこのエルフの里の族長さね。そういうあんたはどうなんだい?」

?「私は、学者です。エルフと人との関係に調べているものです。もっとも、人の世からは厄介もの扱いされて学会からも居場所も奪われてしまいましたが……」

族長「なるほどねえ。それで、一体なんだってあんなところで傷ついて倒れていたんだい?」

学者「それは……」

族長「話せないような事なのかい? それともお前さんもエルフに対して悪意の偏見を持っているのかい?」

学者「……わかりました。では、お話させていただきます」

そう言って学者はポツリ、ポツリと森で倒れるまでの経緯を話し始めた。
彼は元々魔術関連の研究を行なっている一学者だった。しかし、敵対しているエルフが人よりも優れた魔術を身につけていることに関心を持ち、そこからエルフについての研究にも手を伸ばすようになっていったという。
最初は興味本位で調べ始めた事だったが、時が経つにつれて段々と本来の研究よりもエルフについての研究に没頭していくようになっていった。
そんな日々が幾年も過ぎ、エルフと人が何故こんなにも争うのか疑問を抱くようになった彼は、このような状況になった原因を調べ出した。
そもそも人の世界ではエルフは毛嫌いされ敵としてみなされているが、どうしてそのように感じるようになってしまったのかは詳しく説明されていなかった。
親から子へ、子から孫へ。
ただエルフは蛮族、人の敵ということだけが伝えられ続けたことによって、彼らに対する敵対心が刷り込まれ、争いに巻き込まれ被害を受けた者が憎悪を募らせることになり、結果としてエルフは倒すべき対象としてみなされていたのだ。
だが、そんな人々にそもそも何故エルフと人は争うようになったのか? と問いただしても昔からの敵だからという答えしか返ってこなかった。
不思議に思った彼は更に双方の関係を詳しく調べ、つい先日ようやくエルフと人が決別することになった真実に辿りついた。
冷静に考えればこれは人の側に非があるように感じた彼はこの事実を纏めた論文を学会に提出した。しかし、これが不味かった。
古くからの事実を知っていた一部の学会員たちはこのことが世に晒されて人々がエルフと戦うことに躊躇いが出るのを恐れ、この論文を焼却した。そして、このことが彼の口から他の者に伝わらないようにするために口封じとして暗殺者を放った。
このことに気づいた彼は必死に逃げ、決死の思いでエルフの住むと言われている森へと逃げ込んだのだ。一か八かの賭けではあったが、暗殺者も敵がいる場所へわざわざ足を踏み入れるわけにもいかない。
そして、森の奥深くまで逃げ切ったと思ったその時、彼の身体に激痛が走った。見れば、腹部の一部が裂け、血が流れていた。近づけなくとも遠くからなら。そう思った暗殺者が放った弓矢が彼の腹を裂いたのだ。
走る激痛、見慣れない血にショックを受けた学者は腹部を抑えながら歩いていき、森の奥で倒れた。そして、果実を採りに来たエルフに助けられ今に至るというわけである。

族長「なるほどねえ。それは災難だったね」

学者「いえ、自分もこの事実を知るまではエルフのことを毛嫌いしていましたから。ある意味では自業自得です。正直に話させてもらえば、今もあなたがたが得体の知れない存在として恐ろしいと思っている自分もいます」

族長「そりゃ、そうさね。今までろくに対話せず命を奪い合ってきた存在のいる場所に身一つで放り込まれているんだ。怖がっても仕方がないね」

学者「そう言っていただけるとありがたい」

族長「それはそうと、あんたこれからどうするつもりだい?」

学者「実はまだ何も考えれていません。命を守ることに必死だったのでどうするかなんて考える余裕もなくて……」

族長「そうかい。でも厄介なことになったね。あたしはあんたがここにいようと別に構いやしないんだが。なにせ時期が時期だ。人とエルフとの戦いは激しくなる一方。特に若いエルフは今のあんたが話してくれた若い人間と同じように人を倒そうと躍起になってる。
 この里のエルフはまだ私が抑えているけれどそれもいつまで持つかわからないのが正直なところだねぇ。
 だからあんた。その傷が治ったらすぐにこの森を出たほうがいいよ。私も立場が立場なものだから見てみぬふりをするくらいしかできないけどねえ」

学者「いえ、今の人とエルフの状況を考えればそう考えて当然です。むしろ人とわかっていて殺さないでいただけるだけマシでしょう。その上手当までしていただいて。感謝しております」

族長「ひとまずはこの家から出ないことだね」

学者「わかりました。ご助言ありがとうございます」

族長「なに、これ以上厄介事が増えるのを防いでるだけだよ。私は争いが嫌いだからね」

学者「そうですね。戦争なんてものは互いに傷つくばかりです。生み出すのは相手に対する憎悪ばかり……。本当に早く戦いが終わって欲しいと願うばかりです」

族長「そうだね。でも、さすがに今回ばかりはどちらかが滅ぶか、それとも服従することになるか。行き着くところまで行かないと終わりそうになさそうだけどね」

学者「……できることなら、人とエルフが手を取り合っていけるような世界が出来上がればいいのですけどね」

族長「そう簡単に事が進むようならこんなに長い時間互いに争い続けたりはしていないさね」

学者「確かに、あなたの言うとおりですね……」

シーン

族長「さて、話はこの辺にしておこうかね。あんたもその状態でずっと起き続けているのは辛いだろうし。もう一眠りしておきな」

学者「確かに。実は先ほどから眠気がひどくて……」

族長「まあ、後のことはエルフに話しておくから。あんたはゆっくり休んで傷を治すことだね」

学者「あ、すみません。ひとつお願いがあるのですkが聞いてもらえないでしょうか?」

族長「なんだい?」

学者「あのエルフの少女にお礼の言葉を伝えてもらないでしょうか? 本当はさっき言っておきたかったのですが、伝える前に彼女は部屋を出て行ってしまったので……」

族長「それくらいなら構わないよ」

学者「ありがとうございます。もちろん目が覚めたらまた自分でも伝えておきますので」

族長「そうかい。それじゃあ」

ギィィ、パタン

族長「さて、この状況。どうしたもんかねえ……」

……



学者の男が療養を始めてから二日が経った。この間、特に何が起こるわけでもなく、エルフの看病を受けながら少しずつ彼は体力を取り戻し始めていた。

エルフ「あ、あの。これ……どぞ」

ベッドの上で上半身を起き上がらせている学者に向かってエルフがおずおずと果実を差し出す。今朝に森の奥で採ってきたばかりのものだ。

学者「ああ、ありがとう」ニコッ

学者はエルフからそれを笑顔で受け取るが、どうにも二人の間には微妙な空気が漂っている。
恐怖心はそこまでない。おそらくは人として学者はいい人の部類に入るであろうということもなんとなくエルフは悟っていた。しかし、これまでほとんど接点のない人と暮らすのは彼女にとっては急なことであり、戸惑ってしまっても仕方のない事態だった。
それとは別に彼女にはもう一つ距離感をつかめない理由があった。
それは、エルフの両親のことだった。

エルフ(この間のおばあさんとの話。気になってこっそり聞いちゃいましたけど、この人もお父さんとお母さんと同じように人とエルフの和解の道を考えているんですね……)

彼女の両親と同じ考えを持っている学者にだったらすぐに打ち解けてもよいとエルフも内心では思っていた。だが、彼が人であるということが彼女と学者との間を邪魔していた。

エルフ(お母さんも、お父さんも頑張って人とエルフとの仲を良くしようとしたのに……。周りからは裏切りもの扱いされて、里から追い出されて。最後は人との争いに巻き込まれて人の手によって死にました……。
 この人に罪はないのはわかってますし、怒ったところで逆恨みです。そもそも、本当に嫌ならあのまま見捨てます。でも、そうしたらお父さんたちのしたことを私が否定してしまいます。
 ああ、もう。どうすればいいんでしょう。頭がごちゃごちゃして訳がわからないです)

考えが纏まらず黙り込んでしまうエルフ。こんな様子はこの二日の間に何度もあった。

学者「……やっぱり君も私が憎いかね?」

そんなエルフの内情をなんとなく察したのか学者は彼女に訪ねた。エルフが話を聞いていたと気づいていない学者は彼女が人に対して憎しみを抱いていると思ったのだ。

エルフ「……」

違います。
そう返事をしようとしたエルフだったが、何故か言葉が出てこなかった。

エルフ「また……後で来ます」

代わりにそれだけを学者に伝えてエルフは部屋を出て行った。

学者「本当に、人とエルフの間にある溝は深いものだ……な」

気まずい気分を胸に抱えたまま部屋を出たエルフは、己のうちにある複雑な感情を持て余していた。

エルフ(言い返したかった……。私は人を憎んでいないって……)

そう思っていた。それはエルフの本心である。人と仲良くして行きたい。

両親が語ってくれたように、人とエルフが共に手を取り合って行く未来を見てみたい。
自分もその関係を作り上げる者になりたいと。そう……思っていた。

だが、そのように明るい望みの裏側でふつふつと暗い感情が沸き上がるのを感じていた。

人は敵だ。ずる賢く、自分勝手で。手を差し伸べたところでその手を振り払う。

母エルフ『お行きなさい。あなただけでも……』

父エルフ『私たちはここに残るから。ほら、早く。おばあさんがきっと待っているよ』

不安を感じさせない笑顔を浮かべ、戦火の中娘を送り出した両親。彼らの遥か後ろにはこちらに向かってくる幾つもの人影があった。

今だから分かるが、あの時両親は死ぬつもりだったのだ。しかし、せめて娘だけでもと思い、どうにかエルフを送り出した。
心配をかけまいと笑顔を浮かべて。

涙を浮かべ、エルフは戦火の渦中にある草原を駆け抜けた。振り向く事はできなかった。
迫り来るプレッシャー、振り向いた先にある凄惨な光景、そしてほんの僅かでも足を止めれば己の命も危ういのだと本能的に悟っていたからだった。

気づけばひとりぼっちで森の中を彷徨い歩いていた。涙を流し、無様に嗚咽を漏らしながら。
そして、森の奥から現れた同胞達によって保護され、祖母のいるこの里で暮らすようになった。
住む場所は変わったものの、生活自体はそれまでとあまり変わらなかった。

生きるために必要な最低限の食事を取り、森の奥で穏やかに過ごし、たまに祖母である族長エルフに昔話を聞かせてもらう。そんな毎日がずっと続いていた。

同胞のエルフ達からは彼女の両親が人との繋がりがあったことで裏切り者の子と罵られているが、それもあまりたいした事ではない。
族長の孫という事もあってか、他のエルフ達もそれほど手を酷く手を出してこない。

世話になっている祖母にも迷惑をかけまいと、毎日明るく、明るく振る舞ってきた。誰からも好かれるように、邪魔な存在だと思われないように。

息を殺し、まるで空気のように。その場に存在しても誰からも気づかれず、誰の迷惑にもならないように努めてきた。

心はずっと平静だった。そう、彼が来るまでは……。

エルフ「どうして……。どうして、私の前に現れるんですか……」

胸の内にある黒いもやもやは一向に腫れる気配がない。それどころか、日ごとにその量を増していっている。
昨日は平気だった学者の何気ない一言でも、今日には苛立の原因になってたりもした。

エルフ「私、このままじゃ人間のことが嫌いになっちゃいます。そんなことになっちゃ駄目なのに……。
お父さんとお母さんの言っていたことを裏切る事になっちゃう。
もしそうなったら、私には本当に何もなくなっちゃいます」

己に起こった変化を恐れ、その場にしゃがみこみ、エルフは己の体を抱きしめた。だが、そんな彼女を優しく癒してくれる存在は今この場には誰もいなかったのだった……。

……



エルフA「やっぱり言っていた通りです。あのエルフのやつ家に人間を匿ってます」

エルフB「本当です。ずっと見張っていましたけど窓から人間の男が家の中を動いているのが見えました。
ただ、どうも怪我しているみたいであまり体調がいいようではないみたいですけれど」

エルフC「それで、どうするんですか?」

若きエルフ「いや、今はまだなにもしないさ。もう少しだけ待とうか」

エルフB「そんな! みすみす人間を見逃せっていうんですか? あいつらに殺された同胞はたくさんいる……」

エルフA「やめろよ! 若エルフさんには何か考えがあるんだよ。そうですよね?」

若きエルフ「ああ。君たちの気持ちもわかる。人間を前にして流行る闘争心を必死に抑えているのも……ね。
私だって君たちと同じだ。あの人間をこのまま逃すつもりはないよ。だけど、今は駄目なんだ。
 このままあの人間を捕まえて見せしめにして殺すのは簡単だ。
でも、我々は人間と違ってそんな野蛮な行為はしない。殺すなら後悔する暇も与えずに殺す。
 だけど、あの人間はまだ利用する価値がある。頭の硬い老人たちの目を覚まさせ、戦うことから目を背けて同法を見殺しにしているヤツらの口を黙らせるためのね。
 だから、私が許可するまではあの人間に手を出さないように。それと、あのエルフの少女にも」

エルフC「あいつにも手を出してはいけないんですか?」

若きエルフ「そうだよ。その理由も後で分かる。今は僕を信じてくれとしか言えないけれど……」

エルフA・B・C「……」

若きエルフ「やっぱり、無理なお願いだったかな」

エルフA「いえ! そんなことありません。自分は若エルフさんの言うことに従います」

エルフB「自分もです」

エルフC「あ……じ、自分もです!」

若きエルフ「そうか……。みんな、ありがとう。もう少し、もう少しだ。あと少しで私たちは他の里のエルフたちと同じように人間を滅ぼすための聖戦に参加できる。
その時まで、君たちには充分に力を蓄えていてくれたまえ」ニコッ

エルフA・B・C「はい!」

熱に浮かされたような声で三人の少年エルフは答える。彼らを導く若きエルフのその目に宿る狂気的な光に気がつくことなく。
いや、あるいはその光に魅入られ、引き寄せられるようにして少年エルフたちはそばにい続けるのかもしれない。

戦争がもたらす狂気的な熱。その余波は争いを避けようと望み続ける里にまで及び、腸を食い破る寄生虫のように内側からジワリ、ジワリと侵食を始めていた……。

……



――数日後――

その日は、とても穏やかな陽気だった。森は静かに息を潜め、そよ風が木々の間をすり抜けていく。まるで激動の前のひと時を思わせるような静けさだった。

そんな森にただ一人療養生活を送っていた人間がいた。数日前に負った傷はもうほとんど癒え、寝てばかりで動かしていなかった身体をほぐしている男が。

そして、そんな彼と同じ家に住んでいる少女が一人。種族の違うエルフが少し離れた位置で彼の様子を見ていた。

二人は結局この数日間互いの距離をつかむことができずに終わった。
エルフは自分の苛立ちを胸に抱えながらも、できるだけ表に出そうとせず男性の看護をし、男性はエルフの様子に気がつきながらもただ黙っているだけだった。

そして、今日。ようやくまともに歩けるようになった学者はこの森を出ることを決意していた。
そのことを昨晩エルフに話したが、エルフは喜ぶわけでも悲しむわけでもなくどこか曖昧な表情を浮かべてただ「そう……ですか」とだけ呟いた。

結局、人とエルフは分かり合うことはできないのだろうかと学者は考えていた。
かつて、人とエルフが共存していたのは幻のようなもので、それが実現すること等ありえないのだろうかと。
だが、己に問いかけたその質問に返ってきた答えは否だった。
まずは自分から、一歩踏み出す。そうしなければ何も変えることなどできない。
誰かが事を起こすのを待っているだけでは、この状況はきっといつまでも変わらないだろう……。
だからこそ、学者はここを旅立つ前に自分を看護してくれたエルフに伝えておくべきことがあった。内心でどう思われていようが、彼が少女に命を助けられ、こうして生きながらえているのは彼女のお陰なのだ。
チラリと視線を移すと、そっとこちらの様子を伺っているエルフの少女の姿があった。こちらを見ていることに気づかれて焦っているのか、あたふたとし、罰が悪そうに視線を彷徨わせている。

学者(きっと、この子に出会ったのはある意味で運命だったのかもしれないな)

そう思いながら、学者は人とエルフが共に歩んでいくための一歩を踏み出そうとしていた。

学者「よければ……少し話をしないか?」

学者のその提案に、エルフは少々戸惑ったが、しばらくしてコクりと小さく頷いた。

居間にあるテーブルを挟んで人と、エルフが向かい合っている。どこか落ち着かない様子なエルフの少女。
そんな彼女とは対照的に、人間の男の方は落ち着いた様子で話し始めた。

学者「まずは、お礼を言わせて欲しい。人の身でありながら命を救っていただいたこと、本当に感謝している。
きっと君がいなかったら私はあのまま野垂れ死にしていただろう……」

エルフ「いえ、別にお礼を言われることじゃ……」

学者「お礼を言うことだよ。君たちエルフが人に対していい感情を抱いていないのは知っている。それがわかっていてもなお助けてくれたんだ。感謝してもし足りないくらいさ。だけど、同時に気になることがある。
 君だってエルフの一族だろう? なら人を助けたら自分が周りから何を言われるのかくらい想像が付くんじゃないか? それなのに、どうして助けようだなんて思ったんだ?」

これは学者がエルフに助けられてからずっと抱いていた疑問だった。
自分を助けて、そのことが周りに知れてしまえば、この少女は差別される。裏切り者の烙印を押され、爪弾きにされるだろう。
少女とはいえエルフだ。そのことがわからないはずがない。それなのにどうして自分を助けたのだろうか……と。
この問いかけにエルフはしばらく黙り込んで、返事をするべきか迷っているようだった。
やはり聞くべきではなかったかと学者が思い、その質問の返事をしなくてもいいと伝えようと口を開こうとした時、エルフが話を始めた。

エルフ「私には大事な、大事なお父さんとお母さんがいました。二人はずっと人と交流を持っていて、大きな戦争が始まる前から仲良くしていました。
戦争が始まっても二人は人との交流をずっとやめないで、他のエルフたちから非難されてもずっと笑顔で過ごしていました。
 何も悪いことをしていなかったのに、結局お父さんたちは裏切り者だと罵られ、里を追い出されて……。そして、最後には信じていたはずの人に……裏切られた」

学者「……」

エルフ「あんなに人のことを信じて、エルフと人が仲良くなるように頑張ってきた二人だったのに……。誰一人として二人のことを理解してくれませんでした。正直、人のことを憎いと思わないこともないです。
 でも、私が人のことを嫌いになってしまったら二人はきっと悲しんでしまいます。最後まで人とエルフの道を探して、私を命をかけて守ってくれたお父さんとお母さんを私が裏切ることになってしまいます」

学者「だから、助けたと?」

エルフ「そう……だと思います。理由なんてこんなものです。私は二人のためにあなたを助けたんです。
それに、裏切り者なんて烙印は私には昔からずっと押されています。あのままあなたを見捨てたところでそれが消えるわけでもありません。だったら、助けたほうがいいと思っただけです。
 どうです? 私は別に善意からあなたを助けたわけではないんです。ただ、二人のしてきたことを私自身が否定したくなくてやっただけなんですよ……」

そう呟くエルフの顔はとても悲しそうだった。

学者「……」

沈黙が続く。この場の雰囲気にそぐわない小鳥の陽気なさえずりが甲高く外から聞こえる。そのさえずりを遮るように学者は告げる。

学者「君は、我慢しているんだね……きっと。いいんだよ、もっと人を嫌いになっても。そうしても誰も君を責めることはないんだ。
君は、君だ。お父さんや、お母さんは確かに人を信じて亡くなったのかもしれないけれど、君がそれに縛られることはないんだ」

エルフは学者の言葉にハッとした。今まで誰もそんなことを言ってくれた者はいなかった。
誰かを嫌いになってもいいだなんて。自分にはそんな権利がないとずっと思っていたのだ。
しかも、それを告げたのはよりによって憎み、嫌うべき人間。

エルフ「やめて……ください。そんなことを今言われても困るんです……。私は、誰も嫌いになんてなっちゃいけないんです……」

学者「それは違うよ。君はもっと自由になるべきだ。誰かを好きになったり、嫌いになって分かることもあるんだ。
誰にでも同じ態度でいるってことは聞いている分はいいと思えることだけど、実際は誰に対しても興味を持っていないのと同じことなんだよ。
 本音で接して、それで初めて分かることもある。君のご両親は人に対して上辺だけの付き合いだけしていたかい?」

エルフ「そんなわけありません! 二人とも真剣に人と交流をしていました!」

学者「そうだろうね。だからこそ、二人とも最後まで人との道を探っていたんじゃないかな? 本音で彼らと付き合っていたからこそ、周りから非難されようともずっとその交流を断つことはなかったんじゃないかな?
 人にだって、悪い者はいくらでもいる。中には救いようのない者だって……ね。
でも、分かって欲しい。そんな中にもいい人だっているんだ。だからこそ、せめて君にだけは本音で接して欲しいと思う。
 君が嫌だと思う人もいるだろう。そんな人は嫌ってもいい。でも、同時に君が好きだと思える人には真摯に向かい合って欲しいんだ」

エルフ「……」

学者「これがただのお節介だっていうのは分かっている。でも、君がどう思おうと命を救ってもらって私は感謝している。それがたとえただの義務感だったとしてもね」

エルフ「……」

伝えられた言葉を噛み締めるようにエルフはうつむき、何かをじっと考え込んでいた。その様子を学者は静かに眺めていたが、やがて席を立ち、

学者「本当にお世話になった。夕方までにはここを出て行くよ」

エルフにそう伝えて、自分にあてがわれていた部屋に戻っていった。

エルフ「私……は」

残されたエルフは、何をするわけでもなくその場に居続けるのだった。

……



日も沈み始め、夜が森に訪れようとしていた。朝方の明るい雰囲気はいつの間にかなりを潜め、不気味な暗がりが森に広がっていく。

風に揺られざわつく木々。その様子が森に漂う不穏な空気をより一層濃くしていく。

学者「よし、行こうか」

周りに他のエルフが居ないことを確認して、学者は家を出る。最後に別れの挨拶をしておこうとエルフの部屋をノックしたが、返事がなかった。

学者(やはり、余計なことをしてしまったかな……。後味の悪い別れにはなるが、むしろこの方がいいのかもしれないな。
 彼女は直ぐに変わることは無理だろう。でも、もし彼女がこの森を出て人と出会うことがあったなら、いい人と出会うことができたのなら、きっと今と違って自由になることができるだろう……)

彼女のこれからが良いものになればいいと思いながら学者は森を出るために先へ先へと進み始める。だが……。

若きエルフ「すみませんが、あなたにこの森を出て行かれては困るんですよ」

唐突に背後から聞こえてきた声に驚き、振り向く。見れば、二十代ほどの外見のエルフを先頭に幾人ものエルフたちが彼の後ろに立ち並んでいた。

学者(彼らは いや、そんなことよりこの状況はマズイ……)

突然己の前に現れたエルフに驚くが、学者は意外にも冷静だった。
こんなにもたくさんのエルフがまさに森を出ようとするこのタイミングで現れたということは、以前から自分がこの森に滞在しているということが彼らにはわかっていたということだ。

一瞬、族長かエルフの少女が自分のことを彼らに密告したかという考えが思い浮かんだが、エルフの少女はほかのエルフからつまはじきにされていると聞いていたし、族長もそんなことをする者とは思えなかった。

学者(そもそも、こんなに大勢のエルフがいるのだ。殺害が目的ならとっくに殺されているだろう。なら、何か別の理由が……)

エルフたちの目的に考えを巡らせていると、彼らの先頭に立っている若いエルフが学者に向けてこう告げた。

若きエルフ「では、始めましょうか。世代の交代を……」

彼の言葉に合わせて数名のエルフが学者を取り囲む。なす術なくエルフに捕らえられた学者を見て若きエルフの口元が歪む。

古い時代はここに終わり、若き者たちの変革が始まりだした。

一方、部屋の窓から事態を見つめていたエルフは焦っていた。

エルフ(なんで、あんなに他のエルフが……。それもですけれど、あの学者さんが連れて行かれました)

一体、今この森で何が起こっているのか? そして、彼らは学者をどうするつもりなのか。それを考えたとき、エルフは己の身に迫る危機を感じた。
エルフ(このままじゃ、私も……)

そう理解した瞬間、家の扉が壊されて開く音が聞こえた。数名の同胞が己に視線を向けている。裏切り者とその瞳は確かに彼女に向かって語っていた。

エルフ(逃げないと……)

迫り来る同胞を前にして、エルフは窓から身を投げ出し、全速力で走り出した。それを見て同胞たちも彼女を追いかけていく。

エルフ(怖い、怖い……こわい)

走っても走っても離すことのできない相手との距離。捕まったらどうなるのか、それがわからないわけではない。
今までは間接的に付けられていた裏切り者の烙印を直接その身に刻まれ、皆の前に無様な姿を晒すことになる。そして、最後は……。

エルフ(死にたく……ないです)

父と母が今までしてきたことを否定されたくない。ここで自分が殺されてしまえば、それこそ彼らのやってきたことは本当に無駄になってしまう。
そう思ったからこそ、エルフは走り続けた。暗い、暗い森をたった一人で。
だが、悲しいことに彼女を追いかけているのは成熟したエルフ。それも戦闘に長けた者たちだった。
大人と子供ではいくら頑張ったところでその身体能力には差が出る。まして、それが訓練されたものとそうでないものであるならばなおさらだ。

徐々に、徐々に差は縮まり。ついに、エルフは……。

エルフ「いやっ! 離して、離してください!」

捕まってしまった。彼女の手をつかみ、動きを止めたエルフの顔には怒りが宿っていた。

エルフ兵「仮にも同胞であるお前が、我ら一族を裏切り人に手を貸すとは。
やはり、裏切り者の子は裏切り者でしかないということか……。その罪、衆目に晒して命を捧げることによって注ぐが良い」

力強く、腕を握り締めエルフを引っ張っていこうとする兵士。だが、突如その力が弱まる。

エルフ兵「な、なんだ? 力……が」

彼のその言葉をきっかけに、エルフの周りを囲んでいた他のエルフたちが力なく倒れていく。

エルフ「えっ……えっ?」

突然の出来事に、何が起こっているのか分からず、戸惑うエルフ。だが、戸惑う彼女を叱咤する声が辺りに響き、彼女は冷静になった。

族長「何ぼさっとしているんだい。いいから、早く逃げな」

見ればエルフから離れた場所に彼女の祖母である族長が立っていた。

エルフ「おばあさん!」

族長を見て安心したのか、エルフは彼女の元へと駆け寄り飛びついた。だが、顔を上げて彼女の表情を見た瞬間、一瞬浮かべた笑顔が再び凍りつく。
どこか、諦めた表情で、優しく諭すようにエルフの肩に手をかけて族長は伝える。

族長「行きなさい。ここにいてはいけないよ。お前さんはもう、ここで生きていけないんだ」

その言葉、雰囲気にエルフは死んだ両親の最後を族長に重ねた。

エルフ「いや……。いや、です。だって、私。全然おばあさんと過ごしていません。これからだって、もっとずっとおばあさんと一緒に暮らしていきたいんです」

知らず、エルフの頬を涙が流れる。そんな彼女のわがままに族長は、

族長「お前さんはまだ若い。これからの世の中に必要な存在なんだよ。私はもう、長いこと生きすぎたみたいでね。周囲からは反発され、家族を亡くした。
もうお前さんしか残っていないんだよ。だから、頼むよ。生きておくれ。
 そして、できるならば人を、エルフの同胞を恨まずにいておくれ」

いくらエルフでも、ここまで言われてはわかってしまった。この老婆とはもうここで別れてしまえば二度と会うことができないのだと。

エルフ「どうして……どうしてみんな私を置いていってしまうんですか? 私、みんなと一緒にいたいだけなのに……」

族長「そう願っているのはお前さんだけではないよ。誰だって、好きな人とずっと一緒にいたいはずさ。でも、今の世の中ではちょっとしたすれ違いからそうすることが皆できないんだよ。
 でもね、いつかきっと。誰もが笑って、種族なんてものを気にしないで手を取り合って生きていく時が訪れるはずさ。
 私はお前さんにそんな世の中を見てもらいたいんだ。だから……生きておくれ」

拭っても、拭っても溢れ出る涙。少女の瞳から落ちてゆくそれを老婆はそっと取り払う。

族長「さて、これで本当にお別れだ。あんたが来てから苦労は確かにしたけれど楽しい毎日だったよ。孫の顔が見れて本当に幸せものさ」

族長はエルフの元を後にし、森の奥へ奥へと進んでいく。己の傍を去っていく老婆にエルフは必死に手を伸ばすが足がすくんでその場から動けなかった。

エルフ「おばあさん、おばあさん! おばあさあああああああああああああああああん」

喉が裂けるほど大きな声を張り上げる。だが、老婆は一度として振り返ることなく森の闇に飲み込まれていった。

エルフ「う、うぅぅっ。ひっぐ、えぐっ。おばあ……さん……」

一通り泣き終わり、ようやく涙も枯れ始めた。だが、それと同時に気絶していた兵士たちがわずかに動き出しているのにエルフは気づいた。

エルフ(行かなきゃ……。この森をでなきゃ……。おばあさんの言ったことを守らないと。私は……生きないといけないんだ)

そして、再びエルフは駆けていく。森を出て、この先の未来にある何かを経験するために。

……



エルフ「そうして、私は森を出ました。でも、森を出たところで行く先も、生き方も知らなかった私はすぐに奴隷商人に捕まって奴隷になりました。
 そして、戦争が終わるまで奴隷として生きるための術を教えられて、私を買い取ってくれる人を探してこの街に来たんです」

男「そして、僕と出会った……」

エルフ「はい。男さんと出会えたのは私にとって本当に幸いでした。こんなにもいい人が私のことを引き取ってくれて、今こうしてあなたの傍にいることができる。
 今の私にとって、これが一番嬉しいことです」

男「……そういうことは真顔で言わないでくれ。それで、エルフのおばあさんとその学者のその後は……」

エルフ「わかりません。でも、きっと二人とも生きてはいないと思います。おばあさんはきっとあの時自分が死ぬことがわかっていて私を逃がしてくれたんだと思います」

男(……若いエルフたちによる変革か。やっぱり、戦争っていうのは何もかもおかしくさせるんだろうな。おばあさんはただ、平和に暮らしたかっただけだろうに……。
 でも、僕もその戦争の熱に浮かされていた一人だ。そう考えると彼女がこんな風に家族を亡くして過ごさないといけなくなった責任は僕にもあるんだ……)

エルフ「奴隷になった時はやっぱり辛かったです。頼れる人は誰もいなくって、嫌なこと、悲しいことばかりが頭の中を占めて……」

男「エルフ……」

エルフ「でも、そのおかげで男さんと出会うことができたんです。辛いこともたくさんありましたけど、私は今幸せです。ですから……」

次の言葉を紡ごうとするエルフを男はそっと胸元に抱き寄せ、その口を閉じさせる。

男「うん、そうだね。今エルフが幸せなら僕も嬉しい。だから、これからの毎日も楽しく、笑って過ごしていけるものにしていこう」

エルフ「……はい」


過去は変わらない。それでも誰もが前へと進んでいく。暗く、悲しい出来事を糧にして。その先にある明るい未来をその手に掴むために……。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before & after episode 「エルフ、その始まり」

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こねこ時計 ver.3

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好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
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      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
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好きなゲーム:キングダムハーツ
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