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戦乱の予兆

曇天模様の空。寒気がする風が肌を撫で、鋭い音を奏でている。
人々の住む大陸。その一端で、僅かながら動くものがあった。
ガシャ、ガシャと甲冑を揺らす音が聞こえる。口からは瘴気とも思えるような煙が漏れ出ている。
その姿は人に近く、それでいて一目見れば何かが決定的に違うのだと誰もに思わせるものだ。

今はまだ……誰もその存在に気がつかない。深い深い、闇の中から這いずってくる闇の存在に……。
悠久の過去に忘れ去られた脅威に……。

――男の自宅――

男「なあ、一つ聞いていいか?」ハァ

エルフ「なんですか、男さん?」

女魔法使い「なんでしょう、先生」

男「僕の家に女魔法使いが来るのはいい。前回の件でそれについては了承したから。エルフがこの家にいるのも同居人だから当たり前だ」

エルフ「そうですけど、それがどうかしたんです?」

男「うん、それ自体は問題じゃないね。でもね、朝食を食べ終わって久しぶりにゆっくり読書をしたいと思っているのに、君たち二人はどうして僕の両隣に座って読書に集中させてくれないのかな?」

エルフ「それは……その。私は男さんの……。もう、恥ずかしいから言わせないでください!」テレッ

男「あ~はいはい。そうだね、エルフは僕の恋人だね。まあ、理由として認めないこともないよ。それで? 女魔法使いはどうして?」

女魔法使い「言ったはずですよ、先生。私の目の黒いうちは不純な行動を取らせないと。しばらく観察して分かりましたが、そこのエルフは何かと理由をつけては先生の身体に接触しようと目論んでいます。
 天然を装って実は計算高いこの女のやり口は非常に悪質です。先生がその毒牙に犯されきらないうちに私がその接触を妨害するのです」

男「ああ、そう。妨害するって言ってる割に今女魔法使いが座っている位置はエルフの反対側だけどね」

女魔法使い「それは単に間に割って座るスペースがなかったからです。特に意味はありません」

男「そうか……。なんだか最近何を言っても女魔法使いには意味がないんだって諦め始めてきたよ」

エルフ「むむむ。女魔法使いさん! 男さんから手を離してください!」

女魔法使い「あなたこそ早く離れなさい。まあ、その身が消し炭になっても構わないなら別にいいですけどね」ニコッ

エルフ「はうっ! そ、そうやっていつも脅して……。でも、それも今日までですよ。昨日までの私とはもう違いますから」

女魔法使い「ほう、いいですよ。小ズルいエルフの策略。聞くだけ聞いてあげるとします」

エルフ「ふふっ。見て驚かないでくださいね……。必殺、男さんの背に隠れる!」グイッ

男「ぐえっ!? 急に首を引っ張らないでよ、エルフ。だいたいこんなことで女魔法使いが大人しくなるわけ……」

女魔法使い「な、なんて卑怯な手段を……。やはり悪い目は早めに摘み取っておくべきでした」ジロッ

エルフ「ぐぬぬぬ」ジーッ

アーダコーダ、アーダコーダ

男(はぁ……。毎日、毎日こんなんじゃゆっくり一人になることもできやしないよ。仕方ないな……)スクッ

エルフ「……? 男さん、どうかしました?」

男「ここじゃのんびり読書もできやしないから、一人でいられる場所に行くことにするよ。あ、一つ行っておくけど僕の後をついてきたりしたら駄目だから。もし、言うことを聞かなかったら……わかるよね、女魔法使い?」

女魔法使い「は、はいっ!? もちろんです、先生の言うことは絶対ですから!」

男「うん、分かっていればいいんだ。そうだ、僕がいないからって二人とも喧嘩するのも駄目だからね。文句を言い合うくらいなら別に止めないけど、手を出したら怒るから。それじゃあ……」テクテク

ギィィ、パタン

エルフ「……」

女魔法使い「……」

エルフ「行っちゃい、ましたね」

女魔法使い「……」

――旧エルフの墓――

男「うーん! やっぱりここは静かでいいな~」

男「ここ最近は女魔法使いがいるようになって周りも少し騒がしくなったし。でもまあ、エルフと言いあいをしながらも少しは打ち解け始めてきたようにも思えるなぁ……」

男「もし君が生きていたら二人を見て苦笑していたかもね。君って結構面倒見が良さそうだし……」ニコッ

男「な~んて、もしもの話をしてもしょうがないか……」ゴロリ

男「ちょっと、眠くなってきたかもな……。少しだけ、寝よう……」スースー

……



?「おーい、男。お~い」

男「……ん? ぅうん……」

騎士「よっ! ようやく、起きたか」

男「あれ? 騎士じゃないか。どうしてここに?」

騎士「ちょっとこっちに来る用事があったもんでな。んで、お前の家に行ったら出かけているって聞いてさ」

男「そうなのか。わざわざ悪いね、ここまで来てもらって」

騎士「気にすんな。お前にも話があったからな」

男「それで、その話ってなんなんだ?」

騎士「いや、少しの間女魔法使いを連れて行きたいんだけど、俺が言っても言うことをあまり聞かなさそうだからお前の手を借りようかと思ってな」

男「そうなの? もしかして、何か任務が入った?」

騎士「ああ、西の方で少し気になる噂が立っているみたいでな。調査隊を送ったんだが、なかなか帰ってこなくてな。
 もしかすると大事になるかもしれないから俺と女騎士と女魔法使いで調査に行くつもりなんだ。それで、女魔法使いを呼びにここまで来たってわけだ」

男「なるほどね。でも、その三人でいかないと行けないって結構大事なんじゃないの? みんな今は軍でそれなりの地位についているんじゃないの?」

騎士「まあな。でも地位が上がったからって何もしなくていいわけじゃないし。俺も最近は書類業務ばかりでたまには動きたいんだよ」

男「そういうこらえ性のないところは昔から変わらないね。騎士って考えるより先に手が出るタイプだし」

騎士「そうなんだよな。俺としては部屋にこもっているより現場に出てほかの兵士の意見を聴いたりしてたいんだけどさ」

男「書類業務も立派な仕事なんだし、頑張りなよ。それで、女魔法使いの説得だっけ? やるだけやってみるけど、あまり期待はしないでよ」

騎士「いや、そこは特に心配していないぞ。あいつはお前の言うことなら大抵聞くだろうし。じゃなきゃこんなこと頼まねーよ。さっきもお前の家に行ってエルフを前にして女魔法使いが大人しくしているのを見て驚いたところだしな。
 女騎士から聞いていたとはいえ、あの女魔法使いがああなるとは俺もさすがに予想していなかった」

男「最初はやっぱり驚くだろうね。でも、僕としてはようやく女魔法使いが前に進んでくれたから嬉しく思っているよ」

騎士「確かにいつまでもあのままじゃいられなかっただろうし。今回のことはいい機会だったのかもしれないな」

男「うん。でも女魔法使いが完全にエルフを受け入れられるかどうかはまだわからないから僕としては長い目で彼女を見守るつもりだよ」

騎士「そうか……。んじゃ、とりあえず戻るとするか。説得、任せたぞ」

男「頑張ってみるよ。でも、本当に期待しないでよ?」

騎士「はいはい。わかったってーの」

……



女魔法使い「ぜったいに、いや、です!」ダンッ

男「いや、ちょっと最後まで話を……」

女魔法使い「嫌ったら、嫌です! いくら先生のいうことでもそれは聞けません!」

騎士との再開後、自宅へと戻った男が待っていた女魔法使いに早速説得を試みた。最初からすんなりいくと思っていなかった男だが、予想以上に女魔法使いの反発が激しかったため少々面食らってしまった。

騎士「まあ、こうなるだろーとは思っていたけど、今回はやけにひどく拒否すんのな。やっぱりその子が原因か?」

チラリと視線をエルフに向け呟く騎士。その言葉にエルフは戸惑い、キョロキョロと視線を漂わせる。

女魔法使い「……そうですよ。ええ、そうです。今この状況で先生とこのエルフを二人にしておくと何があるかわかりません。わざわざ私が監視をしているから、何も起こらずに済んでいるのに……。
 なのに、どうしてこのタイミングで騎士さんは私と先生を引き剥がそうなんてするんですか!?」

騎士「いやな、俺だって別にわざとお前を男から引き剥がそうなんて思ってねーよ。ただ、今回はどうしてもお前の手が必要だと思ったからこうしてわざわざ出向いてきてるんだろ」

女魔法使い「それなら別にほかの人でもいいじゃないですか。どうして……」

騎士「ったく、我が儘言うなっての。お前はまだ軍に所属してんだから命令には従わないといけないの。それに、何か起こってからじゃ遅いだろ。お前だってあの時動いていればなんて後悔するのは嫌だろ?」

女魔法使い「それは……そうですけど」

騎士「だったら、今回は黙って言うことを聞く。安心しろ、用が済んだらすぐに返してやっから。それなら別に文句はないだろ」

女魔法使い「……わかりました。我が儘言ってすみません」シュン

騎士「ん。なら今すぐ準備しろ。準備ができ次第都市部に向かって女騎士と合流する予定だ」

女魔法使い「了解しました」トボトボ

男「なんだ、結局僕の説得は必要なかったじゃないか」

騎士「んなことねーよ。お前の前だから女魔法使いも意地を貼って面倒な奴だと思われたくなくて、ああした素直に引き下がったんだ。絶対あれ内心で怒ってるぜ。都市部に向かう間ずっと愚痴を聞かされんだろうな……」

男「まあ、そうならないように出る前に一言言っておくよ。騎士にはいつも苦労かけるね」

騎士「んだよ、そう思ってるなら戻ってこいよ」

男「何度も言うようだけど、それとこれとは話が別ってね」

騎士「……チッ。ホント上手い生き方してるよ、お前は」

男「あはは。褒め言葉をわざわざどうも」

騎士「嫌味か、このやろう!」

エルフ「あの~」

騎士「ん? どうした」

エルフ「いえ、女魔法使いさんの準備ができるまでの間、よかったらお茶でもどうでしょうか?」

男「だって? どうする、騎士?」

騎士「まあ、わざわざ用意してくれるってんだ。断る理由はないわな。それじゃあ、よろしくな」ポンポン

エルフ「あ、はい……。ありがとうございます」ニコッ

男「き~し~」

騎士「うおっ! 睨むなよ、別に色目使ってるわけじゃねーだろ」

エルフ「ふふっ。それじゃあ、少し待っててくださいね」トテテテ

騎士『お前いつからそんな嫉妬深くなったんだよ!』

男『なってないよ! 昔からこうだっただろ!』

騎士『いいや、違うね! 昔のお前はもっと根暗な奴だったからな! 一人でいるのがかっこいいと思ってたな、絶対!』

男『一体、いつの話をしているんだよ!』

アーダコーダ、アーダコーダ

エルフ「あははっ。騎士さんと男さんは本当に仲がいいですね」クスッ

……



女魔法使いの準備が終わり、男たちの元を騎士と女魔法使いが旅立ってから数日が経った。都市部へとようやくたどり着いた二人は待っていた女騎士と合流し、早速目的地である西の辺境の土地へと向かうことになった。

女騎士「久しぶり、女魔法使い。今回もよろしく頼むわね」

女魔法使い「お久しぶりです、女騎士さん。こんな任務さっさと終わらせて帰ってきましょう。どうせ、騎士さんの杞憂に付き合わされているだけでしょうから」

女騎士「ははっ。相変わらず厳しいこと言うわね。まあ、杞憂で済むならいいんだけどね……」

騎士「はい、はい。文句もあるだろうけど、一応これ正式な任務だから真面目にすること」

女騎士「あれ? いつの間に正式なものになったの? 騎士が個人的に調べたいっていう話だったと思ってたけど……」

騎士「いや、俺もそのつもりだったんだけど都市部に着いた時に上から正式な任務として依頼されてな。つーわけでこの依頼、気を抜くわけにはいかなくなったんだよ。まあ、元から気抜いてやろうとは思っていなかったけどな」

女騎士「そういうことなら、私たちも真面目に対応しないといけないな。いや、私も気を抜くつもりは無かったが……」

女魔法使い「さては、女騎士さん。この任務にかこつけて観光でも楽しもうかなんて思っていたんじゃないですか?」

女騎士「い、いや!? そんなことは……ないはず……かなぁ?」

女魔法使い「動揺しすぎです。はぁ、私がいなくなってから女騎士さんまでも騎士さんに似始めてしまって……。ただでさえ軍には騎士さんを尊敬して、騎士さんのマネをする人が多くてうっとおしいんですから」

騎士「お前、さりげなく俺だけじゃなく部下のことも馬鹿にしてるよな……。いや、まあいいや」

気心知れた相手だからこそできるような軽口を叩き合いながら、三人は進んでいく。文句を言いながらも、誰もその足を止めることなく日中は三人とも歩きづくめだった。やがて、日は沈み、空は黒一色に覆われた。
ぽつんと浮かび上がる月がやけに不気味で、遠くからは獣の鳴き声が聞こえる。広い平原の一角、都市部を出立する前に女騎士が用意していた食料や簡易野営用のテントを背負っていた荷物から取り出し、食事や寝床の準備を始める。

女騎士「ふむ……これくらいでいいかな? あ、女魔法使い火をもう少し強くしてもらえる?」

女魔法使い「はい。これくらいでいいですか?」ボォッ

女騎士「うん、ありがと。スープはこれくらいでいいとして、あとは騎士がテントの準備を終えるのを待つだけね」

女魔法使い「そうですね。はぁ、また戦争中のように騎士さんと同じテントの中で寝ないといけないんですね。襲われないか心配です」

女騎士「いや、それはないわね。騎士は奥手だし、そもそも襲うような度胸も持ち合わせていないわ」

女魔法使い「そうでした。それなら、安心ですね」

騎士「おい……人がいないのをいいことに、なんでもかんでも言いやがって……。しまいにゃ襲うぞ、お前ら」

女騎士「いいわよ、といってもこっちは腕っ節の立つ女と魔法に優れた女が相手だけどね」

女魔法使い「消し炭になる覚悟があるなら、いつでもどうぞ?」

騎士「ああ……今日ほど男の不在を恨んだ日はない。男より女の多い旅がこれほど辛いものとは……」

女騎士「そこは、ほら。もう諦めたほうがいいんじゃない?」

女魔法使い「ですね。だって騎士さん威厳ないですもん」

騎士「もう、お前ら遠慮の欠片もねえな!」

女騎士「いやいや。別に威厳がなくてもいいじゃない。それってある意味親しみやすいってことだし。まあ、威厳がないのは私も同意見だけどね」クスッ

騎士「フォローするならきちんとしろよ! 結局お前も傷口に塩塗りこんでるだけだろうが! はぁ、男……。軽く叩ける相手が欲しいぜ……」

女魔法使い「物思いにふけりながら先生の名前を呼ぶのは止めてください。男色の気があるように見えますから……」

騎士「ばっ! んなことねーよ! なんで、俺が男のやつと」

女騎士「もしかして騎士が女性との浮いた話がないのって男のせいなの……。ごめん、いくら私でもそれはちょっと……」

騎士「もう……どうにでもしてくれ」ハァ

一人気の沈む騎士をからかいながら食事を手渡していく女騎士。それに女魔法使いも乗じながら暖かなスープを口に運んでいく。
ゆらゆらと揺れる焚き火。女魔法使いの魔法によって薪に付けられた火は暗くなった周りを月明かりと混ざりながら照らしていく。
食事を終えた三人は交代で夜の番をとることになった。そして、もちろん多数決で最初の晩は騎士がすることになった。数の暴力は時に非情である。

騎士「くそっ……男の威厳なんてこんなものか。やはり、女の前では男は形無しだ……」

ぼやきながら焚き火の前に座り、番をする騎士。傍らには彼が愛用している剣がある。旅に危険はつきものとよくいうが、まさにそのとおりで旅の行商を狙う盗賊や魔物がいるなんてことは常識。それはただの旅人にも含まれるため、いつ危険が迫ってきてもおかしくないのだ。
もっとも、そういった危険から人々を守るため軍が各地に派遣した兵士が日夜敵と戦っているのだが……。

騎士「つっても、ここまで人一人見かけないとはな……。まあ、たまたまそういうこともあるだろうけど気になるな」

やはり事態は大事なのかもしれないと騎士が考えていると、彼から少し離れた位置に月明かりに反射してきらめく幾つもの瞳が暗闇から目を覗かせていた。

騎士「やれやれ、ゆっくりと休むことすらさせてもらえないのか」

腰を上げ、置かれていた剣を手に取り立ち上がる。力は適度に抜き、それでいて気配を鋭く研ぎ澄ませる。さきほど見えた瞳の数は十。敵の数は五と見える。しゃがんだ己と同じ目線にその瞳があったため、犬、狼系の魔物の類かと予想する。
目は既に暗闇に適応した。準備は万全、敵の姿も徐々に見えてきている。後ろの二人も異変に気づいて起きたようだ。

女騎士「せっかく眠れたところだったのに騎士がしっかりしないからこうなるのね」

女魔法使い「許しません」

騎士「その鬱憤は是非とも奴らに向かってぶつけてくれ。俺に非はない」

女魔法使い「そうですね、日頃溜まっていた鬱憤をこの際吐き出させてもらうとしましょう」

女騎士「獣相手に手加減する必要もないしね」

そう言って女騎士は剣を構え、女魔法使いは魔法紋を描いていく。

ジリジリと近づく互いの距離。獣の唸り声が夜風に乗って響き渡る。刹那、停滞を嫌った獣の一匹が群れから飛び出し三人に襲い掛かった。息をつく間も与えない速攻。狩りに特化した瞬発性、前へ前へと全身のバネを使って進んでいく。
獣側からすればこのまま為すすべもなく己の牙に肉を引き裂かれ餌となるはずの獲物たち。だが、そんな彼の期待は裏切られることになる。

騎士「遅せえよ……」

流れるような抜刀。己めがけて襲いかかる獣腹部めがけてなぎ払われたその一線は、まるで剣舞を見ているような美しい軌跡を描きながら獣の体を切り裂いた。
流れ出る血。赤黒いそれを刀身にまとわりつかせながらも月明かりに反射するその剣は美しくその身を輝かした。

女騎士「さすが、騎士。戦闘の時だけはホント惚れ惚れするような腕前ね」

女魔法使い「戦闘時の真剣さをもっと女性関係にも生かせればいいのですけどね。本当に残念な人です」

騎士「それを言うなよ。これでも気にしてんだからさ」

敵を前にして余裕を見せる三人。そんな彼らとは対照的に勢いよく飛び出し、その結果絶命した仲間を前にして獣たちは尻込みしていた。
どうする? どうする? この相手は普通じゃない。今まで自分たちが狩ってきた相手とは全く別の生き物だ。
彼らは気がついた、狩りをするために襲いかかった相手は己よりはるかに強大な力を持った生物で、ここでは狩りの対象は向こうではなく、むしろ自分たちが獲物なのであるということに。

騎士「おーおー。意気消沈しちまってるよ、あちらさん。このままなら自分たちの命がなくなるってことがわかるくらいには知性があるようだ」

女魔法使い「といっても、素直に逃すつもりはないですけれどね。私の睡眠をじゃました罪は重いです」

そう言いながら指を動かす女魔法使い。既に中にはいくつもの魔法紋が描かれている。文字を連ね、紋様を重ね合うその様はまるで匠の美術家が絵画を描いているようだ。

女騎士「あ~、女魔法使いがやる気なら私の出番はなさそうね。それじゃあ、あとは頑張ってね」

剣を鞘に収め、その後の成り行きを見守り出す女騎士。獣たちも今から起こることに対する不吉な予感を感じ取ったのか、一目散にこの場から逃げ出した。

女魔法使いの創造が終わる。敵の殲滅を目的としたそれは紋様を基点として、その姿を世に表す。
細長く、それでいて鋭く尖った槍。一切の無駄をなくし、敵を貫くための形状に整えられたそれは高熱を持って現れた。それもそのはず、その槍は現実には作ることの叶わない炎によって形作られていたのだ。
逆巻き、燃え上がる炎槍。無理やり形にハメられ、圧縮されたそれは内部で溜まった炎が暴れまわり、己の身を燃やす熱の温度を極限まで上げていく。

女魔法使い「私の眠りを妨げた罪、その身をもって思い知りなさい!」ブンッ

振り下ろされた女魔法使いの手を合図に、空中に待機していた炎槍は一斉に目標めがけて飛んで行った。全力で駆ける獣たちをあざ笑うかのようにその切っ先は一瞬にして彼らの身体を貫いた。

激痛に悶える獣もいれば、衝撃に耐え切れず意識を手放し絶命した獣もいた。前者は残り数秒の命、後者は言うまでもない。
だが、このあとに起こることを考えれば彼らは皆後者の選択をすべきだった。

女魔法使い「これで……終わりです!」グッ

そう言って女魔法使いは開いた拳をグっと握り締める。その動作に呼応するように獣の体に突き刺さった炎槍は爆散し、内部にあった炎を辺に撒き散らした。
生きながらにして内側から炎に包まれ燃やされるという地獄の苦痛を与えられた獣はついにその姿を欠片も残すことなく消し炭となり、消え去った。
この世に唯一形を残したのが一番最初に彼らに挑み、逃げることなくその命を散らしたものだとは、なんとも皮肉である。

騎士「終わったか。まったく、勘弁して欲しいぜ。おちおち休んでもいられない」

女騎士「そうね。というわけで、用は済んだから私と女魔法使いはまた寝るわね。その間の見張りよろしくね」

女魔法使い「あ、ちなみに次は襲撃があっても起きませんから騎士さん一人で対処してくださいね」キッパリ

騎士「お、お前ら……。二人とも寝ている間に敵に襲われて死んじまえ!」

粗雑な扱いを受ける騎士の叫びが空へと虚しく響く。いくら地位が上がっても、昔の戦友の前では形無しの彼だった。

……



数日の旅を経て、ようやく三人は目的の場所にたどり着いた。だが、そこで彼らが見たものは想像もしていなかった光景だった。

騎士「なん……だ、これ」

瞳に映るのは荒れ果てた家屋。火の手が上がったのか、焦げ残った跡を残した地面や家。そして、その付近には先遣隊として派遣されていた軍の人間たちの死体が無残に転がっていた。
死後数日が立っているため、死体は魔物たちに食い荒らされ、見るに耐えない形状になっており、腐敗臭も漂っている。
思わず現実から目を背ける一行。そんな中、ふと驚いたように女騎士が声を上げる。

女騎士「二人とも、あそこで今何か動いたぞ」

女騎士の言葉に騎士と女魔法使いも視線を移す。その瞳は確かに人影と思わしきものが家屋の中に入っていく何かを捉えていた。

騎士「気になるな。よし、周りを警戒しながら向かってみるぞ」ザッ

騎士の言葉に二人は頷き、警戒を強めながら目的の家屋へと進んでいく。その間、彼らが見たのは先遣隊だけでなく、恐らくこの地に住んでいたと思われる人々の死体の数々。それらを視界の隅に収めながら、一抹の悲しみを抱き、その場を後にするのだった。

騎士「ここ……か」

目的の家屋の前にたどり着いた三人は緊張した面持ちで扉の前に立っていた。騎士と女騎士は剣を抜き、既に構えている。女魔法使いも何が起こってもいいという状態になっていた。

騎士「行くぞ……。三、二、一……」

上げていた片腕を振り下ろし、騎士は扉を蹴り飛ばして中へと入る。それに続くように女騎士、女魔法使いも中にはいる。
だが、扉の先で三人を待っていたのはある意味で予想外の存在だった。

少女「……」

騎士「おんなの……子?」

予想外の存在の登場に驚く三人。確かに人影を見たと思っていたが、皆が考えていたのはこの事件を起こした正体不明の敵の仲間であり、外の有様から生き残っている人がいるとは予想もしていなかった。
少々面食らったが、すぐさま冷静さを取り戻した騎士が優しく少女に話しかける。

騎士「君、大丈夫か? 話せる?」

騎士の呼び掛けに、しかし少女は何の反応も見せない。瞳は虚ろで、視線が定まっていない。身体を縮こまらせて小さく震えている。

少女「――、――」

騎士「駄目か……」

少女の様子を見て騎士はここで何が起こったのかという情報が得られないと理解する。外の様子を見た限りでも悲惨な光景なのだ。その現場をもしこの少女が見ていたのならこのようにショックを受けてまともに話せない状況になってしまってもしかたがない。
ひとまずこの少女の保護を優先しようと騎士が判断を下し、家の外へ少女を連れ出そうと手を差し伸べた時、少女の口から小さく言葉が隠れ出ているのに騎士は気がついた。

少女「おか、あさん。おとう、さん」

騎士「……」ギリッ

少女の口から溢れ出た呟きを聞いて知らず騎士は己の身体に力が入った。恐らくこの少女の両親は先ほどの死体の山の中に混じっているのだろう。もしもの話をしても意味はない。結果として騎士たちは先遣隊やこの地に住んでいた人々の命を守ることができなかったのだから。
だからこそ、救えなかったという事実がなおさら彼の両肩に重くのしかかる。

騎士「ごめん、助けることができなくてごめん……」

少女の身体を己の胸に抱き寄せ謝罪する騎士を女騎士も女魔法使いもただ黙って見守っていた。彼女らが抱いている思いも騎士と全く同じものだったから……。

しばらく少女を抱きしめたあと、騎士は彼女を己から離し、その手を引いて外に出た。

騎士「一度他に生存者がいないか確認しよう。それから、先遣隊や人々を襲った敵の痕跡があるのなら見落とさないように。こんなこと、ただ事じゃない。恐らく軍部が総出で取り掛かる自体になる可能性が高いからな。情報は少しでも多く持ち帰れる方がいい」

女騎士「わかった。じゃあ、私は生存者の確認を主として行うとしよう。魔術的な痕跡が残っているのなら私や騎士よりも女魔法使いの方が見つけられるだろうから、そっちの調査は任せるわ」

女魔法使い「わかりました。では、合流時間を決めておきましょう」

騎士「四半刻くらいだな。この状況を早く軍に伝えたほうが良さそうだしな。ひとまずここを合流地点とする。もし、重要な痕跡を発見したり、異変があったりした場合は即座に皆に知らせること。いいな?」

女騎士「了解。それじゃあ、後で」

女魔法使い「ええ、また後で」

女騎士は生存者の捜索、女魔法使いは何か痕跡が残っていないか調査、そして騎士は少女の手を優しく握りしめてその場から動かないでいた。

騎士「大丈夫。きっと、君の他にも生きている人がいるはずだから」

そう言って少女の頭を優しく撫でる騎士。虚ろな瞳のまま少女は己に触れる存在へと視線を移す。恐らく、心が麻痺しているため条件反射で目の前の人物を見ただけだろう。

騎士(この子を少しでも安心させるためこんなこと言っているけど、状況は絶望的だ。死体の状態から少なくと事が起こったのは数日前と思う。もし生きている人がいたとしてその間この場所から動かないでいないはずがない。
 近くの村や街に逃げて状況を知らせるはずだ。でも、旅の途中に出会った行商人たちはそんなことを知っている様子はなかった。
情報が命ともいえる彼らが知らなかったということは、ここで起こったことを知ったのは恐らく俺たちが最初だろう。だとしたら他の生存者はもう……)

悔しさから顔を歪ませる騎士を少女は不思議そうに眺めていた。そんな少女の視線に気がついて騎士はすぐさま笑顔を浮かべる。

騎士「ごめんね、何でもないよ。もう少ししたらさっきの二人も戻ってくるから。そうしたら都市部に向かおうか」

それから四半刻が過ぎ、二人が騎士の元へと戻ってきた。結果は騎士の予想通り。生存者は他にいなかった。そして、僅かに期待していた敵に関する情報も何一つ手に入れることができなかった。

騎士「行こう。これ以上ここにいてもしょうがない」

そう言って少女の手を引いて都市部に向かおうとする騎士。だが、そのまま付いてくると思った少女がその場に立ち止まったままだったため、騎士は一旦足を止めた。

騎士「駄目だぞ。ここにはもう、誰もいないんだから……」

その言葉に納得したのか少女は振り返り、逆に騎士の手を引くようにして前へと進んでいく。

騎士「あ、おい……」

すぐさま、歩む速度を合わせる騎士。だが、少女の横に来た騎士が見たのはその頬を流れる一滴の涙だった。

騎士「……」

無言のままその場を後にする騎士一行。敵の正体は未だ不明。ただ一人の生存者を連れて彼らは都市部へと戻っていくのだった。

……



――遠く。

荒れ果て、死体のたまり場になった場所から遠く離れた場所から未だ命のある四つの人影を眺めるモノたちがいた。
ガシャ、ガシャと甲冑が音を立てる。中には甲冑を身にまとうことなく、ボロ布一枚の格好をした者もいる。数十もの影が列を作って彷徨い歩く。初めは一。次に二。そして四と。徐々にその影は数を増やして歩いていく。
その最前列。始まりの一。全ての元凶。どのような素材で作られたかもわからぬ面を付け、口からは瘴気と思える煙を漏らしている。
古びた甲冑を身にまとい、それでいてその格好に似合わない名刀の類の輝きを見せる剣を腰に指している。その肉体は血の巡りがなくなってなお、強靭だったかつてをそのまま留めている。まるで、呪いのように。
そう、彼らは死者。この世を彷徨い歩く亡者達。死してなお、この世に身体を残し、ただ生ける者への憎しみだけを持って生まれ変わった人々の外敵。

……風が吹く。血と、腐敗を漂わせ、大地を赤く染め上げる戦乱の風が。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 戦乱の予兆 ――完――
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建野海

Author:建野海
扉の中の部品たちへようこそ。

名前:建野海

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好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
      僕駐
      インセプションなど。

好きなゲーム:キングダムハーツ
       テイルズ
       ルーンファクトリー
       ゼルダの伝説など

好きなアーティスト:福山雅治
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