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旅立ちの時

アルがクルスと再会し、彼女の知らない三年前の虐殺にて親しき者たちがどのような結末を迎えたのかを知った頃、屋敷の屋根から二人の姿を眺めている一人の女性の姿があった。
 片手に徳利を持ち、中に入った清酒を勢い良く飲み喉を鳴らす。吹き抜ける冷たい風により火照った肌を冷やし、酒のつまみには悲嘆しその場に崩れ落ちるアルの姿を選択する。
 嗜虐的な笑みを浮かべ、悲しみにくれるアルを嘲け笑う卯月。幼き少女を一つの町という檻の中に閉じ込めた彼女は一人呟く。

「ククッ。さて、そろそろいい頃合かのう」

 どこまでも利己的に生きる彼女はただ、己が楽しむためだけに物事を進めていく。そして、彼女が楽しむための道具の中にはフィードと、アルという二人の存在もあるのだった。


「……落ち着いた?」

 クルスから告げられた事実の数々によってショックを受け、その場に崩れてしまったアル。しばらくの間そんな彼女を慰めていたクルスはようやく立ち上がったアルを連れて近くの空き地へと来ていた。
 未だ顔色が悪く、心あらずといった様子のアル。だが、このような状況はある程度予想していたのか、しばしの沈黙の後ようやく口を開いた。

「どこかで……そんな気はしていました。この町に入ってくる情報だけでも三年前の事件で出た犠牲者は酷いものだったと言われていましたから。
 でも、私はみんなだったら生きていてくれると心のどこかで勝手に信じていました。
 だけど、現実はそんなに甘くないんですね」

「……そうだな。俺もそのことについては何度も考えたよ。もしあの時親父に言われて使いに出されていなかったらってね。
 本当に偶々なんだよ。運が良かったとしか言いようがない。でも、その少しの運で俺は生き残りみんなはいなくなっちまった。俺なんかよりも生き残るべきはずの人間はたくさんいたっていうのにさ。
 でも、同時にこうも思ったんだ。運良く生き残った、生かされたってことはこんな俺でも何かやるべき事があるんじゃないかってね。
 だから、俺はこの三年間。荒れ果てた下町を復興することに努めた。といっても、まだ全然成果も出ていないんだけどね。
 けれど、そんな俺についてきてくれる人たちも出てきた。だから、今俺はこうして頑張ることができているんだ」

 そう語るクルスを見てアルは変わったと感じた。昔の彼は面倒見がよく、皆からしたわれていたが今のように地に足を付けて生きていたかと言われると答えは否だ。まだどこか子供のような面が抜け切れていなかったと当時は思っていた。
 だが、今の彼は目的を達成するために努力を重ねてきたということがあるためか、その言葉の一言、一言に重みが感じられた。

「クルスさん、今下町の復興をされているとおっしゃりましたよね? 具体的にそれはどのようなものなんですか?」

「ああ、それはね〝ギルド〟っていう組織を作ったんだよ」

「〝ギルド〟ですか?」

「アルちゃんは知らないかな? 最近は少し減ったみたいだけれどギルドっていうのは同じ目的や志を持つ人たちによって作られた団体のことを言うんだ。
 俺の作ったギルドは下町の復興やそこに住む人たちから寄せられる依頼を受けたり、他の地域の人たちと下町を結びつけることを主な目的としているものだ。
 もちろん、こういったものばかりがギルドじゃなくて、商人たちにより作られた商人ギルドや傭兵たちが集まって作る傭兵ギルドなんてものも存在する。
 もちろん、ギルドによって目的なんかも全く違うんだけどね」

「すごいですね。そのようなものを作ってしまうなんて」

「まあ、もっともウチは数名からなる小さなギルドなんだけどね。だからまだまだ復興の手助けをするっていっても小さなことしかできないし。
 でも、ギルドが大きくなっていけばもっと大きなことができる。それからギルド同士の繋がりが持てれば下町にもっと多くの商人が訪れたり製品が流れてきたりもする。そうなれば、昔みたいに明るい下町が戻ると俺は思っているんだ。
 だから、今はやれることが限られているけれど頑張って少しでも下町のために力になれればいいなと考えてる。この町にきたのも下町との貿易をしてもらえないかと思って商人の元を訪ねてきたからなんだ」

「……そうだったんですか」

 それを聞いてアルは自分も彼のように下町の助けになれたらと思った。短い間の暮らしとは言え下町で過ごした思い出は今も色鮮やかに彼女の記憶に残っている。思い返せばあそこで過ごした日々はかけがえのないものだったと今のアルは感じるだろう。

「そういえば、アルちゃんはなんでこの町に? 聞いた話じゃもう三年もいるそうじゃないか。セントールに来ようとは考えたりはしなかったのか?」

 その問いかけにアルは戸惑った。自分が今かつて十二支徒という犯罪者集団の首領を務めていた者の元におり、彼女によってこの町を離れることができないという枷を付けられているということを素直に話していいのか迷ったのだ。
 だが、何も話さない訳にもいかないため、アルはある程度事実を誤魔化しながらクルスに伝えた。

「実は、私が今お世話になっているのは昔マスターが関わりを持っていた人なんです」

「確か、この町の領主だっけ?」

「はい。先ほどお話しましたが私はセントールで起こった事件の日に魔術によってこの東方の地に吹き飛ばされてどうにかこの町を訪れたんです。
 以前にもマスターとこの町を訪れたこともあって、その時は私は領主には顔を合わせはしなかったのですが、向こうは私のことを知っていたみたいでして、そのこともあってしばらくの間お世話になっていたんです。ただ、その領主が厳しい人で力ないものは力あるものに従うという考えをもっていて、私が一人でこの町を去ることをよしとしませんでした。
 もし、旅立つというならそれ相応の力を示して行けと」

「つまり、その領主さんは一人で生きていけるだけの力がないのならここでおとなしくしていろと君に言ったわけか」

「そうですね。それからというものの私は領主によって鍛えられて過ごしました。何度か目を盗んでこの町から去ろうとしたんですが、その度に見つかって厳しい罰を受けてきました。
 そうしているうちに時間は過ぎて気がつけば三年の月日が流れました。そうして、今日。ようやくクルスさんと再会して今こうしているというわけです」

「……そうか。アルちゃんはそんな風にしてこの三年を過ごしていたんだね」

「はい。本当はすぐにでも下町に戻りたかったのですけれども……。こうして時間が過ぎてもまだ戻れていないんです。すみません」

「いや、謝ることじゃないさ。でも、そうか。それじゃあ、その領主さんを説得できればこの町から離れられるってことだよね?」

「あ、はい。確かにその通りですけれども」

「よし、そういうことなら……。ねえ、アルちゃん。もし領主さんの許しを取れたら俺と一緒にセントールに戻らないか? そして、できれば俺たちのギルドと一緒に復興の手助けをしてもらいたい」

「えっ……。でも、私が力になれるでしょうか?」

「問題ないさ。誰にだってできることはある。今は一人でも多くの人に力を貸してもらうことが先決さ。もちろん、アルちゃんが嫌じゃなければだけれども。
 ああ、それにちゃんとアルちゃんのためになるようにもする。ギルドを運営するためにも無報酬ですべての依頼をやっているわけじゃないから依頼を成功すれば給金も出すし、必要な情報だってできる限り手に入れるようにする。
 例えば、行方不明になっているフィードの行方とかね」

 クルスのその言葉にアルはハッとする。

「ほ、本当ですか!」

「もちろん、すぐに情報が入るわけじゃないし絶対に集められる保証はない。でも、こちらとしてもアルちゃんの役に立てるよう努力する。だから、俺と一緒にセントールへ戻らないか?」

 差し出された手を前にアルは思考する。
 ここでの暮らしは悪いものではない。衣食住を確保され、外の世界に出なければ安全な世界で暮らす事ができるのだ。
 だが、それは彼女の望む世界ではない。アルがずっと望んでいた世界は帰るべき場所が有り、軽口を叩ける友がいて、家族のような他人がいる場所。そして、何より傍にいるだけで幸せな気持ちを与えてくれる大事な人の隣こそが彼女にとって本当の居場所なのだ。
 だからこそ、彼女は選ぶ。かつての温かな世界を取り戻すために。

「はい、私の方こそよろしくお願いします。絶対に説得を成功させてセントールへ戻ってみせます」

 手と手を交わし一度は別れた縁を再び繋いだ二人。そうして、その目的を果たすためにアルは一度クルスと別れ、この町を出るために卯月の元へと向かうのだった。


屋敷へと戻ったアルはすぐさまこの屋敷の主で、今の彼女にとって師と呼ばなければならない相手の元へと向かった。屋敷の渡り廊下を駆け足で走り抜け、目的地である卯月の部屋へとたどり着く。
 襖の前に立ったアルはその場で奥に人がいないか気配を読む。室内にいる人の気配を感じ取った彼女は廊下側から声をかけた。

「すみません、卯月さん。今時間の方はよろしかったですか?」

 アルの呼びかけに中にいる卯月が応える。

「お前さんの方からわしの方を尋ねるとは珍しいのう。まあ、よい。中に入れ」

「はい、失礼します」

 卯月から入室の許可を得たアルは襖をゆっくりと開き、室内へ入った。室内の最奥には悠然とその場に座し、ゆったりと構えたまま入室し、彼女の前に座ったアルを見据える卯月の姿があった。
 ただ見られているだけにもかかわらず、それだけでプレッシャーをアルは感じた。

「して、何用じゃ。わしのことを嫌っておるお主がこうしてわざわざわしの部屋を訪ねたということは何か重要な話があるのじゃろ?」

 見るだけで他人を不愉快にさせる意地の悪い笑みを浮かべ、発言を促す卯月。そんな彼女に対し、不快感を覚えながらも意を決して説得を開始した。

「私は今日、かつて暮らしていたセントールでの知人に偶然出会いました。そして、私の周りにいた人たちの安否や、今のセントールでの現状を噂で聞いた断片的な状況だけでなく、より詳しく知ることができました」

「ふむ、それがどうかしたのか?」

「その人と再会して私は思ったんです。かつてお世話になった人たちの思いに報いるためにもセントールに戻って彼の地の復興の手助けをしたいと。
 だから、お願いします。私をこの町から開放してください」

 床に頭を付け、懇願するアル。しばらくそんな彼女をただ黙って見ていた卯月だったが、やがてそんな彼女から笑いを押し殺したような声が聞こえてきた。

「くっ、くくっ、くっくっくっ。アルよ、わしは別にそのように願い事をされずともお主が出ていくのを止めはせぬよ」

 予想外なその言葉にアルは思わず勢い良く顔を上げて喜びを顕にする。

「そ、それじゃあ!」

「ああ、構わぬよ。この町から出ていこうがお主が何をしようが……な。もっとも、それはわしにお主が力を見せてそれをわしが認めたらの話じゃがのう」

「……ッ!」

 やはりというべきか、当初考えていた通り卯月はアルの願いを聞き入れようとはしなかった。直前に希望をぶら下げられただけに少なからずショックを受けたアルは苛立たしげに卯月を睨みつけた。

「おお、怖い怖い。そのように睨まずとも良いではないか。そもそも、勝手に勘違いしたのはそっちじゃぞ。わしは初めからずっと言っているであろうが。己の好きなようにしたいのならば力でねじ伏せろと。
 力あるものこそが正義なのだから……と。
 第一お前さんは気づいていないかもしれぬが、〝お願い〟という行為はそもそもが力なき者がより力の強いものに対して行うものじゃ。それを何の疑問もなくやっている時点でお主の言葉をわしが聞き入れるわけもなかろう」

 卯月が語る正論に返す言葉もないアル。だが、圧倒的な力の差がある彼女相手に〝お願い〟をする以外他にどんな選択肢があるのかと内心で不満を貯めていると、そんな彼女の心を読んだかのように卯月が話を続けた。

「ふん、そんなに拗ねることでもあるまい。そもそも心意気からしてお主は駄目なのじゃ。自分は相手に敵わない、力に差があるから。そんな、どうにでもなるような言い訳ばかりを並べて、立ち向かうという選択肢を排除している。そんな奴をわしが認めるはずわけがない。
 〝初めから負けている〟ような奴の相手などどうしてせねばならん。せめて、心意気だけでも対等か上だということを示してもらわねばな。
 ああ、そういえばあやつはお前とは違ったぞ。あやつ、フィードは最初から最後まで我らに勝つ気でいた。力のない子供の時も力をつけた大人になった時もずっとな」

 フィードを比較対象に出されたアルは卯月に気づかれないよう静かに握った拳に力を込めた。沸々と湧き上がる静かな怒りにより、無意識のうちに掌に爪が食い込み血が滲む。

(……自分がマスターの全てを奪っておいてよくそんなことが言えますね)

「ん? どうかしたのか。言いたいことがあるのなら遠慮せずに言うが良い」

 アルが怒りに震えていると知りながらも人を食ったような笑みで挑発を続けるのをやめない卯月。いつもであれば、ここで黙って引くアルであったが今回ばかりはそうするわけにもいかなかった。

「では、今度はお願いではなく宣言させてもらいます。私は、この町を出ます。そして、クルスさんたちとセントールの復興をしてマスターを探すんです!」

 力のこもった言葉を卯月へと投げかけ、その場に立ち上がり彼女を見下ろすアル。そんな彼女の態度を見て、卯月もアルと同じように立ち上がり彼女へと近づいていく。

「ならば、われを認めさせてみせよ。力なき言葉は誰にも届かず、意思は折られるのみ。強者こそが理を行使するに値するのじゃからな」

 そう告げた瞬間、部屋の中から二人の姿が消え、戦いの火蓋が切って落とされた。
 中庭に飛び出したアルは先手必勝とばかりに卯月の首元目掛けて高速の蹴りを連打した。だが、卯月は放たれたそれを受け止めるまでもないと軽々と交わし、逆に彼女の横腹に重い蹴りを叩き込んだ。
 だが、アルもこの一撃が来ることを読んでいたのか直撃する直前、横腹の前に腕を挟み込みこれを防いだ。だが、卯月の一撃は彼女の予想しているよりも遥かに重く、勢いそのまま大きく吹き飛ばされた。
 宙へと飛ばされた彼女は地面に落ちる際に生じる衝撃を軽減するため着地の瞬間ステップを踏み、少しでも身体に伝わる衝撃を緩和しようとした。結果、それは成功しほとんど無傷のまま二人の距離は開いた。
 次の一手を生み出すために相手の様子を伺うアル。余裕のない彼女に腕を組み、彼女の出方を待っている卯月。早く来いと言わんばかりに彼女を鼻で笑った。
 だが、アルはそんな卯月の挑発に乗らずに冷静に対処していた。距離が空いたことを利用し、魔術の詠唱に入る。

「生み出すは破壊。燃え盛る焔の一撃により全てを爆散させよ。――フレアボム――」

 詠唱を終えるとアルの周囲にいくつもの火球が現れた。そして、それらに指示を出すように腕を振り抜き卯月めがけて撃ち放つ。
 勢い良く彼女の元から飛び立った火球は卯月の四方を取り囲むように飛びかかる。卯月はそれらに包囲される前に駆け出した。

「させません!」

 そうアルが叫んだ瞬間、卯月の前方に現れた一つの火球が爆散し、凄まじい衝撃を周囲に放った。地面は抉れ、衝撃の余波により強い風が吹き荒れた。

「全く、人の家の庭をそんなに気軽に壊すものでないぞ」

 強烈な爆発が目の前で起こったのにもかかわらず、火球による一撃を回避していた卯月。しかも、その身体には傷一つないばかりか汚れのひとつもついていない。
 それを見たアルは思わず顔をしかめた。だが、諦めることなく今度は放った火球の全てによる一斉爆散を行った。

「はああああああああああッ!」

 目もくらむほど眩い光が周囲を覆う。先程とは比較にならないほど大きな衝撃が周りに響く。ゆらゆらと黒い煙が空へと上がり、黒煙と土煙により視界が塞がる。

(……これで少しは)

 さすがに卯月といえどこれだけの攻撃を与えれば多少の手傷は負ったのではと考えるアル。三年前の力のない頃ならばいざ知らず、今の自分はそれなりに力を付けていると彼女も自負していた。
 しかも、今放った魔術はこれまで一度も彼女が卯月相手に使ったことのないもの。いくら力の差があろうとこれを無傷で防ぐことなど不可能だとアルは思った。

「……ふむ。まあまあじゃな。よくここまで腕を上げたではないか。さすがに、このような一撃が来るとはわしも想像しておらなんだぞ。
 じゃが、せめて最初に放った一撃の時点で今と同じことをしておくべきじゃったのう。あの時点でわしは一度この魔術の効果を見てしまっておる。ならば、いくら数が増えたところでそれは威力が上増しされただけのモノに過ぎん。対処法などいくらでも思い浮かぶ」

 少しずつ晴れてくる煙。クリアになっていく視界の先にいたのは自身の周囲に巨大な水の膜を張った卯月の姿だった。

「そん……な」

 その姿を見て驚愕の表情を浮かべるアル。卯月はアルが放った渾身の一撃を文字通り無傷で防いでいた。

「どうした? これで終わりか。そうではなかろう。このわし相手に立ち向かうなどという愚行を犯しているのじゃ。まだまだ打つ手はあるのじゃろう?」

 あからさまな挑発。先程は無視し、それに乗らなかったアルだが今度は怒りに任せて卯月のもとへと飛び出した。
 水の膜を解除し、己めがけて飛び込んできたアルの攻撃を次々と捌いていく卯月。だが、アルはそれに負けじと拳を突き出し、蹴りを撃ち放ち、絡め技を取ろうとする。
 しかし、その全ては卯月の手により無効化される。まるで赤子の相手をするように軽々とアルの手を次々に潰していく卯月。
 そうして、少しずつアルの心に絶望を染み込ませていく。打つ手がない、敵わない、諦めよう。そういった負の感情を教え込んでいく。
 今までであればそこで諦めていたアル。だが、今の彼女はかつてと違い確固たる目的ができた。負けられない理由ができた。だから、いくら大きな力の差があろうと諦めることだけはしなかった。

「ふふ、ふははははっ! よい、よいぞ! そうでなければならん。今の主のありようこそわしが望んだありようじゃ。
 もっとじゃ、もっとわしを楽しませよ!」

 そう言い放つと、これまでは防御と回避行動を主にとっていた卯月がここぞとばかりに怒涛の連撃をアルめがけて撃ちはなった。
 防ぐことのできない高速、強烈な掌底。それにより浮き上がるアルの体。それに追い討ちをかけるように空中での連脚。さらに、無詠唱による風魔術。それらを全てくらい、屋敷の中に押し込まれるように大きく吹き飛ばされるアル。
 勢い良く飛ばされた彼女は襖を破り、畳にはじかれ、中にある備品を打ち壊しながら屋敷の奥へと押し込まれた。

「……ちとやりすぎたかのう」

 アルが飛んでいった方を静かに見つめる卯月。頬をかき、彼女が起き上がってくるのを待つが一向に戻ってくる気配がない。

「もしやこれで終わりか? 少しあっけない気もするが、まあ仕方がないのう」

 名残惜しそうにしながらも卯月はアルの飛ばされた方向へと少しずつ進んでいく。だが、中庭から屋敷へと上がろうとした瞬間、卯月めがけて一つの影が飛び込んできた。

「ああああああああああっ!」

 瓦礫を振りほどき、飛び出した影。それは偶然吹き飛ばされた先の自室で自身の武器である槍を手に取り卯月めがけて突撃をしたアルだった。ほんの一瞬、常人ではわからないような卯月の気の緩みを静かに誘い、それを見せた瞬間最速の一撃により今度こそ卯月に手傷を与えようとするアル。
 だが、その一撃はもはや傷を与えるというよりは相手の命を奪うに等しいものであった。
 縮まる二人の距離、突き出される槍。自身と相手の力量差を踏まえ、放たれた計算の末の一撃。その結末は……。

「……狙いは悪くなかったが、まだまだじゃのう」

 卯月はニヤリと微笑みながらアルに向かって告げる。対して、自身の持つ全力を出したアルはぐったりとし、今にも地面に倒れ込みそうになっていた。
 最後にアルが放った一撃は卯月の首横を過ぎており、代わりに卯月が放ったカウンターの掌底がアルの腹部へと叩き込まれていた。

「ガッ……ハッ……」

 最速の一撃をそのまま自分自身に跳ね返されたアルは衝撃を和らげることもできずに受けてしまった。そして、その衝撃から内部を痛め、喀血した。

「ゲホッ、ゴホッ! ゲホッ、ゲホッ」

 支えとなっていた卯月の手がアルの腹部から引き抜かれるとその場に倒れ込んだある葉無様に咳き込んだ。既に指一本も動かす気力は彼女にはなく、唯一動かすことのできる瞳で卯月を睨みつけていた。

「くくっ。そのような状況になりながらもまだ諦めぬか。ようやく少しはフィードのやつに似てきたかのう」

 嬉しそうに彼女を見下ろす卯月。しばしアルに向けて笑い声を聞かせていた彼女だったが、不意にその声が途切れる。
 そして、何かを確かめるように己の頬に手を当てると満足そうに指の先を見つめた。

「ふむ……ほんの僅かじゃが切っ先が触れていたみたいじゃのう。くっ、くくくっ。そうか、そうか」

 ガッと強くアルの頭を踏みつけると卯月はしゃがみこみ己の顔をアルの顔に近づけた。

「お前さんは僅かとは言えわしに可能性を見せた。三年という短い月日でなんの力のなかった小娘が十二支徒であったこのわしに一滴とはいえ血を流させたのじゃ。誇るがいい、己の持つ力に。お前さんはもはやただの小娘ではない。力を持つ闘者じゃ。
 よかろう、われに手傷を負わせた功績に免じて先ほど言うておった貴様の願いを聞き入れてやろう。
 アルよ、お主のこの町からの旅立ちを許そう。そして、外の世界で名を広めるがよい。それこそこの世界全土にその名が知れ渡るくらいにな。
 ふふふ、アッハッハッハッハッ!」

 高らかに笑い声を上げて屋敷の中へと去っていく卯月。そんな彼女の後ろ姿をアルは眺め、心の中で喜びを噛み締める。

(やった……やりました。これで、私は自由に……)

 それ以上考えることができず、ゆっくりと意識を手放していくアル。こうして彼女は再び自由を手に入れたのだった。


「さて、それじゃあ行こうか」

 卯月との一戦から五日後、アルはクルスとともに町の入口に立っていた。その背には使い慣れた己の武器である槍と旅に必要な荷を背負っている。
 三年に及ぶこの町での日々を終え、今彼女は旅立ちの時を迎えようとしている。かつて力ない少女としてこの町に辿り着いたアル。だが、今の彼女はその時から大きく成長した。
 思い返せばこの三年、痛みと悲しみ、そして辛さを感じることの多かった日々だった。だが、それでも楽しいと思えることもあったし、それらの経験が己の糧となり今の自分を作り上げたとアルは思った。
 だからこそ、決して好きになることはできないがこんな自分を作ってくれた卯月やこの町に対して僅かに恩義を感じたアルは最後に屋敷の方向へ向けて礼をした。
 そして、礼を終えると彼女を待つクルスの方へと向いた。

「行きましょう、クルスさん。セントールへ」

 そうして、彼女は町を去り、新たなる一歩を踏み出した。
 目指すはセントールの下町。三年という月日で変わった世界を見るために彼女は旅立つのだった。
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プロフィール

建野海

Author:建野海
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名前:建野海

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好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
      僕駐
      インセプションなど。

好きなゲーム:キングダムハーツ
       テイルズ
       ルーンファクトリー
       ゼルダの伝説など

好きなアーティスト:福山雅治
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