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回想の終わり

夢を見た。今となってはとても懐かしい夢を。
 日常という陽だまりに身を置き、世界の優しさに包まれていた頃の夢。
 下町で暮らしていたあの頃、グリンさんの宿に滞在し、日中はその宿の看板娘なんて言われて下町に住むお客さんたちの相手をしていた。
 一緒に働くイオさんからは失敗をするとお小言を言われて、それでもフォローは欠かさないでいてくれた。でも、素直にそれを受け入れるのもなんだか照れくさくて、ちょっぴり対抗心を持って反抗して、イオさんもそれに付き合ってくれていた。
 そんな私たちをグリンさんは微笑ましく見守ってくれて、時にアドバイスをくれたりした。なんだか、もう一人のお母さんができたみたいで、時々私はグリンさんの顔が見れなかった。
 お使いに出かければ下町の町長の息子さんであるクルスさんに会う。毎日女の人の話題ばかり口にしているけど、なんだかんだいつも一緒にいるのは男の友達ばかり。最初はわからなかったけれどよく見れば、クルスさんがみんなにとても気を回す繊細な人だって気がつく。
 酒場ではレオードさんが潰れてしまったお客さんの対処に頭を悩ませていて、いつの間にか愚痴に付き合わされる始末だった。
 私は押しに弱かったからどうにか途中で適当に話を切り上げて、その愚痴の数々から逃げ出したりもした。
 そうして宿に戻れば仕事もしないでまだ眠りについているあの人の話をグリンさんから聞いて、ちょっぴり怒りながらもあの人を起こしに行けることを喜ばしく思うのだ。
 でも結局、私が起こしに行く前にあの人は目を覚ましていて、部屋に入ってきた私の顔を見てただ微笑む。

「おはよう、アル」

 そしてまた新しい日常が始まる。

 ……けれど、それはもう存在しないもの。そんな過去をもう何度私は夢にみたことだろう。


「起きよ、アル。いつまでそうして倒れているつもりじゃ」

 バシャッと顔に冷たい何かが降り注ぐ。温かな暗闇に包まれていた意識は光の世界へと呼び戻され、重く閉ざしていた瞼が開く。

「……ゥッ」

 意識の覚醒と共にアルは己の現状を把握する。身体の節々は打撲による痛みを訴えており、これ以上の行動を拒絶していた。
 視線は低く、頬には冷たい土の感触があった。そして、今自分が稽古の最中であったことを思い出す。
 持ち前の武器である槍は吹き飛ばされずに右手に握り締められている。それを再び強く持ち、今戦っている相手をチラリと見た。

「ん? なんじゃ、来ないのか。なら、そのまま追い討ちをかけてしまうぞ」

 倒れ伏していることなどお構いなしに目の前の敵はアルめがけて突進した。急加速からの飛翔。空中での回転からの踵落とし。まともに喰らえば身体は無事で済まない。

「クッ!」

 身体に残された力を振り絞り咄嗟に回避行動を取る。起き上りからの後方への後退。だが、相手の踵がアルのいた地面に触れた瞬間、それは地面を砕き衝撃を後方へと回避したアルに与えた。

(……相変わらず滅茶苦茶な!)

 何度見ても規格外で出鱈目な敵の存在にアルは愚痴を零したい気分になった。だが、文句を言っていても始まらないので、今の自分にできる行動を考える。
 先程から敵はわざとアルにわかるように隙を見せている。意識の覚醒の際の呼びかけ、アルめがけて放った攻撃での飛翔。どれも本来であれば必要のないものだ。いや、そもそもこの相手が本気で向かってきていればアルは十秒も戦えずに命を落としている。それだけ力の差があるのだ。
 そうなっていないのはこれが稽古であるからだ。最も、少しでも気を抜けば命を落とす稽古ではあるが……。

「どうした、どうした。そんなに逃げてばかりじゃ何も始まらんぞ。それに、そんなことではいつまで経っても奴には追いつけぬぞ。
 奴はいくら力の差があっても立ち向かうことだけはやめなかったぞ」

 分かりやすい敵の挑発に思わずアルは奥歯を強く噛み締めた。

(わかっています。今の私がまだまだ未熟だということも、あの人の足元にも及んでいないということも)

 かつて彼女の隣にいた青年の姿を思いだし、槍を持つ手を強く、強く握り締めるアル。
 そう、彼女の記憶の中にいる彼はいつだって強かった。傷つき、倒れても何度でも立ち上がりその強さを示していた。こうして戦いを行うようになったからこそ彼女にもわかる。今の自分は当時の彼にも全然及んでいないということを。
 だが、それでも諦める理由にはなりはしない。追いついていないのなら手を伸ばし、少しでも距離を縮めるだけ。できることから、一つずつ。一歩、一歩前へと進むのみ。
 もう何度も心の中で思ったことを今一度確認し決意する。深く息を吐き出し不利な状況からざわつく身体に鞭を入れる。ピシャリと引き締まる心と身体。それを見てアルと対峙する相手は満足そうに微笑む。

「うむ、うむ。それでよい。さあ、何度でもかかってくるがよい」

 その言葉を敵が言い終える前にアルは相手に向かって駆け出していた。零スピードから爆発的な加速。即座に今の己にある限界まで加速をする。身を屈め、低空姿勢による突撃。右手に持った槍を後ろに下げ、刺突のための体勢を取る。
 攻撃範囲内への侵入。だが、まだ距離は足りない。せめて懐まで。そう思いアルはさらに一歩を踏み出す。
 だが、そんな彼女の行動を敵もただ見ているだけではない。低空姿勢を取り突撃するアルに合わせるようにカウンターの蹴りを放つ。直線の軌道ほど読みやすいものもなく、吸い込まれるように敵の蹴りはアルの顔面に近づく。
 だが、それが彼女に触れようとした瞬間、敵の視界からアルの姿が掻き消える。

「ほう……」

 ギリギリの一撃を回避したアルに対して向けられる感嘆。だが、その最中にも攻撃は続く。
 横へのステップにより敵の蹴りを回避し、その勢いを殺さず着地した際の片足の踏ん張りにより敵の背後へと回るアル。
 背後を取り、がら空きとなった背中目掛けて握り締めた槍を打ち放つ。

「はああああああああ!」

 腕を捻り、螺旋の回転を加えた刺突。それは今対峙している相手により教授された技。
 『我流、螺旋突』
 我流などと言えば己が編み出した技のように聞こえるが、あくまでも技を生み出したのは目の前にいる相手だ。ただ、その技に流派などを付けたくないらしく、あくまでも我流ということになっている。
 彼女いわく、使うものによって全く同じ技は存在しない。その人の持つ癖や、ほんの僅かな細かい動作により、技は変わっていく。
 だからこその〝我流〟。
 己に合わせた技を使い、敵を倒す。そのことだけを考え、今の自分にできる必殺の一撃を放ったアル。

「打ち込みはよい……。じゃが、まだまだ粗が目立つのう」

 だが、渾身の力を込めて放った背後からの一撃を敵はいとも容易く防いだ。まるで、後ろに目がついているかのように紙一重で槍の刃の部分だけを避け、捻りのかかった棒の部分に、逆回転を加えて槍を脇に挟んで固定すると、さらなる回転を加えてそのままアルの体を上空へと吹き飛ばした。
 必死に槍にしがみつこうとしたアルだったが、不意の一撃に対処できず思わず槍から手を離してしまう。

「しまった!?」

「ふふっ。己の武器から手を離してしまっても焦るでない。もし、武器が手元にない時の対処も考えておかねば為すすべもなく嬲られるだけになるぞ」

 今のアルに必要な的確なアドバイスを告げ、敵は槍を脇から離し、地に落とす。そして上空から自然に落下してくるアル目掛けて拳を振り抜いた。
 腹部に勢い良く打ち込まれた一撃はメキメキと音を立てて骨を軋ませた。

「うっ……グェッ」

 込み上げる嘔吐感を耐えることすらできず、アルはそのまま吐瀉物を撒き散らした。無様な姿を晒す彼女を嗜虐的な眼差しで見つめる敵。

「さて、今日はこれくらいにしておこうかのう。よくやったのう、アル」

 そんな彼女に怒りを秘めた鋭い視線を向けながらアルはいつものように終わりの挨拶を告げる。

「あり……がとうございました。師、卯月」

 こうして毎日の日課であるアルの鍛錬が終わる。朝から体力を使い果たし、クタクタになった彼女は力尽き、その場で仰向けになる。
 澄んだ青い空が視界に入る。流れゆく雲はゆらゆらと移動し、自由だと彼女は思った。
 横を向けば、和装の屋敷が彼女の目に入る。そう、今の彼女にとっての世界はここと、この屋敷の外にある小さな町倭東のみ。
 イヴの魔術により東方の国ジャンに転移させられたアルは三日間飲まず食わずの行進の末ここに辿り着いた。だが、彼女の存在を知っていた卯月により屋敷へと連れてこられたアルは力を付けるまで卯月の許可なくこの町から外出を禁じられた。
 何度化抜け出そうとしたこともあったが、その度に想像を絶する苦痛を与えられ、この町に縛り付けられた。
 そして、何も知らないアルは倭東に着いてからしばらくの後、セントールに起こった大事件とフィードの失踪について卯月より知らされる。そして、彼女が十二支徒の一人であり、フィードにとって敵の相手であるということも。
 だが、そんなことはアルにとってはどうでもよく、彼女は少しでも早くフィードに会いたかった。彼の無事を確認し、自分はちゃんと生きているということを伝えたかった。
 しかし、力なき者が外の世界を一人旅をしても無駄という卯月の言葉により、強制的にアルはこの町に滞在させられることになった。
 そうして、先ほどのように稽古という名目で卯月により力をつけさせられている。彼女が旅立つことを認められるその日まで。

「……一体、いつになったら私はここから旅立てる日が来るのでしょう」

 ため息を吐き出しながらアルは溢れ出る弱気を必死に抑えた。

「会いたい……。会いたいよ、マスター……」

 心の拠り所になっている青年の姿を思いだし、涙を流すアル。その体はかつてと違い大きく成長している。
 身長は以前よりも遥かに伸び、二次性徴を迎えたのか胸にも発育が見られる。卯月との稽古により引き締められた身体には無駄なく筋肉がついていた。
 だが、未だに心は幼い少女のまま。まだまだ未熟な子どもの心と少しずつ大人の体へと成長しようとしている少女がそこにはいた。
 世界に震撼を与えたフラム国の反乱、そしてセントールでの大虐殺。あれからもう三年の月日が過ぎようとしているのだった……。
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建野海

Author:建野海
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名前:建野海

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好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
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     3月のライオン
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     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
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好きな映画:プラダを着た悪魔
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好きなゲーム:キングダムハーツ
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