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彼の者、弱き者の幸福を願い、争いを好まぬゆえ

迫り来る恐怖を前に、リオーネは必死に逃げ回っていた。先ほどまで勇猛果敢に相手に反撃の隙を与える事なく攻め続けていた彼女が今では脇目もふらずに路地を駆け巡っている。
逃げたく無い。そうは思っていても理性に勝る本能が今の彼女を突き動かしている。逃げろ、逃げろ、逃げろ。目の前に居るのはもはや人にあらず、自分が敵う相手ではないと耳元でささやくもう一人の自分。

「う~ん、追いかけっこをするのも飽きたしもういいよね?」

不意に聞こえる追跡者の声。それが聞こえると同時にリオーネはその場に立ち止まるがどこにも彼女の姿は無い。

「怖い? 怖いんだ。くすくすくすくす。いい気味ね。その顔もっと見ていたい」

そっと、リオーネの肩を掴むいくつもの指。ハッとして後ろを振り返れば、そこには数人に分身したエンリカがジッと彼女を見つめていた。

「あ、ああああああああああっ!」

無様に剣を振り抜き、己の肩を掴む指を切り落とす。ボタボタボタと切り取られた指は地面へと落ち、切断面からは血がダラダラと流れ落ちる。

「ああ、痛い。痛い、痛い」

複数いるエンリカの一人がそう呟く。

「酷い、酷い。なんでこんなことするの?」

さらにその隣に立つ別のエンリカがリオーネに向かって恨み言を告げる。

「逃がさない」

「逃がさない」

「どこへ行っても逃がさない」

「あたしはあんたを逃がさない」

 反響するように聞こえてくる声にリオーネはまるで悪夢でも見ているような気分になった。彼女の周りに居る世界だけが別の世界に切り取られ、その中を自分は迷い歩いているのではないのかと。
 エンリカが襲いかかってくる気配が見られないため、リオーネは再びその場から離脱した。遠く、遠く。少しでもエンリカの側を離れられるように。
 見慣れた城下町をひたすら走る。知っている場所のはずなのに、動揺しているためか何度も道を間違える。足はもつれ、息が切れる。本来であればありえないような出来事が次々と起こって行く。
 そして、ある路地裏の一角についたリオーネは一度そこで腰を下ろし、乱れた息を整えた。

「はぁっ、はあっ、はあっ、はぁっ」

 剣を支えにし、リオーネは肺にたくさんの空気を取り込みながら思う。あれは、正真正銘の化け物だ。あんな化け物をなぜ自分一人で相手にできると思っていたのだろうか。
 怖い。これほど身体が震え、敵に対してリオーネがそのように思ったのは数年ぶりの事だった。まだリオーネがフィードの助けになることもできず、彼に剣術を教わっているとき、初めて自分自身の力だけで敵と対峙した時以来だ。あの時は必死に自分の中にある恐怖を抑え、どうにか敵を打ち倒した。
 だが、今回はどうだ?
 そう自分自身に問いかけるリオーネだったが今回ばかりは抑えが利かない。自分の心に湧き出る恐怖を抑えることができなかった。

「フィード……」

 最愛の男性の名を口にし、己の身体を抱きしめるリオーネ。そんな風にしていたとき、彼女の胸元にキラリと光るものが見えた。
 それは、指輪だった。かつて、セントールを分かれる際にフィードからプレゼントされたもの。普段は指輪として使い、任務に出て行く時は鎖に通し首から下げてネックレスにしたもの。
 それを見た時、先に行った四人に言われた言葉がリオーネの脳裏に蘇った。

『−−−−雑魚は俺らが片付ける! お前は全力で借りを返してこい!』

『そうですね、騎士団の副団長が負けっぱなしだなんて性に合いません。勝って汚名を返上しなさい!』

『任せたぞ、かの十二支徒に騎士団を舐めるとどうなるかを身をもって教えてやってくれ』

アイル、ミレーヌ、エルロイド。彼らから託されたもの。騎士団としての誇りを持った騎士たち。国の平安のために働き、民のために尽くした彼らに争いの種をまき、したくも無い戦いを騎士たちに強制した十二支徒。
 皆が持つ騎士団としての誇り。それを目の前でみすみす汚された。
 託されたものがあった。そして、それに自分は応えると誓った。

『勝てよ』

 自分を信じてくれた彼にリオーネは応えたはずだった。

『当然! あなたもご無事で』

 言葉を胸に、重ね合わせた拳を見つめる。

(そう、私は約束したはずです。私の力でこの相手を倒してみせると)

 それを思いだし、リオーネは胸に下げた指輪をギュッと握り締めた。それだけで先程まで消えかけていた闘志が胸の内に再び燃え上がった。
 支えにしていた剣を宙に浮かせる。これは己を助けるための添え木ではない。他者を助け、守るために振るう武器だ。
 フッと小さく息を吐き出す。そして、彼女は己に向かって近づく敵の気配を探った。敵の数は先程から更に増え、六人になっていた。焦る心を抑え、どうにか状況を見極める。
 可笑しくなったのはエンリカが詠唱を終えてからだ。時間の経過と共にどこからともなくもう一人のエンリカが現れた。一人、また一人と増えていく敵。そうして現在探知している六人にまで彼女は増えていた。
 分身の魔術など聞いたことがない。だが、切断した際の肉の感触は確かに実態としか言い様のないものだった。

(でも、きっとあれは実態じゃないはず……)

 そうリオーネが考えるのには理由があった。以前、エンリカと対峙した際、そして今回。彼女は自分自身で戦うことを嫌う傾向が見られた。その証拠にリオーネが彼女と戦うことになった両方でエンリカは兵士たちを操り、リオーネと戦わせていた。
 それと、彼女が使う魔術。それが幻惑系の魔術だとリオーネは確信していた。人の心を操るそれを使って兵士たちを操っているのだと。
 それに加えてこれまでの戦いで彼女は一度も他の魔術を使用していない。以上のことからエンリカは幻惑系の魔術以外を使用することができないのではないかとリオーネは考えていた。
 だからこそ、今自分が見ているエンリカも幻惑系の魔術によるものではないのかとそこまでわかっていて手が出せないのには理由がある。それは、どれも実態に見えていることにある。
 今はこちらを嬲るために遊んでいる。だからこそ、傷という傷を与えられていないが、それに飽きたとき本体を自分が見つけられなければ状況は詰んでいる。そもそも、自分の目の前に現れているエンリカたちの中に本体があるという確証もないのだ。だからこそ、闇雲に攻撃して体力を消耗するわけにも行かなかった。

(けど、それじゃあ結局私には打つ手がありません……)

 状況は圧倒的に不利。敵の姿は見えていないに等しく、攻撃しようにも対象が存在しない。霧を手で掴み取るようなものだ。形ないものを捉えるためにはどうすればいいか? その答えをリオーネが考えていたとき、背後から突然人影が現れた。

「み~つけた」

 背筋に冷たいものが走ったと感じる暇もなく、背後からの強烈な一撃を受け、リオーネは路地裏から表通りに弾き飛ばされた。

「カッ……カハッ……ゲホッ、ゲホッ」

 強打による一瞬の呼吸停止。不意の出来事に受身を取ることもできず何度も地面に身体を打ち付けることになり、体には幾つもの擦り傷が生まれる。そして、どうにか肺に空気を取り込み、起き上がろうとしたリオーネだったが、その周囲をいつの間にか五人のエンリカに囲まれていた。

「鬼ごっこはもう終わり?」

「確かにそろそろ飽きてたし」

「そろそろ痛い目を見てもらおっか」

「そうね、まずは骨でも折ろうかな?」

「それじゃあ……」

 そう言うや否やこの場を脱しようとエンリカたちの間を狙い飛び込んだリオーネにカウンターの膝蹴りを顔面に食らわす。そして、反動で反対方向へと飛ばされたリオーネをまた別のエンリカが掴む。首を絞め、ギリギリ意識を失わない程度に抑えるエンリカ。更に、二人のエンリカが左右からリオーネの身体を抑え、身動きが取れないようにした。
 それを見て満足そうに微笑む一人のエンリカ。残った一人のエンリカはそっとリオーネの左手に手を伸ばし、

「さ~て、それじゃあ今まで散々生意気な口を聞いてきたこの馬鹿に身の程を教えてやるわ!」

 それまでの丁寧な口調から一変。今までの荒々しい口調に戻ったエンリカはリオーネの左手の人差し指をグッと握ると、そのまま反対方向へと一気にねじ曲げて容赦なく折った。

「ああああああああああああっ!」

 痛みからリオーネは叫び、必死にもがくが三人のエンリカに押さえつけられた彼女はその場から動くことすらできずにいた。

「かわいそう。そんなに痛いんだ? でも、お互い様だよね。あんただってあたしのこの顔に痕の残る傷をつけてくれたんだし。それに、さっきもあたしの指をバラバラに切断したんだから。
 だから、だからさ……この程度で叫んでんじゃねえよ!」

 そう言ってエンリカは続けてリオーネの中指を折った。悶絶するリオーネの姿を見たエンリカは愉悦の表情を浮かべ、唇を舐めた。

「ああ、いい。いいわ! 最高よ、その顔。為す術が見当たらず、一方的な暴力に為すがまま。無様に痛みに悶え、そのまま絶望しろ!」

 吐き捨てるような口ぶりでリオーネを罵倒するエンリカ。彼女はそのまま痛みに耐えるリオーネの髪を引っ張り腹部に膝蹴りをかます。身体はクの字に曲がり、僅かに宙に浮かぶ。そのまま彼女の顎に下から振り上げた掌底を当て、より高みへとリオーネの身体を浮かばせる。そして重力に引かれて落ちてきたリオーネに合わせ、トドメを刺すと言わんばかりに凄まじい勢いの回転を加えた回し蹴りを打ち込んだ。
 表通りに吹き飛ばされた時とは比較にならない一撃。リオーネは近くにあった民家にぶつかり、建物に穴を開けて室内にまで飛ばされた。
 痛みからか意識は既に混濁している。呼吸をすることもままならず、建物とぶつかった際に頭部を切ったのか流れ出た血が頬を伝う。
 必死に身体を起こし、エンリカに立ち向かおうとするリオーネ。ふと横を見れば、この状況下のせいで家の中に閉じこもり、早く戦いが終わることを祈って怯えていたこの家の家族が怯えた様子でリオーネを見つめていた。
 そんな家族の一人、まだ幼い少女が悲しそうな顔をしてリオーネを見ていた。少女はリオーネのことを知っているのか、英雄的な扱いのリオーネがこのように傷だらけで自分の目の前に現れた事がショックだったのか、今にも泣き出しそうだった。

(……これでは騎士失格ですね)

 リオーネは痛む身体を無理やり起こし、ゆっくり少女の元へと近づいた。傷だらけで近づくリオーネは怯える少女に手を伸ばし、その頭を撫でた。

「大丈夫です。きっと私がこの状況をどうにかしてみせます」

 そう言って少女の不安を取り除こうとする。そんなリオーネの心遣いを少女も感じたのか目に涙をうっすらと浮かべていたが笑顔を見せた。
 少女に笑顔を取り戻したリオーネはこの自分が空けた穴から外へと出て、悠然と立ったままこちらを見据えるエンリカを睨みつけた。

「へえ、結構頑丈じゃない。まあ、あたしとしてはそのほうが痛めつけがいがあっていいんだけど」

 そう答えるリオーネの視線の先にはさらに人数の増えたエンリカの姿があった。飛びそうな意識を必死に繋ぎ留め、痛む身体に鞭を打ちながら多数のエンリカの元へとリオーネは飛び込む。
 一人、また一人と目の前を阻む敵を斬る。だが、一向に減らない敵はクスクスと笑い声を上げるだけで全く堪えた様子はない。

(これでは、ダメです。単体を潰したところで意味がない。それに、感触は実態そのものでも私が今斬っているエンリカは全て幻覚のはず。でも、それならさっき捉えられていたことの説明がつかない……)

 考えながら、斬撃の合間を縫って繰り出されるエンリカの一撃をどうにか防ぐリオーネ。だが、一向に打開策は浮かばない。

(このままじゃ……)

 そう思うリオーネに余裕のエンリカは彼女に対する罵倒をさらに投げかける。

「あんたみたいなのが騎士団を代表する一人だなんてホント笑わせるわ。大して実力もないくせに口先だけは一人前。力もないのにでしゃばるからこうして無様な姿を見せることになるのよ!」

 死角から打ち込まれた鉄扇による殴打にリオーネは吹き飛ばされ再び地に伏せさせられる。そんな彼女の背中に疾走し、飛び上がったエンリカは踵落としを打ち込んだ。
 その衝撃に耐えられず、思わずリオーネは胃の中のものをぶちまけた。絶対に勝てない。そう思わせるほどの実力差が彼女とエンリカの間には大きく開いていたのだ。
 だが、それを理解してもリオーネは諦めない。何か、何か手はないかと必死に思考する。

「なに? まだ諦めないんだ。あんたも頑張るね。でも、そろそろ相手をするのも面倒になってきたし、もう終わらせるから」

 それまで愉快そうに無様な姿を見せるリオーネの姿を見ていたエンリカだったが、とうとうこの状況に飽きがきたのか、その顔から感情を失くし、寒気すら感じる視線でリオーネを見つめた。
 近づく死。未だ浮かばぬ対抗策。このまま命を散らすしかないのか……そうリオーネは感じた。

「う、あああああああああッ!」

 苦し紛れの一撃とも言える氷魔術を無詠唱で発動させる。彼女の周囲には幾つもの氷の氷柱が生まれ、地面には氷の膜が張った。
 それに対し、エンリカの一部は一斉に回避し距離をとった。結局のところ単なる時間稼ぎにもならない無駄なあがき。だが、そのあがきを行った本人に唐突にある疑問が浮かんだ。

(……今、どうしてエンリカは回避行動を取ったんでしょう?)

 そう、それまでのエンリカであればたとえ指を切り落とされようが、身体を剣で貫かれようが回避など行わなかった。にも関わらず、今の一撃に対しては回避をした。つまり、あの中に本体がいたということだ。
 未だにエンリカの魔術の正体は掴めない。血はあまり流していないものの内蔵や全身に与えられた痛みからこれ以上長く戦闘行為を行えないと脳が警告を発信する。
 もって、あと一撃。だが、それだけあれば充分とリオーネはその場に立ち上がる。
 そして、これまでに自分が手に入れた情報を彼女は整理する。まず、この中に間違いなくエンリカは存在する。だが、幻惑系の魔術の影響か幾多もの実態を伴ったエンリカが存在するため本体を見分けることは不可能。個をいくら潰してもキリがない。ならば、選ぶべき選択は自ずと導かれる。
 選ぶべきは大規模範囲での絶大なる一撃。自身が持つ最大級の魔術による一撃で眼前の敵を殲滅する。
 だが、リスクも存在する。それは、この魔術が今の自分ではまだ制御できずヘタをすれば自分にも被害が及ぶということだった。それも命に関わるほど。

(けど! ここで決断できなければ結局無駄に命を無くすことになる。それならば、命を賭けた一撃で相手を撃破する道を私は選ぶ!)

 幼い少女や仲間。そして最愛の人との約束を果たすため、彼女は決断を下した。

「罪人へ断罪を」

 身体に残った全ての魔力を寄せ集め、最上級の魔術を発動させるため、一点へと集中させる。

「永久凍土に紅蓮花舞い、凍てつく風は全てを包む」

 その練度たるやこれまでに彼女が発した魔術など比較にならないほどであった。そして、エンリカもそれに気がついたのか、即座にリオーネの元に飛び込み、詠唱を中断させるために意識を刈りに動く。
 だが、勝利を確信しての慢心が災いしたのか後半歩届かない。リオーネまであと指先一本分ほどの位置にエンリカが達した時、リオーネの詠唱は終わりを告げた。

「絶対零度の裁きを受けよ
 ――アブソリュートゼロ――」

 詠唱の完了と同時にエンリカとリオーネの間を地面から生えた巨大な衝撃が貫いた。それは一瞬にして周囲を凍らせ、動くものすべての活動を停止させた。
 衝撃により二人は対方向へと吹き飛ばされる。たった一瞬魔術に触れただけでエンリカの右手は肘まで凍りついた。肘より先は感覚が消え失せ、どれほど強い衝撃を与えようが氷が砕けることはなかった。
 さらに、彼女を狙うように幾つもの氷柱が吹き飛ばされたエンリカの体めがけて襲いかかる。どうにか回避行動をとるエンリカだったが、全てを回避することは無理だったのかいくつかの氷柱が彼女の身体に傷をつけた。

「ああああああっ! 痛い、痛い、痛い! やだ、やだっ、やだあああああああああ!」

 これまでリオーネが与えられてきた痛みに比べれば大したことのないほどの痛みにもかかわらず、エンリカは苦しみ、叫んだ。その様子は、まるで痛み自体を感じるのを拒絶するようなほどであった。

「いやだ、痛いのはいや! もういやなの! 助けて、助けて! これ以上あたしを傷つけないで!」

 半ば理性を失い錯乱するエンリカ。凍りついた地面の上に縮こまり、身を震わせて助けを求めていた。今の彼女ではもはや脅威など誰も感じないだろう。
 そして、絶大なる一撃にてこの戦いに幕を打ったリオーネはといえば吹き飛ばされた衝撃によって意識を失い、エンリカから遠く離れた場所にて仰向けに倒れていた。
 度重なる殴打に加え、自身の放った魔法の反動により身体はボロボロになっている。特に左手は見るも無残で、エンリカによって折られた指を筆頭に、魔法を放ったことによる影響で皮がめくれて肉がむき出しになり、さらに衝撃の余波を受けたことでいくつもの深い裂傷ができていた。
 もはや両者共に戦闘を行える状況ではなくなり、こうして一つの戦いは終わりを迎えた。


 一方、もう一人の十二支徒であるログと対峙しているフィードは攻め込む隙が見当たらず、防戦一方の状況に追い込まれていた。
 異空間より突如現れた巨大な手が飛びかかるようにフィードに向かって凄まじい速さで襲いかかり、彼の周囲を飛び交う黒い光球が放つ光線を身体を捻り、紙一重で交わす。不意に訪れる相手の隙に好機だと思い、懐へと飛び込もうとするが、その先に待つのは絶対的防御を持つ紫の塊。並大抵の攻撃では防がれる盾に思わずフィードは舌打ちをした。
 攻守共に優れた敵の魔術。打つ手がないと愚痴を呟きたくなる心境だった。

「おや、もう御終いですか? まあそれならそれで仕方がないですが、正直がっかりですよ。見込みがあると私が判断した相手がこの程度でやられてしまうなんて」

「ほざけ! そうやって上から物を語っていろ。すぐにその心臓に剣を突き刺してやる」

「ふふふ。怖い、怖い。では、そうならないように、さらに攻め手を強めなければなりませんね」

 ログはそう言うと、手元を小刻みに何度か動かした。おそらく、現在使用している魔術の操作を行っているのだろう。

(くそっ! あの耳障りな言葉を吐く口をどうにかして黙らせたいが、この状況じゃどうしようもできない。どうにか、どうにか打開策を見つけないと……)

 何か手はないかと考えるフィード。だが、思考に時間を割いた分、彼の行動に僅かな遅れが生まれた。
 当然、それを相手が見逃すはずもなく、フィードの手足を黒の光球が放つ光線が貫いた。

「ぐっ……」

 〝抉られた〟痛みに思わず顔をしかめる。小さな穴の空いた手足の端からはタラリと血が流れだした。
 崩れた体勢をすぐさま立て直し、追撃のためフィードめがけてくる巨大な手から距離をとる。飛び込んだ手は地面を大きく削り取り、削った物体を握った拳の中で消失させた。
 このままでは結果は見えている。時間をかければかけるほど不利になるのはフィードただ一人だ。

(やるしかない。隙は一瞬。ほんの少し、あの巨大な手と光球の一撃が防げて時間を稼げれば充分だ。それだけの時間があれば、ログのやつを守るあの盾を切り刻んで次の一手に移れる。いや、そんな悠長なことをしなくても二擊あればログの命を奪える)

 なら、その時間を稼ぐための一手をどうするか。そう考えフィードは回避行動を取りながらも周囲に利用できるものがないか探すため、視線を彷徨わせる。

(……ん? あれは……)

 そんな彼の目にある物が映った。それは先ほど、ログの手によって殺害された騎士たちの死体だった。それを見つけたフィードは先ほどの考えを実現させるための一手を思いつく。

「……覚悟しろ。その余裕ぶった表情を凍りつかせてやる」

 小声でそう呟いた彼は死体めがけて走り出した。

「何をしようというんですか? まあ、いいでしょう。何をしようとこの魔術が発動したところであなたの負けは確実なのですから」

 勝機を見出し、瞳に明かりを灯すフィードを見つめるログ。早く終わらせるといいながらも、彼の様子はこの戦いをいつまでも楽しんでいたいように見えた。
 光線の嵐を掻い潜り、迫り来る魔の手から逃れ、ついにフィードが騎士たちの死体の元に辿りついた。
 数瞬のタイムラグ。その間に己の身体を飲み込もうとする手目掛けて代わりの生贄をフィードは投げ捨てた。次に襲いかかるのは幾多もの光の矢。当たった時の被害は少ないものの、それが蓄積すると致命傷にもなりかねない攻撃に対し、再びフィードは死体を手に取りその一撃を防いだ。そして、そのままログの元へと走り込む。
 もはやただの肉と化した元人間を使った囮。二つの攻撃を回避することなく防いだフィードは次の一撃までの間のわずかな時間を作り出した。
 そして、その機を見逃さず光球と手の間を突風と化した彼がすり抜け、無防備な姿を晒すログの元へと駆け込む。
 縮まる距離。肩に乗せ、突撃の勢いそのままに振り下ろされる黒剣。それを防ごうと両者の間に飛び込む紫の塊。

「じゃま、だあああああああああああああ!」

 怒声一閃。凄まじい声量の叫びと共に今までで一番の一撃が振り下ろされる。バチバチと音を立て、火花散らして放電する刃。斬れぬもののないひと振りの剣と化したそれはあっさりと塊を切断した。
 一歩、最後の一歩をフィードは踏み込む。両者は互いに笑顔を浮かべる。
 フィードは己の勝利を確信し。ログはそんなフィードの行動を見届けて。
 そして最後の一撃が放たれた。

「くっ、くくくっ。はっはっはっ。あ~っはっはっはっは!」

 予告通り、心臓へ剣を一突き。刺された対象は口から血を流し、苦しみの呻きを上げている。だが、それも数秒。命の炎は消え、完全にログは脱力した。

「ふん、大仰な口を叩いた割にあっさりと決着が付いたな。いい気味だ。お前たちのような人間にはおあつらえ向きの結末だ」

 そう言って剣を心臓から引き抜くフィード。力なく地面に倒れ伏したログを冷たい目で彼は見下ろし、そのまま手に持った剣をログの身体に何度も突き刺した。

「はっ! どうだ、これが、お前たちが、殺してきた者達が味わった苦しみだ!」

 端から見れば、どちらが悪とわからないほどの狂気的な笑い声を上げながらフィードは何度も、何度も、何度も動かなくなった身体に剣を突き刺した。
 グサッ、ゴキッ、ベチャリと肉を貫き、骨を砕き、血を撒き散らす音が周囲に響き渡る。やがて、そうすることにも飽きたのか、目の前にある肉塊に興味をなくしたフィードは先へと進んでいったエルロイドたちがいる方向へと視線を向けた。
 おそらく、敵となった騎士団員ほぼ全員と戦っているであろう三人の元にすぐさま駆け出し援護に向かおうとするフィード。だが、そんな彼の脳裏にフィードと同じくたった一人で十二支徒と戦っているリオーネの姿だった。
 彼女の元へと向かうべきかと一瞬思ったが、フィードはすぐさまその考えを否定した。

(いや、リーネは一人で大丈夫だといった。それに、絶対に勝つと約束したんだ。なら、俺がそれを信じないでどうする)

 そう思い、リオーネの力になるため彼女の元へと向かうという選択肢を排除し、エルロイドの元へと駆けつけようとする。
 だが、思考の切り替えを行った際に生じた一瞬の空白。それを縫うようにしてフィードの身体を幾多もの光が貫いた。

「……ッァ」

 呻き声を漏らすこともできず、無様にその場に倒れこむ。何が起きたかも理解できず、すぐさま立ち上がろうとするが身体に力が入らなかった。

「……やれやれ。正直ここまでとは思っていませんでした……よ。よくもまあ、これだけの力を身につけたというべきでしょうか」

 倒れながら己に向かって言葉を投げかける相手に向かって視線を動かす。その先には全身血まみれになりながらフィードを見下ろすログの姿があった。

「な……なん、で」

 なぜ彼が立ち上がっているのかフィードには理解できなかった。全身を何度も突き刺し、確実に死亡したのを確認した。常識的に考えて生きているはずがなかった。にも関わらず、現にログは彼の前で言葉を紡いでいた。

「おや、驚いていますね。まあ、私もこんなふうになるのはこれで二度目ですからね。ある意味で私にとっても最終手段を使わせられたというべきですね。
 ああ、別に怖がらなくてもいいですよ。今の私ではあなたに止めを指すこともできないですから。最後の一撃は文字通り火事場の馬鹿力のようなものです」

 ニコニコと笑顔を浮かべて語るログ。その姿はどこまでも不気味で得体の知れないものであった。

「それにしても、興味深いですね。よくもただの一般人にこれだけの力を与えようなんて彼女も思いましたね。まあ、気まぐれだとは思いますが、その気まぐれでこちらの命が危険に晒されてはたまったものじゃない。
 それに、その剣。それをあなたが持っているということは……。ふふ、卯月もつくづく性根が曲がっている」

「……ま、て……なんのはなし……だ」

「いえいえ、単に独り言です。さて、さすがにこのままおしゃべりを続けていると本当に私も死んでしまうのでそろそろ退散させていただきますよ。目的はもう十二分に果たしましたしね。
 それと……ああ、凛子は。全く、詰めが甘い。手間がかかりますね。まあ、私も人のことは言えませんが」

 一人で納得し、話を進めるログ。彼はもはやフィードのことなど見ておらず、次の目的のために動き出していた。

「では、お別れです。なに、嘆くことはない。あなたは日を増すごとに強くなっている。互いがぶつかり、片方が命を失うことになる日はそう遠くないでしょう」

「逃げ、るな。たたかえ、おれと……たた、かえ!」

「お断りします。今は、ね。ですが、心配しなくてもいいですよ。きっと私とあなたたちが再会する日は〝すぐ〟ですから」

 別れ際、フィードに意味深な言葉を残し、ログは魔術を発動させた。空間に亀裂が生じ、その中に向かってログが姿を消していく。そうして、その場にはフィードただ一人が残された。
 ここまでかろうじて意識を保っていた彼にも限界が訪れ、次第に瞼が下がっていく。そんな中、フィードは最後にログが彼に向かって残した言葉の意味を考えながら意識を手放すのだった。

(すぐ……だと? どういう……ことだ)

 こうして、彼と十二支徒との戦いはまたしても次へと持ち越されることになったのだった。



 フィードとログの戦いに決着が着いたその頃、エルロイドたちの戦いにも決着が着こうとしていた。そう、エルロイドたちの敗北という形で。

「さすがに元騎士団総隊長といえどこの人数相手では力及ばずというところでしょうか。まあ、あなたはよくやりましたよ」

 悠然と未だ諦めた様子を見せず必死に騎士たちと剣を交えるエルロイドたち。彼らが倒した騎士たちは既に二桁を有に超え、周囲には切り伏せた騎士たちの死骸が無残に横たわっている。だが、それでもまだまだ彼らの周囲に控える敵の姿は多かった。

「勝手に終わりを決めつけないでもらいたいな。それにしても、君はさっきから口ばかりだね。とても私の知っているグラードの行動とは思えないな」

 己に向かって斬りかかる騎士にカウンター気味に剣の柄を顔面に叩き込み、昏倒させながらエルロイドは高みの見物を決め込むグラードに皮肉を投げかける。

「ふむ。そうは言っても君の知っている僕が本当に僕であったのかということになりますがね。なぜなら、本当に僕のことを理解できていたのなら今こうして敵対している理由がないはずですからね」

「それも……そうだなッ!」

 話を続けながらもエルロイドに向かう刃は止まることない。今も背後からの急襲を避け、襲いかかった騎士から距離をとったところだ。

(……さすがにこの状況は不味いか。私だけならともかくアイルやミレーヌの方は限界が近づいているようだ)

 自身から少し離れた位置で同じく他の騎士たちと交戦を続けているアイルたちの姿を視界の端に収めながらエルロイドは脳内で状況を整理する。敵の数は多大。状況は不利である。唯一彼らに有利な点があるとするのなら操られていると思われる騎士たちの動きが先程から鈍っているということだ。元々同じ騎士ということで腕の立つ者たちとの交戦自体厳しいものであったのだが、襲いかかる敵の攻撃がある時を境に急に鈍り始めたのだ。それは主にエルロイドたちを敵とするのに反対した騎士たちに顕著に現れていた。

(これはフィードたちの方で何か動きがあったと見るべきか)

 そう考えるエルロイドの推測は当たっていた。これはリオーネと交戦していたエンリカが倒れたことにより、その支配下にあった者たちにかかった魔術が解けかけようとしているのであったのだ。

「いい加減向かって来るなってんだ!」

「ええい、しつこいですね!」

 そして、この状況を一刻も早く打開しようと奮闘するアイルとミレーヌはこの状況下に限り息の合ったコンビでの戦闘を見せていた。
 アイルの死角からの一撃や仕留めそこねた相手への追い討ちをミレーヌがし、またミレーヌが倒しそこねた相手を少々乱暴にアイルが倒し、敵の攻撃を防ぐ。一瞬ごとに攻め手と守り手の役割を入れ替えては次々と敵をなぎ払っていた。

「よお、だいぶ息が上がってるんじゃねえか。なんなら俺が全員まとめて相手をしてもいいんだぜ」

「強がりはやめてください。そんな冗談を言っている余裕が私たちにあると思っているとでも? そんな無駄口を叩く暇があるのなら一太刀でも多く相手に浴びせてください」

「へいへい、わかりましたよ。ったく、しっかり援護しろよ。お前の援護が間に合わなくって死んだら化けて出てやるからな」

「ご安心を。そんなヘマはしませんので」

 まるで漫才の掛け合いのような二人のやりとり。戦闘中であるにも関わらずこの余裕はある意味肝が座っていると言える。だが、一見すると余裕そうに見える彼らだが、来ている甲冑は防ぎきれなかった敵の攻撃で所々かけており、二人の額には汗が滲んでいる。平常時に比べ息もだいぶ上がっていた。そんな中でも彼らがこうして虚勢を張っているのは相手に弱みを見せないためだ。少しでもそれを悟られれば相手の気力は上昇し、自分たちがますます不利になるということを彼らは理解しているのだ。
 そして、そんな彼らの状況も正しく理解しているエルロイドはついに行動に出た。繰り出される騎士たちの剣擊を次々と避けると、一瞬にしてグラードとの距離を詰めて自身の持つ最上級の技を繰り出した。
そう、それは以前フィードとの戦いで出したエルロイドの絶技。

「はあああああああっ!」

 叫びと共にグラードに向かって剣が振るわれる。刀身はあまりの速さに常人の目からは消え去ったように見えるほどだ。そして、それを振るう彼の姿もまた高速で移動し五つの残影が一瞬現れる。
 一瞬の隙を着いた最大の一撃。これを放たれたグラードは危機的状況にも関わらず笑みを浮かべた。

「甘いですね」

 そう呟くと、腰に収めていた剣を彼もまた凄まじい速さで抜刀し、エルロイドの連撃に合わせた。
 一、二、三、四……五。
 彼自身必殺の連撃であった絶技はグラードの剣よって全て受け止められたのだった。

「……なっ!?」

 そのことにエルロイドを含め、アイルとミレーヌの全員が驚きを顕にしていた。だが、そんな彼らに対しグラードは冷ややかに告げる。

「何をそんなに驚くことがあるんです? そもそもこの技は一度フィードくんによって破られているじゃないですか。といっても、彼の場合は力任せな強引な破り方でしたが。それでも、破ることができるという事実は存在するんです。なら、たとえ私がこの技を破っても別段不思議なことはないはず。
 なにせ前例が存在するんですからね。その時点でこれは絶対の一撃でもなんでもないただ速いだけの連撃でしかないんですよ。
 それに……忘れていませんか、エルロイドくん。この技を生み出す際に一番あなたに付き合ったのはこの僕なんですよ」

 己の技を破られた衝撃から思考が停止したエルロイドにそう告げ、グラードは彼に向かって剣を薙いだ。

「くっ……」

 咄嗟に回避行動をとったエルロイドだったが先ほどの件もあり、行動が一拍遅れた。結果、彼の右手にはザックリとグラードの放った一撃によって生まれた傷ができていた。

「隊長!」

 それを見ていたミレーヌは思わず叫び声を上げた。

「おい、馬鹿野郎!」

 注意が逸れたことによりミレーヌは己の死角から迫る一撃に気づかない。それをアイルが防ごうとするがわずかに行動が遅れているため剣を敵とミレーヌの間に差し込むことができない。

「くそったれ!」

 バンッと力強くミレーヌを弾き飛ばすと、アイルは本来彼女が受けれはずだった一撃を防御することもできずその身に受けた。その衝撃が大きかったのか、甲冑越しの一撃とは言え彼は大きく後方へと吹き飛ばされ、何度も地面を転がり、そのまま動かなくなってしまった。

「……アイ、ル?」

 そして、彼に吹き飛ばされ致命打を受けるのを避けたミレーヌは起き上がることなく倒れ伏すアイルの姿を見て絶叫した。

「い、やああああああああああああああ!」

 普段、自らを律して冷静に努めている彼女であったが仲間が倒れたことに動揺を隠すことができなかった。普段は何かとぶつかる彼らだが、それでも志は同じくエルロイドノ下で人々の助けになるように動いていた。だからこそ言い合いをしながらも互いを信頼できる仲間だとアイルのことをミレーヌは思っていた。
 だが、そんな彼が今自分を助けて倒れている。己のミスを彼が背負ってしまったという事実が彼女の心を傷つけた。
 だが、ショックから立ち直る間も与えずここぞとばかりに彼女に向かって敵は襲いかかる。ミレーヌは倒れたアイルに意識を向けながらも相対する敵の攻撃を防がなければならなかった。

「ふう。厄介者がこれで一人消えましたね。さて、どうしますエルロイドくん。状況はさらに悪くなりましたよ。これ以上無駄な反抗は止めにして大人しく降伏する気になりましたか?」

 まるで、聞き分けなのない子供を諌めるように優しく、だがそれでいて上からの目線で提案をするグラード。そんな彼に対し、エルロイドは静かに睨みをきかせた。

「断る。例え一人になったとしても私は戦うつもりさ、グラード。それに、騎士団に入った時点で命を失うこともあると誰だって予想していたはずだ。守るべきものを守らず、悪に与する君に対して私は命が尽きるまで屈するつもりはない」

「……そうですか。それは、残念です。ですが、エルロイドくん。そんな悪をこれまで野放しにしてきたのは君自身ですよ」

「なに?」

「先へ、先へ。問題をいつまでも先送りにしたからこんなことが起こる。君が早く貴族派と平民派をまとめあげていればこんなことはそもそも起こらなかったんですよ」

 今度はグラードがエルロイドとの距離を詰め、上段からの重たい一撃を浴びせる。負傷した右手を庇いながらどうにかグラードの剣擊を防ぎ、エルロイドは距離を取る。

「だが、あの状況では二つの派閥が纏まるなど不可能だった。水と油だ、どちらか片方が消えない限りはそんなことはありえない」

「ええ、だからこそこうして僕が動いたんですよ」

 意味深なグラードの言葉にエルロイドの頭にとある疑問が唐突に浮かび上がった。

(……待て。そもそもグラードが反旗を翻した理由はなんだ? 彼には地位があり家柄もあった。貴族に生まれながら平民派に属していた彼が本心では他の貴族たちと同じく平民を蔑んでいたとは私にはどうしても思えない。
 なら、望んでいたのは私の地位? 騎士団のトップが欲しかったのか?
 ……いや、それも違うはずだ。彼はそんな野心深い男じゃない。他者を常に立て、だれかの成長を見守ることを少なからず誇りに思っていたはずだ。
 それに、この状況。冷静に考えればかなりおかしい。女王が確保されているのなら我々が見つかった時点で勝負は詰んでいる。あちらは女王を盾にすればいいのだから。こちらには援護する味方が他にいないことをグラード自身が一番よく知っているはずだ)

 攻防の最中、チラリとグラードの表情を盗み見るエルロイド。だが、感情を表に表さず、薄っぺらな笑みを貼り付けている彼からは何も読み取ることができなかった。

(では、なぜこんなことをする。そもそもこれだけの人数がいるのならば、わざわざ彼が出てくる必要は本当ならない。さきほど私は高みの見物を決め込む彼に己らしくないと挑発をしたが、そもそも本当に勝ちを拾いに来たのなら姿など晒すべきではないのだ。
 にも関わらず彼は姿を晒し、よりにもよって一番危険の高い私との交戦を続けている。
 これが意味することは何だ? 考えろ、そこに答えがあるはずだ……)

 攻防の間、僅かな空白の時間を利用してエルロイドは考え続けた。突然のグラードの裏切り。貴族派と平民派。作戦がいつ漏洩したか。この戦いの真の目的。
 そして……彼は答えにたどり着いた。

「そう、か。グラード、君は……〝犠牲〟になるのだな」

「……」

 エルロイドが投げかけた問いかけにグラードは答えなかった。だが、彼にとってはそれが答えだった。

「君がそう考えているのなら私はそれに応えよう。どうも時間はそれほど残されているわけでもないようだしな」

 彼の背後で倒れたままのアイルを庇いながら戦うミレーヌの姿を横目で見てエルロイドは呟いた。
 それに対し、グラードは淡々と呟く。

「無駄ですよ。すでに限界を超えているんでしょう? そんな状況で勝てると本気で思っているんですか。
 ……甘く見られたものですね。言っておきますが手は一切抜きません。それでは〝意味〟がないですからね」

「ああ、わかっている」

 そう言うや二人は無言になり、お互いの間を測り始めた。沈黙は針となり二人の肌を突き刺す。ピリピリとした空気が周囲に漂い始め、二人はゆっくりと間を縮めてゆく。一歩、一歩と少しずつ近づいていく。
 そして、ある地点に達した瞬間エルロイドとグラード、二人は再び動きを止め次の瞬間にはわずか一歩でお互いの距離を零にまで縮めていた。
 グラードは上段からの袈裟斬り、対してエルロイドは下段からの切り上げ。常識的に考えればよほどの力量差、技量差がなければ上段からの一撃の方が下段からの一撃より有利だ。
 今回に限れば力量ではエルロイド。技量では同等。だが、力量も負傷したエルロイドではグラードよりも低くなる。つまり、結果はグラードの勝ちということになる。
 そう、通常ならば。

「……グッ」

 血が、ポタポタと滴り落ちる。一つは胸元、そしてもう一つは腕から。

「……私の、勝ちだなグラード」

 そう呟くエルロイドの右手には深々とグラードの剣が突き刺さっている。肉を裂き、骨を砕き腕の中奥深く抉っていた。

「その……ようですね」

 この一戦に負けたグラードの胸元にはエルロイドが振り払った一撃によって切りつけられた痕が深く刻まれていた。
 それは端から見ても致命傷とわかる傷で、もはや余命幾ばくもない事を周囲に悟らせた。必死に足を踏ん張りその場に留まっていたグラードだったが、限界が来たのかその場に倒れた。
 そして、そんな彼をエルロイドは静かに見つめていた。

「グラード」

「……ふふふ。駄目ですね、エルロイド……くん。それは、仲間に向ける目ですよ。……敵に向けていい、ものじゃ、ない」

「……ああ、そうだな。わかっている。ああ、そうとも。私だけがわかっている」

「そう……ですか。ならいいのです。そう、そのまま君の胸だけに……秘めておいてください」

 息も切れ切れ、今にも死にそうな状況でグラードは優しく微笑んだ。そこには、先程まで彼が浮かべていた冷徹な視線は微塵も含まれていなかった。

「わかった。さらばだ、グラード」

「……ええ」

 そしてグラードは息絶えた。とてつもなくあっけなく、この世から去った。そんな彼を静かに見下ろすエルロイド。敵対している騎士たちは自分たちを率いる先導者がわずか三人の敵によって打ち取られたことに動揺して動けずにいた。
 更に、そんな彼らに追い討ちをかけるようにこれまで操られていたエルロイド側の騎士たちの洗脳が不意に解けた。

「……これは」

 最初は状況をあまり理解できていなかった彼らだが、記憶をなくしていたわけでないため次第にこの状況を受け入れ始め、敵対する相手に向かって憎悪の視線を向け始めた。

「よくも、総隊長に向かって剣を向けさせてくれたな……」

 怒りを顕にする彼らに貴族派の騎士たちは怯えた。この時点で彼らの勝機は途絶えた。一方的に気絶させられ、次々と敵は倒れ伏していく。
 状況が逆転したことにより余裕が出来たミレーヌは倒れたアイルの状態を確認し始めた。動揺している為か手元がおぼつかない。ベタベタと何度も彼の体を触り、脈拍や心拍を確認する。
 結果、微弱ながらも生命活動は行っていることがわかった。

「……よかった」

 安堵のためか、一気に脱力するミレーヌ。だが、すぐさま味方の騎士を呼び、アイルの保護を頼むと彼女はエルロイドの元へ駆け寄った。

「隊長!」

「ああ、ミレーヌ。アイルは無事かね」

「はい、微弱ながらも生命活動は行っています。適切な治療を施せば無事回復するかと」

「そうか。それは安心した」

「そんなことよりも隊長こそ早く治療を。その腕ではいずれ出血多量で死んでしまいます」

「そうだな。すぐに治療をしなければならないな……」

「……隊長?」

 よく見ればエルロイドの頬に一筋の雫が伝っていることにミレーヌは気がついた。彼女はそれは仲間であったグラードを討ったために流した涙であると考えた。

「仕方がなかったと思います。私も、アイルも、リオーネも、あなたですらグラードさんが裏切るなんて誰一人思わなかったんです。私たちは彼に騙されていたんですから」

 ギュッと己の体を抱き、悲しい表情を浮かべるミレーヌ。そんな彼女に向かってエルロイドは首を振った。

「いいや、違う。ミレーヌ、彼は最初から最後まで何も変わっていなかったさ」

「えっ? それは、いったい……」

 その言葉の意味をミレーヌが尋ねようとした時、エルロイドの元へ仲間の騎士が集まり、彼の治療をすると同時に今後の行動について話を始めた。
 そして、彼はそれぞれの騎士たちを纏める隊長、副隊長に指示を出し女王の救出、クーリックの捕縛、裏切り者の騎士の撃破を命じた。
 そしてその後夜を迎える頃に戦いは終結した。平民派の勝利という形で。女王は救出され、この計画を立てたと思われるクーリックは捕縛され裏切り者の代表であるグラードは殺害された。
 協力者である十二支徒の二人は逃亡し、彼らと戦ったフィードは中傷、リオーネは重傷で見つかり即座に治療を受けることになった。
 隠れ家に隠れていたウィンディとケインは味方の騎士たちによって保護されることになった。
 こうして、後にフラムの歴史に名を刻むこの事件は終わった。長い、長い一夜は過ぎ去り、裏切り者は葬られ一人の英雄が生まれた。
 だが、その裏切り者の心の内を英雄だけが知っている。彼が本当は何を思い、このような行動をとったのかということを……。
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建野海

Author:建野海
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名前:建野海

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趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
      僕駐
      インセプションなど。

好きなゲーム:キングダムハーツ
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好きなアーティスト:福山雅治
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