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激動

フィードたちが屋敷に潜入すると同じ頃、表にて待機していたミレーヌとアイルもまた屋敷への侵入を試みていた。潜入任務ということもあって装備は非常に軽装なものとなっている。騎士ならば本来は身にまとっているはずの鎧はなく、どこまでも身軽な服装の二人。それを活かす方法での侵入を開始する。
 屋敷の柱やテラスの手すり。それらを利用し、二階側へと息を潜めながら登っていく。先頭を進むのは先ほどと同じくミレーヌ。彼女が二階へと登っていく間、アイルは下に待機し、彼女と自分の周囲に人が来ないかを調べている。
 スルスルと滑らかに柱を登り二階に上がったミレーヌは手を前後させアイルに進むように合図する。互いの役割を交代し、今度はアイルが二階へと登っていく。
 暗闇に包まれた部屋のテラスに降り立つ二人。中の様子を伺うが人がいる気配はない。

「アイル、お願いします」

 ミレーヌの視線の先にはガラス製でできた扉。内側にある取っ手の上側に取り付けられた金属製の貫木を見てアイルに指示を出す。

「任せな」

 アイルの指示に力強く答えるとアイルは腰に取り付けられた一本のナイフを抜き放った。その直後、刹那とも思える抜刀で取っ手のすぐ横にあるガラスを斜めに切り抜いた。
 糸を引くようにガラスには一線の筋が入る。それをミレーヌは僅かな力で奥へと押し込み内側へと落とした。
 ほんの僅かにガラスが床に落ちた音が響いたが、それも些細なもので気づくものは誰もいない。ミレーヌはそのまま自身の細い手を取っ手の横に回し、その上に添えられた貫木を抜き放った。抜き取ったそれを一時的にポケットにしまうと、ミレーヌはアイルの方を向き、頷く。アイルもまたそれに応えるように頷いた。
 再度開かれた空間に手を伸ばし取っ手に手を添えるミレーヌ。横にあったそれを下に降ろし、ゆっくりと扉を開け放つ。
 二人の身体が入るギリギリだけ扉を開け放ち中へと入る二人。すぐさま扉を閉め、貫木を再び設置し、何事もなかったかのように現場を整える。

「ひとまず、侵入成功ね」

「ああ、そうだな。それで、まずはこの部屋から調べるか?」

 二人が入った部屋はどうやら屋敷の客間の一室のようだった。ご丁寧に整えられたベッド。テラスの傍に置かれたテーブルと椅子。おそらく酒を嗜むためのスペースだろう。それ以外にも美麗な家具がいくつも置かれていた。

「たかが客間にこんなに金をかけるなんて随分と余裕があるんだな」

「仮にも昔から今に続いている貴族ということもあるしね。さて、無駄口はここまでよ。何か手がかりになるものないか探索しましょう」

「なんだ、結局この部屋も調べておくのか?」

「ええ、一応ね。客間はここ一つじゃないでしょうけれど、もしかしたらクーリック氏と接触した相手がこの場所を訪れた可能性も零ではないし。調べておいても損はないわ」

「わかった。それじゃあ、さっさと済ませるか」

 そう言って二人は室内を捜索し始めた。部屋の隅から隅まで気になる点を手早く確認する。だが、この部屋には手がかりや証拠になりそうなものは何もなかった。
 すぐさま、別の部屋に移動をしようとする二人。だが、室外に出る扉に手をかけたところで突然ミレーヌが動きを止めた。

「どうした?」

 異変を察したアイルが彼女にだけ聞こえる声で問いかける。

「誰かがこの部屋に近づいてきます」

 壁越しに伝わる人の気配を察知したミレーヌは静かに息を殺し耳をすませた。布を踏みしめる足音がかすかに聞こえる。そして、ミレーヌたちのいる部屋に近づくにつれて小さな話し声が聞こえてきた。

「――たね。――とに、なん――からない――クズだね」

「――しわけありません」

 声は徐々に鮮明になっていき、二人の緊張感も高まる。もし室外にいる人物たちがこの部屋を訪れミレーヌたちの存在を認識するようなことがあったとしても、最悪相手を昏倒させてしまえばいい。そう……通常の任務であれば。
 この屋敷に入る前、もし仮に姿を見られたり敵と交戦する場合になった時の対処についてミレーヌは全員に話した。しかし、本当なら今回の潜入では姿は元より彼女たちがこの屋敷に侵入したということを認識させることすらも許されない。こちらが、クーリックを疑っているのと同じように彼らもまた平民派であるエルロイドたちを警戒している。もし、侵入したことがわかれば現在のリオーネの状況と同じように証拠を隠して襲いかかるか、適当な建前を並べて対立構造を作り上げるかもしれない。
 そのようなことになってしまっては被害は騎士団だけに留まらずなんの力も持たない民衆たちにも及ぶことになってしまう。今回の任務を与える際、エルロイドは特にそのことを心配していた。
 そのため、本来であれば単独行動を好み、組織だった行動は嫌うフィードでさえもエルロイドのいう事に共感しているのか文句を言うこともなく黙ってミレーヌの指示にしたがっている。
 だからこそ、この任務に失敗は許されない。今後の状況はこの屋敷に侵入した四人の手に委ねられたといっても過言ではないのだ。
 しばらくして、先ほどの外で聞こえた二人の気配が遠ざかり、安全を確認したミレーヌたちは部屋を後にするのだった。


「おかしい……」

 屋敷の探索を始めてからそろそろ半時ほど時間が経とうとした時、不意にフィードが呟いた。
 現在彼らは姿を見られないように慎重に廊下や室内を渡り歩き、ようやく書斎と思しき場所を発見した。夜目を凝らし、証拠となりそうな物品を探すが一向に見つかる気配がない。そして、フィードのこの発言である。それを聞いたリオーネはてっきりこれだけ探しているのに証拠の品が見つからないことだと思った。

「仕方ありませんよ。そもそも、証拠があるという確証があるわけでもないんです。グラードさんが持ってきた情報にはこの屋敷に証拠があるかもしれないっていう情報だけだったんですから」

 だが、そう答えたところでフィードの浮かべる険しい表情は変わらなかった。不思議に思っていると、彼は首を振って話を続けた。

「いや、違う。俺が言ってるのは証拠のことじゃないんだ。確かに証拠があるという確証はないかもしれない。俺たちが見つけていないだけでミレーヌ側が見つけている可能性だってある。
 だけどな、それ以前にいくらなんでもこの屋敷の警備がザルすぎるんだよ。それがどうにも引っかかるんだ」

「どういうことです? 警備の話はこの屋敷に入る直前に説明したと思いますが」

「ああ、確かにリーネはクーリックが正統な騎士しか雇わないでいるって言っていたな。ただな、それでも俺たちは今のところその騎士の存在を感じ取ることもできないでいる。
 それに、こうも言っていたよな。クーリックが雇うのは純潔の中でもとりわけ有能な騎士だって。それほど有能なやつだったら俺たちが侵入した時点、もしくはそれから少しあとにでもそのことに気がつくと思うんだ」

 そこまで言われてリオーネもようやくフィードの言いたいことに気がついた。

「もしかして、私たちは泳がされていると?」

「可能性は低くないと思う。そもそも、外にいた時に貴族たちの声が聞こえただろう? 客人が来ているにも関わらず警備の騎士を配置しないなんてますますおかしい。それじゃあ、何かあった時に一体どうやって対処するつもりなんだ?」

「そう言われてみれば、そうですね。あれは確か二階でしたので私たちは確認できていない。それに、この屋敷にクーリックが今いるのかどうかもわからないですね」

「ああ、もしかしたら何か重大なことを俺たちは見落としているのかもしれない。時間はもう半分しか残っていないが、探索は一旦中止だ。先にクーリックの所在の確認と貴族と思わしき存在の確認をするぞ」

「わかりました。急ぎましょう」

 そして二人は音を立てずに書斎を抜けだし、貴族たちがいると思われる二階の部屋へと向かった。
 廊下の柱の死角や、夜闇を利用して建物の影に入りこみ二人は先へと進んでいく。そして二階へと上がり目的の部屋と思われる場所の前へと辿りつく。中の様子を伺うため、空室であろう隣の部屋へと侵入し、テラスの端から中の様子を伺った。
 中では二人の貴族らしき男性が部屋の中央にある椅子に腰掛けテーブルの上にある酒を煽っていた。といっても、下町などの酒場にあるような酒とは違い、厳選された高価な赤ワインを香りを楽しみながら少しずつ飲んでいた。そして、酔いに任せながら会話を弾ませていた。

『それにしても、クーリック氏は一体何をしているのかね。私たちを呼びつけておいてこんなにも長い時間待たせるとは……』

『まあ、そう焦らずともよいではないでしょう。なにせ、もうすぐ我々の望みが達成されるのですから』

『む……それもそうだな。しかし、ようやくか。騎士団の平民共が排除されるのは。まったく、目障りなことこの上なかったよ。下賤な身分で騎士団に入る輩があれほど多くなるとは。まるで糞尿に群がる蝿のようで目にするだけで気分が悪くなっていたものだ』

『全く同感ですな。何を勘違いしたのか前騎士団総隊長が平民であるエルロイドを後継に指名したときは耳を疑ったものだったよ。だが、それもあと少しで終わる。奴の後釜には彼が座るらしいし』

『ああ、そういえば彼は純血な貴族であったな。全く、我ら貴族を裏切ったものだとばかりだと思っていたがこんな裏があったとは。よくやるものだ、本当に』

 ガラス越しに聞こえる会話は当初の目的とは異なるものであったが、それ以上に興味を引くものであった。

「リーネ、聞いたな?」

「ええ。どうやら不穏な動きがあるみたいですね。元々の任務は時間的に果たせそうにないですが、その代わりに貴重な情報を手に入れました」

「ああ。こうなったら残った時間全て使って奴らの会話を聞いておこう。その方が有益な情報が手に入る」

「了解です」

 二人はそのまま室内で繰り広げられる会話の数々に耳を傾けた。

『そういえば、最近氏に接触した一組の男女を見かけたが、奴らは何者だ?』

『ん? なんだそれは。そんな話は初めて聞いたぞ』

『ふむ。どうやら彼はこのことを我々にも秘密にしているようだな。見たところ気品の欠片もなさそうな連中だったが彼が接触を許したということは何か理由があるのだろう。深く考えたところで仕方あるまい』

『それもそうだな。しかし、そろそろこうして酒を飲み交わすのも飽きてきたな』

『そう言うと思って先ほどメイド長に声をかけておいた。二、三人屋敷に仕える女を見繕ってこいと』

『ほう、それはいい。ちょうど気分も高揚してきたところだ。この辺りで一度女を抱いて気持ちを落ち着けるのも悪くはない』

 貴族といえど酔っ払ってしまえば下品な発言が出るのは庶民と変わらないようだ。だが、女をまるで物のように扱う発言がリオーネの癇に触った。その証拠に一瞬ではあるが彼女の眉がぴくりと動き、隠している怒気が僅かに身体の外に漏れていたからだ。

「リーネ、今は耐えろ」

「……はい」

 フィードに注意され一度深呼吸する。息を吐き終える頃にはもう先程までのリオーネに戻っていた。
 リオーネが落ち着きを取り戻すと同時に貴族の部屋の扉をノックする音が聞こえた。

『お、どうやら来たようだ』

 彼らが待ちかねた女たちがどうやら到着したようだった。ここから先は見ていても気分の悪くなるだけの展開が待っているだけだ。
 これ以上情報を漏らしそうにないだろうと判断しフィードはこの場を離れようと振り返った。だが、振り向いた先で驚愕の表情を貼り付けたまま固まったリオーネを見て再び視線を先程の位置に戻す。

「なっ!」

 そして彼はリオーネが凍りついた理由を察した。それと同時に彼の背筋にゾクリと冷たい汗が垂れた。
 呼び出されたのは給仕服に身を包む二人の少女。一人は浅黒い肌に緑の瞳を持つ小柄な少女。遠くからでもわかる八重歯が特徴的である。左手の甲には奴隷の印の烙印が刻まれていた。少女は、自分たちを呼びつけた貴族の男たちをジロリと睨みつけ、敵意を顕にしている。
 だが、フィードが目を奪われたのはもう一方の少女だった。前述の少女の後ろに隠れるようにして立っている一人の少女。それは……。

「ク、クラリス……」

「なぜ、彼女がここに……」

 頭に浮かぶのは果てない疑問。何故? どうして? そんな事ばかりが思考を埋め尽くす。ほとんどパニック状態に陥りながらもフィードは彼女が人違いではないかどうか確認するためにもう一度少女をジッと眺めた。
 だが、見れば見るほど目の前にいる少女がクラリス以外の誰かと見間違えることなどできなくなっていく。
 昔は腰ほどまでの長さがあった灰色の長い髪は今では肩にかかるほどの長さにまで短く切られ、折檻にでもあったのか手首や頬には赤い傷跡が残っていた。明るく無邪気な笑顔を浮かべていたかつての少女の姿はそこにはなく、今の彼女の瞳は光を写すことなくただ虚空を見上げていた。これから起こることなどまるで気にもならないようだった。ただただ空虚。感情を失ったその顔はとても、見ていられるものではなかった。
 そして、かつてと最も違うのは彼女の右手の甲に奴隷の証である烙印の紋章が刻まれていることだった。

『ほう、これはこれは。中々上玉じゃないか。やはり、クーリック氏はいいものを選ぶ』

『彼が平民を抱くとも思えないし、この者たちは初物かな? うむ、多少面倒ではあるがそれはそれで悪くない』

 貴族たちの遠慮のない不愉快な発言に褐色の少女の眉が鋭く釣り上がる。だが、感情に任せて怒りをぶつけて万が一彼らの機嫌を損ねた場合被害に遭うのは彼女なのだ。最悪命を失う可能性もある。ここに居る貴族やクーリックは平民を虫けらとくらいにしか思っていない。まして、それが奴隷となればもはやゴミと変わらないだろう。それこそ気分一つで命を失うことになっても不思議ではないのだ。

『さて、あまり待たせても酔いが覚めてしまう。物を抱くのもどうかと思うがせっかく用意してもらったのだ、せいぜい楽しく使わせてもらうとしよう』

 男の一人がそう言うと同時に褐色の少女の手を取って力任せに引っ張っていく。そして、ベッドの上に押し倒した。少女は不快な表情をずっと崩さずにいたが、文句は一つも言わなかった。男は力任せに少女の服を破き、その体を蹂躙しようとする。

「くっ!」

 これ以上は見ていられないとフィードがその場に飛び込もうとした瞬間、彼の肩をリオーネが力強く掴んだ。

「駄目です、フィード! 先ほどあなたが言ったじゃないですか。『耐えろ』と。今回の任務は姿を晒すことは元より、私たちの存在を気取られてもいけないんです! ここは、我慢するしか……ないんです」

 苦痛の表情を浮かべながら言葉を搾り出すリオーネ。フィードを止めた彼女の手は小刻みに震えていて、痛いほど力がこもっていた。
 彼女の言いたいことをフィードがわからないわけではなかった。もし、目の前にいるのが見知らぬ少女であれば心を殺してフィードも任務を優先しただろう。だが、視線の先にいるのはクラリスなのだ。フィードの数少ない友人で、狂気に呑まれて殺人鬼に身を落とし、あと少しで救われるというところで彼の目の前で絶命した男の妹なのだ。

(俺は……このままクラリスを見捨てるのか?)

 俯き、フィードは自問する。彼もまた目的のためなら人を殺すことも躊躇わない人間だ。見る人によってはただの殺人鬼だろう。
 だが、そんな彼でも人として残されているものがある。かつて、自分の目の前で奪われた大切なものたち。力を得た後も失い続けることになった大切な人々を少しも守ろうと必死になって生きてきた。
 今、十二使徒という仇に近づくためこうして騎士団に身を置き任務を遂行している。だが、その代償に目の前でまた大切な存在が奪われようとしている。
 そのような行動を許せるだろうか? いや、許せまい。それを許してしまえば本当に彼はただの殺人鬼でしかなくなってしまう。
 彼が再び顔を上げた時にはその顔には決意を固めた男の表情があった。
 叫び声を上げる褐色の少女、服を脱ごうとする男。それを見て残されたもう一人の男がクラリスの身体に手をかける。だが、クラリスはピクリとも動こうとせず、瞳は相変わらず虚空を彷徨ったままだった。
 そして、フィードはそれ以上この光景を見ていることはできなかった。
 一瞬にして肩を掴むリーネの手を強引に振りほどき、無詠唱の魔術を発動させた。風の刃がガラスを砕き、それが地に落ちるまでの僅かなあいだに待機中の水分を集め砕けたガラスを纏めて覆った。音もせずに室内に入り込んだ侵入者に一拍遅れて気がついた貴族たち。

「な、なんだ貴様は!」

 が、それだけしかフィードは彼らに口にさせなかった。まずは褐色の少女に覆いかぶさる男に即座に近づき、鋭い手刀を首元に叩き込み昏倒させた。そして、次にクラリスに手をかけた男の元へゆっくりと近づいていく。

「ヒッ! や、やめっ……」

 既に男はフィードの体から発せられるとてつもない敵意に当てられて現実逃避を始めていた。赤子のように地を這い、よたよたと彼から離れようとする。だが、フィードはすぐに男に追いつきその首を右手で掴み宙へとぶら下げた。

「ガッ……カハッ……ァ」

 凄まじい力で首を絞めつけられて男はすぐにじたばたと暴れだした。だが、暴れたところで首を絞める腕の力は全く緩むことなく、むしろより強さをましていった。そして、男が酸素を取り込むことができず呼吸困難に陥り白目を剥きだした。だが、それでもフィードは男の首を絞めることをやめようとせずより力を込めていった。
 その時、彼の口元はひどく歪んでいた。

「やりすぎです、フィード!」

 己を叱咤するリオーネの声にハッとしたフィードは反射的に力を緩めて男を地面に落とした。男は失神しており、ピクピクと陸にあげられた魚のように体を震わせていた。
 もはや隠れている意味がなくなったと悟ったリオーネもまた室内に入り、彼のもとへと駆け寄った。

「全く、あれだけ言ったのになんであなたは……」

「すまん。だが、これ以上こいつらにクラリスを触れさせたくなかったんだ」

「その事なんですが、どうして彼女がここに? クラリスはトリアの都市部でクローディアと暮らしていたはずでは?」

 その発言を聞いてフィードは先ほどよりも更に驚きの意を示した。

「なんだって? リーネ、お前クラリスがフラムに来ていたことを知らなかったのか?」

「え、ええ。私が最後に彼女に会ったのはまだフィードと旅をしていた時です。それ以降は一度も会っていません」

 つまり、リオーネはクラリスがトリアでどんな目にあったのかもクローディアが死んだということも知らないことになる。この状況で全てを説明している暇はないため、フィードは簡潔に彼女の状況を伝えた。

「いいか、リーネ。クローディアは死んだんだ。殺されたシアの仇を討とうと殺人鬼になって。俺が……守ることができなかったんだ」

 フィードから突然伝えられた衝撃的な出来事にリオーネは戸惑った。かつての友人がいつの間にか死んでいたという事実に驚きを隠せない。

「な、なぜ? いや、それよりもどうしてそんな大事なことを今まで黙っていたんですか?」

「隠していたつもりはないんだ。その一件でクラリスをトリアからセントールに連れて帰ったんだが、彼女はフラムにいる叔母の元に行くと言って俺たちと別れたんだ。俺はクローディアを守れなかった手前、彼女を止めることができなかった。
 だから、フラムについたらお前を頼るようにクラリスには言っていたんだ。俺は駄目でもお前になら頼ると思っていたんだよ」

「ですが、彼女は私のところに来なかった。と、いうことですね。それにしても叔母のところに行ったはずのクラリスが一体何故この屋敷のメイド、それも奴隷になんてなっているんです?」

「それはわからない。だが、こんな状況になっちまったんだ。クラリスをこのままにもしておけない。当初の目的とは異なったが、有益な情報も手に入れた。こうなったら一刻も早くクラリスを自由にしてここから逃げるぞ」

 ここまで来てしまっては仕方がないとリオーネはため息を吐きだし、

「では、私はミレーヌさんたちを探してきます。時間が惜しいですからね」

 そう言ってリオーネは静かに部屋から廊下へと出た。

「さて、こっちも動くか。……と、その前に」

 フィードはベッドの上に押し倒された褐色の少女に近づき、声をかけた。

「今から俺たちはこの屋敷から逃げる。今なら君も自由になることができるが、どうする?」

 いつかの少女たちのようにそう問いかけた。だが、褐色の少女は先程の男と同じようにフィードに対しても敵意をむき出しにしていた。何故? と一瞬思ったがすぐに気がついた。
 彼女は、既に少し壊れていた。己に近づくもの、それは誰であれ彼女にとって敵なのだ。それは、助けを差し出すものであろうと……だ。おそらく、クラリスが彼女に敵意を向けられなかったのは感情が表に出ていなかったからだろう。つまり、彼女からしてみればクラリスはその辺りにある木々となんら変わりないのだ。
 そのことを察し、少女に少しだけ同情しながらもそれ以上の行動をフィードは取らなかった。今の彼が優先するのはあくまでもクラリスだけだからである。

「クラリス……」

 名前を呼びかけるが全く反応がない。その痛々しい姿が昔の自分と重なった。思わずフィードは歯噛みした。またしても大事な存在を助けることができなかったという事実に対して怒りと悔しさが混ざった感情が湧き上がったからだ。

「今、助けてやる」

 そして、アルやイオの時と同じように偽りの真実を生み出す魔術の詠唱を開始した。

「正しきもの、その存在を認めない。偽りをもって事をなし、偽りをもってを騙し、救おう。
 この世界はかくあるべし。虚構こそが真実。真実こそが虚構。偽りの生成、その実を我に与えたまえ。

 ――フィクフォメーション――」

 詠唱と共に光が生まれ、クラリスの左手にある烙印へと重なった。ある意味烙印の上書きということになる。これでひとまずクラリスは主であると思われるクーリックからの命を受けなくても済むことになる。
 だが、相変わらずクラリスの顔に変化はなかった。ただ、どこまでも無。今の彼女の瞳には暗闇だけが映り込む。
 そんな彼女を見ていることができなくて、フィードは彼女を優しく抱きしめた。

「ごめん、クラリス。やっぱり俺は君をあの時無理にでも引き止めるべきだった」

「……」

 その言葉に返事はない。抱きしめられたクラリスは何をするわけでもなくただフィードに身を委ねていた。
 しばらく彼女を抱きしめていると部屋に近づく複数の気配があることにフィードは気がついた。僅かに身構えるが、それがリオーネたちのものだとわかるとすぐさま警戒を解いた。
 そして、先程までの隠密行動はどこへ行ったと言わんばかりに大きな音を立てて、勢いよく扉が開き、

「この大馬鹿者! やはり、あなたを少しでも信用した私が馬鹿でした! すぐに離脱します!」

 大声を上げるのを我慢しながらも、凄まじい剣幕でミレーヌはフィードを睨みつけた。そして、そのままテラスの柱を伝って下に降り、素早くこの場から離れ始めた。

「ホント、つくづく俺たちの予想を超えてくれるなルーキー。あ、もちろん悪い意味でな」

 続くアイルはどこか楽しげな様子でミレーユを追いかける。隠密行動はやはり彼の性に合わなかったようだ。

「フィード、早く!」

 二人の後に続くリオーネはそれだけ口にし彼らを追いかけた。フィードのことをよく知る彼女は知りたいことが沢山あるにしてもそれらを後でフィードが全て説明してくれるであろうとわかっているからこそ何も口にしなかったのだろう。
 三人が屋敷から抜け出すのを見たフィードもまた、クラリスを片手で抱きかかえてこの場を後にし始めた。
 離れていく屋敷、深夜に起こった異変にはおそらくまだ誰も気がついていない。だが、それも時間の問題であろう。遅くとも明日の朝には異変に気がつき、今回の件がクーリックの耳に届くことになるだろう。
 それはすなわち、平民派と貴族派の対立構図が生まれてしまう可能性が高くなることを意味していた。自分のとった行動を間違いだとは思わないフィードであったが、その結果としてフラムの民衆を危険にさらすかもしれないと思うとやりきれない気持ちになった。
 隠密任務を託された四人はその結果として失敗という手土産を片手にエルロイドの元へと向かった。
 だが、フラムに辿りついた彼らを待っていたのは予想を遥かに上回る事態であった……。

 それは、ウィンディが騎士団の一派によって人質とされたということだった。
 そして、その一派を率いる首謀者は……エルロイドであったのだ。
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建野海

Author:建野海
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名前:建野海

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好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
      僕駐
      インセプションなど。

好きなゲーム:キングダムハーツ
       テイルズ
       ルーンファクトリー
       ゼルダの伝説など

好きなアーティスト:福山雅治
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