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どこの誰でもない、ただのウィン

部屋の中に入ったフィードとリオーネは老婆に促される形で空いている二つの椅子に座った。老婆は机の上にあるティーポットから空いているカップに紅茶を注ぎ、二人の前に差し出した。

「まずは一杯飲みんさい。話はそれからでも遅くはないだろうしね」

 その言葉に困惑するフィードだが、リオーネは慣れているのか、カップに手を伸ばし、紅茶を口にする。それに合わせるようにフィードもまたそれをゆっくりと味わった。
 爽やかな香りと、口当たりのよい味に驚きを覚える。思っていたよりもずっと美味なそれを一気に口にした。

「美味しい……」

 無意識に言葉が零れでて、慌ててフィードは口を閉ざした。そんな彼の様子を見て老婆は満足そうに微笑んだ。

「そうかい、そりゃあよかった。こっちもよい物を出せたというものだね」

 そう言うと空になったフィードのカップに再び紅茶を注いだ。フィードはお礼を言い、今度はゆっくりと紅茶を飲み始めた。
 そして、彼に少し遅れる形で紅茶を飲み終えたリオーネがここに来た本題を老婆に向かって切り出した。

「レーヴァさん。さっそくで申し訳ないと思うのですけれども、情報を売ってほしいんです」

 リオーネが真剣な眼差しでレーヴァに訴える。レーヴァは持っていたカップをそっと、ソーサーの上に置いた。

「やれやれ、若い物はせっかちだね。まあ、それがいいところでもあり悪いところでもあるんだけどね。ねえ、そこのお兄さんもそう思わないかい?」

「いや、どうだろうな。まあ、状況によるんじゃないか? 少なくとも今俺たちは少しでも早く情報を手に入れたいと思っている」

「そうかい……それじゃあ仕方ないねえ」

 意見が一致しなかった事が残念なのか、レーヴァは短く溜め息を吐き、ゆっくりと語りだした。そこには先程まで柔和な笑みを浮かべていた親しみやすい老婆の姿は無く、情報屋としての裏の顔が覗いていた。

「で? お前さん達は何について知りたいんだい?」

 レーヴァは自身のすぐ傍に置いてある小物置き場からキセルを取り出すと、香代わりに焚いてあった炭火に雁首を近づけて火をつけ、煙を吸い込んだ。

「それについてですが、まずは先にこちらを」

 そう言ってリオーネは上着のポケットから小袋をレーヴァに手渡した。

「ほう……話をする前に口止め金を渡すなんてずいぶん慎重だねえ。よっぽどこの件について知られたくないと見える」

「そうですね。こうでもしないとあなたは私たちが情報を求めてここを訪れたという“情報”をまた誰かに売る事になりますから」

「来る物は拒まずがうちのモットーだからねえ。些細な情報も、誰が相手だろうが売る事に決めているんでね」

「それについては、私も理解しています。ですから、これはその情報を売らないという代価として納めていただければということで」

「そうさね……まあ、よしとしよう。リオーネはうちをよく利用してくれる上客だからね。こちらとしては、これからも贔屓にしてもらいたいものだしね」

「ありがとうございます」

 一通りの裏取引が済んだ事により、いよいよ本来の目的に関しての動きが起こる。

「それで、提供していただきたい情報なんですが、貴族のクーリック氏はご存知ですか?」

「ああ、知っているとも。うちの子達をよく可愛がってくれる上客の一人さね。もっとも、金使いがいい代わりに娘達に対する態度は最悪だから評判は悪いけれども」

「そうですか、それなら話は早い。実はそのクーリック氏に最近接触した何者かがいるらしいのですが、その人物に関する情報を提供していただきたいのです」

「なんだい、そりゃ? あまりにも抽象的すぎやしないかい?」

「それは承知しています。その上で情報を集めていただきたいのです。もちろん、確実な情報だと判断できる物を提供いただいた場合は多大な報酬を差し上げる事を約束いたします」

 報酬に関しての話をリオーネが持ち出すと、それまで渋い顔をしていたレーヴァの顔がくしゃりと歪む。

「ほう、ほう。そりゃあ興味深いね。騎士団の顔になりつつあるあんたにそこまで言うんだ。どうやら報酬は弾んでもらえるようだねえ」

「ええ、もちろん」

「……三日待ちな。それまでに情報を集めておいてあげるよ。もし、情報が確実に集まらなかった場合は報酬は必要ないよ。その時は情報屋の名折れだからね」

「ありがとうございます。では、三日後にまたこちらに伺わせていただきます」

 座ったまま一礼をし、リオーネは席を立った。

「では、私たちはこれで失礼します。いきますよ、フィード」

「ん? ああ、悪い。すまんが、少し先に行っていてくれ。俺はまだ話がある」

 それまで黙ってリオーネとレーヴァのやり取りを聞いていたフィードはそれだけを告げ、その場に居座った。そんな彼の様子を訝しみながらも、リオーネは一人部屋を後にした。
 部屋に残されたフィードとレーヴァ。カップに入った紅茶は既に冷えていた。

「それで、話したいって言う事は一体なんなんだい? もしかして、あんたの方も依頼かい?」

「まあ、ある意味ではな。俺の場合はむしろ情報を流してほしい」

「ほう。そりゃ珍しいね。情報を提供してほしいって言う人はたくさんいるが、自分から流すのは余り以内んだがね。それで? どんな情報を流してほしいんだい」

「なに、そう難しい事じゃない。一応俺は今城下町である程度噂になっている人物らしい。その噂の一つにこう付け加えて欲しいだけだ。
 『騎士団試験に合格した新人は十二支徒を追ってここまで来た』ってな」

 十二支徒という単語を聞いたレーヴァはピクリと眉を釣り上げてフィードをジッと見つめた。

「ほうほう。あの犯罪者集団の名前をこんなところで上げるなんて、あんたが初めてだよ。どうやら、何か因縁があるようだね」

「余計な詮索はなしにしてもらおうか。それこそ、こちらが情報を売る代わりに代価をいただくことになるかもな」

「はっはっは。こりゃ、確かに。あんたの言う通りだね。仮にも情報屋なら気になる事柄は自分で調べる事にしておくとするかね。
 そうだね、今回はリオーネの付き添いという形といえ、今後うちを使ってもらう機会もあるかもしれないからね。あんたの場合だったら本業の方でも客として来てほしいところだしね。サービスとして噂は流しておいてあげるとするよ」

「感謝する。ああ、先に行っておくが俺がここに来るとしたら、裏の用事でしか来ないつもりだ。ここの中は香水の匂いが漂いすぎて匂いがキツい」

「そうかね? まあ、何度か来ればその匂いにも慣れるさね。さて、それじゃああんたも早く出て行きな。あの子が待っているだろうしね」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 それだけを告げて、フィードもまた部屋を出た。薄暗い部屋に僅かに灯る蝋燭の灯火がゆらゆらと揺れる。その明かりを遮るようにレーヴァが吐き出した煙がプカプカと宙を漂う。

「ふむ、思ったよりも面白そうだねえ。これは、少し力を入れて調べてみようとするかね。リオーネの件も、噂のフィードとかいうあの青年の事に関しても……ね」

 薄笑いを浮かべながら、一人残った部屋にてレーヴァは呟くのだった。


「遅い! 早くしてよね!」

「はい、はい。わかりましたよ、お姫様」

「ちょっと! もうちょっとシャキッとしてよね」

「わかったから、もう少し大人しくしろって。お前の正体を知られるわけにはいかないんだからさ」

「まあ、まあフィード。ウィンディ様も町に来て気分が高揚しているんですよ。それと、ウィンディ様もフィードの言う通りもう少し大人しくしてくださいね。町の者に気づかれたら大騒ぎになりますから」

「む〜。仕方ないわね。私だって、そんなことになって町に来れなくなるのは嫌だから我慢するわ」

 不満げにしながらもしぶしぶと言う事をきくウィンディを見てくすりと微笑む二人。今日は昨日交わした約束通りウィンディを城下町に連れて行く事になった。
 もっとも、本来は皇女としての責務が存在するため、こんな風に羽目を外す事もあまりできないのだが彼女は遊びに出かけたい一心で午前中にこなすべき責務を全て終わらせ、夕方にある貴族達の社交界に顔を出すまでの間目一杯楽しむ予定であるのだ。

「ん〜やっぱりここはいつ来ても楽しいわ。社交界も悪いってわけじゃないけれど、毎回毎回話す内容はどこどこの貴族が価値ある物品を買っただとか、最近始めた趣味を語ったりだとかしてて妙に堅苦しいのよね。正直、同じような話を毎日のように聞かされてたら嫌にもなるわよ」

「まあ、ウィンみたいな破天荒な奴にはそういったところはなんだか似合わなそうだな」

 どちらかと言えば大広間などで着飾ってお高くとまっているよりも彼女は泥にまみれながら子供達と一緒に遊び尽くすというイメージがフィードには強かった。

「わかってるじゃない。自分で言うのもなんだけど、私って本来あるべきイメージと現実の差が激しいのよね。だからこそあんまり同年代の人との交流が持ててないのよね」

「あの、ウィンディ様。そのようなことは」

 その発言の意味することを察したリオーネが思わず声を挟んだ。

「あ、勘違いしないでよ。だからどうってことでもないし。一応社交界に行けば声はかけてもらえるし無視をされているってわけじゃないのよ。ただ、みんな私の立場だったりこういった性格を知ってるせいか、腹を割って話してくれそうじゃないのよね。
 まあ、貴族や富裕層の人間なんてみんな腹の中にどんなものを飼ってるか分からないしね。下手に私の機嫌を損ねても不味いし、表面上は仲良くしておこうって風にしか思ってないでしょうね」

「だからこそ、ここに来たがるのか?」

 歩きながらフィードは視線の隅に映る子供達の姿を捉える。ちょうど、ウィンディと同じくらいの年頃の少年少女が仲睦まじく会話を交わして笑顔を浮かべている。

「まあね。ここなら私は姫でもなんでもなくただの年頃の少女だもん。正体が知られない限りはみんなただのウィンとして扱ってくれる」

 それを聞いてフィードは先日の酒場での一件を思い出した。あの時、ウィンは酔っていた男ともめ事を起こしていたが、それも彼女がただのウィンであったからこそ起こったことだ。もし、彼女がこの国の姫であると知られていたのなら、決してそのような事は起こることもなく、酔っぱらいは彼女にへりくだり、許しを求めただろう。
 彼女は……寂しいのだ。対等に付き合える人間が彼女の周りに余りに少なく、遠慮なく自分に接してくれる存在を少しでも多く求めている。
 だからこそ、フィードが再会して彼女に対して敬語を使った時にはそれを嫌い、今まで通りに接するように命令したのだ。

「ま、お姫様も色々大変だな」

 彼女の抱える事情を理解し、頭に手を置くフィード。その距離は護衛と主というものではなく一人の友人に接するものであった。

「自分は分かっているぞとでもいいたげね、もう……。まあ、いいわ。これからもフィードはそのままでいてよ」

「ん、了解」

「それと、リオーネはもう少し柔らかくなれない? 私、そうやって距離のある話し方されるの嫌なの」

「ですが……」

「立場を気にしてるのなら別に構わないわよ。現にフィードはすぐに実行しているし。それでもどうしても気になるようならこうして他の騎士達の人目がない時でいいから普段のように話してもらえない?」

「えっと、それじゃあ……。普段のように話すわね、ウィン……ちゃん?」

「ごめんなさい、ちゃんはやめてもらっていいかしら」

「駄目なのね。それじゃあ、ウィン。改めてよろしくね」

「うん、こちらこそよろしく」

 ようやく互いの距離感を正しく掴み始めた三人は再び城下町の探索を始めた。

「さあ、今日はとことん楽しむわよ!」

 ウィンディはフィードとリオーネの手を取り、ギュッと握りしめるとそのまま城下町を駆け抜けた。屈託ない笑顔を浮かべて駆け抜ける彼女に引っ張られる二人もまたつられるようにして微笑むのだった。


 夕刻、ウィンディの次の予定である社交界の時間が近づいて来たため城へと戻ったフィードとリオーネは彼女を自室へと送り届け、社交界においてのウィンディの護衛と役割を交代し、騎士団宿舎に向かって歩いていた。

「にしても、面倒だな。こうした特別な予定は護衛を交代しなくちゃならないなんて」

「仕方ありません。貴族派は私たちのような平民生まれを嫌っています。特に、私なんてその最たるものですし、平民が貴族達の交流の場に護衛とはいえ顔を出すのを快く思っていないのでしょう」

「それが国のしがらみって奴かね。まあいいや。とりあえず夕食がまだだから先に飯でも食うとするか」

「いいですね。今日は宿舎の方で食べますか?」

「そうだな。今からまた城下町の方に行くのも面倒だし」

 これからの予定を立てながら歩く二人。そんな二人の前方から見知った顔が近づいて来た。

「げっ……」

 その姿を捉えたフィードは思わず言葉を漏らし、顔をしかめた。徐々に近づいて来るその人影は、ことあるごとに彼に突っかかって来るエルロイド教崇拝者のミレーヌであった。

「ああ、リオーネこんなところにいたのですか。探しましたよ」

 ようやく話せる距離にまで近づいたミレーヌはあからさまにフィードを無視してリオーネに対してのみ声をかけた。そのことにリオーネも気づいているのかきまずそうにしながらも会話を続けた。そして、フィードはただ黙って空気になっていた。

「え、えっと……なにかあったんですか?」

「ええ。状況に進展がありました。どうやらグラードさんが有益な情報を持って来たみたいで先程隊長から招集がかかりました」

「そうだったんですか。分かりました、それじゃあエルロイドさんの所に向かえばいいんですね。それにしても、どうしてこちらへ?」

「ああ、そのことですか。いえ、招集がかかってすぐにあなたの部屋に向かったのですが留守だったので、まだ姫様の所にいると思って足を運んだだけです。こうして合流する事もできましたし一緒に向かいましょうか」

 そう言ってさっそくエルロイドの元へと向かおうとするミレーヌ。だが、ここでリオーネは意を決して彼女に尋ねた。

「あ、あの。もちろんそれはフィードも一緒にってことでですよね?」

 歩を進め始めたミレーヌが再びピタリと立ち止まり、リオーネに背を向けたまま答える。

「そう言えば、招集された中にそんな名前があったような気もしますね。まあ、いいでしょう。早く行きますよ」

 振り返ることなく足早に歩いて行くミレーヌ。その様子を見てリオーネは深い溜め息を吐き出すのだった。フィードとミレーヌ。二人の関係に挟まれているリオーネの胃は既にキリキリと悲鳴を上げていた。

「ねえ、フィード。この状況どうにかなりませんか?」

「いや、俺に言われても……」

 ようやく空気状態から解放されたフィードもまた頭を掻いて溜め息を吐くのだった。

「とりあえず、行こうぜ。エルロイドの奴が呼んでいるみたいだし」

「そうですね。一体どんな情報を掴んだんですかね」

 そうして、ミレーヌの後に続くようにエルロイドの元へと二人は向かうのであった。
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名前:建野海

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趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
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     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
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好きなゲーム:キングダムハーツ
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       ルーンファクトリー
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