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紙一重の勝敗

フィードとエルロイド、実力者同士の対戦が始まってからすぐ、その戦いを中庭にいた全ての人々が見守っていた。まるで、視線を外す事を許さないかのように引き寄せられる激闘。一撃、一撃を見逃すまいとジッと見つめる。それは試験を落ちたものだけでなく、本来なら試験を進めなければならない当事者や試験官も例外ではなかった。人生においてそう何度も見る事ができないかもしれない高次元の戦いが、今彼らの目の前で起こっていたのだ。

「――フンッ!」

 目にも留まらぬ早さで振り抜かれる一閃。大気を切り裂く重い一撃が打ち放たれる。それを薄皮一枚で避けるフィード。まともに受ければ吹き飛ばされてしまう一撃だ。しかし、真に驚くべきはそこではなく、速度では僅かとはいえ分がある彼に対して攻める隙を与えないという点であった。
 その証拠に先程からフィードはエルロイドの攻撃に対して防戦一方であった。

「くっ! この変人が……。一体どんな鍛え方したらこんな風になるんだよ」

 思わず愚痴をこぼすフィード。防御に専念していると状況でさえ皮肉をいうだけの余裕がまだあるという点は、外野からしてみれば驚嘆に値するだろう。
 そんな彼の軽口に付き合うつもりはないのか、エルロイドはただ無心に剣を振り続ける。当たれば必殺の一撃。だが、こんなものは彼からしてみれば準備運動程度でしかない。その証拠に、彼の表情はまだまだ余裕そうであった。

「まさかとは思うが、それが今の君の全力じゃあるまいな。だとしたら期待はずれにも程がある。これならばまだ以前戦ったときの君の方が余程強かった。
 苛烈で、荒々しく、誰に対しても敵意を振りまく君はどこに行った? 下手な策を聾すくらいならば、何も考えずに向かって来るがいい。あまり……私を落胆させるな」

 エルロイドのその言葉にフィードは思わず舌打ちをする。元より彼はここで全力を出すつもりはなかった。予想外のエルロイドの登場に焦りもしたが、彼とて部下の手前全力を出す事はないだろうと鷹を括っていたからだ。
 だが、違った。彼は本気だった。全力で戦えばそれは試験でも何でも無く、ただの“殺し合い”だということを分かっていてなお勝負を挑んでいるのだ。
 かつて戦ったときのお前を見せてみろ。復讐に身を委ねて、己以外の全てを拒み、目標を駆逐する事に身を焦がしていた頃の力を出せと言っているのだ。
 そして、そうまで言われてフィードは黙っていられなかった。今の彼はある意味なめられているのだ。自分ですら倒せない相手が十二支徒の相手等できるのか? そう挑発されているのだ。
 倭東にて、彼は誓った。必要とあれば全てを犠牲にすると。そして、十二支徒の誰にも負けるつもりはないと。
 エルロイドは確かに強い。十二支徒にも匹敵する実力を兼ね備えているだろう。だからこそ、ここで彼に負けるのなら自分は十二支徒に負けるのと同じなのだ。

「ああ……そうかよ」

 何度目かのエルロイドの打ち込み。フィードの脇腹を一刀両断しようと放たれたそれに対し、とうとう彼は回避するのを止め、その一撃を受け止めた。常人であれば剣ごと身体を持って行かれるそれに対し、一歩も引くことなく対抗したのだ。

「悪かったな、変な考えをする余裕はお前相手にはなかった。今からお前は俺の仇敵と同種として扱う」

 受け止めたエルロイドの剣を弾き飛ばし、フィードは彼に告げる。今からお前は十二支徒だと。それは一切の躊躇いも容赦もしないことを指している。これより先、彼を絶命させるまで彼は自分の意思では決して止まらない。
 フィードから距離をとったエルロイドはそんな彼の変わりようを肌で感じていた。おそらく、彼以外もそれを感じ取っただろう。
 先程まではどこか捉えどころのない雰囲気を醸し出していた彼の気配が今では一変していた。肌を突き刺すような絶大な殺気。身も凍えるような凍てつく視線。一歩でも己が身を動かしたらその瞬間に命を奪われると思わせるほどの恐怖を感じる。それは錯覚でもなんでもなく、この戦いを見守っている人々の中にはそのプレッシャーに耐えきれず、嘔吐するものや冷や汗を全身から吹き出すものもいた。
 そんな彼らの様子をまるで気にかける素振りも見せず、フィードは手に持つ黒剣を縦に構える。禍々しく刀身を光らせるそれは主が獲物を狩り、自身の身体に血を塗るのを今か今かと待ちわびていた。

「やはり、君にはそちらの姿の方が似合っているよフィード。生温い環境に浸って堕落したと思っていたが、そうでもなかったらしい。むしろ、今の方がより狂気をその身に纏っているな。平常時の姿を見せられて勘違いしそうになるが、その本質は他の誰よりも狂っている。それが心の奥に内包されて、一見するだけでは分かりづらいからこそ余計にたちが悪い」

 困った顔をし、文句を言いながらもエルロイドの口元は釣り上がっていた。変わらぬ強敵。いや、かつてよりもより強く、鋭いプレッシャーを与える相手がいるという事実にエルロイドは喜んでいたのだ。本来なら二度と出会いたくないと思うような力の持ち主を目の前にして、喜べるなんてことは普通あり得ない。少なからず、彼もどこか壊れているのだろう。でなければ、このように命を賭けた戦いを自ら提案しない。
 対峙する二人の間には奇妙な沈黙が漂っている。互いの距離は本気を出せば一歩で間合いを詰める事のできる程度。おそらく、二人が今考えていることは同じだろう。彼らほどの実力者となれば意味のない打ち合いは無駄。むしろ、自身の持つ必殺の絶技を用いて一撃での決着をつけるはず。その証拠に、先程から彼らは呼吸を整え、その一撃を放つタイミングを計っていた。
 息の詰まるような静寂が辺りを包む。ただならぬ雰囲気を誰もが感じ取り、このままでは双方無事に済まないと分かっているにも関わらず、誰一人としてその場を動く事ができなかった。
 それは、戦士としてこの戦いの結末を見届けたいという思いと、この二人を止めるだけの力がないと誰もが理解しているからだった。
 そんな中、ただ一人。エルロイドにも負けず劣らずの力を持つグラードだけは楽しそうにこの戦いの行く末を見守っていた。

(さて……騎士団“最強”と復讐鬼の“最凶”。いったいどちらの実力が上なのか、確かめさせてもらいますよ)

 永遠とも思える停滞の時を終え、ついに時間が動き出す。均衡を先に破ったのはエルロイドだった。自身が引き出す事のできる全速でフィードとの距離を縮め、力強く握りしめた剣から絶技を繰り出す。
 超高速、超重量の威力による五連撃。袈裟切りから片足を軸にしての横一閃の回転切り、下段からの打ち上げ、そして打ち降ろし。そして最後は腕を捻り、回転を加えた突き。目にも留まらぬ早さで放たれる連撃はまさに絶技と呼ぶに相応しい威力を兼ね備えていた。速度についてこれても絶大な威力を止めることはできない。まさに絶命を約束された一撃。その名も『五閃残影刃』。
 その証拠に傍目にはフィードは防御などする間もなく身体を切り刻まれ血飛沫をまき散らしながら大きく後方へと吹き飛ばされた。勝負あり、誰もがそう思った。あれだけの一撃を受けて無事である方がおかしいと考えるのは当然だろう。むしろ命があれば儲けものといえるくらいだ。この戦いの軍配は騎士団の“最強に”上がったのだと外野のほとんどが感じた。
 そう、技を放ったエルロイド自身と今の出来事を正しく理解したグラードの二人を除いて。

(これは、勝負ありましたね)

 一連の出来事を眺めていたグラードはあの一瞬の間にフィードがなにをしたのかを見た。彼はエルロイドの一撃が回避不能だと悟ると、ほんの僅かでも剣先をずらす事に全神経を向け、どうにか致命傷を免れたのだ。
 もっとも、これは誰にでもできることではなく、エルロイドよりもフィードの方が僅かに速度が勝っており、剣の実力も拮抗していたからこそできた芸当だ。
 そんな奇跡とも言える光景を目にしたグラードが勝負の行く末を予想すると同時に、絶技を受け、再起不能の状態に陥ったかと思われたフィードがゆっくりと起き上がった。
 立ち上がり、剣を構える彼の身体から絶大な魔力が零れ出し始める。収める許容量を遥かに超えた魔力は外気に晒され、空気の流れを乱し、彼の周りを吹き荒れ、不可視のはずの魔力を目に見えるようにしていた。
 身体にかかる負担などまるで気にせず、見るものを凍え上がらせる冷徹な視線でフィードはエルロイドを睨みつける。その様はまさに十二支徒と対峙した彼そのものである。
 彼の凄まじい気迫に合わさるように、黒剣もまた魔力の流れに乗り、身を震わせていた。これから自分に付加され、生まれる絶大な一撃を放つのを、それは待っているのだ。
 魔力の収束が完了すると同時に、フィードは絶技を発動させる。それは今より少し前、対猿哨用に編み出された必殺の一撃。前回は一度の発動で壊れてしまった剣によって、あれ以上の強い力を出す事は叶わないかと思われたそれに、耐えうる事ができる剣を手に入れた事によって完成した不倶必罰の絶技なのである。
 そしてその始まり、魔術の詠唱が奏でられる。絶望の序曲がエルロイドの元へ届けられる。

「天轟き荒れ狂う。
 断罪の光は地へと落ち、罪ある愚者へと降り注ぐ。罰与えるは我が雷。眩い光に捕われ灰燼と化せ
 ――ライトニングジャッジメント――」

 目も眩むような凄まじい光が天を裂いてフィード持つ黒剣の元へ落ちて来た。帯電するそれを持ちながらも平気な様子を見せながらフィードはエルロイドに剣を向け、先程の借りを返すと言わんばかりに距離を詰めた。
 当然、このまま黙ってフィードの絶技を受けるつもりはエルロイドにはない。先程の五連撃にて弱ったフィードにトドメを刺そうと、腹部へと鋭い突きを入れた。だが、力の抜けた流れるような回避によってそれは避けられ、逆に自身の懐にフィードを招き入れる結果になってしまった。

「終わりだ、エルロイド。無限地獄を彷徨え!」

 雷を纏った黒剣をエルロイドに向かって振り抜く。轟音を立て、空気を切り裂くその一撃。『魔纏剣 ライトニングジャッジメント』
 絶大の威力を秘めたニ連撃は剣を盾に少しでも威力を下げようとしたエルロイドに対し、容赦なく襲いかかり、剣を完膚なきまで粉々に砕いてエルロイドの身体に×印を刻む……はずだった。

「なんのつもりだ……」

 どこまでも冷たい口調でフィードは目の前に現れた二人の人物に呟く。その声色はとても低く、表には出していないが怒りを滲ませているのは誰の目にも明らかだ。
 それもそのはず、一対一の戦いであるはずのこの場にて、対象絶命の一撃を放ったにも関わらず、突然現れた乱入者によって命を奪う事ができなかったからだ。彼の放った一撃は、エルロイドの剣を砕いた後、その身体を切り裂くはずが、二人の乱入者、グラードとミレーヌの剣によって止められていた。

「なんのつもりですって? あなたこそ、誰に向かって剣を向けたのか分かっているんでしょうね。今の一撃、決まっていれば隊長の命を確実に奪っていました。よもや、そのような事をしておいて今から無事にこの場を離れられると思っているんですか?」

 普段の冷静で、落ち着き払った様子からはまるで想像がつかないほど怒りを露にしてフィードを睨みつけるのはミレーヌ。エルロイドの元を尋ねたものの、書類整理をしているはずの彼の姿が見当たらず、窓枠から外を見れば中庭にて何者かと戦う彼の姿を見つけ、こうして駆けつけたのだ。
 そして、彼女と同じように剣を突き出し、フィードの一撃を止めたもう一人の男、グラード。下手をすれば自分も命を奪われるかもしれないような状況でも笑顔を崩さず、戯けた様子でフィードに話しかける。

「まあ、試験はこの辺りで終わりということにしておかないかね。元々これは殺し合いではなく君が騎士団に入るための実力があるかどうかの試験だ。結果は見ての通り。これ以上続けてはさすがに騎士団の沽券にも関わる。なにせ騎士団トップが破れたんだ。幸いこの光景を見ているものは少ない。どうか、ここは一つ我々は何も見なかったということにしておいてもらいたい。
 下手に話を盛って、この件が民衆に面白可笑しく伝えられては騎士団への不信感にも繋がるからね。なに、君の実力はこの場にいる誰もが認めている。試験は合格だ」

 無理矢理にでも場を収め、これ以上の戦いを禁止しようとするグラードの態度が気に入らないのか、フィードは彼の眼前に剣を突きつけた。

「それで俺が納得するとでも?」

 このまま戦いを続けさせてもらおうかという意思を表すフィードに向かって一瞬だけ笑顔を消したグラードが呟く。

「見くびるなよ小童。君は騎士団を甘く見すぎだ。たとえ一人では君に勝てないとしても人数を揃えれば勝つのはこちらだ。それに君がエルロイド君を殺したらどうなるか考えてみたまえ、君は騎士団だけでなくフラムという国から追われる犯罪者となることになる。
 そうなったら、君はかの十二支徒と同類だ。それでも構わないというのならかかって来たまえ。当然全力で阻止させてもらうがね」

 フィードの威圧に一歩も怯むことなく、逆に脅しを口にするグラード。交わる視線と視線。誰かが少しでも動きを見せれば再び戦いに戻るという一触即発の空気だ。この状況を外野の人々は緊張した面持ちで見守っていた。

「……わかった。エルロイドを殺しても俺にはなんの得もない。少々頭に血が上りすぎていたようだ」

 そう言ってフィードは剣を鞘に収めて敵意を解いた。それを見てグラードもまた剣を収めるが、ミレーヌだけは未だにフィードを睨みつけたまま剣を力強く握りしめていた。

「ミレーヌさん」

 未だに敵意むき出しのミレーヌをグラードが嗜める。彼女は少しも納得した様子はなかったが、渋々と剣を収め、エルロイドに手を貸し、身体を起こした。

「隊長、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。だが、何故手を出した」

「ああしなければ隊長は死んでいました。私の役目は隊長の命を守る事です。そう命じられたのはあなた自身です」

「そう……か。そう、だったな。だが、この戦いには水を差してほしくなかった」

 文字通り命を賭けた真剣勝負を邪魔された事により、エルロイドの機嫌はとことん落ち込んでいた。勝者は誰の目にも明らかなのに、それを無理矢理妨害し勝敗を確実に付けなかった事が彼を苛立たせた。

「すまない、フィード。部下の邪魔が入った」

「別に構わない。そいつらの言う通り、これは試験だ。俺は元々試験を受けに来たのであって殺し合いをしに来たわけじゃない」

「ふっ、そうだったな。では、次は試験ではなく本当の死闘をするとしよう。今度は誰の邪魔が入らないようにな」

「ああ、お前がそれを望むならな」

「その言葉、覚えておこう。ひとまず、今回の勝ちは君のものだ。次は……私が勝つ」

 そう言い残し、エルロイドは中庭を去って行く。そして、その後に続くようにミレーヌもまた少し遅れてその背を追う。
 残されたフィードは相変わらず飄々とした態度のグラードに苦手意識を覚えながら独り言を呟く。

「なんにせよ、これで二次試験は終了……だ」

 言い終わると同時に、彼の身体が傾き始める。止める間もなく地面に倒れ伏し、そのまま意識を失った。先程放たれたエルロイドの絶技。僅かに逸らしたと言っても必殺の一撃を実質五回その身に受けたのだ。気力でどうにか持っていた意識もここに来て限界を迎えたのだろう。
 もし、少しでもエルロイドの絶技を逸らすのに失敗していれば彼の命は既に失われていただろう。彼との戦いはまさに紙一重の勝負だったのだ。
 しばらく、呆然と気絶したフィードを眺めていた試験官達だったが、正気に返るとすぐさま彼を救護班の元へと連れてゆくのだった。
 こうして、騎士団試験第二次試験は幕を閉じた。余談ではあるが、フィードと同組で試験を受けた二人はレベルの違いをまざまざと見せつけられ、自ら試験を辞退したのだった。
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