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アルとイヴ

フィードがハイルに到着した頃、セントールに残されたアルは置いて行かれた事が気にかかって仕方がないのか、仕事に身が入らず、ここ数日失敗を繰り返していた。
 皿を割ったり、頼まれた注文を間違えたり、途中で注文された品を落としたりと些細なミスが目立った。幸い、お客さんの多くは常連の人ばかりで、久方ぶりにこの下町に帰ってきたアルの姿を見れただけでも儲け物だとその程度の失敗は笑って済ませてくれていた。
 しかし、このままではいけないということはアル自身感じていたし、そんな彼女にとても苛立っている人物が一人いた。

「ちょっと、落ち込むのは別にいいけど仕事はしっかりしてよ!」

 そう、イオだ。かつてフィードに助けられこの店で働く事になった彼女はこの数ヶ月フィードと一緒にアルが旅をしている間もこの店を女将であるグリンと共に回しており、当初はあまりできなかった仕事の処理速度の向上や調理などはとても上達しており、アルとはすっかり差ができてしまっていた。
 それとは別に彼女はフィードに惚れている。自分でもそう宣言していた。それがどの程度のものなのかはわからないが、そんな彼女にとって無条件で彼の傍にいられるアルは妬ましい存在そのものであろう。苛立つ原因の一端にはこれもあるだろう。
 にも関わらず、その事に関して彼女はフィードに直接文句を言わないし、ただ黙々と日々の仕事をこなして彼の帰りを待っている。もしかしたらここには帰らない可能性だってあるのかもしれないのに、それでも彼女はフィードがこの宿屋に帰って来ると信じて待ち続けているのだ。
 そこにはある種の信頼感があった。あやふやで、未だに形を定められない自分のフィードに対して向ける想いとは違って……。彼女の意思は堅かったのだ。
 傍にいられない分、強く、強く信じて待っているのだ。もし裏切られて姿を消されたとしても、何年か後にふらりと姿を見せた時に笑顔で迎えられるように。それほどの決意を既に彼女は持っているのだ。
 そんな彼女の前でこれ以上無様な姿を晒すわけにはいかない。そう思ってアルは仕事に集中して頑張ろうとする。しかし、実際にそう思ったからといってその通りに行動できれば苦労はしないわけで……。

「あっ!」

 カウンターの上に置かれたドリンクを運ぼうとしたところ手が滑って落としてしまった。
 さすがにこれが我慢の限界だったのか、他のお客の注文を取っていたイオがアルの元へと駆け寄り、お客からは見えないようにアルの額に指を強めに弾いて叱咤する。

「今日はもういいわ。今のあんたにここにいられても邪魔になるから、一度外にでて頭を冷やしてきなさい。ここは私がやっておくから」

 そう言って、カウンターの奥から乾いた雑巾を持ってきて床に零れた飲み物を拭いた。アルはどうすることもできず、思わずグリンの方を見たが、彼女もまた苦笑いを返し、

「確かに、今のアルちゃんは一度落ち着いたほうがいいのかもね」

 と呟くのだった。気を使われていると思ったアルは二人に申し訳なく思いながらも、今の自分がここにいても邪魔になってしまうと感じ、首に掛けていたエプロンを外し、店の外へ出るのだった。そして、そんな彼女を見てイオはこっそりと溜め息を吐いた。

「もう……しっかりしなさいよね」

 その呟きは誰の耳に届くわけでもなく、客の雑談に混じって消えるのだった。


 店を出たものの、特に行く場所もないアルは下町をぶらついていた。あのまま店に出ていたとしても失敗を繰り返し、邪魔になっていたのは明らかなためある意味で追い出されてよかったと彼女は思っている。しかし、だからといって落ち込まないわけではなく、自分が役に立てていないという現実は心を重く、暗くした。

(はぁ……私は一体なにをしているんでしょう。マスターの役にも立てないで、グリンさんやイオ……さんにも迷惑をかけて。このままじゃいけないのに)

 落ち込む彼女の脳裏に浮かぶのは数日前、彼女の主とも言えるフィードから告げられたある一言だった。

『いいんだよ。もうアルは誰かに縛られるような生き方をしなくてもいいんだ。無理に俺の傍にいる必要もない。昔はともかく、今はグリンさんやイオもいる。ここで一人で生きて行く事だってできるんだ。
 だから、俺が戻ってくるまでにこれからどうするかをちょっと考えていて欲しいんだ。何も好き好んで血の飛び交う場所に付いてくる必要はない』

 それは少し前にジャンにて起こったある戦いを経て彼が出した提案だった。自分の傍にいれば人が死に、大切なものを奪われて行く。そんな現実を何度も目の当たりにし、命の危険に晒されてまでも自分の傍にいる必要はないと彼がアルに対して告げたのだ。
 そんな彼の提案をアルは否定するつもりだった。以前に誓った約束から。フィードが望んでくれるのならば、自分はずっと傍に居続けると。
 だが、今になって思う。それはある意味で選択を彼に委ねていたのではないのだろうかと。彼が望んでくれるから傍にいるのではなく、自分で考えて隣に立ちたいと思っているのか? そう思った時、彼の隣に並び立ちたいと思うと同時に、今の彼の狂気的な一面を垣間見て、少なからず恐怖を感じている自分がいる事に彼女は気がついた。

(私は、あの時のマスターが恐ろしいと思ってしまいました。李名さんが犠牲になって、香林さんが悲しんで、その痛みに共感するよりも復讐のことを考えているマスターが……。
 だから、あんなことを言われたんでしょうか。私の事を気遣って、傍にいなくてもいいようにするために)

 考えても、考えても答えは出ず、ぐるぐると頭の中を駆け巡る思考の波にアルは疲れてしまい、路地の一角に入り、その場にしゃがみ込む。
 建物と建物の間、光の入らない路地は静かだった。すぐ外に出れば道行く人々の喧噪が聞こえるというのに、まるで境界線でもできているかのように路地と通りにはある種の壁ができていた。
 日陰の中に入り、しばらくの間ぼんやりと通りを眺めるアル。特にやる事もなく、身体を丸めてうずくまっていた彼女はふと、ここ数日魔術の練習をしていないことを思い出した。フラムにてフィードにその基礎を教えられ、それから彼がいる時に一緒に魔術を扱えるように練習していた。一人でやってはいけないと言われていたが、最近では魔力の流れを感じ取る事もでき始めていたため、こっそりと練習もしたりしていたのだ。
 そして、その結果一つだけ魔術を扱えるようになった。

「よし……」

 気を引き締め意識を集中させる。魔力の流れを感じ取り、それをイメージした魔術として形作る。自然と頭には詠唱の言葉が思い浮かび、頭の中のイメージが固まったと同時にそれを口にする。

「大気を漂う数多の液体。その欠片を集め、我に与えたまえ――アクア――」

 詠唱を終えると同時にアルの目の前には拳一つ分の大きさの小さな水の玉が浮かび上がった。プカプカと揺れながら宙を漂うそれを見て、魔術の発動を成功させた事を確信する。彼女が現在、唯一できる魔術がこれだ。
 そして、これを発動させる事ができるようになったことを彼女はまだフィードに伝えていない。こっそりと一人で練習し、いつかできるようになった時に見せて驚かせようと思っていたのだ。
 しかし、このような状況になってしまい、フィードと離れたことでそれを見せる事は今は叶わない。誰も彼女の頑張りを褒めてくれる人はいないのだ。
 僅かな虚しさを感じながら、アルは宙に浮かぶ水球を人差し指でつつく。水は少しの弾力を指に与えながら、内部への侵入を拒まなかった。ひんやりとした冷たい感触が指から伝わって来る。そんな風にして魔術を使って気を紛らわしていると、ふいに路地の奥から視線を感じた。
 顔を上げ、奥を見ると、そこにはアルと同じ年頃の少女がこちらを眺めている事に気がついた。

(誰……でしょうか?)

 この町に住んでだいぶ経つが、一度も見た事のない少女だった。背丈は低く、今のアルよりも僅かに小さい。
 くすんだ灰色の髪は目元までかかっており、どこか萎縮した態度は何かに怯えているように見える。 服はボロボロで、一見すると乞食かなにかにしか見えない。
 そして、何よりも特徴的なのは顔の左半分を覆う面だ。白地に何かの模様が描かれたそれは自然と人目を引く。そんな不思議な雰囲気の少女がジッとアルを眺めていたのだ。

「あ、あの〜」

 その場から動かず、何も話さない少女に対して意を決してアルは話しかける。アルの言葉に少女は一瞬ビクリと身を震わせ、キョロキョロと辺りを見渡した後、ようやく自分が声をかけられているのだと気がついた。

「わ、わた……し?」

 おどおどと、自信なさげに返事をする少女にアルはコクリと頷く。

「はい。えっと、先程からこちらを見ているようですけれど、どうかしたんですか?」

「あの……まじゅ、つ。わたしと、同じくらいの人が使ってるの初めて……みた、から」

 何度も言葉につかえながら答える少女。どうも、自分とそう変わらない歳のアルが魔術を使っているのが珍しかったのだろう。そのことにアルは恥ずかしさを覚えると同時に嬉しくなった。誰にも見せていない魔術を純粋に褒めてもらう事ができて胸が温かくなったのだ。

「ありがとう……ございます。もし、よかったら少しお話ししませんか?」

 気がついた時にはそんな事を口にしていた。少女はしばらく迷っていたが、やがて遠慮がちにアルの傍に来て、同じように座り込んだ。

「初めまして。私、アルって言います。あなたのお名前は?」

 自己紹介をするアルに少女はやはり言葉につかえながら答える。

「い、イヴ。あの……よろしく、ね」

「はい、よろしくお願いします」

 偶然出会った二人の少女。お互いの素性も、何もかも知らないこの時のアルはまだ気がつかない。この出会いによって一体なにが起こるかという事を。
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趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

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ワールドエンブリオ
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     3月のライオン
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     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
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      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
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好きなゲーム:キングダムハーツ
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