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敗走

 遭遇してから数分。幾度となく二つの影は交差し、時に動きを止め、甲高い金属音と火花を周りに飛び散らせていた。戦いは未だ序盤。今はまだ相手の力量を図るための手合わせ程度の打ち合いしかしていない。
だが、それでもお互いの戦法はこの時点である程度決まっていた。

「うおおおおおおおおおっ!」

 勢いよく声を上げて凄まじい早さで斬撃をいくつも繰り出すフィード。その一つ一つに必殺の力を込めた連撃。圧倒的な速度で相手に反撃をする暇を与えずに自分のペースに持って行こうとしている。

「へっ、甘めえんだよ!」

 対して猿哨はフィードの繰り出す連撃を手持ちの大剣でことごとく防ぎ、連撃の繋ぎに生まれる一瞬の隙を突いて己の一撃を繰り出す。ただ剣を振っているだけなのに弾き飛ばされそうな風圧を生み出す一撃。当たれば絶命を免れないそれは恐怖そのものだ。
 速さのフィード、力の猿哨。
 均衡する力。二人ともこのままではらちがあかないと判断したのか一度大きく距離をとり、この状況を打開するために知恵を絞り出す。

(速度では確実にこっちが勝っている。だが、力は圧倒的に向こうが上だ。あの剣撃、かすっただけでも致命傷になりそうだ。あいつに勝つためには一撃もあの大剣をくらうことなくこちらの攻撃を与え続けないといけない)

 それがどれほど難しいものであるか考えるまでもあるまい。向こうは一撃を与えるだけでいい。こちらはそれを躱しながら相手に攻撃を与えなければならないのだ。

(でも、やるしかない。やれなかった時は死ぬだけだ……)

 フィードは意識を集中させ、神経を張りつめる。ピリピリと張りつめた空気が彼の周りを覆い始めた。意識圏を広げ、己が剣を振って相手を切ることができる範囲を認識する。それと同時に、先程の打ち合いで測った猿哨の大剣の間合いを想像して危険位置を設定する。
 認識空間を把握し終わり、最後の準備に取りかかる。絶対的な速度を生み出すための魔術をフィードは口にする。

「速さを。効率を求め、より単純、より俊敏に――インプロスピード――」


 身体強化の魔術を使用する。それによって身体はまるで羽根のように軽くなり、今まで以上の速度を手に入れた。全ての準備を終え、最初の一撃を打ち込む隙を伺っていると、その事に気がついた猿哨がフィードを挑発した。

「来いよ。お前がどんな手でこようが関係ねえ。せいぜい俺に勝つための工夫を凝らすんだな」

 剣を持っていない手首を前後に動かし、フィードを煽る猿哨。未だ相手に舐められているという事実を認識したフィードは、

「そうやって上から目線で語っていられるのも今のうちだ。油断するならしておけ。その方が命を奪うのは容易いからな」

 そう言って地面に倒れ込むようにして一歩を踏み出す。零から一瞬にして最高速まで加速。常人には姿が消えたとしか思えないほどの速度で前進するフィード。数歩で猿哨との距離をほぼ縮め、己の剣を当てる事のできる範囲に彼を覆い尽くした。

「いくぞっ!」

 勢いを生かしたまま下段からの振り上げ。かろうじて猿哨はこの一撃を防ぐ。だが、フィードはこの一撃から連撃への流れを作り出す。
 振り上げた際の速度を利用し、回転。猿哨の右側へと回り込みそのまま回転切りを叩き込む。面積の広い大剣をずらすことによりまたしてもギリギリフィードの斬撃を防ぐ猿哨。だが、防がれたと理解すると同時にフィードはまた新たなる流れに移る。
 袈裟切り、柄による打突、剣に意識を向けさせて不意を突く形で放った拳底。どれも最高速で放った一撃だった。しかし、それら全てはギリギリの形で猿哨に防がれてしまう。最後に放った拳底に至っては空いている腕の甲によって直撃を逸らされていた。

「お~、やるね。今のは少し焦ったぜ」

 飄々とした態度そのまま、軽口を言い続ける事を止めない猿哨。まだまだ余裕そうなその様子を崩せない事にフィードは舌打ちをした。そして、再び距離を取ろうとして突きを繰り出す。
 先程までと同じようにこれも防ぐか、さもなくば避けるだろうと予想していたフィードだったが、次の瞬間ありえない現象を目撃する。

「なんだ、お前も他の奴らと同じ反応するんだな。つまらねえな」

 呆れたようにため息を吐く猿哨。彼の脇腹には先程フィードの突き出した剣が突き刺さっていた。いや、正確には猿哨の筋肉に阻まれ剣は内部に埋まることなくその動きを止めていた。

「冗談だろ……」

 半笑いを浮かべるフィード。凍り付く彼に向かって猿哨もまた笑い返す。

「残念だったな、これで終わりだよ」

 そう言って拳を引き、馬鹿力による強烈な一撃をフィードの腹部に向かって打ち付ける。咄嗟に後方へと飛んだフィードだったが、予想外の出来事による硬直により反応が遅れ、まともにその一撃を受けてしまう。

「ごほっ……」

 吐瀉物をまき散らしながら後方へと勢いよく吹き飛ばされるフィード。マトモな受け身を取る事もできず何度も地面に叩き付けられてようやく動きを止めた。
 激痛が体中に走る。中でも直撃をくらった腹部は酷い損傷だった。ズキズキと、熱を持った痛みが腹部から全身に向かって広がる。おそらく肋骨の二、三本は折れているだろう。もし後方に下がらなかったのならば、その全てが粉々に砕かれていてもおかしくなかった。

「くっ……げほっ、げほっ……うげっ」

 胃から逆流したものを全て吐き出す。内蔵を損傷したのか、吐瀉物の中には血が混じっていた。全身に走る痛みに耐えながらもフィードはすぐに起き上がろうと身体に鞭を打つ。今起き上がらなければ彼の命は一瞬にしてき得る事になるからだ。

「がっああああああああああああ」

 雄叫びを上げて立ち上がるフィード。まだダメージが抜けていないため視点はぶれ、身体を支える足は細かく震えている。それでもなお、立ち向かう意思を秘めた瞳は鋭く光り、頭はダメージを加味した上でどう対処するかを考え始めていた。

「へえ……てっきり今ので終わったと思ったんだけどな。意外にしぶといじゃねえか」

 余裕の様子を崩すことなくゆっくりとフィードに近づく猿哨。彼の中では先程の一撃で勝負は決まっていたものだと思っていたらしい。あまりにも格下だと認識された事を屈辱に感じながらも、油断しているならばまだ打つ手はあると考える。

(近接戦は今のままじゃほとんど勝ち目がない。さっきの一撃で速さもなくなったようなものだ。力も向こうのが遥かに上。なら、油断しているところを突くしかない。問題はあの鎧のような筋肉だ。どういう構造でああなっているのかはわからないけれど、生半可な攻撃じゃあの鎧は貫通できない。
 チャンスは一度。今自分の持てる全力の一撃を叩き込む)

 片手で剣を構え、策を練る。相対する敵の筋肉の鎧を突き破る必殺の一撃を生み出すための……。
 だが、それを黙って見過ごすほど猿哨は甘くない。

「何しようとしてるかは知らねえが、もういいぜ。聞いていたより全然弱くてガッカリだ。とっとと消えろ」

 振り下ろされる死の一撃。フィードは残った力を全て振り絞り、今出せる最高速で猿哨の懐へと飛び込んで行く。そして、己の頭上に向けて放たれた大剣に持っている剣をぶつけて滑らした。己の横を通り過ぎる死の一撃。
 今の攻撃を回避されるとは思っていなかったのか驚く猿哨。そして、猿哨の懐へと入り込んだフィードは、先程の仕返しと言わんばかりに剣を持っていない手を猿哨の腹部に当て、魔術を詠唱する。

「風よ、敵を貫く高速の槍を形作れ。
 捻れ、渦巻き、どんな強固な盾をも貫く矛――ソニックランス――」

 詠唱と共に風によって形作られた槍がフィードの掌から生み出され、猿哨の腹部を刺し貫いた。筋肉の鎧を突き破ろうと捻れながら先端部を押し込む風の槍。後方へ弾き飛ばされながらそれを打ち払おうとする猿哨。

「うっ……ぜえええええんだよっ! 消えろ!」

 恐ろしい事に、形作られた風の槍を猿哨は両手で押しつぶした。超高密度で圧縮された風の槍は押しつぶされた事によって霧散し、爆風を当たりにまき散らして砂嵐を生み出した。両者ともにそれに巻き込まれ、この中から抜け出そうとする。
 そんな中、フィードはある決断をしようとしているところだった。

(まさか、あれを防ぐなんて……。くそっ! このままじゃ打つ手がない。どうする……どうすれば……)

 よく見れば先程猿哨へ風の槍を放った際に使用した左手は血が溢れ、力なく垂れ下がっていた。超高密度に圧縮された風をこれほどの至近距離で打ち放ったのだ。むしろこれくらいの損害で済んだのは運が良かったというべきだろう。
 だが、このままの状態では剣をまともに握る事ができず、猿哨に破れる事は目に見えていた。確実に仕留めるために放った風の槍が防がれた時点で打つ手がなくなってしまったのだ。

(今の一撃で猿哨から油断はなくなるだろう。そうなった時、俺に勝機があるかと考えるとほとんど零だ。このままじゃ殺されているのは目に見えている)

 そう。冷静に考えればここは一度撤退し、体勢を立て直すべきだ。しかし……。

(ここで引いていいのか? 向こうだって今ので少なからず負傷したはずだ。追い討ちをかければ倒せるかもしれないじゃないか。そうだ、目の前にいるのは家族の仇だっ!)

 脳裏にはかつての惨劇の光景が浮かび、大事だった妹の最期がフラッシュバックする。

『お兄ちゃん……死にたく、ないよぅ』

 仇を討て、殺せと本能は叫ぶ。身体を突き破り、張り裂けそうな程のそれを押さえつけるものがあった。
 それは約束。ここに来る前に今の自分に取って大切な、失いたくない存在である少女と交わした一つの約束。

『そうだなぁ……それじゃあ一つ約束事をしようか。この町に来てからはろくにアルのしたいことさせてあげられていないから、俺が無事に帰ってこれたらアルの言う事を何でも一個聞いてあげるよ。好きなものを買ってほしいっていうお願いごとでも、どこかに連れて行ってほしいってお願いごとでもいいよ』

 このまま戦えば確かに猿哨を倒せるかもしれない。だが、それは最高の結果でも相打ちがいいところだろう。そうなってしまえばこの約束は果たす事ができない。
 自分が死ねば少女は、アルはきっと悲しむだろう。涙を流し、喪失感に苛まれるだろう。まだ幼い彼女には自分がついていなければいけないのだ。それが彼女を助け、傍に置いてある自分の義務であり、役目だ。
 そう考えてしまうと、どうしても最後の一線を越える事がフィードにはできなかった。本能に従う事はできなかったのだ。
 悔しさから唇をキツく噛み締め、フィードは剣を鞘に納めた。そして、砂嵐に紛れて待機させていた馬の元へと向かった。

(絶対に、絶対に次こそは討ち取ってみせる……)

 乗馬すると、手綱を握って馬を駆けさせてその場を後にした。十二支徒の一人、猿哨との初対決は最終的に痛み分けたとはいえ、結果はフィードの惨敗だった。
 昨日の一戦。そして、今日の一戦。立て続けに起こった十二支徒との対決はどちらともフィードの負けだった。彼らに少しでも追いついていたと思っていたフィードにこの事実は重くのしかかり、敗北の悔しさはキツく身に染みた。

(ちくしょう……ちくしょうっ! 力が、力が欲しいっ……確実にあいつらを殺せるだけの力が……)

 痛む脇腹を押さえながら、フィードは思う。彼の力への執着は以前より遥かに強くなっていった。それは、大切なものを全て失った彼に再び大切な存在ができ、それを失う事を恐れたためだった。

 カタカタと次々に何かが零れ落ちていく音が聞こえる。今までよりも長く、大きな音を立てて。
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名前:建野海

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趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
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     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
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