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理不尽な要求

「お~い、お兄ちゃん。早く来ないと置いていっちゃうよ!」

 幼い妹の声が自分より少し先の位置から聞こえてくる。大きく手を振り、早く早くと急かす妹の姿は微笑ましく、それを見て思わず笑みがこぼれてしまう。
 妹と同じように手を振って返事をしようとするが、何故か身体が動かない。まるで全身を硬い紐でキツく縛り付けられているかのように。
 そうしている間にも妹はどんどんと先へと進んでいく。その先にある光景に嫌な予感を感じ、彼女を止めようと必死に声を張り上げるが、その声は届くことはない。
 刹那、身動きの取れない自分の横を幾つかの影が通り抜ける。黒のシルエットとなったそれらはすぐさま妹の元へと追いつき、一瞥をくれると興味を失くしたかのように無視して先に進む。
 ようやく身体の縛りが解けた彼は、すぐさま妹の傍へと駆け出す。妹は何が起こっているのか分からず、いつものように気の抜けた笑みを浮かべながら彼を迎えた。

「さっきの人たちすごく速かったね」

 ここまでくれば、彼はもう何が起こっているのか理解していた。
 これは夢だ。それも最上級の悪夢。
 この場から逃げ出そうと試みるが、必死の抵抗むなしく身体はあの時を再現するように妹の手を引いて先に進んでいく。その足が村の近くまで歩みを続け、二人はようやく異変に気がつく。煙の上がる民家、聞こえてはすぐに消えていく悲鳴。彼らの両親が二人の元へ駆けつけようとして首を打ちはねられるのを遠目に見る。
 地獄の釜が蓋を開けようとしていた。

「――ぅぁぁぁあああっ!」

 叫び声を上げながら、フィードは悪夢から目を覚ました。身体中にまとわりつく冷汗。夢とは思えないほど生々しく、現実的な悪夢にフィードは思わず身震いする。
 目を覚まし、周りを見れば布団の上。いつの間にか庭から移動されて寝かされていたようだ。
 汗を拭いながら、先ほどの夢を思い返す。今の己を作り上げることになった原初の記憶。力なく、為す術なくただ蹂躙され、屈辱を骨の髄まで染み込まされ、悲しみや怒りから生まれた絶叫を天に向かって張り上げたあの時。
 変わったと思っていた。だが、それは己の勘違いだった。結局自分はあの時から何一つ変わっておらず、こうして今もまだ敗北し、悪夢を見る羽目になっている。

「ちく……しょう」

 思わず声が漏れる。握り締めた拳は爪が食い込み血が滲む。

「あ……目が覚めたんですね、フィードさん」

 悔しさから誰にも会いたくないと思っていたフィードに、そんな都合は知りもしないと言わんばかりに義務的に声をかけるものがいた。

「香林……?」

 視線を移すと、襖を開けて室内に入ってくる香林の姿があった。

「はい。お加減の方はどうでしょうか?」

「まだ少し節々が痛むけれど、動く分には支障はないよ。わざわざ様子を見に来てくれたのか?」

「いえ、卯月様のご命令で」

「そっか……」

 何を話そうかとフィードが迷っていると、その様子を察した香林が先に問いかけた。

「フィードさんは……まだ続けられるつもりなのですね」

 そう尋ねられ、フィードは最初それが己の復讐のことだとはすぐに思いつかなかった。

「ああ、止めるつもりはない。たとえ、どれだけ時間がかかったとしてもこの復讐を成し遂げるつもりだ。それにしても、今更何でこんな質問を? いや、それを言うならどうして君はまだ卯月に付き従っているんだ? 
 君も、俺と同じ境遇だったはずだろ? やつに家族を、知人を殺されてその命を気まぐれで拾われた……」

「ええ、そうです。確かに私はあなたと同じ境遇でした。あの方に全てを奪われ、己の命すらも好きにさせてもらえず、ただ利用価値があるから生かしてもらえている存在です。そして、一時期はあなたと同じく復讐を志してもいました」

「そうだ。君は俺と同じく奴を憎み、その命を奪ってやりたいと願っていたはずだ。表面上は付き従ったふりをしていても心の奥底では奴に対する悪意が渦巻いていたはずなんだ。
 なのに、再会した君からはそんな感情がまったく見られない。卯月と最初に現れた時からずっと思っていた。一体君に何があった。感情を隠すのが上手くなったのか? それとも、君はもう……」

 知らず、言葉が途切れる。その先に続くことを告げたくなくて。自分と同じ志を持っていたものが失われるのを予感して。
 だが、そんなフィードの思いを気遣うことなく香林は伝える。

「フィードさんの想像しているとおりです。私はもう、復讐に生きるのはやめました。ほんのちっぽけな、それでも人並みの幸せを手に入れることに残りの人生を費やそうと思ったのです」

 そう呟く彼女を見て、ふいにフィードの脳裏に一人の青年の姿が思い浮かぶ。

「もしかして……李明が……」

 独り言にも近いその問いかけに、香林はほんの少し、それでいてはっきりと頷いて答える。李明、彼の存在が彼女の有り様を変えた。かつてのフィードとリオーネのように。
 唯一違う点といえば、リオーネはフィードの心を癒しはしたが、その生き様を変えることはできなかった。だが、李明は彼女の生き方を変えたのだ。世間一般的に見ればそれこそ正しいと思える道に。
 それを理解し、一抹の寂しさを覚えながらもフィードは素直に香林を祝福することにした。

「そっか、おめでとうでいいのかな? 昔から君と李明は仲がよかったもんな。俺から見てもお似合いの二人だと思うよ」

「ありがとうございます。この話李明にもしてあげてください。からかうぶんにはいい話ですから」

「ははっ。話のネタにはさせてもらうよ」

 フィードと香林は互いに笑い合い、和やかな雰囲気が周りに漂う。しかし、そんな空気を一瞬にして壊す存在が遠慮もなく部屋に現れた。

「ほう、何やら二人して盛り上がって楽しそうじゃな。わしも混ぜてくれぬかのう」

 温かかった室内が一瞬にして凍りつく。突然の卯月の登場にフィードの視線は険しくなり、それを見て卯月は愉快そうに口元を上げ、香林はただの従者に戻った。

「誰がお前なんかを……。それで、何の用だ? お前がわざわざ俺のところに来るってことは何か押し付ける用事があるんだろ?」

 ジロリと卯月を睨みつけながらフィードが尋ねる。今すぐにでも先ほどのように卯月に襲いかかりそうなほど身を乗り出しながらの問いかけだ。

「なんじゃ、わしが用がなければお主の元に訪れないとでも思っておるのか? 寂しいのう。先ほどは少しやりすぎたと思うてこうして様子を見に来たというのに」

「ふん、余計なお世話だ。お前は一人部屋に篭ってふんぞり返っていろ」

「わしとしてもそうしていたのじゃが、最近野盗どもがわしの周りをうろちょろとして煩わしいのじゃよ。かといって、この程度の相手にわしがわざわざ出張るのも面倒じゃ。そこでわしの代わりに……」

「断る。なんで俺がお前の代わりをしないといけないんだ。お前の都合を俺が知るかってんだ」

「ほう。そのようなことを言ってよいのか?」

「どういう意味だ」

「いや、なに。お主がわしの都合を知らぬというのなら、わしもお主の都合など知らぬよ。そうじゃのう、例えば今お主が傍に連れておる白髪の少女。あれは実に珍しいな、そのへんの見世物小屋の店主にでも売りつければいい値で売れるであろうよ」

 挑発するように、それでいてフィードの逃げ道を防ぎながら己の要求を聞かせようとする。力の差は先ほど既に示した。お前に拒否権はない。卯月はフィードにそう告げているのだ。

「……クソっ。やってやる、その代わりあいつに手を出したらただじゃおかない」

「わかった、わかった。ほれ、さっさとわしの代わりに盗賊の討伐を頼むぞ。生死は別に問わぬからのう。お前さんの判断に任せる」

 ヒラヒラと手を振りながら卯月はこの場を去る。その背をフィードは睨みつけながら、己に課せられた任務を遂行するために動き出すのだった。

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趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
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     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
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好きなゲーム:キングダムハーツ
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