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血糸の接吻

 アルを李明の自宅へと置いたフィードは、昨晩の約束通り卯月の元へと向かっていた。本心を言えば話をしたくもないのだが、卯月が自分をこの町へ再び呼び戻した理由を知りたいという思いもあったため、こうして彼女の元へと向かっているのだった。

「フィードさん。顔、だいぶ強張っていますよ」

 隣を歩く李明に指摘されてフィードは己の頬に手を当てた。彼の言うとおり、無意識のうちに顔の筋肉に力が入っていた。だが、そうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。
 今からフィードが向かう場所はかつて十二支徒に立ち向かえるだけの力をつけるために卯月によって修行を付けられ、何度も死にたいと思うような経験をした場所なのだ。意識していないところで身体に力が入るのは、その場所に行くことを本能的に拒否しているためであろう。

「あそこにはいい思い出なんて全くないからな……」

 幼い頃フィードと接しており、彼がどのような理由で卯月の元にいたかを知っている李明は悲しそうな顔をして彼に同情した。

「そうですね……。あそこでの出来事を聞いた自分としては、フィードさんが戻りたくないと思う気持ちもよく分かります」

「とは言っても、行かなかったら行かなかったで卯月の報復が恐ろしいからな。我慢するよ……」

 大通りを抜け、軒並み連なる商店を二人は抜ける。そして、その先にある広大な敷地の中、ポツリと立てられた一つの屋敷の前に辿り着く。この町で一番大きく、この町を治めるものの住んでいる屋敷がそこにはあった。
 門の前に立ち並ぶ衛兵に李明が事情を説明しにいく。すると、予想していたよりもあっさりと衛兵はフィードを門の中へと通した。

「フィードという者が訪れたら無条件で門を通せとの命令が上からきていましたので……」

 門を通る前に理由を聞いたフィードに門番はそう答えた。その後、李明と門の前で別れたフィードは一人、館へと向かって歩いていった。
 門の中に入ってまず目に入ったのは、地面一杯に敷き詰められた砂利。庭師によって整えられたと思われる木々の数々。その中にひっそりと目立つことなく、それでいて場の雰囲気を際立たせるために置かれた灯籠や景石。今朝方アルと一緒に見たししおどしが、庭を眺めるフィードの耳に気持ちの良い音を聞かせる。一定の間隔ごとに鳴り響くそれを聞きながら、フィードは屋敷の中へと入る。

「お待ちしておりました、フィード様」

 中に入ったフィードを待っていたのは、昨晩卯月の供を務めていた香林だった。昨日とはまた一風変わった派手な和装に身を包み、正座の状態でフィードを出迎える。

「やあ、香林。一日ぶりだな」

「ええ、そうですね。ですが、明るい日差しの下でこうしてお顔を拝見させていただくのは数年ぶりとなります。あなた様は本当にあの時からお変わりないようで……」

 己と違い、容姿がとても変わった香林の言葉にフィードは反応に困った。

「そんなにかしこまらないでくれ。正式な客って訳でもあるまいし、一応は見知った仲なんだから。敬語なんて使われると逆に距離ができたみたいで嫌だよ。それと、俺の容姿とかが変わらないのは仕方のないことだよ」

 自虐的な笑みを浮かべるフィードの様子を見て、香林は袖で口元を隠し、クスリと微笑んだ。

「そうですね……そうでした。ですけれど、この話し方はもう私の一部のようになってしまっているので、そこは変えることができません。ですが、名称を変えたりすることはできますので“フィードさん”と昨晩と同じように呼ばせていただきますね」

「ああ、そうしてくれ。それから、いつまでもそうして座っていてくれなくてもいいんだぞ。どうせ卯月のやつに案内でもしろと頼まれたんだろうが、この屋敷のことは俺もよく知っている身だ。だから、ほら」

 東方の国のしきたりに習い、入り口で履いていた靴を脱いで、フィードは座っている香林に手を差し伸べてその身体を起こした。

「どうもご丁寧に。相変わらずお優しいようで安心しました」

「よしてくれ。俺は優しくなんてない。そもそも本当に優しいやつなら人を殺したりなんてしないさ」

「そうでしょうか? 優しさ故に世の悪を許せず、人を罰するなんてこともあると思いますが」

「少なくとも俺は己の感情に従っているだけのただの人間だから、それには当てはまらないよ。優しさを正当性にして悪を罰するなんていう人間は生まれてから一度も悪行をしたことのないなんていう聖人君子だけだ」

「そういう考えもありますね。では、ご一緒に卯月様の元に向かいましょう」

 そう言って香林はフィードの一歩前を歩いて、卯月の待つ大広間へと向かっていく。そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、フィードもまた歩き出す。
 ギシギシと軋む廊下を二人は無言で歩いていく。数年ぶりの再会で積もる話もあるだろうが、今はまだそれを口に出すときではないということだろう。長い廊下を右へ左へと曲がっていき、やがて目的地である大広間の前へと辿り着く。襖の前で香林が立ち止まってしゃがみこみ、中にいるであろう卯月に入室の許可を伺いたてた。

「卯月様、フィードさんがいらっしゃいました」

 一拍間をおいて、香林の言葉に対して返事がくる。

「そうか、では中に入れよ」

 その返事を聞くやいなや、香林は襖を開けてフィードを中に通す。

「香林、君は中に入らないのか?」

 フィードを通してなお襖の前から動こうとしない彼女に彼は問いかけた。

「ええ。今からはフィードさんと卯月様のみのお話になりますので、下女である私が中に入るのも野暮といえましょう。お話を終えてなお、お時間が有るようでしたら私にもこの数年の出来事をお聞かせください」

「ああ、わかったよ。それじゃあ、また後で」

 フィードがそう言うと、香林はそっと襖を閉めた。そして、フィードは広間の奥にいるであろう卯月の元へと向かっていく。そして部屋の最奥に着くと、そこにはゆったりとリラックスした体勢でフィードを迎え入れる卯月の姿があった。

「さて、一晩ぶりじゃのうフィード。昨夜はよく眠れたか?」

 ククッと含み笑いをしながら問いかける卯月にフィードは露骨な嫌悪感を露わにして答える。

「さあな。昨晩は誰かさんがいきなり押しかけてくるものだから、せっかく気持ちよく眠っていたのに起こされることになったよ。見たくもない顔を見せられたもんだから寝起きの気分は最悪だったな」

「ほう、それはそれは。まことに不運なこともあるものじゃのう。まあ、美女の顔が見られたのじゃ、その程度の代価は必要であろう」

「……そうかよ」

 フィードの悪態を気にする素振りも見せず、卯月は話を続ける。

「それで、お前さんを呼んだのは理由があっての。少し前に香林のやつが予知を見たと言うてのう」

「へえ……。昔言ってたジャンに住む少数民族が時折発現するっていう力か?」

「そうじゃ。己の身近にいるものの少し先に起こる未来を断片的な形で見るという力じゃ。わしが魔術の才もなくひ弱なあやつを傍においておる理由じゃよ」

 まるで、その才がなければ香林など興味がないというように吐き捨てる卯月にフィードは苛立ちを募らせるが、この場で暴れても仕方がないと判断し、黙って続きを聞く。

「それまでわしの身近に起こる瑣末な出来事ばかりを予知しておったが、その時はお主の姿を見たと言うてな。聞けばお前さんが男の亡骸を前にして情けなく泣き喚いていると言うではないか。それを聞いて随分と笑わせてもらったが、一応お前さんが心配になってのう。それから情報を集めてセントールにお主が滞在しているという噂を聞いたものじゃから、こうして手紙を出して呼びつけたというわけよ」

「それは一体どういう意味での心配だ……」

 己の友人の死をからかわれていると気がついたときには、フィードは卯月に対して敵対心を露わにしていた。嫌悪はしていてもたいていのことは我慢するつもりだった彼だが、己の友人の死をこうまで侮辱されて黙っていられるほど大人ではなかった。

「どういう意味? そのようなこともわからんのか、お前さんは。やれやれ、わしがお主を心配する理由など一つしかなかろう。ようはお主がその出来事のせいで駄目になっておらぬかと思っただけじゃ。お前はわしが他の十二支徒を殺すために拾った大事な、大事な玩具じゃからのう」

「……」

 フィードは卯月の言葉に対して言い返そうとして、しかしそうすることはできなかった。怒りは十分胸に溜まり、憎悪は当の昔に器から溢れかえるほど持っていた。かつてのように、さきほどまでのようにその感情のまま言い返すだけのはずであったのに、己の友人の死を卯月の口から持ち出されたことにより、本当に一瞬だけその心に迷いが生じたのだ。
 そして、それを見逃すほど卯月は甘い相手ではなかった。

「ほう……。どうも昨晩の威勢は単なる虚勢だったようじゃのう。まったく、少しは成長したと思ったのじゃが、わしの目も相当悪くなったものじゃ。やはり、お前さんはあの時から何一つ変わっておらぬよ。
 ……落胆した。罰として少し灸をすえてやろう」

 卯月が一呼吸すると、それまで広間を漂っていた空気が一変する。先ほどまでは張り詰めた空気であったものの、まだ均衡を保っていた。しかし、今は広間全体を包み込む底冷えするような空気が漂い、卯月は鋭い視線でフィードを睨みつけていた。

「――ッ!」

 自分に向けられる敵意にとっさに身構えようとするフィードだったが、そうするよりも先に卯月の足がフィードの喉元を貫いた。

「――――ゥァッ」

 蹴られた衝撃で襖を幾つも破り、二つほど遠くの部屋まで吹き飛ばされるフィード。苦痛の声を漏らすこともできず、気管を傷つけられた彼の口からは血が零れ落ちた。そんな彼を冷ややかな目で見下ろしながら、卯月が少しずつ、少しずつ距離を詰めていく。

「見てみよ、このざまを。お主はわしが拾ってやったあの時から何一つ変わっておらぬ。力をつけたと意気込み、幾人かの十二支徒を殺したところで所詮お主は変わらぬ。迷ってばかり、甘いことを吐いてばかり。現実をみようとしないで泣き叫んで逃げ回っているだけの赤子のままじゃ。いくら凄んだところでお主は弱者のままなのじゃよ」

 フィードは口元から垂れる血を腕で拭い取り、倒れこんだ身体を起こし、足に力を入れて視線の先にいる卯月に向かって駆け出した。
 一呼吸の間に縮まる二人の距離。フィードは卯月の前に着くと、姿勢を低くし勢いと遠心力を利用した下段の払いで卯月の足を刈り取ろうとする。だが、その払いが卯月に届くよりも先に宙に飛び上がった卯月の回し蹴りがフィードの顔面に当たり、再び彼を遠くへと吹き飛ばす。
 先ほどとは違い、部屋の外へと吹き飛ばされたフィード。予期せずして生まれた距離。卯月がその距離を詰める前にフィードは魔術詠唱を始める。

「大気を漂う数多の液体。その欠片を集め、固め、作り上げた鋭い刃は敵を突き刺す。
 その冷気で我に仇なす者を罰せよ――フロストエッジ――」

 大気中に生まれた幾つもの氷柱が卯月の元へとその刃を伸ばしていく。まともにくらえば無事ではすまない必殺の一撃。だが、そんな状況でも卯月は冷静さを失わず、むしろその表情に浮かぶ落胆はより色濃いものとなっていった。

「お主は、本当に馬鹿じゃのう。自分よりも力が上の相手に対してこんなに隙ができる行動を取ってどうする?」

 己の身に迫る氷柱を紙一重で避ける卯月。避けた際、彼女が着ている着物が氷柱に触れてビリビリと音を立てて引き裂かれる。

「動揺してまともな判断もできぬのか? それとも単に成長していないだけか?」

 再び縮まる二人の距離。迫り来る卯月に対して今度は構えを取り、その身体に合わせて右拳を振りぬくフィード。だが、ほぼゼロ距離で抜き放ったそれすらも卯月の前では無意味だった。

「あまり、わしを失望させるな。そうでないと……」

 振りぬいた拳が卯月の髪を裂き分ける。一瞬の出来事がまるでゆっくりと動いているかのように感じられる。

「うっかりお主を殺してしまうかもしれないからのう」

 刹那、強烈な衝撃がフィードの腹部を貫いた。そしてその直後、腹部から生まれた衝撃が全身へと広がり、連鎖するように衝撃が増していく。身体をくの字に折り、後方へと吹き飛ばされるフィード。その衝撃があまりに強大だったためか、外にある屋敷の塀にその身体を僅かながら埋めることになった。

「――ァッ。――――クッ」

 ぼやけ、視点の定まらない視界。叩きつけられた塀から無様に地面へと倒れ伏せ、指一本動かすこともままならない。僅かに動く顔を上げ、己を叩きのめした相手に対してせめてもと睨みつけることだけはやめない。

「……ふん。まだ睨みつけるくらいの余裕はあるようじゃのう。だが、無様。いくら睨みつけようと、わしがその気になればお主のような羽虫はいつでも叩き落とせる」

 ガリッと噛み砕けるほどの強さで歯をくいしばるフィード。それは迷いを見透かされたくやしさからか、はたまた己の仇敵に対して手も足も出なかったことからか、はたまたその両方の理由からか。
 ゆっくりとフィードの元へ近づいていく卯月。そして、ようやく彼の前に辿り着くと、彼女はしゃがみこみ、フィードの髪を掴み、上半身を起き上がらせる。

「ほれ、何か一言申してみせよ。またしてもお前さんはわしに届かなかったぞ」

 髪の毛を引っ張る手とは別の手でフィードの頬を叩く卯月。誰がどう見ても挑発しているのは明らかだった。そんな彼女に動かない身体に鞭を打ち、フィードは卯月の喉元にめがけて手刀を抜き放つ。……だが、それすらも喉元に届く前に卯月の手によって阻まれてしまった。
 しかし……。

「ほぉ……」

 それまでの落胆した態度から一変。卯月が感嘆の声を漏らした。見れば、卯月によって止められた手刀は僅かながらその喉元をかすめ、僅かに血を流していたのだ。

「少しは成長していたようじゃのう。では、褒美を与えねばのう」

 最後の力を使い果たし、力なく身動きの取れなくなったフィードに卯月が空いている手を伸ばす。そして、フィードの頬に手を当てて唇を重ね合わせた。瞳孔を見開き、再び湧き上がる怒りと憎悪を露わにしたフィードだが、悲しいことに身体は先ほど受けたダメージが抜けきっておらず、まったく彼の言うことを聞いてくれなかった。振りほどこうにも身体が動かない。そんなもどかしさを感じる彼を嗜虐的な笑みを浮かべて見つめながら、卯月は接吻を続ける。
 彼女の気がすむまで続けられると思われた接吻だが、その終わりは唐突に訪れた。

「――! こやつ……」

 唇を離した卯月は突然のことに驚きの声をあげ、己の口元とフィードの口元の間に浮かぶ一筋の赤い糸に視線を移す。それはたった今フィードによって噛み切られた己の口から流れた血が唾液と混じり、赤い糸を生み出しているのだった。久方ぶりに見る己の血に、卯月は先ほどよりも更に可笑しげに、狂ったような笑い声を上げた。

「くっ、くく。あっはっはっは! よい、よいぞ! そうでなくては困る。例え手足が動かずとも、いくら相手が己より力があろうとも、最後の最後まで足掻くさま。実に面白い。せっかく拾った玩具、少しでも長く楽しませてもらわねば、ここまで手塩にかけて育てた甲斐がない」

 今度こそ本当に力を使い果たしたフィードは、己の視界が徐々に暗くなっていくのを感じた。だが、そんな彼の様子に気づくことなく、卯月は一人歓喜とともに喋り続ける。

「だが、まだ迷いがあるのが駄目なところじゃ。復讐に走るのなら人の心など捨ててしまわねばならんな」

 それを最後にフィードの意識は暗転した。彼が気を失って倒れたことに卯月が気づくのはそれからしばらくしてからである。
 
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趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
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     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
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