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少年

 陽気な日差しが大地を照らし、ぽかぽかと温かい気候がここ数日の間続いている。作物を育てるために田畑に出ている農夫たちの姿を眺めながら、野道を歩む影が二つあった。

「だいぶ歩いたし、そろそろ休憩をするか?」

 一つはその背に大きな荷物を抱えて、歩む青年。

「大丈夫ですよ。トリアでの行き帰りで歩くのには慣れたので」

 もう一つは青年よりも小さく、白髪赤目という特異な容姿が人の目を引く少女。

「それなら休憩はもう少し歩いたらにしようか。今日中には目的の場所には着くから」

「はい、マスター」

 足並みを揃え、道を歩き続けるフィードとアル。彼らは今、滞在地であるセントールを離れ東の国ジャンにある町へと向かっていた。

「そういえば、マスター。私、今向かっている国の言葉を話せないのですけれども大丈夫でしょうか?」

 ふいにアルが不安に思っていることをフィードに問いかけた。そんな少女の疑問にフィードは答える。

「そうだな。俺はジャンにいた期間が結構あったから会話に問題は無いけれど、アルはそうもいかないよな。まあ、通訳は俺がするよ。それに向こうにもこっちの言葉を話せる人もいるから、そんなに心配するな」

「わかりました。でも不思議ですね、他の国ではみんな同じ言葉を話しているのに、ジャンだけ違う言葉があるなんて


 アルの疑問をフィードはもっともだと思った。元々セントールはフラムやトリアに挟まれていた小国が成り上がり今のような貿易国として成り上がった。フラムやトリアも元を辿れば一国が分裂して二つの国になったため、その言語体系が同じなのは当然であった。
 しかし、東方に位置する大国であるジャンだけは別だった。セントールが貿易国として栄えるようになるまで、ジャンは他国との交流を必要最低限に抑えていたため独自の文化体系ができあがり、言語も他の国に比べて特異なものとなったのだ。

「あの国は長い間他国との交流を拒んでいたみたいだからな。今でこそ交流を図っていろんな人々が入り乱れるようになったけれども、それまではずっと他国に出るなんてこともなかったみたいだし。それこそ国の中央に住んでいる人たちなんて最初は自分たちの国が世界の全てだって思っていたらしいぞ」

「そうなんですか!? それはまた随分と閉鎖的な環境にいたんですね」

「ああ。だから自分たちと毛色の違う人間を見て最初は随分驚いたみたいだ。こっちでは当たり前に使われていた硝子も向こうの人々からすれば奇跡の石だなんて思われていたなんてこともあったんだぞ」

「へ~。向こうの人って、その……随分と後進的なんですね」

 感心したアルの様子にフィードは思わず苦笑する。

「そう思うだろ? だけど、こっちからすれば向こうの国の人の技術も簡単には真似できないようなものがたくさんあったんだ。まず、家の作りからして全然違うんだよ。こっちでは土を固めて家の外壁を作るだろ? でも 向こうは木を切り倒し、それを削って家を作るんだよ」

 いまいちイメージが湧かないのか、アルは首を傾げていた。

「まあ、それも町に着いて実物を見れば分かるさ」

 徐々に近づいていく目的地の方角を眺めながらフィードは呟いた。そんな彼の言葉に納得したのか、アルはそれ以上質問を投げかけなかった。
 それから数刻の間二人は野道を歩き続けた。気がつけば太陽は地平線の彼方へと沈み始め、空は暗がりに包まれ始めた。遥か遠くに感じられていた目的の町までもあと少し、歩き続ける二人の視線の先には明かりに照らされた家々が目に映っている。

「ほら、アル。もうちょっとだ、頑張れ」

 息を切らし、顔には疲労の色を浮かべている少女をフィードは励ます。

「は、はぃっ。がんばります……」

 さすがにここ数日間歩き続けたことと、野宿という形で睡眠を取っていたため完全には疲労が取れずにいたことが原因なのだろう。昼間は元気そうにしていたアルも今では疲れきってしまい、今すぐにでも意識を手放したいといった様子だ。しかし、目的地まではあと少しなため、今日ばかりは無理をしてでも歩くことにフィードはするのだった。町に着けば休むところもちゃんとした食事にもありつける。それを思えばこその多少強引なペースでの行進だった。
 夏季が過ぎたことによって夜は冷え込む。身を震わせる冷たい風が肌を撫で、二人が歩く野道に咲く草木の葉をざわざわと揺らす。そんな時、風の音に紛れて聞こえる別の音が遠くから聞こえてきた。

「これは……馬が駆けているみたいだな」

 こちらに向かって徐々に近づいてくる音を聞いてフィードは僅かに警戒する。辺りが暗がりに包まれ始めたことから、それが自身を襲う野盗の類だと考えたからだ。隣を歩くアルを腕で制し、その場に留める。背負っている荷物を一度地面に降ろすと、フィードは帯刀している剣の柄に手をかけた。近づく馬の足音。やがてそれは二人の前に現れて周りを囲んだ。二人を見つめる幾つもの双眸。瞳に宿している感情は格好の獲物を見つけたという愉悦。セントールではごくたまにしか見かけない和装をした数名の男たちが馬の上から二人を見下ろしていた。
 緊張から唾を飲み込む音がフィードの横から聞こえた。チラリと視線を移すと、アルが突然現れた襲撃者たちに怯えていた。その様子を見て襲撃者は満足しているのかニヤリと不快な笑みを浮かべていた。少しずつ縮められていく距離。四方八方を囲まれた二人には逃げ場がなかった。すぐ傍には警護人達のいる町があるというのに、自身が捕まることでさえ恐れず大胆な行動を取った野盗。一瞬の疑問とそれからすぐさま浮かび上がる答え。

(……ああ。そういえば、あの町の考えはこうだったな)

 長い間離れていた町を治める主が掲げる考えをフィードは思い出す。

――弱肉強食。

 弱きものは虐げられる定めにある。それが嫌だというのなら、力をつけ抗ってみせよ。それが統治者の考えだった。そのため、野盗に襲われるのもその力の前に屈して荷物を奪われ殺されるのもまた仕方なし。助けてくれと泣き叫んだところで統治者は力が無い己が悪いと哀れみを見せることなく汚いものを見るように蔑むだろう。
 おそらくこの事態に町の警護人は気がついているだろう。しかし、下手に手を出して己の身が危うくなるのが恐ろしいのだ。だからこその傍観。見て見ぬ振りをしてこの状況を黙ってやり過ごしているのだった。

「おい、その女は俺が頂くぜ。男のほうはいらねえからさっさと切って捨てちまえ」

 馬に乗っている野盗の一人が舌なめずりをしながらアルを見つめる。

「相変わらずお前の少女嗜好は理解できんよ。しかし面倒なやつが来る前に事を終わらせるという点ではお前の考えに同意しよう」

 その隣に立つ若干痩せた男が頷き剣を抜いた。それを合図として他のもの達も一斉に剣を抜き放つ。弱者をいたぶる彼らには微塵の躊躇いもないのだろう。一切の慈悲も無く殺そうとする。

(……)

 フィードは己の傍らにいるアルを見た。小さく頼りない手が無意識のうちにフィードの服の裾を掴んでいた。温かな温もりが感じられる優しい少女の手。
 それを見てフィードは思う。今自分がここで死んだら彼女はどうなるか? 行き場も、頼る者もなく野盗の慰み者になりやがて捨てられるか殺される。今まで浮かべていた明るい表情はなりを潜めることになり、ただただ絶望をその瞳に映すだろう。
 ズキリと頭が痛む。痛みによって瞬きをした一瞬、フィードの脳裏に浮かんだのはつい先日起こった友の死の光景。温もりが消え、変化の無くなった顔をただ隣で見続けた自分。

「……マスター?」

 隣に立つフィードの異変に気がついたのかアルが小さな声で彼を呼びかける。だが、その声に彼は気がつかない。
 黒い何かが己の内から湧き上がる。カタカタと何かが落ちていく音がどこかから耳に届く。思考は冴え、己の周りを囲む数名の男達に彼は視線を移す。

「おいおい。こいついっちょまえに俺たちを睨んでやがるぜ。どうにも状況が分かってないと見える」

 先ほどアルに向かって卑猥な視線を向けていた男が笑いながら声を上げる。状況はどう考えても自分達に利がある。いや、この状況で自分達が負ける要素が無いと思っているのだろう。それは他の野盗達にも言えることで、男の言葉に同意するように皆嘲笑していた。獲物を狩る狩人は自分達であるということを自負しているのだ。たった一人の男に一体何ができるのかと言わんばかりの態度である。
 それを見てフィードは冷めた心であることを思っていた。

(十二支徒以外にもこんなやつらがいるせいで俺の大事な人は死ぬことになったのかな?)

 剣の柄にかけてある手に自然と力が篭った。そして一瞬の殺気と共に抜刀しようとする。だが、それよりも前に野盗の一人が声を上げた。

「おい! 町のほうから明かりが向かってくるぞ」

 男の言葉に他の野盗達が一斉に町の方を向く。見ればそこには幾つもの明かりを闇夜に掲げてこちらに向かってくる影があった。

「ちっ! こうなったらしかたねえ。こんなやつらは放っておいて、さっさとずらかるぞ」

 そう言い残して手綱を縦に揺らして馬の身体に打ち、勢いよくこの場から離脱する野盗。その後姿を眺めながら、アルは緊張を解いた。

「た、たすかりました~」

 ふにゃりと力を抜いてその場に座り込むアル。余程怖かったのか、手足が震えていた。そんな彼女を見て、それまで力を込めていた柄から手を離してフィードもまたしゃがみこむ。

「大丈夫か、アル」

「はい。ちょっと怖かったですけれど」

 力なく笑う少女の震える手をフィードは取りアルを安心させようとする。そんな二人の元に馬に乗り、燃える布を木の棒に巻いてこちらに向かってくる人々がいた。おそらくは町の警護人たちだろう。

「助けに来るのが遅れてしまい申し訳ありません」

 開口一番に謝罪の言葉を口にする青年。見れば彼を先頭にして、一列に馬が立ち並んでいた。他のものも彼と同じように若い人々ばかりで、その中でも一際落ち着いた雰囲気を醸し出しているこの青年はおそらくこの青年達のリーダなのだろうとフィードは予想する。
 青年は馬から降り、フィードとアルの元へと近づいてくる。そんな彼にフィードは先ほどの謝罪の返事をする。

「いや、大丈夫だ。こうして助けに来てもらったんだ、感謝こそすれ文句を言う理由はどこにもない」

 徐々に近づく青年。明かりに照らされて映し出される顔にはなぜだか見覚えがあるような気がした。青年もまた同じような考えなのかフィードの顔が見える位置まで近づくと何度もその顔を見返していた。
 しばらくして、少しためらいがちに青年が口を開いた。

「もしかして……フィードさんですか?」

 見知らぬ青年が自分の名を呼んだことにフィードは驚く。

「あ、ああ。そうだけど、君は誰なんだ?」

 フィードがその問いかけを肯定すると青年は明るい笑顔を浮かべて喜んだ。

「ホントに、ホントにフィードさんですか!? 俺ですよ、李明です!」

 青年がそう名乗ると、フィードの記憶の片隅に引っかかるものがあった。

「李明? 李明ってもしかしてあの小さかった李明か?」

 記憶にあるかつての姿と今の青年との齟齬からフィードは何度も青年の姿を見回した。

「はい、そうです。あの小さかった李明です。お久しぶりですフィードさん」

 思わぬ再会にフィードの胸が熱くなる。そんな彼の様子を見て状況が理解できず戸惑っているアルが尋ねた。

「あ、あの~。マスター、この人はいったいどなたなんですか?」

「こいつは李明っていって、昔俺がこの町に滞在していたときに交流のあったやつだよ」

 アルに李明を紹介すると、李明はアルの元へと近づいて手を差し伸べる。

「はじめまして、お嬢さん。倭東の警護を務めている李明と言います」

 差し伸べられた手を取ってアルは起き上がる。そして、自己紹介をした李明に返事をする。

「はじめまして、李明さん。私はアルといいます。よろしくお願いしますね」

 お辞儀をして挨拶をするアルを見て李明は呟く。

「フィードさん、実によくできたお子さんですね」

 本人としては冗談で言ったのかもしれない一言だったが、その言葉にフィードは苦笑し、アルは顔を真っ赤にして声を荒げた。

「子供じゃありません! 小さいからって間違えないでください!」

 大きな声で主張するアルに李明はうろたえた。そんな彼の様子を後ろから見ていた青年達が笑いながら茶化す。

「今のは李明が悪かったな」

「ああ。小さいとはいえ女の子にそんな失礼なことを言うなんて信じられないな」

「そもそも外見の特徴からして違うってことから気がつかないかな。あの若さでこんな大きな子供がいるわけ無いだろ」

 口々に自分を罵りあう青年達に李明は、

「うるさいぞ! なんだよ、ちょっとした冗談じゃないか! 大体お前達は……」

 青年たちの元へと移動して文句を言い合う李明。そんな彼らを見てフィードとアルは顔を見合わせる。

「あの~。私達はいつになったら町に着けるのでしょうか?」

「まあ、待て。とりあえずあいつらの言い争いが終わるまで待つしかない」

 それから数分が経ち、ようやく警護人たちの言い争いが終わったところでフィードたちは彼らの案内で町へと向かうことになったのだった。
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名前:建野海

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趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
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     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
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好きなゲーム:キングダムハーツ
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