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四章「ジャンの十二支徒」 支える者、依存する者

 穏やかな風が開けた窓から家屋へと入る。夏季の暑さはなりを潜め始め、作物が市場に潤う秋季が訪れようとしていた。変わり行く季節に人々もまた順応しようとする。飲食店で出される料理は冷たいものから少しずつ温かいものへと変わり始める。人々の着ている衣服も、薄い生地の物から、家の隅においてあった春季のものを引っ張り出していく。
 うだるような暑さから、夏季には毎日のように酒場に入り浸っていた人々も、連日連夜の飲み会で財布の中身がなくなり、家庭を持つものは妻に叱られて酒場に通うのを控え始めていた。
 そんな中、ここ最近毎日酒場に足を運び酒を飲む一人の青年の姿があった。

「おい、フィード。もうそれくらいにしておけ」

 酒場の主である屈強な体格をした男、レオードがカウンターで酒をあおる青年、フィードに忠告する。

「どうしてだ、レオード。お前からすれば店の売り上げが上がるんだ。いいことじゃないか」

 自嘲的な笑みをこぼし、フィードは答える。その表情には少し前まであった陽気な雰囲気や彼が持っていた覇気は全くもって見られない。

「そりゃあ、確かに普通にうちに飲みに来る客なら俺だって大歓迎だ。だがな、こんな日も沈んでいない時間に辛気臭い顔されて延々と酒を飲み続けられちゃこっちだって気が滅入るんだよ。何があったかって聞いてもお前は答えようとしないしな」

「……」

 ここ数日で何度も聞かれたその言葉。どうした? 何があった? 心配してくれる町の人々の心遣いに感謝しながらも、フィードはその理由を話すことが出来なかった。
 自分のせいで友人が死ぬことになった。力を付けたはずだとずっと思っていたのに、友人の一人さえも己の手で救うことが出来なかった。友は死に、その妹は心に傷を残して兄と離別することになった。別れる際、彼女が浮かべていた痛々しい笑顔を思い出してフィードの胸が酷く締め付けられる。

(あんな、あんな顔をさせるつもりじゃなかった。クラリスには笑顔のままいてほしくて、クローディアともまたくだらない話をしながら飲み明かしたかった)

 どこで選択を間違えたのか。そう問いかけられずにはいられなかった。トリアを離れ、セントールに戻ってきてからは毎晩あの日の光景がフィードの夢に出てくる。現実を逃避していたあのときとは違い、落ち着いた今はより鮮明に生々しく、死の感触が感じられた。
 少しずつ体温が感じられなくなっていく友の身体。流れ出る血。
 フィードの元から離れようとする友人に必死に手を伸ばすが、その手が掴むのはただ虚空のみ。そこでいつも彼の周りは暗闇に包まれ、闇の底へと堕ちていく。
 悪夢はそこで終わらない。闇に堕ちていく中で、次に映し出される光景は彼の復讐の始まり。燃え上がる大地、血を撒き散らし、身体を切断される人々。そして目の前で見せしめのように殺される家族たち。死体の山がフィードの前に積みあがり、その双眸のどれもが彼を見据える。聞こえてくるのは怨嗟の声。

『ナゼダ。ナゼ、キサマヒトリガイキノコル』

『タスケテ、タスケテヨォ』

『クルシイ、クルシイ』

 耳を塞いでも聞こえてくる声の数々。その声から逃げようとフィードは暗闇を走り続ける。

『ドウシテタスケテクレナイノ?』

『シンジテイタノニ』

 それでもなお、声は彼を追いかけ続ける。逃げることは許さないと言うかのように。全ての責任を背負わせるように。
 終わりの無い暗闇を走り続け、ようやく一筋の光が射す。だが、その光に飛び込んだフィードが目にするのは今までよりも更に残酷な光景だった。
 今、己の周りにいる人々。グリンやイオ。クルスやレオード。そして、アルやリオーネといった人々の無残な死体。それをただ一人見下ろし、絶望の叫びを上げたところで夢は醒める。
 そんな悪夢にうなされながら過ごし、やがてフィードは現実から逃避するため酒に溺れることにした。何も見たくない、聞きたくない。そう思って飲み続けるが、悪夢は依然として彼にまとわり続けた。

「……今日はもう帰るよ」

 勘定をカウンターの上に置いてフィードは酒場を後にする。そんな彼の後姿をレオードは心配そうに見つめるが、フィード自身が助けを拒絶している以上、彼にはどうすることもできなかった。

 酒場を出たフィードは亡霊のようにふらふらと街をさ迷い歩く。秋季に入っても残っている夏季の名残、太陽の鋭い日差しが彼を突き刺す。眩しい光を見ていられなくて、思わず彼は下を向いた。街を歩く人の明るい表情、商品を売ろうと道行く人に大きな声で呼び込みをする行商人。元気に走り回る子供たち。その全てが今の彼には煩わしかった。放っておいてくれ、そう思わずにはいられない。一人でいられる場所が欲しいのに、どこにもそんな場所は無かった。
 仕方なく、フィードは下宿先へと戻った。日中ということもあって、食事を取ろう訪れた人々で宿は活気に満ち溢れていた。宿の外にまで聞こえる談笑。それを聞いて、一瞬中に入るのを躊躇ったフィードだったが、どこにいても同じだと考え、扉を開けた。

「あっ……。マスター」

 帰ってきたフィードを見て料理を運んでいたアルの動きが止まる。入り口に立っている彼の姿を目にしてすぐに笑顔を作ろうとするが、どうにも上手くいかなかった。そんな少女を見てフィードは苦笑する。

「ただいま、アル」

 まだ仕事中の少女の邪魔をするわけにもいかず、帰宅の言葉だけ伝えてフィードはその横を通り過ぎようとする。アルとすれ違う際、フィードの瞳に露出された彼女の肩が写った。
 ほんの少し前まで少女の肩にあった烙印の痕。それが今は綺麗さっぱりとなくなっていた。それを目にして、フィードは先ほどよりも更に気持ちが沈む。
 友が自分に最後に残したもの。本来果たすべき約束を果たし、彼は永遠の別れを告げた。狂いながらも、律儀に友との約束を守ったのだ。だが、フィードはそんな彼とは違い約束を果たすことはできなかった。彼の妹、クラリスとの間で交わした約束。兄を絶対に助け出すというもの。それを守ることができなかったのだ。
 知らず知らずのうちに、フィードは胸を抑えていた。呼吸は乱れ、ジワリと嫌な汗が浮き上がる。それを周りの人間に悟られまいとしようとして、逃げるようにして二階にある自室へと駆け上がった。
 部屋に入り、ベッドの上へ倒れこむ。早くなる息遣い。耳に鳴り響く心臓の鼓動。視界は次第に暗転し、吐き気を催し始めた。
 今すぐにでも意識を投げ出したい、しかしそうした先に待っているのは何度も夢に見る悪夢だった。起きていても眠っていても、今の彼に安息はない。
 思えば……十二支徒によって家族を殺されたときから彼の人生は既に悪夢に捕らわれていたのかもしれない。ただ、今までは復讐に身を焦がし、それ以外の考えを切り捨てていたことや、リオーネやアルと出会って優しさに触れ、現実から目を背けていたため、それを深く自覚することが無かったのだろう。
 だが、ここに来て彼は現実を直視することになった。果ての無い悪夢、それが今フィードの前に立ちふさがるものだった。

「……マスター?」

 小さく、今にも掻き消えてしまいそうなほどの大きさの声で自分を呼ぶ声が聞こえた。ベッドに倒れたまま視線だけを動かすと、部屋の扉をほんの少しだけ開けてフィードの様子を覗き見るアルの姿があった。

「どうした、アル?」

 自分を心配して来てくれたということが分かっていながら、つい問いかけてしまう。

「あの、大丈夫ですか? なんだかすごく苦しそうに見えます」

 幼い少女に気を使わせてしまっていることを自覚し、フィードは申し訳なくなった。身体を起こしてベッドから起き上がり、扉の前に立つアルの元へと向かう。

「大丈夫だ。ごめんな、心配かけて」

 アルの目線に合わせてしゃがみこみ、心配かけまいと無理に笑顔を作る。それはぎこちない笑みだったが、アルは何も言わなかった。

「仕事のほうは大丈夫なのか? 今忙しいんだろ?」

「あ、はい。グリンさんが休憩してきてもいいと言って下さったので大丈夫です」

「そっか、頑張ってるな。お疲れ様、アル」

 少女を労うため、フィードは小さな頭を優しく撫でた。くすぐったそうにしながら、撫でられたアルだったが、途中でフィードの手を取ると、自身の両手で包み込んだ。血の通った温もりが触れ合う手と手を通じて伝わりあう。

「マスター。私は、ここにいます。こうして、すぐ傍にいます。触れれば温かいです。私がマスターに望んだように、マスターが望んでくれるのならずっと傍にいて温もりを伝え続けます。だから、あまり自分を責めないであげてください。マスターが傷ついているのを見るのはとても辛いです」

 突然のアルの言葉にフィードは戸惑い、うろたえた。クローディアの一件でフィードが己の弱さを見せて以来、それまで支えられる側でしかなかったアルが、フィードの支えになろうとし始めたのだ。
 今までも、彼の役に立とうとしたことは何度もあった。しかし、彼の心情を正しく理解して、精神的にフォローをしたのはこれが初めてだった。自分よりも遥かに幼い少女に慰められ、傷を癒されている。本来であればそんなことをされることも恥ずかしく感じるフィードだったが、傷ついた今の彼にはその優しさは胸の奥にスッと染み込んでいった。
 失うことの恐怖から、フィードは縋るようにアルを抱きしめた。

「アル……。お前は俺の前から消えたりしないよな?」

 少女を己の胸元へと引き寄せ、不安の色を移す表情を見られないようにして問いかける。そんな彼に、アルは己のみを彼に預けて答える。

「……はい。マスターが望んでくだされば、私はいつまでも傍に居続けます」

 主と従者。契約も何も無く、ただ助けた者と助けられた者として築き始めた関係。紆余曲折を経てそれは今、歪な形で作られようとしていた。誰に強制されたわけでもなく、ただ自然と自身の立ち位置を決める二人。
 青年は少女の傍に。少女は青年の傍に。
 果たされなかった約束の代わりに新たに交わされる約束。それが一体どんな結果を生むことになるかはこの時の二人はまだ理解していない……。
 随分と長い間抱き合っていた二人。やがて、平静を取り戻したフィードがアルの身体を離し、照れくさそうに頬を掻く。

「えっと……。急に悪かったな」

「いえ、頼ってくれて嬉しかったです」

 僅かに顔を赤く染めながら、アルが答える。

「そうだ、アル。また時間ができたら魔術の特訓をするか。トリアじゃ、途中で終わっていたし」

 気恥ずかしさからか、話を変えようとするフィード。そんな彼の言葉を聞いて、アルの表情がパッと明るくなる。

「ホントですか! それじゃあ、今日の夜にお願いします」

「ああ、いいぞ。それまでは仕事を頑張ろうか」

「はい! あ、でもまだ休憩時間なのでもうちょっとゆっくりします」

「そうだな。今のうちにゆっくり休んでおけ」

 二人で部屋に入り、あるの休憩時間の間ゆったりとした時間を過ごす。やがて、仕事が終わり、夜になり約束どおり魔術の特訓を二人は始めた。
 何も起きず、平穏な時間が過ぎていく。夜も遅くなり、疲れが表れ始めたアルが瞼を擦りだすと、フィードは特訓を終了してアルをベッドに寝かしつけた。ベッドの中に入るとすぐにアルは寝息を立て始めた。それを見て優しい笑みを浮かべるフィード。日中の件もあってか、今日は悪夢を見ずに済むかもしれないと思い、彼もベッドの中に入り瞼を閉じた。少しずつ薄れていく意識。ただ、暗い闇だけが彼の前に広がっていく。その日は悪夢を見ずに済んだ。



 翌日、久しぶりに穏やかに朝を向かえることができたフィード。まだ眠りについているアルの顔を覗き、そっとその髪を撫でた。しばらく寝顔を眺めていたフィードだったが、朝食を取るために一階へと降りる。

「おや、今日は随分と明るい顔をしてるね。安心したよ」

 起き掛けのフィードの様子を見て一階にいるグリンが笑いながら声をかけた。

「ええ。昨日はゆっくりと眠れましたから」

 フィードもまたグリンに笑い返して近くの空いている席へと腰掛けた。

「すみません、グリンさん。朝食をいただけますか?」

 フィードがそう言うと、グリンはすぐさま厨房へと入り料理の準備をする。あらかじめ下ごしらえしていた料理を日にかける。食欲をそそる匂いが周りに漂う。そんな時、鍋に入っているスープをかき混ぜながら、グリンがふと思い出したようにフィードにあることを伝える。

「そうそう。そういえばフィードさん宛てに手紙が届いていたんだった」

 そう言ってカウンター近くにおいてある封筒の束の中からフィード宛のものをグリンは取り出した。

「ほら、これだよ」

 その封筒をフィードに手渡し、グリンは再び厨房へと戻った。受け取ったそれをフィードは見る。差出人の無い封筒だ。

(一体、誰からだ……?)

 内容を確認するため、封を切って中を見る。そして、そこに書かれていた内容を見てフィードは凍りついた。

(まさか、このタイミングで来るなんて……)

 手紙の内容は、差出人が己の元へ来るようフィードに催促するものだった。手紙の送り主がいる場所はセントールの東に位置する国、ジャン。
 手紙の主はフィードに魔術や剣術、格闘術といった戦闘のいろはを教え込み、復讐の手助けをしている者。そして、フィードにとっては憎しみの対象でしかない人物だった。
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好きな小説:ダレンシャン
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