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終焉

 宵闇が迫る。街の中央部の騒ぎとは縁がないとでもいうように、この場は静けさを保っていた。長いほど放置されていたのか、建物の所々にはホコリが溜まり、風化によって割れた窓から吹きぬける風がそれを宙に浮かべる。空いた部屋にはいつの間にかこの場所に住みだした小さな宿主たちが隠れ潜んでいる。
 そんな中、人気のないこの建物のの廊下を歩く一人の成年の姿があった。絶望によって濁ってしまった彼の心と同じ灰色の髪をし、鋭い金の眼差しは獲物を逃すまいと輝いている。もうすぐ自分の目的が果たされるからか、愉悦の笑みを浮かべて廊下を歩き続ける青年、クローディア。
 彼が今いるのはかつて自身を含めたさまざまな研究員と共に知識を交換し、己の研究を進め、成果を競い合った研究所であった。施設の老朽化と、クローディアたちの成果によって、当時から研究所の長でもあったジョゼに新しい研究施設が与えられ、この施設は廃棄ということになったのだ。
 そんな場所に彼がいる理由はただ一つ。今彼を突き動かしている復讐の相手であるジョゼがここに潜んでいることを突き詰めたからだ。かつて志を共にし、同士と呼べる仲間たちと過ごした場所が復讐の終点となるとは、なんという皮肉であろう。
 廊下を歩き続け、クローディアはある扉の前で立ち止まる。扉の横には風化によってかすれた字で『大規模実験場』と書かれていた。
 錆びついた取っ手を手にし、クローディアはゆっくりと扉を開いた。
 キィッと耳障りな音を鳴らしながら扉は最後まで開いていく。開いた先にあるのは二百人ほどの人が収容できそうな大きな広さの部屋だった。その部屋の奥、暗闇によって光が当たらなくなった部分に僅かに動く人影が一つ会った。その影に向かって歩みながら、クローディアは話しかける。

「やあ、先生」

 寒気がするほど低い声で話しかけるクローディア。声のトーンとは対照的に彼の口元はどこまでも歪んでいく。常人からすれば異常と思える彼に、その人影、ジョゼはクローディアが自分の元にいたときと同じように笑顔で彼を出迎える。

「おや、無事だったのかクローディア。おかしいな、どうもわたしの計算は間違っていたようだ。すまないね、君を殺し損ねることになって」

 本当になんでもないというように気軽な調子で謝るジョゼ。

「いえいえ。僕が先生の予想より上に行くのは昔からだったじゃないですか。何を今更」

 対するクローディアもまた同じような調子でジョゼを皮肉る。そんな彼の言葉をさして気にする様子もなくジョゼは話を続ける。

「そういえば昔から君はそうだったね。いつもわたしの予想の上をいって周りの賞賛を浴びて、挙句はわたしがいた場所を奪って……。本当に君はかわいげ気のない生徒だったよ。シア君はその点優秀だった。わたしの言うことは何でもよく聞いて自分のものにしていったからね」

 シア。その名前をジョゼが出した途端、クローディアの表情がそれまでとは変わり、怒りのものへとなる。

「お前が、その名前を口にするな! 彼女を殺したのは誰だ! お前がいなければ彼女は今だって笑ってこの街で過ごしていたのに」

「おや、シア君がいなくなったのがそんなに悲しいのかね。ああ、そういえば君は彼女のためにわたしの“実験”を手伝っている研究員を殺していたんだったね。君のせいで貴重なスポンサーもいなくなって、わたしの“実験”を手伝ってくれていた研究員も何人か手伝うのをやめてしまったよ」

「“実験”……? あなたの言う“実験”とはなんですか?」

「もちろん君たち以上の成果を出すための“実験”さ。失ったこのわたしの地位や名誉を回復するためのね。ただ、並大抵の成果じゃ以前のような名誉は得られない。そこでわたしが考えたのは永遠の命。つまり不老になるための実験さ。人間の身体に魔力という特異な力が眠っている以上、他にも特異な力が眠っていないとも限らない。それを見つけ出し上手く利用すれば不老になれるかもしれない。これが実現すればわたしは未だかつてない成果を生み出すことになり、歴史にその名を刻まれるだろう!」

 もはや独白に近いジョゼの言葉を聞いてクローディアは最大限の嫌悪をその顔に浮かべて彼の理想を吐き捨てる。

「……ははっ。そんな、そんな夢物語みたいなくだらないことのために彼女は犠牲にならなきゃならなかったなんて。なんて……なんてことだ」

 顔に手を当てて笑い声を上げるクローディア。そんな彼を見つめながら、自分が何故笑われているのか理解できないのかジョゼは不思議そうにしていた。

「困るなあ。これでもわたしは真剣なんだよ。成果もなかったわけじゃないさ。それなのに、シア君がわたしの研究を止めようなんていうから……。これでも最初は彼女を説得したんだ。でも、彼女は頑なにわたしの説得を拒んでね。仕方なく研究員を使って少し荒っぽい手を使ってみたんだが、それでも彼女はわたしの言うことを理解してくれない。このままじゃ埒が明かないと思ってね。彼女を失うのはとても、とても惜しかったけれどわたしの“実験”の被験者になってもらったよ。彼女も自分を育てたわたしの力になれたなら喜んでくれただろうよ」

 そこまでジョゼが語ったところで、クローディアは肩を震わせ、笑い声を張り上げた。

「あはっ、あははははっ! あーっはっはっはっは! 説得? 失うのはとても惜しい? なに言ってるんだよお前は!」

 ひとしきり叫んだ後、くぐもった声で笑いを堪えるクローディア。次に彼が顔を上げたとき、その瞳には絶望と燃え上がる怒りが混じっていた。

「彼女は、彼女は……なあ! これから先いろんな成果を出して、この街を、国を動かすような人間になるはずだったんだ! 明るくて、誰とでも仲良くなれて。魔術を使えないハンデなんてものともしないで成果を出してきたんだよ! そんな彼女をお前は……お前はっ!」

 志半ばで死ぬことになったシアの無念を思い、怒りに震えるクローディア。そんな彼の姿を見ても、ジョゼは少しも悪びれた様子を見せなかった。

「だから、いったいどうしたというのだね。彼女が担うはずだった役割は、このわたしの研究が完成すればそれ以上の成果を出すからよいではないか」

 ジョゼのその言葉を最後にクローディアの顔から感情が失われる。あるのはただ無のみ。

「もういい。これ以上僕の前で耳障りな言葉を発するな。お前が今この世界に生きていて息をしていることすら今の僕には許しがたい」

 そう言い放ち、ジョゼを睨みつけるクローディア。

「そうか、君までもわたしの邪魔をするというのか。なら、わたしはそれに抵抗するのみだ」

 互いの視線がぶつかるのと、詠唱が重なるのは同時だった。

「渦巻き、迅速な流れを生み出す水流。
 前に立ちふさがる敵を飲み干し、その身体を刻みつくせ――ラピッドウォーター――」

「風よ、微細な力の塊を集め、固め、極限まで鋭く鍛えよ。
 その速さとともに敵を切り裂け――ウインドスラスト――」

 互いに詠唱を終えると、二人の頭上には魔術によって作り出された渦を巻く水流と大きな風の刃が現れた。

「流れに飲み込まれて息絶えろ」

「なるべく苦しまないように終わらせてあげよう」

 言葉を言い終えると共に二つの魔術がぶつかりあう。高位の魔術師によって生み出された上級魔術は、ぶつかったことで生まれた力の余波を部屋中に撒き散らし、部屋を破壊し、ついには外にまで被害を与えることになった。
 崩れていく建物。それを全く気にすることなく、二人の狂人は互いの命を奪い合う。始まった戦いはどちらかの命が尽きるまで終わることはない。



 クラリスとアルを安全な場所に置いて再び街の中央部へと戻ってきたフィード。クローディアの行方を捜すために戻ったとはいえ、状況は先ほどよりも困難なものになっていた。街中には武器を持った人々が周りを警戒し、報告を受けた魔術師団が周囲の巡回をしていた。

(これじゃあまともにクローディアを探すこともできない。それどころか、ろくに街中を歩くこともできないぞ)

 先ほどの一件でクラリスたちを助けるために街の人々とフィードは対立した。その際に何人もの人々に顔を見られている。今の彼は街の人からすれば殺人犯であるクローディアの仲間と認識されていると考えていたほうが自然だろう。
 人気のない通りを見つからないように隠れながら進んでいくフィード。状況に何の進展もないまま、学院近くにまで辿り着いたとき、見回りのために近くを歩いてきた人々から聞こえた話が彼の興味を引いた。

「なあ、街外れにある旧研究所のほうが騒がしいとか魔術師団が話していたらしいけど、もしかしてそこにクローディアがいるのか?」

「かもしれないな。自分の悪行が周りにバレて自暴自棄になってるんじゃないのか。とはいえ、魔術師団が動いたんだ。いくらあの人が魔術の天才だとは言えこの国の魔術師の精鋭を集めた魔術師団には敵わないさ。年貢の納め時ってやつだよ」

「そうか、天才の考えることはよく分からないっていうけれど、まさに今回の事件がそうだな。あんな人の良さそうな人が裏では人を殺してたなんて……」

「ああ。本当に残念だよ」

 そこまで聞いてフィードは疾風のごとくその場から移動した。先ほどの話を聞いて、クローディアの居場所が分かったからだ。そこに至る場所も彼の記憶にはあった。それは、二年前。まだ、シアがこの世にいたときにクローディアとシアの二人がフィードを連れて自分たちがかつて所属していた研究施設を紹介してくれたことがあったのだ。

『ほら、フィード。ここが僕たちが昔所属していた研究所だよ』

『うわっ! なんだか随分とボロボロだな』

『そんなこと言わないでって。こんな外観でもあたしとクローディアが頑張って魔術の研究を続けてきた場所なんだから』

『ごめん、ごめん。つい思ったことが口に出ちまった』

『まあ、ボロボロなのは否定できないけどね』

『あっ! クローディアまで。酷いなあ、もう』

 三人で笑いあった懐かしい記憶を思い出してフィードの胸がきつく締め付けられる。もう二度と三人揃ってあの時のように笑い会うことはできないのだと理解しているから。
 何故、いつもこうなるのか? フィードは何度もそう思った。全てを失い、亡霊のようにさ迷い歩く自分のような人間を生みたくなくて力を付けたはずだった。だが、現状はかつての自分と同じ存在を生み出している。唯一違う点があるとすれば、クローディアにはまだ待っている人がいるということだ。残された日常があるのだ。
 彼を待ち続ける少女のため、そして大事な友人を失わないため、フィードは駆け続ける。友を救うのに十分な力は既に彼の中にある。
 今はただ、ひたすらに彼の元へ。



 強烈な衝撃が地を叩きつけ、硬い素材で作られた床を叩き割る。広大な部屋は既に原型を留めておらず、天井はとうの昔に破壊され夜空が二人の戦いの行方を見守っていた。着ていた衣服は互いにボロボロになり、その身体は相手の魔術によって切り傷や、擦り傷、打撲の痕を生み出していた。互いに天才と呼ばれただけあって魔術の腕前は互角。

「はぁっ、はぁっ。くそっ! いい加減にくたばれ」

 老体に鞭を打ちながら、必死に抵抗を続けるジョゼに毒を吐くクローディア。

「悪いが、君の願いを聞いてあげるわけにはいかないな。それよりも、どうして全力で来ないんだね。君の本気は今までの戦い方じゃないだろう」

 クローディアよりも先に息を整えたジョゼがそう問いかける。その言葉にクローディアは舌打ちした。確かに、ジョゼの言うとおり今のクローディアの戦い方は彼が最も得意とする戦闘スタイルではなかった。
 元々、クローディアの得意とする戦闘は、彼が生み出した魔術の二重詠唱による短期決戦だった。同時に二つの魔術を操ることにより、敵に反撃する暇を与えずに駆逐するものだ。だが、ジョゼ相手に彼がそのスタイルをとらないのは二つの理由があった。
 一つ目は彼が研究によって二重詠唱を生み出す過程をジョゼはずっと見続けていたため、このスタイルの弱点を深く理解していること。そしてもう一つは魔術を同時に詠唱するため普段に比べて魔力の消費が激しいこと。例えジョゼを殺したとしても、魔力が切れて逃げる手段を失っては命を失うことになる。家に残したクラリスや、フィードたちとまた共に過ごすためには命を失うわけにはいかなかったのだ。

「もしかして、命を失うのが怖いのですか? 矛盾してますね。人の命を奪っておいて自分の命が失われるのは怖いだなんて」

「それのどこが悪いんですか? 僕は死にたくない。もし、死ぬことになるとしてもシアの仇を討つまで死ねない!」

「その要求は聞けません。わたしが死ぬと、この国が困るので」

「戯言を!」

 会話を続けながら、クローディアはこれまでの戦いを思い出していた。魔術は互いに互角、このまま時間をかけていても勝負はつかない。
 しかも、これだけの騒ぎだ。もうまもなく騒ぎを聞きつけた魔術師団がこの場に訪れることになるだろう。彼らがこの場に辿り着いたらいくらクローディアでも逃げることはできない。そうなったら、ジョゼは生き残ったままクローディアは始末されることになる。クローディアと違ってジョゼは殺人を犯した証拠がないのだから。
 ギリッとクローディアは強く歯をかみ締める。覚悟を決めなければならなかった。後悔をしたまま逃げて生き延びるか、死を代価に復讐を遂げるか。

「そんなの……答えは最初から決まってる」

 スーッと深く息を吸い込み、己の中にある魔力の流れを確かめる。イメージは己の魔力に二つの色を付けるところから始まる。流れる魔力を二色に分け、それが混ざり合わないように制御する。そして、それが完全に己の支配下になったと確認すると、クローディアは双眸をジョゼへと向ける。

「覚悟しろ」

 その一言だけ呟き、詠唱を開始する。
「風よ、その身を集めて凝固せよ。
 集う力は目に見えず、気づかぬままに敵を押しつぶす――コンプレスドエア――

 大気を漂う数多の液体。その欠片を集め、固め、作り上げた鋭い刃は敵を突き刺す。
 その冷気で我に仇なす者を罰せよ――フロストエッジ――」

 通常は一つの魔術を展開している間は別の魔術を同時に保つことは不可能とされていた。それは元素のことなる魔術を同時に操るということを意味するからだ。片方に意識を集中しているのにもう片方に同じように意識は割けない。それは魔術を扱うのに長け、詠唱を省略できるようになったものでさえ不可能なことだった。その不可能を可能にした青年の必殺の魔術がジョゼに襲い掛かる。
 上からは目には見えぬ空気の塊が。下からは空中の水分を集めて氷結させ、氷柱と化した鋭い刃が。どちらも当たれば致命傷は免れない一撃。それに対してジョゼは、

「大気を漂う数多の液体。その欠片を集め、我に与えたまえ――アクア――」

 水の初歩魔術を唱えて応戦する。そして空気の塊と氷柱がジョゼの身体にぶつかるまでの一瞬の間に己の目の前に生み出した水球を一瞬で圧縮し、爆散させた。

「――なっ!?」

 クローディアは驚いた。なぜなら、ジョゼは空気の塊に押しつぶされることも、氷柱にその身を貫かれることもなくその場を脱出したからだ。しかも上級魔術を二つも唱えて敵を仕留めようとしたクローディアに対して初歩魔術で乗り切って見せたのだ。だが、代償に爆散した衝撃を受け、ジョゼは身動きが取れなくなっていた。

「まったく、こんなことをして逃げるなんて思いませんでしたよ。さすが、腐っても僕の師匠ですね」

 本当に一瞬だけかつてジョゼの講義を教わっていた生徒の顔にクローディアは戻った。だが、すぐにそれを復讐の化身のものへと代え、ジョゼの元へと近づく。そして、倒れたままクローディアを睨みつけるジョゼの目の前へと立つ。

「ふふふ、わたしの負けか。残念だ、非常に残念だよ。君がわたしの研究に理解を示してくれることなくこの世を去らなくてはならないなんて」

 最後まで狂ったままのジョゼをただ見下ろし、クローディアはその手に掌ほどの大きさの氷柱を生み出す。

「先生、安心してください。痛みは一瞬です。せめて最後は苦しまないように送ってあげます」

「ああ……。頼むよ」

 持っている氷柱を頭上へと振り上げ、一瞬のためらいもなくクローディアはそれをジョゼの心臓の上へと突き刺した。
 吹き上がる鮮血。胸から、口から血が溢れ、クローディアの身体に返り血が打つ。とうとう遂げられた復讐を少しずつ実感し、クローディアは歓喜した。

「はっ。ははっ。はははっ! ――――やった、やったぞ! シアッ! とうとう君の仇を討ったんだ! はははははっ! あーっはっはっはっは……」

 何度も、何度も笑い声を上げて両手を握り締めて喜びを顕わにする。だが、それも長くは続かなかった。

「ははっ! あはははっ…………」

 張り詰めていたもの、自身を支えていた衝動、失ったものの大きさ。復讐を遂げた今、それら全てが突如としてクローディアに襲い掛かった。脳はパンクし、呆然として指一本すら動かす気力もなくなってしまう。心にあるのはただ虚無。ただ、むなしさのみが彼の中に残るのだった。
 そんな彼の周りをいつの間にか幾つもの影が取り囲んでいた。フードを被り、冷たい眼差しで座り込んでいるクローディアを眺めている。そう、トリアにおける武力、魔術師団が到着したのだ。

「対象を確認。動く気配はない、このまま一気に捉えるぞ。反抗の意志が見られたら即座に捕獲から殺害へと変更」

「了解」

 隊長と思われる者の指示を受け、他の魔術師は小さく返事をする。そして、隊長が右手を掲げそれを降ろしたと同時に数名の魔術師たちが一斉にクローディアへと襲い掛かった。
 己の身に迫る危機に、しかしクローディアは行動を取らなかった。己の中で暴れ狂っていた強い感情はすっかりと消えうせ、もはやすべてがどうでもよく思えていたのだ。

「捕った!」

 魔術師の一人がクローディアにすぐ傍まで近づいたとき、任務の達成を確信し思わず呟く。だが、次の瞬間には彼を含めた魔術師たちは一斉に吹き飛ばされていた。

「――ぐっ!?」

 突然の衝撃に戸惑い、理解が追いつかない。体勢を立て直し冷静になった彼らの脳に浮かぶのは襲撃者という考え。すぐさま彼らは注意をクローディアから周りへと移した。緊張感が周りに漂う中、それを破ったのは魔術師の一人の苦悶だった。声のした方向を他の魔術師たちが一斉に向く。だが、そこには苦しみながら地に倒れる男の姿しかなかった。
 そして、地を蹴る音が聞こえ、クローディアを抱きかかえて逃げる影を隊長が目にし、叫び声を上げる。

「対象が逃げた! この際生死は問わない。何としてでも奴を仕留めろ!」

 逃げるクローディアと彼を抱きかかえる協力者を追うために魔術師たちは動き出した。
 そんな彼らを逃げながらチラリと見る協力者、フィード。

「おい、クローディア。しっかりしろ、頼むから正気に戻ってくれ」

 放心したままのクローディアの頬を叩きながらフィードは必死に話しかける。だが、彼からは何の反応もない。こうなっても仕方ないことは分かっていたにしても今の状況ではそうも言っていられなかった。

「頼む! このままじゃお前をクラリスのところまで連れて行くことができない。あの人数の手だれが相手じゃ、お前を庇いながら戦えないんだ。頼む、クローディア。起きてくれっ!」

「クラ……リス」

 クラリスの名を出したのが功を制したのか、クローディアは僅かながら反応を見せた。

「そうだ、クラリスだよ! お前にはまだ大事な家族が残っているだろう? 誰もいなかった俺と違って、お前にはまだ家族が残っている。まだ、こんなところで死ぬべきじゃないんだよ!」

 フィードの言葉にそれまで生気のなかったクローディアの瞳に徐々に光が戻ってくる。

「そう……か。僕はまだ、守るべき人がいるんだ」

 魔術師の姿が背後に見当たらなくなったのを確認するとフィードは立ち止まり建物の影に身を隠した。

「クローディア、一人で立てるか?」

「うん……大丈夫。ありがとう、フィード」

「礼なら追っ手を振り切ってから言え。どうにも分散して先で待ち伏せしてそうな雰囲気だ。お前がしっかりしてくれないとこのままじゃ二人揃って死ぬことになるぞ」

「ああ、分かってる。だけど、フィード。今の僕はろくに魔術も使えない状態だ。どうする?」

「ひとまずは俺が身体強化の魔術をお前に使う。そして囮になる。敵の注意が俺に向いている隙にお前はクラリスたちが待つ場所へと向かうんだ」

 そう言ってフィードはクローディアにクラリスたちの待つ場所を伝える。魔術を詠唱し、クローディアを強化し終わると、フィードは早速行動に移ろうとする。しかし、その前にクローディアに声をかけられて引き止められた。

「フィード、少し待ってくれないか」

「どうした?」

「先に君に渡しておきたいものがあるんだ」

 そう言ってクローディアは掌ほどの装置をポケットから取り出してフィードに手渡した。

「これは?」

「それは、アルちゃんの烙印を消すための魔術を込めた装置だよ。本当は全部終わって、君たちと合流してから手渡す予定だったけれど、どうもそう言ってられない状態になったから今渡して置くよ」

「お前、いったいこんなものをいつ……」

「先生が僕の元に刺客を送ってきた日だよ。アルちゃんを僕の魔術で眠らせた後に確認した。本当は解除自体楽にできたけど、あの時は君にセントールに戻られたら困ったから何かと理由を付けて問題を先延ばしにしていたんだ」

 騙してごめんと呟くクローディアにフィードは呆れてため息をつく。

「しょうがない、と言いたいがお前には文句がたくさんある。どうして相談の一つもしてくれなかったのかとかな」

「それは……」

「だけど、それも全部後回しにする。今は逃げ切ることに集中するぞ」

 命の危険がある状況だというのに、フィードはクローディアに笑いかけた。それは、彼に生き残ってほしいと心から望んでいるからこその笑顔だった。

「そうだね」

 クローディアもまたそんなフィードに微笑み返すのだった。



 周りを警戒しながら、フィードたちは走り続けた。未だ敵の姿は見当たらない。本当は自分たちの姿など見失ったのではと思うくらいあっさりと事は進んでいた。しかし、同時に街の人々がいなくなっていることにも気がつく。おそらくは被害を出さないために人払いの結界を張っているのだろう。そうなると、この状況が意図的に生み出されているものだということが分かる。このまま逃げ続けて例えクラリスやアルの元に辿り着いても逃げ切ることはできないだろう。
 そう判断したフィードは迎撃態勢に出た。

「クローディア。お前ビジョンを使えるか?」

「それくらいなら今の魔力量でもできるよ。敵の居場所を探るのかい?」

「ああ。おそらく相手も探知されるのを防ぐために極限まで魔力を抑えているが、お前なら探し出すことができるだろ?」

「そうだね。任せてくれ、今調べる」

 瞼を閉じ、詠唱を開始するクローディア。

「目には見えぬその力、暴き出すのは暗闇。光を隠し、揺らぎを見せよ――ビジョン――」

 詠唱が終わってしばらくし、瞼を閉じたままクローディアが呟く。

「北西五百メートル先に二人、南東三百メートル先に一人、そこから西に二百メートル離れた場所に二人」

「分かった。南の相手から順に潰していく。それまでの間逃げ切っていてくれ」

「了解。気をつけて、フィード」

「お前こそ、死ぬんじゃねえぞ」

 フィードは魔術師を撃退するため、クローディアはフィードが戻ってくるまでの間逃げ続けるために二手に別れた。すさまじい勢いでフィードは地を蹴り、対象の元へと向かっていく。クローディアを助ける際、あらかじめ身体能力を強化していたため、対象の元へはすぐに辿り着いた。

「くっ!」

 自分が見つかったことに気がついた魔術師はすぐにフィードを撃退するため魔術を詠唱しようとする。しかし、それよりも先にフィードは相手の懐にもぐりこみ、持ってた剣の鞘で相手の顎を突き上げる。
 吹き飛ばされる魔術師、そしてその身体が地に落ちる前に強烈な肘討ちを鳩尾へと叩き込み、完全に相手を行動不能にする。

「次っ!」

 すぐさま次の対象へと移動を開始する。相方がやられたことで警戒を強めたのか、もう一人の魔術師はフィードと距離をとり詠唱した魔術をぶつけてきた。
 宙に浮かび上がった炎の鞭がフィードの身体を打とうとしなる。そして、その身体めがけて何度も鞭が振り下ろされるがそれをギリギリのところでかわし、相手に接近するフィード。

「――詠唱省略―― ――アクア――」

 魔術の詠唱を省略し、水球をその手に生み出す。そして、それを相手の腹部へと打ち出す。

「――かはっ」

 勢いよく放たれた水球は魔術師の腹をえぐりうめき声を上げさせる。衝撃が強かったのか、身動きの取れなくなった魔術師を一瞥するとフィードは東の敵の元へと向かった。その後、逃げ切れず敵に殺されそうになったクローディアをどうにか助け、敵を撃退した二人はクラリスたちの元へと走り続けた。
 そして、ようやく二人のいる空き家が視界の端に入る位置にまで辿り着いた。

「クローディア、あと少しだ。一気に向かうぞ!」

「ああ。でも、よかったのかフィード。僕を助けたりして。これで君も犯罪者の仲間入りだ」

「大丈夫だ、この暗さで相手の顔も分からないほど一瞬で仕留めた。それに、俺の今の居場所は亡益国だ。仮に顔を見られていても身分を隠して生活する方法はいくらでもある。それは、お前にもいえることさ、クローディア」

 フィードがそう言うと、クローディアは吹き出した。

「まったく、君って奴は……」

 笑顔を浮かべ、もう少しでクラリスたちの元へと二人は辿り着こうとしていた。この時、二人は完全に気を抜いていた。助かり、少女の喜ぶ顔を見て、皆が笑顔を浮かべ、そのまま四人でセントールまで逃げることを想像していた。
 だからこそ、その隙を敵は逃さなかった。

――ふいに、隣を走っていたクローディアの身体が力なく崩れ落ちた。

「……えっ?」

 何が起きたのか理解できず、フィードは立ち止まる。その隣には胸から血を流して動かないクローディアがいた。

「お、おい。クローディア。しっかりしろよ、なに倒れてるんだよ。ほら、もうすぐクラリスのところに辿りつく。こんなところから早く離れるぞ」

 返事のない彼の腕を己の首に回して彼を背負いながら歩いていくフィード。一瞬前、突然現れ、消えた気配を気に止める余裕もなく、フィードは歩き続ける。

「こら、ここまできて冗談きついぞ。勘弁してくれよ、なあ……。頼むからさ……返事をしてくれよ」

 気づけばいつの間にか目から涙があふれ出てきていた。首に回している腕は力なく、その温もりは徐々に失われていることを肌で感じる。手遅れだった。さっきまで笑いあって軽口を叩いていた友人の命はもう……。

「なんで、だよ。なんでいつもこうなるんだよ……。あの時とは違うはずなのに、どうして俺は……」

 数年前、力のなかった頃の自分から成長したはずだった。『復讐鬼』と呼ばれ、十二支徒の数名を滅ぼすほどの力を手に入れた。だが、たった一人の友人を救うにはその力はあまりにも無力だった。

「――っく。う、あああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!」

 思わずその場にうなだれ、絶叫を上げる。
 
――約束したはずだった、絶対に助けると。
 
 あと少し、ほんの僅かの距離。非難し、怒りながらも、互いに謝り、クラリスとクローディアは再会して新しい人生を歩む。そのはずだった。
 しかし、その望みはもう二度と叶えられることはない。己の一瞬の油断。それが友人の、そしてクラリスの最愛の兄であるクローディアの命を奪うことになった。一度奪われた命はもう二度と戻っては来ない。どれだけ嘆こうが、叫ぼうが、永遠に。

 嘆き続けるフィードの耳にカタリ、カタリと何かが落ちていく音がどこかからか聞こえ続けた。
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建野海

Author:建野海
扉の中の部品たちへようこそ。

名前:建野海

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好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
      僕駐
      インセプションなど。

好きなゲーム:キングダムハーツ
       テイルズ
       ルーンファクトリー
       ゼルダの伝説など

好きなアーティスト:福山雅治
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