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異変

 黒に染まった夜の街。ポツポツと辺りを薄っすらと照らす篝火は一人の人影が駆け抜ける際に起こる風によってゆらゆらと揺らいでいる。つい先ほど家を飛び出したクラリスを追ってフィードは迷路のような街路を走り回っていた。

(昔の記憶とここ最近の探索で街には慣れたつもりだったけど、こうして暗くなってみると今自分がどこにいるのか時折分からなくなるな)

 入り組んだ道を右へ左へと曲がりながら少女の姿を探すフィード。しかし、一向にクラリスの姿は見当たらない。

(くそっ。クラリスの足じゃそんなに遠くまで行っていないはずなのに……)

 こんな状況でもしクラリスの身に何かあったらと思うと、フィードの背筋に冷たい汗が流れる。どこにいても夜の街というのは本人が思っている以上に危険な場所なのだ。
 フィードは一度足を止め、息を吐き出し呼吸を整える。そして、吸い込んだ冷たい空気を脳へと取り入れ、一度思考を冷静にする。

(仕方がない、一度魔力探査をするか……)

 一向に見つからないクラリス。彼女を見つけるためにフィードは探査の魔術を唱え始める。

「目には見えぬその力、暴き出すのは暗闇。光を隠し、揺らぎを見せよ――ビジョン――」

 目を閉じ、詠唱を終えると、暗闇に閉ざされた視界に光の線として映し出される別の視界が移される。そこにはぼんやりとした光が辺りに幾つも灯されている。この光は魔力を持っているものしか灯さない。その中の殆どは動くことなくその場に留まっている。これは就寝して無意識に魔力を垂れ流している人間だ。それとは別にかなり早い勢いで遠ざかっていく光があった。

「これか……」

 目を開くと今までと同じ視界が映し出される。動いていた光の方角をフィードは向き、その先へと向けて再び駆け出した。
 自身の全力で走り続け、しばらくすると道の先で蹲っている一人の少女の姿があった。フィードがその姿に気づくのと同じように、向こうもその存在を認識するが、その場から逃げ出そうとしなかった。それを確認したフィードは走るのをやめ、ゆっくりと歩き出す。

「こんな時間に女の子が一人で出歩くなんて危ないぞ」

 なるべく軽い感じでクラリスに話しかけるフィードだったが、クラリスはちらりとフィードの顔を見ると顔を伏せて黙り込んでしまった。
 やれやれとフィードは頬を掻いてクラリスの隣に胡坐をかいて座る。互いに僅かに身を動かした際に起こる衣服が擦れる音が周りに響き、街に遠出してきた虫たちの音が静かに聞こえる。フィードはクラリスに何も聞かなかった。そして、クラリスもまた何も言わなかった。二人が地面に座り込んでからずいぶんと時間が経ち始めた。することもなく夜空に浮かぶ星達をフィードが眺めだすと、下に顔を向けたままクラリスが口を開いた。

「フィードさん……」

「どうした?」

「ごめんなさい。こんな遠くまで追いかけてもらって、迷惑かけて」

 ちょっぴり涙声で謝るクラリスにフィードは苦笑する。

「謝らなくていいよ。迷惑だなんて思ってないからさ。さっきのことでクラリスが怒るのも分かるからな」

「……」

「だけどさ、クローディアのやつの言う事もちょっとは分かってやれないかな? もちろん、さっきの件はあいつがだいぶ悪かったと思う。だけどさ、あいつはきっとクラリスのことを思ってああ言ったんじゃないかな? もちろん、理由を言ってくれないから納得できない気持ちは強いと思うけれど、クローディアのやつがクラリスを大事にしているっていうことだけは分かってやってくれないか?」

「でも……。でも、兄さんは私のこと褒めてくれなかったです。頑張って、頑張ってようやく成果が出るっていうのに、ちっとも喜んだ顔じゃありませんでした」

 ほんの少しだけ顔を上げて、目元を赤くしながらクラリスは呟く。そんな彼女の背を擦りながらフィードは話す。

「そうだな。確かにあいつは喜んではいなかったように見えた。でもさ、クラリスが家を出て行った時、あいつすごい悲しい顔をしてたんだよ。きっとあいつも傷ついてたんだと思う。言葉にすれば傷つくって分かっていて、それでも口にしたんだ。本当はクラリスにあんなことを言わないで俺やアルのように喜びたかったんじゃないのかな、あいつも」

「だ、だったらどうして兄さんは喜んでくれなかったんでしょう……」

「そればかりは俺にも分からない。ただ、あいつからしたら喜べない理由って言うのが話せないことっていうのに繋がるんだろうな」

 そこまで話して、クラリスはまた先ほどまでと同じように顔を伏せてしまった。困ったフィードはこっそりとため息を吐いた。それから再び互いの間に沈黙が続いた。夜風が二人の肌を撫で、夏季といえど気温はだいぶ下がっていた。このまま夜が明けるまでこの状態かと半ばフィードが思い出した頃、クラリスがおもむろに顔を上げて立ち上がった。

「……フィードさん、私もう一度兄さんと話してみます。どうして駄目なのかっていう理由をきちんと話してもらうまで、私納得できません」

「そうか、でもあいつは話さないと思うぞ?」

「なら、私がその理由について推測するのみです。仮にも兄さんは研究者で、私もそれを目指しています。私に一時の感情で動くなって兄さんは言いました。なら、私はこう返すのみです。
『研究者なら、納得の行く理由を提示してください』と」

 クラリスのもっともな言い分にフィードは思わず吹き出した。

「なっ……。どうして笑うんですか!?」

「いや、やっぱり兄妹なんだなって思って……。考え方がすごく似てるよ、二人とも。俺じゃあそんな言い返しできないからな」

 フィードもまた同じように立ち上がり、クラリスを連れて帰りだそうとする。しかし、立ち上がって数歩歩いたところで、その足が止まる。

「フィードさん、どうかしましたか?」

 突然立ち止まったフィードを怪訝そうに見つめるクラリス。そんな彼女の質問にフィードは人差し指を口元に当てて返事をする。フィードのジェスチャーに従い、口を閉ざすクラリス。耳を澄ませ、辺りを警戒するフィード。異常な様子をクラリスも察したのか、周りを見渡し警戒心を強める。この場にいるのは二人だけ、ゆえに互いに口を閉ざしたのなら、周りが静かになるのは自然である。しかし、今はあまりにも静かすぎた……。

「――上だっ!」

 頭上からフィードたち目掛けて落ちてくる幾つかの影に気づくと、フィードはとっさにクラリスを抱きかかえてその場から離れた。先ほどまで二人がいた場所には殆ど音もなく現れた人影が四つ。腕全体が隠れるほどの長いローブを着込み、全員がその顔に面をつけて素性を分からなくしている。

「この人たちは……」

 抱きかかえられた状態から解放され、フィードの背に隠れながらクラリスが呟く。

「さあな。ただ、どう考えても普通の輩じゃなさそうだ。さっきからこっちに向けて殺気を振りまいてる」

 フィードはそう言うと、現状を理解し始めたクラリスがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。見れば、背中を掴む小さな手は微かに震えている。

(さて、こいつらの狙いは分からないが、状況はかなり面倒だ。クローディアの家に剣を置いてきているから、こっちは丸腰。向こうは一見すると武器を持っていなさそうだが、あのローブの中に暗器を仕込んでいないとも限らない。加えて戦闘に参加できないクラリスがいるこっちに対して向こうは四人全員が戦闘に参加できる。しかもどいつも手だれそうだ。せめて、クラリスがいなければ戦いに集中できるんだが……)

 距離を保ち、状況を整理するフィード。おそらく相手も同じように状況を分析しているのだろう。上空から二人を襲ってからアクションを未だ起こさない。膠着状態が続く中、先に動き出したのは四人の刺客だった。
 一人が直線状に、一人は駆ける勢いそのままに跳び、フィードの背後へと回ろうとする。そして残りの二人は左右それぞれに別れ、一斉に襲い掛かった。

「まずい、クラリスっ!」

 再びクラリスを抱きかかえて跳びあがった刺客が自身の背後へと回る前にフィードは大きく後ろに跳躍した。後ろに回りこむはずだった刺客は標的である二人が距離をとろうとしている事に気づき、ローブに隠れた腕から何かを投げつけた。
 月明かりに照らされキラリと一瞬輝きながらフィードに向かって投擲された物体。それをフィードは鍛え上げた反射神経でどうにかかわした。だが、クラリスを抱きかかえていることで僅かに集中力が削がれ、投げつけられた物体を完全には避けきれず、それはフィードの頬に一筋の血の線を残した。フィードはその傷を一瞥すると、抱きかかえていたクラリスをパッと手元から離した。

「クラリス、お前身体強化の魔術は使えるか?」

 突然の問いかけにクラリスは驚いた。この状況での質問に緊張からどもりながら、クラリスは返答する。

「は、はい。短い時間でならできますけれど……」

「なら、今からその魔術を詠唱してすぐにこの場を離れろ。それから家に帰ってクローディアと合流。あいつに状況を説明して指示を仰いでもらってくれ」

 そう言ってフィードは拳を構えて四人の刺客と対峙する。

「フィードさんを置いて行けっていうのですか!? そんなことできません。もしそれでフィードさんになにかあったら……」

 そう言っている間にも刺客は再び行動を起こそうとしていた。そして、その身体が動くよりも前にフィードはクラリスを後ろに下げ、刺客との距離を詰めた。

「いいから行け! こいつらの相手は俺がする」

 刺客の一人にボディーブローを叩き込み、襲い掛かる三人の猛攻をかわすフィード。やはりローブの中に掌サイズの暗器を隠し持っており、彼らが腕を振るごとに鋭い風切り音が聞こえてくる。その様子を見たクラリスは一瞬この場を離れるか迷ったが、自分がこの場にいてもできることはないと悟ったのか、詠唱を始める。

「速さを。効率を求め、より単純、より俊敏に――インプロスピード――」

 身体強化の魔術を唱え、身軽になったクラリス。突然現れた敵と交戦を続けるフィードを見た後、クラリスは一言だけ呟いてこの場を後にした。

「ぜったい、絶対に後で戻ってきますから!」

 勢いよくその場を離れてクローディアの元に向かったクラリスをフィードは交戦の最中に見届けると、自身を襲う相手との戦いに完全に集中し始めた。
 背後から振り下ろされた刺客の腕を絡めとり、足元を払い、こちらの胸元に向けて暗器を刺しこもうとする別の刺客に向かって腕を取った刺客を投げつける。そのまま二人とも壁に叩きつけられ、その場に残る二人にフィードはすぐさま標的を変えた。今の光景を見て一瞬身体が硬直した一人の隙を見逃さず、一瞬で距離を詰める。その行動に気づいた刺客はすぐさま逃げようとするが、フィードは逃げようとする相手の横面に鋭い肘打ちを放つ。だが、それは上体を逸らした相手によってギリギリで回避される。
 そのまま背後へと距離をとろうとする刺客だったが、フィードは肘打ちの回転の勢いを活かして回し蹴りを刺客の横腹に叩き込んだ。鈍い音を響かせて地面に身を打ちつけながら刺客が飛ばされる。そして、今の攻防を見ていた残りの一人に凍るような視線をフィードは向ける。
 完全にフィードの威圧に飲まれてしまった刺客は及び腰になりながら逃げる術をどうにか探ろうとしていた。そんな相手を睨みつけながら、フィードは強い口調で問いかける。

「一体誰の指示でこんなことをしてる。何が狙いだ。俺の命か?」

 真っ先にフィードが思い浮かんだのは十二支徒。特にこの間リオーネと共に戦い、撃退したエンリカの姿だった。彼女は完全にフィードを敵として認識していたため、私怨で襲ってくる理由は想像できた。しかし、以前とは違い、この刺客たちは操られた様子がないため、裏にいるのがエンリカではないとフィードは考えていた。だとすれば次に浮かぶのは十二支徒、ログの顔だった。彼はエンリカと違い、強制的にではなく言葉巧みに人を操るだろうとフィードは考えていたからだ。それに、裏でコソコソと動くのも彼のほうがエンリカよりも多い。

「お前たち、十二支徒の差し金か? だったら、残念だな。俺はお前たちのようなやつにやられてやるわけにはいかないんだ。奴らを全員殺すまで、俺は死ねない」

 フィードの問いかけに予想と違い彼らは戸惑っていた。そんなものなど知らないとでもいうように。

(どういうことだ? こいつらを仕向けてきたのは十二支徒じゃないのか?)

 刺客たちと同じように戸惑うフィード。その彼の動揺を見逃さず、手傷を負った刺客たちはその場から離脱した。

「――! しまった!?」

 気づいたときには刺客たちとの距離が開いていた。自らの失態を後悔しながらも、このまま何の準備もせず深追いするのは危険だと判断し、フィードは彼らの後を追うのを諦め、先に家に戻ったクラリスの元へと向かうことにした。

(もしかしたら、クローディアの方にも刺客が放たれているかもしれない。誰が裏で糸を引いているのかはわからないが、これからは警戒を強めないといけないな)

 先ほどのクラリスのように魔術を詠唱し、身体強化をすると地を思い切り踏みしめて彼女たちの元へとフィードは向かっていった。
 数分後、静寂な住宅街に辿りつく。その中の一つ、クローディアの家にたどり着いたフィードは中から聞こえてくる叫び声を聞いて勢いよく玄関の扉を開いて中へと入った。
 次の瞬間その目に写ったのは、瞼を閉じて力なく倒れるアルの姿。そして、彼女の身体を抱きかかえて助けを求めるクラリス。
 それを見たフィードの視界は暗転した。脳裏には燃え盛る炎と目の前で命を散らしていく人々の姿がフラッシュバックする。全身の力が抜け、身体の末端から順に熱が失われていく。とてつもない吐き気が胃の底から湧き上がる。
 倒れているアルの傍へとフィードは走る。確実に近づいているはずなのに、一歩一歩がとてつもなく遠く感じた。心臓は破裂すると思うほど激しく鼓動し、脂汗が全身に滲んで呼吸は荒くなっていた。

「アル、アルッ!」

 自分よりも遥かに小さな少女に向けてフィードは手を差し伸べる。

(まさか、まさか……)

 悪寒が身体全体に染み渡る。少女の今の状態がどうなっているのかを確認する恐怖が差し伸べた手が身体に触れることを拒絶し、接触する後僅かな距離を縮めない。

(もし、この指が触れたものが冷たかったら? 俺はまた失うことになるのか……? いやだ、いやだ。もう二度と失うなんてことは絶対に……)

 カタッと何かが外れる音がどこかで聞こえた。

「……ます、たー?」

 本当に小さく、それこそ耳を済ませていないと聞こえないほどの大きさだが、確かに声が聞こえた。ハッとしてフィードが視線を横に向けるとクラリスに抱きかかえられているアルが薄っすらと目を開いていた。

「ア……ル?」

 呆然とするフィード。そんな彼に向かって弱々しくアルは微笑む。

「すいません、寝ちゃっていました……」

 その言葉を聞いて一気に脱力するフィード。クラリスも同様に。 

「お前……っ! いや、もういい」

 文句を言う気にもならず、フィードは重いため息を吐き出した。

「そういえばクローディアのやつは」

 クラリスの叫びが家中に響いたにも関わらず一向に姿を見せない青年に再び焦りを覚えたフィードは二階へと上がり、一つ一つ部屋を確認していく。だが、どの部屋にもクローディアの姿は見当たらなかった。
 一階へと戻り、未だ力ない状態のアルにフィードは問いかける。

「アル、クローディアがどこにいるか知らないか?」

 フィードのその問いかけにアルは誰も想像しなかった答えをするのだった。

「クローディアさんは……この家を出て行きました」
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趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
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     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
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