04
1
2
3
4
5
6
7
8
10
11
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
   

狂気に魅入られた殺人者

 とある場所、とある一室。わずかに明かりの灯る薄暗い室内から、呻き声が聞こえる。発しているのは悲嘆か、それとも怨嗟の叫びか、それは今となってはもう分からない。
 室内にポツンと置かれた一つの長机。その上に乗せられているのは口を、腕を、足を、腹を、全身を切り刻まれた一人の人間。元の性別はどうであっただろう? 度重なる実験によってそれすらももはやわからなくなっている。

「――ンッン」

 充血した目を見開き部屋中を睨みつける“実験体”。今すぐにでもこの部屋から逃げ出したい。そう思っても身体は己の言うことを聞かない。捕縛魔術によって作られた鎖が“実験体”の手足を縛っているのだ。
 どうにか残っている力を振り絞って鎖を解こうともがく。力を込めて魔術でできた鎖を引きちぎろうとするが、己の背にある机がギシギシと悲鳴を上げるだけで鎖自体はビクともしない。しかしそれでも“実験体”は繰り返す。何度も、何度も、自身の手足の皮が剥けて血が流れ出しても、ただこの場から逃れようと必死になっていた。
 そんな中、ふいに室内が明るくなった。“実験体”が光の指す方を向くと、開いた扉の先に一人の男が立っていた。黒色のほとんどなくなった白髪、頬に生まれたいくつものしわ。着ている白衣からわずかに見える手首は細く、光に照らされた顔は研究者としての性と呼ぶべきか青白い。この場で浮かべるのにふさわしくない陽気な笑みを浮かべるその壮年の男性は、まるでその内に狂気をはらんでいるかのように思えて不気味である。
 男性は“実験体”に近づいてその様子を確認する。

「おや、駄目じゃないか暴れたりしたら。君は貴重な素材なんだから、大人しくしていないと。せっかく好意で意識だけは奪わないでいてあげているんだ。それなのに、こんな風にして反抗されてしまうと困るんだよ。こっちとしては意識がある際の反応も見てみたいのだから……」

 男性を見て先程よりも更に力を込めて暴れだす“実験体”。その瞳には恐怖の色が浮かび上がり、怯えからか身体は小刻みに震えていた。

「まったく……。たった今暴れるなといったばかりなのに人語を理解できなくなるほど壊れてしまったのかい? あまり暴れられても困るから大人しく眠っていたまえ」

 そう言って男性は睡眠作用のある魔術を詠唱する。“実験体”はそれが詠唱されるまでずっと抵抗を続けていたが、詠唱が終わると事切れたかのように力なく眠りにつくのだった。

「やれやれ、これでしばらくの間は大人しくしているだろう」

 男性は眠りについた“実験体”を一瞥すると、暗い部屋を後にして目映い明かりに包まれた外へと出て行った。ここは研究施設の奥。立ち入りを制限された場所である。この場所に入ることができるのはこの実験に参加している優秀な研究員数名のみ。

(全ては、このわたしの輝かしい栄光の日々を取り戻すため)

 コツコツと靴音を周りの壁に反響させ、薄暗い実験室から遠ざかりながら男性はかつての日々を思い出し、耽りながらその場を後にする。
 彼の頭の中にあるのは遥か昔、まだ彼が若かりし頃周りの賞賛を浴びていた日々のことのみ。稀代の天才、並び立つもののない存在ともてはやされ、誰もが彼の顔色を伺い、教えを請うてきた時代。
 しかし、そんな彼も今は老いた。歳を取り、時代は変わり、かつての天才は凡夫と成り下がり、周りの注目は新しい時代の天才へと移り変わっていた。
 並ぶことのないとされていた天才の栄光は錆び、持っていた権威はかつてとは比べ物にならないほど地に墜ちた。彼の顔色を伺っていた者たちも、時が経つにつれて少しずつ彼の元を離れ、今の若い研究員の多くは彼を老害だと影で罵っている。

(わたしを……このわたしを一体誰だと思っている。魔術を蓄積する術を考え、この街を豊かにしたのはこのわたしなのだぞ)

 トリアで使われている魔術蓄積の装置の発案をし、実現化に至らせたのは隠すまでもなくこの男性の功績だった。今でこそ当たり前のように使われている装置だが、当時は革新的な発明としてトリアに留まらず、他国からも多大な注目を浴びていた。

(それに、新しい時代の天才と呼ばれている二人を育てたのも、元を辿ればこのわたしのおかげだ。それを、世の凡人どもは理解していない。天才的なこのわたしが教えたからこそ、彼らの魔術に関する才能は伸び、今に至るまでになったのだ。なのに、なぜそれがわからないのだ!)

 少しずつ募っていく苛立ちに男性の歩みが速くなる。靴を踏み鳴らす音は苛立ちのせいか、次第に大きくなり、いつの間にか立ち入り制限区域を抜けて一般の研究区域へと入っていた。他の研究員たちが鬼気迫る彼を見て怯え、小声で噂話を立てながら通り過ぎていく。それすらも眼中にないと言わんばかりに男性は無視し、呼吸をするように意識から外して歩き続ける。
 だが、そんな彼に前方から歩いてくる一人の女性が声をかけた。

「あ、ジョゼ先生。どこに行っていたのですか、探しましたよ」

 慣れ親しんだ声が聞こえ、男性が顔を上げる。そこに居たのは皮肉にも彼が手間暇かけて育て、稀代の天才と呼ばれるまでに成長することになった愛弟子の一人である女性、シアであった。

「ん? ああ……シア君か。どうかしたのかね?」

 思いがけぬ人物の登場に虚を突かれ、つい気の抜けた返事をしてしまうジョゼ。

「どうかしたって……。先生が仰られたんですよ、魔力の運用に関するレポートをまとめておけと。もう、しっかりしてくださいよ。まだまだ先生は現役なんですから。そんなボケた振りなんて似合いませんよ」

 微かに笑みを浮かべながら、冗談を口にするシア。そんなシアの言葉にジョゼは上手く返すことができず、最低限の返事をする。

「うむ。そうだな、わたしはまだまだ現役だ……」

 そう言うジョゼにシアはレポートを渡し、その場を後にして去っていく。その背が見えなくなるまでじっとジョゼは見続ける。嫉妬、憎悪、怒り、羨望。さまざまな感情が入り混じる中、狂気をその胸の内に孕み、誰にも聞こえないほどの声で小さく呟く。

「わたしはまた、かつての栄光を取り戻してみせる。それは君にも、彼にも、絶対に邪魔させはせぬよ」



 月明かりが雲の切れ間から街を照らす。静まり返った街中で、一人の男の荒い呼吸音が辺りに響き渡る。

「――はっ、はっ、はぁっ!」

 息もきれぎれになり、衣服は身体から吹き出た汗でびっしょりと濡れている。走り続けたせいか、腿は腫れあがり、走っている途中で時たま足がもつれたりもしていた。しかし、それでもなお男は走り続けるのをやめない。
 走る、走る、走る。後ろにあるのはただの暗闇でしかないのに、まるでその暗闇の中から何かが彼を追い続けているかのような様子だ。

――否。事実、彼は追われていた。

「ちくしょう……どうして、こんなことに」

 悔しさを滲ませながら不満を呟くが、彼の脳内ではまったく別のことが考えられていた。

(やっぱり、来た! あいつらが殺されてからいつかくるんじゃないかとずっと思ってた。俺だけは違うなんて思ってたのは間違いだったんだ。こいつは、こいつは俺たち研究員を狙ってるんだ!)

 自分が追われる原因に思い当たる節がある男は逃げ続ける。しかし、走る速度をいくら速めても、背後にある気配は一向に遠ざからない。そして、とうとう逃げた先が行き止まりとなり、彼の退路は断たれた。
 少しずつ、少しずつ己の元へと近づく死の気配。それに怯えながら、僅かに残された勇気を振り絞り、後ろを振り返り叫び声をあげる。

「誰だ! お前は一体誰なんだ! あの実験の関係者か!?」

 問いかけに答える声はなく、代わりに返ってきたのは靴音のみ。

 ふいに、ひときわ強い風が吹き、月を遮っていた雲が流れていく。それまで暗闇に包まれていた追跡者は、大地を照らす月明かりによってその姿を影の中から現した。

「お、おまえは……」

 驚きの表情を浮かべる男に、追跡者はただ一言を告げる。

「お前たちの犯した罪、それを絶対に許さない。慈悲など一切の余地はない。その行為、己が死をもって贖え」

 そう告げる追跡者。命の危機を察し、抵抗しようとする男。だが、魔術を唱える暇もなく、その首は胴体と分かたれる。鮮血が吹き荒れ、驚愕の表情そのままに分かれた首が地に落ちる。その光景を最後まで見届けることなく、追跡者は闇の中へと帰っていく。
 そして、その姿が完全に闇に消える前に誰に伝えるでもなく独り呟く。

「貴様たち研究員は一人たりとも許さない。この復讐、誰であろうと邪魔はさせん。死を、死を、奴らに死を! ふははははっ! あーっはっはっはっはっ!」

 狂気に満ち溢れたその瞳を闇夜に輝かせながら、殺人者は去っていく。

 今宵もまた、トリアの街に殺人鬼の犠牲者が生まれていく。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

Secre

こねこ時計 ver.3

CATS
Sweets

プロフィール

建野海

Author:建野海
扉の中の部品たちへようこそ。

名前:建野海

twitter @tateumi よかったらフォローしてください。


好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
      僕駐
      インセプションなど。

好きなゲーム:キングダムハーツ
       テイルズ
       ルーンファクトリー
       ゼルダの伝説など

好きなアーティスト:福山雅治
          宇多田ヒカル
          UVERworld
          アンジェラアキ
          

最近の記事

最近のコメント

カウンター

Twitter

 

月別アーカイブ

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
小説・文学
1803位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
オリジナル小説
322位
アクセスランキングを見る>>

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧


旅の空でいつか

標準装備で。

CANDY BOX

クリスタルの断章

現実エスケープ

BSR

白と黒の交流所

みくちょんの毎日

木綿湯のぶろぐ

気ままな雑記帳

saichi放送局

とあるゲーマー武装紳士の日常

星のゆりかご

Melt Sugar

小さいにっぽん頑張れ、2ch,大騒ぎ

Twilight of midnight

hana.bana