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レッド(26)「正義の味方の」ピンク(16)「恋愛事情」

レッド「おい、ミーティングにこれないってどういうことだ!」

ピンク「だから何度も言っているじゃないですか。今度の期末試験を受ける際の対策講座があるって」

レッド「いや、それは聞いていたけどさ。あとで友達からノート貸してもらうとかできないのか?」

ピンク「そういうわけにはいきません。ただでさえ最近悪の組織と戦っているせいで学校休みがちなんですから」

レッド「え? でもそこはうちの組織の方から学校側に出席訂正するように配慮がされているんじゃないっけ?」

ピンク「確かに出席は訂正されてますけどその分普通に勉強する時間が足りないんです。このままじゃ留年の可能性もあるんで……。あ、そろそろ講義始まるんで切りますね」

レッド「あっ! おい……。切れちまったよ」

ブルー(20)「レッドさん、ピンクのやつどうでした?」

レッド「あ、それがどうも来られないって。まったく、学校よりもこっちのほうが俺たちには重要だろうに」

ブラック(32)「まあ、そういいなさんな。お前は確かに昔からこの役目一筋で学校なんてそっちのけだったろうがあの子にまでお前の考えを押し付けるのはよくないぞ」

レッド「はぁ……。そりゃ、ブラックさんのいうこともわかりますけど。でもピンクのやつは先代が寿退職して新しく入ったばっかりなんですよ。
 もうあいつが入ってから三ヶ月目になりますけど中々連携もうまくいかないですし。この前だって一歩間違えば怪人にやられるところだったんですよ、あいつ」

ブルー「でもその時はレッドさんがうまいこと助けに入ったじゃないですか! そうやってお互いに支えあっていくのが僕たちの有り様じゃないんですか?」

レッド「う~ん、そう言われちゃ返す言葉がないんだけどな。ただ、ピンクのやつはまだ皆との間に一線をおいているというか……」

ブラック「それは確かにな。ま、年頃の少女が自分よりも年上の男ばかりの集団の中に放り込まれちゃ、その反応はある意味正しいもんじゃないのかね」

レッド「そんなもんですかね? 一応このミーティングについてこの間連絡した時も『わざわざ直接集まらなくてもこうして通信を使ってミーティングをすればいいじゃないですか』なんて言われちゃって」

ブルー「う~ん、でも確かにピンクを除いて僕たち皆表の顔は社会人ですし、こうして全員の予定の合う日じゃないといけないのは確かに不便かもしれないですね」

レッド「でも、この集まりはずっと前の先代から受け継いできたものだからな~。そう簡単に変えていい風習とも思えないし……」

ブラック「そこは、ほら。臨機応変に簡単なミーティングなら連絡の時みたいに端末を使って行えばいいんじゃないか? 本当に重要な時だけ集まればいいと俺は思うぞ」

レッド「やっぱり、皆不便だとは感じているんですね。わかりました、一度先代に相談してみることにします」

ブラック「おう、そうしとけ。今はお前がリーダーなんだ、よく考えて出した結論なら誰も反対しないさ」

ブルー「そうですね。あ、そういえばお二人共飲み物でも頼みますか?」

ブラック「そうだな。それじゃあ、俺はコーヒーをホットで」

レッド「俺は……バナナジュースにするよ」

ブルー「レッドさん相変わらず可愛らしいもの頼みますね。あ、店員さ~ん。コーヒーとバナナジュース、それからレモンティーのアイスお願いしま~す」

レッド「ありがとう、ブルー。それで、話を本題に移して今回のミーティングだけど……」

イエロー(23)「ごっめ~ん、遅れた~?」

ブルー「あ、イエローさん。大丈夫ですよ、今から始めるところです」

ブラック「なんだ、今日はいつもより早く来たじゃねえか」

イエロー「そうなの! 実はいつもより仕事の数が少なくてね。意外と早く終わったからこうして間に合ったってわけ」

レッド「今回はちゃんと仕事だったのか。いつもメイクの時間がどうとか言い訳をするからまたそれかと思ったぞ」

イエロー「なによ、レッド。一応は間に合ったんだから文句無いでしょ? 機嫌悪いの?」

ブルー「実はさっきピンクからミーティングに来られないって連絡が来て」

イエロー「あ~なるほどね。それで拗ねてるわけか。あんたもわかりやすいわね~。どうせ、久しぶりにオフでみんな集まるんだから最近の近況を聞きながらピンクとあたしたちの親睦を深めようとでも思ってたんでしょ?
 でも、いざその日を迎えたらピンクがドタキャンであんたの計画が丸つぶれ。そんなわけだからいじけてるわけね」

レッド「ばっか、ちげえよ! 勝手な想像やめろよこの男女!」

イエロー「なによ! その呼び方はやめろって前からいってるでしょ! だいたい今のあたしは胸もあるし、見た目もそこらのモデルに引けをとらないくらいは綺麗だと自負しているわ。
 ちょうど、さっきも道歩いていたらナンパされたしね」

レッド「そんな自慢はどうでもいいわ! それならさっさと男の象徴さっさと切除しろよ!」

イエロー「うっさいわね、お金が貯まったらすぐにでもするわよ。全く、これだから女心に疎い熱血ヒーロー馬鹿は困るのよ。デリカシーがないったらありゃしない」

レッド「はんっ。人を守るのに女心なんか関係ないだろ! そんなこと言うのは軟弱なやつだけだ」

イエロー「そんなこと言ってるから見た目だけはいいのに彼女が出来てもすぐに別れられるのよ。そのくせプライドだけは高いから自分に非はないと認めようとしないんだから」

レッド「ふん、たまたま俺と波長が合わなかっただけさ」

イエロー「へ~。その調子じゃ、あんたと波長が合う子を見つけるのは苦労しそうね」

ブルー「あ、あの~二人ともその辺りでやめときません?」

レッド「彼女持ちは」

イエロー「黙ってなさい!」

ブルー「ひどいっ! 僕別に何も悪いこと言ってないのに」

ブラック「まあまあ、二人とも。このままじゃいつまで経っても話の本題には入れないぞ。それに、いくら俺たち専用の個室で話しているとは言え、ここは喫茶店だ。あんまり声が大きいと外に響いて他の客に迷惑になる。
 それはこの店の店主である先代ブルーの顔に泥を塗ることにもなるけどそれでもいいなら続けろ」

レッド「……さすがに先代の迷惑になるようなことはできないですね」

イエロー「確かにあたしもヒートアップしすぎたわ。〝乙女〟にあるまじき行為ね」

ブラック「よしよし、それでこそ大人の対応だ。お、ちょうど飲み物もきたな。イエローは何か頼むか?」

イエロー「そうね、それじゃあミルクティーをもらえるかしら」

レッド「よし、それじゃあピンク以外の全員が揃ったことだし気を取り直してミーティングをはじめるとするか」

ブルー「はいっ!」

ブラック「了解っと」

イエロー「は~い」


――ピンクの学校――

ピンク「はあ、今日も疲れました」

友「お疲れ、桃。いや~今日の授業は難しかったね~。あたし全然理解できなかったよ~」

ピンク「私もです。ここ最近学校休みがちでしたので……」

友「あ~前に言ってたやむを得ない事情ってやつ?」

ピンク「はい……。実は今日も学校を休めと言われてまして。もちろんテストが近いので断ったんですけど」

友「アルバイトに似たようなもんだって言ってたよね。家庭の事情だそうだけどピンクも大変だね。ブラック会社じゃん、それ」

ピンク「でもその分お給料はいいんですよね」

友「へ~どれくらいもらってんの?」

ピンク「え~っと、高級マンションに一人で住んで何不自由なく生活する分にはもらってますね」

友「またまた~。その冗談センスないよ~」

ピンク「別に冗談じゃないんですけど……」

――下駄箱――

友「あ、そうだ。帰りさ、最近できたクレープ屋寄ってみない?」

ピンク「そうですね……。たまにはいいかもしれないですね」

友「よし、そうと決まったら善は急げ! 早く行こっ! ……って、あれ? なんか、校門前に人集まってるね」

ピンク「本当ですね、なんでしょう?」

レッド「いや、ここに知り合いがいるんですって。本当です、嘘じゃないですって」

警備員「はいはい、不審者はみんなそう言うの。少し人より顔がいいからって……チッ」

レッド「あ、舌打ちしたでしょ今。絶対私情挟んでますよね。ねえっ!」

警備員「うるさい! ほら、そこの女子高生どもも散った散った。たまにイケメンが来るとこれだよ。ほんと、世の中不平等だ……」

友「うわっ、ナンパしにきたのかなあの男の人。でも、結構格好いいかも」

ピンク「……な、なんで」

友「ん? 桃、どうかした?」

レッド「ちょ、ちょっと待ってってば。……あっ、桃。ちょうどいいとこに! ほら、早く誤解解いてくれよ。俺このままじゃ完全に不審者として捕まっちまう」

ピンク「あ、あなたはこんなところで何をしているんですか! ちょっと、こっちに来てください」

レッド「痛っ! 桃、無理やり手を引っ張んなって!」

友「……行っちゃった。なんだったんだろ、あの人。もしかして、桃の彼氏?」

――公園――

ピンク「どういうことですか! なんでレッドさんが私の学校に来てるんですか!?」

レッド「そんな大声出すなよ。お前今日のミーティング休んだろ。その時のことを直接話しとこうと思ったんだよ」

ピンク「別にそういうことは通信でやればいいって言ってるじゃないですか」

レッド「確かにそうだけどさ~。ほら、やっぱこうして直接会ったほうがいいかな~って」

ピンク「はぁっ……。なんですかその適当な理由は。まあ、いいです。こうしてきてしまったんですから話を聞いておきますよ。

レッド「おう。それで、今日のミーティングの内容なんだけどな……」

……



レッド「といった感じで、うちのバックアップ組からの連絡によると最近また悪の組織が何か企んでるみたいなんで動きが見られたら即対処するようにってことで」

ピンク「わかりました。わざわざどうもありがとうございます」

レッド(言葉の端々に刺があるな。やっぱ、まだ怒ってるなぁ)

レッド「そ、そうだ桃。最近このあたりにクレープ屋できたらしいぞ。よかったら行ってみないか?」

ピンク「レッドさん、物で機嫌を良くしようという魂胆が丸見えです。それに、本来なら私は今日そこに友達と行く予定でしたから。まあ、誰かが突然来たせいでその予定も潰れましたけど」

レッド「うっ……その件は本当にすまん。けど、俺もいろいろ考えてだな」

ピンク「クスッ。わかってますよ、それくらい。今日だって本当は私と他の皆さんとの仲を取り持とうとしてくれてたんですよね?」

レッド「なんだ……バレてたのか。まあ、お前まだヒーローなり立てだし色々周りに壁があると思ったからさ。
 あ、ちなみに相談事があるなら俺が聞いてやるぞ。なんせリーダーだからな!」

ピンク「その点に関してはご安心を。私こう見えて皆さんとの仲はいいですから。さっきのレッドさんの考えだってイエローさんからのメッセージで知りましたから」

レッド「えっ……そうなの?」

ピンク「はい。ちなみにレッドさん以外は戦隊共通の端末ではなく個人用の端末でも連絡先交換していますよ」

レッド「えっ? ええ~。なんだ、それ。それじゃあ、お前の個人連絡先イエローだけじゃなくてブルーやブラックも知ってるってことか?」

ピンク「そうなりますね。残念でした、レッドさん」

レッド「なんだよ~。それじゃあ、俺だけ仲間はずれか? くっそ、みんなして俺を除け者にして……」

ピンク「ふふっ。拗ねないでください、クレープ奢りますから」

レッド「いらん! というか、子供に奢らせてちゃ俺の立場がない」

ピンク「遠慮なんて別にいいんですけど。私これでも結構給料もらってるんですよ?」

レッド「それくらい知ってるわ。俺は、お前と同じくらいの時からヒーローやってるんだ。知らんわけないだろ」

ピンク「……知ってますよ」

レッド「ん? 何か言ったか?」

ピンク「別になにも? それより、行くなら早く行きましょう。早く行かないとお店閉まっちゃいますよ」

レッド「あっ、こら。だから引っ張るなって」

ピンク「これくらい普段から子供たち相手に慣れてるでしょ? しっかりしてください、保父さん」

レッド「保父さん言うな。ちょっと恥ずかしいんだから」

ピンク「はいはい。明日からまた園児の面倒見るの頑張ってくださいね正義のヒーローさん」

レッド「こらっ、そういう重要なことさらりと口にするな!」

……



――幼稚園――

女園児「センセー、センセー今日はあたしたちと遊んでくれるって言ってたよね~」

男園児「ばっか、何言ってんだよ。センセーは今日俺たちと一緒に遊んでくれんだぞ! な、センセー」

女園児「そんなことないもん。紅センセーはあたしたちと一緒におままごとやってくれるっていったもん!」

男園児「ハンッ。センセーがそんなことするわけないじゃん。センセーは俺たちと一緒にヒーローごっこしてくれるんだかんな」

レッド「あ、あ~。とりあえず二人とも落ち着いてくれないかな」

女園児「センセー! センセーはあたしたちとそっちのどっちを取るの?」

男園児「センセー! 男に二言はないよな! ヒーローは嘘つかないもんな!」

レッド「ええっと……その~」

園長「あらあら、紅先生。相変わらず園児たちから人気ですね。でも、優柔不断なのはよくありませんね。ここはスパッと決めてしまわないと」

レッド「ですよね。ううん、そうだな。男園児たちとは昨日一緒にヒーローごっこしたし、女園児たちとの約束があったから今日は女園児たちと遊ぶな」

男園児「え~。なんだよ、それ~」

レッド「ごめんな。その代わり明日は一緒に遊んであげるから」

男園児「チェッ。しょうがないな、約束だかんな!」

レッド「ああ、約束だ」

女園児「それじゃあセンセー早く来て! もう準備は出来ているんだから!」

レッド「わかったよ。今行くから」


……



レッド「ふう、今日も園児たちの相手は大変だったな。まだまだガキだからかあいつらの体力は無尽蔵に近いからな~」

ピロリ~ン

レッド「おっ、ブルーからメールだ。なになに? 彼女と喧嘩して家を追い出されました。行くとこないので今日泊めてもらえませんか?
 ったく、しょうがないな」

――レッド宅――

ブルー「いや~助かりましたレッドさん。本当こういう時は頼りになりますよ」

レッド「なんだか今の言い方に引っかかるものがあったけど、まあいいや。それで、いつも仲いいって自慢してるのになんでまた喧嘩なんかしたんだ?」

ブルー「いや、それがですね。僕仕事が外仕事じゃないですか? それで、元々彼女とデートの予定の日があったんですけど急に仕事先から出てくれって頼まれて。
 まだまだ下っぱなほうなんで断れずその日は仕事に行っちゃったんですよ」

レッド「なるほどな、それで怒った彼女と喧嘩してってオチか」

ブルー「いや、それ自体は今までに何度かあったので彼女も仕方ないって納得してくれたんですよ。まあ、この理解があるところが僕の彼女のいいとこなんですけどね。
 ただ、その仕事先が女子高でして。僕そこで女子高生にナンパされたんですよ~」

レッド「さらりと惚気と自慢を話に混ぜてくんな。で、それからどうしたんだ?」

ブルー「実はうちの彼女、親方の奥さんと仲がいいみたいで、僕がナンパされたこと聞いちゃったんですよ。それで、『やっぱり私なんかより若い女の子のほうがいいんでしょ!』って拗ねちゃいまして。
 僕は愛しているのは君だけだって弁解したんですけど聞き入れてもらえなくて。それで、気持ちを落ち着かせるために一日欲しいって言われたんでこうしてレッドさんに連絡したんですよ」

レッド「……よし、お前今日は帰れ」

ブルー「ええっ! まだ来てから三十分も経ってないですよ!」

レッド「うるせえ! 喧嘩して家追い出されたって言うから連れてきてやったのに、なんだよただの惚気じゃねえか。喧嘩でもなんでもないわ、そんなん」

ブルー「そうですかね。いや~お恥ずかしい」

レッド「くそっ。この余裕綽々な態度が妙に腹立たしい。これだから彼女持ちは」

ブルー「そんなこというならレッドさんも誰かと付き合えばいいじゃないですか。レッドさん黙ってれば顔はいいんですから」

レッド「うるさいな~」

ブルー「あ、お酒飲みだした。もう、保父さんなんですから子供たちにお酒の匂い嗅がせたりしちゃダメですよ」

レッド「お前は俺の母親か! そういやお前明日仕事は?」

ブルー「あ、休みです。元々休みだった日に出勤したんで代わりに休みもらいました」

レッド「そうか。俺は明日も仕事だよ」

ブルー「お疲れ様です。で、話を戻してレッドさんは今恋してないんですか?」

レッド「お前も好きだな~。あいにくと今は誰にも恋してねーよ。第一悪の組織との戦いでの対策考えたり、園児たちの面倒見てるのに忙しくてそんな暇ねえな」

ブルー「ふ~ん、意外です。もっと恋愛活動に積極的になってるかと思ってたんですけど。……ふむ、なるほどなるほど」

レッド「おい、急に携帯いじりだしてどうした」

ブルー「いえ、なんでもないです。ちょっと、彼女へ謝罪のメールを送っているところなので」

レッド「あ~そうか。なら、好きなだけしていてくれ。俺はテレビでも見てるわ」

ブルー「はい。お世話かけてすいませんレッドさん」

レッド「ま、こういう時と戦いの時くらいしかリーダーっぽいことできないからな。今日はゆっくりしてけ」

ブルー「ありがとうございます」

……




――ピンク宅 電子モニター――

イエロー「ほほ~。それでその日はレッドと一緒にクレープを食べたと」

ピンク「そ、そうなりますね。でも、結局連絡先は聞けませんでした……」

イエロー「も~。それだったらあたしがあいつの連絡先くらい教えてあげるって言ってるじゃん」

ピンク「いえ、こういうのはやっぱり自分で聞いておかないと意味がないと思うので」

イエロー「お固いね~ピンクは。でもホント不思議だわ。あんな奴の一体どこがいいんだか。あたしには全く理解できないね」

ピンク「そ、そんなことないです! レッドさんは責任感ありますし、戦いの時はいつもみんなのこと気遣ってくれてます。それに、面倒見だってありますし、素敵な男性です!」

イエロー「ふ~ん。そんなに力説するくらいあいつのことが好きなんだ。いや~電子モニター越しだけど聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい一生懸命ね」

ピンク「あっ……。いえ、その……」

イエロー「でもさ、そんなに好きなら早く告白でもしたらいいのに。気持ち自体は固まってるんだから動かないと損だよ。
 あいつ、あれでも黙っていれば絵になるからね。ま、中身は熱血馬鹿って知って幻滅する人も多いけど、そこを含めて好きになる人がピンク以外に現れないとも限らないんだし」

ピンク「……そう、ですよね」

イエロー「そういえば聞いていなかったけど、そもそもどういう経緯であいつのこと好きになったの? だってまだ知り合ってから三ヶ月でしょ。まさか一目惚れってことはないわよね」

ピンク「えっと、ある意味ではそれに近いかもしれないですね」

イエロー「えっ!? 嘘っ!」

ピンク「実はですね、私十年前に……」


――十年前――

ピンク(6)「うわ~ん、パパ~。ママ~」

蜘蛛怪人「ふはははは! どうだ、このデパートはこの俺が占拠した! ……あ、そこのお嬢ちゃんあんまし泣かないで。ほら、この飴あげるから」

ピンク「ふえ~ん。ひっく、ひっく」

蜘蛛怪人「……困ったな。市民に被害を与える気はないからな。ひとまず、この子のお父さんたちがデパートの中にいないか探してもらうか。お~い、下っぱ怪人」

下っぱ怪人「あ、はい。なんでしょう、蜘蛛怪人さん」

蜘蛛怪人「ああ、実はこの子お父さんたちとはぐれたみたいなんだ。だからどうにか見つけておいてあげて」

下っぱ怪人「はっ! 了解しました」

蜘蛛怪人「ふう、これでどうにかなるか」

ブルー(先代)「そこまでだ!」

蜘蛛怪人「ほう……。来たか、戦隊め」

イエロー(先代)「何の罪のない市民に恐怖を与えるなんて許さない!」

蜘蛛怪人「はっ! 二人だけで何ができる。それに、こちらには人質がいるんだぞ。おい、お前!」

下っぱ怪人「……お嬢ちゃん、ゴメンネ。見ろ! 既に少女の命は我々の思うがままだ。どうやらお前たちにはこの状況がわかっていないようだな!」

ピンク「うええん。こわいよぉ~」

ブルー「なっ! 人質を取るなんて卑怯な」

蜘蛛怪人「ふははははっ! なんとでも言うがいい! 卑怯なんて言葉褒め言葉にしか聞こえんな」

ブラック(22)「ま、確かにそうかもな。ならこちらも一人対多数の卑怯な手を取らせてもらいますよっと」

下っぱ怪人「ぐはっ!」

蜘蛛怪人「なっ!?」

ピンク「ふええっ。パパ~ママ~。えぐっ、えぐっ」

レッド(16)「もう大丈夫だ。ほら、泣き止んで。俺たちが来たからにはすぐにお父さんたちの元に返してあげるからな」

蜘蛛怪人「くっ……貴様ら。毎度毎度我々の侵略の邪魔をしやがって」

レッド「うるせえ! こんな子供を盾に使ってる奴が文句なんか言ってんじゃねえ。市民の憩いの場をこんなめちゃくちゃにしやがって。覚悟はできてるんだろうな!」

蜘蛛怪人「ふん。そちらこそ、むざむざと現れて、返り討ちにしてくれるわ」

レッド「行くぞ、みんなっ!」

ブルー「ああ!」

イエロー「おう!」

ブラック「あいよ」

……



ピンク「ということがあったんですよ」

イエロー「へ~。あたしはその時まだ戦隊の一員じゃなかったから知らなかった」

ピンク「いえ、でも多分レッドさんもこのことを覚えていないと思いますよ」

イエロー「ふ~ん。で、そういう出来事があったのはわかったけどそれでどうしてピンクはレッドを特別好きになったの?」

ピンク「実は、その戦いのあと。私お父さんたちのところまで連れて行ってもらったんですけれど、その時に私を連れて行ってくれたのがレッドさんだったんです。その時のレッドさんがすごくかっこよくて、優しくて……」

イエロー「で、惚れちゃったと」

ピンク「はい……」

イエロー「なるほどね、つまりピンクはそれから十年間ずっとレッドのことを想ってきたわけね。すごいわね、あたしじゃ絶対に無理だわ」

ピンク「それからは戦隊の活躍があればチェックしてたりはしてたんです。そうこうしているうちに十年が経って、ある日突然私のところにサポーターの人たちが来て、『君には戦士としての素質がある。よければ我々の力になってもらえないだろうか』って誘われて」

イエロー「あたしたちの戦隊の一員になったってわけね。でも実際に憧れていたレッドに会って幻滅とかしなかった?」

ピンク「どうでしょう。確かに、十年間自分が勝手に思い描いていたイメージのレッドさんとはズレがあって最初は悩んだりもしましたよ。
 でも、やっぱりあの人は私の子供の頃から憧れていた優しい人だったので」

イエロー「そっか、そっか。それじゃあ後は本人を前にして天邪鬼な行動を取らないようにすることだね~」

ピンク「そうですよね。ただ、どうしてもあの人を前にすると緊張しちゃって」

イエロー「初々しいな~。ま、頑張れ頑張れ。お姉さんは応援してるぞ」

ピンク「はい、ありがとうございますイエローさん」

ピロリ~ン

ピンク「あっ、メール。ブルーさんからですね」

イエロー「なんだって?」

ピンク「え~っと、『レッドさんは今彼女いないみたいだよ。でも、戦隊とかのこととか園児のことばかり考えてて恋愛自体に興味がなくなってきてるみたい!』だ、そうです」

イエロー「はぁ。本当にあの戦隊馬鹿は……。これは早いところ手を打たないとダメかもね、ピンク」

ピンク「は、はい! 私、頑張ります」
……



――街中――

レッド「でたな、怪人め。何度来ようとこの町の平和は俺たちが守ってみせる!」

蜥蜴怪人「ほう、言うじゃないか。いつもいつも貴様らの思い通りに行くと思うな」

ブラック「気をつけろ、レッド。こいつ今までの敵とはどうも様子が違うぞ」

レッド「わかってます。みんな気を引き締めろ。ブルーは俺とブラックと一緒に怪人の相手を、イエローはピンクと一緒に援護を頼む!」

イエロー「任せて」

ピンク「はい、わかりました!」

……



レッド「くらえ、焔の剣!」

蜥蜴怪人「ぐっ……」

イエロー「おっ、怯んだみたいね。援護するなら今ね。よいっしょ……。痛いだろうけど勘弁してね」

蜥蜴怪人「ぐふっ。お、斧か。噂に聞いていたがこれほどの威力とは」

ピンク(あっ、足をつきました。身体も傷だらけですし、これはだいぶ弱っているみたいですね。今なら私でも)

ピンク「やあああああああっ!」

レッド「ッ!? 馬鹿、ピンク!」

蜥蜴怪人「ふふふっ」

ピンク「なっ!」

蜥蜴怪人「ふん、俺は蜥蜴の怪人だ。多少のキズならすぐに再生できるんだよ」

ピンク(そんな……。マズイ、身体が怪人のほうに突っ込んでしまっていて今更動きを止めることができない)

蜥蜴怪人「これで終わりだな……」

ピンク(レッドさん……すみません)

ドガッ

レッド「……どう、にか間に合ったか」

ピンク「レッドさん!?」

蜥蜴怪人「ほう、仲間を守るために飛び出すとは敵ながら見事。だが、その代償は大きかったな」

レッド「ぐっ……うぅっ」

ドサッ

ピンク「レッドさん! しっかり、しっかりしてください!」

ブラック「レッド! てめえ……」

蜥蜴怪人「おお、怖い怖い。大事な仲間が倒れた時のお前たちの強さは侮れんからな。今日のところはこの辺で引かせてもらおう」

ブルー「待てっ!」

イエロー「ブルー深追いしないで。ブラック、レッドの様子を見てあげて」

ブラック「ああ、わかった」

ピンク「ごめんなさい、レッドさん私のせいでっ……」

レッド「おい、おい。なくな、よ。でも、よかった……。また、守ることができて」

ピンク「……えっ?」

ブラック「ちっ、傷が深い。こりゃ、今すぐ手当しないとマズイな。おい、イエロー。サポーターに連絡だ。早く!」

イエロー「わかったわ! もしもし、レッドがやられたわ、傷が深い。早く治療隊をよこして!」

……



――レッドの病室――

レッド「……」

ブルー「ちくしょう、あの怪人め」

ブラック「ブルー、そう憤るな。もう起こってしまったことだ」

ブルー「そうですけど! でも、許せないです。レッドさんにこんな傷を負わせて」

イエロー「そうね。ここしばらく仲間がこんなに傷つくとこなんて見てなかったからね。あたしも久しぶりに頭きた」

ブラック「早まるなよ、お前たち。そうやって怒りに任せて単独で敵を追えば間違いなく返り討ちになる。辛いだろうが今は耐えるんだ」

イエロー「……わかったわよ。そんなことより、ピンクは?」

ブラック「待合室だよ。あいつ今回の件は自分のせいだって思って酷くショックを受けてる」

イエロー「そう。それじゃあ、あたしがフォローに行ってくるわ。二人ともレッドのこと見てて」

ブラック「ああ、任せた」

――待合室――

ピンク「……」

イエロー「……ピンク」

ピンク「イエロー、さん。わたし、わたし……」

イエロー「そんなに自分を責めなくてもいいのよ。レッドがああなったのはあなたのせいじゃないんだから」

ピンク「でも、私がもっと敵の行動を注意してみていれば……」

イエロー「仕方ないわよ、あなたはまだ怪人との戦いの経験が少ないんだから」

ピンク「でも、でもっ」

イエロー「大事な人が傷ついて辛いのはわかるわ。でも、それであなたまで傷ついちゃせっかくピンクのことを身体を張って守ったレッドの立場がないんじゃない? 
 本当に申し訳ないと思うのなら、ここは空元気でも笑顔を見せて、レッドの意識が戻ったときに元気な姿を見せてあげるのが一番だとあたしは思うわ」

ピンク「……そう、ですね。すみません、イエローさん」

イエロー「分かればよし。まあ、まだまだ不格好な笑顔だけど、とりあえず今はそんなもんでいいでしょ。
 ほら、レッドの病室戻ろう」

ピンク「はい。あ、あのイエローさん」

イエロー「なあに?」

ピンク「ありがとうございます。本当に」

イエロー「気にしないで。これくらい当然でしょ、仲間なんだから」

ピンク「ふふっ、その言い方レッドさんにそっくりですね」

イエロー「あんな戦隊馬鹿と一緒にしないで。まったく、もう」

……



ピロリロリ~ン

ピンク「レッドさんが目を覚ましたって本当ですか!」

ブルー「本当だよ。昨日の昼頃目を覚ましたって。意識もしっかりしているし、今のところは回復の経過は順調みたい」

ピンク「よ、よかった……」

ブルー「今イエローがお見舞いに行ってるところ。よかったらピンクも行ってきたら?」

ピンク「はい。今はまだ学校ですけど、終わり次第すぐに行きます!」

ブルー「そう。それじゃあ、僕も仕事が残っているから、この辺で」

ピンク「はい。どうも、わざわざ連絡をしてくださってありがとうございました」

ブルー「それじゃあね」

ピッ

――レッドの病室――

ピンク「し、失礼します」

レッド「おう、ピンクか」

ピンク「レッドさん。本当に意識が戻ったんですね」

レッド「見ての通りな。悪いな、心配かけて」

ピンク「いえ、そんな。私のほうこそ、あの時は」

レッド「ま、気にすんな。っと、入口でいつまでも立ってないでこっちこいよ」

ピンク「はい。それじゃあ……」

レッド「制服ってことは学校の帰りか」

ピンク「はい。学校にいた時にブルーさんからレッドさんの意識が戻ったって聞いて」

レッド「それでわざわざ見舞いに来てくれたのか。ありがとな、ピンク」

ピンク「気にしないでください。私が来たくて来たんですから」

レッド「そ、そっか」

ピンク「そういえばイエローさんが来てたって聞きましたけど」

レッド「ああ、実はピンクと入れ違いで帰ってな。俺が寝ていた間の街の様子とかを教えてくれたんだよ」

ピンク「そうだったんですか。なんというかイエローさんは色々と気が利く人ですね」

レッド「そう思うよな。まあ、俺はあいつとはブラックの次に付き合いが長いからそんなこと普段思わないけどこういう時は本当にありがたく思うよ」

ピンク「本当ですね」

レッド「……」

ピンク「……」

ピンク(どうしましょう。思ったよりも話題が続きません。レッドさんも私と同じようですし、何か、何か話題……)

ガラッ

男園児「センセー」

女園児「センセー」

レッド「あれ? お前ら。どうしてここに」

男園児「へっへ~、園長先生に連れてきてもらったんだ。センセー大丈夫か? 怪人のせいで怪我したって聞いたけど」

女園児「センセー早くよくなって帰ってきてね」

レッド「大丈夫だ。ありがとな、二人とも」

男園児「それにしてもここが病室か~。センセー、ベッド乗ってもいい?」

レッド「おう、いいぞ。来い来い」

男園児「おっしゃー」ボフッ

女園児「あ、ずるい。私も!」ボフッ

男園児「お~思ったよりやわらけ~」

女園児「ホントだ~」

レッド「おいおい、あんまし暴れるな。先生まだ怪我治ってないんだから」

男園児「あ、ごめんなさい」

女園児「センセー大丈夫?」

レッド「二人がおとなしくしてくれてればな。それと、病院では静かにするように」

男・女園児「は~い」

ピンク「……」

レッド「ん? どした」

ピンク「いえ、レッドさ……じゃなかった紅さんって意外とちゃんと先生をしているんだなって思って」

レッド「なんだ、そんな意外か?」

ピンク「実をいうともっと子供達と同じレベルで相手をしているかと思ってまして」

レッド「おい、こら。こう見えてもちゃんと大人だ。こちとら人様の大事な子供を預かっているんだからそりゃきちんとするさ」

ピンク「ふふっ。そうやっていってると本当に先生みたいですね」

レッド「みたいじゃなくて、先生なんだよ。……ったく」

男園児「なあなあ、センセー」

レッド「ん? どしたよ」

男園児「あのお姉ちゃん誰?」

女園児「もしかして……センセーの彼女?」

ピンク「へっ!?」

レッド「ち、違うぞ。えっとこの子は先生の……そ、そう。大事な仲間だよ」

男園児「ふ~ん。それってレッドとピンクみたいなもの?」

レッド「そ、そうそう。そんな感じ。悪の組織に立ち向かう仲間みたいなもの」

女園児「そうなんですか?」

レッド「そうだよ。なっ、桃」

ピンク「……」

イエロー『でもさ、そんなに好きなら早く告白でもしたらいいのに。気持ち自体は固まってるんだから動かないと損だよ。
 あいつ、あれでも黙っていれば絵になるからね。ま、中身は熱血馬鹿って知って幻滅する人も多いけど、そこを含めて好きになる人がピンク以外に現れないとも限らないんだし』

ピンク(……やっぱり、今の私はレッドさんにとって私はただの仲間にしか過ぎないんですね。こんな状況で言うのは変かもしれないですけど、このままじゃずっとそういう認識しかされなさそうです。それなら……)

ピンク「私は……レッドさんのこと好きですよ」

レッド「へっ?」

男園児「お、おぉ~」

女園児「うわぁ~」

レッド「お、おい。それどう言う意味……」

ピンク「きょ、今日はこの辺りで失礼します。それじゃあ、お大事にッ!」

レッド「ちょ、ちょっと待てって! ……行っちまった」

男園児「うわー告白だー。センセーやるじゃん!」

女園児「センセー、あの人のこと好きなの? どうなの!?」

レッド「……どうって。この状況がどうなってんだよ……」

……



――レッド病室 電子モニター――

ブラック「で? お前はそのまま答えを聞けず悶々としたまま園児たちの相手をしてたってわけか」

レッド「かいつまんで言えばそんな感じです。っていうかわけわかんないですよ。なんで、また急にこんなことになるんですかね」

ブラック「ほ~。本当に心当たりがないのか?」

レッド「……ないですよ。だって俺あいつから好かれるようなことなんてしてないですもん。戦隊に入ってからは先輩風吹かせて口うるさいことばっか言ってましたし。ピンクが学生だっていうのわかっていながら戦隊のことを押し付けたりしてたし。
 この前だってあいつの学校に押しかけて迷惑かけましたし」

ブラック「だからどちらかといえば嫌われている方だとでも思ってたと?」

レッド「まあ……」

ブラック「アホだな~お前も。いいか、本当に嫌いならそもそも相手にすらしないだろ。嫌いな奴のとこに連絡来てすぐ見舞いに行く奴がどこにいるよ?」

レッド「それは、確かにそうですけど。でも、あいつ俺以外のみんなと連絡先交換してたし、結局俺はまだ連絡先交換してないんですよ」

ブラック「ボケ。それもさっき言ったのと一緒だろ。そもそも嫌いならそんなこと話に出さんわ。何か理由があるとか普通は考えるだろ」

レッド「っていうか、ブラックさんもしかしてアイツが俺に好意を持ってくれてるの知ってました?」

ブラック「さてな。んなことより、お前はピンクにどう答えてやるつもりだ? まさか曖昧にする気はないよな?」

レッド「もちろんそんなことはするつもりはないですよ。ただ……」

ブラック「ただ?」

レッド「いや、あいつが俺に好意を持ってくれてるのは単に年上に対する憧れなんじゃないかと思いまして」

ブラック「はぁ~。お前は本当にめんどくさいやつだな。年とって外見は成長しても中身はガキのままじゃねえか。
 いいか、一度しか言わんからしっかりと聞いておけ。もしピンクが年上に対する憧れだけでお前に好意を抱いているのなら同じ隊にお前よりもいいやつは他に二人もいる。
 渋さと大人の余裕を兼ね備えた俺。ちなみに表の世界の肩書きはインテリアデザイナーな。それからブルー。
 あいつはピンクから見れば年上に加え比較的年が近いこともあって面倒見のいい兄貴分みたいな感じだ。しかも外仕事なんてあの年頃の女の子から見れば何故か恋愛対象として好印象。
 それに対してお前はどっちつかずの中途半端な年齢。二十代後半という微妙な年に加え保父さんという世間一般から見れば地味な職業。
 わかったか? これだけでもお前より俺らを選ぶ可能性の方が高いんだよ」

レッド「なんか酷い言われようですね、俺」

ブラック「そうだ、酷い言われようだよ。でもピンクはそんなお前のことが好きって言ってんだ。もういい加減あいつの好意が本物だって認めたらどうだ?」

レッド「……そう、ですよね。こんな俺のこと好きって言ってくれてるんですよね」

ブラック「そうだ。だから、どんな答えを出すにしろきちんとアフターフォローまでしてやれよ。どっちの結果になってもお前がしっかりしないと隊がなりたたないんだから。
 頼むぞ、〝リーダー〟」

レッド「わかりましたよ。相談に乗ってもらってどうもありがとうございました」

ブラック「おう。ま、病み上がりなんだ。あんま無理だけはしないようにな」

ピッ

レッド「はぁっ。まさか、こんなことになるなんて……。一体どうすりゃいいんだよ~」

――ピンク宅 電子モニター――

イエロー「それで勢いに任せて告白しちゃったと」

ピンク「はい」

イエロー「やる気を起こすようにけしかけたあたしが言うのもなんだけれど、よくこんな短期間で気持ちを伝えられたわね」

ピンク「自分でも驚きです。でも、答えを聞くのが怖くて逃げてきちゃいましたけど」

イエロー「上出来、上出来。今頃あの馬鹿ベッドの上で悶え苦しんでるわよ」

ピンク「そうですかね……。レッドさん私のことはなんとも思ってないみたいでしたし」

イエロー「本当になんとも思ってないことはないと思うわよ。だって、本当にそうならただ仲間ってだけであなたのために皆との仲を取り持とうだなんて思わないはずだし」

ピンク「えっ?」

イエロー「本当に興味ないならさ、それこそ前にピンクが言っていたようにメールとかで適当に戦いの支持とか対策を送ればいいだけじゃない?
 なのにあいつは小まめにピンクの様子を気にしたり、この間のミーティングにこれなかった時だってわざわざ会いに行ったりしたでしょ?
 つまり、脈は少なくともあるわね」

ピンク「私、期待してもいいんですか?」

イエロー「まあ、ほどほどにね。あたしもあいつの気持ちを聞いてないからこの恋が確実にうまくいくなんて思ってないし。
 もしダメだったときはお姉さんの胸で思いっきり泣きなさい」

ピンク「ありがとうございます。あ、そうだイエローさん一ついいですか?」

イエロー「なに?」

ピンク「イエローさんの胸って、その……固くないですよね?」

イエロー「失礼な! ちゃんと本物の感触に近いように似せてあるわよ!」

……



――レッド宅――

イエロー「よいしょっと。とりあえずあんたの荷物部屋に運んだわよ。一人で部屋の中までこれそう?」

レッド「ああ。さすがにそこまで弱ってないって」

イエロー「そっ。それじゃあ、あたしは一足先にのんびりとくつろがせてもらうとするわ」

レッド「お前相変わらず自由気ままだな」

イエロー「いいじゃない、別に。遠慮するような仲でもないし」

レッド「まあ……そうだな。よいしょっと。これで、ひとまず退院して我が家に到着だ」

イエロー「結構長くかかったわね。一ヶ月くらい?」

レッド「それくらいだな。とりあえず、ここ最近は怪人たちの活動も小規模なもので助かるよ。おかげで治療に専念できる」

イエロー「もっとも、活動が活発になっても怪我人のあんたを戦いの場に出したりはしないけどね。足でまといになられるのがオチだし」

レッド「ま、そうならないように早いとこ現場復帰できるようにしないとな。
 園児たちにも結構心配かけちまってるし、早くあいつらの面倒をまた見てやらねえとな」

イエロー「なんだかんだで今の仕事気に入ってるのね。それよりも、あんた今もっと大事な用事が残っているんじゃないの?」

レッド「うっ……」

イエロー「ピンクのことよ。一体いつまで待たせるつもり? あの子は大人しいからあんたが答えを出さなきゃいつまででも待ってるわよ。
 もしそれで答えがあの子の望むものじゃなかったとき長引かせて期待を持たせた分だけ傷つくことになるんだから早めに答えを出してあげなさいよ」

レッド「わかってるよ、んなこと」

イエロー「もう、ならなんでそんなに待たせるのよ」

レッド「あのなぁ、向こうはまだ高校生だし年の差だって結構あるんだぞ。そりゃ悩むだろ」

イエロー「ふ~ん。あたしにはもっと別のことで悩んでいるようにも見えるけど」

レッド「そ、それは……。ってか、なんでそんないろいろとわかるんだよ」

イエロー「そりゃ、何年の付き合いだと思ってんのよ。そもそも、あんただってあたしが昔男であることに悩んでいたときすぐに悩んでること見抜いて相談に乗ってくれたじゃない」

レッド「ああ、そんなこともあったな」

イエロー「それと一緒。ほら、早く吐いた、吐いた。素面で言えないようなことならお酒入れる?」

レッド「いらん。はぁ……ホント調子狂うな。わかったよ、言うよ。言えばいいんだろ?」

イエロー「初めからそうしなさいよ」

レッド「……うっせ。あ~、それでな、話をするには俺がピンクのことを気にかけているところからはじめるんだが」

イエロー「別にいいわよ。早く言いなさいよ」

レッド「そっか。それじゃあ、まずは俺があいつのことを昔から知っていたってところからはじめるぞ」

イエロー「あれ、そうなの? もしかして知り合いだったの?」

レッド「まあ、一方的にな。といっても、俺もあいつがピンクになって少ししてから知ったんだけど、あいつ昔俺が助けたことのある女の子だったんだよ」

イエロー「へ、へ~。それはまたなんとも偶然な」

レッド「だろ? 確かあれは十年くらい前かな。怪人に人質にされていた少女がいてさ、その時ちょうど戦隊に入りたてだった俺が始めてリーダーとして戦ったのがそれだったんだよ。
 で、その時助けた女の子がすごく俺にお礼を言ってくれてさ、今までもそういうことあったけど、その時ようやく俺は自分が街のみんなを守れてるんだって実感したんだ。
 だから、十年経った今でもその時の子のことはおぼろげながら覚えていてさ。だから面影の重なるピンクのことを組織の方に訪ねてみたら案の定ってわけだ」

イエロー「なるほどね。でも、それがどうしてあの子の好意を受け取るのに悩む理由になるのよ」

レッド「バッカ、簡単に言うなよな。俺の中ではピンクはなんというかあの時の女の子のまんまなんだよ。
 だから、俺がしっかり面倒見なきゃって思って今まで色々と気を使ってきたんだぜ?
 それがいきなり異性として好きですなんて言われたら戸惑うだろうが」

イエロー「それで悩んでたわけね。で、そういうこと抜きにしたらあんたはピンクのことどう思ってるのよ」

レッド「かわいい……とは思う。正直俺にはもったいないくらいに」

イエロー「なら、それでいいじゃない。あんたが気づかなかっただけで、あんたの中のちっちゃな女の子はその時からずっとあんたのこと思い続けるくらい成長してたってことよ」

レッド「えっ? それって……」

イエロー「っとと、思わず口が滑った。とりあえず、あんたはいつまでも記憶にある少女とあの子を重ねてないで目の前にいるあの子をちゃんと見てあげろってことよ。
 あたしがいいたいのはそれだけ」

レッド「……」

イエロー「そんじゃ、帰るわね。あとはあんたが答えを出すのよ」

 ギィィ、バタン

レッド「イエローのやつ、言いたいことだけ言って帰りやがって。今度会ったとき覚えとけよ。
 ……目の前のあの子を見て上げろ、ね。本当にその通りだよな」

 ピッ、ピコピコピコ

レッド「……もしもし、ピンクか? あのさ、今週末お前時間あるか?」

……



レッド「……う~ん、遅いな。道にでも迷ってんのか? 一度連絡でもしてみるか……」

ピンク「はぁ、はぁ、はぁ。お、お待たせしました!」

レッド「お、おう!? なんだ、走ってきたのか」

ピンク「は、はい……やくそくの、じかんに、おくれちゃってたので」

レッド「そんなに気にしなくても良かったのに。ほら、これでも飲んで少し落ち着け」

ピンク「あ、ありがとうございます」ゴクゴク

レッド「……落ち着いたか?」

ピンク「はい。ありがとう、ございます」

レッド「おう。それにしてもだいぶ気合の入った服装だな」

ピンク「そ、それはもちろんです! だって紅さんからのお誘いですから」

レッド「あ、あ~。すまん、今の聞き方は卑怯だった。その、なんだ。その格好、似合ってるぞ」

ピンク「あ、えっ!? その……ありがとうございます」

レッド「……」

ピンク「……」

レッド「えっと、いつまでもここにいても意味ないし、そろそろ移動するか」

ピンク「はい……」

――水族館――

ピンク「うわ~綺麗。見てくださいよ、紅さん」

レッド「おっ、ホントだ。へ~普段水族館なんてこないけど結構面白いもんだな」

ピンク「そうですね。でもやっぱり休日だけあって人が多いですね」

レッド「そうだな、下手したらはぐれそうだし手でも繋ぐか」

ピンク「へっ!?」

レッド「別に他意はない。あともうちょっと落ち着け。今日一日ずっとおっかなびっくりされてちゃこっちも反応に困る」

ピンク「わ、わかりました。それじゃあ」スッ

レッド「……」

ピンク「……」

レッド(これは、思ってたより恥ずかしいな)

ピンク「そ、その。そろそろ次のエリアに向かいませんか?」

レッド「そ、そうだなっ」

……



ピンク「……潮風が気持ちいいですね」

レッド「そうだな、ただちょっと風が強いな。気をつけろよ、あんまり身を乗り出すと海に真っ逆さまだぞ」

ピンク「この橋結構高いから落ちたら危ないですね。あ、レッドさん見てください。あそこにカモメいますよ」

レッド「へえ、どこだ?」スッ

ピンク「あそこです、あそこ」

レッド「お、本当だ。へえ、結構多く飛んでんな」

ピンク「そうですね……ぁっ」

レッド「どうした? ……ッッ!」

 スススッ

ピンク「すいません、近づきすぎました」

レッド「いや、そこまで気にしなくても。さっきは手繋いでたわけだし」

ピンク「じゃ、じゃあ少しだけ大胆になってもいいですか?」

レッド「お、おう。ドンとこい」

ピンク「それじゃあ……」ギュッ

レッド「……」ドキドキ

ピンク「……なにか言ってくださいよ」

レッド「そ、そうだな……。ごちそうさま?」

ピンク「もう……。あの、もう少しこのままでいてもいいですか?」

レッド「ああ。もう好きなようにしてくれ」

ピンク「はい、ありがとうございます」ギュゥゥゥ

レッド「……」

……



――公園――

ピンク「今日はどうもありがとうございました。とても楽しかったです」

レッド「楽しめたのならなによりだ」

ピンク「それじゃあ、そろそろ私は帰りますね」

レッド「……ピンク」

ピンク「……」ビクッ!

レッド「あのさ、前に俺に言ってくれたこと覚えてるか?」

ピンク「……はい。ちゃんと覚えていますよ」

レッド「あれから色々と俺なりに考えたんだけど、聞いてくれるか?」

ピンク「はい、わかりました」

レッド「実はさ、俺昔にピンクと会っているんだよ」

ピンク「あっ……」

レッド「まあ、ピンクは知らないと思うけど十年くらい前に怪人からピンクを救った時のレッドって俺なんだ。実はピンクが新しくうちの隊に入ったとき面影が似てると思って調べさせてもらった。
 そしたら、あの時の女の子だっていうからビックリしたよ」

ピンク「それじゃあ、もしかして私の面倒とかよく見てくれてたのって……」

レッド「まあ、俺が助けた女の子っていうのもあって面倒見なきゃって思ったのが大きいかな。けど、それだけじゃないぞ。ちゃんと仲間同士の交流を深めようとも思ってたからな」

ピンク「そ、それはわかりました。私が聞きたいのはそんなことじゃなくてっ!」

レッド「うん、わかってる。それでさ、俺としては結構悩んだんだよ。だって、好きだって言われた女の子は俺の記憶の中ではまだ小さくて面倒を見ないといけない女の子だったんだから。
 でも、イエローに言われたんだ。記憶の中じゃなくて目の前にいるお前を見ろって。
 そしたら、なんていうか隊に加わってからの色んなお前の顔が一気に思い浮かんでさ。もう、頭ん中いっぱいいっぱいだよ」

ピンク「それって……」

レッド「あ~もう。まだるっこしい、こういうのは性に合わん。いいか、一度しか言わんからよく聞いておけよ。
 俺はお前が好きだ。だけど、俺は同じくらいこの街に住む人が好きだ。だから、たとえ恋人になっても戦隊の方を時には優先することも出てくる。
 それに年の差だって十もある。世間的に見たら俺はある意味犯罪者だ。ロリコンだ! だから一部の人からは付き合うことでいろいろ言われるかもしれない。
 けど、それでもお前がいいって言うんなら俺はお前と付き合いたい」

ピンク「……」

レッド「……頼むから何か言ってくれ。これでも結構恥ずかしいんだ」

ピンク「……うぇっ」ポロポロ

レッド「お、おい。なんで泣くんだよ」

ピンク「しょ、しょうがないじゃないですか。だって、無理だって思ってたんですもん。一ヶ月もなんにも言ってくれなくて、今日だって期待を持たせるようなことばっかり言ってて、もしかしたらいいのかなって思ってたんです。
 でも、もしレッドさんの答えが違ってたらと思ったら不安で……。
 だから、今こうして望んでいた答えをもらえたのが嬉しくてっ……」

レッド「あ~なんだ。その、待たせてすまん」

ピンク「ホントですよッ! 許してあげますから、その……胸を貸してください」

レッド「ほれっ」

ピンク「……」グスッ、ズビィー

レッド「うわっ、馬鹿。鼻水はねーだろ」

ピンク「すびばぜん」

レッド「ったく、しょうがねえな。そういうところも含めてこれからも面倒見てやるよ」ギュッ

ピンク「よろしくお願いします」ギュッ

……



蜥蜴怪人「ふはははっ。逃げろ、逃げろ。恐怖に怯えろ市民ども。そして我らの侵略をおとなしく受け入れるがいい!」

ブルー「そこまでだ!」

蜥蜴怪人「はっ! 来たな戦隊め。以前と同じように返り討ちにしてやろう」

ブラック「悪いけど、そうもいかなんのよ。こちらとしては前回の借りを返しておきたいしね」

イエロー「そういうこと。まっ、覚悟することね。今のあたしたちは以前と違うから」

蜥蜴怪人「ハッ! そういう大口を叩くのなら少しは期待できるんだろうな」

 蜥蜴の怪人に向かって三人の戦士たちが立ち向かっていく。そんな彼らから少し遅れて蜥蜴怪人めがけて駆け抜ける二人の戦士の姿があった。
 街を守る正義の味方。そんな彼らも人であり、恋をする。そして、今怪人に立ち向かっていくのはそんな恋を実らせ、結ばれた二人。

レッド「さて、ピンク。準備はいいか?」

ピンク「はい。行きましょう、レッドさん!」

 痛みを伴う戦いを終えた先にある心安らぐ平穏な日常を守るため、今日も彼らは戦い続ける。

レッド(26)「正義の味方の」ピンク(16)「恋愛事情」 ――完――
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かしまし少女、二人

女魔法使いがエルフに対しての接し方を考えるようになってから少しの時間が流れた。
エルフの観察という名目上男の傍に残り、まるで通い妻のように毎日彼の家を訪れる女魔法使い。そんな彼女に最初は怯えていたエルフであったが、日が経つに連れて自分の居場所を奪われそうになる危機感を覚え始め、とうとう彼女に対して女同士の戦いを挑むまでになった。

エルフ「――もう、限界です! 女魔法使いさんはどうしてそう男さんの身体にベタベタベタベタと触れようとするんですか!
 そもそも、男さんの隣は私の定位置なんです! 女魔法使いさんの場所じゃないんですッ!」

頬をぷくりと膨らませて、女魔法使いに対して怒鳴るエルフ。幼いながらも、自分は男の彼女だというプライドがあるのか、自分以外の女が男の身体に対して触れるのをとても嫌がった。
普段であれば多少の嫉妬を抱くだけで、我慢する彼女であるのだが女魔法使いのあまりにも過剰な男への接触に我慢の限界が来たのだろう。だが、怒りを顕にする彼女の姿も端から見ていればなんとも微笑ましい光景である。

女魔法使い「全く、何を言い出すかと思えば……。
 いいですか? そもそも先生の彼女だとあなたは言い張りますが所詮は〝彼女〟です。今はお互いに気持ちが通じ合っているのかもしれませんけれども、そんなものは時間の経過と共に冷めていくんですよ。
 仕事の多忙、気持ちのすれ違い、より魅力的な異性との出逢い。理由は様々ですが結局のところ彼女なんてものはそんな理由ができてしまえばすぐに気持ちが移ろいでいくものです。
 その点、私は先生に家族と言ってもらってます。家族というのは切っても切れない関係です。その絆の強固さと言ったら彼女なんてちっぽけな存在とは比較するまでもなく強大なものなんですよ」

魔法使いとして蓄えてきた知識を駆使し、真っ向からエルフを論破しにかかる女魔法使い。だが、エルフもエルフでやられっぱなしでいるわけではなく、理論を振りかざす女魔法使いに対して反撃に出る。

エルフ「ふ、ふ~んだ! そんなの所詮負け犬の遠吠えですよ~。女魔法使いさんは私と違って男さんに選んでもらえなかったから悔しくてそんなこと言うんですよね~。
 いくら難しい言葉を並べたところで私には叶いませんよ~」

事実だからこそ強い意味を持つ正論をかざすエルフ。これが男関係でなければ女魔法使いも冷静に反論を述べ、相手をへこませるのだが、男にエルフが選んでもらっているという事実は彼女の癇にやたらと触るのだった。

女魔法使い「言うじゃないですか。そこまで言うのなら実力行使で決着をつけてもいいんですよ?」

ジロリとエルフを睨みつけ、脅しをかける女魔法使い。だが、エルフもいつものように引くつもりはないのか女魔法使いの挑発に乗った。

エルフ「受けて立ちます! 今日こそはどっちが男さんの横に立って共に歩くのが相応しいのか白黒はっきりさせようじゃありませんか!」

お互いに相手を睨みつけ、威嚇し合う二人。膠着状態が続き、お互いにその場から動かない。
だが、そんな状況も天の声ならぬ男の一声によって打ち崩されることになった。

男「うん、二人が争うのはもう見慣れたから諦める。でもね、いい加減に僕の腕からどいてくれないかな?
 いったい僕はいつまでベッドの上で二人の身体に腕を押さえつけられて寝てなきゃならないの?」

起きて早々、二人の少女が自分のために争うという、世の男からすればまるで夢のような出来事に遭遇した男であったが、彼の口からはこのやりとりに呆れて出てきた言葉と深い深い、溜息が吐き出されるのみであった……。

男「それで、決着をつけるんだっけ? それは構わないけどここでやるの?」

男の懇願が通じたのか、エルフと女魔法使いはベッドから出て行った。そして、男も含めて三人で一階に降りた。だが、相変わらず二人の間にはバチバチと対抗心の火花が飛び散っていた。

エルフ「はい! 今日という今日は女魔法使いさんに男さんと私の関係をキッチリと示してやるんです!」

女魔法使い「などといっていますが、安心してください先生。先生の傍に必要なのは私だということをこの駄エルフに教えてやりますから」

エルフ「駄エルフって……。言いましたねぇ! この、このぉ……ペッタンコ! 私より年上なのにペッタンコ!」

女魔法使い「ふ~ん、だからなんだというんですか? 生憎と私は自分の身体について侮辱されても気にしませんから。だいたい、そんなものにこだわるなんて子供な証拠ですし……」

エルフ「へえ~そうですか。……男さん! 男さんは胸がある女性とない女性どちらがいいですか?」

急に話題を振られた男は勘弁してくれという気持ちで聞かなかったふりをしていたが、ググッと顔を近づけて返答を迫るエルフに根負けしてとうとう反応を示した。

男「いや、別に僕はどちらでも……」

当たり障りのない答えを返し、難を逃れようとした男であったが、エルフの追撃が彼に向かって飛んでくる。

エルフ「だ、だったら女魔法使いさんと女騎士さんだったらどっちの方がいいんですか?」

答えを濁す男に今度は二択で迫るエルフ。さらに、彼女と対立しているはずの女魔法使いも興味なさげな態度を取りながらも、チラチラと視線だけは男の方へと向けて内心気にしている素振りを見せていた。

男(う、う~ん。本当にどっちでもいいんだけど、ここで女魔法使いって答えるとエルフが落ち込むだろうし、女騎士って答えたら女魔法使いが落ち込むことになる。もう、どっちを選んでも詰みなんだよな……)

そう考える男であったが、彼に向かって期待の眼差しをぶつけるエルフと、そわそわとしながら控えめに、それでいて答えを待つ女魔法使いたち二人の様子を見て、答えるわけにもいかないと悟る。

男(でもまあ、こんなこと今まで深く考えたことなんてなかったけど、ようは僕が今まで好きになった人たちがどうだったか考えればいいんだよね)

その時、思う男の脳裏に浮かんだのは三人の女性の姿だった。
一人は女隊長。男にとって初恋の相手であり、同時に初めてキスをした色々な意味で忘れることのできない女性だ。
二人目は女騎士。彼女とは恋をしたというわけではないが、戦時中の彼女とのある出来事は彼の中で彼女への絆と共に深く刻まれている。
三人目は旧エルフ。彼女はこの中でもさらに特別で、亡くなった今でも忘れることができず恋焦がれているといってもいい相手だ。
その三人に共通することといえば、皆胸が一般的な女性のサイズと同じかそれ以上だったということだ。
結論をいえば、男は胸の大きな女性をこれまで好きになってきたということになった。

男「えっと、これはあくまでも個人の好みであって、そうじゃなきゃいけないとかないからその点だけは誤解しないでよ?」

エルフ「はい!」

女魔法使い「……はい」

男「どちらかとね、どちらかといえば……女騎士かなぁ?」

その答えを聞いた瞬間二人は全く逆の反応を見せた。
エルフは歓喜し、喜びのあまり飛び跳ねた、対して女魔法使いはというと、まるでこの世の終わりかのように、今にも泣きそうな顔をしていた。

エルフ「えへへっ。どうです、女魔法使いさん。男さんは胸の大きな女性が好きなんですって~。残念でしたッ!」

腕を組み、誇らしげに胸を張りながら女魔法使いに対して勝ち誇った様子を見せるエルフ。そんな彼女の態度に女魔法使いは本当に苛立ったのか、ギリギリと歯を噛み締め、眉間にしわを寄せていた。それはもう今すぐにでもエルフを消し炭にしそうな雰囲気であった。
 そして、その様子を傍で見守っている男の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。

女魔法使い「……言っておきますけど、あなただってペッタンコなんですからね。つまり、立場的にはあなたも同じなんですよ!」

口では胸がないのを気にしていないようなことを言っていても、男が胸がある女性の方が好みという事実がショックであったのか、女魔法使いは肩を震わせながらエルフに反論する。

エルフ「そんなことありませんよ。だって私はまだ成長途中ですから! ミルクもいっぱい飲んでいますし、ここ最近ちょっとずつですけど大きくなってるんですから!」

男「ブッ!」

ここに来て予期せぬエルフのカミングアウトに少し前からこっそりと二人の傍を離れ、調理場でコップに入れた水を飲んでいた男は、思わず口に含んでいたそれを吹き出した。
確かにエルフが言うように彼女を引き取った時に比べれば多少はその大きさにも変化はあったのは事実である。
そのことに気づき、そんなところをいちいち覚えている自分が恥ずかしくなり、男は赤面しながら思わず顔をそらした。

エルフ「この調子なら数年後には女騎士さんくらいの大きさにはなるはずですから! ……って、あれ? 男さん、どうかしました?」

男「いや……なんでもない。ただ、この話はもう終わろうか」

赤くなった顔を見られる前にと男は一人自室へと戻ろうとする。だが、その様子に気がついた二人がすぐさま彼のそばに駆け寄り両脇をそれぞれガッチリと両腕で押さえ込む。

エルフ「ちょっと、女魔法使いさん。決着は着いたじゃないですか! 男さんは胸のある女性が好きなんです! 私のほうが胸が大きいんですからもう男さんに触らないでください!」

女魔法使い「ほとんど変わらないサイズなのに何を言ってるんですか、あなたは? だいたい現状なら私のほうがサイズが大きいに決まっています。何を勝手にあなたの方が大きいなんて決め付けているんです?」

エルフ「もう~。ホントに諦めが悪い人ですね! いい加減男さんから離れてください!」

女魔法使い「あなたこそ! 私は今から先生と一緒に魔法に関する書物を読むんです! 魔法に理解のないあなたは邪魔になるからどこかに行っててください!」

再び左右で始まる争い。一人でいられる時間がほとんどなくなった男は心の中で思う。

男(はぁ。しばらくこんな状況が続くことになるのなら旧エルフのところにでも行って一人でのんびり過ごそうかな……)

結局、この時の男の考えはそれからすぐに行動に移されることになるのだった。

エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」 after story かしまし少女、二人
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ある男の狂気

これは、物語の中核に絡まないある一人の観察者の話である。


いつからだろう、この街に訪れたある一人の少女の姿を俺が追いかけ続けるようになったのは。

戦時中、幾度も人々から伝え聞いたエルフの悪評や恨み言。実物を見たことのない俺は、実際にこの目でエルフを見るまではそいつらが凶暴で野蛮な存在としか思っておらず、さして興味を持たなかった。

だが、ある日。一人の男がこの街にやってきた。突然現れ、この街に住みだしたそいつを最初街の誰もが警戒していたが、月日が経つごとにそいつはただのいい人間だと分かり、少しずつ街のやつらの警戒を解いていった。

それからしばらく月日が流れた。戦争が終わり、穏やかな日々が続いていた時だ。この街に流れの商人がやってきて、奴隷としてエルフを売りに出した。

初めて見た実物のエルフ。醜悪のものだと思っていたそいつは、一目見た瞬間俺の心を奪っていった。

ああ、なんて美しいんだ。この街にいる豚みたいな女共の数百、数千倍の美しさを持ったエルフ。直視することさえためらう美しい顔立ちを目の前にして、思わず俺は叫びだしそうになった。だが、俺以外の誰もこのエルフの存在を理解していなかった。

 どいつもこいつも、気味が悪いだと言って彼女を忌避した。ああ、理解できない馬鹿はこれだから困る。

この調子では誰もあのエルフの買い手が現れないだろうと俺は確信した。
金、金だ。今家にある全財産を引っ張ってきてでもあのエルフを手に入れたい。俺のものにしたい。
それまで心の奥底に隠され蓋をされていたドス黒い感情が一気に吹き出してきた。

すぐさま、俺は金品を取りに行くために家に向かって駆け出した。だが、金を手にして戻ってきた時にはあのエルフはもういなかった。

村人A「買わ……れた?」

聞けば、俺が家に戻っている最中にあのエルフを買い取ったものがいたというのだ。契約は既に済んでおり、今から金品を上乗せして横取りすることも不可能だった。

誰だ、誰だ!? 俺のエルフを奪った奴は誰だ……。
嫉妬と怒りから気が狂いそうになりながらも、俺はそのエルフを買い取った人物を突き止めた。

そう、エルフを買い取ったのはこの街に移住してきたあの、男だったのだ。

憎い、憎い、憎い。俺からエルフを奪い取ったあの男が憎い。だが、下手に手を出せば俺の身が危うい。俺は仕方なく男に手を出すことを諦め、やつの家に監禁されることになったエルフを見守ることにした。

毎日、毎日。雨の日も、むせ返るような暑さの日も、毎日、毎日見続けた。

次第に、彼女を見守ることが俺の義務になっていった。幸い、男に気づかれた様子はない。

エルフが暴漢に襲われた時も、それを男の奴が助けた時もずっと見守っていた。気づかれないように、優しく。

たとえ男の奴がエルフを見放しても自分だけは、ずっと傍にいるという証明を立てるため……。

だが、そんな幸福な日々も長くは続かなかった。エルフが死んだのだ。馬車に引かれて……。

俺は絶望した。薄暗い自室でありったけの声を張り上げた。彼女を殺した馬車の主に向かって怨嗟と呪詛を呟き続けた。

ああ、これで今までの時間の全てに意味がなくなってしまった。もうだめだ。この街にエルフを売りにくる商人なんていないだろう。これから、俺は抜け殻のようにただ毎日を無駄に過ごしていくのだろう。

そうして一年近くが過ぎた。そして、俺は信じられないものを目にすることになる。

……奇跡が起こったのだ。

エルフが、再びエルフがこの街に訪れたのだ。そのエルフは以前のエルフよりも幼く、保護欲を掻き立てるようなか弱い存在だった。
にもかかわらず、首には奴隷の商品としての証の鎖が繋がれ、まるで神聖な存在を捕え、犯しているような光景を連想させた。

その光景に、俺は、たまらなく、興奮した。

欲しい、欲しい。どうしても彼女が欲しい。彼女の、幼く、未発達な身体をこの手で蹂躙したい。そう思った。

だが、その時の俺にはエルフを買うほどの金はなかった。当然だ、働きもせずにずっと前のエルフを見守ってきたのだから。

だからこそ、再びあの男がエルフを買ったときは血が流れるほど強く唇を噛み締めた。屈辱だった。

許さない、またそうして俺からエルフを奪って己の傍に縛り上げるのか? そんなことは断じて認めない。見守るのは、もうやめだ。彼女を、あの男の手から俺が救い出す。

――The day of fate ――

機は熟した。これより、行動を開始する。

朝。いつものようにエルフが男の洗濯物を干している。可哀想に、あんなに無理やり働かされて。男に言われて作っている笑顔が痛々しくて見ていられない。

だが、そんな痛々しい笑顔ももうすぐ無くなる。俺の手で本当の笑顔を取り戻してやる。

昼。彼女が男にこき使われて買出しに出された。どうせ断られるのは分かっているのに、なんて酷い奴だ。今すぐにでも殺してやりたい。だが、今は彼女を救い出す方が先だ。男を殺すのはいつでも出来る。

村人A「……」ジーッ

エルフ「親切な人でした~。お野菜も、お肉も譲ってもらえるなんて。でも、男さんが今まで私に一人で買い出しをさせなかった理由がなんとなくわかった気がします……」トテテテテ

村人A「……エルフ……俺の、エルフ……」フフフフ

村人A「今から、俺が君を救ってあげるからね……」スッ

?「……」サッ

村人A「なんだ、お前? 邪魔だよ、そこをどけ」

?「あの子に何か用か?」

村人A「はぁ!? なんだよ、何わけのわからないこと言ってるんだよ! いいから、さっさとそこどけよ! 俺はあの子を救い出さないといけないんだ。そして、俺の傍でずっと幸せにさせないといけないんだよ。ああ、もう。彼女の姿が遠のいていく。どけっ! どけよ!」ダッ

スッ

?「ここ最近、ずっと変な視線を感じると思っていたけど、お前のせいだったんだな」パサッ

村人A「はぁ!? 何言って……」ハッ

男「……」

村人A「また……またお前か。またお前は俺の邪魔をするのか。ああ、ホントに、ホントニイヤナヤツダ」ガリガリガリガリ

男「……」

村人A「あは、あはははははははははっ! そうだ、ちょうどいい。彼女を助けるためにもお前は殺しておかなきゃならないとは思ってたし、順番は逆になるけれどここで死ねよ。 しね、シネ、死ね! くはっ! くははははっ!」ブンッ

男「……」パシッ

村人A「……へ?」

男「悪いけど、僕は旧エルフの墓前での約束を果たし続けるためにも死ぬわけにはいかないんだ。お前がこのまま引かないっていうならこっちにも考えがある。それでもまだ、あの子に手を出すというのなら地獄を見てもらう」

村人A「な、なにを……」ギリギリ

男「引く気は……ないみたいだな。なら、宣言通り地獄を見せてやるよ」スッ

男がそう呟くと、目の前に変な模様をした円が現れた。そして……。

村人A「へ、あ、ああ。ああああああああああああああああああああああああああ」ドサッ

俺の意識は消えた。

……



明るい。そうだ、俺は男に変な円を見せられて……。

あれ? おかしいな、何も見えない。真っ白だ。見えない、見えない。彼女の姿が見えない!? どこだ、どこにいるんだ?

村人A「……どこだ、どこだっ!」ドンッ

ゴロツキ「いテーな。なんだよ、どこ見て歩いてんだ!?」

村人A「……」チッ

ゴロツキ「おい、待てよ。てめえ人にぶつかっておいて謝罪の一言もなしか」グッ

ドカッ、バキッ、ドコッ

村人A「カハッ!」

ゴロツキ「けっ! これに懲りたら二度と俺の目の前に現れるんじゃねえぞ」ペッ

村人A(くっ……身体が重い。そういえば、ここ数日何も食べていなかったな……)

その時、ふとある考えが思い浮かんだ。

村人A「ああ、そうだ。死ねば俺は誰からも手出しされずに彼女をずっと見守っていられるじゃないか。なんで、こんな簡単なことに今まで気がつかなかったんだろう」

その結論を出してしまってからの行動はすぐだった。近くにあった割れて尖った石片を拾い、胸の前に構える。

村人A「彼女は、永遠に俺が見守り続ける」フフッ、アハハハハ!

グサッ!

こうして、狂気をその身の内に秘めた一人の観察者は死んだ。死してなお、彼の追い求める少女を追いかけ続けるために……。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 side story 「ある男の狂気」
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

男の過去~戦争編~

目の前でひと組の兄妹が怯えた目をしていた。妹は命の終わりを悟り、身体をその場に縮こまらせてその時が来るのを待っている。対して、兄はそんな妹を守ろうと必死に体を殺人者と妹との間に挟みこんだ。
彼らは人にあらず、駆られるべき対象であった。この戦争の敵であり滅ぼすべき存在、エルフ。幼いからといって見逃せば後の禍根に繋がる。容赦をする必要ない。今までどおり、目の前にいる敵の命を刈り取るのみ。
まずは、目の前にいる邪魔な存在を退かし、奥で縮こまって必死に震えている少女の命を狩る。そして、大切な存在を守ることのできなかった無力さをこの子供に与えてから殺す。
殺人者はそんなことを考えながら一歩、一歩と兄妹に向かっていく。両手を広げ、妹の盾になる兄。そんな彼を排除するために殴り飛ばそうとしたところで殺人者は兄の瞳に映る己の姿を目にした。

そこにあったのは、かつて同じように自分の大切な存在を奪っていったエルフと同じ顔をした己の姿だった。

?「……行け」

兄エルフ「……えっ?」

?「さっさと行けと言っている! 僕の気が変わらないうちに、どこへでも消えろ!」

一瞬、兄エルフは目の前の殺人者が何を言っているのか理解できなかった。つい数瞬前まで自分と妹を殺そうとしていた存在がいきなり命を見逃すと言っているのだ。彼が戸惑うのも無理はなかった。
何か罠でもあるのか? そう思った兄エルフだったが、ここで迷っていて殺人者の気が変わってしまっても同じこと。ならば、罠かもしれないとしてもこの場から逃げることが先決。
決断すると同時に兄エルフは妹の手を引きその場から駆け出した。遠く、少しでも遠くあの殺人者の手から逃れるために……。
そして、その場には一人の青年が残された。

?「……何をやっているんだろうな、僕は」

そう呟く青年の瞳にはつい先程まであった妄執が消えていた。

?「殺されて、憎んで、殺して、また殺されて……。ずっと、僕が進んできた道は正しいと思ってきた……」

脳裏に蘇るのは過去の出来事。心を闇へと落す、悲劇の数々。

?「家族や友人を殺され、立ち直るきっかけを与えてくれた大切な人たちを奪われた。だから、憎んで、憎んで、憎んで、全部を奪ったあいつらを殺すために、自分の身を守るために力をつけた」

短剣を握り締める己の手を見れば、そこにはあるはずのない鮮血がベッタリとこべりついていた。

?「でも、途中からそんなことを考える余裕もなくなって、ただやられたからやりかえして、今を生きるためだけに殺した。殺らなきゃ殺られる。それだけになった。
 けど、その結果がこれ……か」

先程までの自分を思い出す。仲の良さそうな幼い兄妹。自分たちの命を奪おうとする敵に対して兄は妹を守るために必死に身体を張った。
そう、まるでかつて自分に起こった出来事の焼き直しのような事態が目の前で起こっていたのだ。
違う点があるとすれば、かつて兄の立場にあった自分は憎むべき対象へと変貌してしまっていたということくらいだろう。
あの時、兄と思われるエルフの瞳に映った己の姿を見ていなければ、きっと自分はあのまま少女を殺していただろうと青年は思った。

?「なんなんだよ。なんでこんなふうになっちゃったんだよ……。
 なんで、なんで、なんでっ! 戦争なんてしてるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

青年は叫んだ、かつてのように天に向かって叫んだ。
この数日後、戦争は終わる。人の勝利で終わり、終戦を祝うため人々は宴を開く。飲み、食い、踊り、騒ぎ、乱れ狂う。
誰もが喜びを分かち合うこの中に、戦争を勝利に導く要因の一つとなった隊のリーダーである青年の姿はなかった。

エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」 Final before days 男の過去~戦争編~ 

そして、話は終戦からしばらく時を遡る。彼が正式な軍の一員として戦場を駆け巡り始めた頃へと……。

暗雲が空に大きく立ち並んでいる。今にも雨が降りだしそうな空は見ているだけで気分を沈ませた。そんな空に合わせるように前線へと向かう新兵たちの気持ちは重々しい。
 軍の訓練施設での一通りの指導を終えた男女の新兵たち。同僚たちとの交友を深め、早く敵であるエルフを討ち滅ぼさんと意気込んでいた彼らのもとに北方にある交戦地域から招集がかかったのは数日前のことだった。前線からの招集命令書を受け取った施設の司令官は直ちに前線へと送るメンバーを厳選した。総勢五十名の男女が選ばれ、前線へと送る補給物資の警護を任務として託され、北方へと送り出された。
 ついに訪れた出番に最初は意気揚々としていたメンバーであったが、街を出てからというものの日を追うごとに彼らの気分は落ち込んでいった。
 肌にまとわりつくベタリとした嫌な空気。徐々に前線へと近づいていく実感が増していくと同時に無意識のうちに緊張が彼らの周りに漂った。
 一部を除き実戦を経験したことないひよっ子ばかり。だが、そんな彼らでも感じたのだろう。
 そう、前線へと一歩足を進めるたびに濃い死の気配が漂っていたのだ。まるで、新しい生贄を歓迎するかのように手招きをして彼らを待ち構えているそれは、死。
 交戦地帯からは未だ距離があるというにも関わらず、空へと登りゆく黒雲。それは自然に生まれた物とは違う。魔法により人工的に生み出された炎により生まれ、木々を焼き、人の肉を焼いた際に生まれた煙により空へと昇っている。
 毎日、毎時間、毎分、毎秒。必ず誰か人が死んでいる。それでも戦いは終わらない。どちらかが降伏を宣言するか、相手を全て討ち滅ぼすまで誰も戦いを止めようとはしない。
 そんな状況の一端を遠く離れた地から目にしていた彼らは異常だと思うと同時に、今から自分たちがそんな場所へと送られるという恐怖を抱き、萎縮してしまっていた。
未だ敵に出会ってすらいないのに、恐怖に呑まれ、存在しない敵に怯え、戦争の異常さを怖がっている。
 これが軍施設の教育を受け、前線に送るに足る厳選された者たちだという。笑い話にもならない。だが、一方でそれは、そんな者でさえもを戦いの場に送らなければならないといけないほど状況は切迫しているということでもあった。
 しかし、この中にいる全てのものが恐怖に呑み込まれているわけではなかった。その中には純粋な使命に燃え、やる気に溢れる少女や、復讐の機会が訪れたことを喜ぶ青年や、冷静にこの状況を観察している青年といった三人の男女の姿があった。

男(……この状況は少しまずいな。最初に比べてみんなの足取りが重くなってる。このままじゃ、予定より遅れて前線に到着することになる。ただでさえ補給物資が足りていないのに僕たちまで遅れることになったらどうなることか。
 明らかに兵たちの士気が落ちる。しかも、空腹でまともに戦闘も行えなくなるだろうし、何より内輪もめの原因にもなりかねない)

 皆の様子をジッと見つめながら男は新兵たちの心配をするより、合流することになる前線の兵士たちの心配をしていた。内輪揉めなど起こして、部隊が瓦解し、その隙を突かれて全滅なんてことになったら何のために今まで努力してきたのかわからないからだ。
 だが、ここで自分が皆に行進の速度を上げる指示を出したところで誰も彼の言うことを聞かないであろうことは男自身が理解していた。
 体術や剣術を除けば知能面、魔法面では男は同期たちから群を抜いていた。だが、彼は極力人との関わりを避けていた。それは、過去の出来事が関係しているからなのだが、その結果として男は施設の中でも孤立していた。当然、そんな人間がいきなり皆に対して提案をしたとしても相手にされない。それどころか、余計に彼らの機嫌を損ねてますますやる気をなくすことになってしまう。
 では、どうするか。そう考えたとき男は一度近くにいる青年を横目で見た。
彼にとって唯一の友人といえる青年、男騎士。体術、剣術に優れ、同時に社交性もある。明るい性格に諦めない根性。おおよそ人から好かれる要素を兼ね備えている彼はリーダーに向いている。
 現状、まとめ役が存在しないこの行進郡を首尾よく率いるには形だけとはいえリーダーが必要だった。そして、その役目がふさわしいのは男騎士であると彼は考えていたのだ。

男「男騎士、少しいい?」

男騎士「ん? どうした……」

男は男騎士を呼び寄せると、自身の考えている懸念を語った。そして、リーダーとしてみんなを纏めて欲しいという願いも。

男騎士「なるほど、男の言いたいことはわかった。とりあえず、行進の速度を早めるのと、みんなの士気をあげればいいんだな」

男「うん」

男騎士「ただ、この人数になるとさすがに俺も知らない奴もいるし、全員が全員指示を聞いてくれるとは思えないんだよな。
 できるなら、もうひとりまとめ役が欲しいところなんだが」

男騎士のその発言を聞き、男は思考する。
確かに、これだけの人数になると顔は知っていても実際に関わりを持っていない人も多いだろう。特に、女性の兵士などは訓練での付き合いはともかく個人的な関わりなど皆無といってもいい。
なら、男騎士の言うように誰かもうひとりまとめ役を選ぶとすれば、女性兵士の中からそれなりに顔が広く、かつ責任感があってこの状況でも冷静さを保てている人物が好ましい。
そこまで選択を絞込み、再び男は周りを見渡した。

男「……あ」

と、周りを見渡すこと数秒。男は一人の女性を発見した。

女騎士「……」

誰もが暗い表情を浮かべ、下を向いている中、一人だけ視線を上げて決意を秘めた光を瞳に宿している女性の姿を男は見つけた。

男(彼女は、確か……女騎士っていったっけ)

新兵の中でも男剣士に次いで体術、剣術が優れていた女性兵士の中では群を抜いた実力者の持ち主である女性。直接言葉を交わしたことはなかったが、ほかの女性隊員からも評判がよく、面倒見がいいことでも有名だった。
 男は少しの間女騎士の様子を眺めていた。そして、それから少しして彼女のもとへと近づいていった。

男「ごめん、ちょっといいかな? 相談したいことがあるんだけど」

女騎士「なんだ?」

どこか硬い空気を漂わせながら女騎士は男の呼びかけに応えた。

男「うん、実は……」

初対面だから硬い態度を取られるのは仕方ないと思い、男は先ほど騎士に語った内容を女騎士にも聞かせた。

女騎士「……それで、私にそのまとめ役をやってほしいってことでいいんだよね?」

男「そうだね。一応騎士と二人でやってもらいたいんだ。どうかな、できそう?」

女騎士「たぶん、大丈夫。でも、よくそんなことに気がついたね。私も一応みんな疲れてきているなとは思っていたけど、私たちが遅れることで前線に出る影響のことにまでなんて気が回らなかった」

男「まあ、一応これでも戦場に出るのは初めてじゃないからみんなより少しは落ち着いていられるってだけだよ。実際のところ、僕一人じゃどうにもならないことだし、二人がいてくれないとこんなことすらできない」

女騎士「そんなに自分を卑下しなくてもいいと思うけど。だって、それを伝えてくれなかったら現状にすら私は気がつかなかったんだから」

男「そう言ってもらえるとありがたいよ。それで一応次の小休憩を挟んだ時に皆に行進速度を早めることを言ってもらっていいかな? ついでに言えばその時に士気をあげるようなことも言ってもらえると嬉しい」

女騎士「ん、わかった。任せてくれ、男」

男「あれ? 僕名前教えたっけ?」

女騎士「いや。でも、お前は訓練施設では色々と有名だったからな。名前くらいは知っている。ただ、噂を聞いて抱いていたイメージのお前は結構陰険で澄ました奴だと思っていたが、実際に話してみると案外そうでもないんだな」

自分に関する噂はそんなに酷いものなのかと内心ショックを受けた男だったが、その原因はやはり他者との接触を拒んでいた自分にあるため仕方ないかと納得する。

男「まあ、全部とは言わないものの誤解でもない部分はあるからそんなイメージを持たれても仕方ないけどね」

女騎士「そうだな。でも、こうして話してみて思ったことだが、私は男みたいなやつは結構好きだぞ」

男「あ、えっと……うん。ありがとう……」

笑顔を浮かべ、そう告げる女騎士。おそらく人としての好意を表してくれているのだが、女騎士は腕前だけではなく容姿も女性兵士の中では群を抜いている。そんな彼女に深い意味はないといえ〝好き〟と言われて心躍らない男性は少ない。そして、男もまたその一人として、不覚ながらドキドキとしてしまった。
 顔を赤くし、無言になる男の様子を見てようやく己の言ったことがどんなものだったのか悟ったのか、女騎士は慌てて前言を否定する。

女騎士「あ、その、違う。違うぞ! べつにそう言う意味じゃないからな。人柄のことだからな!」

慌てふためく女騎士の様子を見た男は、真面目だと思っていた目の前の少女にもこんな一面があるんだと思い、クスリと微笑んだ。

男「うん、わかってる。それじゃあ、よろしく頼むね」

女騎士「ああ。任されたからには精一杯やらせてもらう」

そう言って男は女騎士の元を離れた。そして、そんな彼の後ろ姿を女騎士はそっと眺めるのだった。


そして、兵士たちの体力が限界に達し始め、誰かが口々に休憩を求め、一同はその場に立ち止まり小休憩を取り出した。
 それを確認した男は、男騎士に目配せした。男からの合図を受け取った男騎士は声をあげ、みんなに語り始めた。

男騎士「みんな、疲れているところ悪いが少しいいか?」

声の張った男騎士の言葉に人々の視線が彼に集まる。

男騎士「今、俺たちは前線に向かって進んでいる。だが、出発当初よりも今はだいぶ足取りが重くなっていると俺は思う。もちろん、みんな疲労が溜まっているからそれは仕方のないことだ。
 けど、前線では俺たちの到着を待っている兵士たちがいる。食料や包帯など彼らに必要な物を俺たちは届けることを任務として言い渡されているはずだ。
 そう、任務だ。もう俺たちはこれまでのような見習い兵士じゃない。訓練を重ね、選ばれた兵士なんだ。そして、任務をいち早く遂行するのが兵士としての義務だ。
 キツイことを言っているかもしれないが、こうしている今も交戦を続けている兵士たちは苦しんでいると思う。だから、少し。少しでいいんだ。この後からの行進はペースをあげようと思っているんだが、みんなどうだろうか?」

 男騎士の語りにみんな静かに聞き耳を立てていた。彼らとて早く前線へと物資を届けたいと思っているのだろう。だが、あと少し押しが足りないのか未だに後一歩が踏み出せないでいた。
 そんな時、他の兵士たちに語っていた男騎士の横に女騎士が歩るいていき、隣に立った。

女騎士「私は男騎士に賛成だ。みんなもいつまでもこんなふうに歩きづくめでいたくないだろう? それに、このままだとエルフが襲ってきたときに私たちだけじゃ戦力に心もとない。相手はどんな攻撃をしてくるかもまだわからないんだ。先達である先輩兵士たちの元へ辿りつけばとりあえずある程度の危険は回避できると思う。
 もっとも、そこから先の危険は今の私たちには計り知れない。本物の戦場だから一瞬で命を落とすかもしれない。
 でも、私たちは望んで軍に入ったんだ。弱きものを私たちの手で守るために進んで志願した。ならば、ここで足を止めているべきではないと思う。
 進もう、みんな。私たちの手でエルフから力ない人々を守るために!」

その言葉を聞いて、共感を覚えた誰かが「そうだな……そうだよ! 二人の言うとおりだ」と呟いた。それを皮切りに口々にやる気に満ち溢れた言葉が彼らの口から溢れ出た。
 男の指示通りに二人が動いてくれたため、行進の速度を上げることについてはこれでみんな納得しただろう。さらに、予想以上に士気も上がった。その結果を見て、男はただひたすら二人の話術に感心していた。

男騎士「あんなもんでよかったか?」

男の隣へと帰ってきた男騎士が少し照れくさそうにそう言った。

男「ああ。正直予想以上だ。まさか騎士と女騎士がここまでやってくれるとは思わなかった」

男騎士「よせよ。あんまり柄じゃねえんだよ。さっきも自分で話をしていて鳥肌が立っちまった。あんなの俺じゃねえよ」

男「そうかな? 案外似合ってるような気もしたけど」

男騎士「あ~もう、痒くなるから止めろって!」

からかいも込めて男騎士に賞賛を送る男。それを素直に受け入れるのも気恥ずかしいものがあるのか、男騎士は男の方を小突いて場を茶化した。

女騎士「うん、確かに男騎士の発言は中々いいものだったと私も思ったぞ」

と、いつの間にか二人の傍にちょこんと立っていた女騎士がそう呟いた。

男騎士「お、おおっ!? いつの間に……てっきり女衆の元にでも戻ったのかと」

女騎士「失礼な。男騎士が男の傍に向かった時に後ろから付いていたぞ?」

男騎士「お、おう。そうか……なんかすまん」

なんだか、自分が悪くなったような気がした男騎士は思わず女騎士に謝った。そんな二人の様子を苦笑しながら男は見ていた。そして、先ほどの男騎士と同じように女騎士にもお礼の言葉を述べた。

男「女騎士も協力してくれてありがとう。おかげで助かったよ」

女騎士「私は私に出来ることをしただけだ。別に特別なことをしたつもりはない」

男「それでもありがとう。ただ、前線につくまでは今みたいに二人をリーダーとして指示を出してもらうようなことがまたあるかもしれないけれど、そのこともお願いしても大丈夫かな?」

女騎士「それが必要で、私にできることなら力を貸す。だって、私たちは同じ敵と戦う仲間だろう? そんないちいち他人行儀にお願いなんてしなくても力になるさ」

女騎士のその言葉に男は一瞬呆けた。彼女が言っていることは至極当然のことなのだが、そのあまりの真っ直ぐさに思わず言葉を失ったのだ。そして、そんな男の様子を横で見ていた男騎士はニヤニヤとし、先ほどからかわれた仕返しをしてきた。

男騎士「そうだよな~。男はまだまだ皆に対して壁があるんだよな。俺とは文字通り苦楽を共にしてきたから遠慮なんてほとんどないけど、他のやつに対してはそうじゃないからな~」

いつかのようにそう話す男騎士。そして、その指摘が事実なため言い返すことができない男はムッとし、男騎士に文句を言う。

男「確かにまだ壁があるって言われればその通りだけど。でも今更仲良くっていうのもなんだか変な気もするっていうか……。それに、僕は別に困っていないんだからいいだろ?」

男騎士「でも、今みたいな状況になった時には一人じゃ困るだろ?」

男「それは……そうだけどさ」

同期のみんなと交流を深める機会を逃してしまった男は今更自分がでしゃばって悪い結果を生むくらいなら、淡々とした関係の方がマシであると思っていたのだ。
 そんな二人のやり取りを見ていた女騎士が不意に男に問いかける。

女騎士「……男は私たちに対して何か思うところがあるのか?」

男「別にそうじゃないけど。ただ、最初の頃は僕人との関わりを避けていたから今更みんなと仲良くなるのもどうかなって思ったんだ。それだったら、希薄な関係性でも力を合わせるところだけ協力すればいいかなって思ってて……」

言葉にするとなんとも情けない言い訳である。まるで、子供が意地を張って、それをいつまでも引っ込めることができなくなっているようだった。
 そんな男の考えを聞いた女騎士はしばらく思案していたが、やがて男の前に手を差し出しこう告げた。

女騎士「なら、私が友になる。いや、この場合は仲間か? ともかく、私は男と仲良くなる。だから、男も私をきっかけにしてみんなと仲良くなってみてくれ」

差し出された手を前にして男は僅かにだがその手を握り返すのを躊躇った。なぜなら、彼の記憶にはかつて同じように差し伸べられ、握り返したその手の温もりが失われたのを覚えていたからだ。
そんな男の事情を知っている男騎士は最初は黙って男がどう反応するかを見守っていた。だが、いつまでも迷っている様子の男に痺れを切らしたのか、

男騎士「いいんじゃねえか。もう自分を守る力は身につけたんだろ? だったら、お前がその手で守ればいい」

と言って彼の背中を押した。
そして、男騎士からのエールを受け取った男は改めて女騎士が差し出した手と彼女の真剣な表情を見返し、

男(そうだね……。男騎士の言う通りだ)

 大切な存在を自分の手で守ると改めて決意し、女騎士の手をそっと握り締めた。

男「うん。よろしく、女騎士」

 女騎士へ向かって笑顔を浮かべる男。そんな彼に女騎士はギュッと手を握り返し、

女騎士「ああ、私もよろしく頼むぞ男」

 太陽のように眩しい満面の笑みで彼を受け入れるのだった。

 それからさらに数日の行進の末、男たち一同はようやく前線へと辿りついた。途中、魔物とも遭遇し、負傷者を出しもしたが男騎士と女騎士の鼓舞が聞いたのか、脱落者は一人も出なかった。だが、負傷者の中には深手を負った者もおり、彼らはしばらくの間は前線の医療場にて傷を癒すことになった。
 そして、前線基地となっているのは交戦地帯となっている場所から数キロ離れた小さな村。既に住む人のいなくなった家屋を寝床として使い、現場の司令官はその村の村長宅であった建物を使い、彼らを待っていた。新兵を代表する二名、男騎士と女騎士が司令官の元へと現地到着の報告のため向かい、他の人々は建物の外で待機となった。
 ここまでほとんど気力だけで持たせてきた彼らの体力もとうとう限界が来たようで、皆その場に座り込み、今にも倒れそうなほどであった。
 男もまた同じように地面に座っていた。だが、そうしながらも彼はこの前線の様子を観察していた。
 見れば、兵士たちはまるでここが戦場であるということを忘れているかのように普通に生活を送っていた。想像していた重い空気や鬱々とした雰囲気はどこにも漂っていない。
 どうも、今はエルフとの直接手的な戦闘は一時的に休止しているようであった。それは、お互いに戦力の補強や食料の調達など様々な事情があるのだろう。だが、きっかけが何か一つでもあればすぐにでも状況は動き出すに違いない。

男(……交戦地帯から戦闘の音が聞こえないから、一時的な休戦状況だっていうのはわかる。でも、それにしたって何かこの場所は異常だ……)

 本能的にこの基地に漂う不気味な何かを感じ取る男。だが、その正体が一体なんなのかが彼にもわからない。
 口元に手を当て、そのことについて男が考えていると報告のため建物へと入っていった男騎士と女騎士が帰ってきた。
 だが、帰ってきた二人の表情は浮かないものだった。男は、疲れきった身体に喝を入れて起き上がると、二人のもとへと駆け寄った。

男「おかえり、二人共。ここの司令官から何か指示を受けたりした?」

 なんの気なしにそう問いかけた男だったが、二人は顔を見合わせると顔を青くして彼に告げた。

男騎士「男、マズイぞ。ここは俺たちの想像以上に異常だ……」

男「どういうこと?」

女騎士「私たちは今司令官に会ってきたんだが、建物を入った時に司令室までは真っ直ぐに長廊下を歩いていくだけで着いた。だが、重要なのはそこじゃない。その廊下に飾られていた異様な光景だ」

今にも胃の中のものを吐き出しそうに口元を必死に抑える女騎士。とても続きを口にできそうでない彼女の代わりに男騎士が男に対して答える。

男騎士「廊下の壁にな、保存処理のされたエルフの耳がぎっしりと貼り付けられていたんだよ。それはもう、壁の隙間をなくすほどにな……。
 しかもそれだけじゃねえ。司令室に入ってすぐにそのことを司令官に聞いたらなんて答えたと思う?
 『ああ、あれかね。素晴らしいだろう? 我が前線で今まで我が前線の兵たちが殺してきたエルフの耳だよ。こんな場所だ、兵士たちの死体を一々埋めていられる余裕がなくてね。彼らの墓標替わりにこうして使っているのだよ。
 そうすれば、私のところに来たときにみんなのことを思い出せるだろう?』
 だとよ。もう、俺は途中からすぐに司令官の前から逃げ出したくなったぜ。まるで、これが〝普通〟のように話をするんだ。気が狂っているとしか思えない」

 男騎士から語られた話を聞いて男は言葉を失った。そして、先ほど抱いた不気味な何かの正体を掴みかけた。
 そして男は先ほどと同じようにもう一度、周囲へと意識を向けた。耳を澄まし、兵たちの会話を盗み聞く。

男兵士A「おう、何してるんだよ。こんなところで一人酒か? 男兵士Cはどうしたよ」

男兵士B「それなんだけどさ、聞いてくれよ。あいつこの間の戦闘の時に俺の目の前でエルフの土魔法を受けちまってよ。地面から生えてきた土の柱に腹部を思いっきり貫かれちまったんだよ。
 グチャッて音が聞こえたと思ったら男兵士Eの腹部から腸とか臓器が出てきてさ。俺の顔にもあいつの血が滅茶苦茶かかったんだよ。
 で、どうにかエルフのやつは殺したんだけどさ。あいつやっぱり即死だったみたいで、死体処理する暇もなかったからそのまま置いてきちまったよ」

男兵士A「なんだよそれ! まったく、しょうがねえな。まあ今頃魔物の腹の足しにでもなってるかもな」

男兵士B「ハッハッハ。そうだとしたらあいつもかわいそうにな。エルフに殺されて、死体も魔物の胃の中とはな」

男兵士A「全くだ! あ、そうだところでその肉いらねえなら俺がもらうぞ」

男兵士B「おお! 食え食え。この肉意外とうまいんだよな~。近場で殺した魔物だけど、案外いけるもんだな」

 その会話を聞いて男は思わず絶句した。そして、先程から感じていた不快な感じ、その正体がなんなのかを理解する。
 そう、それは〝狂気〟。一見すると普通に見えるこの基地。だが、前線で毎日死と隣り合わせな状況に居続けた兵士たちは、もはや狂うことでしか自我を保てないでいるように見えた。
 そして、そんな彼らの姿はこれから先に自分たちがこのようになるかもしれないという未来の自分たちの姿を男に想像させた。そう思ったとき、彼は心の底から恐怖した。敵対するエルフや、今の彼らにではない。
戦争というものが人に与える影響。その大きさについて……。

 そして、そのことに対する危惧を男が抱く中、男騎士と女棋士による指示でそれぞれに割り当てられた家屋へと一同は向かった。久方ぶりの温かなベッドでの睡眠に誰もが喜びを顕にする。
 そんな中、ほかの兵士たちとは違い、同じ家屋へと割り振られた男と男騎士の二人だけは暗い面持ちでいた。

男「ねえ、男騎士」

男騎士「ん、どうした?」

男「僕たちも……あの人たちのようになっちゃうのかな?」

男騎士「……さあな。少なくとも俺はあんな風になりたいとは思わねえよ。自分たちの異常さを自覚できないようになるなんて……な」

男「そうだよね。ごめん、変なこと言って」

男騎士「気にすんな。そんなことより早く寝ようぜ。さすがにずっと歩きづくめだったからもうクタクタだ」

男「ふふっ。そうだね、男騎士たちのおかげでみんな無事ここまでたどり着けたんだ。今日はもう考え事をするのはやめてゆっくり休もうか」

 そう言って二人はそれぞれのベッドに入り、睡眠を取り出した。目を閉じると同時に猛烈な睡魔が襲いかかり、一瞬にして意識は暗闇の中へと落ちていった。

……



 ドンッ! と鼓膜を破るほどの大きな音が聞こえ、男と男騎士はベッドから飛び起きた。

男騎士「なんだっ!?」

男「今の音は……」

 二人は家屋から窓の外を見る。見れば、ここから数キロ先の交戦地帯となっている場所から火の手が上がっていた。

男「戦闘が、始まった……」

 空はまだ暗闇に覆い尽くされており、彼らが睡眠を取り始めてから数時間しか経っていないことを示していた。
 男と男騎士は今後の状況について指示を仰ぐために急いで戦闘の準備をし、家屋の外へと飛び出す。
 二人と同じように他の新兵たちも次々と寝床として利用していた家屋から現れた。そんな彼らのもとに先輩兵士の一人が訪れる。

女兵士A「あんたたち、今から広間の方に移動しな! そこで今からのあんたたちの行動についてを指示を通達する」

 女兵士Aの指示を受けた彼らは即座に村の広間へと集まった。横二列に並び、姿勢を正して指示を与える上官の到着を待っていた。
 やがて、待機する彼らのもとに頬に大きな切り傷のある女性が現れた。

女上官「ふむ、揃っているようだな。いいか、お前たち! 今交戦地帯でエルフたちを見張っている監視隊から派遣された連絡係が情報を持ってきた。
 現在、前線ではエルフと我が隊の魔法部隊が魔法による交戦行なっている。だが、やはり魔法に関してはあちらに分があるためにこちら側は劣勢だ。
 だが、エルフ共は近接戦闘に対しては弱い。どうにか奴らの魔法を防ぎ、近接戦に持ち込めばこちら側に流れを持ち込める。
 諸君らには我が魔法部隊の支援としてエルフへの近接戦の役割を与えようと私は思っている」

 女上官の発する命令の内容に思わずその場にいた誰もが言葉を失う。彼女が言っているのはようは特攻である。降り注ぐ魔法の嵐の中を掻い潜り、エルフたちの命を奪って来いと言っているのだ。
 だが、いかに理不尽な内容であろうと上官からの命令に彼ら新兵が逆らえるはずもない。一同は心の中に生まれた動揺を隠しながらも、必死に声を貼って命令を受諾した。

一同「はっ! その指示。我ら一同必ずや成功させてみせます」

 訓練施設にて幾度も復唱した命令受諾の返答。だが、それを初めて口にした実戦での命令がこのような過酷なものだとはいったい誰が想像しただろう。いや、きっと誰も想像しなかったに違いない。

女上官「いいか、必ずやり遂げろ。この命令に失敗の二文字はない! 先に言っておくが、お前たちはこの戦いで真の意味で兵士に生まれ変わる。
 エルフは殺せ。身体を焼かれ、四肢を弓矢で打ち抜かれたとしても持ち前の武器である歯を使ってでも奴らに傷をつけろ。
 死んだ仲間には情を抱くな。それはもはやただの肉の塊だ。悲しみを抱くくらいならエルフの奴らを憎んで、一人でも多くあいつらの命を刈り取れ!
 この程度で死ぬような奴はどこの戦場に行っても真っ先に死ぬ。そんな奴はこの北方地帯の部隊には必要ない。
 いいか、生き残った奴が全てだ。無様でも、醜くても、意地汚く生き残れ!
 死ねば全てが無意味となる。敗北者が何かを得ることはない。勝者こそが全てだ。勝利しなければこの戦争にはなんの意味もない。
 さあ行け! 今すぐに戦場に躍り出ろ! そして己の価値をこの場に残った我々に示してこい!」

 女上官のその言葉を聞くと同時に一同は村から交戦地帯に向かって駆け出した。そして、彼女の話を聞いていた男はこう思う。

男(女上官の言うことも一理ある。この初陣で死ぬようなら所詮その程度の力しかなかったってことじゃないか。それはつまり、自分を守る力すらついていなかったということになる。
 死んだら、何もかもが無意味になる。あのエルフへの復讐も、また僕に出来た大切な友人を守ることもできない。
 なら、僕はこの戦いを絶対に生き延びてみせる。そして、僕から全てを奪っていったエルフたちを一人でも多く殺してやる……)

 己の内に湧き上がるドス黒い感情を肯定し、男は戦場に向かって駆けてゆく。視線の先ではいくつもの光が眩く輝き、耳をつんざく轟音を生み出している。
 正式な軍の一員としての彼の戦いが、まさに今始まろうとしていた……。

 戦場へとその身を投じた新兵たち。だが、勇気を振り絞って死地へと飛び込んだ彼らを待っていたのは、これまで腕利きの人間たちと死闘を繰り広げながらも生き残ってきたエルフたちの手厳しい洗礼だった。
 上空にて魔法と魔法がぶつかり合う中、自身やその周囲めがけて放たれるそれに新兵たちは無謀にも立ち向かっていった。
 逃げ場などここには存在しない。引いた先に待つのは死。ならば、前へと突き進み、己の未来を掴み取るしかない。
 腕を射抜かれ、頭を切断され、足を砕かれ、身体を焼き散らされ、目の前で次々とこれまで共に過ごした仲間たちが死んでいく。悲しみを感じる間もなく、彼らは自分の命を守るためにエルフに立ち向かっていった。

男「あああああああっ!」

 周囲から一斉に放たれる幾つもの炎球を全身のバネを使い男は必死に避けた。次の行動など考えている暇はない。一瞬、一瞬ほとんど反射的に身体を動かしエルフたちに対抗する。
 流れるように動く指先。幾多の紋様が素早く描かれ、先ほど男に向かって炎球を放ったエルフたちに今度は男の元から土の塊が凄まじい勢いで飛び立った。
 そのうちのいくつかがエルフたちの身体を打ち抜く。肉をえぐられ、骨を砕かれ、その場に倒れこむエルフ。男はその隙に彼らに接近し、抜き放った短刀で彼らの首を切り裂き、死に至らしめる。
 男は切り裂いた際の感触で相手を殺害したことを確認し、次の標的めがけて彼走った。一歩でもその場に止まってしまっては彼が今殺したエルフのように自分がなってしまうのをわかっていたからだ。
 周りを見渡せば見知った者の姿は随分と減っていた。ほんの数時間前まで一人の脱落者も出さずにこの前線へと共に進んできた仲間たちは今ではその大半が無残な姿で地に伏し、交戦する兵士たちの足の踏み場となっていた。

男「畜生、畜生……。許さない、絶対に許すもんか! お前たちエルフがいるから僕たちはっ!」

 己のうちから無限に湧き出る怒りや憎悪を宙へと吐き出し、男は一人、また一人と敵を葬っていく。その数は既に二桁を超えていた。
 そんな彼の視界に見知った者の姿が移った。女騎士の姿だ。戦場に来るまでは一緒に移動していた彼女だったが、戦闘が始まりエルフの元へと突撃してすぐにはぐれたのだ。
 だが、それも仕方のないことである。ほとんどの者にとっては初めての実戦。自分の身を守ることに精一杯になっているのが普通だ。男は過去に女隊長達と共に戦場にその身を置いていたからこそ他の兵士たちより落ち着けていたというだけのことである。
 そんな彼は今、エルフと交戦する女騎士に意識を向けていた。エルフ集団の懐に入り、次々と敵を切り伏せる彼女だったが、その意識が目の前にいるエルフたちに集中してしまっており、背後から彼女に向かって弓を引くエルフに気がついていない。このままでは確実にその身を弓矢に射抜かれる。
 それを理解すると同時に男は駆けた。同時に指先を動かし魔法を発動させるための紋様を書き連ねてゆく。
 放たれる弓矢。発動する魔法。風を切り裂き、女騎士目がけて放たれた弓矢は矢尻がまさに女騎士の身体に突き刺さろうとした瞬間、男が発動した風の魔法によって防がれた。
 ガンッ! と空気の塊に防がれ音を立てて上空へと弾かれる弓矢。そこでようやく女騎士も自分の身に迫っていた危険に気がついた。

男「女騎士、無事!?」

 女騎士の元へと辿りついた男は彼女に背中を向けて問いかける。

女騎士「大丈夫。ありがとう、男」

男「お礼は後で。それよりも今は目の前にいる敵に集中して。こっちは僕がどうにかする」

 そう言って男は次の矢を射ろうとするエルフに向かって再び魔法を放った。先ほど同じ風系統の魔法だが、今度は塊ではなく、鋭利な刃と化した風が弓を持つエルフの腕を切断する。

女騎士「任せる! 頼んだぞ、男!」

 背中を男に預け、女騎士は先ほどよりもさらに集中し、前方の敵を薙ぎ払う。初めての連携。ぎこちないながらもどうにか形を作り、敵を討ち取っていく二人。敵を一人倒していくたびその連携はより息のあったモノへと変わっていく。
 演習と違い、死と隣り合わせな戦場は彼らの内に潜む潜在的な能力を次々と引き出していった。
 次第に合い始める二人の呼吸。己の背中を友に託し、自身は目の前の敵へと意識を向ける。
 そうして、彼らにとって軍に所属してからの初陣はしばらく時間が経ってエルフ側が発した撤退の合図と共に終わりを告げるのだった。

……



男「……」

女騎士「……」

 二人は無言のまま基地へと戻る。既に身体は満身創痍。気を抜けば意識を持って行かれそうな身体に喝を入れてどうにか歩いていく。
 彼らの全身はエルフたちの返り血に染まり、巻き上がった泥や土で服はベタベタだった。
 そんな中、それまで足元を見て前へと進んでいた男が不意に視線を上げた。そして、彼の視界に映ったのは同じようにボロボロな姿になった男騎士の姿だった。

男騎士「……」

 男騎士は心ここにあらずといった様子で先を歩いていた。彼の無事を確認し、ホッとすると同時に男は愕然とした。
 視線を周りへと散らした彼の瞳に映ったのは、数時間前までは全員いたはずの新兵の数が半数以下にまで減っているという現実だった。
 あまりの出来事に彼は思わず言葉を失った。こんなにも、あっけなく人は死んでしまうのか……。そう思う彼にかつて失った人々の姿が重なる。

妹『お兄ちゃん! 今日は何して遊ぶの~』

女隊長『男はこれからどんな成長をするんだろうね~。あ、別に深い意味はないよッ! ただ、男の成長した姿が楽しみだな~って』

 もう二度と触れ合うことのできない温もりや笑顔。そんな彼らとの思い出を命とともに奪った敵。
 固く握り締めた手に爪が食い込む。奥歯を強く噛み締め、怒りを必死に抑え込む。胸の内はドロドロとした暗い感情だけが湧き上がった。

男(絶対に、絶対に滅ぼしてやる……)

 決意、というよりはもはや執念に近い何かを心に深く刻み男はその場を後にした。
 だが、彼は気がつかない。己が既に戦争という人を狂わせる装置を動かすための歯車の一部へとなりつつあることを……。

……



男たちが北方の前線へと配属されてから二ヶ月の時が過ぎようとしていた。絶望の初陣を終えたあと、大きな戦闘が二、三度ほど行われたが基本的には互いに睨み合いを続け、たまにある小競り合いで負傷者を出しながら相手の様子を伺うという膠着状態が続いていた。
 その間にも何名もの兵士たちが犠牲になっており、北方へと配属された新兵の数は今や数える程まで減ってしまっていた。
 また、膠着状態が続いているといってもいつ本格的な戦闘が始まるかわからないという緊張感からストレスが溜まり、兵士たちの心は限界まで擦り切れてしまっていた。そして、その結果どのようなことが起こったかといえば……。

男兵士A「おらっ! とっとと来い!」

男兵士B「おいおい、あんまり乱暴にすんなよな。こんなんでも今の俺らには大切な捌け口なんだからよ」

女エルフ「離せっ! この薄汚い人間が!」

男兵士A「うるっせえ! 黙れよこの牝豚が! てめえは大人しく俺らの言うことを聞いていればいいんだよ!」

 生け捕りにした女エルフの髪を掴み、乱暴に己に割り当てられた建物へと連れて行く兵士。エルフ側の情報を引き出すという〝拷問〟という名目でのストレス発散がこの後行われることは誰の目にも明らかであった。

女エルフ「死ね、死ね! 貴様らのような汚らわしい種族はこの世界に存在するべきではない! きっと我が同胞たちが貴様らに裁きを下すはずだ!」

男兵士B「聞いたか! 裁きを下すだってよ。笑わせるぜ。なんだったら、今すぐにでも下してくれたっていいんだぞ?
 ほら、どうしたよ。なんだ、お前の仲間たちはこんなピンチな状況を黙って見過ごすような玉無し野郎か? なっさけねえな。
 あっはっはっはっは!」

男兵士A「あ~もうホントうるせえな。久しぶりなんだから少しは楽しませろよ」

 そうして兵士二人と女エルフは建物の中へと消えていった。そして、その光景を配給される食料を取りに指定場所へと行っていた男は無言で見つめていた。

男「……」

 見れば、同じような光景は基地内のいくつかの箇所で見られていた。無論、全てがエルフ相手に行われているわけではない。同意の上でお互いに乱れ、身体を交じ合わせる男女の兵士たち。
 溜まりに溜まった行き場のない衝動をこのような形でしか皆解消できないのだ。それに、ここは死の気配が強すぎる。いつ自分が死ぬかもわからないということを誰もが悟り、生殖本能が高まっているということもあるのだろう。
 中には精神が限界に達し、無理やり女兵士に手をつける者もいるが、女兵士の側にも気が狂ってしまい無理やり手を出されることに愉悦を感じるものもいた。誰かに助けを求めたい者と誰かに頼りにされたい者。
 この者には自分が必要であるという実感を得たいというために行為を正当化し、歪な形の愛を育んでいくものがこの数ヶ月で増えていった。
 そして、それは男の身近の者も例外ではなかった。

男「騎士……帰ったよ。君の分の食事は机の上に置いておくから」

 自身に割り振られた建物の一室に入り、男は中にいる騎士へと声をかける。だが、今の騎士に男の声は聞こえていない。

騎士「ほら、大丈夫。もう大丈夫だから」

女兵士A「うん、うんっ。ありがとう、ありがとね……」

 行為に夢中になり男の声が届かない騎士。ここに来た当初は気丈に振る舞い、皆を助けるためにどんなに辛くても明るく振舞っていた彼だったが、それも限界だったのか、ここ数日は任務以外の時は様々な女兵士と身体を重ねて己の弱さをさらけ出していた。そして、同じように弱さを抱えるものを受け入れることによって、ギリギリのところで精神が破綻するのを踏みとどまらせていた。
 最初は驚きを顕にした男だったが、彼も既にどこか壊れてしまっていたのかその光景に特になにも感じることもなく淡々と必要事項だけ伝えて部屋を後にする。
 配給されたパンを片手に基地内を歩く男。だが、どこに行っても嫌な臭いが鼻につく。無意識のうちに人のいない場所へと移動し、基地から少し離れた場所にある平地に腰を下ろし、食事をとる。

男「……」

 基地内の兵士で行為に及んでいないものは少ない。何か心に決めたものがあり、ギリギリ正常を保てている者か完全に壊れてしまい誰の相手にもされない者のどちらかしかいない。
 後者はほどなく前線から外されてしまうため、放っておいたところで問題はない。前者の場合であればそれを保てているのも時間の問題だろう。
 現に、ここまでどうにか弱さを見せずにいられた男ですら、いつ己のうちに存在する欲望が溢れてしまうかわからない。もしそのような行為に及んでしまった場合、彼は自分が汚れた存在になってしまうのではないかと思っていたのだ。
 それは、男にとって初恋の相手である女隊長との思い出が綺麗なものであったからだといえる。亡くなったことによって彼の中で神聖な存在となった女隊長。彼女との思い出があるにも関わらず、自分も周りのようになってしまったら彼女に対するひどい裏切りになってしまうのではないかと彼は感じていた。だからこそ、最後の一線だけはギリギリ守れていたのだ。

男「……女、隊長……」

 膝を抱え、顔を俯け、愛していた者の名を呟く男。もはや誰の目にも彼の限界が近づいているのは明らかだった。
 そのまましばらく男はその場から動かなかった。シンと静まり返る周り。まるでこの世界に自分一人しか存在しないような気分だと男は感じた。
 だが、そんな彼の元に一つの人影が近づいてきた。

女騎士「男……こんなとこにいたのか」

男「女……騎士?」

 呼びかけられて顔を上げてみればそこには心配そうに己を見つめる女騎士の姿があった。

女騎士「隣、いいか?」

男「うん、どうぞ」

 そう言うと女騎士は男の隣へと座り込んだ。特に何をするわけでもなく二人の間に沈黙だけが漂う。

男「……」

女騎士「……」

 だが、言葉にしなくても伝わることもある。しかも、周りの様子を見ているのであればなおさらだ。しばらく、黙っていた男だったがうまく話を切り出せずに困った様子を見せる女騎士をこれ以上見ているわけにもいかず、彼の方から話題を振った。

男「それで、要件はなに?」

 女騎士を顔を見ないようにしてさりげなく男は問いかけた。正直、彼女のような魅力的な女性が隣にいてまともに顔を見てしまってはこれ以上本能を繋ぎ留める理性を抑えておくことができそうになかったからだ。

女騎士「あ、うん……。その、なんだ……」

 うまく言葉が出てこないのか女騎士は何度も言葉に詰まりながらどうにか要件を伝えようとする。

女騎士「……なあ、男。男さえよかったら、その……私と一晩を過ごしてくれないか?」

男「……」

 その言葉に男はどう返事をしようか迷った。理性は拒否しろと叫んでいる。本能はようやく訪れた時に歓喜の声を上げている。だが、彼の中にある女隊長という存在がどうにか本能を抑え込む。

男「もしかして、それ誰かれ構わず言ってるの?」

 女騎士を突き放すように刺のある言い方をする男。視線は先ほどよりもさらに女騎士から遠のいていた。
 だが、自分の言葉を聞いて女騎士が悲しそうな反応を示したのを、男はその場に漂う雰囲気で感じ取った。

女騎士「……いや、お前が初めてだ。だが、お前から見た私はそのように見えるんだな……。すまない、今言ったことは忘れてくれ」

 そう言って立ち上がる女騎士。そのままその場を離れようとする彼女だったが、男に背を向けたところでその腕を彼に掴まれた。
 驚いた表情で振り返ると、そこには同じように驚いた様子の男がいた。どうも、ほとんど反射的に女騎士の手を掴んだようで、彼自身自分の行動を測りかねているようであった。

男「あ、えと。これは……」

 しどろもどろし、己の行動の理由を探す男。慌てふためく彼の様子を見てそれまで呆然としていた女騎士は思わず苦笑した。

女騎士「何をそんなに慌てているんだ。全く、男は可笑しいな」

 いつぶりかもわからない微笑み浮かべ、女騎士は笑い声を上げた。

男「う、うるさいな……」

 そして、当の男も絶対に見まいと決めていた女騎士の顔を見てしまい反応に困っていた。戦場に入り浸り、肌は荒れ、瞳に浮かぶ光は濁り始めてしまっていたが、それでも彼女は相変わらず魅力的な女性だった。ここ数ヶ月で伸びた髪の毛が吹き抜ける風で揺れ、艶かしいうなじをより強調する。

女騎士「なあ、男。私じゃ、ダメかな? 私に魅力がないのはよくわかっている。剣にばかりかまけて町娘に比べて筋肉もついているし、その……色気だってない。男性とまともに付き合ったことだってないから、知識はあるものの実際にこうした時どうしたらいいかわからなくて……。
 かといって、誰でもいいわけじゃないんだ。だって、いくらこんな状況だからって私は自分が心を許せる相手以外にこの身体を、心を預けたくないんだ。
 でも、男。お前だったら、お前にだったら託せるんだ。私の身体も、心も。だから……」

 女騎士の顔が徐々に男の元へと近づいてくる。まるで時の流れが遅くなったと感じるほどゆっくりと近づく彼女の唇に男は金縛りにでもあったかのようにその場で硬直していた。
 そして、ついに女騎士と男の唇は触れ合い、女騎士は男の体をギュッと抱きしめた。

女騎士「……ンッ……ハムッ……チュッ……」

男「……チュッ……フムッ……」

 タガが外れたようにお互いの唇を貪り合う二人。そのまましばらくキスを交わし、互いの瞳を見つめ合う。
 男が危惧していた不快感は不思議とわかなかった。それは女騎士だからなのかわからないが、少なくとも彼女ならば自分は受け入れることができるということを彼は感じていた。
 そして、男に拒絶されず受け入れてもらえたという事実は女騎士にとっては喜ぶべき出来事であった。

女騎士「ねえ、男。この続きは……」

続きの言葉を口にしようとする女騎士の唇を再び男は塞いだ。

男「うん、もっとちゃんとしたところでしようか」

 そうして二人は基地へと戻り、女騎士の部屋にて身体を重ね合わせる。周りで同じような行為に及んでいるものと似て非なるもの。
 恋をしたわけではない。この胸に宿るものはおそらくこの状況だからこそ生まれているものだということを二人は理解している。だが、互いに相手のことを大切に思っているということだけは事実だ。
 キスを交わし、身体をまぐわせ、互いに抱きしめ合うたびに胸に温かい何かが生まれるのを二人は感じた。
 恋心とも愛情とも違う何か。言葉にできないそれを相手に与えながら、同時に自分も与えられる。そうしているうちに時間は流れ夜が訪れた。
 部屋の窓からたくさんの星がキラキラと輝いていた。昨日まではそんなことにすら気がつかなかったのに今だけは世界が煌めいて見える。

男「ねえ、女騎士。見なよ、星が綺麗だ」

 服の代わりにシーツで身体を隠しながら女騎士は窓越しに星を見る男の傍に寄り添う。

女騎士「ああ、本当だな。本当に……綺麗だ」

 そう言いながら女騎士は男の背中に抱きつく。そして、そんな彼女の頬を男はそっと触れ、彼女の身体を優しく撫でた。

女騎士「なあ、男。たまにでいいんだ。私が生きている間、いやここにいる間だけでもいい。こうして私を受け入れてくれないか?」

男「……うん。女騎士が僕を必要としてくれるのなら、僕はそれに……応えたい」

 二人共頬を上気させ、見つめ合うこと数秒。先程までしていたようにキスを交わし、再びベッドへと倒れこむ。
 壊れかけの人間二人。それぞれの胸にポッカリと空いた空虚な想いを埋めるために互いの心を補填し合う。
 堕落し、壊れてゆく人々。そんな中、男と女騎士の二人は、そのような人々とは少し変わった関係を築いてゆくのだった。

そして、さらに月日は流れた。男が女騎士と身体を重ね合うようになってから数週間が過ぎた頃、それは起こった。

男「……伝達兼偵察任務ですか?」

 司令官「ああ、そうだ。君、男騎士、女騎士の三人には少数精鋭の偵察隊としてエルフたちの動向を観察してきてもらいたい。そして、奴らの動きに少しでも不審な点があればそれを村や街に配属されている兵士たちを通じて私の元へと届けてもらいたいのだ」

男「それに関してはわかりました。では、任務の期間と捜索範囲についてお聞かせください」

司令官「そうだな……。期間は三ヶ月といったところか。その間君たちは平時は民間人として行動して移動し、なるべくエルフたちにこちらが様子を探っていることを悟らせないようにしてくれたまえ。
 それと、君にはその分隊のリーダーとして行動してもらうつもりだ。これはここに配属されてからの戦績を鑑みて君こそがふさわしいと私が判断したからだ。
 期待しているよ、男くん」

男「ハッ! ご期待の添える結果を必ずやお持ちしてみせます」

司令官「うむ、話は以上だ。下がりたまえ」

男「失礼いたします」

……





……

男「とりあえず、そういうことになったから今日を持って僕、騎士、女騎士の三人はエルフ側の動向を探るためにこの前線から離れることになる。
 昼過ぎにはここを出立できるようにしたいから、それぞれ必要なものを準備しておいてくれ」

騎士「全く、今度はどんな無茶な任務を言い渡されると思ったら、ありがたい話だな。こんな地獄のようなところから離れられると思うと嬉しすぎて思わず叫んじまいそうだ」

女騎士「なんなら、今すぐに叫んでもいいんだぞ? どうだ、広場あたりで全裸になって奇声でもあげるなんていうのは」

騎士「おお! それいいかもな。意外とみんなからウケそうだ」

 新しい任務を言い渡された男に呼び出され、女騎士は彼と騎士の共同部屋を訪れていた。
だが、二人共任務を言い渡されたという話を男から聞いてもまるで緊張した様子もなく、それどころかそんなことなど知ったことではないと言わんばかりに別の話ばかりを持ち出していた。

女騎士「そういえば、この間女兵士たちがお前のことを話していたぞ」

騎士「本当か? なんて言ってたんだ?」

女騎士「誰かれ構わず自室に連れ込む変態野郎だって。騎士、お前だいぶ私たちの間で評判悪いぞ」

騎士「そんなことになっているのか……。まあ、それならそれでもいいや。もう、何か色々どうでも良くなっててさ、いいやつでいるのにも疲れちまったよ」

女騎士「そんなものか?」

騎士「まあな。俺らがどれだけ頑張っても状況なんて何にも変わらないってことがわかったろ? 仲いいやつらはみんな死んじまうし、エルフのやつらは殺しても殺しても懲りずに向かってくるし。一体この戦いいつ終わるのかって思うようになってきたよ、最近」

女騎士「何を言っている、そのために私たちがいるのだろう。エルフたちを殺してこの戦いを早く終わらせるんだろうが。
 家族の仇を討つって言ってたお前はどこに行ったんだ?」

騎士「……そういや、そうだったな。なんか、ここ最近そんなことも考えてる余裕もなくてさ。なんだろう? 殺してやりたいって思うのは確かなんだけど、それはエルフのやつらに遭遇した時ぐらいでさ、今はなんていうか殺さないと俺が死ぬことになるから戦っているような気がするんだよな。
 というか、ここ最近ちょっとヤバイんだよ。もうさ、死んじまった家族がどんな顔してたのかって思い出せなくなってきてんだよ。
 おかしいよな? 絶対に忘れるもんかって思ってたはずなんだけどな……」

 腕を組み、不思議そうに首をかしげる騎士。そんな彼の様子を見ていた男はあくまでも冷静に状況を観察していた。

男(……騎士もだいぶここに染まってるな。いい具合に壊れてる。でも、それは僕や女騎士にも言えるか……。僕も、ここ最近家族や分隊のみんなの顔が思い出せない時がある。
 そんなことに思考を咲いている余裕がない。ううん、違うか。そんなことを考えていたら心が壊れるから思考停止しているんだ)

 これ以上この前線に留まり続けることは自分たちにとって悪影響でしかないと、ここしばらく男は思っていた。だが、軍人となった以上自分勝手な行動が許されない彼らにとってそれはどうしようもないことであった。
 だが、そんな男たちの元に今回言い渡された任務は今の彼らにとってまさに渡りに船であった。

男「まあ、それはともかく。これからは今までより一層周囲に気を配らないといけなくなる。エルフたちがどこでこちらの情報を掴んで攻撃を仕掛けているのかも現状は分かっていない。そういったことを探るためにも、僕たちはできる限り民間人として振る舞い、多くの情報を仕入れていこう。
 それと、今回僕が二人を率いるリーダーになっているからあらかじめ禁止事項を伝えておく。
一 緊急時以外は戦闘行為は一切禁止する。これは、自分は軍人ではなく民間人であるという意識を己の内に刷り込ませておかないといけないからかな。
二 できる限り一人で行動をしないこと。待機は別だけど、どこかに行くにしても誰か一人は連れて歩くこと。
 それと最後に……」

 そう言って、男は女隊長がかつて自分に言った言葉を思い出す。戦場の空気に呑まれ、記憶が薄れることはあっても、悔恨の思いと彼女たちと過ごした思い出が彼の心に深く刻ませた言葉を。

男「絶対に無茶はしないこと。もし仮に、エルフを見つけてそれを自分ひとりで倒せると思ったとしても、無茶はせず仲間を呼ぶこと。
 そして、万が一エルフと交戦するようなことになった場合、勝ち目がないと思ったらすぐに逃げること。生きてさえいればどうにかなるから。死んだら、もう何をすることもできないから」

騎士「……」

女騎士「……」

男「と、僕がリーダーとして伝えたいことはこんなところ。あとはある程度各々の好きにしてもらって構わない。なにか提案があれば僕が聞いて対応するからいつでも話を持ちかけて」

 そう言って男は話を終えて二人の反応を待った。
 気心知れた二人が相手とは言え、これから隊を率いる身として二人の命を預かる立場になったのだ。たとえ自分自身が危険な目に会い、心壊れようともこの二人だけは守らなければならない。そう、かつて命を賭けて自分の命を守ってくれた分隊の者たちのように。
 そんな風に珍しく次々と蘇る過去の出来事に僅かながら心喜ばせていると、いつの間にか騎士と女騎士が立ち上がり、不満げな表情で男を見下ろしていた。

騎士「……なんでそうやって自分で全部背負い込もうとするかね。どうせなら一蓮托生だくらい言ってくれりゃいいのにな。もう、ここに配属された新兵で生き残ってる仲いい奴らはお前らくらいしかいないんだ。
 もっと、無茶言ってくれよ……」

女騎士「男……私もそう思う。どうせここまで来たなら私たちは運命共同体。死ぬときは一緒だ。なら、三人で協力し合って生き残れるところまで生き残ろう」

男「……そう、だね。二人共僕のために死んでくれる?」

騎士「ああ、もちろん」

女騎士「構わない」

男「ありがとう。なら、僕は二人のために命を賭けよう。この先、どんなことがあっても僕の全力を尽くして二人の力になる」

 そうして三人は拳を重ね誓いを刻んだ。この先どのようなことが起ころうとも、仲間のために己の全てを捧げるという決意をその胸に秘め、彼らはこの基地を後にするのだった。

……



男たちが任務を言い渡されてからさらに数週間の月日が流れた。北方での戦闘はここしばらく落ち着いており、代わりに他地域での戦闘は激化していた。この地域に住む者はこれが大きな戦闘の前触れではないかと怯えながら、それでも束の間の平和を享受していた。
 そんな中、ある街の市場を歩く三人の男女の姿があった。

騎士「おい、男。こっち見てみろよ、すげえうまそうな果物があるぜ!」

男「はぁ……もうその言葉を聞くの何回目だよ、騎士。僕たちはお金に余裕があるわけじゃないし、冷やかしは店側にも迷惑だからもうやめなって」

女騎士「そうだぞ、騎士。全く、基地を離れて女癖がなくなったと思ったら今度は食べ物を荒らすような真似ばかりして。これじゃあ色気が食い気に変わっただけじゃない」

騎士「うっせえな~。硬いこと言うなよな今くらいは楽しませてくれよ」

男「……わかったよ。でも、あんまりはしゃぎすぎないでよ。僕たちはあくまでも〝任務〟の最中なんだから。それも忘れないでね」

騎士「おう、任せておけ」

 そう、一見するとただ市場をうろつき、特産物を漁っているようにしか見えない三人だが、その実言い渡された任務をきちんと遂行している最中であった。
 すれ違う人々、商品を販売する店主、その他にも酒場での噂話などエルフに関する情報に耳を澄ませて少しでも現実味のある話は詳しく聞いてその場へと向かっているのだ。
 この街に滞在しているのもあくまでも情報収集である。有力な情報を手に入れたのなら、すぐさま現場へと向かい、そこからエルフに関する何かを仕入れれば近くにある軍の駐屯地に向かうという次第である。
 現に、この数週間で二度エルフの情報を手に入れ、結果としてその内の一つがエルフたちが隠れ住んでいる場所だとわかり、殲滅隊を送りエルフたちを殺害することに成功した。もっとも、殺したのは反抗の意思を特に強く示した男勢のみで、女子供は命を見過ごされたとあとになって報告を受けたが、それもどこまでが本当だかは彼らにはわからない。実際、捕虜となった女子供がどのような扱いを受けていようと彼らにはどうすることもできないし、どうする気もなかったからだ。
 自分たちに出来ることをするのみ。エルフは滅ぼす対象であり、人類の敵。それが今の彼らの精神に深く刻まれた考えであった。
 そんな風にして、周囲の人々の話しに男が耳を傾けていたとき彼の視界の端に一人の少女の姿が目に入った。
 服はボロボロで髪の毛も長いこと洗っていないのかくすんで汚れている。瞳に浮かぶ光はひどく濁っており、身にまとう空気は他の物を寄せ付けない拒絶の意志が強く示されている。
 まるで、この世界の全てのものが敵だと言わんばかりに敵意を振りまき、己以外の全てを睨みつけて地面に座り込む少女。その姿を見た瞬間、男の胸に凄まじい衝撃が走った。

男(……似てる)

 思い出すのは家族を失い軍の前にて座り込んでいたかつての自分の姿。誰のことも信じられず、己だけの力でどうにかしてみせると思い、心の壁を作って周りの優しさを拒絶していたころの自分に視界に映る少女の姿が重なるのを男は感じた。
 ただ、違う点があるとすれば当時の自分は今の少女よりもまだマシな状況にあったということだろう。エルフとの戦闘がまだそれほど激化しておらず、被害にあったといっても戦争孤児として預けられた施設で衣食住は確保されていた。だが、あの少女は違う。見たところ、施設に入れてもらえている様子もなく、食事もろくにとっているとは思えなかった。

女騎士「男、どうかした?」

 急に立ち止まり、少女を凝視する男に疑問を感じたのか女騎士が問いかけた。

男「いや、あの女の子が少し気になって」

女騎士「あの子?」

男「ほら、あそこにいる……」

 女騎士に問いかけられて少女がいる場所を指差した男だったが、一瞬目を離した隙に少女の姿はどこかへと消えてしまった。

女騎士「どこ? どこにも女の子の姿なんてないけど」

男「どうも、今目を離した隙にどこかに行っちゃったみたい」

女騎士「そうか。まあ、いなくなってしまったのなら仕方ないじゃないか。今は情報収集を優先するべきだ」

男「うん、そうだね」

 そうして男は女騎士とともに先に進んでいく騎士の後を追った。ただ、最後にもう一度だけ男は先ほど見た少女がいた場所を振り返った。
 そこには虚ろな瞳でこちらを見返す少女の姿が、確かにあった……。

……



騎士「……とこ、男!」

男「えっ?」

騎士「え? じゃないだろ。どうしたんだよ、なんか今日のお前ボーッとしてるぞ」

男「あ、うん。ごめん」

騎士「どうした、体調でも悪いのか?」

男「いや、そういうわけじゃないんだけど。ちょっと気になることがあって……」

騎士「ふ~ん。まあいいけどな。とりあえず飯食いに行こうぜ」

男「ああ、わかった」

 そうして二人は現在宿泊している宿屋の一階にある酒場兼食事場に移動した。

女騎士「二人共遅かったね。私はもう食事頼んじゃったよ」

 一足先に食事場に来ていた女騎士がカウンター席に座りそう呟く。

騎士「悪い悪い。なんか男の奴がボーッとしててさ」

女騎士「そうなの? 大丈夫、男」

男「大丈夫。ホント、なんでもないから」

 女騎士の隣の席に二人は座り、それぞれ料理を注文する。そして、注文した酒が料理を先に三人の前に来た。三人はグラスの取っ手に持ち、コツンとグラスを重ねる。

女騎士「それじゃあ、今日もお疲れ様」

騎士「おう、お疲れさん」

 チビチビとゆっくり酒を飲んでいく女騎士。対照的に騎士は一気にグラスの中身を飲み干した。

騎士「カ~ッ! やっぱ酒は最高だな! 早くもつまみが欲しくなってきたぜ」

女騎士「騎士、それだけ聞いてるとおっさんにしか見えないわよ。というより、なんというかホント少し性格変わったわね」

騎士「そうか? まあ、細かいことは別にいいじゃねえか。色々あったんだし多少なりとも性格は変わるだろ。そういうお前だって最初に会った時に比べたら堅さがだいぶ取れた気がするけどな。まあ、何がきっかけかは言わんでおくが」

 そう言って騎士は隣にいる男をチラリと見た。

男「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」

騎士「べっつに~。俺はお邪魔じゃないのかな~とか時々思うときはあるかもしれんがね。いいんだぞ、そういうことしたい時は気を利かせて出てくから。遠慮せずやってくれても」

女騎士「別に……その、私はそんなしょっちゅうは……それに、我慢はできるし……」

男「ちょ、女騎士まで。全くもう……」

騎士「なんだ、なんだ。お前ら結局デキてるのか? ったく、いつの間にそんな関係になったんだよ」

 軽いノリで茶化す騎士。女騎士も恥ずかしそうにしながらまんざらでもないという様子であったが、そんな空気に冷水をかけるような勢いで男が断言する。

男「違うよ。僕と女騎士はそんな関係じゃない」

 その言葉に三人の間の空気が一瞬静まり返る。それに気がついて男が慌てて言葉を訂正する。

男「あ、いや。違うんだ、そういうことじゃなくて……。僕は、僕は女騎士にはもっとふさわしい相手がいると思っている。あんな状況だったし、ああいうことになったことには後悔していないけど。
 でも、僕らは戦友だろ? それ以上でもそれ以下でもないんじゃないかな?」

 隠すつもりはないのか男は本心を話した。あのような状況だ自分も女騎士も誰かのぬくもりを求めていただけなのだろう。それに、正直に言ってしまえば今の男には誰かに愛されたり、自分が愛するという感情が少しわからなくなってしまっていた。どこまでが傷の舐め合いで、どこまでがそうでないのかが……。
 だからこそ、そんな状態で女騎士と愛し合っているような関係だと軽々しく言いたくなくて彼は騎士の言葉を否定した。

女騎士「そ、そうだな。私たちは〝仲間〟だからな。そういう関係じゃないんだ。それに、それを言うなら騎士だって女兵士たちとそういった関係になってたってことになるでしょ?
 そうなったら、騎士はいったい何人の女性を愛していたのかしらね」

騎士「あ~そりゃそうか。それは確かに男の言うことにも一理あるわな」

 これ以上この場の空気を悪くしたくないと思ったのか、騎士と女騎士がどうにか男に合わせて場を和ませる。
 そして、それを見ていた男は自分の発言で二人に気を使わせてしまったことを後悔していた。ふとした拍子で戦争の影響によっておかしくなってしまった自分を実感させられる。それはなにも男だけではなく、他の二人の言えることではあるが……。

男「とりあえずその話はこれで終わろうか。ほら、食事がきたよ」

 男がそう言うと彼らの元に注文した料理が届けられた。

騎士「お~きたきた。待ってたぜ、肉だ肉。腹減ってるし早速食べさせてもらうかね」

 カウンターに置かれたフォークを手に取り、炒められた肉料理をほおばり始める騎士。そんな彼を呆れた様子で女騎士は見ていた。

女騎士「ちょっと、騎士。もう少し上品に食べたらどう?」

騎士「いいじゃねえか。俺たちは今民間人なんだぜ? そんなこと気にしていたら馴染めねえよ」

女騎士「はぁ、もういいわよ。言っても治りそうにないしね」

 ため息を吐き、自分の分の食事を食べ始める女騎士。そんな中、男は一人だけ酒も、食事のどちらにも手をつけずにいた。

男(……やっぱり、あの子気になるな)

 今の時勢、戦争孤児など珍しくもない。前に訪れた街でも昼間見かけた少女のようなものはたくさんいた。ただ、あの少女だけは別だった。性別も、年も違うのになぜか気になる。そのことについて宿に帰ってきてからずっと答えを考え続けていた男だったが、本当に不意にその答えが脳裏に浮かび上がった。

男「ああ、そうか。あの子、妹に似ているんだ」

 気づけばそんなことを口にしていた。境遇は自身に似ているかもしれない少女。だが、その容姿や年齢をだいたい推測すると、死んでしまった男の妹が生きてそのまま成長すればあれくらいだったのだ。
 そして、一度そうと決め付けてしまうともうダメだった。彼女がどうしても自分の家族のように思えて仕方なく、このまま少女を放っておくことは今の彼にはできなかった。
 代替とも、偽善とも言われようとも今の彼には少女がこれ以上あのような状況に放り出されていることが我慢できなかったのだ。
 それは、奇しくも女隊長が男を弟の姿と重ねて放っておけなかった時の状況に似ていた。

男「騎士、女騎士。ごめん、ちょっとでかけてくる」

 そう言い残して急いで男は酒場を後にした。

騎士「あ、おい。ちょっと待てよ」

 突然の男の行動に思わず騎士が静止の言葉を投げかけるが既に男は席をたち、外に出ていた。

騎士「なんなんだよ……」

 残された二人は彼の行動を疑問に思いつつも、出された食事を堪能するのだった。

暗闇に染まる街中を男は一人駆け回った。暗い路地裏、食事場の店裏、寒さを凌げそうな橋の下。行き場をなくした人間が行きそうだと思うところを手当たり次第に探した。だが、一向に少女は見つからない。

男「……どこだ、どこにいる?」

 既に人が寄り付かないところはあらかた探し終えた。あの格好だ、普通の人であれば哀れみこそすれ関わろうとはしないはず。まして、周りに対して拒絶の姿勢を示している少女であれば自ら進んで他者と関わるような真似もしないだろう。
 だからこそ男は人が寄り付かなさそうなところを重点的に探していたのだがどこにも少女の姿はなかった。このまま闇雲に少女の行方を追っても仕方ないと一度宿へと帰ろうとする。
 だが、その途中。予想に反して男は少女を見つけることになった。

男「……あっ」

 そう、それはあまりに意外な場所であった。街にあるいくつもの宿屋の一つ。男が宿泊しているそれとは別の宿屋前に少女はいた。
 虚ろな瞳で、他者への拒絶はそのままに。どこか遠く、自分の手に届かないものを見るかのように建物の中、窓の向こう側にある明るい世界を少女はそっと眺めていた。

 たった一人で……。

 それを見た瞬間、男の中に猛烈な庇護欲が湧き上がった。それは、かつて妹の面倒を自ら進んでみていた頃と同じような家族に対する情愛であった。
 今まで長い間ずっと忘れられていたそれは、覚醒と共に溜まりに溜まっていた欲求を男の体の隅ずみまで満たした。もういないはずの妹と少女に姿を重ね、妹にできなかった全てを少女にはしてやりたいと思った。そう、男は目の前にいる少女の幸せを第一に考えたのだ。
 そうして、男はゆっくりと少女に近づいた。だが、自分に近づいてくる存在に気がついた少女は遠く、明るい世界への羨望を即座に心の奥底へと隠すと再び敵意をより色濃くし、男をキッと睨みつけた。
 だが、男はそれでもなお少女に向かって突き進んだ。かつて、自分に優しい言葉を投げかけてくれた全ての人を拒絶していた自分を救ってくれた女隊長と同じように。

男「大丈夫、大丈夫だから」

 優しく言葉を投げかけながら、ついに少女の目の前に辿りつく男。逃げなかったところを見ると、まだ人を受け入れる余地はあるのかもしれない。そう思った男は少女の前にそっと手を差し伸べた。
 だが、差し伸べられる救いの手を少女はすかさず払い除けた。拒絶されることはある程度予想していたのか、男は再び少女に手を伸ばす。
 しかし、今度ははっきりとした形での拒絶をされた。少女は男の手に思いっきり噛み付き、物理的に敵意を表したのだ。

少女「ふぅぅっ……ぐうぅっ!」

 まるで獣のようにギロリと男を睨みつける少女。肉が食いちぎられるほどの強さで歯は食い込んでいく。その痛みに男は一瞬顔をしかめたが、歯を食いしばり痛みに耐えた。そして、空いているもう片方の手を少女の背中に回し、その身体を抱きしめた。

男「大丈夫。怖くないよ……」

 本当ならば叫び出したいほどの痛みであるにも関わらず、男はそれをグッと堪え、少女をなだめた。だが、それでも少女は先ほどよりも強く、強く男の手を噛み続けた。
 少女の気が収まるまで必死に苦痛に耐える男。痛みのせいか、顔からは脂汗が滲んでいた。
 そして、そんな男の態度に少女も疑問を抱いたのか、手を噛む力がほんのわずかに弱まった。
 どうしてこの男性は逃げ出さないのだろう?
 どうしてこんなにも優しく自分を包み込もうとしてくれているのだろう?
 もしかして、この人は敵ではないのかもしれない。
 そんな考えが少女の脳裏に浮かんだ。だが、次の瞬間に思い出したのは自分を裏切った二人の人間の姿。愛している。そう言っていたはずなのに自分を裏切り、捨てた肉親の姿を……。
 怒りに駆られ、憎しみに呑まれ、少女は再び男の手に歯を食い込ませた。そして、空いていた両手の爪で自分を抱きしめる男の背中を何度も何度も引っ掻いた。
 長い間手入れもされず伸びきった爪は服越しに男の背中の皮を削り、やがて血を流した。
 だが、それでも男は少女を離そうとはしなかった。

男「……」

 もう男は何も言わなかった。ただ、黙って少女の行動を許していた。

少女「ううぅっ! うぅっ」

 初めは怒りの呻きを上げていた少女。だが、しばらく男に対して敵対行動を示した後、その様子に変化が訪れた。

少女「うっ……ううっ……うぇっ……うぇぇっ」

 怒りはまだ表していたものの、その瞳からポロポロと涙がこぼれ始めたのだ。そして、それは徐々に敵意を収めることにもなり、男の手に噛み付いていた少女の歯が少しずつ肉から離れていく。
 そして、口を男の手から離し、自分を抱きとめる青年の顔を見た瞬間、それまで我慢していたものが限界に達したのか少女は嗚咽を漏らしながら思いっきり泣いた。

少女「うえっ、ふぇぇっ、ふええええええええええええん」

 その叫び声に一瞬店の中にいたものが何事かと外の様子を見に来たが、男がなんでもないと客たちを店の中に戻した。
 そして、己の腕の中で涙を流し続ける少女の背中を何度もさすり、彼女をあやした。

少女「ふええええん。えぐっ、ひっく」

 一向に泣き止む様子の見られない少女に少しだけ苦笑する男。結局、彼女が完全に泣き止むまでには小一時間を要し、その間男は噛み付かれて抉られた手と何度も引っ掻かれて血が滲んでいる背中の痛みに必死に耐えるのだった。

騎士「で? その子どうしたんだ?」

 宿屋に戻った男は部屋を共同で使っている騎士にそう告げられた。その光景はどう見ても、浮浪児を男が連れて帰ってきたようにしか見えない。騎士からすれば、突然酒場を抜け出し少女を連れて帰ってきた男の行動が理解できず、そのように問いかけるのも無理はなかった。

男「えっと、拾ってきた」

 どう答えればいいのか迷ったものの結局男はそう答えるしかなかった。それが一番真理であるからだ。

騎士「拾ったって……おいおい。犬や猫じゃねえんだからよ。それに、お前わかってるんだろうな……」

 あえて言葉を濁した騎士が言いたいことは自分たちは今任務の最中だということだろう。いくら日常に身を寄せていたところで彼らの本職は軍の一員としてエルフの動向を探るということなのだ。浮浪児を拾ってきて相手をしていることなど彼らの行動の足枷にしかならない。

男「うん、わかってる。これが軽率な行動だってことも。でも、それでも僕にはこの子が放っておけなかった」

 真摯な瞳でジッと騎士に視線を向ける男。どこか納得のいかなかった様子の騎士だが、男の真剣な様子を見て、とうとう根負けした。

騎士「はぁ……。ったく、しょうがねえな。俺らのリーダーはお前だからそのお前が決めたことなら従うよ。けど、どうすんだその子? 言っとくけど俺らもいつまでもこの街にいられるわけじゃねえぞ。
 そうなった時にこの子は施設にでも預けるつもりなのか?」

 そう言って騎士は先程からずっと男の後ろにその身を隠している少女を見た。未だ男以外には心を許していないのか、少女は騎士に対して鋭い視線を向けていた。
 そして、彼の発言が理解できているのか、また自分が捨てられてしまうかもしれないという未来を想像し、不安そうな様子で上目遣いに男の顔を見た。
 そんな少女に男は怪我をしていない左手で優しく少女の頭を撫でて彼女の不安を取り除いた。

男「ううん。それはしないつもり。僕は出来ることなら彼女をこのまま同行させようと思ってる」

騎士「おいおい。それがどういうことかわかっててお前は言ってるんだろうな? お前、その子に殺しをさせる可能性を持たせるつもりか?」

 男の発言を聞いた騎士だが、さすがに今後少女を同行させるつもりとは思っていなかったのかこれには厳しい言葉を投げかけた。

男「……わかってる。僕が今どんなにひどいことを言っているのかも、全部。だから、僕は今後この子の面倒は全て見るつもりだ。ひとまずこの子が一人で生きていけるようになるまでは……。
 迷惑はかけない。だから、頼む騎士。この子が今後同行することを認めてくれないか?」

騎士「……先に行っておくぞ。面倒は全部見ろよ。あとは、その子の身の安全もお前が絶対に守れ」

男「うん」

騎士「それと、この話をもう一人しなきゃいけない奴がいるだろうが。あいつもいいって言うんなら俺はその子が今後俺たちに同行することを認める」

男「わかった。ありがとう、騎士」

 そう言ってすぐさま部屋を出てもう一人に動向の許可をもらいに行こうとする男だったが、騎士にその行動を止められた。

騎士「その前に、お前その手と背中の手当をしてから行け」

 騎士に止められ、すぐにでも許可をもらいに行きたい衝動を抑えながら男は彼の手当を受けるのだった。

男「女騎士、ちょっといい?」

 騎士と男とは別の女騎士一人の部屋の前に立ち男は扉越しに彼女を呼びかけた。

女騎士「ん? 男、いつの間に帰ってきたんだ。用はもうすん……だ」

 扉を開き彼を部屋に招こうとして女騎士は固まった。見知らぬ少女の姿が彼の後ろにあったからだ。

女騎士「えっと、この子は?」

男「実は昼間言っていた女の子。ちょっと、色々あって……」

女騎士「う~ん。まあ、男がそう言うならそうなんだろうけど。とりあえず中に入ったら? 何か話があるんでしょ?」

男「うん、ありがとう」

 そう言って室内に男と少女を招き入れる女騎士。少女は先ほどと同じように男の背中にずっと隠れていた。

女騎士「それで、どうしたんだ?」

 女騎士にそう問いかけられて男は先ほど騎士に話したのと同じ内容を女騎士に語った。やはり女騎士も騎士と同じように男の話す内容に驚きを顕にしていたが、それでいてもどこか納得したような様子だった。

女騎士「なんとなく昼間の時からこんな風になりそうな気はしていた。それに、男が決めたことだ。きちんと責任は取るつもりなんだってこともわかっている。
 けど、ひとつだけ聞きたい。どうしてそんなにその少女にこだわるんだ?」

男「……死んだ妹と年が近いんだ。生きていればこれくらいの年だったかなって思ったら放っておけなくて」

女騎士「……そうか。正直に言えば反対したいけれど、男が面倒を見るって言ったからには任せるわ。けど、これから私たちに同行するってことになるんだから、この子は私にとっても仲間だから。
 今は心を閉ざしているみたいだけど、そのうちちゃんと話せるようになれれば嬉しいかな」

男「うん。きっとそうなるよ。今はまだ、無理みたいだけどね……」

 そう言って少女の方を見るが、やはり少女は男以外に心を開くつもりがまだないのか前に出そうとする男の手にイヤイヤと首を振って強く背中にしがみついていた。

女騎士「まあ、仕方ないな。ただ、気になっていることがあるんだがその子結局どうやって寝かすんだ?」

男「えっと、今のところはこの宿の店主に一人分多く値段払って僕の部屋で一緒に寝かそうかと……」

女騎士「そ、そうか。まあ、まずは体を綺麗にしないといけないがな」

男「そうだね、とりあえず近場の風呂屋にでも連れて行くよ」

 そう言って男は部屋を後にした。残された女騎士はお人好しな彼の背中を見送り、ひとり残された部屋でつぶやく。

女騎士「男は優しすぎるな……。でも、誰に対しても優しすぎるそれは時に人を傷つけるんだぞ」

 二人の了承を得られた男はさっそく少女の身を整えるためまずは風呂屋に向かった。番台に金を渡して中に入ると、少女に中で身体を洗ってくるように指示した。本当ならば男がどうにかしてあげたいところであるのだが、さすがに一緒に入るほど少女が幼くなく、自分自身でどうにか出来る年齢であったため以降は彼女身を清めるのを任せた。
 そして数十分の後、身を清め、別人のように変わって戻ってきた少女が男の元を訪れた。

少女「あ、あの……。ありがとう、ございます」

 長いこと手入れしていなかった髪の毛の先は未だ傷んでおり、長さも伸び放題といった様子ではあったが、体に溜まっていた垢や汚れは幾分か取れてだいぶマシになっていた。
 ただ、食事はまともに取れていなかったため少女の身体の線はひどく細くなってしまっていた。
 こればかりは一朝一夕でどうにかなるものではないため、時間をかけてゆっくりと健康的な体型にしてあげるしかない。
 そんなことを思っていると、安心して気が抜けていたのか少女のお腹が音を立てた。

少女「あっ……」

 恥ずかしそうにしながら視線を逸らす少女。男はそんな彼女の様子を見て苦笑した。

男「お腹が減ったんだね。よし、それじゃあご飯食べに行こうか」

 そう言って二人は再び宿に帰る。包帯が巻かれた男の右手と少女の左手がギュッと固く、固く結ばれる。
 兄妹のように、親子のように、まるで家族のような二人の関係はこの時結ばれた。自覚なく壊れていった青年と最愛の人に裏切られた少女。
 この先の未来で一度は別れ、すれ違うことになる青年と少女。その最初の出逢いはこうして終わりを告げるのだった。

 少女を男が引き取ってから二週間が経とうとしていた。既に以前いた街を彼らは離れ、あとひと月となった任務のために新たな情報を求めて西へと向かっていた。今彼らが向かっている場所はエルフと軍の争いが激化している地域でもある。
 そのため、民間人のほとんどは主に中央都市に避難しており、ここでは民間人としての行動は厳しくなる。あくまでも軍の一員として他地域の戦闘状況の観測。及び、北方地域への影響を調べることが彼らの次の行動だった。
 もっとも、場合によっては西方軍の手助けをする場合もあるかもしれないが、それは状況が劇的に変化した場合だ。
 そして西方にある平原の一角、偵察のために移動している四人。現在は一時の休憩のためその場に腰を下ろして各々好きな行動をとっている。
 そんな中、男は少女に付いて身を守るための術を伝授していた。

男「それじゃあ、まずは昨日の復習から」

 そう言って少女の目の前で紋様を描いていく男。少女はそれを真剣な表情でじっと見つめていた。
 知識のないものには理解しがたい幾何学模様の紋様が描かれていき、やがて一つの円を形作った。そして、それは即座に虚空へと溶け、紋様があった場所には代わりに一つの炎の球が現れていた。

男「と、こんな風にして魔法を発動したわけだけど、どうして魔法が発動できたかわかるかな?」

少女「はい!」

男「どうぞ」

少女「それはですね、人の中には魔力があることが関係してます。量の大小はあるものの人には魔力が存在し、魔法を使う人はその魔力を使っているんです」

男「うん。でも、それはあくまで魔法を使うために必要な材料のようなものだよね。魔法が発動する理由にはならないね」

少女「ですから、人はその魔力を元とし、ある法則に基づいて魔法を発動させるんです。今目の前で見せて頂いた紋様にもきちんとした法則性が存在して、それを正しく理解することで魔法が発動するんです。
 つまり、魔力を流した指で紋様を描くということは料理で言うところの元となる材料を調理することをいうのです。
 結果として作られたその炎の珠は料理の完成品ということになります」

 少女の例えを交えた答えに男はニッコリと笑顔を浮かべた。

男「うん、ちゃんと魔法の発動については理解できてるみたいだね。そう、つまり魔法を発動させるといってもその手順をきちんと理解していないと失敗してしまうんだ。
 それは今例をあげてもらった料理のように調理の手順を知らないで適当に作った料理が失敗するのと同じことだね」

少女「はい、わかりました」

男「それじゃあ、知識としての復習はここまでにしておいて。今からは実技をしてみようか。
 今僕が作ったのと同じ炎球を作ってみようか。手順がわかっているなら問題ない。魔力を流す量の調節で最初は失敗すると思うけれど初めてなら仕方ないから何度でも挑戦してみよう」

 そう言って男は少女に初めての魔法発動に挑戦させた。彼女を引き取ってから最初の一週間はまず常に一緒に行動することになる騎士と女騎士に慣れさせることに努めた。
 これから一緒にいることになるのだ、長い時間を共にする相手と会話もロクにできないようでは話にならない。かといって、無理矢理仲を取り持っても関係がうまくいくとも思わなかったので、男は少女の自主性に任せてどうにか二人に心を開かないか見ていた。
 とはいっても、別段なにかしていたわけではなく主に騎士と女騎士が男と話しながら少女にも声をかけてきたということ。それと少女が男にくっついて二人の様子をこっそり伺っていたというくらいである。
 ただ、それが良い方向に働いたのか、少女はその一週間で少なくとも二人が悪い人間ではないと判断し、僅かながら心を開き始めた。といっても、未だ男を介して会話に参加する程度ではあるが……。

少女「……えいっ」

 ゆっくりと男と同じ紋様を描いていく少女。その姿は微笑ましく、どこか見守りたくなるような愛らしさを兼ね備えていた。
 そんな彼女に男が魔法の知識を与え始めたのが一週間前。これから旅を共にするということは必然危険から身を守る術を知らなくてはならないということ。かといって、身体を鍛えるには少女の線は細く、時間がかかる。そのため、男は素質次第で直ぐにでも戦力になる魔法を教えることにした。
 幸い、彼にとって魔法は専門分野。人に教えることは初めてであったが、彼の言うことには素直な少女は飲み込みが早く、どんどんと知識を吸収する少女に同じ知識を共有する喜びを感じた男はノリノリで講義をした。
 それは、端から見れば普段の男からは考えられないようなノリの良さで、たまたま食事のために講義をしている男を呼びに来た女騎士が素で引いたほどであった。
 そんな風に初めて出来た素直で可愛らしい教え子にある程度の知識を与え、今日ついに初の魔法実践の機会の場を設けた。
 これは男も女隊長の隊に入って女魔法士によって教えられたことをそのまましている。当時は中々魔法がうまく発動できずに長い時間をかけて発動させて隊のみんなに発動した時の喜びを報告にいった。
 そんなことを思いだし、少女が最初から魔法をうまくできると思っていなかったため、これからやる気をなくさないで頑張る方向に彼女を導くにはどうすればいいかと男は思っていたのだが、そんな彼の目の前で予想外の出来事は起こった。

少女「で、できた! できました!」

男「えっ?」

 意外な少女の言葉に男は一瞬放心する。見れば、少女の頭上には確かに炎球が出来上がっていた。……それも、四つも。
 その光景を見た男は思わず背筋がゾクリとするのを感じた。予想以上。いや、もはやそんなレベルではない。天才的な才能の片鱗をわずかながらでも感じさせた少女を目の前にし、興奮すると同時に恐怖した。

男「ちょ、ちょっと待って」

 そう言って男は新たなる紋様を描き出す。そして、少女は男のそれをじっと見ていた。

男「これは、これは作れる?」

 そう言って男が紋様を書き終えると今度は大気中に漂う水の塊とそれを凍結させた氷の刃ができた。
 一見すると先ほどと同じように紋様を書いていただけにも見えるが、こちらは違う。氷を作るにはそもそも水の魔法を生み出す法則を正しく理解し、なおかつそれを凝固させるための別の手順が必要になるのだ。
 初見でこの違いがわかるものはほとんどおらず、現に男もこれを同時に発動させるのには長い年月を必要とした。
 だからこそ、これはある意味で彼女の才能を確認するのにはふさわしい試験であった。基礎的な知識しか与えてない状態で彼女がこれを生み出せるようであるのならば、それは彼女の持つ才能が本物であるということだからだ。

少女「やってみます」

 そう言って、少女は男が行ったのと同じように紋様を書き連ねていく。淀むことなく流れゆく指先。それは光り輝く軌跡を宙に記し、やがて一つの芸術が完成した。

男「……」

 そして、それを見た男は今度こそ本当に言葉を失った。少女は先ほどの男のように水球と氷の刃の二つをそれぞれ作るのではなく、それを合成したものを生み出したのだ。半分は液体、もう半分は固体。こんなことは今の男にはできないし、手練の魔法使いですら作り出すのは困難だろう。

少女「……あ、えと。やっぱり……失敗でした?」

 ゾクゾクと背筋が震える。少女の才能は本物だ。本物の天才が目の前にいることに男の胸の内は歓喜に震えた。

男「……いや。失敗なんかじゃない! それどころか、こんな事僕にもできないよ! 伸びしろの塊だ! すごい、すごいよ」

 喜びに任せて少女の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる男。少女は、突然の行動に驚いているものの、彼の期待に応えられたことが嬉しいのか終始笑顔を見せていた。

少女「本当ですか! えへへっ。よかったぁ……」

男「うん、本当にすごい! これは教えがいがあるな。うん、とりあえず今までどおり基礎を教えながらそれを使った実践も並行して行っていこうか。これならすぐにでも魔法を自分の手足のように使えるようになるよ」

少女「は、はい! よろしくお願いします」

 少女は両手を胸元でグッと握りしめてやる気を見せる。だが、それと同時に可愛らしい音が彼女のお腹から聞こえてきた。

少女「す、すみません……」

 魔法を発動させることに緊張をしていたのだろう。そして、成功したことで緊張の糸が解けたのか空腹が表に出てきたようだ。

男「ひとまず、一度腹ごしらえをしてから続きにしよう」

少女「わかりました」

 そうして二人は休憩をとっている騎士と女騎士の元に歩いていく。少女は男の手をギュッと強く握り締めて満面の笑みを周りに振りまきながら隣を歩いていく。
 だがそんな少女を見て先程まで喜びを見せていた男は一抹の不安を抱いていた。

男(この子は確かに魔法を扱う才に長けている。でも、今のこの子はあまりにも無垢だ。そんな子を僕らのように戦いの場に出していいのか?)

 最初は自衛のためにと教えていたつもりだった魔法だが、彼女ならばすぐにでも男と変わらないほどの魔法を扱い立派な戦力になれるだろう。
 だが、彼女はあくまでも男達に同行している民間人なのだ。ロクに訓練も受けていないただの少女が戦場にその身を晒してしまっては、技術はともかく心がきっとモタない。
 訓練を受けていた男たちですらあのざまであったのだ。それがただの少女であれば言わずとも結果はわかる。
 戦いの熱に当てられ、狂気に囚われてしまわないか。それが男が感じる懸念だった。

男(いや、だからこそ僕が責任を持ってこの子を守らないといけないんだ。でも……もし彼女も僕らのようになってしまう時がきたのなら……)

 今はまだ何もわからない先を考え、男は己の手を握る小さな温もりを絶対に守り抜こうと一人誓うのだった。

 そしてそれからさらに十日ほど月日が流れた。現在男たちはある森を抜けた先で戦闘を繰り広げている軍とエルフたちの行動を遠くから観察していた。
 喉が張り裂けんほどの叫びをあげ、敵に向かって斬りかかる軍の兵士。それに負けじと次々と魔法を放っていくエルフたち。人数は明らかに軍側が優っている。だが、兵士一人あたりの質はやはりエルフたちの方が上であった。
 そして、今問題なのは軍側の連携が取れていない点だった。遠くから見ている男たちだからわかることであるが、軍の者の多くは迫り来る死、圧倒的に数で優っているにもかかわらず押され気味という点から兵士たちの士気が明らかに落ちていた。そして、数の少ないエルフたちの鬼気迫るほどの勢いに次第に押され、彼らは少しずつ後退していた。

男「……マズイな。このままじゃ統率が取れなくなった場所から切り崩される」

 軍の様子を静かに観察していた男がそう呟く。

騎士「どうする、加勢するか? 今ならエルフ側もこっちの存在には気づいていないだろうし、奇襲をかければ状況を好転させられるかもしれないぜ」

女騎士「だが、こちらは四人だ。引き際をわきまえないと直ぐに包囲されるぞ」

男「わかってる。だから、もう少し様子を見る。あまりにも状況が悪化するようであればこのまま黙っているわけにも行かない。ここでエルフたちに勝利を持たせてやつらを活気づかせては不味いだろうしね」

 そう言って男は再び戦場を眺めた。そして、彼の横に立つ少女に問いかける。

男「女魔法使い。どう? 今の状況を見ていて何か思うことはある?」

 少し前まで己の身を守る術も知らなかった少女は男の質問に対して頷き、答える。

女魔法使い「はい、先生。そうですね……。今エルフたちが使用している魔法ですが、火と土を使ったものがほとんどです。土はともかく火の場合ですとこれだけ人数差がいたとしても対象がある程度絞られてしまいます。
 私であれば風の魔法を使用して多数の敵を討ち取ります」

男「うん、僕も同じ意見だ。なら、向こうはなぜ風の魔法を使わないと思う?」

女魔法使い「えっとですね、普通であれば魔法自体を使用できない可能性を考えますが、人よりも魔法を扱うことに長けているエルフが使えないということはありえません。
 ですから、何か別に狙いがあると思うのですが……」

 そこまでは考えが回るものの、結論までは導き出せないのか女魔法使いは考え込んでしまう。まだ対人戦での実戦経験がない彼女が知識だけで予測できるのはここまでということだろう。

男「そこまでわかれば十分だよ。要はね、あいつらは待ってるんだよ」

 視線を鋭くし、エルフたちを睨みつける男。そんな彼に女魔法使いは答えを求める。

女魔法使い「何を……ですか?」

男「自分たちに不利な状況にもかかわらず、多人数戦用の魔法を使わずに互角以上に戦えるということをわざわざ軍の兵士たちに見せつけ、それでいて恐怖が頂点に達した瞬間にその枷を外すんだ。
 そうすることで、兵士たちにさらに絶望を与え、逃げるという選択そのものをなくすつもりなんだよ、あいつらは……。
 エルフは知能が高いって言われている。だからこそ、考えることがえげつないんだよ」

 ギリっと強く奥歯を噛み締めて、憎悪を顕にする男。そんな彼の気持ちが分かるのか、騎士と女騎士も静かに怒りをその身から滲ませる。普段は見ることのない彼らのエルフに対する敵意の深さを目の当たりにして一瞬女魔法使いの身がすくむ。
 そして、そんな彼女の様子に気がついたのか、いつものように優しい微笑みに戻り、男が彼女の緊張を解きほぐす。

男「そんなわけで、僕らがもし出ていくとするならエルフたちが行動を起こす直前だ。奇襲を仕掛け、奴らの出鼻を挫くことでこちらに流れを引き戻す。
 騎士、女騎士。いつでも行けるように準備だけはしておいてくれ」

 隊のリーダーとしての男の言葉に二人は深く頷いた。

騎士「任せろ。言っておくが俺は今からだって行けるぜ」

女騎士「騎士に同じく。エルフのやつらの鼻を私たちの手で明かしてやろう」

男「ああ、信頼しているよ二人共」

 二人の快い返事に男がそう答えると、隣に立つ女魔法使いが男の服の裾を引き、控えめに自分の存在をアピールしていた。

男「うん、大丈夫。女魔法使いのことも忘れてないから。ただ、女魔法使いは自分の身を守ることを考えて。初めての実戦だし、今まで魔法がうまく使えていたとしてもこの戦場の空気に呑まれてテンパっちゃう可能性もある。
 誰かを守ろうとして自分が死んじゃったらなんにも意味がない。だから、今回の女魔法使いの課題は自分の身を守ること」

女魔法使い「は、はい……。わかりました」

 初の実戦ということもあってやはり不安なのか女魔法使いの肩はわずかに震えていた。そんな彼女の肩を男はそっと掴んだ。

男「大丈夫、心配いらないよ。女魔法使いが僕が絶対に守るから」

女魔法使い「……先生」

 そんな二人のやり取りをみて少し疎外感を感じていた騎士と女騎士が会話に加わる。

騎士「おいおい。戦いに参加するんだから女魔法使いはもう俺にとっても仲間だぞ。男一人にいい格好させるわけにはいかねえな」

女騎士「そうだな。成り行きとはいえこうして行動を共にすることになったんだ。これからは互いの背中を預ける関係になっていくだろうし。まあ、今はまだ私たちがその背中を守る番だけどね」

女魔法使い「騎士さん、女騎士さん……」

 ここしばらくでようやく男を介さずとも二人ともコミュニケーションを取れるようになりだした女魔法使いは二人の言葉に喜びを感じていた。
 その証拠に、もじもじと身体をくねらせて頬を染めて視線をさまよわせながら小声でお礼の言葉を二人に向かって呟いた。

女魔法使い「あ、ありがとう……ございます」

 そうして彼らは新しく仲間に入った少女を交えて自分たちを結ぶ絆をより強固なものとした。
 そして、それからしばらくの時間が流れ、ついに状況が動いた。
 とうとうこの状況に耐え切れなくなった軍の脆い部分が崩れたのだ。そして、それをエルフ側が見逃すはずもなく、集中的にそこをより打ち崩していこうとする。
 それを見ていた男たちは頷き、動き出す。

男「さあ……行くぞッ!」

 一斉にその場から駆け出し、エルフ側へと走り込む。奇襲の際の初撃は男が担当する。走りながらいくつもの魔法を多重起動し、それらを今まさに軍の兵士たちの壁をうち崩そうとするエルフたちの横っ腹に一斉に打ち込む。
 火、土、風、水、氷。様々な魔法が絶大な威力を持って打ち放たれる。突然現れた敵の存在にエルフたちは完全に不意を突かれ、防御をする暇もなくその全てを容赦なくくらった。
 陣形は乱れ、崩れるエルフ勢。そして、その隙を逃さず男たちは一斉に彼らの元へと切り込んでいく。

騎士「オラァッ!」

 怒声とともに騎士が力任せにエルフの身体を切り裂いていく。次々と倒れ行くエルフに目もくれず、次から次へとエルフに手傷を負わせていく。

女騎士「邪魔だっ! 消え去れ」

 そんな騎士に続くように女騎士もまたエルフたちに切りかかり、隊列を戻そうとする彼らを妨害する。
 軍の兵士たちは突然のことに動揺していたが、少なくとも男たちが敵ではないと察しすぐさま隊列を整え始めていた。
 ひとまず奇襲は成功した。あとはどのタイミングでこの場から引くかが問題だ。近いエルフから順に持っている短剣を使い、一撃で素早く彼らを殺害しながら男は離脱の機を見計らっていた。
 だが、そんな彼の後ろでヒッ! と女魔法使いの悲鳴が上がった。振り返れば彼女めがけて持っている剣をふり下ろそうとしているエルフがいた。

男「させるかっ!」

 簡略化した紋様を描き男は女魔法使いに危害を加えようとするエルフを風の魔法で切断する。胴から下を切り取られたエルフはそのまま地面に倒れ伏した。

男「女魔法使い、大丈夫!?」

女魔法使い「は、はいっ! すみません、先生」

男「気にしないで。ただ、僕もずっと常に気を回せていられないかもしれない。だから風の魔法で自分の前に盾を作っておくんだ。そうすれば少なくとも相手の一撃は確実に防げる」

女魔法使い「わかりました。やってみます!」

 男の指示を素直に受け入れ、女魔法使いは風の盾を自身の前に展開した。彼の言ったとおり、それはすぐさま効力を発揮することになる。明らかにこの場に不釣り合いな女魔法使いが彼らの弱点だと感じたエルフが彼女めがけて魔法で作り上げた氷柱を撃ち放った。
 何か防御の手段があったとしてもこれならば貫けると思っての行動だったのだろう。だが、彼らにとって誤算であったのは女魔法使いの魔法を扱う才が群を抜いていたということだろう。
 同じ魔法でも使い手の力量によってその精度は変わる。まだまだ魔法の扱いには慣れていない女魔法使いだが、その才覚は並び立つほどがいないほどだ。そんな彼女が発動させた風の盾は、本来であればそれを突き抜け、獲物を貫くはずの氷柱をいともたやすく弾き飛ばした。
 その光景を見て驚愕し、その場に固まるエルフ。そして、それを男が見逃すはずもなく、すぐさま土の魔法を発動させる。先端の尖った土の杭が女魔法使いを狙ったエルフの腹部を突き刺し、絶命させる。

男「次ッ!」

 すぐさま次の標的めがけて魔法を発動させる男。だが、状況は徐々に彼らに不利な方向へと動いていた。
 最初は突然の奇襲に動揺していたエルフたちだったが、さすがに場慣れしているのか、一度は崩れた陣形をすぐさま組み直し、男たちを少しずつ追い詰め始めた。

男「……潮時か」

 それを悟った男はすぐさま三人に向かって退却の指示を飛ばす。

男「騎士! 女騎士! 撤退だ! 郡の兵士たちの方へと逃げて、そのまま後方へと下がるぞ!」

騎士「了解!」

女騎士「わかった!」

 そう言って退路を切り開くため再び大量の魔法を作り、打ち放つ男。それによって開いた道を素早く騎士と女騎士が抜けていく。
 それに続く形で女魔法使い、そして最後に男が進む。だが、思ったよりも多く魔力を消費したせいか、走っている途中、一瞬男の視界が揺らいだ。

女魔法使い「先生!」

 それに気がついた女魔法使い。だが、この一瞬に気がついたのは彼女だけではなく、男の魔法によって吹き飛ばされたエルフも同じだった。
 男めがけて発動する炎の魔法。瞬きするほどの刹那の時間、男は迫り来る危機にまだ気がつかない。
 代わりに、その危機に気づいた女魔法使いは彼を守るために決断する。

女魔法使い(死なせない、死なせない。先生は絶対に死なせない。両親に裏切られ、誰からの優しさも拒絶していた私を救ってくれたこの人を、絶対に死なせたくない! 私はこれからもこの人の傍でたくさん教えてもらうことがあるんです!
 まだ短い時間しか一緒に過ごせていないけど、私の一番大好きな人。
 そんな人を、お前たちみたいな奴に奪わせたりさせません!)

 そして、女魔法使いは動き出す。
 男に向かう魔法目掛けて彼女は立ちふさがる。
 迫る、魔法。
 動く、指先。
 刻む、紋様。
 そして、彼女の魔法がこの世界に現れる。

女魔法使い「消えなさい!」

 彼女がそう叫ぶと同時に男に迫っていた魔法は掻き消えていた。いや、正確にはより大きな魔法によってかき消されていた。
 奇襲を仕掛ける前に男が多人数戦に使用すると言っていた風の魔法。男も先ほど使用していた風の刃。それを直に見ていた女魔法使いはその法則をすぐさま理解し、己のモノにして発動した。
 彼女の持つ常人以上の魔力と、魔法を扱う抜群のセンス。それが合わさり、無数の風の刃が周囲に降り注ぎ、男めがけて放たれた炎の塊を削り取り、この世界から消し去った。
 そして、それと同時に大多数のエルフを彼女の魔法で切り刻み、文字通り死体の山を周囲に築き上げた。
 一瞬にして多数の味方を失ったエルフ側は二度目の動揺を胸中に抱いた。しかも、先程とは違い、今度は自分たちが敵を追い詰めようとして味方の命を多く失ったのだ。そのショックは冷静さを取り戻すのに時間がかかるほど大きかった。
 目の前の敵への戦慄から思わず身を震わせるエルフたち。そんな彼らに女魔法使いは最愛の存在を傷つけられそうになった怒りを視線に乗せてぶつけた。
 だが、すぐさま男によって抱きかかえられてその場を後にすることになった。

女魔法使い「あっ! せ、先生。待ってください、まだ奴らが……」

男「そんなことはいい! それよりもどうして……」

 女魔法使いを抱きかかえる男の表情は悲しみに満ちていた。本来ならば自分が彼女を守らなくてはならなかったのに、逆に守られてしまった。そのこともあるのだが、結果として彼女の手を血で汚してしまったことが彼にとっては悲しかった。
 戦場に出る以上そうなることはわかっていたはずだったのに、いざ事が起こってしまっては女魔法使いのような幼い少女の手を人殺しの手にしてしまったことへの後悔が男を襲った。
 だが、彼女はそんなことをまるで気にした様子を見せず、むしろ男を守ることができたことを誇らしげにしていた。

女魔法使い「先生、どうです? 私も、戦えますよ。先生の教えてくれた魔法で、私から全てを奪ったエルフを殺しましたよ」

 嬉しそうに語る女魔法使い。褒めて欲しくて仕方がないといった様子だ。男に対してのみ純真無垢な少女のその行動を、彼女を拾い、身を守るためと言って教えた魔法で成し得た成果を全ての責任を持つと己に誓った彼が否定するわけにも行かなかった。
 それが、どれだけ歪んでいて、間違っていることだとしても……。

男「……うん。よくやったね。えらいよ、女魔法使い」

 軍の兵士の間をすり抜け、安全な場所へと移動した男は彼女を腕から離し、褒めてあげた。そんな彼の言葉に心底嬉しそうにする女魔法使い。
 そんな彼女を見て男は罪悪感から胸に鋭い痛みが走るのを感じた。
 そして、戦況は彼ら四人の行動によって一気に軍が優勢になり、エルフたちを撤退させるまでに至った。
 こうして、この戦いを勝利に導いた立役者として彼ら四人は西方の軍基地へと招かれることになる。
 だが、結果としてそれが彼らを更に過酷な戦いへと駆り出すことになることになろうとは、この時はまだ誰も気がつかなかった。

 エルフとの戦いを勝利で終えた人間側はその夜、一時的とは言え彼らを完全に退けたことを祝福し、小さな宴を開いていた。
 酒場に集まる人々の表情は笑顔に満ちており、そんな中今回の戦いを勝利に導いた立役者でもある男たち一同は西方の兵士たちに絡まれていた。
 お礼の言葉を述べ、酒を勧めるものや、酔った勢いでセクハラをしようとするもの。だが、この手の者たちの対処はみんなわかっているのか程ほどにあしらい、時にその流れに身を任せていた。
 もっとも、こんな雰囲気に慣れていない女魔法使いだけはオロオロとしていたが……。
 そんな中、男は一人基地の酒場を離れ、この基地の司令官の元に向かっていた。それは、男たち一同の身分を明かすためと、今後この基地を拠点として情報を収集する許可を得るためであった。
 司令所の前に立つ門番に話を通してもらい、建物の中へと入っていく男。そして、そんな彼を柔和な笑みで西方の司令官は迎え入れた。

西方司令官「やあやあ。よく来てくれたね」

 ニコニコと笑顔を絶やさず、砕けた雰囲気で話しかける西方司令官。身体は細く、とても軍人とは思えない。むしろ、書記官などと言われた方がピンとくるような男性がかれの目の前に立っていた。
 西方司令官は男に楽にするように告げ、部屋に設置された椅子に座らせた。
 男はその指示に従い椅子に座り、西方司令官が彼の対面に座るのを確認したあと、今回の件について話を始めた。

男「まずは、今回の件について謝罪を。我々は北方軍の一員でして、エルフたちの動向を調べる偵察任務のためここしばらく各地を見て回っておりました。
 その際こちらで軍とエルフが戦闘を行っているのを発見し、しばらく状況を見守っていたのですが、エルフたちの勢いがやや軍を優っているように思えて誠に勝手だと思ったのですが手を出させていただきました。
 もちろん、西方の軍が弱いというわけではありません。ただ、追い詰められた奴らの力は侮れるものではなかったため微力とはいえお力添えになればと思い、行動をとらせていただいた次第であります」

 なるべく、西方軍の顔を崩すことないよう言葉を選んで発言する男。本来であれば彼らはこの戦いにおける部外者である。
 奇襲がうまくいき、軍の勝利で終わったからこそ彼らは受け入れてもらっているが、そうでなければただ無為に戦場を混乱させに現れた存在でしかない。更に、兵士たちは勝利の立役者として彼らを受け入れているが、上の立場のものからすれば、自分たちの手柄を他地域の兵士たちに奪われたようなものだ。そうなると、男たちは彼らから怒りを向けられてもおかしくないのだ。
 西方司令官に頭を下げ、彼のプライドとこの軍が他人の力など借りずともエルフたちに勝てたという尊厳を守るため男は下手に出た。
 そんな彼をしばらく黙って見ていた西方司令官だったがやがてゆっくりと口を開いた。

西方司令官「いやいや。何を言っているのか私にはわからないな。我々は同胞だ。そんな者たちが力を貸してくれて勝利に導いたことを褒めこそすれ、どうして非難などできる。顔をあげてくれ、君たちは我々にとって英雄のようなものだ」

 優しい声色で男にそう語る西方司令官。その言葉に男も内心でホッとし、ゆっくりと顔を上げた。

男「そう言っていただけると非常にありがたいです。出過ぎた真似をしでかしたと、事を起こしてから後悔していたもので」

西方司令官「ハッハッハ! それはまた大したものだ。普通のものならそもそも事を起こそうだなんて思わないものだからね」

男「何分未熟者でして、どうしても思慮が浅くなってしまいがちで……・」

西方司令官「構わんよ。若者は考えるよりも行動で示すものだ。下手に考えすぎて身動きが取れなくなるよりはよほどいい」

男「ありがとうございます」

 つまらない世辞の応酬はこのあたりにし、男は本題に入ることにした。

男「話は変わるのですが、実を言いますと今後の我々の行動における拠点としてこちらを利用させていただきたいのです。
 これまで民間人に扮して情報を収集していたのですが、ここしばらくエルフと人との対立が激化しているようで民間人の殆どが各地における主要の街か、中央都市へと流れていってしまっていて、その条件で情報を集めるのが限界になっていたところなのです。
 今回の件で顔も割れてしまったと思いますし、この際軍人としての身分を明かして堂々と情報を集めようかと思っているのですが、いかがでしょう? 許可をいただけますか?」

 男の提案に西方司令官はしばし、何かを考える様子を見せていた。男としてはこれが形としての思案だと思っていた。
 しかし、その後西方司令官が男に向かって告げた言葉は彼にとって予想だにしないものだった。

西方司令官「ふむ、それならばちょうどいい。君たちは残りの期間我々の指揮下に入りエルフたちの情報探索をするといい。
 なに、君たちほどの腕ならば少数で危険地帯の情報を探ったとしても無事に切り抜けるだろう。先の戦闘での実績を考えればそれくらい容易いだろう?」

男「……は?」

 その言葉に男は唖然とし、その意味を理解すると同時に内心で怒りをぶちまけた。

男(この……狸野郎が!)

 彼が憤るのも無理はない。つまり西方司令官は男たちの隊に向かってこう言っているのだ。
 〝そちらの言い分を受け入れてやろう。代わりに、こちらの要望にも答えてもらおう。もし、拒否をするのならば上官に対する命令に背いたとして処罰する〟
 地域は違えど同じ軍。しかも立場はあちらの方が遥かに上。そんな相手が脅しとしか言えない提案を彼に向かって突きつけている。
 おそらく、本来であれば自分たちの手柄であった勝利を男たち一隊の活躍によって横取りされたのが彼の癪に障ったのだろう。その腹いせとして、男がこちらでの活動をするという提案がでるまでは自分たちの考えを明らかにしなかったのだ。
 一時的とは言え自分の指揮下で彼らが活動し、活躍をしたのならばその功績は彼らのものになる。万一彼らがヘマをし、その命が失われようとも彼らからしてみれば元々自分たちの持つ戦力ではないため損害がない。
 つまり、どう転んでも彼らにとって利益が生まれる展開になったのだ。
 やられた。そう思う男だが、今更相手の提案を蹴るわけにもいかない。彼は怒りを堪え、無理やり顔に笑みを貼り付けて西方司令官の提案に応えた。

男「ええ、もちろん。司令官の指揮下に喜んで入らせていただきます」

 その返事に満足したのか、西方司令官は満面の笑みを浮かべるのだった。

 割り当てられた宿舎に戻り、騎士たちに事のあらましを説明した男はまず最初に彼らに謝罪した。

男「ごめん、僕の考えが甘かったせいでみんなを危険な目に合わせるかもしれない」

 心底申し訳なさそうに集まった三人に謝る男。だが、そんな彼をみんなは優しくフォローした。

騎士「気にすんな。どっちみち多かれ少なかれ危険は伴うんだ。それに、下手にその提案を拒否してたらどうなってたかわかんねんだろ? なら、仕方なかったと諦めるしかないだろ」

女騎士「そうだな。それよりも、今後の私たちがどうなるかを考えて今のうちに何か考えを纏めておいた方がいいと思う」

男「……ありがとう。それじゃあ、一応最悪の状況を想定して話を進めようか。
 まず、実際にここの司令官と話をして得た印象だけど、見た目に反してやり手だね。そもそも、そういった地位にこの戦争時になんの取り柄もなくいられるというのがありえないだろうからもう少し考えを巡らしておけばよかったんだけど……。
 まあ、要するに腹に色々抱えながら人をうまく使うのに長けてる。そして、どう転んでも自分に利益が生まれるように持っていける手腕を持った人物だ。
 そんな相手が僕たちに楽な偵察任務なんてさせるわけないと思う」

騎士「……となると、やっぱ危険の高い要求をしてくるよな」

男「うん、だと思う。エルフの陣地深くまで入って相手の次の行動を見極めてこいとかまさにありそう」

女騎士「なら、そうなった時にどうするかだな」

男「できることならすぐにでもここを離れたいんだけど、期限いっぱいは多分無理矢理でも滞在させられるだろうからね。結論を言っちゃえばどうにか自分たちの身を守りつつも向こうの機嫌を損ねないようにして、エルフの情報を得るしかないんだよね」

 それがどれだけ大変なことかわかっている三人は思わずため息を吐き出す。だが、そんな彼らにこの状況の困難さがイマイチ理解できていない女魔法使いが明るく告げる。

女魔法使い「でも、みんなで力を合わせれば不可能なことはないんじゃないですか?」

 その言葉に三人は一瞬言葉を失くし、そして次に全員同時に笑い声を上げた。

男「あははっ。確かに、そうだね。うん、女魔法使いの言う通りだ」

騎士「だな。くよくよ悩んでいても仕方ねえ。どうせ、俺たちに選択肢はねえんだ。なら、やれるところまでやるしかねえよな」

女騎士「そうだな。みんなで力を合わせられれば不可能も可能にできるかもしれないな」

 そんな風にして心を合わせる四人。そして、彼らを率いる隊のリーダーである男は改めて彼らに向かって宣言する。

男「みんな、絶対にこの戦争を生き残ろう」

 そう言って男は握り締めた拳を突き出した。そんな彼に合わせるように騎士が拳を合わせ、それに続くように女騎士、女魔法使いも拳を合わせた。
 未だ勝利の余韻に浸る基地での夜はそうして静かに過ぎ去っていった。


西方司令官「では、今日より君たちにはエルフたちの偵察に向かってもらう。だが、ただ偵察するだけでない。できる限り相手の狙いを掴み、可能であるならば敵の戦力を可能な限り減らしてくるといい。
 なに、我々は君たちであれば敵の本隊を叩くことも可能だと思っているよ。任務の期限はこの地域にいられるギリギリまで。ああ、それと。どのような結果になったとしても必ず報告をしにこの基地へ最後に戻ってくるように。でなければ逃亡したとみなし、軍法会議に処すかもしれないからね。
 さて、私の話は以上だ。さあ、行きたまえ」

 一方的に言いたいことだけ男たち四人に告げ、西方司令官は邪魔者扱いするように彼らを部屋から追い出されたのが既に三日前。今、四人はエルフたちが潜んでいるであろう森の中を一歩一歩息を潜めて進んでいた。
 休みながらの行進とはいえ、足場の不安定な森の移動は彼らの体力を想像以上に奪っていた。中でも、身体が未発達で体力の乏しい女魔法使いは何度も倒れそうになっており、定期的に休息を挟まなければならなかった。
 初めは会話を交えながらの行進であったが、体力の減少や敵にこちらの存在を悟られないためという理由から徐々に口数は減っていき、必要事項を伝達する際と休息の間の僅かな時間だけが彼らの主な会話の機会となっていた。
 そして、今。本日何度目かになる小休憩を挟んでいる男の傍に女魔法使いがしょぼくれた顔をして近づいてきた。

女魔法使い「……すみません、先生。私のせいでこんなに休息をとることになってしまって」

男「もう、前の休憩の時と同じこと言ってる。何度も言うけど気にしなくていいんだよ。本当に無理を言うような状況だったら有無を言わさずに歩かせるから。それがまだ必要ないって判断しているからこうして休息をとっているんだ。
 それに、疲れてるのはみんな同じだしね。少しでも体力を回復させておかないといざって時に困るから」

 そんな風に女魔法使いが気を使わないように言葉を選んで話をしていると、そんな二人の元に近くで聞き耳を立てていた騎士と女騎士が寄ってきた。

騎士「そうだ、そうだ。まだお前はガキンチョなんだから、素直に年長者の言うことを聞いときゃいいんだって」

 バンバンと勢い良く女魔法使いの背中を騎士が叩きながら騎士は言う。

女魔法使い「ケホッ、ケホッ。ちょっと、やめてください騎士さん。セクハラです」

 ここ数日で騎士に対する接し方を覚えたのか、女魔法使いは冷めた目つきで騎士を睨んだ。

騎士「おい……男と俺で反応が違いすぎないか?」

女魔法使い「それはそうです。先生は私にいろいろなことを丁寧に教えてくれる尊敬に値する人です。でも、騎士さんはなんというか非常時ではまともなんですけれど、普段がだらしないせいで評価が下がるといいますか……。
 この間の酒場での宴の時も酔った勢いで女性兵士の胸を揉もうとしていましたし。そういったところを見ていると自然と対応にも差が出ると思います。
 あ、あと無駄にクサイ言葉をさらっと口にしたり、やたら暑苦しいところが時々ウザイです」

騎士「そ、そうか。にしてもお前もだいぶ印象変わったな。最初の頃なんてホント男の後ろにベッタリとくっついて俺たちと話をするのも拒んでたのに」

女騎士「そうね。そう思うと女魔法使いもだいぶ私たちに慣れたのかもね」

男「それ自体は嬉しいことなんだけどね。あとさ、女魔法使い。その、〝先生〟って呼び方いい加減やめない? なんだか呼ばれててくすぐったいし、僕は先生って柄でもないし……」

女魔法使い「いいえ、やめません。だって、私にとって先生は先生ですから」

男「いや、でもさ……」

女魔法使い「なんですか、先生?」

男「……なんでもない」

 僅かな時間での人心地。四人だけの温かな空間が静かな森の中に生まれていた。
 だが、そんな空気を壊すように木々を踏みしめる足音が聞こえた。

男「!?」

 瞬間、女魔法使いを除いた全員が気配を極限まで薄めた。それができない女魔法使いはすぐに男に抱きかかえられてその身を隠された。
 息を潜め、周囲を見渡す。すると、百メートルほど先に周囲を探索している青年エルフの姿が見つかった。
 男たちは木々の間に姿を隠し、そのエルフの動向を探る。彼はキョロキョロと周りをいぶかしみながら見渡していたが、なんの気配もしなかったため、気のせいだと感じ、森の奥へと歩いて行った。

男「危なかった……」

騎士「だけど、あんだけ周囲を警戒してるってことはきっと何かあるな」

女騎士「もしかしたら、敵の本隊がいるのかもしれないな。どうする、男。このまま追う?」

 その言葉に男は逡巡する。罠かもしれない。相手はわざとこちらの様子に気がついていないふりをしてこちらが来るのを待ち構えているのかもしれないと男は考える。
 彼がそう考えてしまうのは慎重さもだが、西方司令官とのやり取りでヘマをし、こんな状況に仲間を導いてしまったことの責任もあった。
 だが、もしそうでなかったのなら自分たちはみすみす敵の有力な情報を見過ごしてしまうかもしれない。

男(……どうする)

 男たちの戦力は四人。だが、相手は未知数。そのようなあやふやな状況で動いていいものだろうか。
 考える時間はあまりない。早くしなければエルフの後を追うのが困難になってしまう。

女魔法使い「……行きましょう」

  だが、そんな彼の迷いを消すように女魔法使いが呟いた。

男「女魔法使い?」

女魔法使い「行きましょう、先生。ここで引いたら私たちは何のために戦っているんですか? このままエルフを見過ごせば、先生に会う前の私みたいな人がきっと増えます。あいつらは早く私たちの手で消さないといけません。
 じゃないと、いつまで経ってもみんな暗い顔のまま毎日を過ごさないといけません。笑顔を浮かべられないかもしれません。
 だから、行きましょう。エルフを倒すために、有力な情報を持っていって私たちをこんな目にあわせてる司令官にその結果を突きつけてやるんです!」

 男たちと行動を共にしてまだ一番時間の浅い女魔法使いの言葉を聞いて男は決断する。

男(そうだ、何を迷っているんだ。早く奴らを倒さないといつまで経ってもこの戦いは終わらない。
 誰かが動くのを待っているんじゃない。僕たちが動くんだ。もう僕や女魔法使いのような被害者を生み出さないためにも奴らを殺す必要があるんだ)

 そう思い、ついに男は決断する。

男「みんな、行こう。あのエルフの後を追って何か情報を掴むんだ」

 男のその言葉に三人は頷く。

騎士「ああ、その言葉を待ってたぜ」

女騎士「私と騎士で前衛を担当する。男と女魔法使いは後方の警戒を頼むわ」

女魔法使い「わかりました。行きましょう、先生!」

 そうして騎士、女騎士を前衛に配置し男と女魔法使いはその後に続く形でエルフの追跡を開始する。
 決断し、行動をする。仲間たちとの心も一つに纏まっており、不安など絆の前に霞んでいる。
 だが、男の中には何か言いようのない得体の知れぬ何かが付きまとう。だが、そのなにかがどうしてもわからない。
 理解できない〝それ〟を胸の奥に無理やり押し込み、男は騎士たちの背中を追った。だが、その正体はこの時よりしばらく後になって明かされることになるのだった。

……


 
騎士「ビンゴだ。見ろよ、みんな」

 エルフの後を追うことしばらく。男たちはある茂みの影から先へ進んだエルフの様子を伺っていた。騎士の言葉を受け、視線の先を注視すると、何やらいくつもの人影が大量に動いていた。

女騎士「あれは……どうやらエルフの部隊のようだな。負傷している者もいるし、おそらく先日戦闘を行った者たちだろう。規模としては中隊くらいか……。
 ただ、奴らはあの時私たちの介入で隊を崩して散り散りにならざるを得なかったはずだから、おそらくは生き残りの兵の寄せ集めだろう」

 確かに、女騎士の言うように同じ仲間だというにも関わらず集まっているエルフたちの雰囲気は悪いものだった。
 負傷者の手当は遅れているし、怪我をしているにもかかわらず取っ組み合いをするものもいる。罵声や嘲笑が飛び交い、とても人間を相手にするために集まった同胞とは思えない。

男「エルフたちも全員が纏まっているってわけじゃないってことか。まあ、打倒人間を掲げているって言っても、その思惑は様々ってことだね」

女魔法使い「それで、先生。ここに負傷したエルフたちが留まっているという情報を手に入れたわけですがどうします? これ以上はリスクの方が高くなると思いますが」

男「そうだね、確かにこれ以上ここにいる意味はなさそうだ。必要な情報も手に入ったことだし、早いところこれを西方司令官様に届けてあげて、僕らの代わりに満足のいく成果をあげてもらおうか」

 そう言って男たちはその場を後にし、一刻も早く手に入れた情報を司令部へと持っていくため、この場を離れようとした。
 だが、エルフたちの様子を静かに観察している男たちのような存在がいるように、彼らのことをまた静かに見つめる影があることに彼らは気がつかなかった。
 立ち上がり、この場から離れようとする男たち一同に向かって不意にエルフたちの視線が集まる。

男「マズイ! 逃げろ、みんな!」

 声を張り上げ、一刻も早くこの場からの離脱を命じる男。騎士たちはその言葉を聞き、自分たちの身に何が起ころうとしているのかを即座に察した。
 獲物を見つけた狩人たちはそれまでのいざこざを忘れ、一斉に彼らに向かって駆け始めた。

騎士「チィッ! なんで急に……」

女騎士「わからない。だが、このままここにいたら私たちの命がなくなるってことだけは確かね」

 迫る死神の足音。それを聞かぬようにし、前へ、前へと彼らは走った。ここまで来た道など気にする暇もなく、今はただ一歩でも多く彼らから離れなければと……。
 だが、地の利は敵の側に有り、それを優位に使えば男たちよりも早くこの森の中を動くことなどたやすい。元より彼らは森の民なのだ。たとえ、自分たちの住んでいた森でなくとも、そこでの過ごし方などさして変わりない。それは当然狩りも含まれる。

エルフ兵A「いたぞ、人間のやつらだ!」

エルフ兵B「こんなところまで嗅ぎつけてきやがったか。しつこいやつらめ」

エルフ兵C「しかも見ろ! こいつらこの間俺たちの戦いに割って入って来たやつらだ」

エルフ兵A「こいつらが……。ちくしょう、お前たちさえいなければあいつらも無駄に死なずに済んだのに」

 森の地理を把握し、男たちの前へと先回りしてきた数名のエルフたちが憎悪をぶつけ、彼らを睨みつける。その手に持った剣を構え、魔法を生み出す指を動かす。

男「やるしか……ないか」

 引いたところでなんの意味もない。ならば少しでも可能性のある先に向けて目の前にいる敵を蹴散らすのみ。

男「騎士、女騎士。行け、相手の魔法は僕と女魔法使いがどうにかする」

騎士「おう、信頼してるぜ」

男「ああ。絶対にお前たちに魔法は当てさせない。だから、確実に仕留めてくれ」

 そう言って男は相手に対抗するための魔法を描き出した。そして、そんな彼に続くように女魔法使いも指を動かす。
 そして、騎士と女騎士は男の言葉を信用し、相対する数名のエルフの元へと突っ込んでいった。

エルフ兵D「来たぞ、迎え撃て!」

 数では優位に勝るエルフたちの中から向かってくる二人に対し、倍以上のものが剣を持ち襲いかかる。
 右、左、前。三方向から上段、中段、下段とそれぞれ別種の切り方を放つ。それに対し、騎士は中段から放たれた一閃を防ぎ、残り二つを後方へと後退することで回避した。

エルフ兵B「なっ!」

 驚きを表すエルフだが、その顔が次の表情を写す前に騎士の持つ剣がその目元から頭蓋の中へと突き刺さる。その様子をただ呆然と見ていた残り二人に向かって間髪いれずに数瞬前に殺害したエルフの顔面から抜き放った剣を切りつける。
 一人は喉元を掻っ切り、もう一人は腹部を切り裂かれた。

エルフ兵C「ぐ、ぐぇっ」

 うめき声を上げることもなく、その場に倒れるエルフたち。だが、彼らは所詮は前座。本命は今から現れる。

エルフ兵D「よくも、同胞たちを。死ね、汚らしい人間が!」

 魔法紋を描き終わった数名のエルフが騎士に向かって一斉に魔法を打ち放つ。突如宙へと現れた幾つもの火球が彼めがけて迫り来る。だが、騎士はそれを見ても少しも動じた様子を見せなかった。

騎士「任せたぜ、男」

 その言葉に答えるように騎士の背後から凄まじい突風が彼の横を抜けて火球へと向かっていった。
 そして、それは対象を焼き尽くさんと燃え上がっていた炎を上空へと押し上げ、空高くでそれらを爆散させた。

エルフ兵D「なっ!」

 驚きも束の間、いつの間にか懐へと侵入していた女騎士が流れるような剣捌きで次々と彼らの命を奪い去る。

エルフ兵E「くっ! この……」

 苦し紛れに女騎士の後方から持っていた短剣を抜き、切りつけようとする一人のエルフ。だが、それを手に持った瞬間、凄まじい勢いで地面が盛り上がり、短剣を彼の手にぶつかりその骨を砕いた。

エルフ「あっ、がああああああっ!」

 痛みから折れた手を無事なもう片方で抑えてその場に崩れ落ちるエルフ。もちろん、それを女騎士が見逃すはずもなく、一刀の元に首を刎ねた。

女騎士「……ふう。ありがと、女魔法使い」

 敵を倒し、肌に付いた返り血を拭いながら女騎士はお礼を述べた。

女魔法使い「いえ、当然のことをしたまでですから」

 本当にそう思っているのか、それとも単に照れ隠しなのかわからないが、そっけなく女魔法使いは答えた。
 邂逅から数分も経たずしてこの場には幾つもの死体が生まれた。だが、それを見る男たちの視線に含まれる感情に同情や憐憫などは一切ない。やらなければやられたのはこちらなのだ。
 だが、やはり人を殺すことに慣れないのか、僅かな嫌悪感を胸中に抱き、騎士たちは顔をしかめていた。

騎士「……先に行こうぜ。このままグズっていても時間の無駄だ」

男「……ああ、そうだね」

 そうして、彼らは先へと進んだ。文字通り、屍を踏み越えて。

……



 彼らは走った、文字通り死力を尽くして。背中に伝わる幾つもの敵の視線。逃がすものか、逃がすものかとわざわざ現れた獲物を求めて追いすがる。
 復讐のため、使命のため、本能に従い、己の欲求を満たすため、彼らは追いかけ続けた。そして、その結果として最も力ない弱者が人の死を願うエルフたちの執念に捕まったのも当然のことだった。

女魔法使い「はっ、はっ、はっ。……あっ」

 これまで必死に男達の背を追いかけ、走り続けた女魔法使いの足がもつれ、その場に倒れた。

男「!」

 それを見てすぐさま彼女のもとに駆け寄る男。すぐさま彼女をその場に起こすが、立ち上がった女魔法使いの足は小刻みに震え、これ以上走ることができないのは明白だった。
 それもそのはず、元々なんの訓練も受けていない少女なのだ。魔法を扱う才があり、男の指導のもとその才を伸ばし、騎士や女騎士によって身を守る術を教わったとはいえ、まだ彼女は年幼い少女なのだ。身体も成長しきっていない少女がほんの僅かな間己を鍛えたからといってすぐさま体力がつくわけでもない。ここまでの行進を休み休みとはいえ付いてこれたことでも上等なのだ。そんな状況でこのような後先を考えない全力疾走を続けていれば彼女が真っ先に潰れるなんてことはいともたやすく想像できたはずだ。

騎士「男! 急げ、奴らが来る」

男「わかってる!」

 もはや走れない女魔法使いをすぐさま抱きかかえ、男は少し先を走る騎士たちの後を追った。だが、人一人分の重さは疲労を抱えた彼の足を直ぐに鈍らせ、息を切らせた。
先程まではまだ遠く聞こえた己を追いかける敵の息がすぐ耳元で聞こえるような錯覚に陥る。

男「……チッ!」

 一向に見えない光明。出口の見えない暗闇を走る彼の脳裏に苦い記憶が次々と蘇る。気づかぬ間に済ませた仲間との別れ、自分を守るため、命を張って散っていった者。茫然自失とし、生きることを放棄した自分を叱咤し最後まで愛してくれた女性の姿を。

女隊長『男!』

 この状況、どこまでもあの時に似ていた。二度目の喪失を迎えたあの日に。
 その時の結末を思いだし、自然と男の心臓は早鐘を打った。それを気にしないようにがむしゃらに走る。だが、そんな彼の前を走っていた騎士と女騎士がいつの間にかその足を止めていた。

男「どうした、二人共……」

 その理由を問いかけようとし、男は言葉を止めた。聞くまでもなく、彼らの目の前に答えはあった。

エルフ隊長「密偵め。お前たちの運もここまでだ」

 彼らの進む先には隙間もなくなるほどビッシリと周囲を取り囲むエルフたちの姿があった。それは、前方だけに限らず、気づけば横や後方も彼らによって取り囲まれていた。

男「……」

 万事休す。もはやこれまでかと足を止め、男は抱えていた女魔法使いを離した。

エルフ隊長「さて、我らがこのままお前たちを逃がすなどと微塵も思わないほうがいい。むしろ先日の礼をたっぷりと返してやらねばならんからな」

 鋭い眼光で男たちを睨みつける男エルフ。他のエルフとは違い、この者は歴戦の将と言える風格を漂わせていた。
 ザッと周りを見渡せば相手は一個中隊ほどの人数。対してこちらは四人。こちらにどれだけ力があろうと、覆せる人数差ではない。
 では、諦めるのか。そう思い、仲間たちを見る男。だが、彼の仲間は誰一人として絶望していなかった。

騎士「……冷静に考えて、ここは降伏する場面なんだろうが、それをしたところで俺たちの命はねえんだ。だったら、ここは正真正銘命を賭けて一人でも多くお前たちの戦力を削いでやろうじゃねえか」

 自身の愛剣を抜き放ち、騎士はエルフたちを睨みつけた。

女騎士「そうだな。約束したんだ、四人で生きてこの戦争を乗り切ると。なら、こんなところで私は、私たちは死ねない」

 周囲の動きをジッと観察しながら女騎士が呟く。

女魔法使い「私たちは負けません。あなたたちには絶対に負けられない!」

 指を動かし、魔法を作り出そうとする女魔法使い。

 この状況でも希望を捨てず、最後まで生き残ろうとする仲間たち。そんな彼らを見て、男は思う。

男(そうだ、生きて帰る。そう約束したんだ。一度仲間を失った僕に、またこんなに心強く、信頼できる仲間ができたんだ。
 死なせない、死なせてなるものか)

 そんな彼らの意思を感じたのか、エルフ隊長は顔をしかめた。

エルフ隊長「ふん、どこまでも見苦しい。死ぬのなら潔く死ねばいいものの。それほどまでに我らエルフを傷つけ、生き抜こうとするか。意地汚いゴミ虫め」

 これ以上目の前にいる男たちが生きている姿を目にするのも腹立たしいのか、エルフ隊長は指示を出す。

エルフ隊長「やれ、もはや一秒すら惜しい。一刻も早くこいつらを処分しろ」

 手を振り下ろし、周囲にて待機するエルフたちが声を張り上げ、一斉に男達に向かって走り出した。
 それに対し、男たち四人は身を固めた。その場で敵を迎え撃つためではない。唯一彼らに残された正気を自ら掴み取るためだ。

男「烏合の衆かと思っていたけれど、一応指揮官と思われる相手がいたみたいだね」

騎士「ああ、今の俺たちにとっては朗報だな」

 そう、彼らの言うとおり指揮官がいるという事実はこの状況において彼らに差した唯一の光明なのだ。
 彼らが指揮官もいない烏合の衆であれば、そのまま襲いかかられ、殺されることによってエルフたち一同が持つ人に対する敵愾心をホンの少し満たしただけで終わる。だが、指揮官がいるとなれば話は別だ。
 性格などはともかく、指揮官に据えられるということは当然そのものは他者よりも抜きんでている。そして、実績を収めていることになる。これが人の世ならともかく、エルフの側ならば実力が確実にあるということだろう。
 ならば、彼らは大なり小なりその指揮官を心の支えにしていることになる。仮に、エルフたちの数十分の一の人数である男たちがこの人数差を覆し、その指揮官を討ち取ればどうなるだろうか。
 圧倒的な人数差をもろともせず、エルフたちの心の支えを砕く悪魔にしか彼らを見ることができなくなるだろう。
 そして、指揮官を失った部隊ほど崩しやすいものはない。虚仮威しでもやればあとは勝手に自滅してくれるだろう。

男「役割は前に戦いに介入した時と同じだ。僕と女魔法使いで奴への道を切り開く。そして、騎士と女騎士で奴を討ってくれ」

 そう言って男は向かってくるエルフたちの先にて悠然とこちらを見つめるエルフ隊長を睨んだ。

女騎士「わかった。責任重大だが、やり遂げるしかないものな」

騎士「ああ、その通りだな」

 剣をグッと力強く握り締めて騎士と女騎士は男と女魔法使いが道を切り開くまで待っていた。

男「さて、それじゃあ行くよ女魔法使い」

 一瞬だけ女魔法使いを見て、男は魔法を描き出す。

女魔法使い「はい、先生!」

 そうして男は風の魔法紋を描き始める。そして、男の考えを理解し、その魔法に続くものを発動させるために女魔法使いは別の魔法紋を描き始めた。
 そんな彼らに魔法を発動させまいと向かってくるエルフのうち、数名が足を止め、弓矢を放った。

騎士「やらせるかよ!」

 だが、放たれた矢のうち男達に届きそうなものは騎士と女騎士の手によって切り落とされる。

女騎士「男、まだかかりそう?」

男「いや、もう終わった」

 そう言って男は魔法を発動させる。一つ、二つ、三つと彼の上空に次々と火の玉が現れる。百を越す火球が宙に浮かび、やがてそれらは結合しひとつの巨大な火球を生み出した。

男「言っとくが、これで打ち止めだ。確実に仕留めてくれよ」

騎士「ああ、任せろ」

 その言葉を聞いた男は強大な力の塊であるそれをエルフ隊長の方角に向かって投げつけた。

男「おおおおおおおおおおおおっ!」

 叫びとともに火球が放たれる。射線上いるエルフや木々、そして地面を焼き尽くしながらそれは進んでいく。
 そして、それに合わせるように女魔法使いが魔法を発動させる。

女魔法使い「はっ!」

 火球の通り道、そしてその先に立つエルフ隊長の周囲を地面から飛び出した土の壁が覆う。一切の逃げ場を失くし迫り来る火球をただ防ぐしかない相手。
 これで終わるとは男たちも思っていない。これだけの人数差、冷静な状況判断ができるものが対抗する魔法を発動すれば男の放った魔法も打ち消されるだろう。だが、彼の目的はそれではない。火の魔法はあくまでもおまけ。それで討ちとれるなら運がいいとくらいにしか考えていない。
 彼の目的は最初からエルフ隊長への障害物のない一本道を作ることにあった。

騎士「いくぞ、女騎士!」

女騎士「ええ」

 火球が焦がした道を騎士と女騎士が全力で駆け抜ける。そんな彼らより一足先に巨大火球がエルフ隊長の元に到着する。
 だが、当のエルフ隊長は己の身に危険が迫っているにもかかわらず慌てた様子を見せなかった。

エルフ隊長「……はっ。この程度で我らを討ち取ろうとは。甘く見るのも大概にしろ、人間が!」

 怒声と共に彼の傍に控えていたエルフが飛び出し、魔法を発動させる。一切を灰塵にするはずだった火球は地面に接する直前に停滞した。

男「なっ!」

 驚きのあまり思わず声が溢れ出る男。彼は致命傷はともかく、多少の傷を負わせられると思っていた。だが、やはり魔法を扱うことにかけては相手に分があった。

エルフ鋭兵A「貴様らごときに我らが隊長をやらせるものか!」

エルフ鋭兵B「この程度の魔法など、なんともない!」

 怒声と共に男の放った火の魔法に対する対の魔法がエルフ鋭兵たちによって放たれ、巨大な火球は跡形もなく消滅した。死力を尽くした一撃だったがために、次の一手を打つことができない男。そして、女魔法使いも男と自分の元に近づいてくる敵を近づけないように風の障壁を張るので手一杯。
 結果として、エルフ隊長の命を奪うために先行した騎士と女騎士に全てを任せることになった。
 敵の元まで一直線に作られた道を行く二人。だが、同時にそれは己の退路をも断つことになっている。先に進むしか選択しのないこの道を彼らは全力で駆け抜ける。
 そして、近づく二人を冷たい眼差しで見下ろすエルフたちの元についに彼らは辿りつく。

騎士「はああああああっ!」

 駆け抜けた勢いを活かし、上段から剣を振り下ろす。風切り音と共に振り下ろされた剣はエルフ隊長の頭蓋を打ち砕かんとするが、その一撃は彼の傍に控えるエルフ鋭兵の一人が発動させた風の障壁によって防がれる。

女騎士「もらった!」

 だが、騎士の背後から死角を縫うようにして現れた女騎士の横一閃の斬撃が今度こそエルフ隊長を捉える。だが、肉を裂き、血を撒き散らすはずのその一撃は鈍い金属音を奏でて止まった。

エルフ隊長「先程から言っているが……。我らを甘く見るのも大概にしろ! 接近戦に持ちこめば勝てるとでも思ったか!」

 額に皺を寄せ、怒りとともに一喝するエルフ隊長。女騎士の一撃を受け止めた剣を力づくで振り抜き、女騎士の身体を後方へと吹き飛ばす。

騎士「ッ! 女騎士!」

 よそ見をする暇すらも与えまいとエルフ隊長は即座に騎士の前へと踏み込んだ。

騎士「チィッ! この野郎」

 片手を剣の柄から離し、握り締めた拳をエルフ隊長に向かって打ち抜く騎士。だが、それすら手玉に取るように軽く受け流し、騎士の体勢を前方に崩すと、エルフ隊長はがら空きになった騎士の顎めがけて強烈な掌底を打ち込んだ。

騎士「ガハッ!」

 苦悶の表情を浮かべ、無様に地を転げていく騎士。その光景を唖然とした表情で男と女魔法使いは見つめていた。

エルフ隊長「いいか、人間。我らエルフがいつまでも貴様ら人間に煮え湯を飲まされたままいると思うな」

 そう言ってエルフ隊長は騎士の元にゆっくりと近づき、未だ立ち上がれずにいる彼の髪の毛を掴み、宙へとぶら下げる。顎を打ち抜かれ、平衡感覚を失っているのか、騎士の視線は未だ定まらず、どうにか敵意だけでエルフ隊長を睨みつけているものの為すがままになっていた。

エルフ隊長「ふん、威勢だけは一人前だな。だが、それだけではこの状況をどうにもできないということがわかっていないようだな。
 お前の仲間の一人は倒れ、一人は力尽き、一人は我ら同胞の相手で手一杯。それもいつまでもつかわからない。万策尽きた今、お前の為すことはひとつだけ。このまま無様に我らに命乞いをし、その果てに死ぬことだ」

 その様子を彼の周りで見ていたエルフたちは歓喜に満ちあふれた。憎き人間が彼らエルフに敗北しその頭をひれ伏す光景を想像して興奮しているのだろう。
 だが、未だ視線の定まらない瞳で騎士はエルフ隊長をジロリと睨みつけ、反抗の意思を顕にした。

騎士「……はっ。だれが、てめえらに屈するかよ……。んなことするくらいなら、とっとと殺された方がマシだ」

エルフ隊長「そうか、ならさっさと死ね」

 死の宣告を告げ、持っていた剣を騎士に突き刺そうとするエルフ隊長。だが、それを防ぐため女魔法使いが自身のもつ最大級の魔力を振り絞り、絶大な風の魔法を発動させた。

女魔法使い「だめええええええっ!」

 嵐が女魔法使いを中心に生まれる。吹き荒れる暴風は敵味方問わず人々の肌を切り裂き、地を撒き散らし、肉を捻った。自分自身でも抑えのきかない魔法を発動させてしまった女魔法使いはその反動から気を失いその場に倒れた。だが、発動された魔法はその場に残り、まさに今騎士を殺害しようとしているエルフ隊長の元へと飛び込んだ。

エルフ隊長「チッ!」

 咄嗟に騎士を持つ手を離し、絶大な威力を持つ魔法を止めようとするエルフ隊長。彼のそばに控えている鋭兵も彼の前に出て、同じ系統の風魔法を使いどうにかこの嵐を止めようとする。
 だが、女魔法使いが込めた魔力があまりに大きすぎたのか、対抗するために放った風の魔法はあっけなく嵐の中に呑み込まれ消え去った。為す術を失った鋭兵の末路はその嵐に巻き込まれるしかなかった。

エルフ鋭兵A「隊長、逃げ……」

 最後まで言葉を発することなく鋭兵が嵐によってその身体を細切れに裁断される。もう片方の鋭兵も必死の抵抗むなしく肉を捻られ、挽肉のように全身をバラバラにちぎられた。
 そんな二人の部下の犠牲もあり、どうにか嵐の進路から回避することができたエルフ隊長。彼はわなわなと肩を震わせ、今まで以上の怒りを顕にした。

エルフ隊長「よくも、よくもやってくれたな人間がァッ!」

 木々をなぎ倒し、なお進行する嵐を呆然と見つめる他のエルフたちをよそに単身エルフ隊長はこの被害を生み出した女魔法使いの元に飛び込んだ。
 その光景を身動きの取れない騎士は唖然と見つめ、動きが戻ったがエルフ隊長から一歩行動が遅れた女騎士は絶望の表情を浮かべ、そして女魔法使いのすぐ傍でへたりこんでいた男は女魔法使いの盾になるべく二人の間に飛び込んだ。

男(間に合え、間に合えええええええええええええッ!)

 世界がゆっくりと流れていく。伸ばす指先、迫り来る敵。速い、遅い、間に合わない。エルフ隊長が持つ剣の先が男の伸ばした手よりも先に倒れ伏す女魔法使いの喉元へと伸びる。
 男の視界は真っ暗になり、全身の血の気が一気に引いていく。まるで、走馬灯のように今まで失った人々の明るい笑顔や最後の光景が一瞬で彼の脳裏を流れていく。

男(嫌だ、嫌だ、嫌だ! もう二度となくさないって誓ったんだ。この子を守るって誓ったんだ! 奪われてたまるか。絶対に、絶対に!)

 そう思った途端、彼の中で何かが爆発した。

エルフ隊長「ガハッ!」

 そして、気づけば絶対に埋められなかったはずの絶望的な距離を彼は埋め、女魔法使いを突き殺そうとしていたエルフ隊長を遠くへと吹き飛ばしていた。
 誰もが少女の死を想像していただけに、この光景に驚きを隠せずにいた。

騎士「……男?」

 唖然としたまま騎士が彼の名を呼ぶ。だが、その呼びかけに気がついていないのか、彼は無言のまま立ち尽くしていた。

男「やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ! もうこれ以上お前たちに誰も奪わせやしない!」

 既に魔力は尽き、今にも倒れる寸前だというのにも関わらず彼は魔法を作り出すため紋様を描き始めた。
 鬼気迫る彼の様子に誰もが身動きを取れないでいる中、吹き飛ばされたエルフ隊長はゆらりと立ち上がり、血走った目で己に一撃を与えた人間を睨みつけ狂ったように叫び声を上げた。

エルフ隊長「この、下等人種めがあああああああああああああ!」

 男よりも早く、魔法紋を描いていくエルフ隊長。大気中に漂う水分が一斉に彼の元へと集まり、凝固し氷となる。巨大な氷柱となったそれは一瞬とも呼べる時間で男めがけて放たれた。
 一言を発するまもなく放たれたそれを、たった一人男だけはまるで時が止まったように見つめていた。
 彼が魔法を発動させるために紋様を描いた指は既に止まっており、氷柱が彼めがけて放たれたその瞬間、彼の魔法もまた発動していた。

エルフ隊長「なっ! なんだ、それは……」

 本来であれば男を含め周囲一体をえぐっていたハズの氷柱はいつの間にか真ん中からポッキリと折れ、その半身を左右に散らしてエルフ隊長の同胞たちめがけて巨大な氷の欠片を降り注いでいた。
 一体何が起こったのか。それを理解しようと考えを巡らすその前に答えは目の前に現れていた。
 赤黒い、本能的に恐怖心を煽る色をした巨大な柱がいつの間にか男の目の前に現れていた。
 先ほどの氷柱に比べ、大きさとしては劣るものの、あれほど分厚い氷を真っ二つにして傷一つないそれは異常なまでの強度を誇っていた。だが、それは彼らエルフが知るどの魔法系統とも違う魔法だった。
 強度とその形態を見れば誰もが土の魔法を思い浮かべるだろう。だが、絶大な強度を誇るその柱の内部は、まるで鼓動をするようにゆらゆらと液体のようなものが揺れ動いていた。
 では、水の魔法系統か? それならば同じ系統を使い、なおかつ熟練度の高いエルフの魔法が破られたことの説明がつかない。
 目の前にあるこれは一体なんだというのか? この場にいる誰もがそう思っていると、ふと一人のエルフがあることに気がついた。
 先ほど、女魔法使いの発動した風魔法によって深く切られたハズの傷口から流れ出た血がいつの間にか消えているということ。そして、再びドクドクと溢れ出てきた血が柱に向かって徐々に移動しているということに……。

エルフ兵「ひ、ひぃっ!」

 その悲鳴を上げたのがきっかけかわからないが、この場にいる誰もが柱の正体を理解する。あれは、この場から溢れ出た皆の血を集めて作られたものなのだと。
 見たことも聞いたこともない全く新種の魔法を前に、エルフたちの恐怖心はこの瞬間一気に頂点に達した。
 どのように生み出したのか、一体どのような効果があるのかもわからないそれ。理解しがたいものを前にした者たちの取る行動は単純で、戦うという選択よりも〝逃亡〟することが今の彼らの中では最優先になっていた。

エルフ隊長「なっ! 貴様ら、逃げるな! 戦え!」

 逃亡を止めようと必死に声を張り上げるエルフ隊長であったが、その叫びもむなしくエルフたちは我先にと男の元から離れていく。
 だが、そんな彼らにさらなる恐怖が襲いかかった。

男「……逃がさない」

 そう呟き、男はさらなる紋様を描き出した。そして、それが完成すると同時に強固な固体であった血の柱は一瞬にして液体に変貌し、逃げ去るエルフの後を追った。
 背を見せ逃げ去るエルフたち。その最後尾に位置していた者たちに、ついに血が追いつき再び強固な固体へと変化した。
 今度は細く、鋭い柱が幾人ものエルフたちの背中を貫き、刺殺した。だが、前を走るエルフたちは後ろで何が起こっているのかを目にしたくないのか振り返ることなくそのまま逃げ去る。

男「逃がすか……。そうさ、女槍士や女隊長のときだってこんな風に必死に逃げてたんだ。でも、お前たちは僕らを逃がしはしなかった。
 なら、僕だって……」

 そう言って魔法によって動かした血にさらなる追撃を命じようとしたところで、男の耳に仲間の叫び声が聞こえた。

騎士「が、あああああああああッ!」

女騎士「う、ぐぐぐぐっ!」

 その叫びを聞き、騎士と女騎士の方向を向くと、彼の視界に映ったのは二人の傷口から流れる血がエルフたちを貫いたものと同じように凝固し天に向かって伸びていたのだ。

男「なっ!」

 その光景に驚き、咄嗟に魔法を解除しようとするが自分で作り出した魔法の構成が男にはわからなかった。ほとんど反射的に発動し、怒りに任せて動いていたそれは、彼にとってイレギュラーなものであり、解除するための法則が今の彼に浮かばなかったのだ。

男「なんで……。くそっ! 考えろ、どうすれば、どうすればいい……」

 思考をフル回転させ、必死に解除の方法を探る男。必死に考えを絞る中、不意に彼の脳裏に少し前の女魔法使いとのやり取りが思い出された。
 それは、女魔法使いが初めて魔法を発動させた際のことだ。
 あの時、女魔法使いは天才的な才に任せ水を二つの状態に分けた。そう、液体と固体。水と氷を同時に生み出していた。先ほど男が作り出した柱もあれと同じような状況だった。
 それに気づいた男は系統は違えどこれは水の魔法に近い法則を持っていると考えた。そして、どうにか本能的に作り出した魔法紋の構成を指の感覚を頼りに思いだし、それに適した解除紋様を描き出していく。

男(頼む、止まってくれッ!)

 必死の願いを込め、男は解除の紋様を描き終えた。そして、その結果……。

騎士「ぐあああぁっ……」

女騎士「うぐぐっ……」

 魔法は止まった。男は安堵から深く息を吐きだした。だが、これで終わりではない。まだ、最後にやることが残っている。

エルフ隊長「ふ、ふふふ。ははははははっ! なんだ、なんなんだ貴様は!」

 逃げ去り、命を失わずに済んだエルフたち以外で唯一この場で生存しているエルフ隊長は狂ったように喚き散らした。彼がそうなるのも無理はない。圧倒的な人数差で敵を殺害するはずだった彼らの大半は今や男たち四人、実質一人によって大量の死体を生み出されていたのだったから。
 仲間のほとんどは恐怖に負けこの場から逃げ去り、信頼していた部下は肉の破片と化した。自分が見逃してもらえるとも思えないエルフ隊長は最後の足掻きとして叫ぶことしか選択肢が残されていなかった。

男「……」

 そんな彼に向かってゆっくり、ゆっくりと男は詰め寄る。腰にかけてある短刀を抜き放ち、人間達の代表とでもいうかのように命を狙ったエルフに向かって裁きを下そうとする。

エルフ隊長「……もはや、これまでか」

 とうとうエルフ隊長も諦めがついたのか、目の前に立ち、短刀を握り締める男を握り締める男に向かって最後の一言を告げた。

エルフ隊長「我が同胞たちがいつか貴様に裁きをく……」

 エルフ隊長が死ぬ前の一言として恨み言を男に告げている途中、そんなものを聞く気はないという意思を男は示した。エルフ隊長の顔面に短刀を突き刺すことによって。

男「く、くくくっ。はははははははははっ!」

 既に肉の塊と化したエルフ隊長の顔面から短刀を抜き放ちながら男は笑い声を上げた。

男「やった、やった! 守った、守ったぞ! 今度こそ、僕はみんなを守ることができたんだ!」

 仲間を守れなかったトラウマを乗り越え、とうとう己の力で仲間を守り切ることができた男は達成感から歓喜の叫びを上げた。だが、助け出した仲間の姿を見て、彼の喜びはすぐさま消え失せた。
 女魔法使いは未だ意識が戻らず、倒れたまま。騎士と女騎士が服を破いて応急手当をしている箇所は先ほど男の魔法によって痛みを訴えていた場所だった。

男「……あっ」

 そのことに気がつき、男の意識は一気に現実に戻された。確かに、仲間を守ることは出来た。だが、結局自分の未熟さによってその仲間を傷つけてしまっていた。
 そもそも、本当に仲間のことを想っていたのなら、エルフたちに見つかるような可能性が少しでもある行動を取るべきではなかった。

男「あ、ああっ……」

 すぐさま男は倒れている女魔法使いの元に駆け寄り、血にまみれた腕で少女を必死に抱き起こす。そのあまりにも軽い少女の重さを抱きかかえた際に実感し、同時にこの少女をこんなところに連れてきたことを今更ながら深く後悔した。

男「ごめん、また僕は……」

 また間違えたと心の中で呟く。そんな彼のもとに騎士と女騎士の二人が駆け寄る。

騎士「大丈夫か、二人共」

 この世の終わりのような顔をした男の肩に手をかけ、騎士は声をかける。女騎士は冷静さを失っている男の代わりに女魔法使いの状態を確認する。

女騎士「女魔法使いは魔力が切れたことによって一時的に意識がないだけみたいね。しばらくすれば目が覚めると思うわ。だから、男。そんなに力いっぱい彼女を抱きしめなくてもいいのよ」

男「……うっ、ううっ……」

 いつの間にか目元から溢れ出した涙を男はただただ流していた。自分のせいで傷つけた仲間たちに返す言葉がなかったからだ。
 かつてと違い、自分を守る力を手に入れた。他人の助けになるはずの力も得たはずだった。だが、本能に任せ憎しみに任せた力は大切な存在である仲間を傷つけた。もし、あのまま魔法が解除できなかったら……。そう思うと男の背筋に冷たいものが走った。
 このままではいずれ自分は取り返しのつかないことをしてしまうのではないか? そんな考えが彼の脳裏によぎった。

騎士「……ひとまず、ここを離れよう。今はいいかもしれないがエルフたちが戻ってくる可能性がないわけじゃない」

女騎士「そうだな。男、立てる?」

男「うん……。騎士の言う通り、敵がいなくなった今のうちに基地へ戻ろう」

 眠ったままの女魔法使いをその背に背負い、男は立ち上がる。そうして、敵を警戒しながら先導する騎士と女騎士の後に続いて歩いていく。
 最後に、男は一度だけ後ろを振り返った。そこには、男が殺した無数のエルフの死体が無残に転がっていた。

男(……戦争なんだ。……やらなきゃ、やられるんだ)

 今までは何も感じなかったエルフを殺害するための力。それが仲間たちを傷つけるかもしれないと知った今、男は初めて己の持つ力に疑問を抱いた。
 だが、迷えば殺されるとその疑問を見ないようにし、無心を心がけ、騎士たちの背を追うのだった。

……



 そうして、基地へと戻った男たちは今回起こった出来事を報告した。初め、西方司令官は彼らの言うことが虚偽だとし、自分たちに嘘をついているとして男たちを空家に纏めて放り込み、真偽の確認に向かわせた兵士たちの報告を聞くまでそこに彼らを閉じ込めていた。
 だが、帰還した兵士の報告を聞き、驚きと喜びと恐怖を同時に感じ、彼らの傷が癒えしだいこの基地から元の北方基地への帰還を命じた。
 おそらく、西方司令官はこう思ったのだろう。たった四人で中隊程の規模の敵を打倒したことは賞賛どころか勲章に値するものだ。それが自分たちの利益になるかもしれない。だが、同時に彼らはそれだけの力を持っている。もし、自分のこれまでの行動に腹を立て、私欲で反抗の意思を示されたときは自分の命などすぐに消されてしまうと。結果として、彼らとの関わりをこれ以上持ちたくないと彼は判断したのだ。
 そうして、西方基地から男たちは再び北方へと向かう。これまでの功績や情報、その全てを報告するために。
 だが、奇跡とも言える戦果をあげた彼らの噂は西方司令官から漏れ、兵士たちの口を通じすぐさま大陸全土へと広がった。
 そして、それが僅かとは言えこの戦争の行く末に影響を与えた。

 曰く、人間の側には恐ろしいまでの力を持った四人構成の分隊が存在する。
 曰く、それは一瞬にしてエルフの中隊を打ち破り、四人は無傷で帰還した。
 曰く、それは四人だけではなく各地域にそれぞれ四人ずつ存在する。

 事実や脚色を織り交ぜられて伝えられたそれは、人間の側に戦争に対する勝機をより確信させ、兵士たちの士気を高めた。
 対して、エルフの側にはこの噂を肯定する当事者たちの存在があり、人間側の持つ未だ見ぬ未知の敵への恐怖が兵士たちに伝染し、士気は果てしなく下がった。
 そして、それは今後の戦いにて相対する敵の中にその四人がいるのではないかという先入観をエルフに与え、これまで均衡していた戦いのほとんどはほぼ一方的な虐殺となっていった。
 そして、その戦いには実際に噂を作り上げた四人の姿も含まれており、戦いの中では実際に敵への脅しとして使われることもあった。
 そうして、徐々に人間側がエルフたちの勢力を削っていき、とうとう戦争に終わりが見えだした。
 連戦連勝の結果に、休む間もなく続く戦いの疲れを気にするものはほとんどいなかった。皆、勝利に浮かれ酒を飲み騒ぐことで疲れを誤魔化し、一気に戦いを終わらせようとしていた。親元に帰りたい、家族と共に過ごしたい。平和な世界でゆっくりと酒を飲み交わしたい。理由は様々だ。
 そんな中、兵士たちの士気を上げる噂の張本人となった男は一人重たい空気を纏って人々の輪から離れ、座り込んでいた。

男(……)

 目の下には深いくまができ、寝不足だということは誰の目にも明らかであった。

男(眠れない……)

 眠気は来ている。身体も睡眠を欲している。だが、ここしばらく彼は眠ることができなかった。
 それは、噂となったエルフとの戦いで己の持つ力に疑問を抱いた時から始まった。殺らなければ殺られる。復讐よりも先にそれを感じ、エルフたちを殺してきた。
 だが、あの日に自分の魔法で仲間を傷つけて以来、殺したエルフが夜な夜な夢に現れる。それだけならまだいい。問題はそのエルフの姿が次第に最愛の仲間たちの姿に変わっていくことだった。
 自分の放った魔法で仲間たちが死んでいく。騎士は身体を焼かれて炭化し、女騎士は土の塊に圧死させられ、女魔法使いは傷口から流れた血が凝固し首や目、心臓を貫かれていた。そんな光景を毎日のように見続け、それでもなお戦い続けた。擦り切れる心、覚めることのない悪夢。この戦争が終わればそれを見ることもなくなると、浮かれている他の兵士たちと同じように一刻も早く戦争を終わらせるために戦い続けた。
 そんな彼の話を聞いた仲間たちは当然のように彼を励まし続けた。大丈夫だ、そんなことは起こらないと。鼻で笑って否定した。
 だが、男は怖かった。もしも、その夢が現実に起こってしまったらと思うと彼は耐えられなかった。

女魔法使い「……先生?」

 瞳を閉じ、下を俯いていた彼の元に女魔法使いが近づく。

男「女魔法使い……。どうかしたの?」

女魔法使い「いえ、実は少し先生に相談に乗ってもらいたい事があって……。今、大丈夫ですか?」

男「ああ、構わないよ」

女魔法使い「先生、この戦争ももうすぐ終わるんですよね」

男「たぶん……ね。状況は人間側に有利になっている。エルフたちがこれ以上抵抗の意思を示さなければあと数日もせずに終わると思う」

 彼の言うとおり、既に西と南ではエルフたちの降伏が宣言されていた。残るは今現在彼らのいる北と東の戦いのみ。

女魔法使い「でも、戦いが終わってもエルフたちは滅ぶわけじゃないんですよね」

男「それは、そうだろうね」

 そう、戦いが終わったとしてもエルフたちは全員殺されるわけではない。戦闘を指揮した地位のあるものは見せしめに殺されるかもしれないが、そうでないものたちは捉えられ、奴隷として人々の労働力になるだろう。
 なにせ、戦争のせいで土地は荒れ、作物もロクに取れていないのだ。働き手は大いに越したことはない。

女魔法使い「その中にはきっと、逃げ延びて生き残るエルフも残るんですよね。そいつらが、隠れて力ない人たちを襲う可能性だってありますよね」

男「可能性がないとは言えないな。でも、どうしてそんなことを聞くんだ?」

女魔法使い「実は、私この戦いが終わっても軍にのころうと思っているんです。それで、先生に出会う前の私みたいな子や苦しんでいる人たちの力になろうと思っているんです!」

 その言葉を聞いて、男は心底驚いた。目の前にいる少女はこの戦争の後の事まで考えているのだ。だが、軍に残るということがどれだけ危険が伴うか知っており、この道に仕方なくとはいえ彼女を引き込んだものとして男は確認しておかなければならなかった。

男「それがどれだけ危ないことかっていうのは、もう何度も戦場で戦ってきた女魔法使いならわかっているんだよね?」

 男の問いかけに女魔法使いは真正面から彼の瞳を見返して頷いた。

女魔法使い「はい、わかっていて言ってるんです」

男「……そっか。なら僕が口を挟むことは何もないや。頑張れ、女魔法使い」

 彼女を抱き寄せ、少し伸びた髪の毛に手を通し、そっと少女の頭を撫でる男。くすぐったそうにしながらも、嬉しそうにそれを受け入れる女魔法使い。
 女魔法使いとしては、自分のそばにこれからも傍に男が一緒にいて、これまでどおり自分に色々なことを教えながら行動を共にしてくれると考えての発言だった。
 だが、彼女の意見を聞いていた男の認識は違っていた。精神的疲労もあったのだろうが、彼女に意図するところに気がつけなかったのだ。
 そして、初めて出逢った時からの少女の成長ぶりを目にし、もう自分の力がなくても彼女は大丈夫ではないかと男は考える。軍に残るというのであれば、同じく軍に残るであろう女騎士や騎士がきっと手助けになってくれるはず。
 自分がもういなくても、この少女は大丈夫なのだ。
 そう思うと同時に、それまで胸の奥に引っかかっていた重しが一つ取れ、彼の脳裏にある選択肢が浮かんだ。
 今は戦争。自分は軍人。ならば戦うために力を使わなければならない。だが、戦争が終わり、軍人でなくなれば力を使わなくても済む。
 そんな考えが彼の中に生まれた。

女魔法使い「先生、どうかしました?」

 ボーッとしていた男を心配そうに見つめる女魔法使い。そんな彼女になんでもないと男は答えた。
 先ほどの考えはいつの間にか消えていた。だが、男が己の今後に答えを出すのはこれからすぐのことになる。彼にとって最後の戦い、そこで全てが終わりを告げる。

……



もはや、何をせずとも人間側の勝利は確定していた。北方での最後の戦い、すべての戦力を集めたエルフとの戦いはあっけなく幕を閉じた。
 特攻覚悟で突っ込んできたエルフの部隊を勝利の勢いそのままに次々と打ち倒し、殺害する人間側。敗戦色濃く、もはやこれ以上戦うことに意義を見出すことができなかったのかエルフのほとんどは戦場から逃げ出し散り散りになっていた。
 今人間側の兵が行っているのは戦闘ではない。逃げ惑う獲物を一方的に殺す狩りだ。そして、男もまた仲間たちと離れ一人逃げたエルフたちを殺して回っていた。
 抵抗するもの、命乞いをするもの、泣き叫ぶものなど多くいた。だが、彼はその全てを殺した。憎かったからではない。殺られそうになったからでもない。ただただ、早く戦争を終わらせたかったから。悪夢に終止符を打ちたかったから。
 そうしてついに男が追うエルフはひと組になった。
 兄妹と思えるまだ幼いエルフ。非戦闘員と思える彼ら。だが、幼いからといって見逃せば後の禍根に繋がる。
 容赦はしない。そう思い、短剣を持つ手に力を込める。思考を占めるのはどのようにしてこの兄妹を殺すかということのみ。他は何も考えたくなかった。
 そうして、一歩、また一歩と幼いエルフの兄妹に死を告げるため近づいていく。そんな彼から妹を守ろうと兄エルフが両手を大きく広げ男の前に立ちふさがる。
 邪魔だ。そう思い兄エルフを殴り飛ばそうとした瞬間、彼の瞳に映る己の姿を見て男は驚愕する。
 そこにいたのは、かつて自分の大切な存在を奪っていった傷エルフの姿と全く同じ表情を浮かべていた己の姿だった。
 それを理解し、愕然すると共に男は悟る。このまま行けば自分は奴と同じところまで行き着くことになると。
 そう思ったとたん、それまで何度も敵であるエルフを殺してきたはずの腕はピクリとも動かなくなった。この二人を見逃したところで自分がたくさんのエルフを殺してきたことには変わりはないのに、それでも……。

男「……行け」

兄エルフ「……えっ?」

男「さっさと行けと言っている! 僕の気が変わらないうちに、どこへでも消えろ!」

 声を荒げ、戸惑いその場から動こうとしないエルフを追い払う男。それからすぐ、二人のエルフは彼の前から姿を消した。
 一人になった男は誰に向けてでなく呟いた。

男「……何をやっているんだろうな、僕は」

 そう呟く青年の瞳にはつい先程まであった妄執が消えていた。

男「殺されて、憎んで、殺して、また殺されて……。ずっと、僕が進んできた道は正しいと思ってきた……」

 脳裏に蘇るのは過去の出来事。心を闇へと落す、悲劇の数々。

男「家族や友人を殺され、立ち直るきっかけを与えてくれた大切な人たちを奪われた。だから、憎んで、憎んで、憎んで、全部を奪ったあいつらを殺すために、自分の身を守るために力をつけた」

 短剣を握り締める己の手を見れば、そこにはあるはずのない鮮血がベッタリとこべりついていた。それは、敵であるエルフのものでもあり、自分が傷つけた仲間のものでもあった。

男「でも、途中からそんなことを考える余裕もなくなって、ただやられたからやりかえして、今を生きるためだけに殺した。殺らなきゃ殺られる。それだけになった。
 けど、その結果がこれ……か」

 自分でも気づかぬうちに、己は憎かった相手と同じ存在になりかけた。ギリギリのところで踏みとどまれたものの、その身が血に染まっていることには変わりない。

男「なんなんだよ。なんでこんなふうになっちゃったんだよ……。
 なんで、なんで、なんでっ! 戦争なんてしてるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 憎んで、憎まれて。殺して、殺されて。そうして自分もその連鎖の中に存在していると男は感じた。
 だが、その中にこれ以上い続ければ自分だけではなく仲間も傷つくことになるかもしれないという予感を抱いた。
 無我夢中で怒りや憎しみに任せ敵を倒し、その結果として仲間が傷つく。今はまだそれを悔いているが、このままずっと戦い続ければそんなことすらも気にならなくなってしまいそうな気がしてならなかった。
 叫び声に答える者は誰もいない。答えは自分で出さなければならない。
 ギリギリで踏みとどまれたことを活かし、この輪から抜け出すか。それともこのまま輪に残り狂ったように戦い続けるか。
 そして、男が選んだのは……。

……



 北方での戦いが終結した夜、人々はもはや戦勝の雰囲気でいた。残るは東の戦いのみ。だが、それすらも残り数日で終わりを迎えるだろうと誰もが予測していた。もはや、誰もが完全に気を緩め、飲めや踊れやの騒ぎの中にいた。
 そんな中、闇夜に紛れ一人この場から去ろうとするものがいた。

男「……」

 広場にて木々を燃やし、集まる人々。その中に混ざっているであろう仲間たちのことを想い、一度その場に立ち止まった。
 会ってしまえばきっと決意が鈍ってしまう。だから、別れは告げないつもりでいた。だから未練を断ち切り、再び暗闇に視線を向けたとき、背後から声をかけられた瞬間、男の心臓は飛び出しそうなほど跳ね上がった。

騎士「……行くのか?」

 振り返りはしなかった。前を向いたまま男は答えた。

男「うん。このままここにいたら僕はきっとみんなを傷つける気がする」

騎士「前にも言ったけどよ、そんなことは気にするな。お前なら大丈夫だよ。これまでだってそうだっただろうが」

男「ダメなんだよ。多分僕は今正気を保っていられるギリギリの所に立ってる。これ以上戦いに関わっていたらもう後戻りができないと思うんだ」

騎士「……そうか。でも、きっと軍の方は逃しちゃくれないぜ。なんせ、あれだけの功績を立てたんだ」

 そう話す騎士の声は震えていた。

男「……だろう、ね。未来のことは確かにわからない。でも、今僕はこれ以上戦いたくはないんだ。だから……お別れだ」

 男の声も震えていた。

騎士「バカがっ。ならあいつらにも別れの言葉くらい言ってけよ。後始末をするのは俺なんだぜ」

男「ごめん。でも、騎士になら任せられるから」

騎士「……ったく、面倒事を押し付けやがって。あ~もう知らね。行くならとっとと行っちまえ。けどな、俺たちは諦めないぞ。
 女魔法使いはきっと泣き喚いて文句ばっかり言うだろうけど、お前のことを追いかけるだろうし、女騎士だってきっとキレて殴りかかってお前を連れ戻すだろうな。
 俺だってそうだ。今は無理でもいつかきっとお前とまた同じ道を歩むつもりだ。だから待ってる。お前が帰ってくるのをずっと待ってる」

男「……」

 その言葉に男は無言のまま去っていった。暗闇に紛れて消えた彼の後ろ姿を最後まで騎士は見つめ続けた。

騎士「待ってる……からな」

……





……

 暗闇の中、男は一人歩き続けた。謝罪と、後悔と、罪悪感にまみれながら最後に見送ってくれた親友への感謝を噛み締め歩き続けた。
 やがて、そんな彼の前を日が昇り始める。夜明けの空は眩しく、美しかった。
 長い、長い戦争はこのあとすぐに終わりを告げる。憎しみに囚われた少年は仲間と出会い、ギリギリのところで狂気から逃れた。
 心も身体もボロボロになり、狂気から逃れてもなお、エルフに対する憎しみは未だ消えていない。
 だが、そんな彼もこの後に運命に出会う。彼の荒れた心を癒し、敵対してきた者たちの間に新たな道を生み出す少女との出会い。
 その出会いが後の未来にどのような影響を及ぼすのかこの時彼はまだ気がつかない。
 過去は終わり、現在が生まれ、未来へと繋がる。
 一人の少年は様々な経験を通して成長し、青年となった。これは、そんな彼がたどった過去の物語。最愛だった少女と最愛である少女の同胞を殺してきた彼の罪の物語。
 すべてを語り終えた青年の元にひとりの少女が近づいてくる。満面の笑みを浮かべ、愛する青年の元へと一秒でも早く飛び込もうとする。
 そんな彼女の姿を微笑ましく眺めながら青年は墓の前を立った。そして、彼めがけて走り込む少女の元へとゆっくりと歩いていく。
 最後に一度、青年は墓の方を振り返り、告げる。

男「また来るよ。今日はありがと、旧エルフ」

 そんな彼に再び風が答えた。それを感じた青年は一人微笑むのだった。

エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」 Final before days 男の過去~戦争編~ 完
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

男の過去~喪失編~

全てを失ったあの日から一年が経った。復讐のため、男は何度も、何度も軍部の門を叩いた。だが、子供のすることをいちいち相手にするほど軍の人間も暇ではなく、いつも門前払いを受けて施設へと男は帰らされるのだった。
しかし、追い返されても毎日居座り続ける男に門番もとうとう観念したのか、男が門の前で何かする分には文句を言わなくなった。

門番「なあ、そろそろ帰る時間だぞ」

男「……」

門番「今日も返事はなし……と。聞きたくないけど、お前いつまでこんな事続けるつもりだ? いくら軍に入りたいからってここに居座ったところでまだお前は子供なんだから軍には入れないんだぞ」

男「……」

門番「それにな、軍に入ったとしても厳しい訓練があるし命を落とすなんてそれこそ一瞬なんだ。お前みたいな子供達を守るために、今俺たち軍部の人間は頑張っているんだからその行為を無駄にするような事をしないでもらえると嬉しいんだがな」

男「……のちなんて」

門番「ん?」

男「僕の命なんて……エルフの奴らを殺し尽くせるのなら幾らでもくれてやる。殺してやるんだ、絶対に……」

門番「……はぁ、聞く耳持たないか。もういいや、とりあえず俺は何も見ていないから問題だけは起こさないでくれよ」

そう言って門番の兵士は男の側を離れて定位置へと戻る。男は門のすぐ傍にジッと座って、兵士達が中に入って行くのを見続けていた。

しばらくして、男に声をかけた兵士が交代の時間になり、他の兵士と入れ替わろうとしようとした時、軍部にある分隊が訪れた。

女隊長「みんな~軍部に着いたよ!」

明るく、張りのある声を響かせるまだ若い女性。数名の集団からなる分隊の隊長と思われる彼女の言葉に続くように、兵士達が安堵の声を上げる。

男剣士「ようやくかよ。もう腹へって死にそうだ」

男弓使い「同感だな。報告最優先ってことで食事をする暇も惜しんでここまできたんだ。これで腹一杯食事ができなかったら俺は女隊長を弓の的にでもしよう」

女槍士「まあ、まあ。女隊長がこうなのはいつものことでしょ? 満足いく食事が出なくても許してあげなって」

男槌士「いいや、許さん。ワシはこやつの隊に就く条件に飯をたくさん食えることを保証するということで契約したのだ。他の者が飯を食えんくても、ワシだけは腹一杯になる権利がある」

女魔法士「男槌士さんは、意地汚いと思います……」

女剣士「そ~そ~。いざとなったら他の隊の飯奪ってくりゃいいんだって」

女隊長「はい、はい。みんな不満があるようだけど、食事はちゃんとお腹いっぱい食べられま~す! それよりさ~、せっかく無事に帰って来れたんだからご飯以外の話は何かないわけ?」

男剣士「ないな」

男弓使い「ないね」

男槌士「ないのう」

女槍士「う~ん、お風呂?」

女魔法士「え、えっと……できれば新しい服が欲しいかな~って」

女剣士「やっぱりご飯でしょ!」

女隊長「大半はやっぱりご飯なのね。確かにお腹減ってるけど、もっと大事な事があるでしょ」

男剣士「例えば?」

女隊長「え~……コホン。この度も我が隊は一人も死傷者を出すことなく任務を遂行する事ができました! みんな、お疲れ! よく生き残ってくれた! みんなと一緒にこれからもまた過ごせると思うと私は嬉しいよ。ついでにご飯も食べれて嬉しいよ!」

男剣士「うわっ……こいつよく恥ずかし気もなくこんなことを満面の笑みで言えるな」

男弓使い「そうですね、この状況で他人にフリができないのは厳しいです」

男槌士「お前さんは馬鹿なのか?」

女槍士「あ、え~っと、私も嬉しいよ?」

女魔法士「恥ずかしい……」

女剣士「なんだかんだ言ってるけど、あんたも結局飯食いたいんじゃん」

女隊長「協調性の欠片がまるでない!? うちの隊大丈夫かなぁ……」

みんなで一人の女性をからかいながら門の前に歩いて行く。その様子を見つめていた男は知らず強く唇を噛み締めていた。あの日以来、誰かが楽しそうにしているのを見ると無意識に苛立ってしまうのだ。
笑顔を浮かべあう彼らを自然と睨みつける男。そんな男の視線に気がついたのか、女隊長が気まずそうに他の隊員に告げる。

女隊長「ど、どうしよ。ちょっと騒ぎすぎたかな……。あの子ものすごい形相で私たちを睨んでるよ」

おろおろと慌てふためき、隊長らしからぬ行動をとる彼女に他の兵士達は告げる。

男剣士「そりゃ、あんだけ騒いでりゃ普通はうるさいもんだろ」

男弓使い「まあ、そうだな。それにしてもあの子は浮浪児か?」

男槌士「いや、そうではないんじゃないかのう。ほれ、服が綺麗だし」

女槍士「じゃあ、何であんなとこに座ってるんだろう。もしかして誰か待ってるとか?」

女魔法士「ど、どうなんでしょう?」

女剣士「こういう時は本人に直接聞いてみりゃいーんだって」

そう言って女剣士が隊から離れて男の傍に駆け寄った。そして、男の目線に合わせるようにしゃがみこんで、声をかけた。

女剣士「やっ! 少年。こんなところで一人で座ってな~にしてんだ?」

男「……」

女剣士「な、なんだよぉ。無視すんなよ……。お姉さんちょっと傷ついたぞ」

あまりにも無反応な男に女剣士は地味に傷つき、とぼとぼと隊のみんなの元に帰って行った。

男剣士「なんだよ、やけにあっさり帰ってきたな」

女剣士「いや、あの子は強敵だよ。何の反応もしてくれないのは予想外だった」

男弓使い「気難しい子なんじゃないかな? なんにせよ、僕等には関係ないんだし、早く中に入ろうか」

女剣士「あ、うん……」

女隊長「……」

女魔法士「どうかしました? 女隊長さん」

女隊長「い、いやっ! 何でもないよ~。みんなお腹減ってるもんね! 早く報告済ませて食事にしちゃおっか」

男槌士「そうじゃ、そうじゃ。はよせんか馬鹿者ども」

男槌士に促されるように隊員達は門を通って中へと入って行く。そんな中、それまで先頭を切っていた女隊長が最後尾へと回り、その場から全く動こうとしない男に視線を向けていた。

女隊長(あの子、なんだか気になるなぁ……)

女槍士「女隊長、早く行くよ~」

女隊長「ごめん、ごめん。今行く~」

男「……」

隊員達が門を通り、その場を過ぎ去るまで、男はずっと黙ったままその背を見続けた。そして、この出逢いが後に彼を変えて行く事になる出逢いとなるのだった。

任務の結果報告を終えた女隊長一行は、施設にある食事場に来ていた。久方ぶりの豪勢な食事に隊員達は皆心踊らせて、各々好きなものを好きな量だけ頼んで食事にありついていた。
戦場では簡易食だったり、食事をろくにとれなかったこともあり、隊員達の食事への欲求は凄まじかった。一口、一口じっくりと味を噛み締めるように食べる者もいれば、次から次へと料理を胃へと流し込む者もいた。

男剣士「あ~っ! うまい飯にありつけると生き返った気分になるぜ」

女剣士「同感。あっちじゃマトモなものが出た試しがないからね。戦闘の休止中に森なんかで野生の動物を捕って食べるのが極上の食事なんだからさ」

女槍士「というか、これじゃあ私たちご飯のために頑張っているみたいよね……」

女魔法士「あながち間違いでもないのが悲しいです。うぅ、私の人生どうしてこうなったんでしょう」

男槌士「泣くでない、愚痴なら男弓使いが酒場で幾らでも聞いてくれるからのう」

男弓使い「ちょっと待て。どうしてそうなる」

一時の安らぎに心委ねて束の間の休息を堪能する隊員達。戦場での張りつめた空気はそこにはなく、ただただ笑顔だけが彼らの表情に浮かんでいた。ただ一人を除いて……。

女隊長「……はぁ」

そう、女隊長を除いて。
他のみんなが歓談している中、女隊長は一人窓際の席にてじっと外を見つめていた。軍部の三階に存在する食事場の窓からは施設に入る前からずっと門の前に座り続けている少年の姿が目に入る。
まるでこの世界から拒絶され、たった一人で絶望を抱え込んだような目をした少年。それでいて、その瞳の奥深くには鋼鉄のような堅い意思が感じられた。
見るものを引き込む、燃え上がるような熱い意思。見覚えのあるその眼差しに女隊長は不覚にも魅入られた。
幼いながらにして世の中に絶望してしまう人は確かに存在する。それ自体はそう珍しい事はない。しかし、絶望を抱きながらも諦めず、目標を見定め前に進もうとしている者をあの年頃の子供で見たのは初めてだった。
だからだろうか、女隊長は初めて会ったばかりの、それも言葉すら交わしていない少年の事がやけに気になってしょうがなかった。

女隊長「……はぁ」

そんな彼女の様子に気がついていて敢えて何も言わなかった女槍士だったが、ここに来てとうとうその我慢にも限界が来た。

女槍士「ちょっと、女隊長。しっかりしてよ! そんなにあの子が気になるのならちゃんと話してきたらどう?」

女槍士の言葉に、それまでそれぞれ会話を繰り広げていた各自の口が塞がり、両目が一斉に女隊長の元を向いた。

女隊長「べ、べつに気になってるわけじゃ……」

女槍士「はいはい。そういう建前はいらないから。ここにいる大半のメンツはあなたが今みたいな状態になって、最終的には連れ込んでるんだから。今更違うって言われても嘘にしか聞こえないわよ」

女隊長「ぐぬぬ」

女槍士にやり込まれながらも、中々自分の心に素直になろうとしない女隊長。そんな彼女を見て、思わず男剣士が声をかけた。

男剣士「遠慮なんてらしくねーぞ。だいたい、お前あの男の子が気になって全然飯進んでねえじゃねえか。
うちの食事は明るく、楽しくがモットーだろ? そんな悩まれても飯が不味くなるから、とっととあの子のところに行ってこい」

そう言って、男剣士は女隊長の腕を掴んで部屋の外へと連れ出した。拒絶の言葉を男剣士に投げかける女隊長だったが、抗議も虚しく、ずるずると部屋の外へ放り出されてしまった。

男剣士「お前、目的が達成されるまで帰ってくるの禁止な」

ピシャリと勢い良く扉を閉め、男剣士の姿が消える。そして扉の向こうからは再び歓談の声が沸き上がる。食事場から追い出されてしまった女隊長に残された道は、門の前にいる少年の前に向かう事だった。

女隊長「よ、よしっ」

気合いを入れて女隊長は廊下を歩いて行く。そんな彼女の後ろ姿を僅かに空いた食事場の扉の隙間から、他の隊員達が覗き込んでいるのだった。

男剣士「まったく、相も変わらずうちの隊長はよ~」

男弓使い「なんと言うか、変なところで優柔不断で」

男槌士「強情というかなんというか」

女槍士「自分の気持ちに素直にならないし」

女魔法士「一癖も二癖もあるような人を見つけては拾ってきますし」

女剣士「とりあえず言える事は……」

そう言って一度それぞれの言葉が途切れた後、今度は全員一斉に同じ言葉を呟く。

隊員達「世話の焼ける隊長だな~(のう~)」

日が徐々に暮れ始め、周りを歩く人々が帰路につき始める。手を繋いで明るい笑みを浮かべる親子もそんな人々の中にいた。そんな親子を座り込んだまま虚ろな瞳で男はジッと見つめていた。
知らず、あの日に枯れ果てたはずの涙が身体の奥底からにじみ出そうになるのを感じた。もう取り戻す事のできない懐かしい日々を思い出して、自然と身体が反応したのだろう。
弱いままでいたくなくて、何もできずに涙を流す事しかできない自分が嫌だった。変わりたいと思ってこの一年身体を鍛えたり、こうして軍部の前に居座り続けたが己は何か変わったのかと自問する。
だが、答えは返ってこない。変わったといわれれば一年前に比べて少しは筋力も付いただろう。だが、それだけなのだ。エルフ達と戦う力などまだまだない。それどころかそのエルフ達と戦うための場に出る事すらもできていない。
結局、自分は一年前から変化していない。子供だからという理由で守られて、虚勢を張り続けてきた。そして、心のどこかでその理由に甘えてきた。
変化が欲しい。本当にエルフ達と戦えるくらいの力を手に入れたい。男はそう……願っていた。願い続けて、いた。
涙が一滴、頬を伝う。それを隠そうとして膝に顔を埋めた。そんな時だった……。

女隊長「ねえ、君もしかして泣いてるの?」

不意に頭上から声がかけられた。それは少し前にこの軍部の中に入っていった女性の声だった。陽気で、緊張感なんてまるでなく、へらへらと笑っていた女性。女隊長という名で呼ばれていた女性だ。
先程と同じく無視をしようかと男は思った。しかし、一向に己の傍を離れる気配のない女性に苛立ち、つい荒っぽい返事をしてしまった。

男「泣いてない! 僕の事は放っておいてどっかいってくれよ」

顔を俯けたままいっても説得力はなかったが、男は女性を拒絶するしかなかった。家族、友人、知人をなくしてから優しさを向けられるのがずっと怖かったからだ。
大切な人を作ってしまったら、またあのエルフ達に奪われるんじゃないか? そんな悪夢を何度も見続けてきた。だから施設で自分を心配してくれる人たちの元を離れて、優しさが届かないようにした。朝と夜遅くだけ施設に帰り、それ以外はこの場所へと。
だが、ここに来ても門番や兵士達は自分の心配をするばかりだった。子供だから、守るべき対象だから。そう言って……。
結局、自分のことを本当に理解してくれる人はいないのだろう。子供は子供らしく、昔を忘れて新しい人生を生きろということなのだろう。
だが、男は自分にそれができるとは思わなかった。あのエルフを殺すまでは、家族達の復讐を遂げるまでは先に進めるとは思わなかったのだ。

女隊長「ねえ、顔あげてよ。君はどうしてこんなところにずっと座り込んでるの?」

拒絶してもなお傍に居続ける女性に嫌気がさし、顔をあげて睨みつける男。そんな彼を見て女性はクスリと笑みを浮かべた。

女隊長「ほら、やっぱり泣いてる。どうしたの? 私でよければ話を聞くよ?」

そっと頬を伝った涙の残滓に手を伸ばし、男の顔に触れる女隊長。すっと心の隙間に入り込むように己に触れた女隊長に男は驚いた。すぐにその手を振り払おうとするが、女隊長の余りにも穏やかな表情を見てしまい、毒気を抜かれてしまう。

女隊長「あ~、あ~。こんなに傷ついちゃって。見てて痛々しいなぁ。自分で、自分を傷つけて。そのくせ差し伸べられる手は振り払ってきたんだね」

驚きはそれだけに留まらなかった。あろうことか、目の前の女性は今まで男が誰にも明かした事のなかった胸の内を把握して、それを口にしたのだ。

男「なんで、わかるの?」

不思議そうにする男に女隊長は、

女隊長「ん? それはね……」

男の口元に人差し指を当てて答える。

女隊長「内緒だよ」

えへへと気の抜けた笑みを浮かべる。そんな彼女を見て男は気を張るのが馬鹿らしくなったのか、肩の力を抜いて笑い返した。

男「ははっ」

女隊長「あっ! やっと笑った。さっきまでの顔より今の方が君にはずっと似合ってるよ」

そう言って女隊長は顔に当てていた手を引き、男の前に差し出した。

女隊長「私は女隊長っていうんだ。君の名前は?」

男「僕の名前は……男」

差し出された手を握り、男は立ち上がる。握りしめた手は温かかった。

女隊長「そっか、男って言うんだ。ねえ、男。よかったら私たちと一緒に食事でもしない? 男さえよかったらどうしてここにずっと座り続けていたとか話してほしいんだ」

男「うん」

己より大きな手に引かれて男は軍の門を超えて行く。今日、この日をもって男は停滞の日々に終止符を打ち、新たな一歩を踏み出した。
だが、それが更なる悲劇の始まりだという事にこの時の彼はまだ気づくことはなかったのだった。

荒れ果てた土地、やせ細り、人々によって踏みあらせれたその場所には幾つもの簡易テントが立てられていた。負傷者の一時治療所、補給部隊の待機地点、そして戦場から経過報告を告げるために戻ってきた兵士たちが身体を休めるための場所がここだ。
ここから遥か先では巻き上がる砂埃の中に轟音や火花を散らし争っている人々がいる。飛び散る罵声や血潮、そして肉片。殲滅目標であるエルフ達との戦いだ。
早急にでも戦いを終わらせて家族の元に帰りたい兵士達。そんな彼らに殺されまいと必死に抵抗し、敵を倒そうとするエルフ達。
仲間を殺し、殺され、双方ともに争いを終わらせるため、憎い敵を討つために争いを続けていた。その表情にもはや慈悲も遠慮も何もなく、あるのは憎悪と敵を討ち取った際の達成感。
そして、一時とはいえ戦場を離れたこの場所にいるものたちの表情に浮かぶのは虚無感。
長い時を経てもなお終わらない戦争は泥沼化し、戦場に立つ者の精神を可笑しくさせていた。それは己が可笑しくなったと誰もが理解できないほどに。

女隊長「偵察任務……ですか?」

補給地点にて前線の状況を伝えるために戻ってきた女隊長はそこで上官から新しい任務の話を聞かされる事になった。

上官「ああ、そうだ。どうにも西の山岳付近でエルフたちが集団で移動しているという報告を受けた。はぐれなのか、そう偽っている向こうの戦力の一部なのかはわからないが、何か事が起きてからでは遅いと思ってね。
 君の所の隊は連携も取れているし、戦力も申し分ない。それになにより兵の帰還率が100%というのが一番大きい。こういった偵察任務では一人でも生き残りがいれば任務が達成される。目標の目的が何かは未だにわからないが、それがなんであろうとエルフは人にとって害敵だ。
 何も知らないただのはぐれならすぐさま殲滅。万が一向こうの兵力だった場合はこれを捕らえて拷問、目的を吐かせてもらいたい。ただし、接触はなるべく最小限に。捕らえる事が不可能で、手に負えないようなら戦闘は回避して帰還したまえ」

女隊長「了解しました。我が隊はこれよりエルフ一行の偵察、及び殲滅任務に就かせていただきます」

上官から新しい任務を承った女隊長はそのままその場を後にしようとする。背を向け歩き出そうとする女隊長に上官がふと思い出したように声をかけた。

上官「そういえば、一つ聞いておこうと思っていたことがあったな」

声をかけられた女隊長はその場に留まり振り返る。

女隊長「なんでしょう?」

上官「君の隊にいるあの少年だが、一体いつまで傍に置いておくつもりだね。はっきり言わせてもらうが彼はどちらかといえばこの場には不要な人間だ。負傷兵の治療や食料の配給など手伝いをしてくれている点は認める。
 だが、戦力にはならない。人手が足りていないのは確かだが、かといってあのような幼子をこの場に出すのは私も心苦しい。
 彼のような若い世代が笑って暮らせるようにこうして我々が戦っているというのに、ここで現実を見せて心に癒えることない傷をつける必要もないだろう。いい加減安全な街に置いて行ったらどうだね?」

容赦ない上官の言葉に、女隊長は視線を逸らさず、まっすぐに目を向けて返答する。

女隊長「いえ、それは必要ないと思います。私たちに付いて来る判断をしたのはあの子自身です。戦力がないのは百も承知、私たちの知識や戦闘技術を空いている時間に教えたりもしています。
 戦う力はない、でも邪魔になりたくはないとわかっているからこそあの子は自分にできる事をやっています。人手が足りていないこの状況なら使えるものはたとえ子供でも使うべきかと。
 それに、彼はあなたが思っている以上に現実を見て傷を負っています。それでも私たちについて来ると決めてこの場所にいるんです。なら、私たちがこれ以上何かを言うことはできません」

上官「……そう、か。わかった、彼に関してはもう何も言わないでおこう」

女隊長「ありがとうございます」

普段の頼りなく、明るい女隊長はそこになく、ただただ冷静で大人な女兵士がいた。普段の彼女とはまるで正反対な、女隊長。そう、ここは戦場。一歩そこに立てば必然的に人も変わる。コインの表と裏が切り替わるように。
だが、彼女の表は果たして普段の明るい性格が本当のものだったのだろうか……。

女隊長「要件はこれで以上でしょうか? では、失礼させていただきます」

再び、上官に背を向けて仲間の元へと歩き出す女隊長。そんな彼女の姿が見えなくなると同時に上官はぼそりと呟く。

上官「君はそうやって理由をつけてあの少年を置きたがるようだが、実際は死んだはずの弟と姿を重ねているんじゃないのかね」

その問いかけに答える者は誰もおらず、代わりに新しい報告書が彼の元に運び込まれるのだった。

女隊長が上官の元へと報告へ向かっている間、分隊の一同は円を組み、ある出来事をジッと見守っていた。
空き場の地面に埋められた三つの立て板。その先端部に丸い円を書いた的を少し離れた位置から一人の少年が見つめていた。
高鳴る鼓動を意識しないようにし、深く息を吸い込んで呼吸を落ち着ける。緊張はかなりしていたが、それでもこれまでの努力を見せる時だと己を奮い立たせる。

女魔法士「大丈夫? 無理ならまた今度でいいんだよ?」

彼の師匠の一人でもある女魔法士が心配そうに少年を見る。だが、そんな彼女にきっぱりと少年は告げる。

男「大丈夫、練習は今までもしてきたし。たぶん……できる」

目を閉じ、暗闇に包まれた中、己の頭に今から行うことを想像する。目標は前方に存在する三つの的。それに向かって魔法を放つ。教えてもらった魔法の紋様を思い浮かべ、暗闇を照らす光としてそれを脳内に描いていく。
脳内でイメージ通りに描ききれたところで少年は目を開けて目標の的を再び見据えた。

男「いくよっ!」

口にすると同時に男は指先で紋様を描き出す。それは魔法を発動させる際に必要な動作だ。優れた魔法使いになれば魔法紋を描かずとも魔法を発動させる事ができるようになるが、余程強くイメージを保たない限り、魔法は発動しない。
紋様を描くのはその魔法のイメージを強めると同時に、確実に魔法を発動させるための補助的要素があるのだ。
指先から宙に描き出される光の紋様。ミスは許されない。身体を巡る魔力を意識し、それを指先へと流して行く。
描き、描き、そしてついに紋様が完成される。イメージした魔法が紋様の補助によってその姿を形作り、顕現する。
光の紋様が消えると同時に三つの火の玉が宙に浮かび上がった。

男剣士「おっ!」

女剣士「おお~」

この状況を見守っている者の中から思わず声が上がる。だが、まだ終わりではない。

男「あとは、これを的にぶつける……」

意識を集中し、三つの的に向かって男は火の玉を投げつけた。

勢い良く加速し、目標へ向かって飛びかかる火球。高温の熱を内にその身に秘めたそれはそのまま的へと衝突すると思われた……。

男槌士「むっ……」

男弓使い「あれ?」

しかし、三つの火球の内二つが的へぶつかる直前でその軌道を変え、横へとそれてしまった。結果、一つは的へと直撃し木の板を爆散させた。残った二つのうち一つは的にかすったものの、全体をぶつけることができず、最後の一つに至っては的に触れる事すら叶わなかった。

女槍士「あ~っ! 惜しい!」

一連の結果を見届け、誰もが口を閉ざしている中、第一声をあげた女槍士。そして、彼女の言葉を皮切りに、他の隊員達が口火を切り始める。

男剣士「あとちょっとだったな~。でも、この年で火球を三つも出せる時点ですげえと思うぞ」

男槌士「そうじゃ、そうじゃ。自分なんて魔法なぞ使う事すらできんからのう」

男弓使い「そうだな。でもこれってどう判断すればいいんだろう」

男弓使いの言葉に他の隊員達は顔を合わせて悩みだす。そう、これは男の魔法の特訓でもなんでもなく、ある試験を彼に行わせていたのだ。
それは、火球を生み出す魔法を使い、三つの火球を生み出し、その内の二つを的に命中させるというものだ。

女魔法士「一応、的には当たっていますし……合格でいいんじゃないですか?」

女槍士「私もそう思うけどさ、でもちゃんとは当たってないんだよね。ここで甘やかしたら駄目なんじゃない? 一応大事な試験だし」

女剣士「う~ん、別に合格でいいと思うけどね~。実際これだけの腕があったら普通に戦えると思うし」

肯定的な意見が次々と上がり、それまで少し不安そうな表情を浮かべていた男に笑顔が現れだす。

男「じゃ、じゃあっ!」

もしかしたらと溢れ出る喜びを抑えられず、身を乗り出す男。そんな彼に女槍士が問いかける。

女槍士「一応もう一度だけ聞いておくけれど本当にいいの?」

男「いいさ、いいに決まってる! 僕はこのためにずっとみんなと一緒に居続けたんだ。確かに、最初はエルフに復讐する事ばかり考えて戦場にでていたよ。
 でも、実際に戦場に出て自分に力がないのがわかって、エルフ達がどれほど恐ろしい存在かもわかった。それからみんなの力も。
 今の僕じゃやれる事も限られているけどそれでもみんなの力になりたいんだ。僕に魔法を教えてくれて、エルフを倒す力をくれた。危険な戦場での生き方や対処法を教えてくれて、僕を守ってくれたみんなの力に。
 だから、お願い。僕をみんなと一緒に戦わせて!」

頭を下げ、真摯に仲間達に訴える男。そんな彼を見て隊員達は笑顔を浮かべる。

男剣士「ったく、ここまで頼み込まれちゃ仕方ねえよな」

男弓使い「まあ、無茶しそうになったら俺たちが止めればいいんだし」

男槌士「年少者の面倒を見るのは年上の義務だしのう」

女魔法士「男くん、ずっと頑張ってきてましたしね」

女剣士「ま、みんながいいっていうんならいいと思うけどね」

女槍士「ということだけど、どう? 女隊長」

気がつけばいつの間にか隊員達の背後に女隊長が立っていた。苦い表情を浮かべ、仲間達の意見を聞いている女隊長。最後の決断を任せられた彼女は困ったように男を見ていた。そして男また彼女に自分を認めてもらおうと説得の言葉を口にする。

男「お願い、女隊長。僕を戦いに参加させて! 絶対に、役に立ってみせるから!」

強い眼差しで己を見つめて来る男に女隊長は困ってしまう。こういった目をした人を自分が止める事はできないとわかっているからだ。

女隊長「……一つ、約束して。絶対に無茶はしないって」

真剣な女隊長の言葉に男は無言で頷いた。

女隊長「そう。それがわかっているならこれ以上私が何か言う事はないかな……。男、今日から君は私たちの隊の支援役として一緒に敵と戦ってもらうね。
 試験は合格。以上……だよっ」

女隊長がその言葉を口にすると、それまで静かにこの成り行きを見守っていた他の隊員達が一斉に歓声を上げた。

男剣士「いよっしゃああああああああ! やったな、男! これでお前は正式に俺たちの仲間だぜ!」

男弓使い「こら、そんな言い方だと今までが正式な仲間じゃなかったみたいだろうが。でも、まあおめでとう男。これから頼りにしてるよ」

男槌士「よかったのう、男。でも、これで満足してはいかんぞ。これからも鍛錬を続けてより強くなれるようにするんじゃぞ」

女魔法士「男くん……。よかっだでずねえぇっ……」

女剣士「うわっ! 女魔法士のやつ泣き出した。鼻水垂らしてこっちこないでよ、ばっちいなぁ」

女槍士「まあ、まあ。女魔法士は男の師匠でもあるんだから、みんなよりも感動もひと際大きかったんでしょ。それにしても、よかったね男。これからもよろしくね」

男「みんな……ありがとう。僕、これからもみんなの役に立てるように頑張れるよ……」

男剣士「おいおい。男たるものこの程度で泣いてるんじゃねーよ。女々しいと思われるぞ」

男弓使い「とかなんとか言って、自分だって目尻に涙浮かべて必死に泣くのを我慢してるくせに」

男剣士「ばっ! ちげえよ、これはだな……そう! 汗だよ、汗。緊張して見てたから汗かいたんだよ」

男槌士「なんとも見苦しいいいわけじゃのう。まあ、めでたい事じゃし泣こうが別にいいんではないか?」

男剣士「だから、ちげえってば!」

喜びを分かち合う仲間達を一歩距離を置いて眺めている女隊長。今まで男を戦闘に参加させず、今回も試験を課して少し厳しい事を言ってきた女隊長だったが、その胸の内は隊員達と同じように喜びに溢れていた。

女隊長(よかったね、男。ホント、これまでずっと頑張ってきた成果が出て私も嬉しいよ)

仲間達の喜びの輪に入らずにいた女隊長だったが、そんな彼女に今回の主役の男が気がついた。そして、幾つもの手にもみくちゃにされている中を飛び出して、女隊長の元へと駆け出した。

男「女隊長!」

勢いよく女隊長の胸へと抱きついた男。急に抱きしめられた女隊長は突然の事に戸惑い、同時に驚いた。

女隊長「あっ、えっ!? えと、男? どうしたの?」

男「ううん。ただ、お礼を言いたくて……。いつも僕の練習を手伝ってくれて。僕の事に気をまわしている余裕もなかったのに」

女隊長「私は何もしてないよ。男がただ、頑張っただけなんだから」

男「それでも、お礼を言いたいんだ。あの日、女隊長が僕に声をかけてくれなかったらきっと僕は今でもあの門の前で立ち止まったままだった。そんな僕を外の世界に連れ出して、戦争の恐ろしさを、そしてそこでの生き方を教えてくれた。
 だから、今の僕があるのはみんなの……女隊長達のおかげだ」

男の感謝の言葉に照れてしまったのか、女隊長は顔を赤くし、視線を男から背けている。

女隊長「あの……ね、男。そろそろ離れてくれないと私……」

そう言いつつそっと男の背中に腕をまわして優しく抱きしめる女隊長。互いに抱きしめ合う状況がしばらく続いた。

男「……」

女隊長「……」

見つめ合う男と女隊長。甘い空気がその場に漂い始めたその時、二人だけの世界に割って入ったのはこういう状況に頼もしい女槍士だった。

女槍士「……こほん。あの、そろそろいいかな二人とも?」

その言葉を聞いてようやく我に返ったのか、はっとした女隊長が男を己から引き離した。

女剣士「いや~、女隊長に少年趣味があるとは思わなかったな~」

女魔法士「年下の男の子と大人の女性の恋愛……。ありですね……はぁ、はぁ」

男剣士「男め……うらやま。いや、けしからん」

男弓使い「羨ましいなら素直にそう言えばいいのに」

女槍士「まあ、とりあえず自分よりも一回りほど年下の少年に手を出すのは……。まあ、趣味は人それぞれだけど、後二年くらいは待ってあげなよ」

女隊長「な、な、ななっ! 違うよ! そんなんじゃなくてっ! だって、急に男が抱きついてきて、その無理に突き放すのもかわいそうだし、だから……えっと」

男槌士「そのわりには男を離すまいとしっかり抱きしめ返しておったようじゃったがのう」

女槍士「うん、うん」

女魔法士「私も師匠として一緒に魔法の練習したのに……」

みんな男の行動や女隊長の行動に特に深い意味はないと分かって入るもののからかうのは止めない。いつも通りの展開になった仲間達を見て男は笑顔を浮かべる。
新しい家族とも呼べる仲間達ができたことによって浮かべる事ができるようになった笑顔を。

男「みんな、そんなにからかったら女隊長がかわいそうだよ!」

再び仲間達の輪に入る男。戦場で誰もが傷つき、壊れて行く中、この仲間達は堅く強い絆で結ばれていた。


いつだったか、誰かがこんな事を口にしていた。
別れは本当に予期せず、一瞬にして訪れる。だからこそ、自分たちは後悔をしないように今を精一杯生きて、繋がりので来た人と人との関係を大事にしていくのだと。
それを聞いて子供心になるほどと男は思った。確かに人との縁というものは大事だと。今一緒にいる分隊のみんなと出会った事で、自分の心は確かに救われ、彼らの力になりたいと思うようにもなった。
素晴らしい出逢いに感動し、心揺さぶられ、笑顔を取り戻した。だからこそ、気づかないうちに彼は浮かれて大事な事を忘れていたのだ。
別れは訪れる。それは、早いか遅いかの違いだけで、必ず起こるのだ。そして、命を賭け合う戦場ではそれがどれほど早くなるか。そんな大事な事を、今まで運良く隊の誰とも別れを経験しなかった彼は……忘れていたのだ。

エルフ一行の偵察の任を受けてはや一週間が過ぎようとしていた。エルフ達が目撃された地点は既に過ぎ、そこに残された僅かな痕跡を辿って男達はエルフ達を追跡していた。
しかし、己の存在を相手に気取られてはいけない偵察任務では行進は慎重にならざるをえず、その歩みは遅く、更には木々やでこぼことした獣道が進行速度をより遅れさせていた。
そして、それとはまた別に彼らの行く手を阻む存在も。

男剣士「気をつけろ、猪型の魔物だ! 男、女魔法士援護頼む! 火の魔法は目立つから極力使うなよ」

男「わかった!」

女魔法士「了解です」

視線の先に存在するのは普通の猪より一回り大きな体躯の魔物。鼻横から生えている二つの牙は長く、鋭い。突き刺さればそのまま絶命するだろう。
山奥に現れた久方ぶりの大物な獲物を見て興奮しているのか、猪は鼻息を荒げてこちらを地面を何度も踏みつけ、こちらを睨みつけていた。
そんな猪に対して剣を構え、牽制をするのは男剣士。彼の後ろには、援護をするため魔法紋を描き始めたのは男と女魔法士。
宙に描かれる幾何学模様の魔法陣や文字の羅列。その一つ、一つに意味の込められた常人には理解できない魔法起動のためのプロセス。
単体では効力のないそれを全て描き終えた時、魔法は発動し、その効力を真に発揮する。
そして、それを行うには魔法紋を途中で中断させることなく描き終えなければならないのだ。
この間、男剣士の役割は彼らの潤筆が終わるまで盾となり、時間を稼ぐ事だった。
しかし、獰猛な魔物が彼らの考えを読み取って待ってくれるかと言われればそんなはずもなく、目の前に現れた獲物めがけて己の武器である鋭い牙を突き刺すため突進してきた。

女魔法士「行きます!」

まず最初に魔法を発動させたのは女魔法士だった。魔法紋からは目には見えない渦巻く風の刃がいくつも宙に浮かび、轟音を上げて周りの葉や砂を巻き上げている。
それを見た男が次に魔法を発動させる。魔法紋からは光が発せられ、離れた場所に立つ猪の足下から太い蔓が生え、その足に絡み付き動きを止める。男の援護を確認すると女魔法士は宙に留めていた風の刃を一斉に解き放つ。
凄まじい速度で猪の元へと飛んで行く風の刃。まるで抜き身の名刀がいくつも飛び交うようなそれは猪の身体を容赦なく切り刻み、その身体から大量の血を吹き上がらせた。
絶叫を上げる猪。だが、そんなことで情けをかける男達ではなく、男剣士は剣を横に水平に構えて猪の顔の正面に突き込むために駆け出した。

男剣士「くたばりやがれえええええええええ!」

そのまま猪の顔に突き刺さると思われた剣は、しかし猪の最後の抵抗によって足に絡み付いていた蔓を無理矢理引きはがし、己の牙で男剣士の愛剣を空中へ弾き飛ばした。
その瞬間、その場にいた誰もが凍り付いた。解き放たれた狂獣、訪れる命の危機、仲間の死。それを想像し、叫び声を上げる事もできず、ただ冷や汗が己の額から地面に落ちるのをゆっくりと感じるだけだった。

男剣士「あっ……」

己の命が終わる事をどこかで予感し、男剣士が口にしたのは何とも気の抜けた一言だった。この世への未練など考えている余裕もなく、ただ状況を理解して、驚きと諦めの反応を口にすることしかできなかった。

だが……。

男槌士「どっせぇい!」

突如近くから野太い声が聞こえたと思うと、男の眼前にいた猪が何か大きな飛来物によって吹き飛ばされていた。苦痛の叫びを上げ、地を転げ回り、先程切り刻まれた傷口からは増々血を吹き散らす猪。
急な出来事に何が起こったのかと男達が思っていると、いつの間にか男剣士のすぐ横に男槌士が立っていた。

男槌士「全く、最後の最後で油断するなぞお前さんもまだまだ未熟者だの」

弾き飛ばされ、地面に突き刺さった男剣士の剣を抜き、手渡す男槌士。

男剣士「そっちは別の場所の探索中だろ。なんで、ここにいるんだ?」

男槌士「こっちはもうとっくに終わっておるわい。それで先に合流地点に戻ろうと思ったら、こっちから轟音が聞こえたもんでのう。こうして駆けつけたというわけじゃ」

男剣士「そりゃ、どうも。おかげで助かった」

男槌士「礼には及ばん。それに、一人だけじゃないしのう」

男槌士がそう言うと、地を力強く踏みしめ、早足で駆け抜ける音が聞こえてきた。そして、黒い影が二つ眼前を通り過ぎたと思うと、未だ大地に倒れふしている魔物に向かって襲いかかった。

女槍士「てえええええええい!」

女剣士「はぁっ!」

ダメージの抜けきっていない猪に対して女槍士と女剣士の二人が剣と槍を同時にその巨体に突き刺した。断末魔の叫びを空に向かってあげる魔物。そして、とうとう力つきたのか、そのまま倒れ伏したのだった。

男剣士「やれやれ。一時はどうなるかと思ったが、これで一安心だな」

女魔法士「心臓に悪いですよ、本当にもう」

男槌士「がっはっは! これで貸し一つじゃな。町に戻る事になったら酒をたらふく奢ってもらうかの」

男剣士「ちっ、しょうがないな。その代わりに財布の中身がすっからかんになるまで飲むのは勘弁くれよ」

男槌士「わかっておるわ。がっはっは!」

危機を乗り越え、安堵の表情を浮かべて軽口をたたき合う仲間達。そんな中、ただ一人男だけが浮かない表情をしていた。その事に気がついた女槍士が彼の元へと近づき声をかける。

女槍士「どうしたの、男? もしかして、怖かった?」

そういえば男は本当の意味での実践はこれが初めてだったということを思い出し、予想していたよりも怖い思いをしたのではないかと心配する女槍士。

男「ううん、違うよ。大丈夫、ちょっと緊張しただけ」

 何でもないように男は返事をし、皆の輪に入っていく。その様子に違和感を感じながらも、女槍士はそれ以上男に何かを聞く事はなかった。
 しばらくして、別の場所を探索していた女隊長と男弓使いが合流し、それぞれの成果を報告し合う。

女隊長「みんなお疲れ! どう、なにか手がかりになるようなものは見つかった?」

女剣士「こっちは何も。そっちはどうだった?」

男弓使い「いや、手がかりになるようなものは見つからなかったな。連中も馬鹿じゃないらしい」

男槌士「ふむ……それは困ったのう。このままじゃ追跡は難しくなる。連中の狙いが何かもハッキリしておらんし、早いところ捕まえて尋問でもしたいところなんじゃがの」

女槍士「そうはいっても、焦ってこっちのことをエルフ達に気づかれても厄介だしね。もどかしいわね……」

これからの事を考え、途方に暮れる一行。だが、それも男剣士の一言によって打ち破られる。

男剣士「いや、そう決めつけるのは早いぜ。見ろよ」

そう言って彼が指を指したのは一見すると何もない獣道。

男弓使い「……何もないが?」

皆の疑問を代弁する形で男弓使いが問いかける。

男剣士「いや、俺もさっきまでそう思っていたんだけど、女魔法士に魔法を使った形跡がないか調べてもらったんだ」

そう言って女魔法士に目配せする男剣士。

女魔法士「はい。実はですね、この道々に魔法を使った痕跡がわずかにですけれど残されていたんです。確証はないので断言できませんけれど、おそらくエルフ達が自分達が通った跡を残さないように使った魔法の残滓と思われます。
 もしかしたら罠かもしれないですけれど、この先の道をエルフ達が進んだ可能性は高いですね」

女剣士「だってさ。どうする、女隊長?」

女隊長「罠だっていう可能性があったとしても、私たちは進むしかないんだよね。……よし、みんな周囲に気を配りながらこの先に進もう!」

その一言で分隊の進むべき道は決まった。隊列を組み、一同が進んで行く中、最後尾を歩く男だけが未だ浮かない顔をしているのだった。

行進を続ける事数時間。空は暗くなり、夜が訪れた。周りの安全を確認し、小さな火を熾し、一同は交代で仮眠を取っていた。
パチパチと燃える薪に目を移しながら、男は見張りの番についていた。周囲に意識を張りながらも、ジッと膝を抱え込み、何かを深く考え込んでいる様子だ。
そんな彼の元に一つの影が近づいていた。男に気づかれないようにそっと近づき、一気に距離を詰めてその背に抱きつく。

女隊長「お~と~こ! どうしたの、浮かない顔して。もしかして結構疲れが溜まってる?」

不意を突く形で現れた女隊長に驚くと同時に半ば呆れる男。はぁ、と一度ため息を吐き抱きつく女隊長に告げる。

男「女隊長こそどうしたの? 交代にはまだ早いよ」

男の次の見張り番は女隊長であったものの、男自身つい先程女槍士と交代したばかりなのだ。交代時間はだいたい一刻が過ぎたらと決まっているのでまだまだ先は長い。にもかかわらず、女隊長は男の元へと訪れた。これは交代以外になにか用があるのだろうと彼は思った。

女隊長「ん~それは分かっているんだけどね。ちょっと、眠れなくて。それに、男を一人にしておくにはちょっと心配だったから来たんだ」

男「もう……また子供扱いして」

女隊長「ごめん、ごめん。嫌だった?」

男「そりゃ、嫌かって聞かれればあんまりいい気はしないかも。僕だってみんなと対等な立場でいたいし……」

ちょっぴり不機嫌になり、むくれる男。そんな彼の様子を見て女隊長はくすりと微笑む。そして、男はそれを見逃さなかった。

男「あっ! 笑わないでよ」

女隊長「しまった! 男、ごめんね。拗ねないで~」

男「いいよ、もう。女隊長が僕のこと手のかかる子供って思ってるの知ってるし」

女隊長「う~ん、どっちかと言えば手のかかる弟かな?」

男「対して変わらないじゃんか」

すっかり機嫌を損ねて拗ねる男の背から離れて、その隣に座る女隊長。それからしばらく二人の間に言葉はなく、ただ木々が燃える音のみが周りに響いた。
そんな中、沈黙に耐えきれなくなったのか男が言葉を漏らした。

男「ねえ、女隊長……」

女隊長「ん? なに、男?」

男「僕……さ、本当にみんなの役に立ててるかな」

胸の内に抱えていた不安を少しずつ曝けだす男。そんな彼に女隊長は優しく問いかける。

女隊長「急にどうしたの? もしかして昼間の件で怖くなっちゃった?」

男「ううん、別に怖くなったとかじゃないんだ。みんなと一緒に行動してもう結構な月日が経つよね。その間、みんながどれだけ強いかを直に見てきたんだ。だから、自分がどれだけ力が足りないかも知っている。
 だから、この間の試験で合格できたのはすごく嬉しかったんだ。やっと、みんなと肩を並べて戦えるって思えたから。
 でもさ、今日の実践で僕の魔法さ、魔物に破られちゃったんだ。そのせいで男剣士が死ぬかもしれなかった。もし、男槌士たちが来てくれなかったらと思うとゾッとしちゃって」

女隊長「男……」

男「もしかしたら僕はまだみんなと一緒に行動するほど力がないんじゃないかって思ったんだ。あの時の試験だってギリギリだったよね。本当は駄目だってどこかで思ってた。
 女隊長は合格だって言ってくれたけど……本当はって思っちゃって」

本当の実践を経験し、自分が努力して覚えてきた魔法が簡単に破られた事、そしてそれによって仲間を窮地に立たせてしまった事が余程ショックだったのだろう。日中男が浮かない顔をしていたのはそれが原因だった。
自分はまだ皆と共に戦える力はなく、情けで戦いに参加させてもらっているのではないだろうか? そんな考えばかりが浮かんでしまっていたのだ。

女隊長「思い詰め過ぎだよ。男はよくやってる。ちゃんと頑張ってるし、みんなの力になってるよ。私が男の歳の頃なんてこんなに強くなかったもん」

男「そう……かな。たとえ女隊長の時がそうだったとしても僕は今みんなと一緒に戦っているんだよ。強くなくちゃならないよ」

再び訪れる沈黙。すれ違うそれぞれの意見。少し口を出しすぎたと男が後悔をし始めた頃、今度は女隊長が話を始めた。

女隊長「私ね、弟がいたんだ」

男「えっ?」

唐突に別の話を始めた女隊長に驚きながらも、男はその話に耳を傾ける。

女隊長「私が男くらいの歳の頃かな。小さな町で弟とお母さんと一緒に暮らしていたの。あ、お父さんは私が小さい時に亡くなっちゃってて、周りの人に助けてもらいながらどうにか生活していたんだ。
 決して恵まれた生活じゃなかったけれど、それでも私には幸せな毎日だった。お母さんが笑ってご飯を作って、弟はちょっとやんちゃで手がかかったけど、それでも楽しかった。
 でもね、ある日私たちの町がエルフに襲われたの。お母さんは私と弟を逃がした際に流れ矢に当たって死んじゃって。弟二人で必死に逃げた」

男「……」

女隊長の話を聞いて男は自分に似ていると感じた。そして、今彼女の隣にその弟の姿がないことからも、この先に待ち受けている結末にも勘づいてしまった。

女隊長「でもね、子供がいつまでも逃げられるわけもなくてね、私と弟は途中でエルフに捕まったんだ。
 それまで、私はずっと弟の手を繋いでた。どこに行くのにも、なにをする時も。私がお姉ちゃんなんだから弟を守ってあげなきゃって思ってたんだ。
 だけど、いざ死を目の前にした時に私は怖くなったんだ。死にたくない、死にたくないって思った。そして、繋いでたその手を……離しちゃったんだ」

男「それから……どうなったの」

女隊長「……弟はすぐに死んじゃった。私は後ろで叫び声を上げて助けを求める弟を一度も振り返る事逃げ続けた。
 逃げて、逃げて、逃げて、町に駆けつけた軍の人に助けてもらった。
 男も会ってるよね、ここに来る前補給地点にいた上官が私を助けてくれた人なの。あの人に助けてもらってしばらくは施設に入ってた。
 でも、毎晩毎晩夢に出てくるの弟の叫び声が、エルフ達の顔が。それを消したくて、私は軍の前に毎日通った。毎日、門の前にしゃがみ込んで軍に入れてもらえるように頼み込んだ。
 でも……まだ幼かった私は軍に入る事はできなかったんだ」

それを聞いて、男はハッとした以前軍部の前に座り込んでいた自分の心情を言い当てた女隊長に理由を尋ねたことがあった。あの時は内緒とはぐらかされていた。だが、そうではなかったのだ。
彼女は自分だったのだ。だからこそあの時の自分の心情が手に取るように分かったのだと男は思った。

女隊長「それからは頑張って軍に入れるまでの間自分にできることをやって、こうして今軍に所属している。今の私にはもったいないくらいの仲間にも恵まれた。もちろん、男もね。
 強くなくたっていいんだよ、一人でできることなんて限られているんだから。だからこそ、仲間がいるんだしね。男は今できることを頑張るだけでいいんだよ。もしそれで失敗しても、私たちが助けてあげるから。それが、仲間でしょ?」

男「……うん。そう、だね。ありがとう、女隊長」

照れくさそうに下を向いてお礼を述べる男。ようやく暗い顔を無くした男を見て満足そうに微笑む女隊長。

女隊長「あ、でも私男に一つ謝らないといけない事があるんだ」

男「なに?」

女隊長「実は私ね、男のこと何度か弟と重ねてた。特に、隊に入った当初は。今の男の歳が近いって言うのもあったからなおさら、ね。だから無意識のうちに子供扱いしちゃったりしたりもしたと思う。
 それを男が負担に思っていたのならごめんなさい」

 頭を下げて謝る女隊長に男は焦った。

男「そ、そんな謝らないでよ。僕は女隊長に感謝こそすれ文句を言う事は何も無いんだ。だって、女隊長が僕の手を引いてくれなかったらずっと僕は燻ったままだったんだから。
 だから、いいんだ。子供扱いされるのは実際に僕がまだ子供なんだから。でも、いつかそんな風に思わないように立派になってみせるから」

グッと拳を握りしめて決意を固める男。そんな彼を見て女隊長は無言のまま男を見つめた。

女隊長「うっわぁ……男って本当に母性本能をくすぐるね」

うずうずと身を震わせる女隊長を見て男は不思議に思う。別段変な事を言ったつもりはなかったのだが、何か気を悪くさせただろうかと心配になる。
それから女隊長は唐突に立ち上がり、周りを見渡し、起きているものが誰もいない事をいないことを確認すると、再びしゃがみ込み、先程よりも更に男との距離を縮める。

女隊長「じゃあ、男がそんな立派になってくれることを期待するのと、子供扱いしていた謝罪を込めて」

そう言って女隊長は男の頬にそっと手を当て、唇を重ねた。
触れ合う、肌と肌。ねっとりとした自分以外の人の一部が己の中に入ってくるのを感じ、男は言葉にできない異様な感覚に襲われた。
数秒はそうしていただろうか。突然訪れた未知の出来事に男は惚け、そんな彼の初めてを奪った女隊長は照れくさそうに視線を彷徨わせた。

女隊長「そ、それじゃあお休み男! 見張りよろしくね!」

止める間もなく去って行く女隊長。男の意識は未だ現実に戻っておらず、別の次元へと旅立っていた。無意識のうちに視線が空へと向かう。満点の星々がそこには煌めいていた。
しばらくして、ようやく己が女隊長にキスをされたのだと理解した男。初めてのキスを感覚に戸惑い、同時に感動しながら悶々とする。当然、見張りに集中できるはずも無かった。
そして、本能のまま男に対して行動を移した女隊長も気づいていなかった。やってしまった! という思いからすぐさま男の元から離れた彼女だったが、次の見張り番のために男が彼女の元にくることをすっかり忘れていたのだ。
結局、交代の時間が訪れ、彼女の元を男が訪れた時にはなんとも気まずい空気が流れたのだった。

翌朝、何とも言い難い妙な空気に包まれながらエルフの探索を続ける一行。その原因は
言うまでもなく女隊長のしでかした昨夜の一件にあるのだが、仮眠をとっていたほかの隊員たちがそのことについて知っているはずもなく、男と女隊長二人のあいだに漂う気まずい雰囲気からなんとなく事情を察するのだった。

女剣士「ねえ、これもしかして……」

先頭を歩く女隊長、並びに最後尾を歩く男に聞こえないように声を潜め、当事者でない他の隊員たちは話を始める。

女槍士「うん、みんな多分予想しているだろうけど、たぶん女隊長は昨日男を食べちゃったね」

女魔法士「や、やっぱりそうなんでしょうか……。でも、二人の様子を見たところ、何かがあったのは間違いなさそうですし」

やはり、こういった男女の関係が臭う話題には女性の方が食いつきがいいらしく、普段はみんなを律する立場にある女槍士も今回ばかりは積極的に会話に混じっていた。

男剣士「おいおい、待てよ。んじゃ、あれか? 昨日俺たちが気抜いて寝てるあいだに男のやつは一人いい思いしてたってことか?」

男槌士「そうみたいじゃのう。ふっふっふ、男め可愛い顔をしておるくせに中々やるやつじゃのう」

男弓使い「というか、みんな男と女隊長がヤったっていう方向で話進めてるけど、実際男がそんなことすると思う?」

男弓使いの一言で、一同は話すのをやめ、深く考え込む。そして、皆同じ結論に達する。

男剣士「いや、やっぱそりゃねえ。男のやつはまだ女の身体とかに興味なさそうだし」

女剣士「そういえば、以前水浴びをしているところに男が来たけど、顔真っ赤にしてすぐにその場を去ってったっけ」

女槍士「となると、手を出したのは……」

そう女槍士が呟くと同時に全員の視線が一斉に女隊長の背中に集まる。

女隊長「な、なに? どうしたの、みんな。そんな怖い顔して」

隊員たちの視線に気がつき、振り返った女隊長であったが、自分を見るみんなの目がとても冷たいものであることを察する。
昨晩の件を怪しまれていると思った彼女は、どうにかその件をごまかそうと、慌ててみんなに別の話を持ち出した。

女隊長「そ、そういえばさ。みんな今回の任務が終わったら何かしたいことないの?」

無理やり話題を変えた女隊長を見て、隊のみんなは思わずため息を吐き出す。しかし、あまりいじめてもかわいそうなので、この辺りで何があったのか探るのをやめるのだった。

女剣士「ご飯! なんといってもご飯が食べたい!」

女魔法士「そうですね。一度ゆっくりと羽を休めたいですね。読書をしたりしてのんびりと数日過ごせれば……」

女槍士「う~ん、こんな時で不謹慎かもしれないが観光なんてしてみたいな。もっとも、行ける場所も限られているだろうけど」

男剣士「そうだなあ。かわいい子とたくさん遊びたいな……」

そう男剣士が言った途端、女性陣の周りの空気が一気に下がった。

女剣士「まあ、確かにやりたいこととはいったけどさ」

女槍士「もうちょっと、まともな意見があると思うんだけどね」

女魔法士「男剣士さん、そういったことをいうのは時と場合が……」

女隊長「ま、まあ。素直なのはいいことだと思うよ」

男剣士「なんだよ! いいじゃねえか、俺だっておいしい思いをしたいんだよ!」

男弓使い「まあ、まあ。男剣士がモテないのはいつものことだし、願望を口にするくらいはいいじゃないか。もっとも、それが叶うかどうかは別だけど。
 あ、ちなみに俺はゆっくり寝たい。安心して眠れる空間で好きなだけ眠りに就きたいな」

男槌士「なんじゃ、なんじゃ。みんなつまらんのう。どうせなら酒場の酒を飲み尽くすくらい言わんかい」

男剣士「それをしたいと思うのは男槌士くらいだろ」

女剣士「うん、うん。間違いないね」

この場にいる男を除いた全員がそれぞれの願いを口にする。ただ、こんなことを口にするのは何も理由がないわけではない。
 エルフの偵察任務が始まってから、もうだいぶ日数が過ぎた。分隊とはいえ、人数が少ないわけではない。食料はすでにかなり減っており、持ってあと二、三日。
狩りをしながらであれば、帰還分は持つが万が一帰還中に予期せぬ事態が発生した場合、食料は枯渇する。
 そうなった先に待っているのは空腹からの思考の停止、動きの鈍りなどといった悪循環。そんな状況でもしエルフや魔物に遭遇することになれば命が失われる危険も大きくなる。
 そうなると、捜索のリミットは今夜一杯。元々相手の動向を伺うのが任務であり、戦闘は二の次。なにも無理に命を危険にさらす必要はない。
 そして、女隊長のが皆に問いかけた質問。それは、帰還するイメージを強め、皆のやる気を起こさせるためのものであったのだ。

女魔法士「そういえば、男くんはこの任務が終わったら何がしたいの?」

言われてみれば、まだ男の願いを聞いていなかったことに全員が気がつく。そして、尋ねられた男はといえば……。

男「……あ、ごめん。聞いてなかった。えっと、なんて言ったの?」

上の空であった。任務中であるにもかかわらず、ボーッとし、心はどこか遠くへと旅立ってしまっている。本人は普通にしているつもりなのであろうが、端から見たら思わずため息を吐きたくなる腑抜けっぷりだ。

男剣士「重症、だな」

女槍士「うん、そうみたいだね。……で、女隊長。みんなここまであえて触れてこなかったけど、昨晩男に何したの?」

女隊長「え!? あ……うぅっ……そのぉ……」

その時のことを思い出しているのか、女隊長の顔は真っ赤に染まり、前へと進めていた足を止め、もじもじとその場で身体をくねらせていた。そして、男も昨夜の出来事をみんなに知られていると勘違いしたのか、長風呂でもしていたかのように顔を火照らせ、下を俯いていた。

男弓使い「はぁ。まだ汚れを知らない男の子に手を出すなんて女隊長も中々やるね」

男槌士「まあ、人様の性癖にとやかくいうつもりはないがのう。女隊長、責任はとるのじゃぞ」

女槍士「あと二年は待ちなよって、つい数日前にいったはずなんだけどなぁ」

女隊長「だ、大丈夫! まだキスだけだから!」

隊員達『まだ!?』

女隊長「あ、うん。ごめん、間違えた。もう、キスまでしちゃいました……」

とうとう観念して昨晩の出来事を白状した女隊長。みんなの予想よりも遥かにかわいらしい行動であったが、当人としてはよっぽど恥ずかしかったのか、意識的に男から顔を背けていた。
 まるで、年頃の乙女が初恋に目覚めたかのようなその様子にまたしても一同は呆れ返った。

男剣士「まあ、なんだ。あれだ、あれ。男と女隊長は帰ったら今後の話し合いだな」

女魔法士「そうですね。私たちに構わずじっくりと二人の未来について話しあってください」

二人の初々しい態度を見て、胸焼けを起こした男剣士以下一同。とりあえず、いつまでもこのままというわけにもいかないため、この辺りで二人にはいつものように戻ってもらうことにした。

女隊長「そうだね。みんなごめんね、もう大丈夫だから。よし、それじゃあ改めてエルフの捜索を頑張ろう!」

ようやく普段の調子を取り戻した女隊長。そんな彼女に男剣士たちは苦笑する。そして、昨日と同じように二手に分かれてエルフの捜索を開始するのだった。

二手に分かれた片方、女槍士、男弓使い、女魔法士と共に男はエルフを捜索していた。すでに、捜索を開始してから数時間が経過しており、日も高く昇り始めていた。
今は四人でそれぞれ担当した部分の捜索を行っており、男の周りには誰もいない。あたりを見渡せば、森の中に連なっている木々の隙間から溢れる木漏れ日が空から射している。

男「ふう……ちょっと、疲れたな。ここで一休みしようかな」

木の一つ背を預け、一息つく男。大きく息を吸い込めば新鮮な森の空気が肺の中に広がっていく。風によってたなびく葉は、心地よい音を奏でる。
こんな状況だというのに心は穏やかになり、顔に手を当ててみれば頬が緩んでいるのがわかる。

男(僕、笑えている。いや、本当は任務に集中しなきゃいけないからこんな気持ちじゃダメなんだけど……。
 でも、笑えているんだ……)

 家族を失ってからというものの笑顔を失くしていた男にとって今いる分隊は新しい居場所だった。
 血のつながりもない、年齢も、性別も違う人々の集まり。けれども、彼にとってこここそが新しい自分の居場所であり、そこにいるみんなが新しい家族とも呼ぶべき存在だった。
 もう二度とそんなものを手に入れることはないと思っていた。そして、笑うことなんてできないとも。
 でも、今自分が笑顔を浮かべられているという事実に気がつき、男の胸中は温かな気持ちでいっぱいだった。
 このまま、いつまでもみんなと一緒に……。それこそが、今の彼にとっての願いだった。

女隊長『そ、それじゃあお休み男! 見張りよろしくね!』

そして、昨晩の女隊長との一件。思い出すだけで顔が熱くなる男にとって初めての異性との接触。今まで感じたことのない感覚に戸惑い、それでも身体の中から湧き上がる形容し難い衝動を感じた。知識としてはああいったことを男女でするというのは男も知っていた。だが、実際にそれをしてみると知識だけではわからなかったたくさんのこともわかったのだ。
 もっと、もっと、触れ合いたい。彼女のすべてを感じていたい。自然とそんな気持ちが今の彼の中にあった。
 そう、今の男の頭は女隊長のことで一杯だったのだ。

男「また、街に戻ったらあの続きができるかなぁ……」

 そんな想像をして気を緩めている男。だが、そんな彼の緩んだ気を引き締めるほど強大な敵意を持った気配がすぐ近くから唐突に感じられた。

男(な、なんだっ!)

 咄嗟にその場にしゃがみこみ、木を背にして身体を隠して周りを警戒する男。隠す気もないむき出しの敵意が周囲に漂っている。暗く、深く、重いそれは、油断しているとすぐにでも相手に自分の気配を探られ、居場所を察知されてしまうほど凶暴なものだった。
 ドッドッドッと心臓が早鐘を鳴らす。呼吸は乱れ、全身の毛穴が開き、冷や汗が溢れ出す。

男「はっ、はっ、はっ、はっ」

 まともに息を吸うことができず、男は思わず口を手で押さえこんだ。このままでは悲鳴をあげてしまいそうだったからだ。
 無理やりにでも心を落ち着け、男剣士や男槌士に習った気配の察知方法を試す。すると、先程までぼんやりとしか感じられなかった敵の気配が収束していく。
 耳を澄ませかすかに聞こえる足音や話し声に注意する。敵の数は三人。
 それを理解すると、男は入隊試験の時のことを思い出していた。あの時も的は三つだった。その時は的のひとつを外した。しかし、今ならどうかと考える。
 息を深く吐き出し、冷静になるよう務める。
 選択は二つ。不意をついて敵を倒すか、このまま息を潜めてやり過ごすか。

女隊長『……一つ、約束して。絶対に無茶はしないって』

 だが、脳裏には女隊長の言葉が蘇る。無理はするなと、そう忠告された時のことが。悩んだ末、男は決断を下す。

男(だめだ、やり過ごそう。女隊長との約束がある……)

そう思った男はせめて相手の特徴が掴めればこの後の行動に役立つと考えた。そして、木の陰に隠れ敵の姿を確認することにした。
 結果として、それは男にとってしてはならない行動だった。

男「あっ……ああっ」

 木の陰から覗いた先、 そこにいたのは男たちが探しているエルフであった。だが、今の男にとってそんなことを気にする余裕はない。
 三人のエルフの内の一人、ローブをその身に纏った男が一人、男の目に焼きついて離れない。
 そう、そこにいたのはかつて男の村を襲い、彼にとっての家族や友人、大切な存在であった全てを奪い去ったエルフだったのだ。
 それを理解した瞬間、男の内から底なしの闇が溢れ返った。

男「……」

 先程までの動揺は一瞬にして消え去り、殺意だけが男の脳裏を占めた。女隊長との約束は既に彼方へと消え去り、今の彼は傷のエルフに対する復讐心で一杯だった。

男「見つけたぞ……。父さん、母さん、妹、みんな。今、仇を取る……」

 素早く、それでいて正確に魔法紋を描いていく。そして、描き終わると同時に宙に炎の玉が浮かび上がる。

男「殺して、やる」

 そう呟き、男はエルフたちに向かって炎の球を投げつけた。そして、同時に腰にかけていた短剣を抜き放ち、彼らに向かって飛び込むのだった。

轟音が森の中に響き渡った。静寂さを常としたこの場所で、あまりにも異常なその音に、エルフを捜索していた隊員たち全員が気がつく。
魔物か、エルフか。それともまた別の盗賊といった存在か。なんにせよ、誰かが敵と相対している。ならば、いち早く戦っている味方の元へと駆けつけなければ。
動いた。皆躊躇いもせず、それでいて警戒は怠らず。
一人、二人、三人。少しずつ合流する隊員たち。そして男を除いた全員が自然と集まる。

男剣士「不味いぜ、よりにもよって男の奴が戦っているのか……」

男剣士の言葉を聞いてその場にいた誰もがその表情に焦りを見せた。

女剣士「急ごう! 手遅れになったら悔やんでも悔やみきれないよ」

男弓使い「ああ。だが、焦りは禁物だよ。嫌な言い方になるけど、それで敵が仕掛けていた罠にハマるなんてことになったら目も当てられない」

男弓使いの言う通り、焦って男を助けに行った結果、自分たちもやられてしまうなんてことになれば意味がない。だが、それでも彼らはそんなことを今は気にしている状況でないと言わんばかりに急いで彼のもとへと向かう。
最初に聞こえた轟音。それ以降一度も大きな音が聞こえない。
それが意味することはつまり、最初の一撃で戦いに決着が着いたということだ。
もし男が勝っていたのならそのまま自身の無事を知らせるために近くにいる味方の元に向かったはずだ。
だが、それはなかった。だからこそ、彼らは焦っていたのだ。

女隊長「男……」

女隊長の額にジワリと嫌な汗が滲む。思い出すのはかつて弟を見捨てて逃げたあの時の光景。力がないからと言い訳をし、大切な肉親を捨てて逃げ去った時の後悔。

女隊長「無事で、いて……」

力を得た今、あの時の光景を繰り返してなるものかと女隊長は思い、男が無事でいることを願うのだった。

傷エルフ「ふむ、一人やられたか。やってくれたな、小僧」

男「……ァッ……ォッ」

傷エルフを殺そうと短剣を構え、突撃をした男。だが、彼を狙った炎の球は別のエルフによって生み出された水の球によって相殺された。
高温と低温の魔術がぶつかり合い、その時に生まれた水蒸気を使い、姿を隠し一番近くにいた敵に持っていた短剣を突き刺した男。あわよくばこの相手が傷エルフであれば。そう思って相手を刺殺した。
だが、殺していたのは魔術を防いだエルフであり、傷エルフは無事だった。そして、彼は男が突き刺した短剣を引き抜く前に煙の中から鋭く手を伸ばし、男の首を力強く掴んだ。
呼吸を遮られ、苦しさからジタバタともがく男。だが、そんな彼に対してさしたる興味も持っていないかのように傷のエルフは冷ややかな目で男を見つめていた。

傷エルフ「また、同胞が一人命を散らした。貴様らのような下等生物のせいで。殺しても、殺しても、まるで蛆のように溢れかえる汚らしい存在め。
 子供といえどお前たち人間という存在は容赦せん」

ググっと男の首にかかる力が強くなる。悲鳴をあげることもできず、男は目を白くし、かすれた息を吐きだすことしかできなかった。
 憎い、憎い、憎い。死の間際にあってなお男の心を占めるのはエルフに対する憎しみだった。汚らしい存在はどちらか? それはお前たちではないかと口にできないからこそ心の中で呪詛の言葉を唱え続ける。
だが、それも長くは続かない。憎しみよりも苦しみが増し、そんなことを考える余裕がついになくなった。徐々に薄れていく意識の中、男が最後に脳裏に思い浮かべたのは、分隊のみんなだった。

男(みんな……ごめ……)

言葉にならない謝罪を述べ、ついに男の意識が消えてゆく。だが、その瞬間。男の首を絞める傷エルフの手に向かって一筋の矢が飛び込んだ。

傷エルフ「!」

咄嗟に掴んでいた手を離し、己の手めがけて飛んできた弓矢を回避する。
 その隙をついて女隊長が男の元へと走り込む。力なく倒れてゆく男の体を抱きしめ、すぐさまその場から離れる。

女隊長「間に合った……。間に合ったよぉ……」

今にも泣き出しそうなほど、目尻に涙を溜めて女隊長は声を漏らす。その手に抱きしめられた男の体から伝わる温もりが、彼がまだ生きているということを女隊長に実感させた。

傷エルフ「ほう、お前たちはその子供の仲間か……」

圧倒的な人数差を目の当たりにしながらも傷エルフは余裕の態度を崩さなかった。だが、そんな彼の言葉を聞くつもりもないのか女剣士と男剣士が傷エルフに向かって剣を構えて突っ込む。
左右から振り抜かれる剣を木々を盾にしながら避ける傷エルフ。そんな彼の様子に二人は舌打ちをし、追撃する。

傷エルフ「この状況は少しまずいか……」

さすがに分が悪いと判断したのか傷エルフはそう呟く。だが、状況が悪くなったと自覚しながらも彼はその場から離れようとしなかった。
これにはさすがに隊員全員が疑問を抱いた。相手は二人。こちらは相手より倍以上人数がいるにもかかわらずなぜ引かないのか? そう皆が思った瞬間、木々の隙間を縫うようにして四方から弓矢が飛んできた。

男弓使い「! みんな伏せろ!」

自らも弓を使うものとして己の身に迫る危険をいち早く察知した男弓使いが叫ぶ。それを聞いた全員はすぐさまその場にしゃがみこんだ。
頭上を飛び交ういくつもの弓矢。それらは先程まで自分たちの頭があった場所へと飛び、木の幹へと矢尻を突き刺した。

男槌士「……伏兵、か」

落ち着いた様子で男槌士が呟く。この状況を予想していなかったわけではないため、少なからず動揺はあまりしなかったのだろう。
だが、これで分隊の側の分が悪くなったということはこの場にいた誰もが理解していた。
弓矢を放った敵の姿は未だ見えない。だが、放たれた矢の数から察するにこちらの倍以上の人数が伏兵として森に潜んでいることは彼らにも理解できた。

男剣士「さ~て、この状況。絶体絶命ってやつだな、どうするよ女隊長!」

男剣士の問いかけに女隊長がハッとする。

女隊長「て、撤退……」

撤退する。そう皆に告げようとして、女隊長は気がつく。いくらなんでもこの大人数で撤退などできるはずがない。相手はこちらの倍以上。ならこの人数での移動は格好の的がちょろちょろと移動しているだけにしかならない。
 かといって、各個分散したとしても人数を固められて一人ずつ追い詰められてしまっては結局は同じこと。

そう、どう転んでも犠牲が出てしまうのだ。

それを悟り、女隊長は絶望した。これまで一緒に戦ってきた仲間たちが犠牲になる。それを回避するために今まで必死になって協力し、どの戦場でもどうにか生き残ってきたのに、ここに来てついにそれも終わってしまうことになったのだ。
だが、迷っている暇はない。今は数秒の思考ですら惜しいのだ。だが、彼女には誰かを犠牲にするかなど決断することはできなかった。
 そんな彼女の心中を察したのか男剣士が叫ぶ。

男剣士「行け! ここは俺がどうにかする!」

 そう言って再び傷エルフに向かっていく男剣士。振り抜く剣は避けられてしまうが、それでも彼は剣を振るうことをやめない。

女隊長「男剣士……」

腕に抱きかかえた男をギュッと抱きしめ、女隊長は男剣士の背を見つめた。

女剣士「まあ、一人だけに任せるわけにもいかないっしょ!」

男剣士に続くように女剣士ももう一人のエルフに向かって剣を振り下ろす。そして、それを援護するように男槌士が槌を振り回す。

男槌士「若い奴にばかりいい格好をさせるわけにもいかんしのう! ほれ、はよいかんかい」

この場にいるエルフだけでも仕留めようと奮闘する三人。だが、そんな彼らに再び弓矢が放たれる。
だが、放たれた弓矢は男剣士達に届く前に地面から生まれた土の壁によって全て防がれた。

女魔法士「みなさん攻撃にばかり目がいって防御がおろそかになってますよ。私が補助します!」

女魔法士が援護の魔法を創り出し、そう告げる。そして、未だに迷いを捨てきれず、その場に留まっている女隊長に向かって微笑む。

女魔法士「行ってください、私たちもそう長くは持ちません」

女隊長「みんなぁ……」

とうとう我慢の限界が来たのか、女隊長の目から涙がポロポロと零れ落ちる。

男弓使い「泣くな、女隊長。なに、俺たちもすぐに追いつく。だから、先に向かってくれ」

 自分たちに向かって放たれた矢の方向から敵の位置を推測した男弓使いは、今度は自分の番だというように次々と矢を打ち放つ。

女槍士「女隊長、いつまでグズグズしてるの! みんなが持ちこたえてくれているうちに早く!」

そう言って女槍士が女隊長の手を引いてこの場から離れていく。少しずつ離れていく仲間たち。後ろ髪を引かれる思いで、最後に女隊長は彼らの方を振り返った。
そこにいたのは、必死に敵の攻撃を防ぎながら、それでも笑顔を彼女に向けていた仲間の姿だった。

女隊長「みんな……ありがとう」

その言葉を最後に女隊長は前を向く。そして、男をその腕に抱えて女槍士と共に森を抜けるために走っていくのだった。

……



男剣士「……行ったか」

男を連れて無事この場を離れていった女隊長を見送り、男剣士は呟いた。

女剣士「うん、行ったみたいだね」

男槌士「じゃが、この状況。もはやわしらに勝機はないぞ」

最初は敵の攻撃を防いで、隙を見つけては攻めていた彼らだったが、徐々に女魔法士の魔法でも防ぎきれないほどの弓矢が降り注ぎ、さらには風の刃や炎の球、木の鞭といった魔法が彼らに襲いかかった。

女魔法士「男くんが意識を失っていてよかったです。さすがに、この姿は見せられないですね」

そう呟く女魔法士の身体は血に染まっていた。彼女だけではない、この場に残った隊員全員の体は鮮血を撒き散らしていた。

男弓使い「だが、俺らが残らなかったら男たちの命はないんだ。これまで女隊長にもらってきた恩を返す時が来たんだろう」

そう、この場に残った全員が女隊長に恩があった。出会いは違えど、その境遇は皆同じだった。
はぐれ者、つまみ者とされていたもの、厄介な存在として周りから煙たがれていた者たち。それが彼らだった。
だが、そんな彼らに女隊長は声をかけ、仲間として迎え入れた。最初はうっとうしいと思っていた彼女の明るさや、その積極性。
だが、気がつけばその心に誰もが惹かれていた。長いこと忘れていた人と人との触れ合いや、その温かさを彼らは皆この分隊に所属することで思い出したのだ。

男剣士「ったく、しょうがねえよな。女隊長には笑っててもらわねえとこっちが嫌な思いをする羽目になるからな」

男槌士「全くじゃ。まあ、それも男がいてくれればどうにかなるじゃろ」

女魔法士「そうですね。男くんと女隊長、いい関係になりそうですもんね」

女剣士「あ~あ、羨ましい。こんなことなら女隊長よりはやく男に手をつければよかった」

男弓使い「それは無理だろ、どう考えても男と女隊長の二人の方がお似合いだ。ま、最後がこんなふうになっちまうのは少し残念だが、こんな終わりもまあ悪くないな」

男弓使いの言葉に分隊員たちは納得する。そう、彼らは自分自身でこうなることを選んだ。そこに後悔などありはしない。
もはや動くことさえ苦痛が伴う彼らに向かって再び魔法や弓矢が放たれる。迫り来る終を前にし、それでも彼らは笑っていた。

男剣士「じゃあな、みんな。あの世で逢えたらまたよろしくやろうぜ」

そして、終わりが訪れた。後悔なく己の道を突き進んだ男、女たちの物語はここに幕を下ろした。

……



男「うっ……うぅっ」

何度も身体にぶつかる小さな痛みを感じ、男は意識を取り戻した。うっすらと開いた視界に映るのは流れていく草木。感じるのは己を力強く抱きしめる腕の温もり。

女隊長「男! よかった、目が覚めたんだね」

頭上からかけられる女隊長の声を聞き、ぼんやりとしていた意識が次第にはっきりしていく。

男「……僕は。ッ! そうだ、あのエルフにやられて……」

だんだんとその時の様子を思い出したのか、男は抱きしめられた女隊長の腕を引き離し、その場に立つ。まだ足元がおぼつかないが、それは意識がハッキリとしたばかりだからだろう。

男「いや、それよりもここは……。ねえ、女隊長。みんな、みんなはどこにいるの!?」

男の問いかけに女隊長は何も答えない。ただ、悲しい表情だけを浮かべ、下を俯くだけだった。
だが、男にはそれだけで何があったのか充分理解できた。彼らは、もう……。

男「そ、そんな……ねえ、嘘でしょ! 嘘だよね、女隊長! まさか、僕のせいで? 僕が女隊長との約束を破って無茶な行動をとったから……」

それを理解したとたん、吐き気を催すほどの罪悪感と自己嫌悪が一気に彼に襲いかかった。視界はぐるぐると回り、気を抜けばその場に倒れてしまいそうだった。

女隊長「男、しっかりして! 大丈夫。男の、男のせいじゃないよ」

頭を抱えてその場にしゃがみこんだ男にすぐさま駆け寄り、女隊長が彼を優しく抱きしめる。

男「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

涙を流し、彼はひたすら謝った。そうすることでしか、己の心を守ることができなかったのだ。そうでもしなければ、今の彼は罪悪感に押しつぶされて壊れてしまいかねなかった。

女槍士「女隊長、男を慰めるのは後に。このままじゃ追いつかれる」

後方から接近する敵の気配を捉えた女槍士がそう呟く。

女隊長「うん、わかった。男、立てる?」

男「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

まともな精神状態ではなくなってしまった男。それを見て、再び彼の体を女隊長が抱える。

女隊長「男は私がこのまま連れて行く。行こう、女槍士」

そう言って先に進みだそうとする女隊長。だが、女槍士はその場から動こうとしなかった。

女隊長「女槍士?」

女槍士「……人一人抱えて敵から逃げられるほど早く動けるわけ無いでしょ、女隊長。それこそ、誰かがここに残って敵の相手でもしない限りは……ね?」

女槍士の言葉を聞いた女隊長は愕然とすると同時に、その提案を拒否した。

女隊長「……ゃ。いや、だよ。もう、これ以上私の前からみんな消えないでよ」

まるで、子供のように駄々をこねる女隊長。ここまでずっと置き去りにしてきた仲間たちのことを必死に考えないように努めてきたがそれも限界だった。

女槍士「こら、泣かない。もう、ホント昔から女隊長は泣き虫なんだから」

女隊長「だって、だってぇ。みんな、いなくなっちゃったんだよ? せっかく、楽しく過ごせてたのに、新しい居場所ができていたのに……」

女槍士「でも、それを作ったのはあなたでしょ? 女隊長が頑張って、頑張ってみんなに接してきたから私たちはこうして今まで生きて来れたんだから。
 一番最初に女隊長に声をかけてもらった私が言うんだから間違いないよ」

女隊長「でも……でもっ!」

女槍士「でもじゃないの。もう、仕方ないな」

そう言って、女槍士は女隊長と男の身体を抱きしめた。

女槍士「私たちがいなくなってもまだ男がいるでしょ? なんだかんだ言っても男はまだ子供なんだから女隊長が守ってあげるのよ。それで、あと二年も経てば今度は男が女隊長を守ってくれるようになるから。
 それまでは、手を出さないで仲良く二人で過ごすんだよ」

それだけ告げると女槍士は二人から身体を離した。

女槍士「ほら、早く行って。ここは私が引き受けるから」

女隊長「女槍士……」

女槍士「早くっ!」

女槍士の必死の叫びにビクリと身体を震わせる女隊長。迷いを見せたのは一瞬。ゴシゴシと目から流れ出る涙を拭い、男を連れてその場を去った。

女槍士「……さよなら、私の大好きな女隊長。幸せに……なってね」

そして、女槍士はこの場に近づく敵に向かって駆けていくのだった。

……



必死に、必死に女隊長は男を連れて駆けていた。空は赤く染まり、もうすぐ闇が訪れようとしていた。
息はもう切れ切れ。脳に酸素が渡っていない。今すぐにでもその場に倒れこみたいほどだった。
だが、それでも彼女は走り続けた。ここまで彼女を送り出してくれた者たちへの思いに報いるためにも。

女隊長「……うっ。……うぅっ。……くぅっ」

嗚咽を漏らし、それでも涙を流すことは堪える。これ以上泣いてしまったらもう、この場から動くことができなくなってしまいそうだったから。だから、彼女は足を止めることなく、前へ、前へと進み続けた。
だが、そんな彼女に絶望を運ぶかのように迫る気配があった。魔物とは明らかに違う人に近いそれは二つ。それは見知った仲間たちのどの気配でもなかった。

女隊長「くっ! ううっ……」

あまりの悔しさに思わず女隊長は歯を力強く噛み締めた。あれだけ、みんなが犠牲を払ってくれたというのに見逃してくれないのか。このまま自分たちまで倒れることがあっては、一体何のために彼らは命を賭けて時間を稼いでくれたのかと女隊長は思った。

女隊長「……」

チラリと自分の腕に抱えられた男に女体調は視線を移す。未だ、虚ろな瞳で仲間たちに対して謝り続ける男。そんな彼を見て女隊長の胸中は揺れる。

女隊長(もっと、もっと男と一緒にいたいのに。せっかく、男に対して全部曝け出して、これから更に関係を深められたらなんて思っていたのに……)

このままではどう足掻いても男と自分、どちらも犠牲になってしまう。それを理解し、女隊長は決断する。
抱えていた男をその場に立たせ、彼の頬へ両手を合わせて視線を合わせる。

男「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

未だ謝り続ける男。だが、この時ばかりは女隊長も心を鬼にした。全てはそう、彼のために。
バシッ! と甲高い頬を叩く音が周りに響いた。女隊長が力強く男の頬を叩いたのだ。

女隊長「しっかりしなさい、男! あなたはもう私たち分隊の一員なんだよ! こんな風に弱るなんて隊の隊長である私が許さない!」

彼を叱咤する女隊長の言葉に男が黙り込む。そんな彼に女隊長は更に言葉を紡ぐ。

女隊長「いい。これから男に命令を下します。一つ、今から一人でこの森を抜けて私たちが出発した補給部隊の待機地点へ戻ること。そして、そこで私の上官に会って何があったのか詳しく説明すること。
 一つ、今から何があっても森を抜けるまでは振り返らないこと。いい、敵に追われたとしても振り返っちゃダメ。振り返れば足が鈍り、直ぐに捕まることになるから」

その命令を聞いて男はようやく感情を顕にした。

男「なに、その命令? なんだよ、それ。なんで僕にそんな命令するの? 女隊長は? 女隊長はどうするんだよ!」

男の問いかけに女隊長は悲しそうに微笑んだ。

女隊長「私は、ここに残るよ。それが、みんなが私にしてくれてことに報いることになると思うから。
 だから、男。男は逃げて、そして伝えて。私たちの生き様を」

男「嫌だよ! そんなの絶対に嫌だ! ただでさえ僕のせいでみんなが犠牲になったんだ! その上女隊長まで残してひとりで逃げるなんてできるもんか!
 そうだ、僕が残るよ。女隊長さえ生き残ってくれれば……」

そこまで口にしたところで、不意に男の唇が女隊長によって塞がれた。

女隊長「……んっ」

男「……」

涙の味がするキス。不意をついてされたそれに男はただ呆然とし、身体を動かすこともできなかった。
数秒後、名残惜しむようにして女隊長が男から唇を離した。

女隊長「もう、あまり我が儘言って私を困らせないで。そんなんじゃいつまで経っても子供扱いのままだよ」

男「……いいよ、いつまでも子供扱いで。だからッ!」

女隊長「子供はね、大人の言うことを素直に聞くものなの。それに、私はあなたの上官。上官の命令に部下は絶対に従わないといけないんだから」

その言葉についに男は折れた。これ以上何を言っても彼女の決意が覆ることはないと悟ったのだ。

女隊長「男と一緒に過ごせた期間は短かったけれど。私、とっても楽しかったよ。だから、生きて。男はまだ若いんだから。これから先、私たちが見ることができなかった世界を代わりに見て」

男「女隊長ぉ……」

感極まった男は女隊長の身体に抱きついた。

女隊長「ごめんね、本当は私ももっと一緒にいたかった。男と一緒に、みんなと一緒に楽しい毎日を送りたかった」

そう言って女隊長は男を抱きしめ返した。そして、しばらく互いに抱きしめ合った後、女隊長が男を引き剥がした。

女隊長「さあ行って。このままだと敵がすぐに追いついてくる」

男は涙をボロボロと零しながら女隊長の最後の命令を受け入れた。
徐々に遠ざかる男の姿。それを目にし、女隊長が男に口にすることのなかった言葉がついに溢れ出た。

女隊長「バイバイ、男。大好きだったよ……」

……



それからのことを男はあまり覚えていない。ただずっと、ひたすら走り続けた。今が何時なのか、朝なのかも夜なのかも、自覚しないままただずっと走り続けていた。
いつの間にか意識が消えて倒れていたりした。しかし、目が覚めるとすぐさま走り始め、やがて……森を抜けて平地へと出た。
女隊長との約束通り、森を抜けるまで男は一度も後ろを振り返らなかった。
だから、約束が果たされた今。ついに男は後ろを振り返った。

男「男剣士! 男弓使い! 男槌士! 女魔法士! 女剣士! 女槍士!」

仲間たちの名前を必死に呼ぶが、誰一人として呼び掛けに応えるものはいない。視線の先にあるのはただ深い闇のみ。

男「女、隊長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

声が枯れるほど必死に愛する者たちの名前を呼ぶ。だが、いない。彼の大切な存在は誰一人として傍にいない。

男「僕の、せいだ。僕が、無茶をしなかったら……」

自分を守る力すらないのに驕り、無茶をした結果がこれだ。再び手に入れた大切な存在、家族と呼ぶべき人たちはまたしても自分の周りから消えていった。
その喪失感は以前とは比べ物にならないほど深く、心に突き刺さった。

男「う、うぅ、うぅっ……」

涙と共に呻き声が溢れ出る。後悔してもしたりない、己が犯した罪の重さをその身をもって実感することに男はなった。

男「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

叫び声が天に轟く。
今はただ、悲しみに囚われることになる男。
だが、彼はまだ知らない。この悲しみの後に、再び彼を支える仲間と出会うことを。
そして、さらに先にある未来にて彼を支えてくれる最愛の存在に出会うことになることを……。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 男の過去~喪失編~ 完
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

男の過去~少年編~

あなたのことが……好きでした。

嫌われても、自分の存在を気にかけてもらえなくても。それでも……。

この想いが届くことは一生ないと。そう、思っていました。

だから、最後に、私のために涙を流してくれたときは本当に胸が張り裂けそうになるほど嬉しかった。
これで終わりなのに、もう駄目なのに。まだ、生きていたい。あなたとずっと一緒にいたいと思ってしまうほど……。

私の知らないあなたの過去を知りたいだなんて願ってしまった。

でも、私はもうあなたの傍にはいられない。それが、どうしようもなくもどかしくて、悲しい。

溢れる涙をこの手で拭き取ってあげたいのに力が入らない。

今もあなたの胸の内から血を流すその傷を癒したかった。

瞼が重い……。段々と視界が暗く染まっていく。

ごめんなさい、男さん。私は……

……





……

――旧エルフの墓――

男「それにしても、エルフの奴にあんな過去があったなんて……。あの子の前じゃ少し格好付けちゃったけど、こんなことならもっと早く話を聞いてあげるべきだったな……」

いつも傍らにいる少女を連れずに男は一人旧エルフの墓前に座り込み、つい先日エルフから聞かされた話を思い出していた。僅かな興味で聞いた話だったが、聞き終わってみると色々と考えさせられる事があった。
当時は考える事すらなかったが、戦争の被害を受けていたのはなにも人間に限った話ではないのだ。エルフだって犠牲を払い、戦いに参加していないただの住人が無慈悲に殺される。あの頃はそれが当たり前の毎日だった。
ただ生きるため、そのために剣を振るい、槍を突き、魔法を紡ぐ。狂乱の宴に参加した哀れな役者達は一瞬にして舞台裏に下がる事もあれば、時に主役を張ることもあった。
 結果的にエルフは負け、人間の勝利に終わった戦争。だが勝利の代償に、得たものは少なく、それよりも失ったものの方が多かった。
男はふと己の手のひらをジッと見つめた。何もないはずのそこにはいつの間にか鮮血が滴り落ちていた。

男(ははっ……。エルフの話を聞いたからかな。久しぶりに嫌な光景が浮かんだよ)

何人も、何人ものエルフを友の、家族の、大事だった人たちの仇だと憎み、その手で葬ってきた。戦場で己が生き残るため、皆の仇を討つために……。
だが、

男「でも、僕があの時選んだ道は結局……」

脳裏に思い浮かぶのは怯えた目でこちらを見つめる幼い容姿のエルフの兄妹。その瞳に映る己の姿は冷酷な顔をし、一切の容赦なくその命を奪おうとするものだった。
それを見た男は、かつて、まだ何も知らずに家族とともに穏やかに過ごしていたころの自分を思い出した。
ああ、あの時の自分もこんなように怯えていたんだったと。
それを悟った時、目の前のエルフの兄妹の命を奪う事ができなくなってしまった。結局、そのエルフたちを見逃して男はその場を後にしたのだった。

男(あの時、僕があのエルフの兄妹を殺してしまっていたら今こうして穏やかに暮らしている事はできなかっただろうな……)

おそらくは今もまだ戦いの日々に明け暮れ、身体に染み付いて離れない血の匂いを纏って生き続けていただろう。
過去を思い出し、暗くなりだした男の心とは対照的に空はどこまでも澄み渡り、明るい日射しが大地を照らしていた。

平和だ……。

そう感じてしまうからこそ、男はこれまで誰にも話したことなかった己の過去の全てを口に漏らしたくなったのだろう。それも、話しかけても何も問題のない相手に。

男「ねえ、旧エルフ。聞いてもらってもいいかな。僕が今までどんな風に生きて、何をしてきたか。エルフに話す事のできない醜く、残酷だった僕の罪を……」

彼の問いかけに答える言葉は当然ない。過去を思い返すなら一人だけでもできる。だが、男はどうしても語っておきたかったのだ。彼の最愛だった少女に。今も彼の心に残り続ける存在に。
問いかけてからしばし男は黙り込んでいた。だが、じっと待ち続ける彼に答えるように一陣の風が吹いた。
優しく、柔らかいその風はそっと男の肩を撫でた。男には何故かそれが彼女の了承のように思えた。
了承を得た彼は一度大きく息を吸い込んだ。思い返そうとするともうずいぶんと昔の事のように思える。それほど彼の始まりは古かった。

そう……あれは彼がまだ家族と共に過ごしていた頃。まだ、魔法も何も使えず、ただの力なき少年として過ごしていた時のことだった。

雲が静かに空を流れて行く。様々な大きさ、形をしたそれを見て、上を見上げる子供達がはしゃぐ。

少年A「すっげぇ! 見ろ、見ろ。あの雲めちゃくちゃぐるぐるしてっぞ!」

少年B「うわっ! ホントだ。でっけえなぁ……」

子供特有の無邪気さを全く隠すことなく、ただ本能のままに騒ぐ少年達。そんな彼らの中にひっそりと混じる一組の兄妹がいた。

妹「もう……みんな騒ぎ過ぎだよ。水汲みの帰りなのにこんな風に油売ってていいのかな……」

男「いいんんじゃない? もう水は汲んだわけだし、水桶も僕たちが預かってるから零してまた取りに行くようなこともないだろうからね」

妹「そもそも、お兄ちゃんが『あ……大きな雲だな』なんて言わなかったら、みんな足を止めないで家に帰ってたんだから! 早く、みんなを連れて帰ろうよ~」

男「ええ~。僕のせいになるんだ、この状況。でも、あんまり遅くなってもいけないし、確かにそろそろ帰った方がいいかもね」

妹のお願ごとには弱い兄は、しかたないなと苦笑まじりの笑みを浮かべながら、雲を見上げる少年達の元へと混じっていく。そして、すぐに彼らを連れて一人待つ妹の元へと戻った。
そして、子供達の中でも一番小さく力のない少女が持つ、水桶の取っ手を半分持って男は先に歩き始めた。
少女は気遣われた事を申し訳なく思いながら、それでも兄が自分を思ってやって行動してくれたことに照れていた。そんな彼女を見て少年は満面の笑みを浮かべながら歩き出した。その彼に置いて行かれないように少女もまた歩き出す。
一組の仲のいい兄妹。まだこの先の未来に何が起こるのかも分かっていない男とその妹はただ笑顔を浮かべて日々を過ごしていた。
道草を食うのを終えた数人の子供達は一列に並んで家へ向かって歩いていた。
鼻歌を歌ったり、元気に腕を振ったり、時にはよそ見をして足を止めたり。
日はまだ空高くにあり、つい先日降り終わった雨で溜まった水たまりを消すように少しずつ蒸発させていた。
むしむしとした暑さが漂っていたが、それでも子供達は元気だった。
辺境の地にある小さな村。そこに住む人は数えられるほどで、そこに住む大人達の大半は少し離れた場所にある街へと出稼ぎへと出かけている。
必然、その村に残るのは女、子供。それから土地を耕すために残された少しの男勢。
ただでさえ、人手が足りてないこの村はやれることであれば子供達にも手伝いをさせている。互いに助け合い、生きて行く。人の少ない村ならではの生活だった。

少年A「あ~あ。早く父ちゃん帰ってこねーかな。俺もう二ヶ月も会ってねーよ」

少年B「え~。お前はいいじゃん。街のお土産買ってきてもらえるんだもん。こっちはなんにも貰えないんだぜ」

少年A「でも、お前の父ちゃん月に一度は帰ってきてるじゃんか」

少年B「ああ、あれ? うちの父ちゃんさ、母ちゃんに会えねえのが寂しくて毎月帰ってきてるんだよ。もう帰ってきた日なんて家にいずらくてさ。二人だけの空間? そんなんできちゃって、逆に帰ってこなくていいって思うくらいだよ」

少年A「そ、そうなのか……お前も大変だな~。そう考えると男の家が一番いいかもな。だっていつも家にいてくれるんだし」

少年B「そうそう! 男ん家はいいよな~。父ちゃんも母ちゃんも優しいし。俺、こないだお前の母ちゃんから菓子貰ったんだぜ」

それまで二人だけで盛り上がっていた会話に突然自分が組み込まれて、男はどう反応していいものか困っていた。
家族が褒められるのは嬉しいが、それを素直に表に出すのはなんだか気はずかしい年頃であったのである。

男「そんなことないよ。ウチなんて全然……。優しいって言っても父さんなんて家の中じゃホントに威厳がなくていつも母さんに叱咤されてるし。
母さんだってうっかりしているところがあって料理を作りすぎちゃうことがあるだけだよ」

少年A「……って言ってるけど実際のとこどうなの妹ちゃん」

妹「確かにお兄ちゃんの言ってることは本当だけど……。でも、お父さんもお母さんも私にとって尊敬できる立派な人たちです。
厳しめなこと言ってるのは、お兄ちゃんが恥ずかしがり屋なところがあるからです」

男「ちょっ! 妹……」

少年B「うわ~男ってば妹にフォローしてもらってる。だっさ!」

男「う、うるさいなぁ」

少年A「つまり、男は家族大好きだけどそれを素直に認められない照れ屋さんなんだな」

からかうのにちょうどいい相手を見つけた二人の少年はすぐさま男を茶化した。
男も初めは彼らの言葉をただ黙って聞いているだけで、反論も何もしなかったが、あまりにも少年たちがからかいの言葉を投げかけたせいか、とうとう我慢の限界が来て大声を上げて反抗した。

男「だあああああぁぁぁっ! もう、この話終わり! 次に変なこと言ったら怒るから!」

息を荒くしている男を見て、その場の誰もがもう怒っているではないかと思ったが、それを指摘してしまうとますます男の怒りの度合いが強くなりそうだったため、みんな何も言うことなく黙ることにした。
羞恥から赤くなった顔を見られたくないのか、一人先に進んでいく男。そんな彼の様子を見て、後ろにいる少年たちは顔を合わせて苦笑するのだった。
しばらくして、ようやく村へと辿りついた男たちはそれぞれの家に帰っていった。
男はまだからかわれたことを気にしているのか別れ際若干不機嫌そうにしていたが、妹になだめられて家に着く頃には普段の男へと戻っていた。
村の一角にある小さな一軒家。家の材料が木々だけという素朴ながらも頑強な作りのその家が男と妹の家だった。
持っている水桶を一度下に置き、入口の扉を開ける。

男「ただいま~」

帰宅の言葉を口にして家の中へと入る男。扉を開けてまず最初に感じたのは食欲を唆る香ばしい匂い。奥からはグツグツとスープを煮込んでいる音が聞こえてくる。

母「おかえりなさい、二人とも。疲れたでしょ? もう少しでご飯できるからゆっくりして待ってなさい」

スープの味を確かめながら、お使いから返ってきた二人の子供をねぎらう女性が一人。男と妹、二人の母親がそこにはいた。

妹「お母さん、汲んできた水はもう水釜に入れておく?」

母「う~ん、どうしようかしら。一つはたぶん今日で使っちゃうだろうから一つ分だけ入れておいて」

妹「わかった!」

元気良く返事をして妹は家の隅にある水釜へ汲んできた水を流し込んだ。男もまた置いていた水桶を手に取り水釜の横へと置いた。

男「そういえば父さんの姿が見えないけれどもしかしてまだ畑にいるの?」

母「そうよ。でも、そろそろ帰ってくると思うわ。お父さんが帰ってきたらご飯にしましょう」

男・妹「は~い」

ひと仕事終えた二人は、食事になるまで待っていようと自分たちの自室に戻った。二人は一部屋を一緒に使っているのだ。
部屋に入って左右それぞれにあるベッドに横たわった二人。男が寝転がったまま天井を見上げていると、身体を起こしてベッドに腰掛けた妹が声をかけてきた。

妹「ねえねえおにいちゃん」

男「ん? どうかした?」

妹「私さ……エルフ見ちゃったかも!」

男「えっ!? どこで!」

妹の突然の発言に驚きを隠せない男。そんな彼の様子に気づきながらも妹は話を続ける。

妹「さっき水汲みに行った時。ちらっとだけど耳の長い人が見えたんだ~。エルフってもっと怖いものだと思ったんだけど、全然そんな風じゃなかったよ。むしろ格好よかったかも」

子供だからとはいえエルフについて知らない二人ではない。いくら田舎といえど、いや田舎だからこそ昔から言い伝えられてきたことが親から子へと伝わっていく。
だから、エルフがどんな種族でどれだけ恐ろしいのかということは知っていたのだ。それが正しいことかどうかはともかくとして……。
大人ならばここですぐに軍へと報告し、確認を急ぐ。自分たちの身近に命を脅かす存在がいては誰だって落ち着かないからだ。
だが、この二人はまだ子供だったため怖いもの見たさや、親から伝えられた話が本当なのか確認したいという思いがあった。

男「そうだとしても、もし本当にエルフがいるんだとしたら危ないよ。今人とエルフは戦争をしているんだ。もしかしたらこの村だって襲われるかもしれない」

妹「大丈夫だって。チラッと見えただけだから向こうは私たちに気づいていないだろうし。
それに、エルフって誇り高い一族らしいから、いきなり村を襲ったりなんてしないんじゃないかな。あと、私が見たのが本当にエルフなのかもわからないし」

男「う~ん、だとしてもやっぱり父さんと母さんに話しておいたほうがいいよ。外出は控えられるかもしれないけれど、もしもってこともあるし……」

外出が控えられるという単語を聞いて妹の表情に初めて焦りの色が浮かんだ。

妹「そ、それはだめ! ただでさえ面白いことがないのに、外に遊びに出かけるのまでダメになっちゃったら退屈すぎて死んじゃう! 
お願い、お兄ちゃん。このことはもうちょっと内緒にしておいて」

必死に頼み込む妹を見て男は困り果ててしまった。どうしたものかと考えながら、チラリと妹の様子を盗み見るが、瞳を潤ませている妹のお願いはどうにも断りづらかった。

男(でもな~、もし何かあったら怒られるだけじゃ済まなさそうだしな……。どうしよう……)

考えに考えた結果、男の脳裏にある案が浮かんだ。

男「そうだ。それじゃあ、明日僕と一緒にもう一度森に行ってみようか。
それで、妹が言っているエルフがいなかったら見間違いだったってことで。いたらいたで父さんたちにその話をするってことでいいかな?」

兄の提案に妹は少しだけ不満そうにしていたが、やがて渋々と納得の返事をした。

妹「うん……わかった」

そうして二人だけの話し合いが終わると同時に、部屋の外から母が呼ぶ声が聞こえた。

母「二人とも~。お父さん帰ってきたわよ、ご飯にしましょう」

男「わかった、今行く!」

そう言って部屋を出ようとする男。そんな彼の後ろをピッタリとひっつきながら付いていきながら妹が小さく呟く。

妹「ホントのホントに内緒だからね」

どこまでも心配症な妹を見て、わずかに微笑みながら男は答える。

男「わかったよ」

妹の頭をクシャりと撫でて二人は居間へと向かうのだった。

居間に着くといつの間にか帰っていた父親が先に席に座って二人が来るのを待っていた。

父「お、ようやく来たな」

男「お帰り、父さん。仕事の方は一段落したみたいだね」

父「まあな。それよりも水汲み大変だったろ。今日は暑いからな、父さん畑を耕しながら倒れそうになっちゃったよ」

男「それは勘弁してよ。うちの稼ぎ手は父さんだけなんだから……」

父「はっはっは! それもそうだな。まあ、もし倒れたら男を代わりに働かせて父さんはのんびり母さんと過ごそうかな」

男「やめてよ。それ、ただ単に父さんが母さんと一緒にいたいだけじゃんか。僕そんな理由で働きたくないよ」

父「むう、たまにはいいじゃないか。なあ、母さん」

母「そうね、お父さんがそんな軽口を叩けないくらい懸命に働いて倒れたならいいかもしれないわね」

父「あれ? それだと僕のんびりできなくない?」

母「あら、のんびりできるわよ。看病されている間は何もしなくて済むじゃない」

父「そんな解釈ののんびりは嫌だなぁ……」

楽をしたい考えを恥ずかしげもなく子供の前で曝け出す父親に呆れているのかため息をつきながら母は辛辣な言葉を口にする。
そんな二人のやりとりを見て、妹が男にこっそり耳打ちする。

妹「お兄ちゃん、お兄ちゃん」コソコソ

男「なんだ?」

妹「何度見ても不思議なんだけど、お母さんのあれって怒ってるわけじゃないんだよね?」

男「うん……まあ。あれって、実は母さんなりの父さんへの愛情表現なんだよね。少々というかかなり歪んでるけどさ」

妹「端から見たらお父さんに愛想を尽かして文句言ってるようにしか見えないよね」

男「だよね。僕は未だにこの二人がどうして結婚したのかわかんないよ」

変な形の愛情を互いに示し合う両親を眺めながら、二人は静かに食事をはじめるのだった。


――森――

夜が訪れた。男たちの村から少し離れた場所にある森。その中を流れる小川に一つの人影があった。人影はバシャバシャと大きな音を立てながら何度も何度も水を掬い、強く顔に押し付けていた。
その顔には頬を抉る横一文字の深い切り傷が残っている。まだ傷は新しく、傷口が塞がってもなお熱を帯びていた。

傷エルフ「痛い……痛い……」

もう痛みはそんなにしないのに、頬を切られた時の痛みが幻痛となって残っているのだ。

傷エルフ「なんで、どうしてこんなことに。ただ、普通に暮らしてきただけだったのに」

種族が違うというだけで迫害され、話し合いをする場も与えられず、誇りを汚され理不尽な暴力を浴びせられて命を狙われた。
一緒に逃げ出した家族や友人は途中で捕まり、ある者は目の前で殺され、ある者は絶望から命を絶った。
そして、最後に残ったのは己と数名の同胞たち。人の少ないこの森へと逃げ込み、ひっそりと隠れていた。
彼らの種族の象徴ともいえる長い耳をローブをかぶることで隠していた。人とは違うもう一つの種族、エルフ。

住処を失い、友を失い、家族を失い。大切な存在も、誇りさえも汚された彼らは今、変わろうとしていた。

傷エルフ「俺たちが何をした……。住む場所を譲り、ひっそりと暮らしてきた。横暴な人の行動も黙って見過ごし、長い時を耐えてきたはずだ。
 奪いに奪って、好き勝手に生きてきて、それでもまだ足りないというのか……」

水に浸していた顔に爪が食い込んでいく。皮を削ぎ、血を垂れ流し、痛みを感じながらも奥へ、奥へと食い込んでいく。

傷エルフ「許さない、許さない。人は存在するべきでない。奴らはただいるだけで害悪だ。
 誇りがなんだ! そんな物がなんの役に立った。
 女子供は見逃せ、自分たちから手を出してはならない。必要最低限以外の争いは避けなければならない。
 こんなくだらない、古臭いしきたりのせいで俺の家族は、恋人は、友は死んだ! なぜだ! なぜ彼らは死ななければならなかったのだ!」

彼の叫びは森中に響き、天にこだました。いつの間にか周りには生き残った他のエルフたちが立っていた。
悲しみにくれ、そして今怒りをさらけ出している仲間の決断を彼らは見守っているのだ。

傷エルフ「奴らは、滅びなければならない……」

俯いていた傷エルフが顔を上げる。木々の隙間を縫って差し込んだ月明かりが彼の顔を照らす。
そこにいたのは人とエルフの争いが生んだ修羅だった……。

傷エルフ「知らしめてやろう、奴らにも。大切なものを奪われる痛みを……」

そう言って傷エルフが見つめるのは昼間彼が森の中で見かけた子供たちが去っていった先だった……。

朝日が窓から射し込む。日の光によって自然と目が覚めた男は、眠気眼を擦りながら掛け布団を引きはがした。大きな欠伸をしながら横を見れば、そこにはまだ静かに寝息を立てて眠っている妹がいた。
妹を起こさないように足音を抑えて部屋の外へ出る。そのまま家の外へと出て全身に光を浴びる。

男「う~ん。いい天気だ」

周りの家を見渡せば、男と同じように外に出てくる人がちらほらといた。寝ている間に固まっていた身体を動かす事によってほぐし、再び家の中へと戻った。

母「もう起きてたの? 今日は早起きね」

中へ入ると朝食の準備を始めようとしている母が立っていた。男が起きていると思っていなかったのか、少しだけ驚いた様子で彼を見ていた。

男「おはよう、母さん。なんだか目が覚めちゃってさ」

母「珍しい事もあるものね。普段は遅めの起床なのに、これは雨が降るかもしれないわね」

男「そんなこというなんて、息子に対する信頼が低いんじゃないかな」

母「冗談よ。それよりもせっかく早起きしたんだからお願いごと頼まれてくれない?」

男「どうかしたの?」

母「実は料理に使う火を熾すための薪が尽きちゃってね。ちょっと森に行って取ってきてほしいのよ」

男(森か~。昨日の妹の件もあるし、妹を起こして、ついでに森に行っておこう。一人で行くと文句を言われそうだしな)

男「一人で行くのもなんだし妹を連れて行ってもいい? 二人なら持って来る薪の数も増えるし」

母「いいけれど、あの子まだ寝ているんじゃないの?」

男「うん。だから起こして連れて行く」

母「あなたって時々とんでもないことをする子よね。どこかで育て方を間違えたのかしら……」

己の息子の成長ぶりを喜ばしく思いながら、同時にその奇抜さに頭を抱える母。そんな母の心境などしるよしもなく、男は自室へと戻り、未だ眠っている妹を起こし始める。

男「妹。起きて、薪拾いに行くよ」

妹「……うぅん。ん?」

男「あ、起きた? 料理に使う薪拾いに行くから起きてね」

妹「何で私が……。それよりもまだ早朝でしょ? もうちょっとねかせ……て」

男「あ、こらっ! 寝ないでよ。もう、しょうがないな」

一向にベッドから抜ける気配がない妹。起こしにきたときよりも深く掛け布団を被り、日の光が自分に当たらないようにしている。誰でも、気持ちのよい朝を無理矢理奪われるのは嫌なものである。
男も当然そうである。だが、わざわざ一日に二度も森に行きたいと思うほど、男の心は広くなかった。

男「そう……それじゃあ僕だけで森に行っちゃうからね。妹は夜に一人で森に行ってエルフがいないかどうか確認してね」

男のその言葉を聞いて妹は先程までの態度が嘘のようにしっかりと目を覚まし、布団から起き出たのだった。

妹「一人は……いやっ! お兄ちゃんの意地悪!」

イーッと歯を重ね合わせて顔をしかめると、妹は男を部屋から押し出し始めた。

男「えっ!? え? 結局行かないの……?」

戸惑いの声を上げる男を部屋の外に出し終え、妹は強い口調で告げる。

妹「着替えるの! しばらくそこで待っててよ!」

バタンと勢いよく扉が閉まる音が聞こえて妹の姿は消えてしまった。家族とはいえ妹も女の子である。男が家族の事を素直に認められない年頃のように、妹もまた素直になれない年頃なのだった。
だが、まだ男女の仲など詳しく知らない年頃である男は妹の癇癪にため息を吐き、彼女が着替え終わって外に出てくるのを待つ事しかできないのだった。

しばらくして着替え終わった妹が出てきたが、未だ不機嫌なのには変わりなかった。それを見て男は妹に見られないようにこっそりとため息を吐いた。
子供らしい意地の張り合い。どちらとも折れるわけではなく、母に出かけると伝え、二人とも外に出た。
妹の言っていたことが本当なのか確かめるために二人は森へ向けて歩き出す。しかし、横に並ぶのではなく妹は男の一歩後ろを歩く。
意地を張っていてもやっぱり妹のことが気になるのか、男はチラチラと何度も後ろを盗み見てはきちんと妹が付いてきているか確認していた。
必然、前を向く妹と視線が交わる。突然の事に互いに身体が硬直する。しばらくの沈黙の後、男が折れる形で妹に話しかけた。

男「ねえ、もうそろそろ機嫌直してよ」

妹「別に私機嫌悪くなんてないもん」

男「じゃあ、何でそんなに素っ気ないんだよ。だいたい、森に行こうって言ったの妹だろ? 起こしてあげたんだから怒る理由はないでしょ」

妹「言ったもん……」

男「……え?」

妹「だって、お兄ちゃん私に一人で森に行けって言ったもん。私が夜に一人で歩けないの知ってるくせに」

言われてみれば確かに妹は夜に出歩くのを苦手としていた。だが、まさか拗ねている理由がそんな事だとは思わなかったため、男は拍子抜けしてしまい、ほんの少し呆れてしまった。

男「ま、まさかそんな理由で拗ねてたの……?」

妹「い、いいじゃん! 私結構傷ついたんだから!」

プイッと顔をそらしてそっぽを向く妹。その様子を見てなんだか意地を張るのも馬鹿らしくなった男は歩く速度を緩めて妹の横に並び、妹の手をそっと握りしめた。

男「ごめん、ごめん。今度からはそんな事言わないから、兄ちゃんの事許してくれないか?」

妹「……むぅ」

しばらくは顔を背けて男の方を見ようとしなかった妹だったが、やがて少しずつ視線を移し、再び男の瞳と妹の瞳が交わり、

妹「一人でどこかに行けって言わない?」

男「言わない、言わない」

妹「……それじゃ許してあげる」

握られた手をキュッと力を込めて握り返す妹。いつも通り、仲のよい兄妹に戻った二人はそのまま森に向かって歩いて行く。

男(はぁ~。ようやく機嫌が直ってくれたか。ホント、何でこんな事で妹は怒ったんだろうな?)

妹のコロコロ変わる気持ちについて不思議に思いながら、機嫌が良くなったからどうでもいいかと男は思い、笑顔を浮かべていると、その横を数名のローブを被った者達が通り過ぎた。
不意に身体のそこから沸き上がる怖気。息をするのも忘れて、男は彼らを見つめた。ローブの隙間からは見る者を萎縮させる血走った目が見える。そして、その目が己を見つめている男の瞳を捕らえると、ほんの僅かに彼らの口元が釣り上がった気がした。

妹「お兄ちゃん、どうかした?」

その場に立ち止まって動かない兄を不審に思ったのか、妹がグイグイと手を引っ張った。そこでようやく男は正気に返った。

男「いや、なんでもないよ」

妹にそう告げて男は再び歩き出す。最後に一度だけ後ろを振り返ったが、先程感じた怖気はもうしなかった。

男(気のせい……だったのかな?)

胸に残るかすかな不安を抱きながら男は先へと進むのだった。

歩いて、歩いてようやく森へと辿り着いた二人。一般的に見てあまり広くないこの森も、小さな子供二人からしてみれば広大な魔窟。その魔窟にいるかもしれない、噂だけの存在のエルフ。それ探しに森の中へと二人は今まさに踏み入ろうとしていた。

妹「よ、よしっ! エルフを探すよ! 準備はいい? お兄ちゃん!」

家を出るまでの態度はどこへ行ったと言わんばかりに元気よく声を張り上げる妹。道中でつないだ手はそのままに、妹に引きずられるようにして男は森の中へと入って行った。
中に入ってすぐ、男は森に漂う不穏な様子に気がついた。いつもと違う、張りつめた空気。森の中に隠れ住み、普段は声も上げない動物達のざわめき。ピリピリとした空気が男の周りに絡み付く。

妹「お兄ちゃん? どうかしたの?」

幸いというべきか、妹は男が感じているものに気がついていないようだった。それを悟らせないように気を配りながら、男は告げる。

男「どうもしないさ。ただ、エルフを探すのは少しだけにして早めに家に帰ろうか。ちょっと約束があったの思い出した」

咄嗟に口から出た嘘だったが、エルフの探索に付き合ってもらっている手前強く言う事ができない妹は、

妹「わかった……もうちょっとしたら帰ろっ」

と同意した。

それから半刻ほど森の中を二人で手分けして歩き回ったが、エルフがいるという痕跡は何一つ見つける事ができなかった。そろそろ妹に声をかけようかと男が思っていると、いつの間にか己のすぐ横に来ていた妹の方から帰りの提案をするのだった。

妹「やっぱり、見間違いだったかも。付き合ってくれてありがと、お兄ちゃん」

口にしてもどこか納得しきれていない様子の妹だったが、いないものは仕方がない。二人は森を出て村へと戻り始めた。

男「ねえ、もしエルフが森にいて会う事ができたらどうするつもりだったの?」

帰り道、話す事も特になくなり、無言のまましばらく歩いていた二人。隣でぼんやりと空を見上げながら歩く妹に男はそんな質問を投げかける。

妹「えっとね。もしエルフに会う事ができたら私は噂について聞いてみたかったの」

男「噂?」

妹「うん! 本当にエルフは私たち人間の事が嫌いなのかって。だって、実際に会った事もないのに噂だけで酷い奴だって決めつけるのも悪いじゃないかって思って。もし会うことができたなら、話をしてみる。いいエルフだったら友達になれるかもしれないでしょ?」

妹のその言葉に男は少なからず驚きを覚えた。村の大人達の誰もがエルフは敵だと伝える中、妹は伝聞ではなく実際に彼らに会う事でその噂の真実を確かめようとしたのだ。考えた事もない妹のその発言に、男は不意を突かれて驚かされたのだった。

男「妹は……すごいな~。僕はそんな風に考えたことなかったよ」

妹「えへへ~。そ、そうかな?」

男「うん。もしかしたら妹は将来すごい事をする大人になるかもしれないね」

男が素直に褒めると、照れくさいのか妹は顔を赤く染めて恥ずかしそうにそっぽを向きながら頬を掻いていた。

妹「も、もう! そう言う事をサラッと言わないでよ……」

照れ隠しに繋がった手にグッと力を込める妹。そんな可愛らしい反抗に対抗するように男もまたそっと力を込める。固く、固く繋がれた二人の手はそのままずっと離れる事はないと思われた。

だが……。

男「えっ……」

村が視界の彼方にぼんやりと見えるようになった時、男と妹は異変に気がついた。村の方角の空に黒煙がいくつも昇っていたのだ。風に乗って二人の方へと運ばれる黒煙。
すす臭いそれに混じって二人の鼻に届くツンとした刺激臭。吐き気をもよおすその中には、血と肉が焦げる匂いがした。

妹「お、おにいちゃん……」

嫌な予感を感じたのか妹の表情が暗いものに変わる。男もまた同じように不安を感じ妹の手を引いて村へと駆け出した。

息が切れるのも、体力がなくなるのも構わず二人は全力で走った。少しずつ近づく村。鮮明になる建物。そして、黒煙の元や血の匂いの正体が村に辿り着いた二人の前に姿を現す。

男「あっ……。ああっ……」

声にならない言葉が零れる。それもそのはず、目の前に現れた受け入れがたい現実をどう言葉にしていいのか男には分からなかったのだ。
黒煙を上げていたのは村の家屋。そして、血と肉の焦げる匂いを漂わせていたのは男達の友人や……家族だった。

妹「…………」

妹もまた、男と同じように目の前で起こっている現実を受け入れる事ができず呆然とただその場に立ち尽くしていた。

男「な、なんで。みんなが……おかしいよ。どうして、こんな……」

突然の出来事に戸惑い、嘆く男。そんな彼の視線の先にローブを被った人影が幾つも現れる。彼らは男達の前にまで向かって来るとローブを外し、その姿を現した。

傷エルフ「遅い帰りだったな。見ての通り君の村の住人はみんな死んでしまったよ」

ローブを被っていたのはエルフだった。特徴的な長く、鋭い耳。人とは違い、神秘的な雰囲気を醸し出す存在。話にしか聞いた事がなく、男達が探していた存在が目の前にいた。

男「エルフ……?」

予想外の出来事の連続に男の思考が停止する。何故ここにエルフがいるのか。どうして村のみんなが死んでいるのか。そして今から自分たちはどうなるのか……。その答えを知るのが恐ろしくて男は考える事を止めたのだった。

傷エルフ「二人……か。さすがに子供といえど今がどういう状況かくらいわかるだろう。先に教えておいてやるがこの村で生き残っているのはもはやお前達二人だけだ」

傷のあるエルフが告げる言葉に思わず男と妹の喉が鳴る。極度の緊張状態から口の中の水分は消し飛び、身体は硬直する。心臓の音がやけに鮮明に聞こえ、視線はキョロキョロとせわしなく動く。

傷エルフ「俺たちはお前達人への復讐を果たすために動き出した。憎き人を殺すためならば我らはもはや何もためらいはせぬ。だが、皆殺しにしてしまっては意味がない。この憎しみを他の人間共にも知らしめる必要がある。
そのために、一人だけこの村の住人を生かす事に俺たちは決めた。
そして今、この村で生き残った住人はお前達二人だけだ。さあ、選べ。己か、もう一人か。どちらを生かすのかを」

理不尽な、しかし避けようのない選択を突きつけられて男は泣き出しそうになった。自分か、妹か。生き残れるのは一人。確実にどちらかは死ぬ事になる。
家族や友人の死を悲しむ暇もなく、命の秤をどちらか一方に傾けなければならないのだ。

男(いやだ……いやだよ。なんで、こんなことになるんだ。僕たちが何したっていうんだよ!)

チラリと妹の様子を見ると、妹は既に顔面蒼白になり、唇が震えて恐怖に取り込まれていた。あれでは返事をすることすらままならないだろう。

男(僕が、決めるしかない。このままじゃ二人とも殺されちゃう)

究極の選択を前にして男は決断した。それは……

男「僕が……」

傷エルフ「ん?」

男「僕が……代わりになります。だから妹を。妹の命だけは取らないでください。お願いです……」

我慢の限界が来たのか、男の瞳からは涙が溢れ出す。己の命を差し出すという決断を下した事で、それまで必死に抑えていた恐怖がとうとう限界を超えたのだ。

傷エルフ「自分の命はいらないと?」

男「ぼく……は、兄です。妹を……まもら、ないと、いけないん、です。お母さんにそう……言われたから……」

嗚咽を漏らしながらエルフの質問に答える男。それを見て何故かエルフは感心したように頷いた。

傷エルフ「ほう、この状況で俺が言っている事が嘘でないと分かっていてなお己の身を差し出すのか。面白い……」

エルフは腰に下げていた短剣を鞘から抜き出した。それを見て、男は自分が死ぬときが来たのだと悟る。

妹「お兄ちゃんっ!」

覚悟を決めて目蓋を閉じようとした時、張り裂けるほどの声を上げて自分の名を呼ぶ妹の声が聞こえた。彼女の顔はやはり男と同じように涙に塗れ、くしゃくしゃに歪んでいた。
妹を心配させまいと、最後に残った力で必死に笑顔を作ろうとする。

男「だ、だいじょうぶ……にいちゃんは……だいじょうぶだから」

引きつって上手く笑う事ができない男。そんな彼を見てますます涙を流す妹。そして、運命は決した。

傷エルフ「死ね、人の子よ」

咄嗟に目を閉じ、男は己に降り掛かる死を受け入れた。

……



だが、いつまで経っても己に来るはずの痛みや死の感覚は訪れなかった。

おそる、おそる目蓋を開ける。まず目に入るのは己の両手。傷も何もなく、無事だ。
視線を上げる。先程まで目の前にいた傷エルフがいない。
横を向く。
赤い。
血溜まりができている。
妹の、喉が、切り裂かれて、いる。
その瞳が、虚ろに、なって、いる。

男「……なん、で」

理解できない。本来ならば生きているはずの妹が目の前で死んでいた。傷エルフが妹の前に立ち、喉を切り裂いていた。血が、血が、血がダラダラと、ドクドクと、溢れている。
笑う傷エルフ。倒れる妹。そして、男はその場に力なく崩れ落ちた。

傷エルフ「どうだ? 命よりも大事な者を奪われる苦しみは。これが、俺たちが味わってきた痛みや、苦しみだ」

短剣を仕舞い、そのまま傷エルフは男の横を通り過ぎる。他のエルフ達も彼に続くようにその場を後にする。
どれだけ時間が経っただろう。燃え盛る炎は勢いを増し、俯いていた男はようやく顔を上げ、力なく妹の死体へと近寄った。

男「妹……妹。ほら、帰るよ。母さんと、父さんが待ってるよ」

ゆさゆさと妹の肩を揺らし、何度も声をかける男。だが、その言葉に妹が応えることはなかった。

男「だめ、だよ。こんなところで寝てたら怒られるよ。あんまり遅くまで外にいると家の中に入れてもらえないんだから」

既に燃え尽きている自宅を眺めながら男は呟く。だが、妹は応えない。

男「うっ……ううっ……。いやだ、いやだ。こんな……みんな……とうさん……かあさん……いもうと……。やめてよ、ぼくをひとりに……しないでよ」

止める事のできない涙をひたすら流しながら男は死体に声をかけ続けた。それはこの異変に気がつき、街に出稼ぎに出かけていた大人がこの村に帰ってきて男を見つけるまでずっと続いていたのだった。

――施設――

虚ろな瞳で、表情の変わらない少年がいた。身寄りをなくし、行き場のない子供達の集まる施設。その施設で他の子供達がそれぞれ身体を動かして遊んでいる中、ただ一人少年だけが彼らの輪に混じることなく一人でいた。
その瞳に宿るのは己の大切の者達を奪っていった者へ対する憎悪。そして、果てしない喪失感。
彼の頭にあるのはただ、復讐のみ。
そんな少年の視線の先、軍部へと向かう軍人達の姿が目に映る。合法的にエルフと戦う事ができ、復讐をするのにもっとも都合のいい職業。
施設を抜け、少年は彼らの後を追う。失われた存在の代行者として、エルフを殺すために。
こうして、全てを失った少年の物語は始まりを告げる。エルフと人の争い。その果てに何があるのかこの時、彼はまだ何も知らない。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 「男の過去~少年編~」

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

エルフ、その始まり

騎士が女魔法使いを連れて旅立った数日後。男とエルフはようやく完成したかつての家へと足を踏み入れていた。

エルフ「わぁっ! 我が家です。ようやく帰ってこれました!」ワクワク

男「随分と綺麗になったね。まあ、中の作りは変わっていないんだけど……」

エルフ「そうですね~。でも、変わってないので新しくなっていても落ち着きます」テクテク

ゴロゴロ ゴロゴロ

男「ご機嫌だね。でも、床を転がり回るのはどうかと思うよ」クスッ

エルフ「わかってます。わかっているんですけど、こうしたい気分になるんです」テヘッ

男「そんなもんかな~。よし、それじゃあ僕も」ゴロリ

ゴロゴロ ゴロゴロ

エルフ「どうです、男さん?」

男「うん、確かにエルフの言うとおりかも。なんか無性に転がっていたい気分になるね。新しい気の匂いもいいし」

エルフ「ですよね、ですよね! よかったぁ、男さんにもこの感じがわかってもらえて」エヘヘ

男「ふふっ。でも、こんなに木の匂いが室内に漂っているとまるで森の中にいるみたいだね」

エルフ「はい……。なんだか、昔を思い出します」

男「そういえば、僕のところにくるまでエルフがどんな生活をしてきたか聞いたことってなかったね。よかったら聞かせてもらえない?」

エルフ「えっ!? えっと……」

男「あ……話しづらいのならいいんだ。奴隷として売られてたってことは辛いこともあっただろうし。ごめん、やっぱり今の質問は……」

エルフ「いえ、話します。男さんがよければ聞いてもらえますか?」

男「いいの?」

エルフ「はい。男さんには聞いてもらいたいですから。私が昔どんな風に過ごしてきたのかを」

そう言ってエルフは起き上がり、ソファに座った。男もそれに続くようにしてエルフの横に腰掛ける。エルフはどう話を切り出そうか迷っているのか、もじもじとして何度も男に視線を移しては逸らしていた。
しばらくして、心の準備ができたのか、「よし」と一言呟き、エルフは己の過去を話し始めた。

エルフ「あれは、私がまだ森で過ごしていたころの話です……」

……



深い、深い緑に包まれた森の中。暖かく、くすんだ木漏れ日が木々の隙間から地面に向かって降り注ぐ。
ここはエルフの森。人々の目を逃れるため、森の奥深くにひっそりと建てられたエルフの楽園。
エルフたちはこの森に日々感謝し、動物を狩り、木の実を拾い、長い時を穏やかに過ごしていた。
だが、近年。森を荒らし、己の領土を増やそうとする人間に、とうとう我慢の限界が来たエルフたちが反旗を翻した。
血を嫌い、争いを嫌っていたはずの彼らはいつの間にか戦争の熱に浮かされ、エルフとしての誇りを持ちながらも人の殲滅に乗り出した。
各里の族長を務めるエルフはそのほとんどが人との戦いに同意し、戦火に身を投じた。そんな中、この里は他と違い、最後まで人との争いを拒んでいた。

若きエルフ「なぜですか! なぜ、我々は人との争いに参加できないのです。奴らは森を荒らし、獣を駆逐し、なんの感謝もなく木々を次々と切り倒していく野蛮人ではないですか!」

族長「そうかもしれないね。でも、だからといって争いを始めてしまったらそれが最後なのじゃよ。戦いは長引き、人もエルフも互いに傷つくものが出てくる。
 そうなったらお終いじゃ。憎しみが憎しみを呼び、和解への道は遠く険しいものとなってゆく。重ねられた手を振りほどくのは容易いが、再び手を取り合うことは難しいものだよ」

若きエルフ「それでもです。人を信じたところで、私にはこのまま彼らが素直に言うことを聞いて変わっていくとは思えません。奴らは貪欲で、どこまでも先へ先へとまるで生き急ぐように進化を求める。
 木々を切り倒すのもその進化のために必要だと世迷言を叫んでいる。彼らには我々の言うことは理解できないでしょう。きっと……」

族長「それはそうさね。人の一生は私たちに比べて非常に短いのだから。生き急ぐのも仕方の無いことじゃ。彼らはただ、自分が生きている間に少しでも存在していた証を立てようと躍起になっているだけなのだから」

若きエルフ「では! このまま彼らの蛮行を黙って見過ごすことしか我々には許されないのですか?」

族長「そうは言っておらぬ。ただ、感情に身を任せて短絡的な行動をとってはならぬと言っておるのじゃ」

若きエルフ「……わかりました。今は族長の判断を受け入れましょう。ですが、もし人がこの地に足を踏み入れ、我々の仲間に危害を加えるようであれば、その時は有志を募り、人への反旗を翻している仲間たちの力にならせていただきます」

族長「そうか……仕方があるまい」

若きエルフ「では、私はこれにて失礼いたします」サッ

シーン

族長「ふむ……。悪い流れじゃ。事態は実に悪い。ここ数十年、人とエルフとの交流は少なくなり、その縁は非常に薄まっておる。かつて互いの手を取り合って過ごしていた時代を知る者はもはやほとんどおらぬじゃろう。
 人とエルフの絆がこのままなくなっては、“あれ”が出てきた時の……」

エルフ「おばあさ~ん」コソッ トテテテ

族長「ん? おお~エルフじゃないか。どうかしたのかい?」

エルフ「なんでもないです。ただ、おばあさんの顔を見に来ただけです」ニコッ

族長「そうかい、そうかい。嬉しいねえ、最近は色々あってあまり会えなかったからね。ほら、こっちにおいで」

手招きをする族長エルフ。エルフは満面の笑みを浮かべて彼女の膝元へと走っていく。

エルフ「えへへっ。おばあさんの膝枕久しぶりです。相変わらず気持ちがいいです……」ゴロゴロ

族長「おやおや、甘えられてるねえ。よしよし」ナデナデ

エルフ「ほわぁ……」トローン

族長「ふふふっ。いい子だねお前さんは。そうだ、せっかく会えたのだ、聞いておこうか」

エルフ「どうかしました?」

族長「ここにお前さんが来てもう結構な月日が経つが、どうだい? この里は慣れたかい? 困っていることはないかい?」

エルフ「えっと……その……」

族長「ん? どうしたんだい。もしかして答えにくいことだったりしたのかい?」

エルフ「いえ! そんなことありません。この里に住むエルフはみんなよくしてくれます」ニコッ

族長「そうかい? なら……いいんだけどね」

エルフ「そうだ! おばあさん、よかったらいつものお話を聞かせてもらえますか?」

族長「あれかい? こんな堅苦しい昔話を喜んで聞いてくれるのはお前さんくらいだよ」

エルフ「……」ワクワク

族長「ふむ。そうさね、それじゃあ話してあげようか」

エルフ「やったっ!」

族長「古い、古い。それこそ私たちエルフと人がまだ手を取り合って暮らしていた時代のお話。
 当時、人とエルフは互いに足りない部分を補い合って生きていた。
 エルフは長寿で、古くから魔法や生活に必要な知識を蓄え、進化させてきた。ただ、その数は人に比べて明らかに少なかった。
 人は短命であったが、それ故にきっかけを与えれば数を集めて知恵を絞り、劇的な進化や変化をもたらせてきた。一人では無理なことも十人、百人と協力し合い成し遂げてきた。
 エルフと人。この二種族が互いに協力し合い、日々の暮らしを健やかに、快適なものへと当時はさせていた」

エルフ「ふむふむ。でも、今は人とエルフの仲はよくないんですよね。一体どうしてそうなったんですか?」

族長「そうだね、それについては今から話していくとしようかね。
 そうしてよき隣人として過ごしてきた人とエルフだったが、ある時大きな事件が起こったと言われているんだよ。
 それは人の集落をエルフが襲い、村人たちを虐殺したというもの。これに激怒した他の人々はエルフに対して怒りを露わにしたんだ。
 しかし、同時にエルフの方にも問題が起こった。それは、人の側と同じくエルフの集落に人が攻め込み、無残な死体にされたというものだったのだよ。
 人に事件のことを話されたエルフたちもこの事件を話したが、信じてもらえなかった。そして、エルフもまた人の言うことを信じようとしなかったんだよ。
 お互いに相手が事件のことを誤魔化すために嘘をついているんだと思ったんだろうね。
 その件があってから、人とエルフは相手のことをあまり信用できなくなったのだよ。そして、その後も何度も同じような事件が起こった……」

エルフ「……」ブルブル

族長「互いの怒りが限界にまで達しようとしていた時、事件を生き延びた者が語った。『あれは、かつて死んだはずの者だ』とね。
 そのことに気がついた一部のエルフがこっそりと人の代表に接触し、そのことを伝えた。そして、人の側にもそのことが本当なのか確認してもらったのだ。
 結果は……当たりだった。人を襲っていたというエルフはかつて事件によって死んだはずの者の一部だった。
 死体の数が足りないとは当時気がついていたようだが、連れ去られたか形がなくなるような無残な殺され方をされたかと皆思っていたからそのことに気がつくのが遅れたのだ。
 当然のことながら、誰も死体が動くとは思っていなかったのだよ。
 そして、互いに不信感を抱えながら人とエルフは動く死体について調査を始めた。結果、それはある魔物が起こしていることだということがわかったのだ」

エルフ「それは、一体……」

族長「うむ。それはな、“黄昏の使者”と呼ばれる魔物だった。どのように、どこから生まれるのか全く不明。神話の中にだけ登場するもので、死した者を己の配下として操り、生けるもの全てをその手によって葬り去る存在だったのだ。
 その伝承はエルフ族にだけあり、対処法もかつては記されていたという。生者の側の光にも、死者の側の闇にも属さないそやつや、その配下。
 エルフだけで対処するにはその頃には敵が増えすぎていて、数のある人はその対処方法を知らなかったんだよ。
 だから、エルフは人に協力を要請し、力を合わせて“黄昏の使者”をその配下も含めて殲滅したのだ。そうして、この世界に平和が訪れた……」

エルフ「ほわ~。何度聞いても面白い話です……。でも、そんなに協力した仲だったのに、どうして今私たちエルフと人は争うなんてことになっているんでしょう?」

族長「事態はそんなに簡単じゃなかったんだよ。突然現れた魔物。互いに被害が出ているとはいえ、エルフだけがその対処法を知っていたという事実。それが、人の側には変だと思えたんだろうね。
 元々の不信感も重なって、敵の殲滅が終わったあと、人々は『あれはエルフ達が野に放った魔物だ!』と言ったそうだ。
 当然エルフたちはそんなことをしていないため、反論したようだが、互いに譲り合わずとうとう人とエルフは袂を分かつことになったんだよ。
 そうして、長い月日が流れて今また人とエルフの争いが起こっている。これまでも何度か小さな争いはあったが、ここまで大きなものが起こってしまうと、もうどちらかが滅びるか降伏するかしないかぎりこの戦いは止まらないだろうねえ」

エルフ「そんな……。それじゃあ、お父さんとお母さん達は何のために……」シュン

族長「……今はそのことは忘れなさい。なに、きっとまた人とエルフが手を取り合って生きていけると気がくるさね。今は互いの誤解がきつく絡み合ってしまっているが、いつかきっと誰かがこの誤解という名の縄を解いてくれる時がくるはずだ。
 その時まで、我々は抵抗せず人との和解の道を探っていくしかないのだよ……」

エルフ「おばあさん……」

族長「ふむ、少し話しすぎたかね。ほら、もう日も暮れるはずだよ。そろそろ家にお帰り」

エルフ「はい、また近いうちに来ますね」トテテテッ

族長「……」

族長「本当に、そんな時が来てくれるといいんだがねえ……」ハァ

……



エルフ「おばあさん……元気なかったですね。やっぱり、みんなに人との交流を絶たないように説得して疲れているんでしょうか……」テクテク

エルフ「顔色もあまりよくなかったですし、大丈夫かな……」

……コツッ

エルフ「いたっ!?」サッ

エルフ「えっ……?」キョロキョロ

エルフA「やい、裏切り者の子。族長の孫だからっていい気になって! お前なんてとっととこの里から出てけ」ヒュッ

エルフ「痛っ! やめ、やめてください!」

エルフB「うるさい! 人間側についている裏切り者!」

エルフ「そんな……」

エルフC「知ってるぞ、お前の両親人間の味方して殺されたんだって? 俺たちを裏切ったから罰を受けたんだ!」

エルフ「お父さんとお母さんを悪く言うのはやめてください! それに、裏切ってなんていません。二人とも一生懸命和解の道を探っていたんです!」

エルフA「じゃあ、何でお前の両親は死んだんだよ! いっくら頑張ったところで結局のところ人間に話なんて通じないんだよ! あいつらは野蛮な民族だからな」

エルフ「そんなことありません! ちゃんと話せばわかってくれる人だっています。一方的に決めつけるなんてよくないです」

エルフC「言い訳ばっかりで見苦しいぞ! 現にお前の親は人間の手によって死んだじゃないか。それが何よりの証拠だ! 奴らに話し合いなんて通じない。若エルフさんの言うように俺たちには戦うしか選択肢はないんだよ!
 それともお前は俺たちエルフは黙って人間に殺されろとでもいうつもりかよ」

エルフ「違います! そうじゃないんです……」

エルフB「だいたい、族長も族長だ。なんで、人間との交戦にそこまで反対するんだ。今更そんなことをしたって無駄だっていうのに。これだから、頭の固い古いエルフは困るんだ……」

エルフ「……! 私のことを悪く言うのは構いません。でも、おばあさんのことを悪く言うのはやめてください!」

エルフA「……まあ、若エルフさんにも族長のことを悪く言うのは止められているしな。このくらいにしておくか。だがな、どっちの意見が正しいのかはすぐにわかるようになるさ。その時、人間の見方をしたお前に居場所はないと思っておくんだな」

エルフB「裏切り者はおとなしく家にでも篭ってるんだな」

エルフC「間違いないな」ハハハハハ

タッタッタ

エルフ「……」グスッ

エルフ(お母さん、お父さん。私、間違ったこと言っていないですよね。二人とも正しいことをしたんですよね?)

エルフ「家に、帰りましょう……」トボトボ

――翌朝――

エルフ「う、うぅ~ん。今日もいい天気です。昨日は帰ってすぐに眠ってしまったので何も食べていません」グゥ~

エルフ「森の奥に行って果実を取りに行ってきましょう。あ、できればお魚も欲しいですね。帰りに川に寄って魚を採りましょう」

ギィィ、パタン

エルフ「行ってきます」

シーン

エルフ「……」タッタッタ

――森の奥――

エルフ「えっと、これは食べれるキノコで、これはダメ。あ、この果物虫食いがひどいですね……」

エルフ「よいしょ、よいしょ。籠をあらかじめ持ってきておいて正解でした。これだけ多いと手で運ぶには限界があります。あとはお魚を採れば……」テクテク

?「うっ……うぅ……」

エルフ「あれっ? なんでしょう?」テクテク

エルフ「あ!? 誰か、倒れています。……これは、人間?」ジッ

エルフ「ど、どうしましょう……。このまま見捨てる、なんてできないですし。かといって連れ帰ればまた……」

?「……」ガクッ

エルフ「あっ……」

エルフ「……」キョロキョロ

エルフ「……」ギュッ

タッタッタッ

……



?「うっ……ここ、は?」

エルフ「あ、気がつきましたか?」

?「君は……エルフ? そうか、それじゃあここはエルフの……うぐっ!」

エルフ「駄目です! まだ傷がちゃんと塞がっていないんですから無理しちゃ……」

?「すまない。傷の手当は君が?」

エルフ「いえ、それは私じゃなく……」

族長「そこからは私に話をさせてもらおうかねぇ」

エルフ「おばあさん!」

族長「よく様子を見ていてくれたね。ありがとう、お前さんはひとまず別室でゆっくりと休んでいなさい」

エルフ「で、でも……」

族長「なに、別にとって食うわけでもあるまい。少し話をするだけさね。信じておくれ」

エルフ「……はい、わかりました」ギィィ、パタン

族長「……ふむ、行ったようだね」

?「あなたは……?」

族長「私かい? 私はこのエルフの里の族長さね。そういうあんたはどうなんだい?」

?「私は、学者です。エルフと人との関係に調べているものです。もっとも、人の世からは厄介もの扱いされて学会からも居場所も奪われてしまいましたが……」

族長「なるほどねえ。それで、一体なんだってあんなところで傷ついて倒れていたんだい?」

学者「それは……」

族長「話せないような事なのかい? それともお前さんもエルフに対して悪意の偏見を持っているのかい?」

学者「……わかりました。では、お話させていただきます」

そう言って学者はポツリ、ポツリと森で倒れるまでの経緯を話し始めた。
彼は元々魔術関連の研究を行なっている一学者だった。しかし、敵対しているエルフが人よりも優れた魔術を身につけていることに関心を持ち、そこからエルフについての研究にも手を伸ばすようになっていったという。
最初は興味本位で調べ始めた事だったが、時が経つにつれて段々と本来の研究よりもエルフについての研究に没頭していくようになっていった。
そんな日々が幾年も過ぎ、エルフと人が何故こんなにも争うのか疑問を抱くようになった彼は、このような状況になった原因を調べ出した。
そもそも人の世界ではエルフは毛嫌いされ敵としてみなされているが、どうしてそのように感じるようになってしまったのかは詳しく説明されていなかった。
親から子へ、子から孫へ。
ただエルフは蛮族、人の敵ということだけが伝えられ続けたことによって、彼らに対する敵対心が刷り込まれ、争いに巻き込まれ被害を受けた者が憎悪を募らせることになり、結果としてエルフは倒すべき対象としてみなされていたのだ。
だが、そんな人々にそもそも何故エルフと人は争うようになったのか? と問いただしても昔からの敵だからという答えしか返ってこなかった。
不思議に思った彼は更に双方の関係を詳しく調べ、つい先日ようやくエルフと人が決別することになった真実に辿りついた。
冷静に考えればこれは人の側に非があるように感じた彼はこの事実を纏めた論文を学会に提出した。しかし、これが不味かった。
古くからの事実を知っていた一部の学会員たちはこのことが世に晒されて人々がエルフと戦うことに躊躇いが出るのを恐れ、この論文を焼却した。そして、このことが彼の口から他の者に伝わらないようにするために口封じとして暗殺者を放った。
このことに気づいた彼は必死に逃げ、決死の思いでエルフの住むと言われている森へと逃げ込んだのだ。一か八かの賭けではあったが、暗殺者も敵がいる場所へわざわざ足を踏み入れるわけにもいかない。
そして、森の奥深くまで逃げ切ったと思ったその時、彼の身体に激痛が走った。見れば、腹部の一部が裂け、血が流れていた。近づけなくとも遠くからなら。そう思った暗殺者が放った弓矢が彼の腹を裂いたのだ。
走る激痛、見慣れない血にショックを受けた学者は腹部を抑えながら歩いていき、森の奥で倒れた。そして、果実を採りに来たエルフに助けられ今に至るというわけである。

族長「なるほどねえ。それは災難だったね」

学者「いえ、自分もこの事実を知るまではエルフのことを毛嫌いしていましたから。ある意味では自業自得です。正直に話させてもらえば、今もあなたがたが得体の知れない存在として恐ろしいと思っている自分もいます」

族長「そりゃ、そうさね。今までろくに対話せず命を奪い合ってきた存在のいる場所に身一つで放り込まれているんだ。怖がっても仕方がないね」

学者「そう言っていただけるとありがたい」

族長「それはそうと、あんたこれからどうするつもりだい?」

学者「実はまだ何も考えれていません。命を守ることに必死だったのでどうするかなんて考える余裕もなくて……」

族長「そうかい。でも厄介なことになったね。あたしはあんたがここにいようと別に構いやしないんだが。なにせ時期が時期だ。人とエルフとの戦いは激しくなる一方。特に若いエルフは今のあんたが話してくれた若い人間と同じように人を倒そうと躍起になってる。
 この里のエルフはまだ私が抑えているけれどそれもいつまで持つかわからないのが正直なところだねぇ。
 だからあんた。その傷が治ったらすぐにこの森を出たほうがいいよ。私も立場が立場なものだから見てみぬふりをするくらいしかできないけどねえ」

学者「いえ、今の人とエルフの状況を考えればそう考えて当然です。むしろ人とわかっていて殺さないでいただけるだけマシでしょう。その上手当までしていただいて。感謝しております」

族長「ひとまずはこの家から出ないことだね」

学者「わかりました。ご助言ありがとうございます」

族長「なに、これ以上厄介事が増えるのを防いでるだけだよ。私は争いが嫌いだからね」

学者「そうですね。戦争なんてものは互いに傷つくばかりです。生み出すのは相手に対する憎悪ばかり……。本当に早く戦いが終わって欲しいと願うばかりです」

族長「そうだね。でも、さすがに今回ばかりはどちらかが滅ぶか、それとも服従することになるか。行き着くところまで行かないと終わりそうになさそうだけどね」

学者「……できることなら、人とエルフが手を取り合っていけるような世界が出来上がればいいのですけどね」

族長「そう簡単に事が進むようならこんなに長い時間互いに争い続けたりはしていないさね」

学者「確かに、あなたの言うとおりですね……」

シーン

族長「さて、話はこの辺にしておこうかね。あんたもその状態でずっと起き続けているのは辛いだろうし。もう一眠りしておきな」

学者「確かに。実は先ほどから眠気がひどくて……」

族長「まあ、後のことはエルフに話しておくから。あんたはゆっくり休んで傷を治すことだね」

学者「あ、すみません。ひとつお願いがあるのですkが聞いてもらえないでしょうか?」

族長「なんだい?」

学者「あのエルフの少女にお礼の言葉を伝えてもらないでしょうか? 本当はさっき言っておきたかったのですが、伝える前に彼女は部屋を出て行ってしまったので……」

族長「それくらいなら構わないよ」

学者「ありがとうございます。もちろん目が覚めたらまた自分でも伝えておきますので」

族長「そうかい。それじゃあ」

ギィィ、パタン

族長「さて、この状況。どうしたもんかねえ……」

……



学者の男が療養を始めてから二日が経った。この間、特に何が起こるわけでもなく、エルフの看病を受けながら少しずつ彼は体力を取り戻し始めていた。

エルフ「あ、あの。これ……どぞ」

ベッドの上で上半身を起き上がらせている学者に向かってエルフがおずおずと果実を差し出す。今朝に森の奥で採ってきたばかりのものだ。

学者「ああ、ありがとう」ニコッ

学者はエルフからそれを笑顔で受け取るが、どうにも二人の間には微妙な空気が漂っている。
恐怖心はそこまでない。おそらくは人として学者はいい人の部類に入るであろうということもなんとなくエルフは悟っていた。しかし、これまでほとんど接点のない人と暮らすのは彼女にとっては急なことであり、戸惑ってしまっても仕方のない事態だった。
それとは別に彼女にはもう一つ距離感をつかめない理由があった。
それは、エルフの両親のことだった。

エルフ(この間のおばあさんとの話。気になってこっそり聞いちゃいましたけど、この人もお父さんとお母さんと同じように人とエルフの和解の道を考えているんですね……)

彼女の両親と同じ考えを持っている学者にだったらすぐに打ち解けてもよいとエルフも内心では思っていた。だが、彼が人であるということが彼女と学者との間を邪魔していた。

エルフ(お母さんも、お父さんも頑張って人とエルフとの仲を良くしようとしたのに……。周りからは裏切りもの扱いされて、里から追い出されて。最後は人との争いに巻き込まれて人の手によって死にました……。
 この人に罪はないのはわかってますし、怒ったところで逆恨みです。そもそも、本当に嫌ならあのまま見捨てます。でも、そうしたらお父さんたちのしたことを私が否定してしまいます。
 ああ、もう。どうすればいいんでしょう。頭がごちゃごちゃして訳がわからないです)

考えが纏まらず黙り込んでしまうエルフ。こんな様子はこの二日の間に何度もあった。

学者「……やっぱり君も私が憎いかね?」

そんなエルフの内情をなんとなく察したのか学者は彼女に訪ねた。エルフが話を聞いていたと気づいていない学者は彼女が人に対して憎しみを抱いていると思ったのだ。

エルフ「……」

違います。
そう返事をしようとしたエルフだったが、何故か言葉が出てこなかった。

エルフ「また……後で来ます」

代わりにそれだけを学者に伝えてエルフは部屋を出て行った。

学者「本当に、人とエルフの間にある溝は深いものだ……な」

気まずい気分を胸に抱えたまま部屋を出たエルフは、己のうちにある複雑な感情を持て余していた。

エルフ(言い返したかった……。私は人を憎んでいないって……)

そう思っていた。それはエルフの本心である。人と仲良くして行きたい。

両親が語ってくれたように、人とエルフが共に手を取り合って行く未来を見てみたい。
自分もその関係を作り上げる者になりたいと。そう……思っていた。

だが、そのように明るい望みの裏側でふつふつと暗い感情が沸き上がるのを感じていた。

人は敵だ。ずる賢く、自分勝手で。手を差し伸べたところでその手を振り払う。

母エルフ『お行きなさい。あなただけでも……』

父エルフ『私たちはここに残るから。ほら、早く。おばあさんがきっと待っているよ』

不安を感じさせない笑顔を浮かべ、戦火の中娘を送り出した両親。彼らの遥か後ろにはこちらに向かってくる幾つもの人影があった。

今だから分かるが、あの時両親は死ぬつもりだったのだ。しかし、せめて娘だけでもと思い、どうにかエルフを送り出した。
心配をかけまいと笑顔を浮かべて。

涙を浮かべ、エルフは戦火の渦中にある草原を駆け抜けた。振り向く事はできなかった。
迫り来るプレッシャー、振り向いた先にある凄惨な光景、そしてほんの僅かでも足を止めれば己の命も危ういのだと本能的に悟っていたからだった。

気づけばひとりぼっちで森の中を彷徨い歩いていた。涙を流し、無様に嗚咽を漏らしながら。
そして、森の奥から現れた同胞達によって保護され、祖母のいるこの里で暮らすようになった。
住む場所は変わったものの、生活自体はそれまでとあまり変わらなかった。

生きるために必要な最低限の食事を取り、森の奥で穏やかに過ごし、たまに祖母である族長エルフに昔話を聞かせてもらう。そんな毎日がずっと続いていた。

同胞のエルフ達からは彼女の両親が人との繋がりがあったことで裏切り者の子と罵られているが、それもあまりたいした事ではない。
族長の孫という事もあってか、他のエルフ達もそれほど手を酷く手を出してこない。

世話になっている祖母にも迷惑をかけまいと、毎日明るく、明るく振る舞ってきた。誰からも好かれるように、邪魔な存在だと思われないように。

息を殺し、まるで空気のように。その場に存在しても誰からも気づかれず、誰の迷惑にもならないように努めてきた。

心はずっと平静だった。そう、彼が来るまでは……。

エルフ「どうして……。どうして、私の前に現れるんですか……」

胸の内にある黒いもやもやは一向に腫れる気配がない。それどころか、日ごとにその量を増していっている。
昨日は平気だった学者の何気ない一言でも、今日には苛立の原因になってたりもした。

エルフ「私、このままじゃ人間のことが嫌いになっちゃいます。そんなことになっちゃ駄目なのに……。
お父さんとお母さんの言っていたことを裏切る事になっちゃう。
もしそうなったら、私には本当に何もなくなっちゃいます」

己に起こった変化を恐れ、その場にしゃがみこみ、エルフは己の体を抱きしめた。だが、そんな彼女を優しく癒してくれる存在は今この場には誰もいなかったのだった……。

……



エルフA「やっぱり言っていた通りです。あのエルフのやつ家に人間を匿ってます」

エルフB「本当です。ずっと見張っていましたけど窓から人間の男が家の中を動いているのが見えました。
ただ、どうも怪我しているみたいであまり体調がいいようではないみたいですけれど」

エルフC「それで、どうするんですか?」

若きエルフ「いや、今はまだなにもしないさ。もう少しだけ待とうか」

エルフB「そんな! みすみす人間を見逃せっていうんですか? あいつらに殺された同胞はたくさんいる……」

エルフA「やめろよ! 若エルフさんには何か考えがあるんだよ。そうですよね?」

若きエルフ「ああ。君たちの気持ちもわかる。人間を前にして流行る闘争心を必死に抑えているのも……ね。
私だって君たちと同じだ。あの人間をこのまま逃すつもりはないよ。だけど、今は駄目なんだ。
 このままあの人間を捕まえて見せしめにして殺すのは簡単だ。
でも、我々は人間と違ってそんな野蛮な行為はしない。殺すなら後悔する暇も与えずに殺す。
 だけど、あの人間はまだ利用する価値がある。頭の硬い老人たちの目を覚まさせ、戦うことから目を背けて同法を見殺しにしているヤツらの口を黙らせるためのね。
 だから、私が許可するまではあの人間に手を出さないように。それと、あのエルフの少女にも」

エルフC「あいつにも手を出してはいけないんですか?」

若きエルフ「そうだよ。その理由も後で分かる。今は僕を信じてくれとしか言えないけれど……」

エルフA・B・C「……」

若きエルフ「やっぱり、無理なお願いだったかな」

エルフA「いえ! そんなことありません。自分は若エルフさんの言うことに従います」

エルフB「自分もです」

エルフC「あ……じ、自分もです!」

若きエルフ「そうか……。みんな、ありがとう。もう少し、もう少しだ。あと少しで私たちは他の里のエルフたちと同じように人間を滅ぼすための聖戦に参加できる。
その時まで、君たちには充分に力を蓄えていてくれたまえ」ニコッ

エルフA・B・C「はい!」

熱に浮かされたような声で三人の少年エルフは答える。彼らを導く若きエルフのその目に宿る狂気的な光に気がつくことなく。
いや、あるいはその光に魅入られ、引き寄せられるようにして少年エルフたちはそばにい続けるのかもしれない。

戦争がもたらす狂気的な熱。その余波は争いを避けようと望み続ける里にまで及び、腸を食い破る寄生虫のように内側からジワリ、ジワリと侵食を始めていた……。

……



――数日後――

その日は、とても穏やかな陽気だった。森は静かに息を潜め、そよ風が木々の間をすり抜けていく。まるで激動の前のひと時を思わせるような静けさだった。

そんな森にただ一人療養生活を送っていた人間がいた。数日前に負った傷はもうほとんど癒え、寝てばかりで動かしていなかった身体をほぐしている男が。

そして、そんな彼と同じ家に住んでいる少女が一人。種族の違うエルフが少し離れた位置で彼の様子を見ていた。

二人は結局この数日間互いの距離をつかむことができずに終わった。
エルフは自分の苛立ちを胸に抱えながらも、できるだけ表に出そうとせず男性の看護をし、男性はエルフの様子に気がつきながらもただ黙っているだけだった。

そして、今日。ようやくまともに歩けるようになった学者はこの森を出ることを決意していた。
そのことを昨晩エルフに話したが、エルフは喜ぶわけでも悲しむわけでもなくどこか曖昧な表情を浮かべてただ「そう……ですか」とだけ呟いた。

結局、人とエルフは分かり合うことはできないのだろうかと学者は考えていた。
かつて、人とエルフが共存していたのは幻のようなもので、それが実現すること等ありえないのだろうかと。
だが、己に問いかけたその質問に返ってきた答えは否だった。
まずは自分から、一歩踏み出す。そうしなければ何も変えることなどできない。
誰かが事を起こすのを待っているだけでは、この状況はきっといつまでも変わらないだろう……。
だからこそ、学者はここを旅立つ前に自分を看護してくれたエルフに伝えておくべきことがあった。内心でどう思われていようが、彼が少女に命を助けられ、こうして生きながらえているのは彼女のお陰なのだ。
チラリと視線を移すと、そっとこちらの様子を伺っているエルフの少女の姿があった。こちらを見ていることに気づかれて焦っているのか、あたふたとし、罰が悪そうに視線を彷徨わせている。

学者(きっと、この子に出会ったのはある意味で運命だったのかもしれないな)

そう思いながら、学者は人とエルフが共に歩んでいくための一歩を踏み出そうとしていた。

学者「よければ……少し話をしないか?」

学者のその提案に、エルフは少々戸惑ったが、しばらくしてコクりと小さく頷いた。

居間にあるテーブルを挟んで人と、エルフが向かい合っている。どこか落ち着かない様子なエルフの少女。
そんな彼女とは対照的に、人間の男の方は落ち着いた様子で話し始めた。

学者「まずは、お礼を言わせて欲しい。人の身でありながら命を救っていただいたこと、本当に感謝している。
きっと君がいなかったら私はあのまま野垂れ死にしていただろう……」

エルフ「いえ、別にお礼を言われることじゃ……」

学者「お礼を言うことだよ。君たちエルフが人に対していい感情を抱いていないのは知っている。それがわかっていてもなお助けてくれたんだ。感謝してもし足りないくらいさ。だけど、同時に気になることがある。
 君だってエルフの一族だろう? なら人を助けたら自分が周りから何を言われるのかくらい想像が付くんじゃないか? それなのに、どうして助けようだなんて思ったんだ?」

これは学者がエルフに助けられてからずっと抱いていた疑問だった。
自分を助けて、そのことが周りに知れてしまえば、この少女は差別される。裏切り者の烙印を押され、爪弾きにされるだろう。
少女とはいえエルフだ。そのことがわからないはずがない。それなのにどうして自分を助けたのだろうか……と。
この問いかけにエルフはしばらく黙り込んで、返事をするべきか迷っているようだった。
やはり聞くべきではなかったかと学者が思い、その質問の返事をしなくてもいいと伝えようと口を開こうとした時、エルフが話を始めた。

エルフ「私には大事な、大事なお父さんとお母さんがいました。二人はずっと人と交流を持っていて、大きな戦争が始まる前から仲良くしていました。
戦争が始まっても二人は人との交流をずっとやめないで、他のエルフたちから非難されてもずっと笑顔で過ごしていました。
 何も悪いことをしていなかったのに、結局お父さんたちは裏切り者だと罵られ、里を追い出されて……。そして、最後には信じていたはずの人に……裏切られた」

学者「……」

エルフ「あんなに人のことを信じて、エルフと人が仲良くなるように頑張ってきた二人だったのに……。誰一人として二人のことを理解してくれませんでした。正直、人のことを憎いと思わないこともないです。
 でも、私が人のことを嫌いになってしまったら二人はきっと悲しんでしまいます。最後まで人とエルフの道を探して、私を命をかけて守ってくれたお父さんとお母さんを私が裏切ることになってしまいます」

学者「だから、助けたと?」

エルフ「そう……だと思います。理由なんてこんなものです。私は二人のためにあなたを助けたんです。
それに、裏切り者なんて烙印は私には昔からずっと押されています。あのままあなたを見捨てたところでそれが消えるわけでもありません。だったら、助けたほうがいいと思っただけです。
 どうです? 私は別に善意からあなたを助けたわけではないんです。ただ、二人のしてきたことを私自身が否定したくなくてやっただけなんですよ……」

そう呟くエルフの顔はとても悲しそうだった。

学者「……」

沈黙が続く。この場の雰囲気にそぐわない小鳥の陽気なさえずりが甲高く外から聞こえる。そのさえずりを遮るように学者は告げる。

学者「君は、我慢しているんだね……きっと。いいんだよ、もっと人を嫌いになっても。そうしても誰も君を責めることはないんだ。
君は、君だ。お父さんや、お母さんは確かに人を信じて亡くなったのかもしれないけれど、君がそれに縛られることはないんだ」

エルフは学者の言葉にハッとした。今まで誰もそんなことを言ってくれた者はいなかった。
誰かを嫌いになってもいいだなんて。自分にはそんな権利がないとずっと思っていたのだ。
しかも、それを告げたのはよりによって憎み、嫌うべき人間。

エルフ「やめて……ください。そんなことを今言われても困るんです……。私は、誰も嫌いになんてなっちゃいけないんです……」

学者「それは違うよ。君はもっと自由になるべきだ。誰かを好きになったり、嫌いになって分かることもあるんだ。
誰にでも同じ態度でいるってことは聞いている分はいいと思えることだけど、実際は誰に対しても興味を持っていないのと同じことなんだよ。
 本音で接して、それで初めて分かることもある。君のご両親は人に対して上辺だけの付き合いだけしていたかい?」

エルフ「そんなわけありません! 二人とも真剣に人と交流をしていました!」

学者「そうだろうね。だからこそ、二人とも最後まで人との道を探っていたんじゃないかな? 本音で彼らと付き合っていたからこそ、周りから非難されようともずっとその交流を断つことはなかったんじゃないかな?
 人にだって、悪い者はいくらでもいる。中には救いようのない者だって……ね。
でも、分かって欲しい。そんな中にもいい人だっているんだ。だからこそ、せめて君にだけは本音で接して欲しいと思う。
 君が嫌だと思う人もいるだろう。そんな人は嫌ってもいい。でも、同時に君が好きだと思える人には真摯に向かい合って欲しいんだ」

エルフ「……」

学者「これがただのお節介だっていうのは分かっている。でも、君がどう思おうと命を救ってもらって私は感謝している。それがたとえただの義務感だったとしてもね」

エルフ「……」

伝えられた言葉を噛み締めるようにエルフはうつむき、何かをじっと考え込んでいた。その様子を学者は静かに眺めていたが、やがて席を立ち、

学者「本当にお世話になった。夕方までにはここを出て行くよ」

エルフにそう伝えて、自分にあてがわれていた部屋に戻っていった。

エルフ「私……は」

残されたエルフは、何をするわけでもなくその場に居続けるのだった。

……



日も沈み始め、夜が森に訪れようとしていた。朝方の明るい雰囲気はいつの間にかなりを潜め、不気味な暗がりが森に広がっていく。

風に揺られざわつく木々。その様子が森に漂う不穏な空気をより一層濃くしていく。

学者「よし、行こうか」

周りに他のエルフが居ないことを確認して、学者は家を出る。最後に別れの挨拶をしておこうとエルフの部屋をノックしたが、返事がなかった。

学者(やはり、余計なことをしてしまったかな……。後味の悪い別れにはなるが、むしろこの方がいいのかもしれないな。
 彼女は直ぐに変わることは無理だろう。でも、もし彼女がこの森を出て人と出会うことがあったなら、いい人と出会うことができたのなら、きっと今と違って自由になることができるだろう……)

彼女のこれからが良いものになればいいと思いながら学者は森を出るために先へ先へと進み始める。だが……。

若きエルフ「すみませんが、あなたにこの森を出て行かれては困るんですよ」

唐突に背後から聞こえてきた声に驚き、振り向く。見れば、二十代ほどの外見のエルフを先頭に幾人ものエルフたちが彼の後ろに立ち並んでいた。

学者(彼らは いや、そんなことよりこの状況はマズイ……)

突然己の前に現れたエルフに驚くが、学者は意外にも冷静だった。
こんなにもたくさんのエルフがまさに森を出ようとするこのタイミングで現れたということは、以前から自分がこの森に滞在しているということが彼らにはわかっていたということだ。

一瞬、族長かエルフの少女が自分のことを彼らに密告したかという考えが思い浮かんだが、エルフの少女はほかのエルフからつまはじきにされていると聞いていたし、族長もそんなことをする者とは思えなかった。

学者(そもそも、こんなに大勢のエルフがいるのだ。殺害が目的ならとっくに殺されているだろう。なら、何か別の理由が……)

エルフたちの目的に考えを巡らせていると、彼らの先頭に立っている若いエルフが学者に向けてこう告げた。

若きエルフ「では、始めましょうか。世代の交代を……」

彼の言葉に合わせて数名のエルフが学者を取り囲む。なす術なくエルフに捕らえられた学者を見て若きエルフの口元が歪む。

古い時代はここに終わり、若き者たちの変革が始まりだした。

一方、部屋の窓から事態を見つめていたエルフは焦っていた。

エルフ(なんで、あんなに他のエルフが……。それもですけれど、あの学者さんが連れて行かれました)

一体、今この森で何が起こっているのか? そして、彼らは学者をどうするつもりなのか。それを考えたとき、エルフは己の身に迫る危機を感じた。
エルフ(このままじゃ、私も……)

そう理解した瞬間、家の扉が壊されて開く音が聞こえた。数名の同胞が己に視線を向けている。裏切り者とその瞳は確かに彼女に向かって語っていた。

エルフ(逃げないと……)

迫り来る同胞を前にして、エルフは窓から身を投げ出し、全速力で走り出した。それを見て同胞たちも彼女を追いかけていく。

エルフ(怖い、怖い……こわい)

走っても走っても離すことのできない相手との距離。捕まったらどうなるのか、それがわからないわけではない。
今までは間接的に付けられていた裏切り者の烙印を直接その身に刻まれ、皆の前に無様な姿を晒すことになる。そして、最後は……。

エルフ(死にたく……ないです)

父と母が今までしてきたことを否定されたくない。ここで自分が殺されてしまえば、それこそ彼らのやってきたことは本当に無駄になってしまう。
そう思ったからこそ、エルフは走り続けた。暗い、暗い森をたった一人で。
だが、悲しいことに彼女を追いかけているのは成熟したエルフ。それも戦闘に長けた者たちだった。
大人と子供ではいくら頑張ったところでその身体能力には差が出る。まして、それが訓練されたものとそうでないものであるならばなおさらだ。

徐々に、徐々に差は縮まり。ついに、エルフは……。

エルフ「いやっ! 離して、離してください!」

捕まってしまった。彼女の手をつかみ、動きを止めたエルフの顔には怒りが宿っていた。

エルフ兵「仮にも同胞であるお前が、我ら一族を裏切り人に手を貸すとは。
やはり、裏切り者の子は裏切り者でしかないということか……。その罪、衆目に晒して命を捧げることによって注ぐが良い」

力強く、腕を握り締めエルフを引っ張っていこうとする兵士。だが、突如その力が弱まる。

エルフ兵「な、なんだ? 力……が」

彼のその言葉をきっかけに、エルフの周りを囲んでいた他のエルフたちが力なく倒れていく。

エルフ「えっ……えっ?」

突然の出来事に、何が起こっているのか分からず、戸惑うエルフ。だが、戸惑う彼女を叱咤する声が辺りに響き、彼女は冷静になった。

族長「何ぼさっとしているんだい。いいから、早く逃げな」

見ればエルフから離れた場所に彼女の祖母である族長が立っていた。

エルフ「おばあさん!」

族長を見て安心したのか、エルフは彼女の元へと駆け寄り飛びついた。だが、顔を上げて彼女の表情を見た瞬間、一瞬浮かべた笑顔が再び凍りつく。
どこか、諦めた表情で、優しく諭すようにエルフの肩に手をかけて族長は伝える。

族長「行きなさい。ここにいてはいけないよ。お前さんはもう、ここで生きていけないんだ」

その言葉、雰囲気にエルフは死んだ両親の最後を族長に重ねた。

エルフ「いや……。いや、です。だって、私。全然おばあさんと過ごしていません。これからだって、もっとずっとおばあさんと一緒に暮らしていきたいんです」

知らず、エルフの頬を涙が流れる。そんな彼女のわがままに族長は、

族長「お前さんはまだ若い。これからの世の中に必要な存在なんだよ。私はもう、長いこと生きすぎたみたいでね。周囲からは反発され、家族を亡くした。
もうお前さんしか残っていないんだよ。だから、頼むよ。生きておくれ。
 そして、できるならば人を、エルフの同胞を恨まずにいておくれ」

いくらエルフでも、ここまで言われてはわかってしまった。この老婆とはもうここで別れてしまえば二度と会うことができないのだと。

エルフ「どうして……どうしてみんな私を置いていってしまうんですか? 私、みんなと一緒にいたいだけなのに……」

族長「そう願っているのはお前さんだけではないよ。誰だって、好きな人とずっと一緒にいたいはずさ。でも、今の世の中ではちょっとしたすれ違いからそうすることが皆できないんだよ。
 でもね、いつかきっと。誰もが笑って、種族なんてものを気にしないで手を取り合って生きていく時が訪れるはずさ。
 私はお前さんにそんな世の中を見てもらいたいんだ。だから……生きておくれ」

拭っても、拭っても溢れ出る涙。少女の瞳から落ちてゆくそれを老婆はそっと取り払う。

族長「さて、これで本当にお別れだ。あんたが来てから苦労は確かにしたけれど楽しい毎日だったよ。孫の顔が見れて本当に幸せものさ」

族長はエルフの元を後にし、森の奥へ奥へと進んでいく。己の傍を去っていく老婆にエルフは必死に手を伸ばすが足がすくんでその場から動けなかった。

エルフ「おばあさん、おばあさん! おばあさあああああああああああああああああん」

喉が裂けるほど大きな声を張り上げる。だが、老婆は一度として振り返ることなく森の闇に飲み込まれていった。

エルフ「う、うぅぅっ。ひっぐ、えぐっ。おばあ……さん……」

一通り泣き終わり、ようやく涙も枯れ始めた。だが、それと同時に気絶していた兵士たちがわずかに動き出しているのにエルフは気づいた。

エルフ(行かなきゃ……。この森をでなきゃ……。おばあさんの言ったことを守らないと。私は……生きないといけないんだ)

そして、再びエルフは駆けていく。森を出て、この先の未来にある何かを経験するために。

……



エルフ「そうして、私は森を出ました。でも、森を出たところで行く先も、生き方も知らなかった私はすぐに奴隷商人に捕まって奴隷になりました。
 そして、戦争が終わるまで奴隷として生きるための術を教えられて、私を買い取ってくれる人を探してこの街に来たんです」

男「そして、僕と出会った……」

エルフ「はい。男さんと出会えたのは私にとって本当に幸いでした。こんなにもいい人が私のことを引き取ってくれて、今こうしてあなたの傍にいることができる。
 今の私にとって、これが一番嬉しいことです」

男「……そういうことは真顔で言わないでくれ。それで、エルフのおばあさんとその学者のその後は……」

エルフ「わかりません。でも、きっと二人とも生きてはいないと思います。おばあさんはきっとあの時自分が死ぬことがわかっていて私を逃がしてくれたんだと思います」

男(……若いエルフたちによる変革か。やっぱり、戦争っていうのは何もかもおかしくさせるんだろうな。おばあさんはただ、平和に暮らしたかっただけだろうに……。
 でも、僕もその戦争の熱に浮かされていた一人だ。そう考えると彼女がこんな風に家族を亡くして過ごさないといけなくなった責任は僕にもあるんだ……)

エルフ「奴隷になった時はやっぱり辛かったです。頼れる人は誰もいなくって、嫌なこと、悲しいことばかりが頭の中を占めて……」

男「エルフ……」

エルフ「でも、そのおかげで男さんと出会うことができたんです。辛いこともたくさんありましたけど、私は今幸せです。ですから……」

次の言葉を紡ごうとするエルフを男はそっと胸元に抱き寄せ、その口を閉じさせる。

男「うん、そうだね。今エルフが幸せなら僕も嬉しい。だから、これからの毎日も楽しく、笑って過ごしていけるものにしていこう」

エルフ「……はい」


過去は変わらない。それでも誰もが前へと進んでいく。暗く、悲しい出来事を糧にして。その先にある明るい未来をその手に掴むために……。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before & after episode 「エルフ、その始まり」

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

戦乱の予兆

曇天模様の空。寒気がする風が肌を撫で、鋭い音を奏でている。
人々の住む大陸。その一端で、僅かながら動くものがあった。
ガシャ、ガシャと甲冑を揺らす音が聞こえる。口からは瘴気とも思えるような煙が漏れ出ている。
その姿は人に近く、それでいて一目見れば何かが決定的に違うのだと誰もに思わせるものだ。

今はまだ……誰もその存在に気がつかない。深い深い、闇の中から這いずってくる闇の存在に……。
悠久の過去に忘れ去られた脅威に……。

――男の自宅――

男「なあ、一つ聞いていいか?」ハァ

エルフ「なんですか、男さん?」

女魔法使い「なんでしょう、先生」

男「僕の家に女魔法使いが来るのはいい。前回の件でそれについては了承したから。エルフがこの家にいるのも同居人だから当たり前だ」

エルフ「そうですけど、それがどうかしたんです?」

男「うん、それ自体は問題じゃないね。でもね、朝食を食べ終わって久しぶりにゆっくり読書をしたいと思っているのに、君たち二人はどうして僕の両隣に座って読書に集中させてくれないのかな?」

エルフ「それは……その。私は男さんの……。もう、恥ずかしいから言わせないでください!」テレッ

男「あ~はいはい。そうだね、エルフは僕の恋人だね。まあ、理由として認めないこともないよ。それで? 女魔法使いはどうして?」

女魔法使い「言ったはずですよ、先生。私の目の黒いうちは不純な行動を取らせないと。しばらく観察して分かりましたが、そこのエルフは何かと理由をつけては先生の身体に接触しようと目論んでいます。
 天然を装って実は計算高いこの女のやり口は非常に悪質です。先生がその毒牙に犯されきらないうちに私がその接触を妨害するのです」

男「ああ、そう。妨害するって言ってる割に今女魔法使いが座っている位置はエルフの反対側だけどね」

女魔法使い「それは単に間に割って座るスペースがなかったからです。特に意味はありません」

男「そうか……。なんだか最近何を言っても女魔法使いには意味がないんだって諦め始めてきたよ」

エルフ「むむむ。女魔法使いさん! 男さんから手を離してください!」

女魔法使い「あなたこそ早く離れなさい。まあ、その身が消し炭になっても構わないなら別にいいですけどね」ニコッ

エルフ「はうっ! そ、そうやっていつも脅して……。でも、それも今日までですよ。昨日までの私とはもう違いますから」

女魔法使い「ほう、いいですよ。小ズルいエルフの策略。聞くだけ聞いてあげるとします」

エルフ「ふふっ。見て驚かないでくださいね……。必殺、男さんの背に隠れる!」グイッ

男「ぐえっ!? 急に首を引っ張らないでよ、エルフ。だいたいこんなことで女魔法使いが大人しくなるわけ……」

女魔法使い「な、なんて卑怯な手段を……。やはり悪い目は早めに摘み取っておくべきでした」ジロッ

エルフ「ぐぬぬぬ」ジーッ

アーダコーダ、アーダコーダ

男(はぁ……。毎日、毎日こんなんじゃゆっくり一人になることもできやしないよ。仕方ないな……)スクッ

エルフ「……? 男さん、どうかしました?」

男「ここじゃのんびり読書もできやしないから、一人でいられる場所に行くことにするよ。あ、一つ行っておくけど僕の後をついてきたりしたら駄目だから。もし、言うことを聞かなかったら……わかるよね、女魔法使い?」

女魔法使い「は、はいっ!? もちろんです、先生の言うことは絶対ですから!」

男「うん、分かっていればいいんだ。そうだ、僕がいないからって二人とも喧嘩するのも駄目だからね。文句を言い合うくらいなら別に止めないけど、手を出したら怒るから。それじゃあ……」テクテク

ギィィ、パタン

エルフ「……」

女魔法使い「……」

エルフ「行っちゃい、ましたね」

女魔法使い「……」

――旧エルフの墓――

男「うーん! やっぱりここは静かでいいな~」

男「ここ最近は女魔法使いがいるようになって周りも少し騒がしくなったし。でもまあ、エルフと言いあいをしながらも少しは打ち解け始めてきたようにも思えるなぁ……」

男「もし君が生きていたら二人を見て苦笑していたかもね。君って結構面倒見が良さそうだし……」ニコッ

男「な~んて、もしもの話をしてもしょうがないか……」ゴロリ

男「ちょっと、眠くなってきたかもな……。少しだけ、寝よう……」スースー

……



?「おーい、男。お~い」

男「……ん? ぅうん……」

騎士「よっ! ようやく、起きたか」

男「あれ? 騎士じゃないか。どうしてここに?」

騎士「ちょっとこっちに来る用事があったもんでな。んで、お前の家に行ったら出かけているって聞いてさ」

男「そうなのか。わざわざ悪いね、ここまで来てもらって」

騎士「気にすんな。お前にも話があったからな」

男「それで、その話ってなんなんだ?」

騎士「いや、少しの間女魔法使いを連れて行きたいんだけど、俺が言っても言うことをあまり聞かなさそうだからお前の手を借りようかと思ってな」

男「そうなの? もしかして、何か任務が入った?」

騎士「ああ、西の方で少し気になる噂が立っているみたいでな。調査隊を送ったんだが、なかなか帰ってこなくてな。
 もしかすると大事になるかもしれないから俺と女騎士と女魔法使いで調査に行くつもりなんだ。それで、女魔法使いを呼びにここまで来たってわけだ」

男「なるほどね。でも、その三人でいかないと行けないって結構大事なんじゃないの? みんな今は軍でそれなりの地位についているんじゃないの?」

騎士「まあな。でも地位が上がったからって何もしなくていいわけじゃないし。俺も最近は書類業務ばかりでたまには動きたいんだよ」

男「そういうこらえ性のないところは昔から変わらないね。騎士って考えるより先に手が出るタイプだし」

騎士「そうなんだよな。俺としては部屋にこもっているより現場に出てほかの兵士の意見を聴いたりしてたいんだけどさ」

男「書類業務も立派な仕事なんだし、頑張りなよ。それで、女魔法使いの説得だっけ? やるだけやってみるけど、あまり期待はしないでよ」

騎士「いや、そこは特に心配していないぞ。あいつはお前の言うことなら大抵聞くだろうし。じゃなきゃこんなこと頼まねーよ。さっきもお前の家に行ってエルフを前にして女魔法使いが大人しくしているのを見て驚いたところだしな。
 女騎士から聞いていたとはいえ、あの女魔法使いがああなるとは俺もさすがに予想していなかった」

男「最初はやっぱり驚くだろうね。でも、僕としてはようやく女魔法使いが前に進んでくれたから嬉しく思っているよ」

騎士「確かにいつまでもあのままじゃいられなかっただろうし。今回のことはいい機会だったのかもしれないな」

男「うん。でも女魔法使いが完全にエルフを受け入れられるかどうかはまだわからないから僕としては長い目で彼女を見守るつもりだよ」

騎士「そうか……。んじゃ、とりあえず戻るとするか。説得、任せたぞ」

男「頑張ってみるよ。でも、本当に期待しないでよ?」

騎士「はいはい。わかったってーの」

……



女魔法使い「ぜったいに、いや、です!」ダンッ

男「いや、ちょっと最後まで話を……」

女魔法使い「嫌ったら、嫌です! いくら先生のいうことでもそれは聞けません!」

騎士との再開後、自宅へと戻った男が待っていた女魔法使いに早速説得を試みた。最初からすんなりいくと思っていなかった男だが、予想以上に女魔法使いの反発が激しかったため少々面食らってしまった。

騎士「まあ、こうなるだろーとは思っていたけど、今回はやけにひどく拒否すんのな。やっぱりその子が原因か?」

チラリと視線をエルフに向け呟く騎士。その言葉にエルフは戸惑い、キョロキョロと視線を漂わせる。

女魔法使い「……そうですよ。ええ、そうです。今この状況で先生とこのエルフを二人にしておくと何があるかわかりません。わざわざ私が監視をしているから、何も起こらずに済んでいるのに……。
 なのに、どうしてこのタイミングで騎士さんは私と先生を引き剥がそうなんてするんですか!?」

騎士「いやな、俺だって別にわざとお前を男から引き剥がそうなんて思ってねーよ。ただ、今回はどうしてもお前の手が必要だと思ったからこうしてわざわざ出向いてきてるんだろ」

女魔法使い「それなら別にほかの人でもいいじゃないですか。どうして……」

騎士「ったく、我が儘言うなっての。お前はまだ軍に所属してんだから命令には従わないといけないの。それに、何か起こってからじゃ遅いだろ。お前だってあの時動いていればなんて後悔するのは嫌だろ?」

女魔法使い「それは……そうですけど」

騎士「だったら、今回は黙って言うことを聞く。安心しろ、用が済んだらすぐに返してやっから。それなら別に文句はないだろ」

女魔法使い「……わかりました。我が儘言ってすみません」シュン

騎士「ん。なら今すぐ準備しろ。準備ができ次第都市部に向かって女騎士と合流する予定だ」

女魔法使い「了解しました」トボトボ

男「なんだ、結局僕の説得は必要なかったじゃないか」

騎士「んなことねーよ。お前の前だから女魔法使いも意地を貼って面倒な奴だと思われたくなくて、ああした素直に引き下がったんだ。絶対あれ内心で怒ってるぜ。都市部に向かう間ずっと愚痴を聞かされんだろうな……」

男「まあ、そうならないように出る前に一言言っておくよ。騎士にはいつも苦労かけるね」

騎士「んだよ、そう思ってるなら戻ってこいよ」

男「何度も言うようだけど、それとこれとは話が別ってね」

騎士「……チッ。ホント上手い生き方してるよ、お前は」

男「あはは。褒め言葉をわざわざどうも」

騎士「嫌味か、このやろう!」

エルフ「あの~」

騎士「ん? どうした」

エルフ「いえ、女魔法使いさんの準備ができるまでの間、よかったらお茶でもどうでしょうか?」

男「だって? どうする、騎士?」

騎士「まあ、わざわざ用意してくれるってんだ。断る理由はないわな。それじゃあ、よろしくな」ポンポン

エルフ「あ、はい……。ありがとうございます」ニコッ

男「き~し~」

騎士「うおっ! 睨むなよ、別に色目使ってるわけじゃねーだろ」

エルフ「ふふっ。それじゃあ、少し待っててくださいね」トテテテ

騎士『お前いつからそんな嫉妬深くなったんだよ!』

男『なってないよ! 昔からこうだっただろ!』

騎士『いいや、違うね! 昔のお前はもっと根暗な奴だったからな! 一人でいるのがかっこいいと思ってたな、絶対!』

男『一体、いつの話をしているんだよ!』

アーダコーダ、アーダコーダ

エルフ「あははっ。騎士さんと男さんは本当に仲がいいですね」クスッ

……



女魔法使いの準備が終わり、男たちの元を騎士と女魔法使いが旅立ってから数日が経った。都市部へとようやくたどり着いた二人は待っていた女騎士と合流し、早速目的地である西の辺境の土地へと向かうことになった。

女騎士「久しぶり、女魔法使い。今回もよろしく頼むわね」

女魔法使い「お久しぶりです、女騎士さん。こんな任務さっさと終わらせて帰ってきましょう。どうせ、騎士さんの杞憂に付き合わされているだけでしょうから」

女騎士「ははっ。相変わらず厳しいこと言うわね。まあ、杞憂で済むならいいんだけどね……」

騎士「はい、はい。文句もあるだろうけど、一応これ正式な任務だから真面目にすること」

女騎士「あれ? いつの間に正式なものになったの? 騎士が個人的に調べたいっていう話だったと思ってたけど……」

騎士「いや、俺もそのつもりだったんだけど都市部に着いた時に上から正式な任務として依頼されてな。つーわけでこの依頼、気を抜くわけにはいかなくなったんだよ。まあ、元から気抜いてやろうとは思っていなかったけどな」

女騎士「そういうことなら、私たちも真面目に対応しないといけないな。いや、私も気を抜くつもりは無かったが……」

女魔法使い「さては、女騎士さん。この任務にかこつけて観光でも楽しもうかなんて思っていたんじゃないですか?」

女騎士「い、いや!? そんなことは……ないはず……かなぁ?」

女魔法使い「動揺しすぎです。はぁ、私がいなくなってから女騎士さんまでも騎士さんに似始めてしまって……。ただでさえ軍には騎士さんを尊敬して、騎士さんのマネをする人が多くてうっとおしいんですから」

騎士「お前、さりげなく俺だけじゃなく部下のことも馬鹿にしてるよな……。いや、まあいいや」

気心知れた相手だからこそできるような軽口を叩き合いながら、三人は進んでいく。文句を言いながらも、誰もその足を止めることなく日中は三人とも歩きづくめだった。やがて、日は沈み、空は黒一色に覆われた。
ぽつんと浮かび上がる月がやけに不気味で、遠くからは獣の鳴き声が聞こえる。広い平原の一角、都市部を出立する前に女騎士が用意していた食料や簡易野営用のテントを背負っていた荷物から取り出し、食事や寝床の準備を始める。

女騎士「ふむ……これくらいでいいかな? あ、女魔法使い火をもう少し強くしてもらえる?」

女魔法使い「はい。これくらいでいいですか?」ボォッ

女騎士「うん、ありがと。スープはこれくらいでいいとして、あとは騎士がテントの準備を終えるのを待つだけね」

女魔法使い「そうですね。はぁ、また戦争中のように騎士さんと同じテントの中で寝ないといけないんですね。襲われないか心配です」

女騎士「いや、それはないわね。騎士は奥手だし、そもそも襲うような度胸も持ち合わせていないわ」

女魔法使い「そうでした。それなら、安心ですね」

騎士「おい……人がいないのをいいことに、なんでもかんでも言いやがって……。しまいにゃ襲うぞ、お前ら」

女騎士「いいわよ、といってもこっちは腕っ節の立つ女と魔法に優れた女が相手だけどね」

女魔法使い「消し炭になる覚悟があるなら、いつでもどうぞ?」

騎士「ああ……今日ほど男の不在を恨んだ日はない。男より女の多い旅がこれほど辛いものとは……」

女騎士「そこは、ほら。もう諦めたほうがいいんじゃない?」

女魔法使い「ですね。だって騎士さん威厳ないですもん」

騎士「もう、お前ら遠慮の欠片もねえな!」

女騎士「いやいや。別に威厳がなくてもいいじゃない。それってある意味親しみやすいってことだし。まあ、威厳がないのは私も同意見だけどね」クスッ

騎士「フォローするならきちんとしろよ! 結局お前も傷口に塩塗りこんでるだけだろうが! はぁ、男……。軽く叩ける相手が欲しいぜ……」

女魔法使い「物思いにふけりながら先生の名前を呼ぶのは止めてください。男色の気があるように見えますから……」

騎士「ばっ! んなことねーよ! なんで、俺が男のやつと」

女騎士「もしかして騎士が女性との浮いた話がないのって男のせいなの……。ごめん、いくら私でもそれはちょっと……」

騎士「もう……どうにでもしてくれ」ハァ

一人気の沈む騎士をからかいながら食事を手渡していく女騎士。それに女魔法使いも乗じながら暖かなスープを口に運んでいく。
ゆらゆらと揺れる焚き火。女魔法使いの魔法によって薪に付けられた火は暗くなった周りを月明かりと混ざりながら照らしていく。
食事を終えた三人は交代で夜の番をとることになった。そして、もちろん多数決で最初の晩は騎士がすることになった。数の暴力は時に非情である。

騎士「くそっ……男の威厳なんてこんなものか。やはり、女の前では男は形無しだ……」

ぼやきながら焚き火の前に座り、番をする騎士。傍らには彼が愛用している剣がある。旅に危険はつきものとよくいうが、まさにそのとおりで旅の行商を狙う盗賊や魔物がいるなんてことは常識。それはただの旅人にも含まれるため、いつ危険が迫ってきてもおかしくないのだ。
もっとも、そういった危険から人々を守るため軍が各地に派遣した兵士が日夜敵と戦っているのだが……。

騎士「つっても、ここまで人一人見かけないとはな……。まあ、たまたまそういうこともあるだろうけど気になるな」

やはり事態は大事なのかもしれないと騎士が考えていると、彼から少し離れた位置に月明かりに反射してきらめく幾つもの瞳が暗闇から目を覗かせていた。

騎士「やれやれ、ゆっくりと休むことすらさせてもらえないのか」

腰を上げ、置かれていた剣を手に取り立ち上がる。力は適度に抜き、それでいて気配を鋭く研ぎ澄ませる。さきほど見えた瞳の数は十。敵の数は五と見える。しゃがんだ己と同じ目線にその瞳があったため、犬、狼系の魔物の類かと予想する。
目は既に暗闇に適応した。準備は万全、敵の姿も徐々に見えてきている。後ろの二人も異変に気づいて起きたようだ。

女騎士「せっかく眠れたところだったのに騎士がしっかりしないからこうなるのね」

女魔法使い「許しません」

騎士「その鬱憤は是非とも奴らに向かってぶつけてくれ。俺に非はない」

女魔法使い「そうですね、日頃溜まっていた鬱憤をこの際吐き出させてもらうとしましょう」

女騎士「獣相手に手加減する必要もないしね」

そう言って女騎士は剣を構え、女魔法使いは魔法紋を描いていく。

ジリジリと近づく互いの距離。獣の唸り声が夜風に乗って響き渡る。刹那、停滞を嫌った獣の一匹が群れから飛び出し三人に襲い掛かった。息をつく間も与えない速攻。狩りに特化した瞬発性、前へ前へと全身のバネを使って進んでいく。
獣側からすればこのまま為すすべもなく己の牙に肉を引き裂かれ餌となるはずの獲物たち。だが、そんな彼の期待は裏切られることになる。

騎士「遅せえよ……」

流れるような抜刀。己めがけて襲いかかる獣腹部めがけてなぎ払われたその一線は、まるで剣舞を見ているような美しい軌跡を描きながら獣の体を切り裂いた。
流れ出る血。赤黒いそれを刀身にまとわりつかせながらも月明かりに反射するその剣は美しくその身を輝かした。

女騎士「さすが、騎士。戦闘の時だけはホント惚れ惚れするような腕前ね」

女魔法使い「戦闘時の真剣さをもっと女性関係にも生かせればいいのですけどね。本当に残念な人です」

騎士「それを言うなよ。これでも気にしてんだからさ」

敵を前にして余裕を見せる三人。そんな彼らとは対照的に勢いよく飛び出し、その結果絶命した仲間を前にして獣たちは尻込みしていた。
どうする? どうする? この相手は普通じゃない。今まで自分たちが狩ってきた相手とは全く別の生き物だ。
彼らは気がついた、狩りをするために襲いかかった相手は己よりはるかに強大な力を持った生物で、ここでは狩りの対象は向こうではなく、むしろ自分たちが獲物なのであるということに。

騎士「おーおー。意気消沈しちまってるよ、あちらさん。このままなら自分たちの命がなくなるってことがわかるくらいには知性があるようだ」

女魔法使い「といっても、素直に逃すつもりはないですけれどね。私の睡眠をじゃました罪は重いです」

そう言いながら指を動かす女魔法使い。既に中にはいくつもの魔法紋が描かれている。文字を連ね、紋様を重ね合うその様はまるで匠の美術家が絵画を描いているようだ。

女騎士「あ~、女魔法使いがやる気なら私の出番はなさそうね。それじゃあ、あとは頑張ってね」

剣を鞘に収め、その後の成り行きを見守り出す女騎士。獣たちも今から起こることに対する不吉な予感を感じ取ったのか、一目散にこの場から逃げ出した。

女魔法使いの創造が終わる。敵の殲滅を目的としたそれは紋様を基点として、その姿を世に表す。
細長く、それでいて鋭く尖った槍。一切の無駄をなくし、敵を貫くための形状に整えられたそれは高熱を持って現れた。それもそのはず、その槍は現実には作ることの叶わない炎によって形作られていたのだ。
逆巻き、燃え上がる炎槍。無理やり形にハメられ、圧縮されたそれは内部で溜まった炎が暴れまわり、己の身を燃やす熱の温度を極限まで上げていく。

女魔法使い「私の眠りを妨げた罪、その身をもって思い知りなさい!」ブンッ

振り下ろされた女魔法使いの手を合図に、空中に待機していた炎槍は一斉に目標めがけて飛んで行った。全力で駆ける獣たちをあざ笑うかのようにその切っ先は一瞬にして彼らの身体を貫いた。

激痛に悶える獣もいれば、衝撃に耐え切れず意識を手放し絶命した獣もいた。前者は残り数秒の命、後者は言うまでもない。
だが、このあとに起こることを考えれば彼らは皆後者の選択をすべきだった。

女魔法使い「これで……終わりです!」グッ

そう言って女魔法使いは開いた拳をグっと握り締める。その動作に呼応するように獣の体に突き刺さった炎槍は爆散し、内部にあった炎を辺に撒き散らした。
生きながらにして内側から炎に包まれ燃やされるという地獄の苦痛を与えられた獣はついにその姿を欠片も残すことなく消し炭となり、消え去った。
この世に唯一形を残したのが一番最初に彼らに挑み、逃げることなくその命を散らしたものだとは、なんとも皮肉である。

騎士「終わったか。まったく、勘弁して欲しいぜ。おちおち休んでもいられない」

女騎士「そうね。というわけで、用は済んだから私と女魔法使いはまた寝るわね。その間の見張りよろしくね」

女魔法使い「あ、ちなみに次は襲撃があっても起きませんから騎士さん一人で対処してくださいね」キッパリ

騎士「お、お前ら……。二人とも寝ている間に敵に襲われて死んじまえ!」

粗雑な扱いを受ける騎士の叫びが空へと虚しく響く。いくら地位が上がっても、昔の戦友の前では形無しの彼だった。

……



数日の旅を経て、ようやく三人は目的の場所にたどり着いた。だが、そこで彼らが見たものは想像もしていなかった光景だった。

騎士「なん……だ、これ」

瞳に映るのは荒れ果てた家屋。火の手が上がったのか、焦げ残った跡を残した地面や家。そして、その付近には先遣隊として派遣されていた軍の人間たちの死体が無残に転がっていた。
死後数日が立っているため、死体は魔物たちに食い荒らされ、見るに耐えない形状になっており、腐敗臭も漂っている。
思わず現実から目を背ける一行。そんな中、ふと驚いたように女騎士が声を上げる。

女騎士「二人とも、あそこで今何か動いたぞ」

女騎士の言葉に騎士と女魔法使いも視線を移す。その瞳は確かに人影と思わしきものが家屋の中に入っていく何かを捉えていた。

騎士「気になるな。よし、周りを警戒しながら向かってみるぞ」ザッ

騎士の言葉に二人は頷き、警戒を強めながら目的の家屋へと進んでいく。その間、彼らが見たのは先遣隊だけでなく、恐らくこの地に住んでいたと思われる人々の死体の数々。それらを視界の隅に収めながら、一抹の悲しみを抱き、その場を後にするのだった。

騎士「ここ……か」

目的の家屋の前にたどり着いた三人は緊張した面持ちで扉の前に立っていた。騎士と女騎士は剣を抜き、既に構えている。女魔法使いも何が起こってもいいという状態になっていた。

騎士「行くぞ……。三、二、一……」

上げていた片腕を振り下ろし、騎士は扉を蹴り飛ばして中へと入る。それに続くように女騎士、女魔法使いも中にはいる。
だが、扉の先で三人を待っていたのはある意味で予想外の存在だった。

少女「……」

騎士「おんなの……子?」

予想外の存在の登場に驚く三人。確かに人影を見たと思っていたが、皆が考えていたのはこの事件を起こした正体不明の敵の仲間であり、外の有様から生き残っている人がいるとは予想もしていなかった。
少々面食らったが、すぐさま冷静さを取り戻した騎士が優しく少女に話しかける。

騎士「君、大丈夫か? 話せる?」

騎士の呼び掛けに、しかし少女は何の反応も見せない。瞳は虚ろで、視線が定まっていない。身体を縮こまらせて小さく震えている。

少女「――、――」

騎士「駄目か……」

少女の様子を見て騎士はここで何が起こったのかという情報が得られないと理解する。外の様子を見た限りでも悲惨な光景なのだ。その現場をもしこの少女が見ていたのならこのようにショックを受けてまともに話せない状況になってしまってもしかたがない。
ひとまずこの少女の保護を優先しようと騎士が判断を下し、家の外へ少女を連れ出そうと手を差し伸べた時、少女の口から小さく言葉が隠れ出ているのに騎士は気がついた。

少女「おか、あさん。おとう、さん」

騎士「……」ギリッ

少女の口から溢れ出た呟きを聞いて知らず騎士は己の身体に力が入った。恐らくこの少女の両親は先ほどの死体の山の中に混じっているのだろう。もしもの話をしても意味はない。結果として騎士たちは先遣隊やこの地に住んでいた人々の命を守ることができなかったのだから。
だからこそ、救えなかったという事実がなおさら彼の両肩に重くのしかかる。

騎士「ごめん、助けることができなくてごめん……」

少女の身体を己の胸に抱き寄せ謝罪する騎士を女騎士も女魔法使いもただ黙って見守っていた。彼女らが抱いている思いも騎士と全く同じものだったから……。

しばらく少女を抱きしめたあと、騎士は彼女を己から離し、その手を引いて外に出た。

騎士「一度他に生存者がいないか確認しよう。それから、先遣隊や人々を襲った敵の痕跡があるのなら見落とさないように。こんなこと、ただ事じゃない。恐らく軍部が総出で取り掛かる自体になる可能性が高いからな。情報は少しでも多く持ち帰れる方がいい」

女騎士「わかった。じゃあ、私は生存者の確認を主として行うとしよう。魔術的な痕跡が残っているのなら私や騎士よりも女魔法使いの方が見つけられるだろうから、そっちの調査は任せるわ」

女魔法使い「わかりました。では、合流時間を決めておきましょう」

騎士「四半刻くらいだな。この状況を早く軍に伝えたほうが良さそうだしな。ひとまずここを合流地点とする。もし、重要な痕跡を発見したり、異変があったりした場合は即座に皆に知らせること。いいな?」

女騎士「了解。それじゃあ、後で」

女魔法使い「ええ、また後で」

女騎士は生存者の捜索、女魔法使いは何か痕跡が残っていないか調査、そして騎士は少女の手を優しく握りしめてその場から動かないでいた。

騎士「大丈夫。きっと、君の他にも生きている人がいるはずだから」

そう言って少女の頭を優しく撫でる騎士。虚ろな瞳のまま少女は己に触れる存在へと視線を移す。恐らく、心が麻痺しているため条件反射で目の前の人物を見ただけだろう。

騎士(この子を少しでも安心させるためこんなこと言っているけど、状況は絶望的だ。死体の状態から少なくと事が起こったのは数日前と思う。もし生きている人がいたとしてその間この場所から動かないでいないはずがない。
 近くの村や街に逃げて状況を知らせるはずだ。でも、旅の途中に出会った行商人たちはそんなことを知っている様子はなかった。
情報が命ともいえる彼らが知らなかったということは、ここで起こったことを知ったのは恐らく俺たちが最初だろう。だとしたら他の生存者はもう……)

悔しさから顔を歪ませる騎士を少女は不思議そうに眺めていた。そんな少女の視線に気がついて騎士はすぐさま笑顔を浮かべる。

騎士「ごめんね、何でもないよ。もう少ししたらさっきの二人も戻ってくるから。そうしたら都市部に向かおうか」

それから四半刻が過ぎ、二人が騎士の元へと戻ってきた。結果は騎士の予想通り。生存者は他にいなかった。そして、僅かに期待していた敵に関する情報も何一つ手に入れることができなかった。

騎士「行こう。これ以上ここにいてもしょうがない」

そう言って少女の手を引いて都市部に向かおうとする騎士。だが、そのまま付いてくると思った少女がその場に立ち止まったままだったため、騎士は一旦足を止めた。

騎士「駄目だぞ。ここにはもう、誰もいないんだから……」

その言葉に納得したのか少女は振り返り、逆に騎士の手を引くようにして前へと進んでいく。

騎士「あ、おい……」

すぐさま、歩む速度を合わせる騎士。だが、少女の横に来た騎士が見たのはその頬を流れる一滴の涙だった。

騎士「……」

無言のままその場を後にする騎士一行。敵の正体は未だ不明。ただ一人の生存者を連れて彼らは都市部へと戻っていくのだった。

……



――遠く。

荒れ果て、死体のたまり場になった場所から遠く離れた場所から未だ命のある四つの人影を眺めるモノたちがいた。
ガシャ、ガシャと甲冑が音を立てる。中には甲冑を身にまとうことなく、ボロ布一枚の格好をした者もいる。数十もの影が列を作って彷徨い歩く。初めは一。次に二。そして四と。徐々にその影は数を増やして歩いていく。
その最前列。始まりの一。全ての元凶。どのような素材で作られたかもわからぬ面を付け、口からは瘴気と思える煙を漏らしている。
古びた甲冑を身にまとい、それでいてその格好に似合わない名刀の類の輝きを見せる剣を腰に指している。その肉体は血の巡りがなくなってなお、強靭だったかつてをそのまま留めている。まるで、呪いのように。
そう、彼らは死者。この世を彷徨い歩く亡者達。死してなお、この世に身体を残し、ただ生ける者への憎しみだけを持って生まれ変わった人々の外敵。

……風が吹く。血と、腐敗を漂わせ、大地を赤く染め上げる戦乱の風が。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 戦乱の予兆 ――完――
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

女魔法使いたちとの和解

これは、まだ男とエルフが仮の家にいる時のお話。天敵との出会いと、彼らとの和解を描いた物語。

チュン、チュン チュン、チュン

エルフ「ふ……ぁぁああああ。よく寝ました。今日の天気もいいですね! こう天気がいいと、一日のやる気も自然と湧いてきます」ノンビーリ

エルフ「さて、朝食を作らないといけませんね。そ、の、ま、え、に……」コソコソ

ギィィ、バタン

エルフ「男さ~ん。朝ですよ~。……返事がないですね、まだ寝ているみたいです」ニヤッ

エルフ「こっそり、こっそり。男さんのベッドにちょっとだけ……えいっ!」モゾモゾ

エルフ「男さ~ん」ギュッ

エルフ「……!」

エルフ「男……さん?」

男「うぅ……。熱い……」

エルフ(男さんの身体、とても熱いです。これは、もしかして……)

男「……ぁ、エルフ……。おは……よう」

エルフ「大変です! 男さん、熱があります!」アワアワ

エルフ「ひとまず、どれくらいの熱なのか確かめないと……」ピトッ

エルフ「うわぁ……。すごい熱いです、どうにかしないと……」

男「うぅっ……」

エルフ「男さん、待っていてください。すぐに水袋を用意してきますから!」トテテテテ

……



男「ごめん……どうも熱がでた……みたいだ」ウウッ

エルフ「男さん、大丈夫ですか?」ウルウル

男「うん……ちょっと、ふらつくけど大丈夫だよ。それよりもエルフ……ちょっと買い出しを頼まれてくれないか……」

エルフ「なんですか? 無理しないで、どんどん頼ってください! 私、なんでもしますから」

男「ありがとう……。それじゃあ、今メモを書いたからそこに書かれている物を買ってきてくれ……。買うのが無理そうなら……悪いけどおじいさんに頼んで買ってもらってきてくれ」

エルフ「わかりました! 今すぐに買ってきます!」トテテテテ

男「ふぅ……行ったか。大丈夫……かな?」

男「それにしても、熱が出るなんて……。ホント、参ったなぁ……」

――街中――

女魔法使い「困りました……先生のいたはずの家が取り壊されています」

女騎士「本当にここだったの? もしかしたら、記憶違いってことかもしれないじゃないか。ここには一回しか来てないんでしょ?」

女魔法使い「たとえ一回でも、私が先生に関することを忘れるわけがありません。絶対にここは先生の家でした!」

女騎士「そ、そう? まあ、女魔法使いが男に関することを間違えるとは私も思ってないけどさ……」

女魔法使い「もしかしたら引越しをしたのかもしれませんね。これは情報収集するしかありませんね」

女騎士「ねえ、なにも今日中に会わないといけない理由はないし、一度宿に行ったらどう? 女魔法使い、ここに来るまで何度もバテてたじゃない」

女魔法使い「確かにそうですが、先生がいる街に来たので、私の疲れはもうありません。ああ、先生。待っていてくださいね、今会いに行きますから……」

女騎士「駄目だ、こりゃ。本当に女魔法使いは男が絡むと見境がなくなるよ」ハァ

女魔法使い「いざ、先生の元へ。です!」

……



男(うぅっ……熱い……寒い)ガタガタ

男(エルフのやつ、大丈夫かな……。ちゃんと買い物できてるかな……。いざとなったら、おじいさんが買ってきてくれるだろうけど……)ボーッ

男(ダメだ……熱のせいで、うまく考えがまとまらない……。今はエルフが帰ってくるのを待つしかないか……)

ギィィ、バタン

男(あ……扉の開く音。エルフのやつ、帰ってきたのか? それにしては……だいぶ早くないか……)

?「本当に、ここなの? ノックしても誰も返事しなかったけど。それに、他の人の家だったら勝手に入るのはイケナイ事だぞ」

?「ここで間違いありません。何人もの人に聞いたんですから。きっと今はどこかに出かけているんでしょう」

?「それにしたって、家主がいない家に入るのはやっぱり駄目だ。素直に外で待っていよう」

?「女騎士さんは心配症ですね。ここは先生の家で違いないんです。少しくらい待たせてもらっても問題はないですよ。だいたい、そんなことを言うような浅い関係でも私たちはないはずですよ?」

?「なっ!? 心配症で何が悪いんだ。だいたい、親しき仲にも礼儀ありと言うだろう。女魔法使いは少し非常識だぞ」

?「いいですよ、じゃあ女騎士さんは一人で外で待っててください。そもそも、何で今回の訪問に付いてきたんですか? 軍の方って忙しいんじゃありませんでしたっけ?」

?「そ、それは……。べ、べつにいいだろう、私が男の家を訪れたって。戦友なんだし……。そもそも私一人だけが男の家を訪問していないのは不公平だ! みんな勝手に男の元を訪れて……」

?「別に勝手に来たっていいじゃないですか! だいたい、私は騎士さんが止めていなかったらもっと早く先生の元を訪れてました!」

?「私だってそうだ!」

アーダコーダ アーダコーダ

男(頭に響く……。誰だよ、一体……)ムクリ

ギィィ、バタン

フラフラ フラフラ

男「……誰?」

女魔法使い「! 先生! ほら、やっぱりいたじゃないですか!」

女騎士「確かに、いたけど。男の奴ちょっと様子がおかしくないか?」

女魔法使い「えっ……?」ジーッ

男「あれっ? 女騎士……それに女魔法使い。どうして……ここに?」フラフラ

女騎士「お、おい、男……」ダキッ

男「あ……ごめん」

女騎士「うわっ! 凄い熱だ。お前、こんな状態で何してるんだ!?」

男「なにって……うるさかったから……」

女魔法使い「先生、体調悪いんですか?」アワアワ

女騎士「ああ、熱もあるし寝かせておいたほうが良さそうだ」ヨイショ

男「あう」

女騎士「このままベッドまで運ぶぞ。部屋がわからないから案内してくれ」

男「わかった……ごめん、女騎士」

女騎士「気にするな。友人として当たり前のことをしているだけだ」テクテク

女魔法使い「先生、大丈夫ですか、先生?」オロオロ

女騎士「頼むから、女魔法使いは少し黙っててくれ」ハァ

――男の自室――

男「ごめん……な……二人とも」

女騎士「気にするな、困ったときはお互い様だ。それよりも、お前こんな状態になってるのに一人で生活していたのか?」

女魔法使い「先生、先生……」オロオロ

女騎士「とりあえず、女魔法使いは話の邪魔だから部屋の隅っこにいっててくれ」

女騎士「まったく、素直に誰かに頼ればいいものの。そういうことが苦手なのは昔から変わっていないな」

男「いや、そんなこと……」

女騎士「なんだ? もしかして、誰か頼る相手がいるのか……?」ジーッ

男(……あっ。しまった、エルフのことについては騎士しか知らないんだった……。不味い……このままじゃ二人とエルフが鉢合わせしちゃう……)

男「あの……女騎士……」

女騎士「ん? どうした?」

男「ちょっと……話しておかなきゃならないことが……」

ギィィ、バタン

エルフ「男さ~ん。今帰りましたよ~」

女騎士「あっ? 誰か帰ってきたみたいだね。それにしても、この声女の子の……」

男(くそっ……このタイミングで……。どうにかしないと……)

女魔法使い「あ、私が様子を見てきます」テクテク

男「まっ……」

女騎士「まあ、まあ。そんなに無理しない。男の客なら女魔法使いも無下にはしないさ」

男「ちがっ……」

女騎士「なに? もしかして、女魔法使いに会わせたくない相手だったの? ふ、ふ~ん。もしかして、今訪れた子……」

女魔法使い「な、な、な! なんでエルフがこの家に! 汚らわしい一族! お前のようなものがこの家に土足で踏み込んでいいと思ってるの!」ドカッ

エルフ「キャッ……。うぅ、怖いです。何なんです、急に……。あれ、あなた前に男さんといた……」

女魔法使い「喋るな、見るな、息をするな。お前たちみたいな存在がまだ生き残っているなんて……。私が今すぐに息の根を止めてやる!」

男「……っ! エルフ!」ダッ

女騎士「あっ! おい、男っ!」タッタッタッ

女魔法使い「死になさい!」

男「待て! 女魔法使い」ダキッ

女魔法使い「せ、先生!? 離してください、どうして止めるんですか!」ジタバタ

男「その子は、その子はな……」

エルフ「男さんっ!」ギュッ

女魔法使い「あ、お前……。気安く先生に触るんじゃない!」バッ

男「うっ……」ドカッ

エルフ「あっ!」

女魔法使い「えっ……」

男「……」フラフラ

パタッ

エルフ「男さん! おとこさんっ……」ウルウル

女魔法使い「そ、そんな……。わた、わたし……そんなつもりじゃ」オロオロ

女騎士「いったい……これはどういう状況なんだ?」

……



男「ぅ……ぅう」パチッ

女騎士「あ……男。目が覚めたのか」

男「女……騎士? あれ、僕は……」

女騎士「女魔法使いの一撃をくらって今まで気絶してたんだよ。まったく、呼びかけても全然反応がなかったから、少し焦ったぞ」

男「あ……そっか。僕……気絶してたのか……」ムクッ

女騎士「まだ寝ていた方がいい。少しは熱が下がったとはいえ、本調子にはほど遠いだろうからな。それから……一つお前に聞いておかないといけないことがあるんだが……」

男「僕も……二人に説明しておかないといけないことがあるんだ」

女騎士「それは……この家にいるエルフのことについてだな……」

男「うん……。そうだ! エルフ、エルフは大丈夫なの?」

女騎士「今のところは。といっても、女魔法使いは今すぐにでもあの子を殺したがっているけど」ハァ

男「ちょっと、それは駄目だ。あの子は僕にとって大事な存在なんだ……。だからっ!」ケホッ、ケホッ

女騎士「男……。だから、無理するなっていっただろ」サスリ、サスリ

男「ありがとう、女騎士……」

女騎士「い、いや……べつにこれくらいのこと……」テレッ

男「それよりも、エルフは今どうしてるの?」

女騎士「ああ……あの子は今自分の部屋で女魔法使いに睨まれて大人しくしているよ。とりあえず、今すぐにどうこうなることはないと思う」

男「そっか……」

女騎士「私は女魔法使いの様子を見ながら、話が聞けるならあのエルフの女の子から聞いてみるから、今はゆっくり休んでいろ」

男「わかった、ありがとう」

……



女魔法使い「……」

エルフ「……あの」

女魔法使い「……」ジロッ

エルフ「……あぅ」ビクビク

エルフ(うぅ……さっきからずっとこんな状況です。息が詰まります。でも、この人の反応……やっぱり私、というよりエルフのことを嫌っているんですよね。今までもいろんな人にこういう反応をされたことをありましたけど、この人はこれまでで一番酷い反応です)

女魔法使い「なんで……先生。なんで……エルフなんかと」ブツブツ

エルフ(この人、なんだかとっても怖いです……。さっきからぶつぶつ独り言つぶやいていますし……)

女騎士「お~い、中にはいるよ」ギィィ

女魔法使い「あっ! 女騎士さん。先生は、先生は大丈夫ですか?」

女騎士「うん、今目を覚ました」

女魔法使い「よかっ……たぁ。先生があのまま目を覚まさなかったら、私、私……」

女騎士「安心した?」

女魔法使い「はい。先生が目を覚ましたのなら、こいつはもう始末してもいいですよね? 先生もそう言ったんでしょ?」

エルフ「……ひっ!?」ビクビク

女騎士「そのことだけど、この子に手を出すのは駄目。男にとって大事な子みたいだから」

女魔法使い「……そんなっ! だって、エルフですよ!? 私たちにとっての仇敵ですよ! なんで、そんな奴を目の前にして放置しないといけないんですか!」

女騎士「女魔法使い、男が手を出すなって言ってるんだから文句を言わない。それに、エルフとの戦争はもう終わったのよ。ここは戦場じゃないし、私たちもエルフだからといって好き勝手に殺せるような立場でもない」

女魔法使い「そんなの関係ありません! 甘いことを言ってエルフを放置して何か事件を起こしたらどうするんです? そのせいで誰かが殺されるようになったらどうするんです!
 私は、そんな状況が起こると想像するだけで身が震えます。だから、悪い芽は早めに潰しておかないと……」

エルフ「わたっ、私はそんなことしません!」

女魔法使い「黙ってて! 先生はどうして、あれだけエルフを憎んでいたのに……。ずっと、私と同じ気持ちでいてくれると、私のことを一番に理解してくれてるのは先生だと思ってのにどうして……」

女騎士「女魔法使い……」

女魔法使い「私……やっぱり納得できません。エルフと先生が一緒にいるなんてこと認められない。だから、しばらくこの街に滞在することにします」ダッ

女騎士「あっ……どこに行くつもり?」

女魔法使い「宿をとってきます。女騎士さんは私が戻ってくるまでそのエルフが先生に近づかないように見張っていてください」タッタッタッ

女騎士「……」

エルフ「……」

シーン

エルフ「えっ……と」オズオズ

女騎士「そんな不安そうにしなくてもいいですよ。私は女魔法使いたちに比べてエルフにそこまで嫌っていませんから」

エルフ「あ、はい。すみません……」

エルフ(この人はまだ優しそうな人だなぁ……)

女騎士「それで、聞きたいのですが、あなたは男と一緒にここで生活しているのですよね?」

エルフ「はい、そうです。私、男さんの奴隷として買っていただいて」

女騎士「そう……奴隷、ね。でも、男の口ぶりじゃそれ以上の存在として大切にされてるみたいだったけど?」

エルフ「えと、それは……」

女騎士「まあ、無理に話さなくてもいいわ。いざとなったら男に聞くことにするし。それと、ごめんなさい」

エルフ「えっ?」

女騎士「女魔法使いのこと。さすがに、行きすぎた行動だと思うけれど、あの子のことを知ってるだけに下手に止めるわけにもいかなくて。嫌な気分になったでしょ?」

エルフ「いえ。それは、私がエルフだから悪いのであって、別にあの人のせいではありませんから。それに、こういった扱いには慣れていますから」

女騎士「そう……」

エルフ「あの、女騎士さん……」

女騎士「なんですか?」

エルフ「聞かせていただけるのでしたら、なんであの人が私のことを、というよりエルフをあんなに嫌うのか教えていただけませんか?」

女騎士「……」

エルフ「あっ、無理なら別にいいんです。少し気になっただけですから……」

女騎士「う~ん、その話なら私よりも男に話を聞いたほうが早いですよ。彼女のことを一番知っているのは男ですから」

エルフ「えっ!? そうなんですか?」

女騎士「ええ。だって、身寄りのない彼女を引き取ったのは……男ですから」

……



チュンチュン、チュンチュン

男「よし、熱も下がったし体調もよさそうだ。ひとまず、女魔法使いたちに事情を説明しないといけないな」テクテク

ギィィ、バタン

男「おはよう、エルフ……」

女魔法使い「あ、おはようございます先生」

女騎士「あ、男か。ようやく起きたな。もう大丈夫なのか?」

エルフ「……」

男「あ……うん。まあ、熱も下がったし大丈夫だけど。それよりも二人はいつからここに? てっきり帰ったと思ってたけど」

女魔法使い「エルフがこの家にいるのに私がそれを放置して帰るわけないじゃないですか。近くの宿の部屋を借りて、私と女騎士さんで交代でエルフを見張っていたんですよ」

女騎士「と、いうわけだ。女魔法使いがしばらくこの街に滞在すると言ってな。こいつ一人を置いていったら何をするかわからないから私も一緒に滞在することにしたんだ」

男「そうなのか。それよりも女魔法使いはどうして料理を作ってるんだ?」

女魔法使い「いえ、いつも料理はそこのエルフが作っていると聞いたので。エルフが作ったものを先生に食べさせるわけに行きませんので、私が代わりに作っているんですよ」

男「……そう、か」

女魔法使い「大丈夫です、先生。きっと先生は一人でいる時間が長かったからエルフに対して寛容になってしまっているんです。こんなことになってると分かっていれば、もっと早くに先生の所に来て私が支えになるべきでした。
 先生に拾ってもらっておいて、先生の状態に気がつかなかった私は弟子失格です」

男「女魔法使い……」

女騎士「……」

女魔法使い「先生、すぐに料理をお持ちするのでもう少し待っていてくださいね」ニコッ

男「しまったな……。こんな風になるとわかっていたから前は女魔法使いにエルフを会わせないようにしていたんだけど」

女騎士「すまない、男。私もお前がエルフと住んでいるっていうことを知らなかったから……」

男「いや、いいんだ。僕が騎士にエルフのことを伝えないでいてくれってお願いしていたんだから。むしろ、女騎士には前にあったときにでも話しておくべきだったと後悔しているところだ」

エルフ「すみません、男さん。私のせいで……」

男「エルフは何も悪くないさ。ただ、女魔法使いがこうなるのも僕にはわかるから……。とりあえず、どうにか女魔法使いが納得できるように説得するからもう少しだけ我慢してくれるか」ナデナデ

エルフ「はい、わかりました。私、頑張ります」ニコッ

女騎士「なんだか、お前も大変だな……」

男「まあ、自分で選んだことだしね。これくらいは覚悟の上さ。最悪女魔法使いには軽蔑されることになるかもしれないけど」

女騎士「そのへんの話は後で聞くとするよ。――っと、料理ができたみたいだな」

女魔法使い「朝食なので、簡単なものですけれど。どうぞ」コトッ

男「ありがとう……って、エルフの分は?」

女魔法使い「……どうしてエルフにまで料理を出さなくちゃいけないんですか?」

男「……はぁ。彼女は僕の家族だから、エルフだとかそういうの抜きにして扱ってあげることはできないかな?」

女魔法使い「……わか、りました」ギリギリ

コトッ

女魔法使い「……どうぞ」ジロッ

エルフ「あ、ありがとうございます」ビクビク

女騎士「……やれやれ」ハァ

……



女魔法使い(先生は変わってしまいました。エルフを家に置くなんて昔の先生だったら考えられません)

女魔法使い(戦争中、家族をエルフに殺されて軍に入って。そこで騎士さんや、女騎士さんと出会った先生)

女魔法使い(そんな先生に家族を失って途方に暮れていた私は救ってもらった)

女魔法使い(だから、そんな先生の力になりたくて魔法を教えてもらって一杯勉強して。大っ嫌いなエルフをたくさん倒して、殺してきた)

女魔法使い(そんな私を戦争中先生は何度も褒めてくれた。よくやったな、えらいなって。だから、私はそんな風に褒められるのが嬉しくって一杯、一杯エルフを殺してきた)

女魔法使い(だというのに、今目の前にいるエルフに先生は手を出すなっていう。なんで、先生。あんなにエルフを嫌っていたのに、家族を殺された憎い相手だって言っていたのに……。どうしてそのエルフだけ特別扱いするんですか?)

女魔法使い(私は、先生がいなくなってからもずっと先生に褒めてもらえるように頑張ってきましたよ。魔法の勉強も欠かさずに続けて、私みたいに戦争の被害にあった人のケアにも行きました。少しでも人の役に立てるようやれることは精一杯やってきました)

女魔法使い(なのに、どうして私のことを今まで一番理解してくれていた先生がこれまでの私を否定するようなことをいうんですか?)

女魔法使い(憎かったんじゃないんですか? 殺したいんじゃなかったんですか? 大事な人たちを、仲間を私たちはこいつらに殺されてきたんですよ?)

女魔法使い(先生は、変わっていまいました。私がしっかりしていなかったから……)

女魔法使い(先生、先生。大好きな先生。私が絶対に先生の目を覚まさせてあげます。それが、先生に拾っていただけた私にできる恩返しです)

エルフ「男さん、私はどうしてればいいでしょうか?」

男「えっと、基本的にはいつもと同じようにしてくれて構わないよ。もし、女魔法使いが何か言うようなら僕が言っておくからさ」

エルフ「はい。それじゃあ、今日もお仕事頑張りますね!」トテテテテ

男「ふう、ひとまずエルフの方はこれでいいとして……」チラッ

女魔法使い「……」

女騎士「もう話せる準備はできたのか?」

男「ああ、それじゃあちょっと長くなるけれど二人とも話を聞いてもらえるかな?」

……



男「というわけだ。僕は戦争が終わってこの街に滞在するようになった。そこで、今はもういない旧エルフと出会って、エルフに対する考えが少しずつ変わって、今のエルフを引き取る事にしたんだ」

女騎士「なるほど……な。あれほどエルフを嫌っていたお前があの女の子を傍に置く理由が分かった気がするよ。それに、彼女を大事にするのはその旧エルフに対する後ろめたさがあるからか?」

男「それもないとは言えない。でも、僕はあの子を家族のように、大事な存在だと思ってるんだ。だから、できることならエルフだからって偏見を持たないであの子に接してあげてほしい」

男(さすがに、エルフとのホントの関係を言うわけにも言わないしな…… 。嘘はついていないし、これくらいまでなら話していても大丈夫だろう)

女騎士「私は…… 別にエルフを差別的に見るつもりはない。かつては仇敵だった相手とはいえ、もう戦争は終わってるんだ。
 確かに最初は警戒しながら接する事になるかもしれないが、相手が良いエルフであるのなら、こちらの態度もきちんとしたもので返すつもりだ」

男「そっか……。女魔法使いは、どう?」

女魔法使い「私は……無理、です。そもそも、先生がどうしてそんなことを言うのか理解できません。
 先生、私たちにとってエルフ族は敵だったはずです。ちょっと、甘い顔を見せたからって気を許すのは間違っています」

男「女魔法使い……」

女魔法使い「でも、大丈夫です。私がきっと先生を元の先生に戻しますから。エルフに毒された先生には今の私の言っている事が理解してもらえないかもしれないですけれど……。でも、きっと……」ニコッ

男「……」

女騎士「男、今の女魔法使いには何を言ってもきっと無駄じゃない? だから、少しずつ時間をかけて理解してもらうのが一番だと思うよ」ボソッ

男「そうだね、僕もそう簡単に女魔法使いが納得するとは思っていないから……。でも、分かってもらえるよう努力するつもりだよ」

――男の自宅――

エルフ「男さーん、洗濯物取り込みましたよ!」

男「そっか、ありがとねエルフ」ナデナデ

エルフ「えへへっ」テレッ

女魔法使い「……」ジッ

エルフ「はっ!? あ、あの男さん。すみません、次の仕事がありますから」サッ

男「あっ、エルフ……」チラッ

女魔法使い「先生、私にも何かお仕事をください」ニコッ

男「いや、そんなことをさせるわけには……」

女魔法使い「私もあのエルフと同じように先生に拾われた身です。本来であればこのように自由にしていられるような立場ではないですし。言ってくださればこの身も心も先生の好きにしてくださって構わないんですよ?」

男「馬鹿っ、そんな事を軽々しく言うもんじゃない」

女魔法使い「私は、本気です。先生のためなら私の全てを捧げても構わないと思っています。ですから、先生。私にも何かを……」

男(これは……不味いな。今の女魔法使いは出逢ったばかりの頃の状態に戻ってる。
 僕がいなくなっても女騎士や騎士と上手くやってるって話を聞いてたし、前に会った時にだいぶ普通になっていたから安心していたけど、今のこの子はまた僕に依存していた時に戻っている。
 こうなったきっかけは、やっぱりエルフの件だよな……。今まで彼女を肯定し続けていた僕が今は否定する立場になったから居場所がなくなると考えたんだろうな……。
 だから、こんな風に自分を守ろうと必死に……。そんな彼女を僕には拒絶する事はできない……。
 エルフの件も、女魔法使いの件も僕が責任を負わなきゃならないんだ。それが、彼女達を引き取った僕にできることだ)

男「わかったよ、女魔法使い。それじゃあ、君にも仕事を与える」

女魔法使い「あ、ありがとうございます!」パァァッ

男「ただし、一つ条件がある。これが聞けないのなら仕事はさせない」

女魔法使い「なんですか?」

男「仕事はエルフと協力してやる事。その際に嫌がらせとかするのは禁止。これだけだよ、できる?」

女魔法使い「……それ、は」

男「無理しなくてもいいよ。別にエルフに任せても大丈夫だから」

女魔法使い「それは嫌です! やります、私頑張ります!」タッタッタッ

男(ごめん、女魔法使い。僕はきっと君に酷い事を言っている。でも、僕は君にももっと広い視点で物事を見てもらいたいんだ。僕が旧エルフに出会って変われたように。
 たしかに、戦争中僕らはエルフを憎んで、戦ってきた。でも、もう戦争は終わったんだ。いつまでも同じ場所で立ち止まり続ける事はできないんだ……。どんな形でも前に進まないと……いけないんだよ)

……



女魔法使い「どいてください、その仕事は私がやります」

エルフ「あ、え? はい、すみません」

女魔法使い「……」タタミ、タタミ

エルフ「……」ジーッ

女魔法使い「……」タタミ、タタミ

エルフ「あの……女魔法使いさん」

女魔法使い「……なんですか」プイッ

エルフ「あ、いえ。なんでも、ないです」ショボーン

女魔法使い「……なら、話しかけないでください。私だって、先生の言葉がなかったらエルフとなんか……」

エルフ「あぅ……」

エルフ(女魔法使いさん、やっぱり全然返事を返してくれません。でも、一体どうして急に仕事の手伝いをしてくれるようになったんでしょう。
 もしかして、私を男さんから離すためにいらない子にしようとしてるんでしょうか……。でも、負けません! 私は、私で頑張ります)トントン コトコト

女魔法使い「……」ジーッ

エルフ「はっ! お、女魔法使いさん……」

女魔法使い「協力、協力……。先生の言う事は絶対聞かないと……。そうしないと、私はまた一人になっちゃう……」

エルフ「女魔法使いさん? どうしたんですか、具合でも悪いんですか?」

女魔法使い「!? 何でもありません。それと、その余った食材を捨てないで料理に使えます。貸してください」

エルフ「は、はいっ!」オズオズ

女魔法使い「先生への料理に不格好なものを出すわけにはいきません」トントン コトコト

エルフ「……」ジーッ

女魔法使い「……」チラッ

エルフ「……」ジーッ

女魔法使い「はぁ、言いたい事があるなら言ってください。ジロジロ見られても困ります」

エルフ「あ、すみません……。ただ、女魔法使いさんは料理が上手だなって……」

女魔法使い「当然です、先生に習いましたから」

エルフ「男さんに?」

女魔法使い「そうです。身寄りがなくなって彷徨っていた私を先生は拾って色んな事を教えてくれました。料理や、魔法。敵から身を守る術や生きるために必要な事を。だから、私にとってあの人は“先生”なんです」

エルフ「そう、なんですか。じゃあ、私と同じですね!」

女魔法使い「あなたと……?」

エルフ「はい! だって、私も男さんに拾われて色んな事を教わりましたから。だから、女魔法使いさんは私にとって先輩みたいなものですね」ニコッ

女魔法使い「……」ジッ

エルフ「あ……すみません、私調子いいことを言って。女魔法使いさんはエルフが嫌いなのに……」

女魔法使い「……後はあなたでもできます。私はちょっと考えるべき事があるので」サッ

エルフ「はい、ごめんなさい」シュン

女魔法使い「……」テクテクテク

……



女魔法使い(私が、あのエルフと一緒? 一体、何を言っているのですか。エルフと人間が一緒なわけないじゃないですか)

女魔法使い(私は、先生に拾われてから先生の信念を、覚悟をずっと傍で見てきたんです。なのに、急に現れてあの人の隣を奪って行った憎いエルフ族と私が一緒ですって?)

女魔法使い(何も知らないくせに……あの人の事をなんにも知らないくせに。先生の事を一番理解できるのは私なんです。私が一番あの人の傍にいたんです!)

女魔法使い(でも……今の先生は私には分からない。あれは、私の知らない先生だ……。でも、あのエルフは私の知らない先生について知っている。それが……私にはとても悔しくてたまらない)

女騎士「あれ? 女魔法使い。こんなところで何しているの?)

女魔法使い「女騎士さん……」

女騎士「どうしたの、何か考え事?」

女魔法使い「そんなところです。女騎士さんは買い物の帰りですか?」

女騎士「そう。誰かさんが急にこの街に滞在するって言うから必要なものをちょっとね」

女魔法使い「すみません、急にこんなことをして」

女騎士「まあ、滞在するって決めちゃったからね。いいわよ、気持ちはわからなくもないから。だって、女魔法使いってば昔っから男にべったりだったもんね。そりゃ、あのエルフの女の子に焼きもちを焼いたりするわよね」

女魔法使い「違います! そんなつもりで私はここにいるんじゃありません! 私はただ……」

女騎士「いいの、いいの。まあ気づいていないだろうとは思っていたから。でも、これはある意味でいい機会なのかもね……」

女魔法使い「何の事です……」

女騎士「ん? それはね、女魔法使いと男が本音でぶつかり合える機会なんじゃないかってこと」ニコッ

……



男(女魔法使いがこの街に来てからもう数日が経った……。未だにエルフと女魔法使いの仲は良くなる気配が見えない)

男(家の仕事を協力してやるようにと言ったけど、ほとんど女魔法使いが仕事を片付けてしまっているな。エルフは女魔法使いに遠慮しちゃってる見たいだし……)

男(このままじゃ、駄目だって分かっているんだけど、上手い手が見つからないしなぁ……。はぁ、どうしようか)

エルフ「おとこさん、男さん」

男「エルフ? あれ、女魔法使いは?」

エルフ「女魔法使いさんは買い出しに出かけました……その、私がいると買い物の邪魔になると……」

男「そっか……ごめんね、我慢ばかりさせて……」

エルフ「いえ、私は大丈夫なので気にしないでください」

男「そう言ってもらえるとありがたいよ。魔法使いも本当は悪い子じゃないんだ。でも、エルフ族に対して思うところがあるから、あんな態度をとっているんだ。そうなった原因は僕にもあるから……」

エルフ「仕方ないですよ。男さんみたいに私たちを受け入れてくれる人の方が少ないんですから」

男「エルフ……」

エルフ「でも、私頑張ります! 女魔法使いさんに私のことを受け入れてもらえるように……」ニコッ

男「うん、僕も頑張るよ。だから、頑張っているエルフにちょっとだけご褒美を……」

エルフ「えっ!?」

男「……」チュッ

エルフ「あっ……///」テレッ

男「ごめんね、今の僕にできるのはこれが精一杯だから」

エルフ「いえ、そんな……。これだけで、私には充分ですよ……」テレテレ

ガタッ

男「!」

エルフ「!」

女魔法使い「そんな……。先生、今エルフにキスを……」

男「いや、これは……」

女魔法使い「……」ウルウル

ダッ 

男「女魔法使い!」

エルフ「……」

男「…しまったな。エルフとの関係について落ち着いてから説明するつもりだったのに……」

エルフ「男さん……」

男「こうなったら全部話すしかないか……。ごめん、エルフ。今から女魔法使いに全て話してくるよ」

エルフ「わかりました。私は、ここで待っています」

男「ありがとう。それじゃあ行ってくる」タッタッタ

……



女魔法使い「先生がエルフと……。そんなはずは、何かの見間違いです……」

女魔法使い「そうですよ、先生に限って……。先生は他の人と違って私の事を裏切らないんです……」

女魔法使い「ぜんぶ、全部あのエルフが悪いんだ……。私の先生を惑わしているんだ、そうに違いない……。決めました。
 今からあのエルフを殺して先生の目を覚まさせます。最初は先生も傷ついて私に対して嫌な顔をするかもしれないですけど、いつかきっと分かってくれるはずです」

女魔法使い「先生……」

男「女魔法使い!」

女魔法使い「! 先生! やっぱり、私のところに来てくれたんですね」

男「何のことを言っているんだ? それよりも、さっきのことを説明するから」

女魔法使い「そのことなら大丈夫ですよ。私が今からエルフを殺してきますので……。先生はここで待っていてください。すぐに済みますから」ニコッ

男「――ッ!」パンッ

女魔法使い「……えっ。……せん、せい……」

男「女魔法使い、一度頭を冷やせ。戦争は終わった、世界は、状況はもう変わったんだ。いつまでも同じままじゃいられないんだ!
 確かに、今は世界がエルフを拒んでいる。でも、いつかはそんな状況も変わるんだ。
 人もそうだ、時と共に変わって行く。僕だって昔戦争に参加してエルフをたくさん殺してきた。
 理由はどうあれ命を奪ってきたんだ。その行為が消える事はないだろう。
 エルフの中には仲間を殺された事から僕の事を恨む者も現れるかもしれない。でも、それでも僕はその罪を背負いながらこれからも生きていきたい。
 それが、旧エルフとそしてエルフと出会って変わる事のできた僕が出した結論なんだ」

女魔法使い「そんなに……そんなにあのエルフの事が大事なのですか! 私じゃ、私じゃ駄目なんですか!?
 私なら先生の力になれます、あのエルフよりもずっと、ずっと……ッ!」

男「違う、違うよ女魔法使い。役に立つとか、立たないとかの問題じゃないんだ。僕が、僕自身があの事一緒に居たいんだよ。理由なんてそれだけだ」

女魔法使い「先生も、先生も私の事を見捨てるんですか? 戦時中一緒に逃げていた私を見捨てた親のように……」ポロポロ

男「見捨てないよ……僕は。君の事は最後まで面倒を見るつもりだ。それが、君を拾った僕の責任だ」

女魔法使い「せんせい……」

男「でも、僕は君を選ぶ事はできない。君は僕にとって妹のようなものなんだ。家族なんだ。
 もちろん、騎士や女騎士もそうだ。だから、そういった目で君を見る事はできない……。たぶん、これからもずっと……」

女魔法使い「……それが、先生の出した答えなんですね」ポロポロ

男「ごめん、女魔法使い。君が傷つくのを分かっていて、それでも僕は告げないといけない。
 じゃないと、いつまで経っても君は僕に依存してしまうから……。
 前にも言ったけど、僕は君にもっと世界を見てほしいんだ。だから……」

女魔法使い「わか……りました。でも、家族としてなら甘えてもいいんですか?」

男「ああ、それならいつでも頼ってくれ。一度君たちに何も告げずに姿を消した僕が言っても信用できないかもしれないけどね」

女魔法使い「信じますよ、私は。だって、私の先生ですから……。先生なら生徒を見捨てたままにしないはずでしょ?」ニコッ

男「女魔法使い……。うん、そうだね。君が望んでくれる限り僕は君の“先生”でい続けるよ」

女魔法使い「はい……先生」テクテク ポフッ

男「女魔法使い?」

女魔法使い「少しだけ、胸を貸してください。それくらいは私にも望む権利はありますよね」

男「ああ。好きなだけ貸してあげるよ……」

女魔法使い「うっ、うぅっ……うぇぇええええん……」ボロボロ ボロボロ

男「……」

……



女魔法使い「ありがとうございました、先生。もう大丈夫です」

男「そっか……」

女魔法使い「泣いた分少しだけすっきりしました」ニコッ

男「よかったよ、服がびしょびしょになった甲斐があったものだ」

女魔法使い「す、すみません……」

男「いや、いいよ。それで、女魔法使い。エルフの事だけど……」

女魔法使い「先生、私やっぱりまだエルフの事は許せません……」

男「そっか……」

女魔法使い「でも、先生の言った通りもう少し広い視点で物事を見てみようと思います。
 エルフを受け入れる事はすぐには無理です。でも、彼らを見て私なりの判断をしてみる事にしました」

男「女魔法使い!」

女魔法使い「だから、まずは……」

――男の自宅――

エルフ「えっと、これはどういう事なんです……」オドオド

女魔法使い「私、しばらくこの街に滞在してエルフの観察をすることにしました。そのために、まずは身近なエルフとしてあなたを観察対象に選びました。なので、これからよろしくお願いします」ニコッ

エルフ「男さぁ~ん……」ウルウル

男「えっと、ごめんエルフ。こればっかりは僕も止めようがないよ」

女魔法使い「それと、私の目の黒いうちは二人に不純な行動をとらせませんので、よろしくお願いします」

男「あははははっ……」

女魔法使い「それでは先生、これからもご指導よろしくお願いしますね」ニコッ

女騎士「男もこれから苦労しそうだな……」ハァ

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 女魔法使いたちとの和解 ――完――
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

二人のちっぽけな喧嘩

エルフ「……男さんが言ってた、新しいおうちってここのことなのかな?」コソコソ

エルフ「うわぁ。前よりも大きくて、中も綺麗……。でも、やっぱり前のおうちの方がよかったな……」シュン

男「……」ジーッ

これは、エルフと男がある日の出来事をきっかけに喧嘩をし、仲直りをするまでを描いた物語である。

――数日前――

エルフ「お、と、こ、さ~ん」ボフッ

男「こら、エルフ。またそうやって急に抱きついてきて……」

エルフ「えへへ~すみません」ニコニコ

男「そうやって言葉だけ謝ったって駄目だぞ。全く……」ハァ

ガタガタ、ガタガタ

エルフ「? 今日はやけに風が強いですね……」チラッ

男「そうだな。雲行きも怪しいし、これはもしかしたら一雨来るかもしれないな。エルフ、今のうちに洗濯物を中に仕舞っておこうか」

エルフ「はい、わかりました!」トテテテテ

ギィィ、パタン

ブワッ、ビュ~ッ

エルフ「あわわ、これはすごい強い風です。洗濯物も上下に大きく揺れて、今にも吹き飛ばされそうです。急いで仕舞わないといけません……」イソイソ

エルフ「よいしょ、よいしょ」アセアセ

ギィィ、パタン

エルフ「ふう。どうにか雨が降る前に全部取り込むことができました。一安心です」エッヘン

男「お疲れ、エルフ。今家の窓を全部閉めてきたから、これで雨が降ってきても大丈夫だよ」

エルフ「男さん、ありがとうございます。それじゃあ、私は今から取り込んだ洗濯物を畳んでいきますね」

男「そう、それじゃあ、僕は料理を……」

エルフ「駄目です! 男さんはのんびりしててください! 料理は私が洗濯物を畳んでから作りますから」

男「でも、二人それぞれで別のことをやっていれば効率的だし、ご飯を食べる時間も早くなるよ?」

エルフ「それでも、です! だって、その。私の作った料理を……男さんに食べてもらい……」ゴニョゴニョ

男「えっと、エルフ? ごめん、最後の方声が小さくて聞こえなかったんだけど」

エルフ「と、に、か、く! 料理は私が作るので、男さんはゆっくり休んでいてください」グイグイ

男「もう……わかったよ。それじゃあ、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよ」

エルフ「はい!」パァァ

ポツ、ポツ ザァァァァ

男「あ~。やっぱり雨降って来ちゃったな……」ジーッ

エルフ「そうですね~。しかも今日は風もすごく強いので外は酷い様子です」ジーッ

男「この家もだいぶ古いからな……。これだけ雨風が強いともしかして雨漏りとかするかもしれないな……」

エルフ「大丈夫ですよ! 今までだって強い雨の日は何度もありましたけど一度だって雨漏りしたことありませんでしたから!」

男「う~ん、確かにそうなんだよね。まあ、なんにも起こらなければいいけど……」

エルフ「それよりも、男さん。今はなんの本を読んでいるんですか?」

男「これかい? これは娯楽小説だよ。少し前に都市部で流行っていたもの流れの商人が売りに来てたから買ってきたんだ」

エルフ「へえぇ。面白いんですか?」

男「うん、面白いよ。読み終わったらエルフに貸してあげるよ」

エルフ「あ、ありがとうございます!」ニコッ

ザァァァァ、ガタガタ ガタガタ

男「……」パラパラ

エルフ「……」チラッ、チラッ

男「……」ジーッ

エルフ(男さん、読書に集中していますね。本を読んでる姿も様になってかっこいいです……なんて)テレテレ

エルフ(……隣で洗濯物畳んでいても気づかないですよね。集中しているみたいですし)コソコソ

エルフ「……」コソコソ スタッ

エルフ「……」タタミ、タタミ

エルフ「えへへ~」

……



トントン、コトコト

ジュ~ッ グツグツ

エルフ「~~♪」ニコニコ

男「エルフ、何か手伝おうか?」

エルフ「いえ、結構です! ここは私にとっての聖域。たとえ男さんであろうとも軽々足を踏み入れさせるわけにはいきません」キッパリ

男「そ、そうか……。それじゃあ仕方ないな。素直に待っておくよ」

エルフ「そうしていただけるとありがたいです。料理のほうはもう少ししたらできますから待っててくださいね!」

男「うん、楽しみにしてるよ」ニコッ

エルフ「~~♪」ニコニコ

……



男「ごちそうさま~。きょうの料理も美味しかったよ」

エルフ「ありがとうございます。完食していただけるのが作った身としては一番嬉しいです」

男「さて、さすがに洗い物くらいはやるよ。いつもエルフに任せてばかりなのも悪いしね」

エルフ「それじゃあ、一緒にやりましょう!」

男「うん、いいよ」

ジャブ、ジャブ キュッ、キュッ

ザァァァァ、ガタガタ

男「うん、これでよし。さて、一度部屋に戻るとしようかな……」テクテク

エルフ「私も、ちょっと今日の日記を書くので戻ります」テクテク

テクテク、テクテク

男「……あれ?」

エルフ「あっ……」

ピチャッ、ピチャッ

男「雨漏り……してるな」ジーッ

エルフ「それも、結構な量ですね……」ジーッ

男「まさか、部屋も?」

エルフ「それは……ないんじゃないですか?」

ギィィ、パタン

ギィィ、パタン

男「!」

エルフ「!」

男「これは……」

エルフ「ひどいです」

ピチャッ、ピチャッ、ピチャピチャッ

……



男「さて、問題が発生した」

エルフ「はい」

男「現在、二階は雨漏りのせいで水が滴り落ちてきている状態だ。一階はまだ大丈夫だから避難してきているけれど、雨漏りの被害が大きすぎて防ごうにも防ぎきれない」

エルフ「原因はやっぱり……」

男「うん、建物の老朽化。まあ、僕がこの家に来たときもだいぶボロボロだったけど、さすがに限界が来たみたいだな~」

エルフ「えと、それでこれからどうするんですか?」

男「ひとまず二階にあるもので、手で運べる物を一階に持ってくる。特に僕の部屋なんて濡らしたら駄目になっちゃう書物が沢山あるからね」

エルフ「了解しました」トテテテテ

ヨイショ、ヨイショ

男「よし、ひとまず絶対に確保しておくべきものは全部運んで来れた」

エルフ「明日にはこの雨も止みますかね……」

男「どうだろうね、それよりも二階の後始末のことを考えないとな……。それに、雨が止んだあとの補修とか……」

エルフ「ひとまず、今日は寝ましょうか」

男「そうだね」

……



チュン、チュン

男「……ふぁ。朝……か。雨は、止んだみたいだな」チラッ

エルフ「……」スースー

男「エルフのやつはまだ寝ちゃってるみたいだな。もう少し寝かせておいてあげようか」テクテク

テクテク、テクテク

男「うわぁ~。思っている以上に水浸しになってるな……」

男「こりゃ、床に使っている木とか天井に使われている木が駄目になってそうだな……」ウーン

男「一度、建築の親方の元を訪れてみようか」テクテク

男「さて、一階に戻ったもののまだエルフは寝てるな」フフッ

男「いつも頑張ってくれてるし、たまには僕が料理を作ってあげるかな」

――朝食――

エルフ「いただきます!」ハムッ、モグモグ

男「どうぞ……って、もう食いついてるのね」

エルフ「しゅみまふぇん、おとこふぁん、ちょうひょふをつふっていただひて」モグモグ

男「行儀が悪いぞ、エルフ。ちゃんと口の中の物をなくしてから話すように」

エルフ「……すみません。でも、男さんに食事を作ってもらったのが嬉しくて」

男「昨日だって作ろうとしたじゃないか」

エルフ「あれはもう私が台所に入っていたので駄目ですよ。そうじゃなくて、朝起きて男さんが料理を作って私を待ってくれていたのが嬉しかったんです」テレテレ

男「……それって前に読んだ娯楽小説にあったようなシーンだね」

エルフ「ギクッ!? そ、そんなことないです。男さんから借りた小説を読んで、こんな風な朝があったらいいな~って思ってなんていません」

男「まあいいや。それよりも今日は建築業の職人さんの所に行くとするよ」

エルフ「私はお留守番していたほうがいいですかね」

男「いや、別に好きにしていていいよ。この間会ったおじいさんのところに行ってきたらどうだ? あの人は感じもよさそうだったし、エルフのこと差別してなかったし」

エルフ「……でも、男さん一人に任せるのは心苦しいです」シュン

男「気にしない、気にしない。それよりも、朝食が冷めないうちに食べちゃおうか」

エルフ「は~い」

……



エルフ「では、男さん。出かけてきますね!」ブンブン

男「はいはい。あんまり夜遅くまで遊んで来ないようにね」

エルフ「も~。いつまでも子供扱いして! ちゃんと、帰ってきますよーだ」トテテテテ

男「……ふう。とりあえずエルフも出かけたことだし、僕の方も職人のところに行こうか」テクテク

……スッ

男「……この家も、思えば色々あったな」ジーッ

旧エルフ『……はじめ、まして。よろしく、お願いします』

旧エルフ『男さん、きょうの料理の出来具合はどうですか? お口に合ってます?』

旧エルフ『ほら、天気がいいんですからそんな部屋に引きこもってばかりいないで散歩とかしましょ。きっと気持ちいいですよ~』

男「本当に……」スッ

テクテクテク

――建築屋――

親方「らっしゃい。今日はどんな用で?」

男「いや、実は昨日の大雨で雨漏りがひどくて。補修しようにも素人が手を加えてもロクなことにならないと思ってね。それと、できれば一度家の状態を確認してもらおうかなと……」

親方「なるほどな。よし、わかった。ちょいと待っててくれ。すぐに準備をするから」

男「ああ。よろしく頼むよ」

――老紳士の店――

エルフ「おじいさ~ん」ギィィ、パタン

老紳士「おや、エルフさん。今日はどうしたんですか?」

エルフ「今日はですね、おじいさんのところに遊びにきました!」パンパカパーン

老紳士「これは、これは。嬉しいですね、このような年寄りの元を訪れてくれるだなんて」

エルフ「そんな……私が好きで来ているんですから! それに、私おじいさんとお話するの楽しいですよ」

老紳士「ありがとうございます。そうだ、さっき焼き菓子を買ってきたんだけどよかったら一緒に食べませんか? 私一人で食べるには少々量が多くて……」

エルフ「いいんですか?」

老紳士「ええ。一人で食べるよりも二人で食べたほうが美味しさも増しますしね」

エルフ「じゃあ、お言葉に甘えて……」

老紳士「では、そこの椅子に座って待っていてください。すぐに紅茶とお菓子を持ってきます」スタスタ

エルフ「とりあえず、おじいさんが来るまで待っていましょう」テクテク ポフッ

エルフ「それにしても、おじいさんのお店古そうな品物が一杯ありますね。これが俗にいう骨董品というものでしょうか……」キョロキョロ

エルフ「う~ん。何がなんだかさっぱりです」

老紳士「どうかしました?」

エルフ「あ、おじいさん」

老紳士「どうぞ、紅茶は少し熱いかもしれないのでお気をつけて」

エルフ「ありがとうございます。あの、ちょっとおじいさんに聞きたいことがあるんですけれど、いいですか?」

老紳士「なんですか?」

エルフ「このお店に置いてある物ってずいぶん古いものですよね。どうして、こんな古いものばかり置いているんですか?」

老紳士「ああ、そのことですか。確かにここに置いてあるものは古い家具だったり小物ばかりですよね」

エルフ「はい」

老紳士「これらは、今ならもっと使いやすくて強度のあるものがきっと市場に出ていると思います。ですけど、中には多少不便であったとしても昔の物を使いたがる人がいるんですよ。
 私がこの店にこうした古いものを置いているのは、そういった人たちに、これらの品物を提供できたらよいなと思っているからなんです」

エルフ「う~ん、ちょっとよくわからないです」

老紳士「少し話が難しかったかもしれませんね。エルフさんももう少し大人になったらわかると思いますよ」クスッ

エルフ「そういうものなんでしょうか……」

老紳士「そうですね。さて、今なら紅茶もだいぶ飲みやすい温かさになっているでしょう。今日はゆっくりしていってください」

エルフ「はい! では、いただきますね」

――自宅――

男「どう……です?」

親方「あ~。こりゃ、ちょっと駄目かもしれないな。所々支えに使われてる木が腐り出してる。こりゃ、家を建て直すか引っ越したほうがいいと思うぞ」

男「そうですか。ちなみにどっちのほうが費用は安くすみますかね」

親方「そりゃ、引っ越したほうがいいだろうな。知り合いに空き屋を紹介している奴がいるから、よかったら話をつけておいてやろうか?」

男「そうですね……。お願いしてもらってもいいですか?」

親方「おう、任せておけ」

男「……引越し、か」ジーッ

親方「兄ちゃん、どうかしたのかい?」

男「いえ、何でもありません」スッ

旧エルフ『男さ~ん』

男(別れを告げなきゃいけない時が来たのかな……)

……



エルフ「ただいま帰りました~」

男「おかえり、エルフ。どうだった……って聞くまでもないか」

エルフ「えへへっ。すっごく楽しかったですよ! おじいさんと色々とお話をして、私の知らないことをたくさん教えてもらえました」

男「そっか、よかったね。それでね、ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」

エルフ「……? どうか、したんですか?」テクテク ポフッ

男「んとね、エルフ。今日ね、職人さんにこの家を見てもらったんだけど、どうもこの家は限界みたいなんだって」

エルフ「どういうことです?」

男「つまりね、この家を支えている木が幾つか駄目になっちゃってて、このまま放置してるとよくないんだって。だから、家を新しく建て直すか、引っ越すかのどちらかを早いうちにしたほうがいいみたい。まあ、どっちにしても一度この家を出ないといけないんだ」

エルフ「なるほど、わかりました」

男「それでね、僕はこの家から引っ越して新しい家を探そうと思っているんだけど、エルフはどう思うかな?」

エルフ「あ、はい。それは構わないんですけれど、そうなるとこの家はどうなるんですか?」

男「たぶん、一度壊されて更地になっちゃうんじゃないかな」

エルフ「えっ!? 男さんは、それで……いいんですか?」

男「……仕方ないよ。この家の寿命が来たんだって思うしかないし。それに、書庫も狭くなってきたし、新しい家に移るのはいいかな……って」

エルフ「だって、ここは旧エルフさんと一緒に過ごした場所ですよね? それなのに、いいんですか?」

男「いつまでも、彼女のことを引きずってるわけにもいかないさ。それに、今の僕にはエルフがいるよ」

エルフ「……」

エルフ(男さん、ずっと私の目を見ないで話してる。きっと、この家から移るのは本心じゃないんだ)

男「……エルフ?」

エルフ「本当に、本当に……男さんはそれでいいんですか?」

男「……だから、僕はいいって……」

エルフ「私の目を見ていってください。今の私には、男さんが無理しているようにしか見えません」

男「無理なんて……」

エルフ「男さん!」

旧エルフ『男……さん』

男「……っ!?」ドキッ

男「僕は、いつまでも旧エルフのことを引きずるわけにはいかないんだよ……。じゃなきゃ、彼女に対して申し訳ないんだ!」テクテク

ギィィ、パタン

エルフ「男……さん」

……



男「……はぁ、やっちゃった。八つ当たりなんて、大人げないな……。エルフ、今頃怒ってるかな? いや、あの子のことだから、ショックを受けちゃってるかもな」ハァ

男「エルフの言うこともわかるけど、僕はもうそろそろ旧エルフのことを引きずるのは終わりにしないといけないんだ。それが、彼女を幸せにできずに死なせて、今エルフと共に生きることを選んだ僕の責任だから……」

男「あの家には彼女との思い出がたくさんありすぎる。あそこにいたらどうしたって彼女のことを思い出してしまう。それは、エルフにも旧エルフにも失礼だ」

男「だから、僕は……」

男「ねえ、旧エルフ。僕は、間違っているのかな? こうして、君を置いて先へ進んでいくこと。それでいて、君のことを忘れられずにいるのは……」

……



チュンチュン、チュンチュン

男(結局、悩んだまま街をふらふらして帰ってきたのは朝、か。エルフのやつ怒ってるよな……)

男「ただいま……」ギィィ

男「……エルフ?」テクテク

男「いないや。もしかして、まだ寝てるのかな。……ん?」パラッ

男「これは、手紙?」

エルフ『男さん。私はやっぱり、昨日の男さんの意見は納得いきません。話を聞いていて、私には男さんが無理に旧エルフさんを忘れようとしているように思えました……。
 私は旧エルフさんに会ったことはありませんけど、旧エルフさんの日記を読んで、あの人が男さんと、この家での生活をどれだけ大事にしていたのかは少しは分かっているつもりです。
 だから、たとえ一度この家が取り壊されることになっても、私は男さんにこの家を離れて欲しくないです。だって、この場所が男さんと旧エルフさんが過ごしてきた日々の証なんですから。
 だから、男さんがもう一度考えて結論を出してくださるまで、私はこの家に帰らないことにしました。
 我が儘を言ってすみません。でも、男さん。もう一度、もう一度考えてみてください』

男「エルフ……。これじゃ、家出にならないぞ」

男「エルフが行きそうなところは一つしか思い当たらないし、この手紙に書かれている通りしばらく一人で考えてみようかな」

男「……」キョロキョロ

男「そういえば、この家に来た時はまだ、僕一人だったんだよな……」シミジミ

男「それからしばらくして旧エルフを買って。最初は彼女暗くって、全然話さなくて苦労したっけ。僕もまだエルフを受け入れられるような心持ちじゃなかったから、嫌なことをしょっちゅう言って……」

男「しばらくして、旧エルフが明るくなって、そんな彼女に惹かれて。でも、結局別れることになって。エルフが来るまでだいぶ荒れた生活をしてきたよな~」

男「こうやって思い返してみると、ある意味この家ってずっと僕の傍にいてくれたんだよな」

男「僕が荒れてた時も、喜んできた時も、悲しんでいた時もずっとこの家が帰ってくる場所だったってことか」

男「……」

男「……どうするべきなんだろうな、僕は」ハァ

――数日後――

男「さて、結論も出たしエルフのやつを迎えに行かないとな」

男「こっそり様子を見に行ったけど、元気そうにしててよかった。あのおじいさんも優しくしてくれているし、今度一度お礼にいかないとな」

男「……これでいいんだよな」チラッ

シーン

男「……ふふっ」

ギィィ、パタン

――老紳士の店――

エルフ「おじいさん、おじいさん。この品物はどこに置けばいいですか?」

老紳士「それは、あちらに置いてください。それよりも、エルフさん。別に無理して手伝わなくてもいいのですよ」

エルフ「いえ、無理を言ってこちらに身を置かせてもらっている以上、これくらいの手伝いはさせてください。でないと、申し訳なくて……」

老紳士「そうですか。私は別に何もしないでもエルフさんが頼ってくれているだけで嬉しいんですがね……」

エルフ「でも、でも。やっぱり手伝いたいのでやらせてください。私、こういったお仕事手伝うのやっていて楽しいですし」

老紳士「ふむ……。なら、そのご好意に甘えさせていただきますね。おや?」

エルフ「? ……あっ」

男「どうも、こんにちは」

老紳士「男さん。話はエルフさんから聞いていますよ。それで、もうよろしいのですか?」

男「ええ。エルフがお世話になりました。今回のお礼にはまた後日現れますので」

老紳士「いえ、そんな。私としても楽しいひと時を過ごさせていただきましたので。ほら、エルフさん」

エルフ「あ、はい。……あの、男さん」

男「エルフ、行くよ」

エルフ「えっと、どこへ?」

男「それは、新しい僕たちの家に……だよ」

……



男「えっと、そろそろ着くと思うけれど。エルフ、ちょっとこの辺りに庭のある家があるはずだから探してみて」

エルフ「はい」テクテク

エルフ「……」テクテク

エルフ「……あっ! あれ、かな?」

エルフ「……男さんが言ってた、新しいおうちってここのことなのかな?」コソコソ

エルフ「うわぁ。前よりも大きくて、中も綺麗……。でも、やっぱり前のおうちの方がよかったな……」シュン

男「……」ジーッ

男「やっぱり、エルフとしては前の家がよかった?」

エルフ「……はい」

男「そっか。実はね、まだ言っていなかったんだけどここに住むのはちょっとの間だけなんだ」

エルフ「えっ!? それって……」

男「うん。前の家を一度建て直してもらうことにしたんだ。もちろん内装も出来る限り似せてもらってね。色々考えたけど、これが一番いいかなって思って……」

エルフ「男……さん」パァァッ

男「えっと、ね。あの手紙なんだけどさ、エルフの正直な意見を書いてくれて実は嬉しかったんだ。エルフって普段あんまり自分の意見言わないし。それに、旧エルフのことも考えてくれて……。
 もう旧エルフはいないけれど、確かにあの家は彼女と過ごした思い出が詰まってたから。
 でも、本当にいいの? あの家を残すってことは僕はまた旧エルフとのことを引きずっちゃうかもしれない。いや、多分一生引きずることになるかもしれないよ。
 それは、エルフに嫌な思いをさせるかもしれないってことだよ」

エルフ「構いません。不謹慎な言い方かもしれないですけど旧エルフさんがいてくださったからこそ、今の男さんや私がいるんです。
 男さんが旧エルフさんのことを一生引きずったとしても、それは男さんにとっても、私にとっても大事な思い出の一部なんです。
 だから、私はこれからもあの家で男さんと一緒に過ごしていきたいです」ニコッ

男「……そっか。ありがとう、エルフ。そうだ、この家に荷物を移す前にさ、二人で旧エルフのお墓に行こっか。今回のことを報告しに、さ」

エルフ「はい、男さん!」

 かくして、二人のちっぽけな喧嘩は終わり、再び時は流れゆく。男は旧エルフとの過去を引きずり、それでもなおその過去を含めて彼の全てを受け入れるエルフと共に。

 ほんの僅かな時を別の場所で過ごし、再びあの家に戻るその日まで。


エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 二人のちっぽけな喧嘩 ――完――
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男の嫉妬とエルフの深愛

男がエルフに告白してからしばらく月日が流れた。そして、彼らが住む街にも少しずつある変化が訪れようとしていた。

 それは……。

エルフ「男さん! 聞いてください。今日も普通に食材を売ってもらえましたよ!」ニコニコ

男「そうか、それはよかったなエルフ」ニコッ

エルフ「えへへへ~。嬉しいです! 男さん、これって私がみなさんに少しずつ受け入れてもらえているってことですよね!」テレテレ

男「そうだな。でも、それはエルフがいつも頑張っていたからだよ。偉いぞ、エルフ」ナデナデ

エルフ「男さん……くすぐったいですよっ」テレテレテレ

男「嫌がるような口調の割には嬉しそうな顔をしてるけどな……」

エルフ「だって、皆さんに受け入れてもらえはじめたのも嬉しいですけれども、こうして男さんに褒めてもらえるのが私にとって一番嬉しいことですから……」エヘッ

男「あ、あのな……///」

互いに、互いを意識し甘い空気を作り出す男とエルフ。だが、次にエルフが発した一言が男の態度をそれまでと真逆のものにする。

エルフ「あ……そういえば、今日いろんな男の人に声をかけられましたね。みなさん、なぜか恥ずかしそうにしていましたけれど、一体なんだったんでしょう?」

男「なん……だと?」

……



エルフ「それじゃあ、今日は少し街の中を見て回ってきますね。男さんもお仕事頑張ってください!」

男「ああ、迷子になったりしないように気をつけろよ」

エルフ「も~っ! 迷子になるような歳じゃありませんよ!」

ギィィ、バタン

男「さて、エルフは予定通り出かけたな。……昨日あいつが言ってた話。もしかして、旧エルフの時みたいにエルフの身体を狙っている奴らが声をかけているかもしれないしな。
 うん、別にそんなに気にしてないけれど何かあってからじゃ遅いし、今日は仕事を休みにしてあいつをこっそり見守ることにしよう」コソコソ

ギィィ、バタン

――街中――

エルフ「~~♪ この街はいいですね~。周りは自然で一杯ですし、空気も澄んでいておいしいです。今までは男さん以外の人は私がエルフだってことで避けられていましたけれど、最近は少しずつ話してくれる人も増えてきてくれました」

エルフ(でも……男さんはあの告白以来中々手を出してくれようとしません。やっぱり、私の身体がまだ子供だからなのかな……。ちょっとは身体つきもよくなったと思いましたけど、他の大人の女性に比べるとまだまだ貧相ですよね……。
 これでも頑張って男さんに女の私をアピールしてるのに、男さんってば私がギュっ! て抱き着いても顔色一つ変えないで『こら、あんまりそんな風にしているとはしたないぞ』なんて言って……。
 もっと、もっと男さんと触れ合って、温かい気持ちになりたいのにな……)ションボリ

エルフ「めげるのはなしです! 男さんに気持ちを受け入れてもらえたことだけでも奇跡みたいなものなんですから!」

エルフ「でも、やっぱりもっと触れ合っていたいなぁ……」

――エルフ後方――

男(今のところエルフの近くに男が来る気配はないようだな。というか、あいつはホントにのんびりと散歩しているだけなんだな……。お金も必要な分は持たせてあるし、てっきり何か買いに行くかと思ったけど。
 そういや、旧エルフの時はあいつが普段何やっていたとか日記でしか知ることができなかったんだよな……)

男(いい機会だし、今日はエルフがどんなことをして普段過ごしているのかちょっと見てみるか)

――広場――

エルフ「う~ん。さすがにちょっと歩き疲れましたね。太陽が真上にありますし、そろそろお昼時ですね……」

エルフ「男さんにお金は貰ってますし、何かお腹が膨れそうなものを買うことにしましょう」トコトコ

エルフ「広場ですし、たくさん露店がありますね。何を食べましょう」キョロキョロ

露店店員「へいらっしゃい。新鮮な果物はいかがかな?」

アラ、ヨカッタライタダコウカシラ

ワタシモ、ワタシモ

エルフ「あの、私にもその果物売っていただけますか?」オズオズ

露店店員「……あんたが噂のエルフか」ジーッ

エルフ「えっ?」

露店店員「……ふうん、エルフっていうからもっと怖いもんだと思ってたけど、案外かわいいんだな」ジーッ

エルフ「かわ、かわいいだなんて……。あの、そんなじっと見ないでください」テレッ

露店店員「ああ、悪かったな。ほら、果物が欲しいんだろ?」

エルフ「あっ、はい。でも、売ってくださるんですか? 私、エルフなの」

露店店員「金さえ払ってくれんなら別に問題ないさ。俺は別にエルフに恨みがあるわけでもなんでもないからな」

エルフ「ありがとうございます。それじゃあ、これっ」チャリン、チャリン

露店店員「毎度っ! はい、果物」サッ

エルフ「どうも」サッ

ギュッ

エルフ「?」

露店店員「ふむ、肌触りも俺たち人間と変わらないんだな。なんだ、案外普通だな。やっぱり聞いただけの話と実際に触ってみるのじゃ全然違うもんだな……」フーム

エルフ「あ、あの! すみませんが、私もう行きますので///」サッ

タッタッタッ

男「……」ピキピキ

露店店員「顔真っ赤にしちゃってかわいいな。エルフも案外いいものかもな……」ジーッ

男「……おい、ちょっといいか?」

露店店員「ん? なんだい、お兄さん」

男「いや、少し話がしたいと思ってね……」ゴゴゴゴゴ

露店店員「……」ビクビク

男「とりあえず、路地裏に行こうか」

露店店員「……はい」テクテク

……



エルフ「のんびり~♪ のんびり~♪ たまにはこうやってゆったりした時間もいいですね~。一つ不満があるとすれば男さんが一緒にいないことですかね……。でも、男さんも仕事を頑張っていますし、無理を言うわけにもいきません。
 ……そうだ! 帰ってきた男さんの疲れが少しでもとれるような案を何か考えましょう!」パンパカパーン

エルフ「おいしい料理がいいかな~。それとも、疲れを取るのに聞きそうな香を焚くのがいいかな~。何をすれば男さんは喜んでくれるでしょうか?」

エルフ「男さんが喜んでくれるのを想像すると自然と口元が緩んじゃいます。恋人……ですもんねっ」エヘヘ

エルフ「そうだっ! あれにしましょう……」ルンルンッ

――エルフ後方――

男(ひとまず、エルフに軽々しくスキンシップを取ったあの露店店員には灸をすえておいてやった。僕としたことがついムキになって昔を思い出してしまったよ……)

男(にしても、エルフのやつ僕がいるってのにあんな見ず知らずの男に身体を触れられて、あんなに喜んで……。もしかして、最近あんまり構ってやってなかったからか?
 いやいや、だってエルフだぞ。自分で言うのも何だけどあれだけ僕にべったりなエルフだぞ?
 なんだろう、このもやもやした感じ。なんか、あいつが他の男と仲よさそうにしているの見てたくないなぁ。もしかして、僕嫉妬してるのかな……)

――とある店――

エルフ「着きました! ここです」ギィィ、バタン

老紳士「おや、エルフさんじゃありませんか? どうかしたのですか?」

エルフ「おじいさん! こんにちは!」ニコニコ

老紳士「こんにちは。珍しいですね、お店の方に君が来るなんて」

エルフ「はい。いつもお会いするのは外ですもんね。こっちにも来たいとは思っているんですけれど、普段は私がいると他の人が気まずい思いをしちゃうと思うので……」エヘヘ

老紳士「そんなことは気にしなくてもいいんですよ。この店の中ではエルフも人間も関係ありません。一人、一人が私の大事なお客さんです」

エルフ「おじいさん……」

老紳士「それで? 改めて聞きますが、今日はどうしたんですか?」

エルフ「あっ、はい。実はですね、私が普段お世話になっている人の疲れを取ろうと思いまして。それで、いくつか方法を考えたんですけれど、そのうちの一つをして疲れを取ろうと考えて……。
 ただ、私はそれに関してあんまり詳しくないので、物知りなおじいさんなら詳しく知ってそうだと思って今日はここを訪ねたんです」

老紳士「ほう……そうですか。それはあなたがいつも私に話してくれる男さんのことですか?」

エルフ「……はい///」テレテレ

老紳士「なるほど、なるほど。いいですね、若いというのは。いいですよ、私の知っていることであれば喜んで教えて差し上げます」ニコッ

エルフ「おじいさん……。ありがとうございます!」ニコッ

……



エルフ「ありがとうございました~」

老紳士「いえいえ。では、またお会いしましょう」

エルフ「はい!」ルンルンッ

男「……」ジーッ

テクテク

男「あの、すみません」

老紳士「はい、なんですか?」

男「今、エルフの女の子がこの店から出て行ったんですけれど何か買っていきましたか?」

老紳士「さあ? お客様の個人的な情報を明かすわけにはいきませんので」

男「そうですか。すみません、突然こんな質問を……」

老紳士「いえいえ、気にしていないので構いませんよ。それにしても、あなたがあの子の言っていた男さんですか……」

男「え? はい、確かに僕がそうですけれども」

老紳士「ふむ、優しそうな目をしていますね。あの子が貴方を慕う気持ちも分からなくはない。あなたの周りはとても居心地がいい」

男「そんな……勘違いですよ。僕は、もっとひどい人間です」

老紳士「ふふっ。確かに、あの子に仕事だと嘘をついてこっそりと後を付いていくだなんてあまりいい趣味ではありませんね」

男「えっ!? どうして仕事に行ったってことを……」アセアセ

老紳士「いえ、中であの子から聞いたもので」

男「そうだったんですか」

老紳士「できることなら、あの子がここに来たことは見なかったことにしてあげてください。それと、日が暮れてからあの子の元に帰るとより良いですね」

男「何かあるんですか?」

老紳士「それを私の口から告げるのは……。まあ、帰ってからのお楽しみということで」

男「はあ……。それが必要であればそうしますが」

老紳士「そうそう。なるべく疲れた様子を見せるとあの子も喜んでくれると思いますよ」

男「?」

老紳士「わからなくてもやってあげてください。それが彼女への気遣いというものですよ」

男「わかりました。それよりも、一つ伺ってもよろしいですか?」

老紳士「なんですか?」

男「えっと、あなたはエルフと仲良くしてくださっているみたいですけれど、一体どういう関係で?」

老紳士「……なに。単に老い先短い爺と、そんな爺との会話に付き合ってくれる、かわいらしい話し相手という関係ですよ」ニコッ

……



男「ただいま~」ギィィ、バタン

エルフ「あっ! 男さん、おかえりなさい!」ニコニコ

男「あ、うん。えっと、エルフ。今日はどうだった?」

エルフ「楽しかったですよ! 男さんもお仕事お疲れさまです!」

男「うん……」

エルフ「なんだか、お疲れですね」ニコニコ

男「あ、あ~。確かにちょっと疲れたかもね」チラッ

エルフ「! そ、そうですか! えへへっ。それじゃあ、ちょっと部屋に行って待っててください」

男「部屋に? なんでまた」

エルフ「い、い、で、す、から! 早く、早く!」グイグイ

男「わかったって。だから、そんなに背中を押すなよ」

エルフ「待っててくださいよ~」ニコッ

……



男(部屋に戻って待っているものの、中々エルフのやつ来ないな……)ボーッ

男(なんだか、ちょっと眠くなってきたな)ファァッ

男(……あふっ)パタン

ギィィ

エルフ「お~と~こ~さんっ!」パッ!

エルフ「お待たせしました……って、あれっ?」ジーッ

エルフ「男さん、寝ちゃってます。せっかくおじいさんに教えてもらったマッサージを疲れてる男さんにしようと思ったのに……」グスン

エルフ「でも、男さんの寝顔を見るのも久しぶりですね……」チラチラ

エルフ「……」チュッ

エルフ「えへへへっ。ごめんなさい、男さん」ゴソゴソ

コソッ

エルフ「今日は一緒に寝てくださいね」ギュッ

……



男「……う、ううん。もう、朝か?」

男(しまったな、エルフを待っているうちに寝ちゃった……)

ゴソゴソ

男「……ん?」バッ

エルフ「……」スースー

男「まったく、いつの間に潜り込んだのやら。困った子だな」ヨシヨシ

エルフ「ぅ、ぅぅん……」スースー

男(こんなに無防備に傍にいられたんじゃ昨日の僕の嫉妬が馬鹿みたいだな……。エルフは僕のことちゃんと慕ってくれてるんだ。たまにはきちんと僕の方からもエルフのことを好きだって態度を表さないとな……)ナデナデ

エルフ「うう……んっ」デレデレ ニコニコ

男「……」フフッ

男「エルフ……好きだよ」チュッ

ギィィ、バタン

エルフ「……私も、大好きですっ」ポッ

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 男の嫉妬とエルフの深愛 ――完――
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男と騎士の始まり

男「ようやく着いた……か」

目の前に広がる多大な建築物。それらは、古き良き建物を残しつつ、いたるところに辺境の地にはない最新の技術が使われていることが一目見て分かる。
今現在住んでいる地域を離れ、都市部を目指すこと数日。道中であった商人の荷馬車に乗せてもらい、ようやく男はこの場所に辿りついた。
かつて何度も滞在し、軍を抜けて以来訪れることなかった懐かしい街を見て男はある種の郷愁を覚えた。

男「帰って……来たんだな」

都市部への入口である門の前に立ち止まる。そこにひと月ほど前に見た顔を見つけたからだ。

男「あ、女魔法使い」

男が彼女の姿を視界に捉えるのと同時に、彼女もまた彼の姿を見つけて駆け出す。

タッタッタッ

女魔法使い「久しぶりです、先生」

男「といっても、ひと月も経ってないけれどな」

女魔法使い「ひと月も会わなければ十分久しぶりです。でも、ちゃんと来てくれて嬉しいです」

喜びを隠しきれずににっこりと笑みを浮かべる女魔法使い。そんな彼女の様子を見て男もまた微笑み返す。

男「約束したからね。これを破ったら女魔法使いがまたこっちに来そうだと思ったから……」

女魔法使い「そうですね。もし来てくれなかったらまた私がそちらに行っていました」

男「やっぱり」アハハ

和やかに談笑する二人。だが、それも束の間。女魔法使いの表情が徐々に陰っていく。

男「どうかした?」

女魔法使い「いえ、これは先生がこちらに来るって手紙を送られてから言うべきか迷っていたのですが、実はあの手紙を女騎士さんが偶然読んでしまいまして……。既に男さんがここに来ることを知っているんですよ」

男「そ、それは……マズイかもね」

女魔法使い「今朝も途中まで私にずっと張り付いていて……。男さんと私がいつ会うか見張っていました」

男「あはははは……。やっぱり相当怒ってる?」

女魔法使い「それは、もう。ここ最近滅多に見ないくらい眉間にシワを寄せていました。しかも、やたらイラついてましたね……」

男「一発殴られるくらいは当然覚悟してたけど、このままじゃ殺されそうな勢いだな……」

女魔法使い「確かに、そうなってもおかしくないような様子でしたね」

男「……うん。その話は聞かなかったことにしよう」

女魔法使い「先生、現実逃避は駄目ですよ」フフッ

男「ひとまず、街の中に入ろうか。朝から食事も取ってないからお腹も空いたしね」

女魔法使い「もう夕方ですしね。ちょうどいいです、オススメのお店があるので紹介します」

男「ああ、よろしく頼むよ」

女魔法使い「あ、そうだ。先生」

男「ん?」

女魔法使い「おかえりなさい」ニコッ

男「……ただいま、女魔法使い」

――静かな店――

男「へえ、こんなお店ができたんだな」

女魔法使い「ええ。男さんが居なくなってからできたんです。静かなところで、夜になると楽器を使った演奏があったりして落ち着けるんです。私みたいに人ごみが苦手な人にはオススメの店です」

男「うん。確かにいい雰囲気の店だ。連れてきてくれてありがとうな、女魔法使い」

女魔法使い「どういたしまして。こんなことでお礼を言って頂ければいくらでも力になります」

男「それはどうも。ただ、僕たち二人とも出不精だから、そんなにお店を知らないと思うけどな……」

女魔法使い「それを自分で言いますか? まあ……確かにそうですけれど」

男「やっぱり」アハハッ

女魔法使い「もう! 笑わないでくださいよ///」カァァァ

男「それじゃあ、料理でも頼も……」

ドカッ! ドン、ドタドタッ

男「……え?」

女魔法使い「……え?」

男「……これ、店の扉?」チラッ

女魔法使い「あわ……あわわわ……」ガクガクブルブル

男(女魔法使いのこの反応。僕の後ろを見て怯えてる……。嫌だな、これだけでこんなことをする相手が誰なのかが分かるのも……。後ろ、振り返りたくないな……)

コツ、コツコツコツ

?「久しぶりだね、男」

男「ひ、ひさしぶり……」

?「どうした? いつも人の目を見て話をしていたあんたらしくないじゃない。背を向けたまま話すなんて相手に失礼だと思わないの?」

男「い、いや……。失礼だと思うよ? でも、振り向くのを身体が拒絶しているというか……」

?「そうか。ならば私がこっちを向くようにしてやろう」グイッ

男「ぐえっ」

女魔法使い「あわわわわ……」ビクビク

?「久しぶりの旧友との再会に言葉も出ないか? うん、うん。なにしろ突然居なくなったきり、何年も顔を合わせていなかったんだ。成長した私の顔を見て見惚れたりしているんだろ?」ゴゴゴゴゴ

男「あ、はははは。そ、そうだね。うん、また一段と美人になった」

?「そう、褒めるな。なんだ、顔が引きつっているぞ、緊張しているのか?」

男「ある意味そうと言えるね。身の危険を感じてだけど……」タラリ

?「そうか、そうか。お前にもまだ自分の身の危険を察知する程度の力は残ってたか。うん、よかった。
 それで? どうしてそんなことを感じるのか、頭のいいお前ならもう分かっているんだろうな?」

男「うん、それはまあ当然分かってる……よ?」

?「分かっていればいい。私がお前に言うことはただ一つだ。……歯を食いしばれ!」ググッ

男「はい」

ドカッ! ゴロゴロゴロ

男(覚悟してたけど、やっぱり痛いなぁ。ああ、駄目だ……。今のでもう、意識が……)

男(相変わらず……女騎士の一撃は強烈……だ)ガクッ

……



男「……う、ううん」パチッ

男「ここは……?」キョロキョロ

女騎士「目が覚めたか?」

男「あ、女騎士」

女騎士「その、なんだ。再会していきなり殴って悪かったよ。私、ちょっとどうかしてた」

男「いや、そうされても文句は言えないよ。一緒に戦ってきた戦友に何も言わず勝手に姿を消したんだから」

女騎士「それに関してはもういい。私も一発殴って今までずっと胸の中でモヤモヤしてたものがなくなったから」

男「じゃあ、この話はこれでお終いってことで。改めて、久しぶり女騎士」

女騎士「あ、うん。久しぶり。その、なんか改まって再会の言葉を交わすとなんか照れくさいな……」テレッ

男「そうかな? まあ、僕は女騎士以外のみんなと会ってるからそう感じないだけかも」シレッ

女騎士「そっか……。まあ、なんだ。元気そうでちょっと安心した。騎士に聞いていたとはいえ、こうして実際に姿を見るまではちょっと心配してたから……」

男「ありがとう。確かに一人になってからも色々あったけど、今はこうして元気にしてるよ」

女騎士「……」

男「……」

シーン

男(うっ……なんだか急に話題がなくなったぞ。これは、僕の方から話を振るべきなのか? でも、何から聞けばいいのか……)

女騎士「あのさ……」ボソッ

女魔法使い「あっ! 先生、目が覚めたんですね! はぁ、よかった。あのまま死んじゃうんじゃないかって思うと心配でした」

男「やあ、女魔法使い。まあ、どうにか生きてるよ」

女騎士「失礼だな。これでも一応手加減して殴ったんだ。だいたいあの程度で死ぬほど人はヤワじゃない」

女魔法使い「女騎士さんみたいな肉体派の人間と一緒にしないでください! 私や先生は頭脳労働専門なんです」

女騎士「だから、私も騎士もいざという時のために身体を鍛えておいて損はないって言ってるじゃない」

女魔法使い「いいんです! 身体を鍛える代わりに魔法の錬度を上げてますから」

男「まあ、まあ。二人ともそのくらいにして。それよりもここは一体どこなんだ? 宿の一室には見えないけれど」

女魔法使い「ここは私の家の一室です。こんなことになると思っていなかったので片付けが中途半端なままで散らかっていますが……」

男「そうなのか。でも、ここまでどうやって僕を?」

女騎士「ん? 私がお前を運んだんだが、何か問題があったか?」

男「いや、別に……。ちょっと男としてのプライドが傷ついたけど」ショボーン

男「それよりも、二人とも今日は仕事とかないの?」

女騎士「だいたいのことは片付けた。それに、お前が来るって知ってからしばらく休みが取れるように調整しておいたからな。よっぽどのことがなければ仕事はない」

女魔法使い「私も、今は魔法の研究が仕事のようなものなので、休みを取ろうと思えばいつでもとれますからね……」

男「そっか、騎士は?」

女騎士「あいつは、軍の騎士隊の隊長だからな……。早々休みは取れないだろ」

男「その割に結構僕のところに来てたけど……」

女騎士「まあ、あれは仕事の一環のようなものだからな。普段休めない分、そういったところで羽を伸ばしたりしてるんじゃないか?」

男「そっか……」

女魔法使い「よかったら、今からみんなで騎士さんのところに行きませんか?」

男「いいな、それ。女騎士はどう?」

女騎士「私も賛成だ。よし、それじゃあすぐに行こう。あいつは男が来るの知らないだろうし、きっとビックリするぞ」ニヤニヤ

女魔法使い「ふふっ。そうですね、騎士さんの驚いた表情なんてここ最近あまり見てませんし、ちょっと楽しみです」ニヤニヤ

男「二人とも趣味が悪いな……。まあ、いいや。とにかく騎士のところに行こうか」

女騎士「ああ」

女魔法使い「はいっ!」

――騎士の部屋――

トントン

騎士「ん? 誰だ」

女騎士「私だ。今時間空いてるか?」

騎士「ああ、大丈夫だ。勝手に入ってきていいぞ」

女騎士「それじゃあ……」ガチャリ

女魔法使い「失礼しま~す」テクテク

騎士「なんだ、女魔法使いもいたのか。二人してどうしたんだ?」

女騎士「ふふふ」チラッ

女魔法使い「ふふっ」チラッ

騎士「なんだ、二人して見つめ合って」

女騎士「これを見て驚くんじゃないぞ……」

騎士「だからいったい……」

男「……やあ、騎士」

騎士「あ……! 男! お前いつこっちに来たんだ!」

男「つい数時間前。女魔法使いと約束しててさ」

騎士「そうなのか?」

女魔法使い「ええ、もっとも一ヶ月前の件と手紙を見られて女騎士さんには知られてしまってましたけれど」

騎士「なるほどな。それで、何発ぶち込まれた?」ニヤッ

男「生憎一発だけだよ。何発も食らってたら確実に死んでた」フフフ

女騎士「お、お前たち……」ワナワナ

騎士「ははっ。まあ、それだけで済んでよかったな。女騎士も女魔法使いと同じくらい男と会いたがってたし」

女騎士「わ、私は別に……。ただ、勝手にいなくなったのが許せなくて怒りをぶつけたかっただけだ」プイッ

騎士「相変わらず素直じゃない奴だな。まあ、なんにしても久しぶりに四人揃ったな」

男「そうだね。でも、みんな昔と全然変わってないや」

騎士「そりゃ、たかだが数年会ってないだけだからな。まあ、まだ成長期だった女魔法使いが数年経っても変わっていないのはちょっとどうかと思うが……」ハハハ

女魔法使い「余計なお世話です。騎士さんはいつも余計な一言が多いんですよ」

男「確かに。せっかくモテるのに、それでどれだけの女の子からのアプローチを犠牲にしてきたことやら」

騎士「うっせえ。それはお前だって一緒だろ」

男「僕? 僕みたいな奴が何でモテるんだよ。自分で言うのもアレだけど昔の僕は友人もまともにいなかったし、一人で魔法の修行ばかりしていたんだよ?」

騎士「それが一部の女からはミステリアスでいいとか言われてたんだよ」

男「意外だ……。女性の考えることはまったく分からないよ」

女騎士「言われてみれば、最初に会った時の男は人との関わりをずっと拒んでいたわね。そう思うと今はだいぶ丸くなった」

女魔法使い「そうなんですか? 私は先生が二人と一緒にいるときからしかしらないので、その時の話を聞いてみたいですね」

女騎士「だいたい、なんで昔の男はそんなに人との関わりを避けていたの?」

男「あの時はちょっと色々あってね。一人でいるほうが気が楽だったんだよ」

騎士「なあ、男。別にこの二人なら話してもいいんじゃないか? 今のお前なら心の整理もだいぶできてるだろ」

女騎士「その口ぶりじゃ騎士は男の昔を知ってるのね」

騎士「まあ、この中じゃ俺が一番男と付き合いが長いからな。こう見えて俺たち昔はすげえ仲悪かったんだぜ。ことあるごとにぶつかりあってたし」

女魔法使い「意外です。今の二人からそんなことは想像できないですね」

女騎士「たしかに、軍に入った当初は悪い意味でこの二人は有名だったしね。私も隊のメンバーで一緒になるまで二人にはあまりいい印象を持っていなかったし」

男「他人の口からそういう評価をされていたって聞くと、当時の僕と騎士って相当ひどかったんだね」

騎士「まあ、水と油みたいなもんだったしな」

女魔法使い「ぜひ、その辺の話を聞かせてください」

男「僕はいいけど。騎士は時間大丈夫?」

騎士「さっき仕事が一段落したところだから別に構わないぞ」

男「そっか。それじゃあ、少しだけ。僕が軍に入った辺りの話を……」

……



――育成所――

司令官「いいか、君たちは今自らの意思でこの場所に足を踏み入れている! エルフとの戦争が激化する昨今。
 君たちのような戦術も知らず、大して力のないものを戦場に送ったところですぐに戦死するのがオチだ。せっかく人々のため自らの命を糧に戦場へと飛び込む覚悟を持って軍の門を叩いてくれた若者の命がそんなことで失われるのは私とて避けたい。
 ここはそんな君たちを戦場で簡単に死なせない力を付けるための場所だ。大いに学び、力を付け、戦場へ飛び出せ!」

人々「オオオォォォッ!」

騎士「俺はやってやる。みんなの仇をとってやるんだ! 力を付けて、戦えない人々を救ってやる」

女騎士「この司令官はとてもいいことを言う。私もこんな人のようになれるように努力しないと」

男「力、まずは自分を守れる力を……。それすらもないのに、戦場に出るなんて……無謀だ。力が……欲しい」

教官「よし、今から宿舎に案内する。いいか、軍に入る人間に男も女も関係ない。もし、宿舎についてくるなんて当たり前のことすらできず、女のケツを追いかけていくような青くせえガキがいるようなら訓練の一つも受けられれないと思っておけ!」

ザワザワ

教官「私語をする余裕があるとはいい根性してるなお前たち! 戦場に出たらそんなことをしている暇はないぞ! 伝令よりも大事な話があるなら別だがな!」

シーン

教官「よ~し、それでいい。これからお前たちは俺の言うことに黙って従っていればいい。俺がお前たちを立派な軍人に育て上げてやる。付いてこい!」

ザッ、ザッ、ザッ

――宿舎――

教官「よし、全員付いてきたな。これから四人ずつ名前を呼んでいく。その四人はこれから同じ部屋に住むことになる。互いに協力し合って少しでもいい生活ができるようにせいぜい努力することだ!」

教官「……騎士! ……」

騎士「はい!」テクテク

教官「……。……女騎士!」

女騎士「はいっ!」テクテク

教官「……。……男? ほう、お前が……」

教官「男! 出てこい!」

ザワザワ ナンダ、ナンダ

男「はい」

教官「お前が噂の男か……。話は聞いてるぞ、お前はここにいる奴らと違って何度か戦場に出ているようだな」

ナンダッテ マジカヨ

男「はい、確かにそうです。しかし、自分はまだまだ未熟です。戦場で自分の身を守ることすらできない弱者です」

教官「そうだ! お前は軍人でもなんでもないただの一般人だ! 何度か戦場に出てるからっといって調子に乗るんじゃないぞ!」

男「はい。肝に銘じておきます」

教官「よ~し。次! ……」

騎士(あいつ、もう戦場に出たことがあるのか……。よし、時間が出来た時に詳しく話を聞いてみるか……)

女騎士(私とあまり歳が変わらないのに……。負けていられないな、他の者より努力して結果を出してみせる!)

男(……)

……



ザワザワ、ガヤガヤ

訓練生A「なあ、なあ。戦場に出たことあるって本当かよ? エルフのやつらヤバかったのか?」

訓練生B「ねえ、ねえ。目の前で人が死んだりした? やっぱり戦うの怖い?」

騎士(うおっ! 案の定訓練生のほとんどがあの男って奴のところに行ってやがるな。やっぱり話を聞いてみたいのか……)

男「……」シラーッ

騎士「にしても、あいつ無愛想だな……。本読んでるだけで、みんなの質問に答える気が全くなさそうだ」

訓練生C「なんだね、その態度。みんなが君にわざわざ質問しているのにその態度はないんじゃないかな? それとも本当は戦場に行ったことなんてなかったってことなのかな? どうなんだ?」

男「……」パラパラ

訓練生C「くっ! あんまり調子に乗らないことだよ! 化けの皮が剥がれるのは一瞬だからね」テクテクテク

訓練生「……」テクテクテク

騎士(お~お~。一気に人がいなくなった。ちょうどいい、今のうちに話しかけに行ってみるか。もっとも俺も他のやつらと同じような結果になりそうだけど……)

騎士「……」テクテク

男「……」パラパラ

騎士「よお、俺騎士っていうんだ。何読んでんだ?」

男「……」パラパラ

騎士(う~ん、やっぱりおんなじ反応。だけど、ここで引いてちゃ他のやつと変わらないし、もう少し頑張ってみるとするか)

騎士「それ……魔法に関する本か? 詳しくはわかんねーけど魔法陣とか書いてあるもんな。お前もしかして魔法使えるのか?」

男「……少しだけね」ハァ

騎士(た、ため息吐きながら答えやがった……。いや、でも返事はしてくれたんだ。このままいくぞ!)

騎士「そっか、俺検査の時にそっちの素質はないって言われてるから羨ましいよ。まあ、でも俺もここで訓練を受けて力を付けてエルフや魔物から力のない人々を守るつもりだぜ」

男「あ、そう」

騎士「……お前さ、もう少し愛想良くしたほうがよくねえか? 仮にもこれから一緒に生活してくんだぜ?」

男「気に触ったのなら謝るよ。でも、僕は早く自分を守れるだけの力が欲しいんだ」

騎士「自分を守るための力? なんだそれ?」

男「言葉通り、自分の身を守るだけの力だよ」

騎士「……はぁ? お前力ない一般人を守るために力をつけるために俺たちはここにいるんだろ? 自分の身を守る力なんて二の次だろ」

男「君こそ何言ってるんだ。さっき司令官も言ってただろ、今の僕たちを戦場に送ったところですぐに死ぬだけだって。
 それには自分の身を守れるだけの力が必要なんだよ。それすらもないうちは他の人の力になろうなんて考えないほうがいいよ」

騎士「おいおい。仮にそうだとしても力がないからってお前は他の人を見捨ててもいいっていうのか? それはちょっと違うんじゃねーか?
 力が無くったって俺たちが命を投げ出してでもその人たちを守ればいいだけじゃねーか。戦場に出るってことは自分の命を賭けるってことなんだから」

男「……ッ! 軽々しく、命を賭けるなんて言うな! どうせなら、自分以外の全てを見捨ててでも生き延びろよ! そんなのは目の前で人が死ぬのを見たことのない甘ちゃんがいうことなんだよ!」

騎士「……言ってくれるじゃねえか。こっちはエルフに家族を殺されてんだよ。確かに俺はまだ戦場に出たことねえけどよ、何度か戦場に出たことがあるってだけで自分は特別だなんて勘違いしているような奴に甘ちゃんだなんて言われる筋あいはねえぜ」ジロッ

男「……」ジロリ

騎士「……」ジロッ

シーン

教官「こら、貴様ら! 何をやっている! 喋っていないでとっとと自分達の部屋に戻れ!」

騎士「……チッ」

男「……」プイッ

……



騎士「いやあ、今日も疲れたな~」テクテク

訓練生A「確かにな~。でも今日の模擬戦ホント惜しかったよな。あとちょっとで勝てたのに……」

訓練生D「それに関しては本当にスマン! 俺が足引っ張っていなければ」

騎士「んなことねえよ。チーム戦なんだから、一人の失態はみんなの責任さ。訓練生Dが気にすることねえよ」

訓練生A「騎士はホントにいいやつだよな~。にしても、相変わらず模擬戦トップは男のいるチームか……」

騎士「……」

訓練生D「でもよ、あいつと一度一緒のチームで組んだことあるけれどさ、ほとんどワンマンプレーだったぜ。確かに魔法を使う才能あるし、実際負けてるから文句言ったところで負け惜しみになるけどさ、もうちょっと協力しろよって思うよな。チーム戦なんだし」

訓練生A「そうそう。あいつなんか他のやつに対して壁作ってんだよな。孤高を気取るのもいいけどよ、あんまし調子乗ってるとそのうち誰かにシメられるんじゃねえか?」アハハッ

騎士「あんなやつのことなんて放っておけよ。それより飯食いに行こうぜ! 腹減ってしょうがねえ」

訓練生A・D「間違いねえ」アハハハハ

――食堂――

男「……」モソモソ

訓練生「でさ~」アハハハ

訓練生「なんだよ、だっせえなぁ……」

男「……」パラパラ

騎士「……」チラッ

訓練生D「どうしたよ、騎士」

騎士「いや……なんでもない」

訓練生A「おっ……。見ろよ、男のやつ他の訓練生たちに連れてかれるぜ。やっぱり灸をすえられるみたいだな。いい気味だぜ」ハッ

騎士「……」ガタッ

訓練生D「騎士?」

騎士「あ、わりぃ。ちょっと用事思い出したわ。先に食っててくれ」タッタッタ

訓練生A「どうしたんだ、あいつ?」

訓練生D「……さあ?」

訓練生C「あのさ、前からずっと思っていたけど君のその態度はどうなのかな? 気に入らないんだよね、協調性の欠片も見られないし。やる気あるの?」

男「……用ってそれだけ? なら戻っていいかな。今から魔法の訓練をするんだ。君の言うやる気っていうのがそれに当てはまらないっていうのなら別に残ってもいいけど」

訓練生C「……くっ! そういう態度が癇に障るって言ってるんだよ! だいたい、今日の模擬戦だって君が独断専行したせいでこっちは大変だったんだ」

男「それについては模擬戦が始まる前に作戦をきちんと立てたじゃないか。実力に見合ったポジションにみんな配置して……」

訓練生C「それだよ、それ! 作戦内容が一番実力のある自分が囮になるからその隙に自分を狙っている相手を強襲しろってやつ! ムカつくな~。自分が一番実力があるってそんなにも周りにアピールしたいのかい?」

男「僕はただ単に一番効率のいい作戦を立てただけだけど……」

訓練生C「だいたいさ、君は確かに魔法は優秀かもしれないけれど肉弾戦になった時が並程度の実力しかないじゃないか。こうして君に魔法を使う隙を与えなければどうすることもできるんだよ」ニヤッ

訓練生達「……」ジリジリ

男「……なに? つまり、ここに呼び出したのは模擬戦の反省とか、僕に対する注意なんかじゃなくただ単に腹いせ?」

訓練生C「ようやく気づいたんだ。そういうことだよ、調子に乗ってる君の鼻を一度折っておこうと思ってね」ニヤニヤ

男「……」

訓練生達「……」ニヤニヤ

男「……ってみろ」

訓練生C「は? なんだって。もしかして怖気づいちゃった?」

男「やりたきゃやってみろって言ったんだよ。確かに、この人数相手に僕一人が応戦したところで最終的には負ける。だけど、命を奪わなければやり返す機会はいくらでもあるんだ。
 やり返される覚悟があるって言うんならいくらでもかかって来なよ。ただし、やるんならその後の生活を無事に過ごせると思うなよ……」

訓練生C「つ、強がるんじゃないよ! ほら、みんなやろう!」

訓練生達「あ、ああ……」

ドカッ バキッ ドンッ

男「……ッ」カハッ

訓練生C「は、ははっ! いい気味だ。ホント、これからは自分の分をわきまえてくれよ」

訓練生達「そうだな」アハハハハッ

男「……」ジロッ

訓練生C「な、なんだよ……。くそっ! そんな反抗的な目で僕を見るんじゃない!」ドカッ

男「うぐっ!?」ゴロゴロゴロ

男「……」ジロッ

訓練生C「……うっ。も、もういいや。とっとと行こう」スタスタ

訓練生達「なんだよ、気味悪りーよ」テクテクテク

男(意識が逸れたな……。覚悟しろよ……)スッ

騎士「おい、止めておけ」ボソッ

男「……!」チラッ

騎士「お前、今魔法使おうとしただろ。途中まで魔法紋が構成されてたからな。さすがに不意打ちは卑怯だろ」

男「そんな、ことを戦場でも、言うつもり……?」

騎士「んなこと言わねーよ。ただ、ここは戦場じゃなくて軍の育成所だろ。あいつらを庇うつもりはないけどよ、もう少し肩の力抜いたっていいんじゃねーか?」

男「余計な……お世話だ。なんにも、知らないくせに……」

騎士「そりゃ、確かに何も知らねーよ。だって、お前がなんにも話してくれないんだからな。
 なあ、こんだけの目にあっても考えを変えるつもりはないのか? 前にお前が言ってた自分の身を守る力が欲しいってことだけどよ。今のお前はそれすらもできてねーじゃねーか。
 俺たちは力がない。それは認める。だから、みんなで協力し合って自分の身を守ることも、他の誰かを救うための力もつけるんじゃないのか?
 一人じゃできないことだって、誰かと協力すれば成し遂げることだってできるだろ?」

男「……」

騎士「ほら、肩貸してやるから医務室行くぞ」グイッ

男「なっ! ちょ、ちょっと……」ビクッ

騎士「怪我人は黙って治療の言い訳でも考えてろよ。てか、お前めちゃくちゃ軽いな。ちゃんと飯食えよ。それこそ、戦場に出て食料がなくなったときにまっさきに倒れることになるぜ」ニヤニヤ

男「……うるさいっ」プイッ

……



騎士「おい、男。お前またやられてんのかよ」ジーッ

男「うるさい、仕返しはちゃんとしてやった。だいたい騎士こそ女性部屋に何人か連れて忍び込もうとしたらしいじゃないか」

騎士「それな、もうちょっとだったんだけど途中で教官に見つかってな。『訓練を終えてこんなことをしている余裕があるお前たちのために明日から追加メニューを加えてやろう』だなんて言われてそれ以来毎日ヘトヘトだ」

男「……ふん。そんなことやってる暇があるなら剣技を磨いたらどうなの? 力ない人を守るんじゃなかったの?」

騎士「そっちこそ、魔法の特訓ばっかりしてるくせに全然自分の身を守れてねーじゃねーか」

男「いいんだよ、こっちは成長してるんだ」

騎士「生憎だが俺の方も少しは成長してるんだよ。模擬戦でも成果が出るようになってきたからな」

男「……ふん」クスッ

騎士「おっ……。お前今もしかして笑ったか?」

男「笑ってない、うっとうしい。本を読むのに邪魔だからさっさとどっか行け」シッシッ

騎士「つれねえな。たまには一緒に飯食おうぜ」

男「いつ僕と騎士がそんな仲になったんだ」

騎士「え? 一緒に肩を並べたろ?」

男「それは騎士が勝手に僕を医務室へ連れて行った時の話だ。まるで苦楽を共にしてきた仲みたいに言うな」

騎士「冗談だよ、冗談。まあ、お前がよかったらでいいから一緒に飯食おうぜ。じゃあな」タッタッタ

男「騒がしい奴だな……」ハァ

……



教官「今日の模擬戦は近くにある森にて実施する。すでに何回か訪れたことがあると思うが、今日はいつもと違う点がある。
 今日は普段模擬戦を行っているチームのメンバーをシャッフルしてチームを構成する」

ザワザワ マジカヨ ザワザワ

教官「ええい、黙れ! 私語は禁止だと何度も言ったはずだ! 文句があるやつは模擬戦ではなく俺特製の訓練を課してやるが、どちらがいいか選べ!」

シーン

教官「よーし。わかりやすい反応で結構。では、メンバーを発表する」

教官「訓練生C……。……」

教官「……。……女騎士」

教官「……騎士。……男」

騎士「えっ!?」

男「……」

教官「どうした、騎士。何か問題でもあるのか?」

騎士「いえ、何でもありません……」

訓練生A「ドンマイ、騎士」ボソッ

訓練生D「男と一緒だなんて、お前も運が無いな……」ボソッ

騎士「あ、ああ……」ボソッ

騎士(男と一緒か……。あいつとうまくやれるかな……。まあ、俺があいつのフォローをしてやるとするかな。
 あいつ、一人にしておくと突っ走って危なっかしいからな……)クスッ

男「……」チラッ

教官「よーし、お前ら。さっそく模擬戦実施所に移動しろ! 少しでも遅れたら評価が下がるから覚悟しておけ!」

……



男「それじゃあ、作戦を発表する。今回の模擬戦はいつも通りチームごとの対戦だ。チーム人数は各班四名。
 向こうには前に僕と同じチームを組んでいたメンバーが二人居る。だから、僕が作戦を立ててくることも読んでくるだろう」

騎士(おいおい。俺以外の二人はまともに男の話聞いていないぞ。わかっちゃいたけど、こいつ周りから相当嫌われてんだな……)

男「それでも、僕はいつも通りの作戦で行くつもりだ。向こうがこちらの手を読んでいようが、それを上回る速さで行動をとればいいだけのこと。
 僕が魔法を使って相手メンバーを拡散、各個撃破。相手一人に対してこちらは常に二人で応戦してくれ。二人はどうにか僕がひきつける」

訓練生E「はい、はい。男さまのご自由にどうぞ。どうせ、俺たちの意見なんて聞く気は無いんだろ?」

訓練生F「まあ、俺たちも適当に頑張るからさ、囮役頼んだぞ。お前しかできないらしい役目みたいだからな」クスクス

男「……それじゃあ、ミーティングはこれで以上だ。後は、各自作戦通り動いてくれ」スタスタ

訓練生E・F「は~い」クスクス

騎士「……」

……



騎士「おい、男! ちょっと待てよ」テクテク

男「……」スタスタ

騎士「おい、おいって! 止まれよ」グイッ

男「痛いって……。それで? 何だよ」

騎士「お前、あのままでいいのかよ? あの二人どう考えてもお前の作戦をちゃんと聞いていなかったぞ」

男「いつものことだよ……。あの二人が駄目なら僕がその分頑張ればいいだけの話だ」

騎士「前にも言ったけど、もうちょっとお前は周りを頼れよ! これじゃあ、何のための模擬戦なのかわからねえよ」

男「じゃあ、騎士は僕の意見をちゃんと聞いてくれるのか? その指示が実際の戦場で命を賭けるかもしれないものでも、きちんと聞いてくれるのか?」

騎士「それは……」

男「僕が言っているのはそういった類のものだよ。こっちは真剣にやっているんだ。模擬戦だなんて、割り切ったことは一度も無い。実戦だと思っていつもやってる。だから、中途半端なやつに任せるくらいなら、僕一人でやれることをやるだけだ」

騎士「……」

騎士(こいつ、そんな風に考えていつも模擬戦を行っていたのか……。確かに、変に意固地なところはあるけど、男は本気で力を付けようとしてる……)

男「僕が言いたいのはそれだけだよ、騎士もやる気がないなら適当にしてくれてていいよ……」スタスタ

騎士(俺は……どうだ? 実戦になった時にこいつに命を預けられるのか?)

男「……」スタスタ

騎士「待てよ……」ボソッ

男「……なんだよ」チラッ

騎士「俺はまだ戦場に出てないからお前の考えに完全には理解できてないと思う。でもさ、人に命を賭けろっていうならさ、お前も俺に命賭けろよ! もっと他人を信用しろ!
 でなきゃ、俺はお前に命を預けることなんてできねえ!」

男「……」

騎士「今回限りでもいい。俺を信用してくれ。俺も、お前を信用する。だから……」

男「……」

騎士(だ~もう! うまい言葉が出てこねえ。なんか、考えがぐちゃぐちゃしてしょうがねえよ! でも、このままじゃ駄目だってことはわかるんだよ)

男「……わかった」

騎士「……え?」

男「わかったって言ったんだよ。確かに、相手にだけ命を賭けさせるなんて傲慢すぎた。僕も騎士に命を預ける。これでいい?」

騎士「お、おう……。なんか、やけに素直だな」ポリポリ

男「この間の借りを返すだけだよ。特に深い意味は無い」プイッ

騎士「それじゃあ、模擬戦頑張ろうぜ! 二人には俺から言っておくからよ!」

男「勝手にしてよ。僕は精神集中するから。時間になったら集合場所でね」テクテク

騎士「……おう!」

……



男「時間だ。みんな、準備はいい?」チラッ

騎士「ああ、バッチリだ」ニコッ

訓練生E・F「……」

男「それじゃあ、事前に説明しておいたように僕が囮になって相手を二人引き付ける。三人はその間に一人ずつ相手を撃破。何度も言うようだけど、必ず二人以上で相手と応戦して。
 その方が早く、確実に相手を仕留めることができるし、多少の力量差ならどうにかなるから……」

騎士「わかったよ。二人ともそれでいいよな?」

訓練生E「わかった、わかった。ほら、もう時間だろ。集中しねーとな」ニヤニヤ

訓練生F「そうそう。男がいれば模擬戦の成績は必然的にトップになるからな」ニヤニヤ

男「……そうだね。それじゃあ、始めようか」

 相手の姿が見えない森、摸擬戦の開始位置に男、騎士を含めた四人が立ち、しばらくすると戦闘開始の角笛の音が辺に響き渡った。

騎士「……! スタートだっ!」

男「よし! それじゃあ、いくよ皆」タッ

訓練生E・F「……」タッタッタッ

 男が一人先に進み、それに続くように騎士、訓練生の二人が続く。そこから騎士、訓練生が二手に別れ、男の左右にそれぞれ展開する。
 ジメジメとした空気が肌を撫でる。未だ姿を現さない相手に警戒しながら、四人は先へと進んでいく。
 森に存在する小動物の駆ける音を敵の足音と勘違いして緊張を高め、逆に自分たちが地面に落ちている小枝を踏み潰して相手に位置を悟られてないかと考える。

 模擬戦が開始して半刻ほど経った頃。騎士、訓練生達の前を先行する男が不意に立ち止まり、合図を送る。

男(……見つけた。相手は一人、ほかの三人の姿は見えない。罠……かもしれないな)

 瞬時に次に取るべき行動の判断を脳内で下し、男は他のメンバーに指示を出す。

男(騎士と、僕で相手を撃破する。二人はそのままここで待機。もし、他の相手が出てくるようなら、タイミングを見計らって不意を付いてくれ)

騎士(……了解)

男(それじゃ、行くよ。三……二……一……今だっ!)ダッ!

 男が合図を送ると同時に、騎士と男が敵の一人の元へと駆け出す。騎士は腰に付けられた模造剣を鞘から抜き放ち、男は指で魔法紋を描いていく。

敵「……! クソッ!」

 駆け抜けてくる男と騎士の姿を捉えた敵は即座に模造剣を抜き放ち、構える。己一人に対して同時に襲いかかる二人を見て、敵が判断した考えは単純な肉弾戦なら己よりも弱い男を相手にすることだった。

敵「くらえっ!」ブンッ

 近づく男に対して模造剣を横一線になぎ払う敵。それに対して男は……。

男「甘いっ!」

 描いていた魔法紋を模造剣が己の体に叩きつけられる直前に完成させる。すると、なぎ払われた剣と男との間に地面を突き上げて石柱が現れ、その剣先を防いだ。

敵「――ッ~」ビリビリ

 突然現れた石柱に驚く暇もなく、勢い良く叩きつけた剣は石柱にぶつかった衝撃で敵の腕を痺れさせた。硬直する敵の隙を見逃さず、すかさず掌底を相手の顔面に男は叩きつけた。

敵「カハッ!」ドンッ

 男の掌底によって後ろへと吹き飛ばされた敵。それに続くように騎士が追い打ちをかける。

騎士「くらいやがれ!」ザッ

 模造剣の腹を起き上がった相手の腕に叩きつける。魔法を使う男と違い、騎士や敵は軽装の鎧を身につけているとはいえ、叩きつけられた剣の衝撃は凄まじく、先ほどの男の攻撃とは比べ物にならないほどの鈍い音が辺に響く。

 骨が折れた……とまではいかないものの、衝撃によって飛ばされ、起き上がろうとした敵の腕は力なく垂れ下がっていた。

敵「……参った。俺はここでリタイアする」

 敵の降伏宣言を聞くと、男たちは肩の力を抜いた。基本的に、この摸擬戦は相手の交戦の意思がなくなった場合と気絶しているのを確認した場合、リタイアという形になる。
 これを確認する術は本来外部の人間にはないが、己の敗北を素直に認めないでいるものは逆に恥知らずとして周りから責められることになるため、事後報告という形でも模擬戦がなりたっているのだ。

 さらに、万が一リタイアしたものが再び戦闘に参加するなどといった行為が認められた場合は重いペナルティーがチームメンバー全員に課せられるため、そんなことをするものは皆無なのだ。

男「よし、まずは一人……」

 男が敵を倒して一息ついた瞬間、背後から叫び声が上がった。

訓練生E・F「うわああああ~」

 驚き、振り返ると、そこにはわざとらしく地面に倒れ込む訓練生二人の姿があった。そして、その横には敵であり、元は男と模擬戦のメンバーを組んでいたうちの一人、訓練生Cの姿があった。

男「……え?」

 一瞬の出来事に、事態が把握できていなかった男だが、倒れこんだ二人の訓練生が浮かべた表情と彼らが告げた一言を聞いて、何が起こっているのかを理解した。

訓練生E・F「参った……ギブアップだ」

 たいした怪我もなく、地面に倒れこんだとしか思えない二人が告げた敗北宣言。それに男、それに騎士の両方が驚く。だが、男はすぐに彼らがそんなことを口にした理由を思いついた。

男(なるほど……。つまり最初からあの二人はこうするつもりだったんだね)

 おそらくは、ミーティングの前、それから後に彼らは訓練生C達と密会していたのだろう。そして、その時に模擬戦が開始したあとの予定をそれぞれで立てていたのだろう。
 どうしてこんなことをするかという理由を問われれば、男自身に原因があるのだろう。男がそれまでとってきた態度が、彼らに模擬戦での勝敗以上に重要な“男を潰す”という共通の目的を与えたのだ。

 摸擬戦ならば、多少の無茶をしてもペナルティーも課せられない。しかも、男以外の全員が口裏を合わせればどれだけ痛めつけたところで問題が起こるわけでもない。
 そう思ったからこそ、彼らは今こうして敗北宣言を告げ、ただ男を痛めつけるための摸擬戦を開始しようとしているのだろう。

男「……上等だよ。そんなくだらないことをこの場でしようっていうんなら相手になってやる」

予想以上に彼らの行動が癪に障ったのか、男は知らず、歯を食いしばり、怒りを顕にしていた。その表情は普段からは想像できないほど険しいものとなっていた。
 さすがに、騎士も今の状況に気づいたが、当事者である男と違い、彼はまだ冷静だった。そして、この状況に呆れていた。

騎士(くだらねえ……。なんだよ、これ。せっかくの模擬戦だってのに、男をリンチするためにみんな手を組んでんのか? これは俺たちが力をつけて人の役に立つための訓練だろうが。なのに、一人をいたぶるためにこんなことやるなんて、ぜってえおかしいだろ!)

怒りを胸に秘めながらも、落ち着いて周りを警戒する騎士。よく見れば訓練生Cから少し離れた位置に別の敵の気配を二つ感じた。

騎士(クソッ! やっぱり罠だったか。ひとまず体制を整えるために一度撤退したいが、普段冷静な男が珍しく頭に血が上ってやがる。このままじゃ、ただいいようにやられちまうだけだ……)

どうするべきか、騎士が迷っていると、それよりも早く男が動いた。

男「お前たちみたいな奴はな、死ぬほど吐き気がするんだよ!」ザッ

魔法紋を描きながら訓練生Cの元へと走り出す男。当然、他に敵がいることに気づいた様子はない。そんな、彼をみて訓練生Cは不敵な笑みを浮かべる。

騎士「……マズイっ! 男!」タッ!

男を止めようとその背を追う騎士。だが、それよりも先に男が訓練生Cの前に到達する。魔法紋の完成まであと少しとなり、至近距離での魔法を発動させようとする。

男「くらえ!」

最後の一筆を描いて魔法を発動させようとした瞬間、訓練生Cの背後から不意をつくように別の敵が現れた。

敵B「馬鹿な奴だな」ハッ

突き出される棍棒。凄まじい勢いで迫るそれを不意をつかれた男は避けられるはずもなく、吸い込まれるようにしてその先端が男の腹部めがけて伸びていく。

騎士「男おぉぉぉぉぉぉっ!」ドンッ

だが、その先端が腹部に直撃する間際、駆け抜けてきた騎士が男を弾き飛ばし代わりにそれを受け止めた。

騎士「……ぐっ!?」ゴロゴロ

苦悶の表情と共に吹き飛ばされる騎士。それに男、訓練生C、敵Bのそれぞれが驚き一瞬動きを止める。

訓練生C「な、何出てきてるんだよ騎士。君だってもうこの状況がどんなものだかわかっただろ? それなのに、なんで、男のやつを庇うんだよ」

男「……騎士」タッ

敵B「……」

騎士「……っぁ。けほっ、けほっ。なんでかって? そんなのな……お前たちのやり方が気に入らねえからだよ! 確かに、男は周りに対して壁作ってるし、気に入らないところもあるかもしれない」

訓練生C「そうだよ! 君だってよく分かっているじゃないか! そいつは一度痛い目を見ないと……」

騎士「だけどな! 少なくともこいつは一度だって訓練に手を抜いたりしていない。他の奴がこいつを気に入らなくて手を抜いたとしても、その分こいつは他のやつの分も頑張ってちゃんと成果を出しているんだよ!
 それなのに、お前たちは自分が助けられていることも考えないで、一方的にこいつのことを悪者扱いしてよ。一人じゃ勝てないからって人数使ってきやがって……。俺はそういうやり方は気に入らねえんだよ!」

訓練生C「そう……。君は男の味方なんだね。ならいいよ。たとえ教官に今回の件を告げられようと、僕たちがすることは変わらないから……」スッ

騎士「! 男、逃げるぞ!」タッ

男「……わかった」

タッタッタッ

訓練生C「逃げられると思うのかい?」

男「逃げてみせるさ!」

再び描き出した魔法紋はそれまでよりも早く完成し、敵の周りにいくつもの石柱を作り出す。行く手を阻まれた訓練生Cたちはどうにかその場から抜け出そうとする。

騎士「……すげえ」

男「感心している暇はないよ。今のうちに早くっ!」ザッ

騎士「お、おう!」タッタッ

……



訓練生C「逃がした……か。まあ、いいや。時間はまだたっぷりある。せいぜい逃げ回って僕たちに狩られるのを待つんだな」クックックッ

……



男「はぁ……はぁっ。どうにか、逃げ切ったか?」ゼーゼー

騎士「……だな。にしてもこんなことになるなんてな……。たく、あいつらもひでえな」

男「……仕方ないさ。こんなことになっても仕方ないような態度を僕は日頃からとってきたんだから。それよりも騎士」

騎士「ん? なんだ」

男「その……巻き込んでごめん。僕のせいでこんなことに。でも、今騎士が摸擬戦を投げ出せば、被害に遭うのは僕だけだから……。だから……」

ポカッ

男「痛っ! ちょ、なんで急に殴るんだよ!」

騎士「バカいってんじゃねえよ! なんで、俺がそんなことしなくちゃいけねーんだよ。そんなことしたら俺まであいつらと同類になるじゃねえか。
 さっきも言ったろ、俺はあいつらみたいに根性ねじ曲がってねえんだよ。じゃなきゃお前のことかばったりしねえよ!」

男「でも……」

騎士「それに、お前俺に言ったろ? 命を賭けれるかって? それに俺はどう答えた? 命を賭けるって言ったろ。お前も俺に命を預けるって言ってくれただろ。
 こうなりゃ一蓮托生だ。力を合わせてこの状況を乗り切るしかねえよ」

男「騎士……」

騎士「とにかく今はこの状況を打開する術を考えようぜ。ただでさえ相手は俺たちより人数が多いんだ。追われてる側じゃ不意をつくなんてこともできやしない」

男「ああ、わかった……」

騎士「それじゃあ、作戦会議と行こうぜ!」

……



騎士「よし、これで行こう」

男「本当にいいの? はっきり言って半分賭けだよ。僕も発動させる成功率は半分くらいだ」

騎士「そんだけありゃ、十分だ! あいつらの鼻を明かしてやろうぜ」

男「……騎士」

騎士「まあ、俺も正直いえばビビってる。失敗すれば痛い目見るのは俺たちだからな。だけど、このままあいつらにやられっぱなしってのも癪に障るんだよ! だから、俺はお前を信じて動くし、お前も俺を信じてくれ」

男「……ああ、わかった。なあ、騎士ひとつ話したいことがあるんだけどいいか?」

騎士「どうした?」

男「僕がさ、ここに来てからずっと人を避けてた理由。騎士になら話してもいいと思ってさ……」

騎士「そりゃ、聞けるなら聞いてみたいな。いったいなんで、お前はかたくなに人を拒むのさ」

男「僕がこの育成所に入る前に戦場に何度か出てたって話は騎士も知ってるよね?」

騎士「ああ、確か教官がそんなこと言ってたな。それが原因でお前とも口喧嘩したな」

男「その件については悪かったよ。僕も反省してる。それでさ、戦場に出てたって言っても僕は別段戦いに参加してたわけじゃないんだ」

騎士「え? そうなのか」

男「うん、軍のある分隊の従者って形で一緒に行動させてもらってたんだ。魔法もその時にある人から少しだけ教わっていたんだ。だから、僕は人よりも少しだけ魔法がうまく使えるんだ」

騎士「そうだったのか……。それで、それがどうして人との関わりを拒む理由になるんだ?」

男「僕もさ、騎士と同じように家族をエルフに殺されてるんだ。それで、復讐のため力を付けたくて軍に入ろうとした。でも、今よりもまだ幼くて、なんの取り柄もない僕を軍が入れるわけもなくてさ。毎日、毎日軍部の門の前で追い返されたんだ」

騎士「……」

男「そんなある日一人の女性が毎日門の前にいる僕を見て声をかけてくれたんだ。その人が分隊の隊長でさ、どうして毎日ここにいるのかって尋ねられて事情を説明したんだ。そうしたら、上に掛け合ってくれて僕をその分隊の従者として連れてくれることになったんだ」

騎士「なるほどな。それで、そこからどうしたんだよ?」

男「それから僕はその人たちと幾つかの戦場を巡ったよ。エルフとも対峙した。もっとも最初の頃なんて僕はビビってなんにもできなかったんだけどね……」

騎士「そうだったのか……。でも、その人たちと一緒にいたのならどうしたお前はここにいるんだよ?」

男「最初はさ、復讐のために力をつけたかったんだ。でも、あの人たちと一緒に行動しているうちにみんなの役に立ちたい! って思ったんだ。だから、魔法の勉強や特訓も一生懸命やった。楽しかった、魔法を覚えたことを報告するとよろこんでくれたみんながいたから……」

騎士「……」

男「でも、そんな楽しい日々も長くは続かなかった。ある戦場に出たとき僕達の隊の倍はいる敵に囲まれたんだ。絶体絶命ってやつだね。でも、隊のなかでただ一人、僕だけが戦うには力不足だった。それどころか、自分の身を守るほどの力もなかったんだ。
 結局、みんなは僕を守るために戦って、ただ一人僕だけが生き延びることになった……」

騎士「もしかして、それでお前ずっと自分の身を守る力が欲しいって……」

男「そうだよ。自分の身を守る力もないのにでしゃばった結果がこれだ。大切だった人の命を奪うことしかできなかったんだよ、僕は。だから、力をつけたかったんだ。
 力もないのに、人と関わってその命が消えてくのを見るのはもう嫌だったから……。だから、僕は周りのみんなを拒み続けたんだ」

騎士(なるほど、な。こいつの過去にそんなことがあっただなんて……。家族を殺されたってことは一緒でもそのあと親類に引き取られて穏やかに過ごしていた俺とは大違いだ……)


男「でも、それも間違いだったのかもしれない。そんなことをしても結局僕の周りにしか敵は生まれなかった。僕はまた、失敗したんだ……」

ポカッ

男「なっ! なんでまた殴るんだよ!」

騎士「お前が一人で勝手に納得してるからだよ! 何が敵しか生まれなかっただ! いるだろ、ここに。たとえ一人でもお前の味方がよ! ったく、さっき言ったこともう忘れたのかよ」

男「……ごめん」

騎士「いいよ、もう。その代わり、この模擬戦終わったら一緒に飯くいに行こうぜ! この話の続きはそれからだ」

男「……ああ、そうだね」

……



訓練生C「さて、そろそろ探すのも飽きてきたな。いい加減この辺で幕引きといきたいんだけど、そろそろ姿を現してくれないかな!」

敵B・C「……」

男「そうだね、僕もこんなくだらない争いはこの辺で終わりにしたい!」ザッ

訓練生C「ふうん、ようやく逃げ回ることを諦めてくれたんだね。いい判断だと思うよ。もっとも、騎士の姿が見えないところから反抗する意思は残っているようだけどね」

男「反抗もなにも僕が負ける理由はどこにもないからね。卑怯なてしか使えないお前たちには一度灸を据えてやらないとと思ってさ」

訓練生C「へ、減らず口を……。いいよ、そこまで言うのなら相手になってあげるよ。三体一でどこまで勝負になるか見ものだけどね」

男「かかってきなよ。君たちがいくら束になろうと僕は負けるつもりはないよ」

訓練生C「……そうか。なら、お望み通りにねっ!」ザッ

挑発する男に向かって一斉に駆け出す三人。訓練生Cは模造剣を抜刀し、敵Bは棍棒を構え、先ほど姿の見えなかった最後の敵Cは魔法紋を描きはじめる。迫り来る彼らに男は少しも臆することなく、彼らに対抗するために魔法紋を描いていく。

男「絡みとれ!」ブンッ

素早く魔法紋を完成させた男が腕を払うと、近くにあった樹木の根がまるで生き物のように敵に襲いかかった。

訓練生C「なるほど、これが奥の手ってわけか……。だけど!」ザッ

襲いかかる木の根に対し、訓練生Cは即座に対応した。勢い良く剣を振り抜き、根を弾き、一直線に男の元へと走り抜ける。

男「くっ! やっぱりこれだけじゃ……」

焦る男を見て訓練生Cの表情が愉悦に染まっていく。勝利を確信し、男の腕めがけて全力で剣を振り抜く。

訓練生C「これで……終わりだっ!」ブンッ

迫る凶刃。それを防ぐ術もなく男は……。

訓練生C「……なっ!」

剣が直撃すると思っていた訓練生Cだったが、なんの見間違いか、彼の持っている剣は男の体をすり抜け宙を切り裂くのみだった。驚き、動揺する彼に“遠く”から男の声が聞こえる。

男「驚いた? 幻惑魔法の一つだよ。自分の姿を遠く離れた位置に映し出すっていうね。
 いや~見事に引っかかってくれて助かったよ。成功率も半分くらいしかなかったし、正直この魔法を使うのは賭けだったんだけど、うまくいったみたいだ」

訓練生C「そん……な。いや、確かに引っかかったけどこっちにはまだ二人仲間がいる!」

男「それって後ろで気絶してる二人のこと? 悪いけど木の根で動きを封じた後に騎士に倒してもらったよ」

訓練生C「なっ!?」

男の言葉を聞いて慌てて訓練生Cが振り返ると、そこには彼の言うとおり木の根に身体を巻かれて気絶している二人の仲間の姿があった。

訓練生C「こんな……嘘だ!」

男「残念ながら、嘘でも何でもないよ。君の負けだ。僕と騎士二人を相手にしてまだ勝てるって言うんなら続けてもいいよ」

見ればいつの間にか訓練生Cの視線の先に男が現れていた。そして、背後からも剣を持った騎士の姿がある。

訓練生C「ちく……しょう」

敗北を悟ったのか、持っていた剣を落とし、その場に力なくうなだれる訓練生C。そして、悔しさを滲ませながら彼は負けを認める言葉をつぶやいた。

訓練生C「僕の……負けだ」

こうして、男と騎士が初めて力を合わせて戦った模擬戦は終わりを告げたのだった。

……



男「と、まあ。こんな具合に僕と騎士は仲悪かったんだけどその摸擬戦を経て交流を深めるようになったんだ。僕の昔についてはまあ、語ったとおりさ」

女騎士「そうだったのか。お前にそんな過去があったなんてな……」グスッ

男「あ、あれ? 女騎士、もしかして泣いてる?」

女騎士「な、泣いてなんかない! これは、そう。ちょっと汗が垂れただけだ!」グスグス

騎士「まあ、そういうことにしておいてやろうぜ、男」

男「僕は何でもいいけどさ……」

女魔法使い「……」

男「それで、女魔法使い。どうだった、聞いてみた感想としては?」

女魔法使い「……ぇい」

男「うん?」

女魔法使い「先生、私感動しました! そんな過去があったのに、今こうしてたくましく生きている先生は立派です。一生ついていきます!」グイグイ

男「ちょ、あんまり近寄らないでって。あ~もう、こんな風になるなら話さなければよかったよ」

騎士「いいじゃねえか。それだけ、お前のことを慕ってくれてるんだからさ」

男「まあ、悪い気はしないんだけどさ。女魔法使いにはもう少し他のことに目を向けてもらいたいんだよね……」

騎士「大変だな、お前も」

男「まあね。でも不思議と嫌な感じはしないね。もう、昔と違うからかな?」

騎士「だったら戻ってこいよ、ここに。戦争が終わった時はお前も思うところがあって一人になったかもしれないけれどさ、今もお前のことを待っている仲間はここにいるんだぜ」

男「……そうだね。でも、今の僕には帰るべき場所があるから」

騎士「そう……か。まあ、気が変わったらいつでも戻ってこい。俺たちはずっとお前を待ってる」

男「ああ」

 かけがえのない仲間たち。たとえ長い間離れ離れになっていても、彼らの育んだ絆は消えない。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 男と騎士の始まり ――完――
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エルフが嫉妬する話

エルフを受け入れるようになってから少し月日が流れた。今まで以上に過激なスキンシップを取り出したエルフに戸惑う男。
そんな二人の元にある少女が訪れようとしていた。

?「……ここが、先生のいる家……」

?「先生、ようやくあなたの元へ来ることができましたよ」

エルフ「男さん! おはようございます!」ベタァー

男「こらっ、エルフ。ひっつくんじゃない!」ハガシ、ハガシ

エルフ「えへへへ~」ベタベタ

男「ええい、めんどくさい奴だな」ベリベリ

コンコン、コンコン

男「……あっ! ほら、エルフ。誰か来たから離れてくれ」

エルフ「はい、わかりました」ションボリ

男「……」テクテク

ギィィ

男「はい、はい。どちらさまで……っ!」

?「お久しぶりです、先生」

男「え、え? なんで……」

エルフ「男さ~ん。誰が来たんですか?」

男「い、いや。それは……」アセアセ

?「あれ? 誰か中にいるんですか?」

男「すまん、ちょっと待ってて!」バタン

?「……?」

男「エルフ、ちょっとこっちに来い」

エルフ「どうかしました?」トコトコ

男「いいか、今から僕の言うことを聞くんだ。これを破ったら本当に死ぬと思え」ジッ

エルフ「きゅ、急にどうしたんですか……。そんな怖い顔されても困ります」

男「真剣に聞け! 今玄関の向こうにいるのは僕が軍にいた時に一緒の隊にいた人間だ」

エルフ「それって以前ここに来られた騎士さんみたいな方ですか?」

男「まあ、あいつも一緒の隊にいたけれどそれは別に問題じゃない。確かにあいつはエルフが嫌いだが無抵抗なエルフに手を出したりしない」

エルフ「えっと、つまり?」

男「あの扉の向こうにいるのは騎士と違って隙あらば無抵抗なエルフだろうと殺すやつだ。それこそ、昔の僕と同じくらいエルフを憎んでる。
 一応君に手を出させないようにするが万が一ってことがあったら困る。だから、今日一日は森にでも行って隠れていてくれ。今なら、まだ裏口から抜け出せるから」

エルフ「わ、わかりました……。それで、男さん。一つだけ聞いてもいいでしょうか?」

男「なんだ? あまり待たせても怪しまれるから急いでくれ」

エルフ「今から男さんがお会いするのって女性ですか?」

男「そうだよ。わかったのなら、早く出る!」シッシッ

エルフ「……いや、です」

男「なんだって?」

エルフ「嫌です、嫌です! 男さんと他の女性を二人っきりにさせるなんて嫌です! 私もここに残ります!」イヤイヤッ

男「言うことを聞いてくれ! このままじゃ、本当に洒落にならない……」

?「先生、もう入ってもいいですか?」

男「ああああああああぁぁぁ! 待って、もう少し。あと少しだから!」

?「そうですか。先生がそう言うなら待ちますね」

男「もう時間がない……こうなったら力ずくで!」ヒョイッ

エルフ「あっ!? 男さん!」ジタバタ

男「こらっ! 暴れるな! いいな、お前は今日一日家に帰ってきちゃいけないぞ。街中で僕の姿を見ても近寄るな!」キッパリ

エルフ「い~や~で~す!」ジタバタ

男「じゃあ、そういうことで!」ポイッ 

バタンッ!

エルフ「……」グスン

エルフ「今から、どうしましょう……」

男「……ふう。どうにか間に合った」

?「何が間に合ったんですか?」

男「うわっ! 気配を消して近づかないでくれ驚くから」

?「何言ってるんですか。これを教えてくれたのは先生ですよ」

男「そういえば、そうだっけ。ていうか、何度も言っているけれど、その先生ってのは止めてくれ」

?「先生は先生です。私の尊敬できるたった一人の男性です」

男「大体今の僕はもう軍に所属していないから君の上司でも何でもないんだ。だから普通の呼び方をしてくれよ、女魔法使い」

女魔法使い「先生にそう言われたら仕方ありません。……男さん。これでいいですか?」

男「ああ、それでいいよ。久しぶりだね、女魔法使い」

女魔法使い「……はい。お久しぶりです」

男「今日はまた急にどうしたんだ? 今まで騎士が来ることはあったけれど女魔法使いが来てくれたのは初めてじゃないか」

女魔法使い「いえ、少しお話したいことがありまして」

男「そっか、とりあえず座ろうか」テクテク

女魔法使い「その前に男さん。一つ聞いてもよろしいですか?」

男「えっ? なにかな?」

女魔法使い「この家、エルフの匂いがするんですけれど」ジーッ

男「き、気のせいだと思うぞ」アハハハ

男(女魔法使い昔と全然変わっていないな。こりゃ、エルフのやつを見つけたら問答無用で手にかけそうだ……)

女魔法使い「いえ、微かに匂います。男さんは感じないんですか? エルフ独特の匂いを」ジッ

男「さ、さあ?」ギクッ

女魔法使い「おかしいですね……」

男(し、心臓に悪い……)

――外窓――

エルフ「男さん、何話しているんでしょう。分かってはいますが、全く声が聞こえません」ジーッ

エルフ「それに、あの小柄な女の子。随分と男さんに馴れ馴れしい感じで接している気がします。たしか、軍の人ですよね。ま、まさか男さんを狙ってわざわざここまで!?」グヌヌ

エルフ「男さんの心に住み着くのは私の役目です! あんなポッと出の女の子に男さんの隣を奪われてなるものですか!」

エルフ「決めました。今日は二人の様子を見ながら、男さんと、あの女の子が仲良くならないように妨害工作です」パンパカパーン

男(うっ……悪寒が。まさか、エルフのやつが馬鹿なことを考えているとかじゃないだろうな……)

女魔法使い「どうかしましたか?」

男「いや、何でもないよ。それで、今日は一体何の用なんだ?」

女魔法使い「はい。単刀直入に聞きます。男さん、軍に戻ってきてください」キッパリ

男「こりゃ、また随分と直球だな」

女魔法使い「男さんがいなくなってからも私はずっと軍に残って世の中のために働きました。でも、やっぱり男さんがいた時が一番効率よく物事が進んでいました。軍にはまだ男さんの力が必要なんです!」

男「それは買いかぶりすぎだよ。だいたい、僕が軍に所属していた時は下っ端もいいところだったじゃないか」

女魔法使い「何言ってるんですか! 男さんは下っ端なんかじゃないです。私たちの分隊が一体あの戦時中にどれだけの功績をあげたか……。今の騎士さんの立場を見ても分かることです」

男「それはあくまで騎士の話であって……」

女魔法使い「私、知ってるんですよ。騎士さんが何度も男さんの家に訪れて軍に戻るように説得しに来ていること。男さんを軍に戻すためにそれ相応の地位を用意しているってことも」

男「……」

女魔法使い「戻ってきてください、男さん! 私たちには……いえ、私には男さんが必要なんです! また、昔みたいに私に魔法を教えてください」

男(……女魔法使いの顔、真剣そのものだ。これは、下手に誤魔化さないでありのままの思いを伝えるのが一番かもしれないな)

男「……ごめん。やっぱり、戻ることはできないよ」

女魔法使い「どうしてですか!?」

男「昔と今じゃ何もかも違う。状況も、心の在り様も。それに、あの時と違ってもう戦争は終わったんだ。軍なんてものが今あっても人々の脅威になるだけだよ」

女魔法使い「そんなことありません! 野生の魔物の脅威から人々を守ったり、まだ反逆の機会を狙っているエルフを捕まえて、起こりうる事件を未然に防ぐことだってできます」

男「だとしても! 今の僕は……軍に入って活動をしたいと思わない。都市部から離れたこの辺鄙な街で穏やかに静かに暮らして行きたいんだ」

女魔法使い「そん……な。本気、なんですか?」

男「ああ、本気だよ。騎士にも女魔法使いにも悪いけれど僕は軍に戻るつもりはない」

シーン

女魔法使い「……」

男(ちょっと、きつく言いすぎたかもしれないな。でも、このくらい言っておかないと女魔法使いも引かないだろうし。仕方ないよな……)

女魔法使い「……うっ」

男「?」

女魔法使い「……うぅぅ。――ひぐっ、えぐっ。うわぁぁぁん」グスグス

男「……えっ?」

女魔法使い「嫌です、嫌です。先生、戻って来てください。私、急に先生がいなくなっちゃって寂しかったんですよ? 必死に行方を探して、それでも見つからなくて。やっと騎士さんが見つけて会いに行こうと思ったら
『しばらく俺が会いに行くからあいつのことは放っておいてやれ』って命令されて……。
 でも、いつまで経っても会いに行く許可が下りなかったから、こうして騎士さんの目を盗んでこっそりと来たんですよっ!
 なのに、なのに一緒に来てくれないってどうしてですか? 私たちのこと嫌いになっちゃったんですか?」

男「いや、そういうわけじゃ……」

女魔法使い「だったら、だったら一緒に来てください!?」

男「だからそれはできないって」

女魔法使い「……うわぁぁぁん」グスグス

男「困ったなあ……」ハァァ

――外窓――

エルフ「むむ、あの女の子泣いてしまいました。これはもしや、男さんに告白して振られたと思われます!」ニヤッ

エルフ「これは、私が手を出すまでもなかったですね……」

エルフ「今日のご飯はおいしくなりそうです」フフフ

男(ひとまず、女魔法使いを泣きっぱなしにするわけにもいかないし……。慰めるとしよう)

男「ごめんね、女魔法使い」ヨシヨシ

女魔法使い「……ひっく」ギュッ

男(服の裾握りしめて、相変わらず妙なところでかわいい仕草するな、この子は……)

男「いい子、いい子」ヨシヨシ

女魔法使い「……」ギュウゥゥッ

――外窓――

エルフ「な、な、なんですかあれ! 男さんが、私以外の女の子の頭を撫でてます! そんな……」

エルフ「うぅぅ。こんなことなら、もっと身体を使って他の人に関心がいかないように男さんを誘惑しておくべきでした」ギリギリ

エルフ「こんな光景見ていたくないですけれど、いざという時にいつでも妨害できるようにしなければいけませんし……。もどかしいです」グスン

男「ほら、もう大丈夫か?」

女魔法使い「はい……。すみません、ご迷惑をおかけして」グスッ

男「迷惑だなんて。僕と女魔法使いは家族みたいなものなんだからそんなこと思わないよ」

女魔法使い「家族……ですか」シュン

男「うん。軍には戻ることはできないけれど、こうして女魔法使いと僕との間に繋がりはちゃんとあるから、生きていればまたこうして会える。
 だからさ、軍っていう狭い場所ばかりに目を凝らさないで、もう少し広い視点で色んなものを見てみようよ。そうすれば、新しいものが見えたりするからさ」

女魔法使い「……はい」

男(これでひとまずは安心かな。それにしてもわざわざ会いに来てくれたのに、このまま返すなんて言うのも悪いよな……)

男「ねえ、女魔法使い。もしよかったら今から街を見て回らないか?」

女魔法使い「……はいっ!」パアァァッ

――市場――

女魔法使い「へえ、この果物。都市部だとなかなか売られていなくて珍しいものですね」

男「そうなの? 普段当たり前のように食べているから珍しいものだなんて思わなくなってたよ」

女魔法使い「男さんはもう長い間都市部を訪れていませんからね……。向こうもこの数年でだいぶ様変わりしたんですよ」

男「そうなのか。また機会があったら都市部の方にも足を運んでみようかな……」

女魔法使い「ぜひ! その時は私が案内をしますね」

男「ああ、よろしく頼むよ」

――遠くの壁――

エルフ「あうぅぅ。男さんとあの女の子、二人で楽しそうに市場を見て回ってます……。私でも最近は男さんとあんな風に出かけていないのに……」グスン

エルフ「でもでも。このまま二人の仲が良くなるのは阻止しなければなりません! ひとまず果物を買いましょう」スイマセーン

店主B「……」

エルフ「すいません! 果物売ってください」

店主B「……」プイッ

エルフ「……どうしましょう、このままじゃ男さんと一緒にいる女の子の妨害ができません」

店主B「……!」

――以下回想――

 男にボコボコにされた時……。

――回想終了――

店主B「はん、エルフになんぞ売るもんはないな」ガクブル

エルフ「……そう、ですか」シュン

店主B「売るもんはないが、好きなのひとつ持っていっていいから、とっとと失せろ!」

エルフ「え? は、はい……」スッ

トットットット

エルフ「ふふふ……。この苦い果物をあの女の子に食べさせればきっと嫌な顔をするに違いないです。
 そうして、お腹を下して男さんの前で恥をかかせてあげます」フフフ

エルフ「完璧、完璧です!」ニヤッ

エルフ「早速行動に移りましょう。とりあえずこれを誰かに運んでもらわないと」キョロキョロ

エルフ「……」ハッ!

エルフ「しまった! 私、ここに頼れる人がいませんでした……」ショボーン

エルフ「これ、どうしましょう……」

女魔法使い「……はぁ、はぁ、はぁ!」

男「女魔法使い、大丈夫?」

女魔法使い「え……? なにが、ですか?」

男「いや、かなり息切れてるけれど……。もしかして、まだ人ごみが苦手なの治ってない?」

女魔法使い「そ、そんなことないですよ。男さんと別れてからもう何年も経っているんです。その程度の弱点は克服しました……」ゼーハー

男「そ、そうなんだ」

男(相変わらず、自分の弱いところに対しての指摘にはムキになるな……。でも、この子は人に知られないところでこっそりそれを治そうとするんだよな。
 今もきっと、人ごみになれる努力はしているんだろうな……)

女魔法使い「……はふぅ」ゼーハー

男「あ、あ~。ちょっと、僕喉が渇いたな……」チラッ

女魔法使い「……え?」

男「市場をずっと見て回るわけにもいかないし、ちょっと座って落ち着ける場所に行って休憩でもしようか」テクテク

女魔法使い「はい、分かりました」トコトコ

――二人から遠く離れた人ごみの中――

エルフ「むむむ、だから男さんの横は私の居場所だって(予定)言ってるのに……」

エルフ「男さんの言ってた旧エルフさんがまだ一番ですけれども……。いずれは、私の場所になるんです! その場所を掠め取ろうだなんていい度胸です。次こそは目にもの見せてあげます!」テクテク

エルフ「……」ソーッ

男「……?」チラッ

エルフ「はっ!」ササッ

男「……気のせい、か?」テクテク

エルフ「……ふぅ。危ないところでした。今見つかっていたら男さんにものすごい怒られるところでした。勝手についてきてるって知れたら、しばらく口も聞いてもらえなさそうです……」

エルフ「そういえば、家を出される前男さんが女の子のことについて何か言っていたような気がしましたが、なんでしたっけ?」ウーン

エルフ「忘れているってことは、たぶんたいしたことじゃありませんね。このままバレないように尾行を続けます」ササッ

男(なんだか、さっきから見られているような気がするんだよな……。でも、悪意とかは感じないし何だろうな、これ)

女魔法使い「せんせ……じゃなかった、男さん?」

男「ん? あ、ごめん何だった?」

女魔法使い「いえ、ボーっとしていたみたいなので。それより、休憩するというお店はどこですか?」

男「ああ、それならもう……ほら、ここだよ」

ギィィ、バタン

酒場の主「ん? あんたは……」

男「久しぶりです。覚えてますか?」

酒場の主「ああ、あんた少し前によくウチに飲みに来てくれていた。なんだ、ずいぶん久しぶりだな」

男「ええ、色々ありまして……」

酒場の主「まあ、なんだっていいさ。ウチは酒を出すのが仕事だからな。そういった個人の事情はあまり聞かないでおくよ。
 今日はゆっくりして行ってくれ」

男「ありがとうございます。とりあえずですね、酒じゃない飲み物を二つお願いします」

酒場の主「お? 言ったそばから酒を断るとはこりゃ、本当に何かあったみたいだな。可愛らしい彼女も連れて、あの時とは随分と様子が変わったみたいだな」ガハハハ

女魔法使い「……彼女」ボソッ

男「いや、この子は……」

女魔法使い「……!」ギュウゥゥゥ

男「いたたたたっ!? 女魔法使い、なんで急に腕をつねるんだよ」

女魔法使い「……」ツーン

酒場の主「はははっ、こりゃ聞いちゃいけないことを聞いちまったかな? ほら、ドリンクお待ち」ドン

男「ありがとう。今の時間なら酒場に来る人も少ないし、しばらくの間ここでのんびりとしてようか、女魔法使い」ニコッ

女魔法使い「はい、先生……」コクコク

――酒場の入口――

エルフ「ぐぬぬぬ。男さんと女の子が二人で一つのアップルパイを分けあっています……」ムムム

エルフ「妨害しようにも中に入ったら隠れる場所もありませんし、こうして見ていることしかできないとは……」

エルフ「なんにも出来ないのは悔しいです。ただ二人の様子を見ているだけなんて、とても歯がゆいです……。男さんはやっぱり昔の友人と一緒のほうがいいんでしょうか?
 騎士さんと一緒にいる時の男さんはいつも楽しげですし……」ウゥゥゥ

エルフ(でも、我が儘を言えば、男さんにはずっとここで一緒に暮らして欲しいです。私と……一緒に///)カァァ

エルフ「男さん……一人ぼっちは寂しいです。早く、帰ってきてください……」

……



男「結構長い間のんびりしていたな……。もう夕方か」

女魔法使い「なんだか、こんなにゆっくりしたのはすごく久しぶりな気がします」

男「あはは。普段どんな生活しているんだよ。といっても、軍に入っているんじゃそうそう休む機会もないか」

女魔法使い「一応休みは取れてはいるんですけど、普段は休みがあっても寝て過ごしているだけですので、こうして街を巡ったりすることがなかなかなくて。たまに女騎士さんに連れて食事に行くくらいですかね」

男「そうなんだ。女騎士も元気にしてるかな……」

女魔法使い「気になるなら、都市部に来てくださいよ先生」

男「そうだね、近いうちに一度顔を出すとするよ。何も言わず勝手に出て行った手前、女騎士には殴られそうな気はするけれど……」

女魔法使い「それぐらいは我慢してください。私だって先生がいなくなった時、すごく悲しくて怒れたんですから……」

男「うん、ホントごめん。というより、結局呼び方戻っちゃってるな」

女魔法使い「あ、すみません。どうしても先生の方が呼び慣れていて……」

男「ううん、いいよ。なんていうか無理に直そうとしても無駄なんだってことが改めてわかったから……」

女魔法使い「それじゃあ、私はそろそろ帰ります。一応ここには黙ってきているので、帰って女騎士さんに怒られるのは覚悟しておきます」ションボリ

男「何かあったら僕のせいにしておいていいから。門のところまで見送るよ」

女魔法使い「いえ、ここで結構です。それよりも先生は私たちの後をずっと付けてきていた人のところへ行ってあげてください」

男「……!」

女魔法使い「その人がどんな人なのか私はあえて聞きません。でも、私と一緒にいる間、先生がその人のことをずっと気にかけていたのに気づきましたから。だから、早く迎えに行ってあげてください」

男「女魔法使い……」

女魔法使い「その代わり、絶対に都市部の方に顔を出してくださいね。みんな、先生のことを待っていますから」ニコッ

男「ああ、約束する」

女魔法使い「……」

男「……」

女魔法使い「それじゃあ、行きますね」

男「ああ、また会おうな」

テクテクテク

――男の家――

エルフ「結局二人とも長い時間酒場の中にいたので、途中で帰ってきてしまいました。いつ男さんが帰ってきてもいいように夕飯の準備もしなくちゃいけませんでしたしね!」トントン、コトコト

エルフ「あれ、玉ねぎを切っているせいか、目がしみます」グスグス

エルフ「だ、大丈夫ですよ。男さんは帰ってきてくれるはずです……だいじょうぶ、です」グスッ

エルフ「……ふぇ」

ギィィ、パタン

男「ただいま~」

エルフ「あ……」チラッ

男「よかった、帰ってたのか。今日は悪かったな、一日放っておくことになっちゃって。女魔法使いも帰ったし、もう大丈夫だぞ」

シーン

男「あ、あれ? エルフ……?」

エルフ「男さんの……」

男「えっ……?」

エルフ「馬鹿ぁっ!」ポカポカ

男「いたっ! ちょ、ちょっとエルフ……」

エルフ「ばか、ばか! ひどいです、私のこと放っておいて女の子と仲良く遊んで……。私だって男さんと遊びたいのに……」グスッ

男「エルフ……」

エルフ「……ふぇぇぇん」ポロポロ

男「ごめんな、エルフ。最近お前の相手をあんまりしてやれてなかったな」ナデナデ

エルフ「いいんです、仕方ないことですから。でも、ちょっぴり不安になるんです。私のこと本当は必要としていないんじゃないかって考えちゃうんです。私なんて、男さんの横に他の女の子がいるのも嫌な心の狭いエルフです」

男「嫉妬、してたのか? 女魔法使いに」

エルフ「……はい」グスッ

男「そっか。可愛いな、エルフは」ナデナデ

エルフ「……うう」テレテレ

男「なあ、エルフ」

エルフ「はい?」

男「明日、二人で遊びに出かけるか」ニコッ

エルフ「……はいっ!」ニコッ

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story エルフが嫉妬する話 ――完――
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男がエルフに出会うまで

旧エルフがいなくなって、もう一年の月日が経とうとしていた。自分以外の人の温もりのなくなった家で、男は毎日を過ごしていた……。

男「……」モグモグ

あの日以来、なんとなく物事に対するやる気もなくなってしまい、外に出ることもめっきり減った。
一度家に引き篭もってしまうと人との関わりがこれほどまでに希薄で無意味なものだったのかとどこかで納得もしていた。
外に出かけることなんて食材の調達と旧エルフの墓参り。それから戦時中のように酒場で浴びるように酒を飲むことくらい。
それ以外は部屋にある魔法関連の書物を読み漁り、時折来る仕事をこなすことで毎日時間を消費していた。
自分で思っていた以上に旧エルフの死は男に影響を与えていた。瞳に映る世界は灰色に染まり、空虚なものとなった。
人も物資も栄えている都市部とは違い、辺境の一角にあるこの街では、新しいエルフなど来るはずもなく、旧エルフの墓前で誓った約束は、一年が経った今もまだ叶えられずにいた。

男「今日は、何をして過ごそうか……。旧エルフの墓参りでも行こうかな……」ブツブツ

つい先月に行ったばかりの墓参り。いっそのこと日課にしてしまおうかと思うほど、男は頻繁に彼女の元へと通っていた。

男「いい、天気だな……」ジーッ

旧エルフ『男さん、今日はいい天気ですよ! そんなに部屋に篭ってばっかりいないで外に出かけたらどうですか?』ニコッ

聞こえるはずのない声を想像し、男は自虐的な笑みを浮かべた。

男「……出かけよう」テクテク

……



ザワザワ ガヤガヤ

酒場の主「おう、兄ちゃん。なんだい、今日も昼間から飲みに来てるのか?」ニヤッ

男「……」グビッ

酒場の主「相変わらず、愛想が悪いねぇ。まあ、こっちとしては金を使ってもらえるから、愛想がよかろうが、悪かろうがあんまり関係ないんだがね」

男「……」

酒場の主「そういや、兄ちゃん知ってるか? 戦時中の数々の逸話。たとえば、一個小隊でエルフたちの中隊を打ち破っただとかって話があるんだぜ。
 兄ちゃんくらいの年なら志願兵として採用されていたかもしれないが、そんな貧弱な身体つきじゃ前線には出ていないか……」

男「……その話だけど」チラッ

酒場の主「お!? なんだ、興味があるのか? まあ、やっぱり男なら誰しもそういう経験をしてみたいよな。憧れるよな!」キラキラ

男「おい、ちょっとは人の話を聞いてくれ。その話だけどさ、正確には一個小隊じゃなくて分隊だよ」ボソッ

酒場の主「何言ってんだよ。どこでそんな話を聞いたのか知らないけれど、こっちは戦争に出た人間から聞いたんだ。大体分隊と中隊なら人数比が十倍も違うじゃないか。さすがにそれは話を盛りすぎだ……」

ソウダゼ、ソウダゼ ギャハハハ

男「……」スッ

酒場の主「おっ……?」

男「帰る……勘定を頼むよ」

酒場の主「なんだい、もう帰るのか。もっとゆっくりしていってもいいのに」

男「あいにく、今日は長居する気分でもないんだ。また来させてもらうよ」

酒場の主「あいよ。またよろしく頼むよ!」

……



男(酒場を出たものの、特にすることもないな。どうしようか、やっぱり旧エルフの元にでも行こうか……)

男(情けないな、僕は。こんなに引きずるくらいなら、最初から素直に自分の思いを伝えるんだったよ)

男(といっても、それも今となっては後の祭りか。後悔したところで旧エルフが帰ってくるわけない……)

テクテクテク

男(そういえば、僕あいつのこと何にも知らないんだな。好きなもの、嫌いなもの。何が楽しかったとか……)

男(あの部屋もあの日からずっと閉じたままだし。もし、開けたら彼女がいないことを改めて実感してしまうからってずっと開けないで……。未練たらたらじゃないか)

男(あの部屋を開けたら、また昔みたいに笑顔で彼女が迎えてくれるかもなんて夢見て、現実から逃げて)

男(旧エルフ……会いたいよ)

……



男「……ん、ぅんん。もう、朝か……」ムクリ

男「今日は、どうしようかな……」ボーッ

男「とりあえず、朝食を作ろう」スタスタ

ギィィ、バタン

男「……」ジーッ

男(旧エルフの部屋……)

男(いや、あそこはあのままでいいんだ。彼女がいなくなった今、あそこを開ける必要なんて……ない)

男「……」スタスタ

男「……」ジューッ サッサッ

男「……」モグモグ

男「……」カチャカチャ ザーッ

パリンッ

男「しまった、割っちゃった。旧エルフ、替えの皿を……」

シーンッ

男「……あ」ハッ

男「……馬鹿だなぁ、この家には僕しかいないじゃないか」

サッサッ パラパラ

男「割れた皿を捨てて、洗い物の続きっと……」ゴシゴシ

……



男「へえ、この魔法研究の論文面白いな。着眼点と独自の発想がすごくいいや」パラリ

男「……」パラパラ

男「……」パラパラ

男「……しまった、また読みふけっちゃった。昼食食べるの忘れて夜になっちゃったよ。まあ、二食分まとめて食べれば大丈夫か」グウゥゥゥ

ギィィ、バタン

男「……」チラッ

男「このままで……いいんだ」スッ

テクテク

男「……うぅぅ」ビチャビチャ

オイオイ、キタネーナ ハクナラベツノバショデヤレヨ

酒場の主「おいおい、大丈夫か? いくらなんでも飲みすぎだ。とりあえず、水でも飲んで一息ついておけ」スツ

男「……」ゴクゴクゴク

男「はぁ、少し楽になったよありがとう……」

酒場の主「なあ、あんたが何にも話さないから今まで聞かなかったが何かあったのか? 俺でよければ話を聞くぞ?」

男「……あんたは優しいな。だけど、話したところで僕以外に誰も理解できないよ」

酒場の主「いいから話してみなって。話せば楽になることもあるぞ」

男「なら聞くけれど、あんたエルフのことをどう思う?」

酒場の主「エルフ? ああ、あいつらみたいな下等民族が人間様に盾突くなんていい気味だよな」

男「……もういい。これ、勘定だ。僕はもう帰る……」

酒場の主「あ、おい!」

テクテクテク

酒場の主「なんなんだ……?」

ヒューッ、ビューッ

男(うぅぅ、寒い。さすがに飲んだ後の夜風は身に染みる。早く帰ってベッドの温もりに包まれたい……)

ギィィ、バタン

男(マズイな、足元がおぼつかない。それに……意識のほうも、もう)フラフラ

フラフラフラ

ギィィ、バタン

男(あ……ベッド。よかった、何とか部屋までたどり着いた。もう……限界)バタッ

男「……」スースー

……



チュンチュン 

男「……ぅ、もう、朝、か」

男「ってぇ。頭が割れるように痛い。これは、二日酔いだな」ズキズキ

男「水、飲もう……」ムクッ

男「……あっ」ハッ

男「ここ、もしかして」サーッ

男「……旧エルフの、部屋?」

ドクンッ、ドク、ドク

男「あっ、あ、あああ……」

男「は、ははっ。あはははははっ! 入った、入っちゃったよ……。僕は、なんて間抜けなんだ」

男「旧エルフがいないなんてのは分かってた、分かってたさ。でも、それを認めたくなかったのに……。確認しなければ逃げていられたのに……」ポロポロ

男「……」ポロポロ

男「……ん?」チラッ

男「これは……」テクテク

男「……」スッ

パラ、パラパラ

男「これ、旧エルフの日記……」

男「あはは、あいつこんなの毎日書いてたんだ……」パラ

パラ、パラパラ

パラパラパラ

男「旧エルフ、お前ここにずっといたんだね。ここで、僕が来るのを待ってたんだ。ごめん、また永遠に待たせる羽目になるところだったよ」

男「ありがとう、旧エルフ。僕、頑張るよ」

……



商人「さあ、さあ。寄ってらっしゃい、本日の目玉商品エルフの奴隷だよ! まだ幼い少女。働かせようと夜の相手にしようと自由! 使い方はあなたしだい。どうだい、早い者勝ちだよ!」

ワイワイ、ガヤガヤ

エルフデスッテ シヨウニンナラホシイカモシレナイワネ デモキョウボウダッタラドウシヨウ

エルフ(……うぅ、人の視線がいっぱいで息苦しいです。早く終わってください……)

商人「ほら、さっさとお客さんに笑顔を向けな、じゃないとお前さんいつまで経っても売れ残るんだから。処分されるくらいなら買い手に引き取られるほうがお前もいいだろうに」ボソッ

エルフ「……はいっ」ビクビク

エルフ「ど、どなたか私を買ってくださいませんか?」ニコッ

キャッ、シャベッタワ ヤッパリキミガワルイワネ

エルフ「……」シュン

?「あの~」

商人「ん?」

?「もし誰も買い手がいないのなら僕が買いますけど」

商人「お! 買い手が一人あらわれたよ! 他にはいないかい、いないならこれで決まりだよ!?」

シーン

商人「交渉成立! じゃあ、さっそく契約に移ろうか」

エルフ「……あ、ついに私の買い手が決まったみたいですね。どんな人なんでしょう? 優しい人ならいいな……」

商人「毎度! ほら、顔を伏せてないでさっさとこっちにきな! この人がお前のこれからの主人だよ!」

?「えっと、初めまして。これから君の主人になる相手です」

エルフ「……」スッ

男「あ、やっと顔あげてくれた。僕、男って言うんだ。これからよろしく」

エルフ「よろしく……お願いします」

心を覆う長い、長い夜が明け、ここに新しい出会いが訪れた。傷を抱え、それでも前に進んでいく青年とそんな彼の奴隷となったエルフ。
 やがて、過去を乗り越えて共に歩んでいく二人の物語が今、始まる。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 男がエルフに出会うまで ――完――
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旧エルフと男

男「旧エルフ……」

旧エルフ「男……さん。泣いてますよ?」

男「バカっ……なんで、僕がそんな」

旧エルフ「うれ、しい。おとこさんが、ないてくれたってことは、わたし、すこしはだいじにおもってもらえたんです……ね」

男「そんな、もう死ぬみたいなこと言うな! 大丈夫、すぐに手当すればまだ……」ギュッ

旧エルフ「だめ、ですよ。わたしを、受け入れてくれるところなんてないです。だから、もうこのまま」フルフル

男「やめろ、そんなこというな。僕はまだお前に……」

旧エルフ「……」パタッ

男「あ、ああ。うあああああぁぁぁぁぁ」

これは、過去の物語。エルフと男が出会う前、彼と共に日々を過ごした一人のエルフの物語。

△月×日

旧エルフ「……男さん、今日の朝食はどうですか?」ニコニコ

男「……普通だ」

旧エルフ「そうですか、普通ですか。では、これからもっと頑張って美味しい料理を出せるように頑張りますね」ニコニコ

男「……」プイッ

旧エルフ「さて、私は洗い物を」テクテク

男(なんなんだ、急に明るくなって。この間まで下をうつむいて僕の言うことに頷くだけだったのに。もしかして、旧エルフのやつ何か変なことを考えているんじゃないだろうな)

男(でも、この料理。普通だなんて言ったけどすごく美味しい。味付けとか僕が好きなように工夫がしてある……)モグモグ

旧エルフ「~~♪」ゴシゴシ

男「……なんだっていうんだよ、ホント」ムスッ

△月□日

旧エルフ「あ、食材がもうありません。買出しに出かけないと」

旧エルフ「男さん、すみません」

男「……なんだよ」ムスッ

旧エルフ「食材の買出しに出かけたいのですが、お金をいただけないでしょうか?」

男「はぁ。ほら、これで足りるだろ」チャリン

旧エルフ「あ、ありがとうございます。すぐに買ってきますね!」パァァ

トテテテテ

男「……何が嬉しいんだか」チッ

旧エルフ「では、行ってきます」ギイィィ、パタン

男「……」

シーン

男「静かだな。……ん? あれは……」ジーッ

男「あいつ、急いで行ったせいで買い物用の袋を忘れてるじゃないか。
 ……くそっ! あいつが買い物をきちんとしないと僕の飯もないからな。仕方ない出かけよう」チッ

……



旧エルフ(今日必要なのは、トマトとジャガイモですね。市場にあるいいモノを見つけて美味しい料理を男さんに振舞わないと。
 美味しいもの食べれば、男さんも喜んでくれますよね……)

ザワザワ ミテ、エルフヨ ナンデコンナトコロニ

旧エルフ「……」

店主B「へいらっしゃい、新鮮な野菜はいかがかな?」

旧エルフ「あ、すみません。トマトとジャガイモをいただけますか?」

店主B「そうだ、そこの奥さん。旦那さんに美味しい野菜料理を食べさせてはどうかい? 胃袋を掴めば男は他所にいきゃしないで家に帰ってくるよ」

旧エルフ「……」

旧エルフ(これって、やっぱり無視、されてますね。分かってはいますけど、辛いです。でも、私は頑張るんです。あの人にきちんと私を見てもらうために)

旧エルフ「あの! お願いします。私に野菜を売ってください!」ジッ

店主B「……」

旧エルフ「……」ソワソワ

店主B「ふ~ん。よく見たらなかなかいい身体してるじゃねえか。お前ちょっとこっちに来てみろよ」

旧エルフ「……」ムッ

店主B「へえ、結構大きな胸だな。これで、今まで幾度男をたぶらかしてきたんだか」

旧エルフ「そ、そんなことしてません!」

店主B「嘘言ってんじゃねえよ! お前らエルフ、特に女共は誰彼構わず股開くような売女だろうがよ。そうでなきゃ非力な女が殺されずに生き延びているわけないもんな」

旧エルフ「ひどい……。そんなこと……」

店主B「だいたいよ、敗戦した一族が戦に買った俺たちに頼み事するならそれ相応の頼み方ってもんがあんだろ。例えば、こうしたりな!」ギュッ

旧エルフ「きゃっ! 急になにを」

店主B「なにって、そのいやらしく張ったてめえの尻を揉んでんだよ。こういうのが好きなんだろ?」

旧エルフ「やめ、やめてください!」ドン

店主B「うおっと。……てめえっ」

旧エルフ「……はぁ、はぁ。お願いします、私に野菜を売ってください」ペコリ

店主B「はぁ、つまらねえ奴だな。いいぜ、売ってやるよ」ニヤリ

旧エルフ「ほ、ほんとうですか!?」

店主B「ただし、胸を揉ませろ。それが条件だ」ニヤニヤ

旧エルフ「……えっ」

店主B「それができなきゃ商品は売れねえな。もっとも、ほかの場所じゃ俺みたいに商品を売るような親切な奴はいないだろうけどな」ガハハハハ

旧エルフ(なんて、やつ。こんな気持ち悪い人間にベタベタと身体を触られるなんて想像しただけで吐き気がする。
 でも、このままだとあの人の食事を作ることができない……。
 あの人が笑ってくれるなら、これくらいのことっ!)

旧エルフ「……わかりました」

店主B「あ?」

旧エルフ「好きにしてくれて構いません。その代わり商品を売っていただいた後にしてください」プルプル

店主B「はっ! 話がわかるじゃねえか。ほれ、トマトとジャガイモだ。とっとと金をよこせ」

旧エルフ「……」ソッ

店主B「ほらよ」ヒョイ

旧エルフ「……ありがとうございます」

店主B「礼を言うにはまだ早いんじゃねえか? ほらっ、とっととこっちに来い」グイッ

旧エルフ「あっ!?」

店主B「立派な胸してんな。張りがヤベえぜ」モミモミ

旧エルフ「――くっ、あっ……」

店主B「へへっ……」

男「……」ジーッ

……



旧エルフ「……うぇぇぇ」ビチャビチャ

旧エルフ(ようやく、解放してもらえました。あの男、人の胸をいやらしく何度も、何度も揉んで。ずっと悪寒が走りました。我慢も限界だったみたいですね、吐いてしまいました。
 買い物袋を置いてきたのは本当に失敗でした。あやうく、買った野菜を私の嘔吐物で汚してしまうところでした。
 はやく、帰りましょう。帰って、あの人の顔を見たい……)

……



店主B「へへっ、あの女エルフいい乳してやがったぜ。どこに住んでんのか知らねえが、今度会ったときは最後までやらせてもらうとするか」ヘヘッ

男「……おい」

店主B「ん? なんだい、兄ちゃん。なんか野菜買ってくか? どれも新鮮で美味いよ!」

男「ちょっと、話があるんだがいいか?」ジロリ

店主B「あ? なんだ、もしかしてさっきの女エルフのことか? お前も混ざりたかったとかか? まあ、いいや。店があるからなるべく早く話を済ませてくれよ」

男「ああ……すぐに終わる」

ドカ、バキ、ドンッ!

店主B「ひ、ひぃぃぃ」

男「お前、誰に断って人のもんに手出してんだよ。ぶっ殺すぞ」

店主B「す、すまねえ。あんたのもんだって知らなかったんだ。おれぁてっきり生き延びて行き場のないエルフが市場をうろついてるもんだと思ってよ……」

男「ふざけるな。いいか、二度とあいつに手を出すな。もし次同じようなことがあったらてめえの四肢を切り刻んでやるからな!」ギロッ

店主B「わ、わかったから。これ以上は勘弁してくれ!」ヒイイィィ

男「クソッ、胸糞悪すぎる」チッ

男「あいつ……もう家に着いたころか? そろそろ帰るとするか……」テクテク

男「ただいま……」ギイィィ

旧エルフ「……」スースー

男(こいつ、寝てるのか。しかも、顔色が結構よくない。やっぱりさっきの件が原因……だろうな)

男(くそっ、買い物に行かせたのは僕だし、責任がないわけじゃない。しかたない、ベッドに運んで寝かせるとしよう)

男「……」ヨイショ

旧エルフ「……」ギュッ

男「……」テクテク

旧エルフ「……」ホロリ

……



×月○日

旧エルフ「……うぅ。熱い、身体が熱いです……」アセアセ

旧エルフ(熱が出たみたいです。でも、男さんに心配をかけるわけにもいきませんし、起きないと)フラフラ

旧エルフ「……」フラフラ

ギイィィ、パタン

旧エルフ「……」トントン、コトコト

男「ふぁあ。よく寝た」

旧エルフ「……あ、男さん。おはようございます」フラフラ

男「お前……どうかしたのか?」

旧エルフ「え? なんのことですか」

男「いや、なんでもない」

旧エルフ「今、料理を出しますからね。もう少し待っていてください」フラフラ

男(あいつ……やっぱり様子がおかしいな。なにかあったのか?)

旧エルフ「……あぅ」ドタッ

男「……! お、おい!」

旧エルフ「……」キュゥゥッ

男「おい、しっかりしろ。ああ、もう! 世話が焼ける!」

……



旧エルフ(……なんだかひんやりとして気持ちいいです。一体何が……)

男「……」スースー

旧エルフ「あっ……」

旧エルフ(男さん、寝ています。それに、ここは私の自室。今は……もう夜みたいですね。
 ああ、思い出しました。私、朝食を作っている最中に倒れて……。
 もしかして、男さん一日中私の看病してくださったんでしょうか?)

男「……」スー

旧エルフ(そんなに優しくされると、勘違いしますよ? 私のこと大事にしてもらえているだなんて期待しちゃいますよ?
 たとえ冷たくされていても、ずっとあなたの傍に……)ゴソゴソ

ムクリ、テクテク

旧エルフ「男さん……」ソッ

……チュッ

旧エルフ「はむっ、んむっ、はぁ、はぁ……んちゅっ」チュパチュパ

旧エルフ「男さん、男さんっ!」チュッ

旧エルフ「……男さん、ごめんなさい。こんなにいやらしいエルフでごめんなさい。
 こんな私ですけれど、あなたをお慕いすることを許してください」ポロポロ

……



×月×日

昨晩も男さんはお仕事を遅くまでしていました。体調を崩さないか心配です。相変わらず、私と男さんとの距離は縮まりませんが、でも私は満足しています。
毎日、同じ空間で共に生活をして、時折気にかけてもらえて……。男さんの傍にいられるだけで私は幸せです。
できることなら、この瞬間が永遠に続いてくれるといいななんて思います。男さんと、私。この家に二人でずっと、ずっと暮らしていけたら……なんて。
今日は、明日はどんなことをして過ごしましょう。最近は毎日を楽しく過ごせられます。
奴隷だなんて最初は嫌で、嫌でしかたなかったはずなのに、気がついたらそんな身分でも幸せはあるんだと感じます。
願わくば、この幸せな夢が覚めませんように……。

旧エルフ「ふう。こんなところでしょうか」カキカキ

旧エルフ「我ながら恥ずかしいことを書いていますね。これはさすがに人に見せられません」テレテレ

旧エルフ「ひとまず、日記を書くのはこの辺で止めておいて朝食の準備に取り掛かりましょう。男さんももうすぐ起きてくるでしょうし」テクテク

旧エルフ「今日も一日頑張りましょう!」

ギイィィ、パタン

男「……」ファァ

旧エルフ「男さん、おはようございます!」

男「……ああ、おはよう」ムスッ

旧エルフ「……!」パァァ

旧エルフ「おはようございます!」

男「……なんだよ、そんな嬉しそうな顔して」

旧エルフ「そんな顔してますか?」ニコニコ

男「まあ、なんでもいいよ」

旧エルフ「……あ、すみません。起きていただいたのですけれど、実はまだ朝食の準備が出来ていないんですよ。少し材料が足らなくて……。それで、今から市場にいこうと思うのですけれど、お金をいただけますか?」

男「……ん」チャリン

旧エルフ「ありがとうございます。それじゃ、買出しに行ってきますね」ニコッ

男「……おい」

旧エルフ「……はい?」

男「早く帰ってこいよ。その、僕はお腹減ってるから……さ」

旧エルフ「……はいっ!」

トテトテ、ギィィ、パタン

男「……あ~もう。調子狂うな///」カアァァ

旧エルフ(早く帰ってこいって言われちゃいました。えへへっ、嬉しいです。男さん、私のこと必要としてくれているんですね。
 そう考えると口元がニヤけるのを止められないです。嬉しいです、嬉しいですっ!)

ガタガタガタ

旧エルフ(男さん……今なら私の想いを受け入れてくれますか? 決めました、今日帰ったら男さんに告白しましょう。私の想いを、男さんに伝えましょう)

ガタガタガタ

旧エルフ(男さん、私はあなたの奴隷になれて本当に……)

ガタガタ ヒヒーン

旧エルフ(幸せですっ!)

ドカッ

……



男(……遅い。いくらなんでも遅すぎる。まさか、また変な店主に捕まっているんじゃないだろうな……)

男(あんまり空腹のまま待たされても困るし、探しに行くとするか。本当に面倒な奴だよ)

ギィィ、パタン

タッタッタッ

男(……ん? 人だかりができてるな。なにかあったのか?)

ヒソヒソ ミテ、エルフガタオレテルワ

ホントウネ、バシャニヒカレタラシイワヨ

デモマア、イイキミネ

ソウネ

ソウネ

男(馬車に引かれた? それに、エルフだって!? まさかっ……!)

男「すいません、どいて、どいてください!」ズイズイ

男「……あっ」ダダッ

男「旧エルフ……」

旧エルフ「男……さん。泣いてますよ?」

男「バカっ……なんで、僕がそんな」

旧エルフ「うれ、しい。おとこさんが、ないてくれたってことは、わたし、すこしはだいじにおもってもらえたんです……ね」

男「そんな、もう死ぬみたいなこと言うな! 大丈夫、すぐに手当すればまだ……」ギュッ

旧エルフ「だめ、ですよ。わたしを、受け入れてくれるところなんてないです。だから、もうこのまま」フルフル

男「やめろ、そんなこというな。僕はまだお前に……」

旧エルフ「……」パタッ

男「あ、ああ。うあああああぁぁぁぁぁ」

あの日、エルフは馬車に引かれて死んだ。この時ほど今までの自分の態度を後悔した事はなかった。
彼女に惹かれていたはずなのに、それを言葉にして伝えることもできず、僕はただ一人この家に残されることになった。
シンと静まり返った家。明るく笑ってくれた彼女はもういない。
どれほど涙を流そうとも、彼女がこの家に帰ってくることはもうない。
エルフというだけで差別にあい、墓地に入れられることすら許されなかった彼女。僕はそんな彼女の墓を街から離れた森の入口に作ることにした。

男「……ごめんな。結局最後までお前を拒絶することしか、僕にはできなかった」

男「僕のせいで嫌な思いをいっぱいしたと思う。今になって思えばお前にもっと優しくしておくべきだったなんて思うよ」

男「でも、もうそれも無理なんだな。話しかけても、お前はいつものように笑いながら返事をしてくれない……」

男「僕、決めたよ。もし、次にエルフを家に迎えることがあったらお前の分も優しくするって。お前にできなかったことをそいつには全部してやるって……」

男「ここなら、お前に嫌がらせをしたり、いじめたりする人間もいない」

男「僕も時間をあけてここに来るようにするからさ……」

男「だから、ここで……安心して……眠ってくれ……」ボロボロボロ

……



男「さようなら……旧エルフ」

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 旧エルフと男 ――完――
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結婚、そして……

男「今日もいい天気だな~。こんな日は外に出かけるに限る」

エルフ「男さ~ん。ちょっとお皿を出してもらっていいですか?」

男「ああ。少し待っていてくれ」テクテク

エルフ「今日は自信作です。味見もちゃんとしましたからお口に合うはずですよ」ニコリ

男「そうか、それは楽しみだ」

エルフを受け入れてから早数年が経った。まだまだ世間のエルフに対する扱いは厳しく、結婚を考えていた僕だったが、エルフとの結婚を認めてくれるような法律は存在しなかった。
そのため、エルフとは正式に夫婦という関係ではないが、形だけでもと指輪を彼女に贈り、実質的に夫婦としての生活を送っている。
指輪を渡した時のエルフときたら、それはもうボロボロと涙を流して喜んで、こっちとしても思わずもらい泣きをしそうになったほどだ。
穏やかな日々を二人で過ごして、ちょっとした旅行に出たりもして、二人だったこの家にも新しい住人が増えた。

エルフ娘「お父さ~ん。おはよ~」

男「ああ、おはよう。しっかり顔を洗ってきたか?」

エルフ娘「うん! お母さんがね、朝起きたら顔を洗って来なさいって言ったの。だから、ちゃんと洗ったよ」

男「そうか、そうか。よくできたな」ナデナデ

エルフ娘「えへへ~。お父さんに褒めてもらっちゃった」テレテレ

エルフ「あっ! エルフ娘ばっかりずるいです。男さん、私も! 私も!」

男「お前な……。子供と一緒の扱いされて嬉しいか?」

エルフ「甘えさせてくれるならなんだっていいです!」キリッ

男「はぁ。しょうがないやつだな」ナデナデ

エルフ「えへへへ~」デレデレ

エルフ娘「あ~。お母さんずる~い。わたしも! わたしも!」

男「二人とも……。僕に朝食を食べさせてくれよ」ナデナデナデナデ

……



男「今日は天気もいいし、出かけるとしよう」

エルフ娘「わ~い。おでかけ! おでかけ!」

エルフ「それじゃあ、昼食の準備をしておかないといけないですね。男さん、私が準備している間エルフ娘の面倒見ていてくださいね」フフフ

男「了解。ほら、エルフ娘。お母さんの準備ができるまでお父さんと待ってようか」

エルフ娘「は~い。お父さんの胸にダーイブ」ピョーン

男「あはは。エルフ娘は元気だな~」ヨシヨシ

エルフ娘「くすぐったいよ、お父さん。でもね、わたしお父さんに撫でられるの大好き!」スリスリ

男「おお。この年にしてこの甘えよう。これは将来男を落とす魔性の女エルフになりそうだ。お父さん今から悪い虫がつかないか心配だよ」

エルフ娘「悪い虫ってな~に?」

男「ん? それはね、エルフ娘に手を出そうとする怖~い男の人たちのことだよ。
 大人になったら増えると思うけれど、今のエルフ娘も十分魅力的だからエルフ娘のことを悪い目で見る人たちがエルフ娘のことを狙っているんだ」

エルフ娘「やだ、やだ。怖いよぅお父さん」

男「大丈夫、そんな奴らが現れてもお父さんが魔法で追い払ってあげるからね。エルフ娘に手を出すような男は……ふふふふふふ」

エルフ「……全く、子供相手に何を言ってるんでしょうね男さんは。はぁ、エルフ娘が生まれてからというものの子煩悩になってしまって困ります。
 私の相手もしてくださらないと、寂しくて泣いちゃいますよ」

――草原――

エルフ娘「わ~い。おっきな原っぱだ~」ピョーン

男「こらこら、エルフ娘。あんまりはしゃぎすぎると怪我するぞ」

エルフ「あんまり一人で遠くに行っちゃダメですよ」

エルフ娘「大丈夫だよ~。わ~い、わ~い」トコトコトコ

男「まったく、元気すぎるのもある意味困ったものだな」

エルフ「そうですね。でも、楽しそうにしてくれてよかったです」

男「エルフは楽しんでいるか?」

エルフ「それを聞きますか? 私はあなたと一緒にいられるだけで楽しいですよ」フフッ

男「まったく、そんなことばかり言ってるとお仕置きするぞ」

エルフ「最近はあの子がいてご無沙汰でしたし、今夜にお願いしますね」

男「しょがないやつだ。いくつになっても世話が焼けるよ」

エルフ「甘えたがりですから」ニコリ

男「……」ジーッ

エルフ「……」ジーッ

……チュッ

男「……ははっ」テレテレ

エルフ「……ふふっ」テレテレ

エルフ娘「あ~! お父さんとお母さんチューしてる。らぶらぶだ~」

エルフ「あら、見られちゃいましたね」

男「そうだな」

エルフ娘「ずるい、ずる~い。私にもチュー!」

男「はいはい。ほら、こっちおいで」

エルフ娘「うん!」トテテテ

男「それじゃあ、エルフ娘にも」

エルフ「ええ、一緒に」

……チュッ

エルフ娘「ほっぺにチュー」テレテレ

温かな日差しの下、三人の親子が笑いながら戯れている。世界はまだまだ彼らに厳しい。
だが、ささやかな幸せと共に彼らはこれからも毎日を精一杯過ごしていくだろう。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 結婚、そして…… ――完――
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男がエルフに惚れるまで

男「おはよう、エルフ」

エルフ「あ、男さん。おはようございます」

エルフに全てを話してから随分と月日が流れた。昔に比べ、彼女は仕事もできるようになり、ほんの些細なことの気配りも行き届くようになった。
まだまだエルフに対する世間の風当たりはキツイが、街の人々の中にも彼女の人柄に触れて普通に接してくれる人が少しずつ出てきてくれるようになっている。
身体もここ最近急激に成長し始め、膨らんだ胸や時折浮かべる色っぽい仕草に目を惹かれてしまう。
ただ、ひとつ問題があるとすれば、あの日以来エルフは度々過度のスキンシップを取るようになっいることだ。不意打ち気味にされるそれには毎度、ドキドキとさせられて困る。
今だって……。

エルフ「男さん、男さん。今日はお仕事お休みですよね!?」トコトコ

男「ああ、そうだね。どうかしたの?」

エルフ「もしよろしかったら私のお願いを聞いてくれませんか」チラリ

男(瞳を潤ませながらの上目遣い……だと。しかも胸元がチラチラ見える。エルフが成長してくれるのは嬉しいけれど、もう少し恥じらいを……)

男「そ、そのお願いっていうのはなんなの?」チラチラ

エルフ「えっとですね、実は以前行った川にまた遊びに行きたいんです。あそこなら旧エルフさんのお墓参りにもついでに行けますし……」ズズズッ

男(近い、近い。見ちゃいけないのに見てしまう。これが男の性なのか、いいやエルフは家族なんだ。そんな目で見るのは間違いなんだ)

男「それくらいだったら、何でもないよ。それじゃあ午後から出かけようか」ソソソ

エルフ「いいんですか! ありがとうございます、ご主人様っ」パアァ

男「ご、ご主人様?」

エルフ「えへへ。普段そう呼ぶことが滅多にないのでちょっと呼んでみました。もしかして嫌でしたか?」テヘッ

男「い、いや。別にエルフの好きな呼び方でいいよ。それじゃあ、ちょっと僕は一度部屋に戻るね」

エルフ「はい。それじゃあ、朝食の調理の続きと昼食の準備もしますね」ニコリ

男(ま、不味かった……。ご主人様ってなんだよ。おもわず抱きしめたくなるところだった。しかもエルフのやつ無意識であれをやってるんだよな、きっと。
 過度なスキンシップや無防備な姿を見せてくれるのはきっと僕が彼女の唯一の家族だからだ。そうだよ……な?)テクテク

エルフ(……む~。男さんってばこれだけ私が迫っているっていうのにちっとも手を出してくれません。でも、昔に比べてだいぶ私を見てくれるようになりましたし、身体もちゃんと成長してきました。
 でも、あの日以来全然私に触れてくれませんし自分に魅力がないのかなんて思ってしまいます。
 男さんに、触れて欲しい、抱きしめて欲しい。もっともっと愛して欲しい。そう思うのは私のわがままなんでしょうか?
 ううぅ~男さん、男さん……)ソワソワ

……



男「いただきます」

エルフ「はい、どうぞ」

男「今日の料理も美味しいよ。これならどこの家に出しても恥ずかしくないね」

エルフ「えっ!? それってどういう……」

男「あっ……。いや、今のは言葉のあやっていうか」

エルフ「私はもうお払い箱ってことですか……」ウルウル

男「あ、その、えっと、違うってそう言う意味じゃなくて……」オロオロ

エルフ「……グスッ」

男(う……。そんな捨てられそうな子犬みたいな目で僕を見ないでくれよ。し、仕方ない。これはあくまでエルフを慰めるためだ……)

男「エルフ……」テクテク

エルフ「男さぁん……」

男「……」ギュッ

エルフ「あっ!」パァァ

男「大丈夫、エルフの家はここだよ。お払い箱になんてするわけないよ」

エルフ「私も、男さんが望んでくれるならこの家にずっと居続けます」ギュッ

エルフ(えへへ。ちょっとわがまま言ってみたら男さん抱きしめてくれました。役得、役得です。
 そもそも、私は男さんが好きなんですからこの家以外の場所に行くつもりがあるわけないじゃないですか。
 たとえ追い出されたって男さんの傍にいますよ、私は!)

エルフ「えへへ~」ニコニコ

男(あ、あれ? エルフの顔がニヤけてる……。もしかして僕からかわれたのか?
 ま、まあ嬉しそうだしもうしばらくこのままでもいいかな……)ギュウゥゥ

エルフ「……」ギュッ

男「……」ギュッ

……



男「ふう、ようやく到着だ」

エルフ「はい、森に着きましたね」ニコニコ

男「ひとまず、旧エルフのお墓参りを先にするけれどいいかな?」

エルフ「はい、構いません。私もそのつもりでしたし」

テクテク、テクテク

男「久しぶり、旧エルフ。なかなかこっちに来ることができなくてごめん。今日はエルフも一緒なんだ」

エルフ「お久しぶりです、旧エルフさん。私たちは元気に毎日過ごしています。今日も、男さんに抱きしめてもらったり……」

男「おい……」

旧エルフ『こらっ!』

男「え?」

エルフ「え?」

お墓『……』

エルフ「そ、空耳ですか」

男「今、一瞬旧エルフの声が聞こえたような気がしたんだが……」

エルフ「き、気のせいですよ」

エルフ(ま、マズイです。さすがにさっきのは調子に乗りました。あのまま続けていたらもしかして、旧エルフさんの怨念だかなんだかわからないものが出てきそうです)

男「それじゃあ、また来るよ。今度はもう少し面白い話を持ってくるね」テクテク

エルフ「では、また」テクテク

……



チャプチャプ

エルフ「えいっ!」ザパーン

男「うわっ! こら、急に飛び込むな。水浸しになったじゃないか」

エルフ「すみません、でも楽しいですよ。バーン!」ザパーン

男「この……。まて、エルフ! 言うこと聞かない子はお仕置きだ!」タタタッ

エルフ「あわわ、待ちませーん。逃げます!」タタタッ

男「待てこら! 逃げるな!」

エルフ「あうっ、捕まりました」ジタバタ

男「あ、こら。暴れるな!」

エルフ「あうううぅぅぅ」ジッ

男「まったく、手間かけさせ……て」

エルフ「男……さん?」

男(な、な、な! 水浸しになったせいで、エルフの服が透けて。それに、濡れた髪が妙に色っぽい。なんだかいい匂いもするし……。ま、マズイ。理性とは別に本能が……。腕が勝手に動く……)

エルフ「どうしました? もしかして、本当に怒ってます?」ビクビク

男「……エルフ、今からお仕置きする。目を閉じろ」

エルフ「はい、すみません……」

男「……」

エルフ「……」ビクビク

男「……」ソッ

エルフ「あ、あの男さん。頬に手を添えられてもくすぐったいだけなんですけれど……」

男「……んっ」

エルフ「……! むぐっ、はむっ。あふっ」

男「ちゅっ……ぷはぁ」

エルフ「……はう。お、おとこさん……」ドキドキドキ

男「お仕置き、だ」

エルフ「お仕置き……ですか?」

男「ああ、これに懲りたらちゃんと言うことを聞くようにしなよ」

エルフ「……それじゃあ、私はまだまだ駄目ですね。だって、男さんの言うこと聞きたくないって思っていますもん。またお仕置き……してくれますか?」

男「ったく、本当に世話が焼けるやつだよ。僕を惚れさせたお前が悪いんだからな……」

エルフ「はい、ちゃんと責任とってずっと傍にい続けます。だから、お世話を焼いてください」

男「しょうがないな、ひとまず今日は一日中世話を焼いてあげるよ」チュッ

エルフ「……そ~っ」男「こら!」 after story 男がエルフに惚れるまで ――完――
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」

エルフ「ひゃっ!」

男「また勝手に包丁使おうとして。危ないから触っちゃダメだろ!」

エルフ「で、でも私奴隷ですから料理とかしないと……」

男「そんなことはしなくていいの。君はまだ小さいんだから下手なことして怪我でもしたら困るんだ」

エルフ「だったら何をすればいいですか? よ、夜のお世話とか……」テレテレ

男「料理ができるまで黙って座っていなさい」

エルフ「……」

男「料理できたよ~」

エルフ「は~い」トコトコ

男「ほら、たんとお食べ」

エルフ「うわぁ~! とっても美味しそうです。いただきます!」モグモグ

男「……」ジーッ

エルフ「えへへ~」モグモグ

男「君は本当にいつも美味しそうに食べてくれるね」

エルフ「はいっ! だって出される料理全部が美味しいですから!」

男「そうか。ならよかった」

エルフ「……」モグモグ

男「……」ニコニコ

エルフ「――ハッ! いけません、料理の誘惑につい負けて忘れてましたけど、本来これを作るのは私の役目です。今日こそはそのことについて話し合いましょう!」ダンッ!

男「そうだね~。あ、スープもあるけど飲む?」

エルフ「いただきます!」

男「はい、どうぞ」コトリ

エルフ「わ~い」

エルフ「昨日はまたしても失態を犯してしまいました。今日はまだあの人も起きていませんし、今のうちに洗濯物でも洗いましょう」トテテテ

エルフ「洗濯物……洗濯物」

男「どうかしたの?」

エルフ「あ、おはようございます。実は洗濯物が見つからないんですよ」

男「そうなの? まあ、僕がさっき洗ったからもうないと思うけれど」

エルフ「そうなんですか~」

男「そうなんだよ。それじゃあ、僕は朝食を作るから出来上がるまで待っててね」

エルフ「分かりました~」トテトテ

男「~~♪」ジューッ

エルフ「……あれっ?」

エルフ「ようやくお買い物を任せてもらえました。今まで役目を取られていた分頑張ります!」トコトコ

――市場――

エルフ「すみません~。このお肉もらえますか?」

店主A「ん~? チッ、何だエルフじゃねえか。帰れ、帰れ。敗戦した一族が店の前をうろついてたら辛気臭くて客が寄り付かねえ」

エルフ「あ、あの! お肉を……」

店主A「帰れってんだろうが! とっとと失せやがれ」

エルフ「すみません……」ショボーン

?「……」ジーッ

エルフ「こんにちは!」

店主B「……チッ」チラッ

エルフ「あ……。すみません、お野菜売ってもらえませんか?」

店主B「エルフなんぞに売るもんなんてないね。ほら、後ろがつかえてんだからとっとと消えてくれ」

エルフ「……」

?「……」ジーッ

エルフ「うう……。結局買い物ができませんでした。このままじゃあの人に合わせる顔がありません」トボトボ

?「もし、そこの子」

エルフ「えっ!? 私ですか?」

?「そうです。何やらお困りな様子、よろしければお話しくだされ」

エルフ(ローブを被ってて顔が見えないや。でも、あんまり悪い人には見えないですし……)

?「どうかされましたか?」

エルフ「いえ。実は……」

?「ほうほう。エルフだからといって食べ物を売ってもらえなかったと」

エルフ「はい……。私だけならいいんですけれど、このままじゃご主人である男さんに迷惑をかけてしまうので、どうにかしたいんです」

?「……ぅぅっ」

エルフ「どうかしました?」

?「いえいえ、あなたのその心意気に少し感動しただけです」

エルフ「そうですか? でも、私は奴隷ですから当然のことをしてるだけなんですけれど」

?「そんなことはありません。もしよろしければ、これをお受け取りください」

エルフ「これは?」

?「あなたが必要としているものですよ」

エルフ「あっ! お肉にお野菜。いいんですか、いただいても」

?「ええ、それを持って帰ればあなたの主人も喜ぶことでしょう」

エルフ「ありがとうございます! このご恩は忘れません」

?「いえ、気にしないでください。では、僕はここで……」スタスタ

エルフ「本当にいい人でした。でも、どこかで聞いたような声でしたけれど、きっと気のせいですね。私も早く帰りましょう」トテテテ

エルフ「帰りました~」

男「お帰り。どうだった?」

エルフ「えと、親切な方が食材を譲ってくれました。それと……街の人も親切にしてくれましたよ」ニコリ

男「……そっか。そうだ、少しこっちに来てくれるかな」

エルフ「はい、なんでしょう?」トコトコ

男「はい、今日買い物に行ってくれたお礼。クッキーを焼いたから食べて」

エルフ「わ~い。ありがとうございます」

男「それじゃあ、まずは手を洗ってこようか」ナデナデ

エルフ「えへへ~。行ってきまーす」

男「今日は森にある小川にでかけよう」

エルフ「暑いですもんね~」

男「水遊びするのならちゃんと準備してきなよ」

エルフ「馬鹿にしないでください。もう水遊びで喜ぶような年じゃありません」ニコニコ

男「表情と言動が一致してないんだけどな~……」

――小川――

エルフ「ようやく着きました~」

男「さて、持ってきた荷物を置いて……。川で遊ぶならちゃんと身体をほぐさないとダメだぞ」

エルフ「うわ~。ここの水すごく冷たいです。男さんも早く中に入りましょうよ~」

男「聞いてないや……」

エルフ「冷たいですね」チャプチャプ

男「だね。ひんやりとしていて気持ちいいや」

エルフ「男さんもそんな足だけ水につけてないで泳ぎましょうよ~」

男「もう、そんなにはしゃぐような年でもないしな~」

エルフ「そんなことないです! 水遊びは童心に帰ります!」

男「出かける前の発言を一度思い出そうか……」

エルフ「お昼ご飯です! 今日は作るのを手伝わせてもらいました!」

男「サンドイッチだね~」

エルフ「バスケットを開けて……。ほら! 私が作ったのですよ!」

男「そうだね、頑張って具材を挟んでくれてたね」ニコニコ

エルフ「美味しそうです」クキュルル

男「空腹を隠す気が微塵もないね」

エルフ「あうぅぅ///」テレテレ

男「それじゃあ、一緒に食べようか」ニコッ

エルフ「はいっ!」

エルフ「今日は楽しかったです。また遊びに行きたいです」テクテク

男「そうだね。暇ができたらまた行こうか」テクテク

エルフ「やった! あ……でもお仕事も頑張りますから!」

男「そっか。まあ、できることを頑張ってくれれば僕はそれでいいよ」ニコニコ

エルフ「でも男さん私に仕事あまりくれないじゃないですか~」プンプン

男「気のせい、気のせい」

エルフ「も~またそうやって誤魔化して」プンプン

男「あはは。でも、ご主人は僕なんだから命令にはちゃんと従わないと駄目でしょ?」

エルフ「ぐぬぬ。それを言われると何も言い返せません」

男「そうそう。子供はのんびりするのが一番なんだから。……そうしたくてもできなかった奴もいるんだから」

エルフ「何か言いましたか?」

男「いや、何でもないよ。日が沈む前には家に帰ろうか」ギュッ

エルフ(あ……男さんの手)

男「どうかした?」ニコッ

エルフ「いえっ! な、なんでも……」テレテレ

エルフ「今日は男さんの友人さんが来るそうです。精一杯おもてなししなければ!」

エルフ「ですけれど、どうすればいいのかさっぱりです」

エルフ「男さ~ん。今日私は何をしていればいいですか?」

男「ん? ああ、好きにしてくれていいよ」

エルフ「好きにと言われても……」

男「そうだな~。じゃあ、僕が話をしている間部屋の掃除してくれるかな」

エルフ「えっ!? いいんですか?」

男「うん、いいよ。ただ、なるべく置いてあるものは動かさないでおいてね」

エルフ「分かりました。それじゃあ、掃除してきますね~」トコトコ

エルフ(ここが男さんの部屋……。初めて入るので緊張します)ドキドキ

エルフ「失礼しま~す」ギイィィ

エルフ「うわあぁぁ! 本がいっぱいあります。本棚がビッシリ埋まってます」

エルフ「これどんな本なんでしょう。気になります」ジーッ

エルフ「でも、勝手に見たらいけないですし……」

エルフ「ちょ、ちょっとだけならいいですよね! たまたまページが捲れてただけってことで」ソワソワ

エルフ「とりあえず、適当に取って……」パラパラ

エルフ「わぁ。これ魔法関係の本です。あ、こっちも。男さん魔法関係の本をたくさん持ってるんですね」パラパラ

エルフ「……」ジーッ

エルフ「……」パラパラ

エルフ「……はっ! つい読みふけって本来の目的を忘れていました。急いで掃除しないと」ササッ

パタパタパタパタ

エルフ「ふぅ。これで一通りは掃除を終えました。男さんの友人はもう来たでしょうか?」トテトテ

男「久しぶりだね、騎士」

騎士「おう、久しぶりだな。相変わらず貧相な体つきしてんな。ちゃんと食ってるのか?」

男「ひどいなぁ。これでも昔に比べて食べるようになったんだよ?」

騎士「そうか? 肉食って身体動かしておけばもっと体格よくなるだろ」

男「それは騎士だけだと思うよ。僕は頭脳労働専門なんだ」

騎士「それもそうか」アハハ

エルフ(なんだか、すごく楽しそうな雰囲気です。ちょっと、声をかけづらいです)

男「……あれ? どうしたの、そんなところで立って。ほら、こっちに来なよ」

エルフ「あ、はい……」トトトト

騎士「お前……まだエルフを手元に置いているのか?」

男「そうだよ、悪いかな?」

騎士「いや、だってお前……」

男「……」

騎士「いや、お前が決めていることだ。俺が口を出す必要もないか」

エルフ「えっと、もしかしてご迷惑でしたか?」

男「そんなことないよ。ごめんね、それで何か言いたいことがあったのかな?」

エルフ「そうでした。あのですね、掃除が終わったんですけれどどうすればいいですか?」

男「う~ん、特にやることもないから部屋でのんびりしていてくれればいいよ」

エルフ「わかりました。それじゃあ、失礼します」トテテテ

男「お疲れ様」

騎士「……」

男「……」

騎士「変わった……な」

男「そうだね、変わらざるをえなかったんだよ。彼女がいてくれたから……ね」

騎士「そうか。その様子じゃ、隊に戻りそうになさそうだな」

男「ごめんね」

騎士「謝るなよ。お前が幸せそうにしているならいいんだよ。今だから言うが、昔のお前は酷くって見ていられたものじゃなかった」

男「そうかな?」

騎士「そうだよ。あ~あ、これで帰ったらまたお偉いさんの小言に付き合わされるな」

男「ごめんってば。あ、そうだお詫びといったらなんだけど焼き菓子があるんだ。よかったら持って帰って」

騎士「まったく……。まあ、また近いうちに顔を出すからな」

男「うん、またね」

――エルフ自室――

エルフ(なんだか、私が間に入れないほど真剣な雰囲気が二人の間にありました)

エルフ(それに、あの騎士さんが言っていたこと……)

エルフ(まだエルフを置いているってどういうことでしょう?)

エルフ(私がここに来てからあの人に会ったことは一度もありませんし……)

エルフ(もしかして、私の前にも誰かが同じようにしてこの家にいたんでしょうか?)

エルフ「ううぅ……。なんでしょう、胸のあたりがモヤモヤします」

エルフ「おはようございます」トボトボ

男「おはよう。今日はいつもより遅くまで眠っていたね」

エルフ「すみません……」シュン

男(なんだか元気がないな……)

男「どうかした? もしかして体調が悪いの?」

エルフ「いえ……。そうじゃないんですけれど」

男「ちょっと、こっちに来てみて」

エルフ「はい」トコトコ

男「う~ん。熱はなさそうだね」ピトリ

エルフ(あうぅ。男さんの手が額に……)

男「でも、顔が結構赤いね。もしかしたら疲れが出たのかもしれないから今日は一日寝ていようか」ニコッ

エルフ「……はい///」

エルフ(ベッドに連れてきてもらったもののまったく眠気がありません)

エルフ(男さんは買い出しにでかけてしまいましたし……)

エルフ(暇ですね~。……そういえば、男さんの部屋にたくさん本が置いてありましたね)

エルフ(こっそり一つ持ってきてもバレませんよね?)

エルフ「……」トコトコ

エルフ「失礼しま~す」ギイイィィ

エルフ「相変わらずたくさん本があります」

エルフ「ど~れ~に~し~よ~う~か~な」ジーッ

エルフ「これだけ多いと迷いますね」トテトテ

エルフ「ん? これは……」

――エルフ自室――

エルフ「なんだか、ずいぶんと綺麗に保管されている本を見つけました」パンパカパーン

エルフ「なんだか、男さんが大事にしているものを盗み見る背徳感がすごいです。いただきます」ドキドキ

エルフ「……」パラリ

 私が生きた証をここに残す。

○月×日 この家に奴隷として引き取られて早数日が過ぎた。相変わらず私の主人の見る目は冷たい。きっと私がエルフだからだろう。

エルフ「……」パラリ

○月△日 今日、買出しのために街に出たら子供に石を投げつけられた。敗戦した一族の扱いはどこに行ってもこんなものだ。
 奴隷として引き取られて命の保証がある程度ある分は私の立場はまだいいものなんだろう。

エルフ「……」パラリ

○月□日 今日、主人の友人が家を訪れた。私を見て最初は驚いていたものの、私に対する主人の態度を見てどこか納得した様子だった。
 仕事を終えたことを報告しに主人に声をかけたが、いつものように無視された。
 仕方がないので、主人と友人の話が終わるまでその場でずっと立っていることにした。

エルフ「……これって」パラリ

△月○日 みんなに会いたい……。ここでは私はひとりぼっちだ。この家にいたくなくて主人にバレないようにコッソリと家を抜け出した。
 街に出た私をほかの人々が忌避の目で見る。ローブを被ってくればよかったと後悔した。
 目立たないように路地裏を通ることにしたが、失敗した。
 いやらしい目つきで私をジロジロと見る男が数名後をつけてくる。最初は早歩き、次に駆け足で逃げようとしたが、振り払えない。
 行き止まりにたどり着いてしまい、私は男達に囲まれた。

エルフ「……」パラリ

 私の身体を気持ち悪くベタベタと触ってくる。いやだ、いやだ。こんなのは嫌だ。
 助けて! と大きな声を上げて叫ぶが、路地を見るほかの人々は、私がエルフだとわかると即座に目を背けた。
 ああ……もう駄目なんだ。そう理解するのに時間はかからなかった。目を閉じてこのあとに起こることに少しでも楽になれるように身を任せる。
 だけど、いつまで経ってもその瞬間がくることはなかった。

エルフ「……」パラパラ

 恐る恐る目を開けると、そこには主人がいた。その時のあの人は本当に怒った顔をしていて、怒鳴り声とを上げて「こいつは僕のものだ!」って叫び声を上げた。
 最初は強気に出ていた男たちも、主人が魔法を使うところを見てすぐさま逃げ出した。
 ゆっくりと私の傍に向かって近づいてくる主人。私は怒られると思って再び目を閉じた。

エルフ「……」パラリ

でもあの人は何も言わずに私を起き上がらせてその場を後にするだけだった。
なんで? どうして? 疑問がいくつも湧き出ては消えていく。その時になって始めた私は彼を本当の意味で見るようになった。

エルフ「……ふう。なんだかものすごいモノを見てしまいました」

エルフ「これって、きっと私の前にここにいた人の日記ですよね……」

エルフ「このことを男さんに聞いてみたいですけれど、こっそり持ち出して日記を見たことをバラしてしまうことになりますし」
エルフ「ひとまずこれは見なかったことに……」

男「ただいま~」ギイィィ

エルフ「ひゃわっ!」ササッ

男「あれ? なんだ、寝ていなかったのか。駄目だろ、疲れが取れないままになるんだから」

エルフ「す、すみません」ションボリ

男「ほら、早く横になって。今日は一日ゆっくりしてなさい」ナデナデ

エルフ「あううぅ。わかりましたから、そんなに頭を撫でないでください」

男「あはは。ごめん、ごめん。それじゃあ、僕は粥を作ってくるからちゃんと寝てるんだよ」

エルフ「ううぅ。とっさに嘘をついて日記も隠してしまいました。罪悪感でいっぱいです」ウワーン

エルフ「これはきっと男さんの大事なものでしょうし、バレないように元に戻しましょう。続きが気になりますけれど、もう見ません」

エルフ「今なら男さんは料理を作ることに集中しているでしょうし、今のうちに……」トテトテ

エルフ「えっと……これがあったところは」ギイィィ

エルフ「……あ、ここです。よかった、男さんに気づかれずに戻せました」

エルフ「いないですよね」キョロキョロ

エルフ「よし、部屋に戻って。任務完了です」

……



男「粥できたよ~。……って寝入っちゃってるな」コトリ

男「気持ちよさそうに寝てるな~」ナデナデ

男「起こすのも悪いし、粥はまた起きてから食べさせてあげればいいか……。それじゃ、おやすみ」パタン

――男自室――

男「ふう。とりあえず、これでやることはなくなったかな」

男「この部屋もだいぶ散らかっちゃったし、そろそろ一度整理しないとね」ゴソゴソ

男「この本はこの段で、これはあっち……と」トントン

男「あれ……? おかしいな、この日記は動かした覚えはないんだけど……」ジーッ

男「……」

エルフ「ふわあああ、よく眠りました。いつの間にかもう外が真っ暗です」

エルフ「喉が少し乾きましたね。ちょっと、水を飲みに行きましょう」トテトテ

エルフ「んぐ、んぐ。――ぷはぁ。身体の隅々まで水分が行き渡るようです!」

エルフ「もう男さんも寝ているでしょうし、音を立てないようにして部屋に戻らないと」

ギイィィ、パタン。

エルフ「ふう、どうにか音を立てずに戻れました。さて、もう一度寝て明日からはきちんとお仕事頑張りましょう」

……



キイィィ、パタン。

エルフ「……うぅん? なんですか? 今どこかで扉が閉まる音が聞こえました」ムクリ

エルフ「あれ? 男さんの部屋が少し開いています」キョロキョロ

キイィィ、パタン。

エルフ「また、音がしました。今度は玄関の方です」トコトコ

――外――

男「……」スタスタ

エルフ「こんな夜遅くに男さん一体どこに向かっているんでしょう?」ジーッ

エルフ「見つかったら駄目な雰囲気ですし、こっそりと後を付けましょう」テクテク

男「……」スタスタ

エルフ「家を出てからだいぶ時間が経ってます。もう街を出てしまいましたし、このままだとこのあいだ行った森の方に着きますね」テクテク

男「……」キョロキョロ

エルフ(……急に立ち止まってどうしたんでしょう? もしかして、ここが目的地なんでしょうか?)

エルフ(でも、ここは森の入口付近で別段何かがあるようには思えませんが……)

男「…さし…り。…きにやってるよ。…新しい同…増えて」

エルフ(男さん、何かに向かって話しかけています。暗くてよく見えないです。それに、声もちょっと距離があって聞き取りづらいです)

男「……れじゃあまた来るよ」

エルフ(あ……話が終わったみたいです。こっちに来ます、どうしましょう!? ど、どこか隠れられる場所に……)コソコソ

男「……」スタスタ

エルフ(……ふぅ。どうにか、見つからずにすみました。それにしても、男さんは一体何に向かって話しかけていたんでしょう?)トコトコ

エルフ「四角い石の前に花が置かれています。もしかしてこれはお墓……でしょうか?」

エルフ「それにしても、一体誰の……?」

……



エルフ「おはようございます!」

男「おはよう。今日は体調良さそう?」

エルフ「はい! バッチリです。今日はお仕事頑張ります!」

男「そんなに張り切らなくても……。まあ、元気になったからいいかな」クスリ

エルフ「それで、今日は何をすればいいですか?」

男「そうだね……。実は今日仕事の関係で出かけないといけなくなっちゃったからその間留守番をしていてくれるかな?
 留守番をしている間は好きなことをしていていいよ」

エルフ「それじゃあ、仕事にならないじゃないですか! 男さんは甘いです。甘甘です!
 私、奴隷として買われたのに仕事を貰えないんじゃここにいる意味がないですよ……」シクシク

男「……そんなことないよ。君がこの家に居てくれるってことに意味があるんだ。僕としては、ただのんびりと過ごしていてもらいたいんだよ」ナデナデ

エルフ「あうぅぅ。で、でも!」

男「……ん?」

エルフ「……なんでもないです。それじゃあ、今日はおとなしく留守番しています」

男「うん、言うことを聞いてくれてありがとう」ニコリ

エルフ「そ、その代わり帰ってきたら男さんは何もしないでくださいね。この家の仕事は私が全部やりますから」

男「仕方ないな~。いいよ、わかった。僕が家に帰ってきたら仕事は全部任せるよ」

エルフ「やった! それじゃあ、今日のお仕事頑張ってくださいね!」

男「気が早いよ。まだ、朝食も食べてないんだから」クスリ

エルフ「あ、そうでした///」カァァ

男「それじゃあ、行ってくるね。しっかり留守番しててよ」

エルフ「はい! 頑張ってきてください!」

キイィィ、パタン。

エルフ「行っちゃいました……。急に家の中が静かになって寂しいです」ショボーン

エルフ「で、でもでも! 夕方くらいに帰ってくるって言っていましたし、それまで頑張ってお留守番していればいいんです」

エルフ「でも、何をしていればいいんでしょう……」ウーン

エルフ「ひとまず洗濯物でも洗いましょう……」トテトテ

エルフ「おっせんたく~。おっせんたく~♪」チャプチャプ

エルフ「今日もいい天気です。絶好の洗濯日和です」ゴシゴシ

エルフ「~~♪ あ、これ男さんの上着です」

エルフ(……あれっ? な、なんでしょう。なんでか胸のあたりがドキドキしてきました。それに、身体も熱くなって……)

エルフ「……」キョロキョロ

エルフ「何故だかわからないですけれど、無性にこの上着に顔をうずめたい気分です。だ、誰も見てないですよね……」キョロキョロ

エルフ「……えいっ!」モフッ

エルフ「……ふわぁっ。えへへ~これが男さんの匂い……」モフリ

エルフ「……」モフモフ

……



エルフ「……はっ! 私は一体何を!? こ、これじゃただの変態です! ……洗濯の続きをしましょう」チャプチャプ

エルフ「洗濯物を洗い終わったらやることがなくなってしまいました。しかたないので、掃除でもしましょう」ハキハキ

エルフ「ううぅ。やっぱり暇です、やることがないって困ります……」フキフキ

エルフ「ほとんど毎日掃除しているせいか、細かい汚れ以外見当たりませんし……。掃除もすぐに終わってしまいました」ハァ……

エルフ「そういえば、好きなことをしていいって男さんが言ってましたけど、もしかして本を読むのもいいんでしょうか?
 それなら、いくらでも時間が使えますし……。ひとまず男さんの部屋に向いましょう」トテトテ

ギイィィ、パタン。

エルフ「うわあぁぁっ! 相変わらず、すごい本の数です」ワクワク

エルフ「でもこの前と違って今日は本が散らかっていないですね……。整理整頓されて綺麗になってます。
 どうせなら私を使って片付けをしてもいいのに……」ションボリ

エルフ「そんなことより、読書です。適当に本を取りましょう」ゴソゴソ

エルフ「ちょうど読書をするのにいいベッドもありますし……」ジュルリ

エルフ「はっ! いけません。なんだか、このままだとさっきの二の舞いになるような気がします。
 居間に本を持って行ってそこで本を読まねば……」テクテク

エルフ「……」ポフリ

エルフ「あ、足が勝手にベッドの方に……。これはきっと男さんがこのベッドに向かう魔法をかけたに違いありません」ゴロゴロ

エルフ「こ、このままではこのベッドの上から抜け出せずに読書をする羽目になります。それだけは避けなければ」グヌヌヌ

……



エルフ「……ふむふむ」ゴロゴロ

エルフ「……はっ!? またやってしまいました~! こんなはずじゃなかったのに……」ウワーン

エルフ「あっという間に時間が過ぎてしまいました。もう少ししたら男さんも帰ってくるでしょう……」

エルフ「結局今日一日本を洗濯と簡単な掃除をしただけであとは本を読んで過ごしてしまいました」

エルフ「そもそもあんなところに私の興味を引くような本をたくさん置く男さんがいけません! さてはこれも仕事をさせないための手段の一つですね」プンプン

エルフ「もう許しません! 帰ってきたら一言物申します!」

男「ただいま~」ガチャリ

エルフ「うひゃっ! お、おかえりなさい!?」

男「どうしたの? 変な顔して」

エルフ「い、いえ驚いただけです。そんなことより……」

男「あ、これお土産。帰りに美味しい果物を売っていた露店があったんだ。早速細かく切って食べようか」ナデナデ

エルフ「……はうっ。し、仕方ありませんね! 早く食べないと鮮度が落ちて悪くなりますしね。食べてあげますよ!」ニコニコ

男「相変わらず素直じゃないな~。そんなこと言ってるとあげないよ」ヒョイッ

エルフ「ああっ!?」

男「素直に食べたいって言ったら?」ニヤニヤ

エルフ「べ、べつにいりませんよ~だ」

男「ホントに?」ジーッ

エルフ「い、いりません……よ」ウルウル

エルフ「……」ウルウルウル

男「欲しいんだね……」

男「ほら、カットしたよ。一緒に食べようか」コトッ

エルフ「わ~い。いただきます!」シャリシャリ

男「今日はどんなことしていたの?」

エルフ「えっとですね……。洗濯物を干して、簡単な掃除をして……それから男さんの部屋で本を読んでました」

男「なるほど、なるほど。……あれっ?」

エルフ「……あっ!?」ビクッ

男「本を読んだの?」

エルフ「い、いえ。それは……」アウアウ

男「別に怒ったりしないから言ってみて」クスッ

エルフ「よ、よみました……」ビクビク

男「そっか。面白い本はあった?」

エルフ「はい! たくさんありました。読みふけっちゃってつい時間が過ぎてしまいました」

男(へ~。結構難しい本があるんだけどな。エルフはやっぱりそう言った知識欲が強いのかもしれないな)

男「とはいえ勝手に部屋に入ったのは駄目だからちょっとお仕置き。目をつぶって……」ニコリ

エルフ「す、すみません~」メトジル

エルフ「……」ドキドキ

男「……ふふ」ソーッ

コツン

エルフ「あうっ」

男「これでお仕置きは終わり。今度からは勝手に部屋に入らないこと」

エルフ「お仕置きされるからどんなことかと思ったらデコピンですか?」キョトン

男「そうだよ。何されると思ったの」

エルフ「そ、それは……///」ハウゥ

男「暴力なんか振るったりしないって。ひどいな~」

エルフ(い、言えないです。その……えっちなことされると思ったなんて……///)ハウッ

男「それよりもわかった? 次からはちゃんと事前に言うこと。本ならいつでも読ませてあげるから」

エルフ「はい、わかりました。それじゃあ、次からはちゃんと男さんに許可をとります」

男「それじゃあ、この話はここでおしまい。果物食べよっか」シャリシャリ

エルフ「はい! 食べましょう」シャリシャリ

……



エルフ「今日は雨です……。お出かけもできませんし、一日家の中で過ごします」

エルフ「やることも特にないので男さんの部屋に行きましょう!」

エルフ「男さ~ん」ギイィィ

エルフ「あれ? まだ寝てます。珍しいです」

エルフ「そういえば、男さんいつも私より早く起きていたので、こうして寝ている姿を見るのは初めてかもしれません」ホワー

エルフ「……」ジーッ

エルフ(な、なんでしょう。また前みたいに胸のあたりがモヤモヤして締め付けられるような感じがします。もしかして、何か変な病気になったんでしょうか)ハウッ

エルフ(ど、どうしましょう……。男さんを見ていると苦しくなってしまいます)

エルフ「お、男さん、男さん。起きてください」ユサユサ

男「……ぅ……ん」

エルフ「おとこさ~ん」アウゥ

男「……」スースー

エルフ(……うぅ。揺すっても起きてくれません。このままじゃ困ります)アタフタ

エルフ「……男さ~ん起きてくださいよ~」

男「うぅ~ん。旧エルフ……」

エルフ「……!」

男「……」スースー

エルフ「……」トテトテ、パタン

――エルフ自室――

エルフ(旧エルフ? 一体誰の名前ですか。私以外にエルフの知り合いがいたなんて……。なんでしょう、男さんはただその人の名前を呼んだだけなのに、胸がとても痛いです)

エルフ(そういえば前に読んだ日記を書いた人もエルフだったような……。もしかしてその人のことなんでしょうか)

エルフ(あの日記ってに出てくる主人ってたぶん男さんのことですよね……。でも、書いてあるのを読んだ限り今と全然性格がちがいます。私はあんなに冷たい男さんを見たことがないです)

エルフ(前は途中までしか日記を読むことができませんでしたけれど、最後まであの日記を読めばこの胸の痛みもなくなるでしょうか?)

……



男「ん……うぅん。よく寝たな。」

男「あの子はもう起きてるかな……」テクテク

エルフ「あ……男さん」

男「おはよう。何してるの?」

エルフ「いえ、昼食の準備をしようかと……」

男「あ、そうなんだ。手伝うよ」

エルフ「いえ! 私に作らせてください。これ以上仕事を取られたら困ります」

男「う~ん。そっか、それじゃあ今日は任せようかな?」

エルフ「本当ですか!」パァァ

男「うん。でも、ちゃんと作っているところは見させてもらうね」

エルフ「~~♪」トントン

男「……」ジーッ

エルフ「あ、あの~」

男「ん? どうかした?」

エルフ「そんなにじっと見つめられると、その……恥ずかしいです///」カアァァ

男「気にしない、気にしない」

エルフ(気にしないって言われても……)アウアウ

男「……」ニコニコ

エルフ「……」コトコト

エルフ(うぅ……間が持ちません。何か話題があればいいんですけれど……)

エルフ(そ、そうだ。さりげなく男さんに旧エルフについて尋ねてみましょう。気になりますし……)

エルフ「あの~男さん」

男「うん?」

エルフ「旧エルフってどんな人ですか? もしかして私がここに来る前ににこの家にいたりしましたか……?」

男「……えっ! な、なんで旧エルフのことを……」オロオロ

エルフ(男さん、すごく驚いています。もしかして聞いちゃいけないことだったのかな……。
 でも、ここで聞いておかないと胸のモヤモヤが消えない気がしますし。日記のことは黙っておいて聞いてみましょう)

エルフ「えっと……今朝男さんを起こしにいったときに寝言で呟かれていたので。それで、ちょっと気になりまして」

男「そ、そうか……」

エルフ(……どうしましょう。男さん黙り込んでしまいました。しかもかなり空気が重たくなってしまいました。やっぱり聞いちゃいけないことだったんでしょうか)

男「……」

エルフ「……」

コトコト、コトコト。

エルフ「すみません、今の質問は聞かなかったことにしてください」

男「……えっ?」

エルフ「私は男さんの奴隷ですし、主人の話せないようなことを聞くなんてことは、厚かましいにもほどがありました。
 男さんがあまりにも優しいので、自分の立場を忘れてつい出過ぎた真似をしてしまいました。すみません」ションボリ

男「……」

エルフ「もう聞かないので安心してください……」トントン

男「……」

エルフ「……」グスッ

……



エルフ「あれから男さんと話をするのが少し気まずくなってしまいました……」

エルフ「せっかく優しくしていただいたのに、男さんの好意を無駄にすることにしてしまいました」グスン

エルフ「今日も男さんはお仕事で外に出かけてるので、私はまた一人でお留守番です」

エルフ「……さみしいです。男さんと前みたいにたくさんお話したいです」グスグス

エルフ「……」フキフキ、ハキハキ

エルフ「掃除も終わってしまいました。留守番中に街に出るわけにも行きませんし、どうしましょう……」

コンコン、コンコン

エルフ「!? は~い」キイィィ

騎士「ん? なんだ、エルフか」

エルフ(あ……この人、男さんの友人の騎士さんです)

エルフ「は、はい。男さんは今お仕事で出かけられています」

騎士「そうか。男が帰ってくるまで少し待たせてもらってもいいかな?」

エルフ「えと、多分大丈夫です。どうぞ、お待ちください」トテトテ

騎士「お邪魔するよ」スタスタ

エルフ「よろしければ、こちら紅茶になります」ススッ

騎士「ああ、わざわざ悪いな」ペコリ

エルフ「よければ焼き菓子もありますけれど……」

騎士「ん? そうだな、もらえるならもらっておくよ」

エルフ「そうですか。それじゃあ、どうぞ」ススッ

モグモグ、モグモグ。ゴクリ

エルフ「……」ジッー

騎士「……」モグモグ

エルフ(沈黙が……沈黙が辛いです。この人と話すのは初めてですし、どう接していいのかわかりません。
 こんな時男さんがいてくれたら間に入って話をしてくださるのに……)オロオロ

騎士「ごちそうさま。美味しかったよ」

エルフ「えっ!? あ、ああ。どういたしまして。お口にあったのでしたら嬉しいです」

騎士「……」

エルフ「……」ウゥ

騎士「そういえば、君さ……」

エルフ「ひゃい! なんですか!?」

騎士「そんなに警戒しないでもいいって。それでさ、君男とはどのくらいの仲なの?」

エルフ「それってどういう……」

騎士「いや、つまり夜伽とかしたのかってこと」

エルフ「――ゲフッ! な、な、な……///」カァァ

騎士「その様子じゃ、特になにもしていないみたいだな」

エルフ「いえ、それは……その」

騎士「いやいや、いいんだ。戦争が終わってエルフを奴隷として買う富裕層とかたくさん見てきたけれど、そういった行為をさせているやつらがほとんどだったから、ちょっと気になっただけだ」

エルフ「男さんはそんなことしないです……」

騎士「そうだよな……。あいつがそんなことするわけないよな。でも、前のエルフだったら……」

エルフ「……えっ?」

騎士「なんでもない、独り言だよ。お茶ありがとう、男も来る気配がないから今日は一度帰るとするよ」

エルフ「あ、ちょっと待ってください!」

騎士「なんだい?」

エルフ「あの、あなたは私を見てなんとも思わないんですか? その、街の人たちは私がエルフってだけで差別するのに……」

騎士「ああ、そのこと。正直言うと俺はエルフが嫌いだよ。戦争中にあいつらに家族を殺されたし、戦っているときも何度も傷を負わされたからな」

エルフ「……」

騎士「男も俺と同じようにエルフに家族を殺されて復讐のために軍に入ったのに……。一時期は一緒の隊で戦場に出たりもした。
 それなのに、あいつどういう心境の変化があったのか軍をやめてエルフを買って自分の傍に置くようになって……。
 ――と、こんな話を君にするつもりはなかったんだが、つい口が滑ったよ。それじゃあ」ギイィィ

エルフ「……」

エルフ「男さんが、エルフに家族を殺された……?」

……



騎士「あんなことさっきのエルフに言ったけど、最近の男は昔に比べてよく笑うようになったよな」テクテク

騎士「そうなったのは前のエルフがあいつの傍にいた時からか……」

……



男「ただいま~」ガチャリ

エルフ「あ……男さん、お帰りなさい……」シュン

男「……なにかあった?」

エルフ「い、いえ。なにもありません……」ギクシャク

男「そ、そう? ならいいんだけど……」ギクシャク

エルフ「……」

男「……」

エルフ(騎士さんの言っていたことが本当なら、私の前にこの家にいたエルフと何かがあって男さんは変わったんですよね。そのことについて聞きたい……。
 でも、私にはそんなことを聞く資格もないですし……。
 そもそも、私はなんでこんなに男さんに干渉しようとしているんでしょう。これは奴隷としてふさわしい行動じゃありません。
 主人を立てて、過度の干渉をしない。こんな当たり前のこともできないなんて……。私は奴隷失格です。
 でも……それでもっ!)

男「僕は今日はもう寝るから、遅くならないうちに寝なよ」テクテク

エルフ「あっ……ッ!」トテテ

男「えっ……」

エルフ「……」ギュッ

男「どうしたの? やっぱり何かあった?」ジッ

エルフ「……」フルフル

男「え~っと」オロオロ

エルフ(ど、どうしましょう。男さんを行かせたくなくて咄嗟に抱きついてしまいましたけれど、どうするか何も考えていません)

エルフ「あ、あの!」

男「うん?」

エルフ「私も、一緒に寝てもいいですか?」

男「えっ……?」

――男の自室――

男(帰ってきてエルフの様子が少しおかしかったから心配はしていたけれど、一体どうしてこうなった)アセアセ

エルフ「男さん……」ギュッ

男(一つのベッドに二人が寝ているからやたら狭い。それに密着してるから吐息が首元に……)

エルフ(あうぅ。男さんとの距離が近いです。自分から言っておいて言うのもなんですけれど、これはものすごく恥ずかしいです。
 でも、こうでもしないと男さんと話ができませんでしたし……)

男「……」アセアセ

エルフ「……」オロオロ

男「……はぁ。それで、急にこんなことをしてどうしたの? 何か理由があるんでしょ?」

エルフ「それは……」

男「もしかして話せないようなこと?」

エルフ「違います。話せなくはないんですけれど、これを話したら男さんの気分がもしかして悪くなってしまうかもしれなくて……」

男「それって、この間のことかな?」

エルフ「……はい」

男「……」

エルフ「……」

エルフ(うぅ。沈黙が辛いです。でも、今回は前のように途中で引くなんてことはしません。
 たとえこれで嫌われて男さんに冷たくされるようになっても全部話してもらうまではテコでも動きません)

男「そっか……。やっぱり気になるよね。わかった話すよ」

エルフ「あ、私も起きます」

男「旧エルフはね、君がここに来る前にこの家にいた奴隷なんだ」

エルフ(やっぱり……)

男「僕は昔、まだエルフと人間が戦争をしていた時に家族をエルフに殺されたんだ。
 それで、家族の仇を取るために魔法を勉強して軍に入った。もちろん戦争にも参加した」

エルフ「……」

男「たくさんのエルフを殺して、仲間である人を殺されて。戦争の熱に当てられていつの間にか仇を取ることよりも生きることが頭を支配するようになった。
 戦時中じゃ、その日その日を生きるのに精一杯で仇を取るために戦うなんてことは二の次になったんだ」

エルフ「……辛くなかったんですか?」

男「辛かったよ。でもそういった実感を持てたのは戦争が終わってからだよ。戦時中はそんなこと考えもしなかった」

男「しばらくして戦争が終わった。人間側の勝利って形でね。戦争に負けたエルフのほとんどは殺されるか奴隷として扱われるかになった。そして、僕は軍を辞めたよ。
 やることもなくなったし、戦うことに疲れたっていうのが一番の理由だけど」

男「家族のいなくなった世界で一人で生活していたある日、たまたま市場に来ていた奴隷商が売り出していたエルフがいたんだ。それが旧エルフだよ。君の先輩みたいなものだね」

エルフ「……」

男「最初はホントに興味本位だったんだ。たぶん、行き場のなくなった憎しみをぶつける相手が身近に欲しかったっていうのもあった。だから、彼女が売られているのを見たとき、その場で商人と交渉して彼女を買った」

男「思い返せば彼女にはひどいことしかしなかったよ。冷たい態度をとって、あしらったり、無視をしたりもした。
 そんなことばかりしていたせいか、ある日彼女が僕の目を盗んでこの家から抜け出したんだよ」

エルフ(あ……これって日記に書いてあった)

男「その時僕は何故か無性に焦ったよ。彼女が傍にいる生活があまりにも普通になっていたから、急にいなくなられたことに少なからずショックを受けたんだろうね。
 だけど、当時の僕はそんなことを認めたくなくて、自分のものを取り戻すなんて理由で彼女を探したよ。そして、路地裏で男に囲まれてる彼女を見つけた。
 その光景を見た瞬間、やたらと頭に血が上って気づいたら魔法を使って男たちを追い払っていたよ。きっと、あの時は酷い顔をしていたと思う」

エルフ(ここから先は日記を見ていないから私の知らない話になります……)

エルフ「それで、そのあとはどうなったんですか?」

男「いや、それだけだよ。ただ、それから旧エルフの態度が変わっていったんだ」

エルフ「どんな風に?」

男「それまでは、黙って僕の言うことを聞いているだけだった彼女がやたらと明るくなって世話を焼きたがったんだ。
 街の人にひどいことをされても泣き顔を見せようともしないで、僕に冷たくされても笑顔を浮かべて受け流していた」

男「正直、その変化に僕は戸惑った。どうして、そんな風に笑っていられるのかもわからなかったし、それが打算的なものじゃないっていうのをなんとなく感じていたから。
 彼女が僕に向けてくる視線が日を増すごとに強くなって、それが好意なんだって気づくのに時間はかからなかった」

エルフ「それで、男さんは旧エルフを受け入れたんですか」

男「……いや。僕は、彼女を受け入れられなかったよ」

エルフ「受け入れられなかった? 受け入れなかったじゃないんですか?」ドキッ

男「ああ。彼女が好意を向けられているのに気づいて、戸惑って。でも、それを心のどこかで喜んでいる自分がいたんだ。僕自身そんな自分の変化に驚いたよ。
 彼女と過ごしているうちに、あれだけ憎かったエルフを受け入れようとしている自分が確かに居るんだってことに気づいてしまったんだ。
 でも、それを認めたくなくて僕は彼女を拒絶し続けた。それでも、彼女は僕に好意を向け続けてくれたんだ」

男「これだけ話して、多分旧エルフがどうなったかなんとなく想像がついているんじゃないかな? 彼女が今、ここにいない現状。それがどう言う意味なのかってことに……」

エルフ「それは……」

エルフ(分かってしまいました。男さんが、あの夜の日に向かっていった場所。あの石の意味も、その相手も……。
 だから、だからそれ以上悲しそうな顔をして話さないでください……)

男「彼女はもうここにいない。随分前に死んだんだ……」

エルフ「……」

男「僕は最後まで彼女を受け入れることができなかった。だから、次にもし奴隷を買うことになったら彼女にできなかったことをしてあげようと思ったんだ。
 今度は自分の心の思うままに……素直に」

エルフ「それが……私なんですね」

男「うん。だから、僕は君には出来るだけ優しくしてる。もちろん、君のことは大事だと思っている」

エルフ「でも、それは旧エルフのことがあるからですよね……」

男「少なからず、そういう面がないとは言い切れない。でも、君は大事な家族だと思っている。だから、こうして全部話したんだ。これで、僕の話は全部だけど、満足したかな?」

エルフ「はい……。ありがとうございます」ペコリ

男「それじゃあ、今日はもう寝よう。もうだいぶ遅い時間になったからね」

エルフ「……」

エルフ(このままでいいんでしょうか……。確かに、男さんに全て話してもらって、どうして男さんが私に優しくしてくれるのか、その理由もわかりました。
 でも、このままじゃ何も変わりません。男さんは旧エルフのことを引きずったままで、私もそれに甘えているだけ。
 そんな、そんな誰かの代わりなだけの私なんて……嫌です!)

エルフ「男さん!」

男「ん?」

エルフ「私、頑張ります! 料理も、お掃除も、お洗濯も。男さんの手伝いもします!
 今は全然仕事も未熟で役に立たないような奴隷ですけれど、いつか絶対に役に立つようになってみせます!
 だから、私を見てください! 誰かの代わりなんかじゃない、ありのままの私を! 
 私、頑張りますから……。だからっ……!」ポロポロ

男「あ……」ハッ

エルフ「あれ? おかしいです……。泣くつもりなんて全然なかったのに……。
 すみません、すみません……」ポロポロ

男「エルフ……」ギュッ

エルフ(あっ……男さん、初めて私の名前呼んでくれました。それに、抱きしめてくれて。男さんの体大きくて温かい……)

男「ごめん、僕はまた同じ間違いをするところだった。大事にしているだなんて言って、エルフのことを本当に見ていなかった」ギュッ

エルフ「いいんです……今はきっと旧エルフさんへの想いの方がきっと強いと思いますから。でも、いつかきっと私の方を向かせてみせます」

エルフ(ああ……。今まで感じていた胸のモヤモヤや締め付けるような苦しみの意味がようやく分かりました。私はきっと旧エルフに嫉妬していたんですね。
 それに、男さんに抱きしめてもらって胸が温かくなるこの感覚。きっと、これが恋なんですね……)

エルフ「私は、絶対にあなたの傍を離れるつもりはありませんから。覚悟してくださいね、男さん」

……



あれから、随分と月日が流れた。相変わらず、穏やかな毎日が続いている。
昔に比べて私はだいぶ仕事もできるようになったと思う。最近は料理を作って男さんが笑顔になってくれるのを見ると嬉しくてたまらない。
旧エルフのお墓にも男さんと一緒に行った。やっぱり、お墓の前に来ると男さんは寂しそうな顔をするけれど、帰る時には笑顔を向けてくれる。
いつかきっと、男さんの傷が癒されて私の方を完全に向いてくれた時には私は……

男「お~い、エルフ。市場に買出しに行くけれど一緒に来るか?」

エルフ「……はい! 少し待ってください!」パタン

 手元にある一つの日記帳と、ペンを置いて私は男さんの元へと歩いていく。玄関の前で前を向いて私を待つ男さんに気づかれないよう、私はその背にこっそりと忍び寄る。

エルフ「……そ~っ」チュッ

男「こらっ!」

 男さんの頬に口づけをし、その背に抱きつく。

エルフ「男さん、大好きです!」


エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 ――完――
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

旅立ちの時

アルがクルスと再会し、彼女の知らない三年前の虐殺にて親しき者たちがどのような結末を迎えたのかを知った頃、屋敷の屋根から二人の姿を眺めている一人の女性の姿があった。
 片手に徳利を持ち、中に入った清酒を勢い良く飲み喉を鳴らす。吹き抜ける冷たい風により火照った肌を冷やし、酒のつまみには悲嘆しその場に崩れ落ちるアルの姿を選択する。
 嗜虐的な笑みを浮かべ、悲しみにくれるアルを嘲け笑う卯月。幼き少女を一つの町という檻の中に閉じ込めた彼女は一人呟く。

「ククッ。さて、そろそろいい頃合かのう」

 どこまでも利己的に生きる彼女はただ、己が楽しむためだけに物事を進めていく。そして、彼女が楽しむための道具の中にはフィードと、アルという二人の存在もあるのだった。


「……落ち着いた?」

 クルスから告げられた事実の数々によってショックを受け、その場に崩れてしまったアル。しばらくの間そんな彼女を慰めていたクルスはようやく立ち上がったアルを連れて近くの空き地へと来ていた。
 未だ顔色が悪く、心あらずといった様子のアル。だが、このような状況はある程度予想していたのか、しばしの沈黙の後ようやく口を開いた。

「どこかで……そんな気はしていました。この町に入ってくる情報だけでも三年前の事件で出た犠牲者は酷いものだったと言われていましたから。
 でも、私はみんなだったら生きていてくれると心のどこかで勝手に信じていました。
 だけど、現実はそんなに甘くないんですね」

「……そうだな。俺もそのことについては何度も考えたよ。もしあの時親父に言われて使いに出されていなかったらってね。
 本当に偶々なんだよ。運が良かったとしか言いようがない。でも、その少しの運で俺は生き残りみんなはいなくなっちまった。俺なんかよりも生き残るべきはずの人間はたくさんいたっていうのにさ。
 でも、同時にこうも思ったんだ。運良く生き残った、生かされたってことはこんな俺でも何かやるべき事があるんじゃないかってね。
 だから、俺はこの三年間。荒れ果てた下町を復興することに努めた。といっても、まだ全然成果も出ていないんだけどね。
 けれど、そんな俺についてきてくれる人たちも出てきた。だから、今俺はこうして頑張ることができているんだ」

 そう語るクルスを見てアルは変わったと感じた。昔の彼は面倒見がよく、皆からしたわれていたが今のように地に足を付けて生きていたかと言われると答えは否だ。まだどこか子供のような面が抜け切れていなかったと当時は思っていた。
 だが、今の彼は目的を達成するために努力を重ねてきたということがあるためか、その言葉の一言、一言に重みが感じられた。

「クルスさん、今下町の復興をされているとおっしゃりましたよね? 具体的にそれはどのようなものなんですか?」

「ああ、それはね〝ギルド〟っていう組織を作ったんだよ」

「〝ギルド〟ですか?」

「アルちゃんは知らないかな? 最近は少し減ったみたいだけれどギルドっていうのは同じ目的や志を持つ人たちによって作られた団体のことを言うんだ。
 俺の作ったギルドは下町の復興やそこに住む人たちから寄せられる依頼を受けたり、他の地域の人たちと下町を結びつけることを主な目的としているものだ。
 もちろん、こういったものばかりがギルドじゃなくて、商人たちにより作られた商人ギルドや傭兵たちが集まって作る傭兵ギルドなんてものも存在する。
 もちろん、ギルドによって目的なんかも全く違うんだけどね」

「すごいですね。そのようなものを作ってしまうなんて」

「まあ、もっともウチは数名からなる小さなギルドなんだけどね。だからまだまだ復興の手助けをするっていっても小さなことしかできないし。
 でも、ギルドが大きくなっていけばもっと大きなことができる。それからギルド同士の繋がりが持てれば下町にもっと多くの商人が訪れたり製品が流れてきたりもする。そうなれば、昔みたいに明るい下町が戻ると俺は思っているんだ。
 だから、今はやれることが限られているけれど頑張って少しでも下町のために力になれればいいなと考えてる。この町にきたのも下町との貿易をしてもらえないかと思って商人の元を訪ねてきたからなんだ」

「……そうだったんですか」

 それを聞いてアルは自分も彼のように下町の助けになれたらと思った。短い間の暮らしとは言え下町で過ごした思い出は今も色鮮やかに彼女の記憶に残っている。思い返せばあそこで過ごした日々はかけがえのないものだったと今のアルは感じるだろう。

「そういえば、アルちゃんはなんでこの町に? 聞いた話じゃもう三年もいるそうじゃないか。セントールに来ようとは考えたりはしなかったのか?」

 その問いかけにアルは戸惑った。自分が今かつて十二支徒という犯罪者集団の首領を務めていた者の元におり、彼女によってこの町を離れることができないという枷を付けられているということを素直に話していいのか迷ったのだ。
 だが、何も話さない訳にもいかないため、アルはある程度事実を誤魔化しながらクルスに伝えた。

「実は、私が今お世話になっているのは昔マスターが関わりを持っていた人なんです」

「確か、この町の領主だっけ?」

「はい。先ほどお話しましたが私はセントールで起こった事件の日に魔術によってこの東方の地に吹き飛ばされてどうにかこの町を訪れたんです。
 以前にもマスターとこの町を訪れたこともあって、その時は私は領主には顔を合わせはしなかったのですが、向こうは私のことを知っていたみたいでして、そのこともあってしばらくの間お世話になっていたんです。ただ、その領主が厳しい人で力ないものは力あるものに従うという考えをもっていて、私が一人でこの町を去ることをよしとしませんでした。
 もし、旅立つというならそれ相応の力を示して行けと」

「つまり、その領主さんは一人で生きていけるだけの力がないのならここでおとなしくしていろと君に言ったわけか」

「そうですね。それからというものの私は領主によって鍛えられて過ごしました。何度か目を盗んでこの町から去ろうとしたんですが、その度に見つかって厳しい罰を受けてきました。
 そうしているうちに時間は過ぎて気がつけば三年の月日が流れました。そうして、今日。ようやくクルスさんと再会して今こうしているというわけです」

「……そうか。アルちゃんはそんな風にしてこの三年を過ごしていたんだね」

「はい。本当はすぐにでも下町に戻りたかったのですけれども……。こうして時間が過ぎてもまだ戻れていないんです。すみません」

「いや、謝ることじゃないさ。でも、そうか。それじゃあ、その領主さんを説得できればこの町から離れられるってことだよね?」

「あ、はい。確かにその通りですけれども」

「よし、そういうことなら……。ねえ、アルちゃん。もし領主さんの許しを取れたら俺と一緒にセントールに戻らないか? そして、できれば俺たちのギルドと一緒に復興の手助けをしてもらいたい」

「えっ……。でも、私が力になれるでしょうか?」

「問題ないさ。誰にだってできることはある。今は一人でも多くの人に力を貸してもらうことが先決さ。もちろん、アルちゃんが嫌じゃなければだけれども。
 ああ、それにちゃんとアルちゃんのためになるようにもする。ギルドを運営するためにも無報酬ですべての依頼をやっているわけじゃないから依頼を成功すれば給金も出すし、必要な情報だってできる限り手に入れるようにする。
 例えば、行方不明になっているフィードの行方とかね」

 クルスのその言葉にアルはハッとする。

「ほ、本当ですか!」

「もちろん、すぐに情報が入るわけじゃないし絶対に集められる保証はない。でも、こちらとしてもアルちゃんの役に立てるよう努力する。だから、俺と一緒にセントールへ戻らないか?」

 差し出された手を前にアルは思考する。
 ここでの暮らしは悪いものではない。衣食住を確保され、外の世界に出なければ安全な世界で暮らす事ができるのだ。
 だが、それは彼女の望む世界ではない。アルがずっと望んでいた世界は帰るべき場所が有り、軽口を叩ける友がいて、家族のような他人がいる場所。そして、何より傍にいるだけで幸せな気持ちを与えてくれる大事な人の隣こそが彼女にとって本当の居場所なのだ。
 だからこそ、彼女は選ぶ。かつての温かな世界を取り戻すために。

「はい、私の方こそよろしくお願いします。絶対に説得を成功させてセントールへ戻ってみせます」

 手と手を交わし一度は別れた縁を再び繋いだ二人。そうして、その目的を果たすためにアルは一度クルスと別れ、この町を出るために卯月の元へと向かうのだった。


屋敷へと戻ったアルはすぐさまこの屋敷の主で、今の彼女にとって師と呼ばなければならない相手の元へと向かった。屋敷の渡り廊下を駆け足で走り抜け、目的地である卯月の部屋へとたどり着く。
 襖の前に立ったアルはその場で奥に人がいないか気配を読む。室内にいる人の気配を感じ取った彼女は廊下側から声をかけた。

「すみません、卯月さん。今時間の方はよろしかったですか?」

 アルの呼びかけに中にいる卯月が応える。

「お前さんの方からわしの方を尋ねるとは珍しいのう。まあ、よい。中に入れ」

「はい、失礼します」

 卯月から入室の許可を得たアルは襖をゆっくりと開き、室内へ入った。室内の最奥には悠然とその場に座し、ゆったりと構えたまま入室し、彼女の前に座ったアルを見据える卯月の姿があった。
 ただ見られているだけにもかかわらず、それだけでプレッシャーをアルは感じた。

「して、何用じゃ。わしのことを嫌っておるお主がこうしてわざわざわしの部屋を訪ねたということは何か重要な話があるのじゃろ?」

 見るだけで他人を不愉快にさせる意地の悪い笑みを浮かべ、発言を促す卯月。そんな彼女に対し、不快感を覚えながらも意を決して説得を開始した。

「私は今日、かつて暮らしていたセントールでの知人に偶然出会いました。そして、私の周りにいた人たちの安否や、今のセントールでの現状を噂で聞いた断片的な状況だけでなく、より詳しく知ることができました」

「ふむ、それがどうかしたのか?」

「その人と再会して私は思ったんです。かつてお世話になった人たちの思いに報いるためにもセントールに戻って彼の地の復興の手助けをしたいと。
 だから、お願いします。私をこの町から開放してください」

 床に頭を付け、懇願するアル。しばらくそんな彼女をただ黙って見ていた卯月だったが、やがてそんな彼女から笑いを押し殺したような声が聞こえてきた。

「くっ、くくっ、くっくっくっ。アルよ、わしは別にそのように願い事をされずともお主が出ていくのを止めはせぬよ」

 予想外なその言葉にアルは思わず勢い良く顔を上げて喜びを顕にする。

「そ、それじゃあ!」

「ああ、構わぬよ。この町から出ていこうがお主が何をしようが……な。もっとも、それはわしにお主が力を見せてそれをわしが認めたらの話じゃがのう」

「……ッ!」

 やはりというべきか、当初考えていた通り卯月はアルの願いを聞き入れようとはしなかった。直前に希望をぶら下げられただけに少なからずショックを受けたアルは苛立たしげに卯月を睨みつけた。

「おお、怖い怖い。そのように睨まずとも良いではないか。そもそも、勝手に勘違いしたのはそっちじゃぞ。わしは初めからずっと言っているであろうが。己の好きなようにしたいのならば力でねじ伏せろと。
 力あるものこそが正義なのだから……と。
 第一お前さんは気づいていないかもしれぬが、〝お願い〟という行為はそもそもが力なき者がより力の強いものに対して行うものじゃ。それを何の疑問もなくやっている時点でお主の言葉をわしが聞き入れるわけもなかろう」

 卯月が語る正論に返す言葉もないアル。だが、圧倒的な力の差がある彼女相手に〝お願い〟をする以外他にどんな選択肢があるのかと内心で不満を貯めていると、そんな彼女の心を読んだかのように卯月が話を続けた。

「ふん、そんなに拗ねることでもあるまい。そもそも心意気からしてお主は駄目なのじゃ。自分は相手に敵わない、力に差があるから。そんな、どうにでもなるような言い訳ばかりを並べて、立ち向かうという選択肢を排除している。そんな奴をわしが認めるはずわけがない。
 〝初めから負けている〟ような奴の相手などどうしてせねばならん。せめて、心意気だけでも対等か上だということを示してもらわねばな。
 ああ、そういえばあやつはお前とは違ったぞ。あやつ、フィードは最初から最後まで我らに勝つ気でいた。力のない子供の時も力をつけた大人になった時もずっとな」

 フィードを比較対象に出されたアルは卯月に気づかれないよう静かに握った拳に力を込めた。沸々と湧き上がる静かな怒りにより、無意識のうちに掌に爪が食い込み血が滲む。

(……自分がマスターの全てを奪っておいてよくそんなことが言えますね)

「ん? どうかしたのか。言いたいことがあるのなら遠慮せずに言うが良い」

 アルが怒りに震えていると知りながらも人を食ったような笑みで挑発を続けるのをやめない卯月。いつもであれば、ここで黙って引くアルであったが今回ばかりはそうするわけにもいかなかった。

「では、今度はお願いではなく宣言させてもらいます。私は、この町を出ます。そして、クルスさんたちとセントールの復興をしてマスターを探すんです!」

 力のこもった言葉を卯月へと投げかけ、その場に立ち上がり彼女を見下ろすアル。そんな彼女の態度を見て、卯月もアルと同じように立ち上がり彼女へと近づいていく。

「ならば、われを認めさせてみせよ。力なき言葉は誰にも届かず、意思は折られるのみ。強者こそが理を行使するに値するのじゃからな」

 そう告げた瞬間、部屋の中から二人の姿が消え、戦いの火蓋が切って落とされた。
 中庭に飛び出したアルは先手必勝とばかりに卯月の首元目掛けて高速の蹴りを連打した。だが、卯月は放たれたそれを受け止めるまでもないと軽々と交わし、逆に彼女の横腹に重い蹴りを叩き込んだ。
 だが、アルもこの一撃が来ることを読んでいたのか直撃する直前、横腹の前に腕を挟み込みこれを防いだ。だが、卯月の一撃は彼女の予想しているよりも遥かに重く、勢いそのまま大きく吹き飛ばされた。
 宙へと飛ばされた彼女は地面に落ちる際に生じる衝撃を軽減するため着地の瞬間ステップを踏み、少しでも身体に伝わる衝撃を緩和しようとした。結果、それは成功しほとんど無傷のまま二人の距離は開いた。
 次の一手を生み出すために相手の様子を伺うアル。余裕のない彼女に腕を組み、彼女の出方を待っている卯月。早く来いと言わんばかりに彼女を鼻で笑った。
 だが、アルはそんな卯月の挑発に乗らずに冷静に対処していた。距離が空いたことを利用し、魔術の詠唱に入る。

「生み出すは破壊。燃え盛る焔の一撃により全てを爆散させよ。――フレアボム――」

 詠唱を終えるとアルの周囲にいくつもの火球が現れた。そして、それらに指示を出すように腕を振り抜き卯月めがけて撃ち放つ。
 勢い良く彼女の元から飛び立った火球は卯月の四方を取り囲むように飛びかかる。卯月はそれらに包囲される前に駆け出した。

「させません!」

 そうアルが叫んだ瞬間、卯月の前方に現れた一つの火球が爆散し、凄まじい衝撃を周囲に放った。地面は抉れ、衝撃の余波により強い風が吹き荒れた。

「全く、人の家の庭をそんなに気軽に壊すものでないぞ」

 強烈な爆発が目の前で起こったのにもかかわらず、火球による一撃を回避していた卯月。しかも、その身体には傷一つないばかりか汚れのひとつもついていない。
 それを見たアルは思わず顔をしかめた。だが、諦めることなく今度は放った火球の全てによる一斉爆散を行った。

「はああああああああああッ!」

 目もくらむほど眩い光が周囲を覆う。先程とは比較にならないほど大きな衝撃が周りに響く。ゆらゆらと黒い煙が空へと上がり、黒煙と土煙により視界が塞がる。

(……これで少しは)

 さすがに卯月といえどこれだけの攻撃を与えれば多少の手傷は負ったのではと考えるアル。三年前の力のない頃ならばいざ知らず、今の自分はそれなりに力を付けていると彼女も自負していた。
 しかも、今放った魔術はこれまで一度も彼女が卯月相手に使ったことのないもの。いくら力の差があろうとこれを無傷で防ぐことなど不可能だとアルは思った。

「……ふむ。まあまあじゃな。よくここまで腕を上げたではないか。さすがに、このような一撃が来るとはわしも想像しておらなんだぞ。
 じゃが、せめて最初に放った一撃の時点で今と同じことをしておくべきじゃったのう。あの時点でわしは一度この魔術の効果を見てしまっておる。ならば、いくら数が増えたところでそれは威力が上増しされただけのモノに過ぎん。対処法などいくらでも思い浮かぶ」

 少しずつ晴れてくる煙。クリアになっていく視界の先にいたのは自身の周囲に巨大な水の膜を張った卯月の姿だった。

「そん……な」

 その姿を見て驚愕の表情を浮かべるアル。卯月はアルが放った渾身の一撃を文字通り無傷で防いでいた。

「どうした? これで終わりか。そうではなかろう。このわし相手に立ち向かうなどという愚行を犯しているのじゃ。まだまだ打つ手はあるのじゃろう?」

 あからさまな挑発。先程は無視し、それに乗らなかったアルだが今度は怒りに任せて卯月のもとへと飛び出した。
 水の膜を解除し、己めがけて飛び込んできたアルの攻撃を次々と捌いていく卯月。だが、アルはそれに負けじと拳を突き出し、蹴りを撃ち放ち、絡め技を取ろうとする。
 しかし、その全ては卯月の手により無効化される。まるで赤子の相手をするように軽々とアルの手を次々に潰していく卯月。
 そうして、少しずつアルの心に絶望を染み込ませていく。打つ手がない、敵わない、諦めよう。そういった負の感情を教え込んでいく。
 今までであればそこで諦めていたアル。だが、今の彼女はかつてと違い確固たる目的ができた。負けられない理由ができた。だから、いくら大きな力の差があろうと諦めることだけはしなかった。

「ふふ、ふははははっ! よい、よいぞ! そうでなければならん。今の主のありようこそわしが望んだありようじゃ。
 もっとじゃ、もっとわしを楽しませよ!」

 そう言い放つと、これまでは防御と回避行動を主にとっていた卯月がここぞとばかりに怒涛の連撃をアルめがけて撃ちはなった。
 防ぐことのできない高速、強烈な掌底。それにより浮き上がるアルの体。それに追い討ちをかけるように空中での連脚。さらに、無詠唱による風魔術。それらを全てくらい、屋敷の中に押し込まれるように大きく吹き飛ばされるアル。
 勢い良く飛ばされた彼女は襖を破り、畳にはじかれ、中にある備品を打ち壊しながら屋敷の奥へと押し込まれた。

「……ちとやりすぎたかのう」

 アルが飛んでいった方を静かに見つめる卯月。頬をかき、彼女が起き上がってくるのを待つが一向に戻ってくる気配がない。

「もしやこれで終わりか? 少しあっけない気もするが、まあ仕方がないのう」

 名残惜しそうにしながらも卯月はアルの飛ばされた方向へと少しずつ進んでいく。だが、中庭から屋敷へと上がろうとした瞬間、卯月めがけて一つの影が飛び込んできた。

「ああああああああああっ!」

 瓦礫を振りほどき、飛び出した影。それは偶然吹き飛ばされた先の自室で自身の武器である槍を手に取り卯月めがけて突撃をしたアルだった。ほんの一瞬、常人ではわからないような卯月の気の緩みを静かに誘い、それを見せた瞬間最速の一撃により今度こそ卯月に手傷を与えようとするアル。
 だが、その一撃はもはや傷を与えるというよりは相手の命を奪うに等しいものであった。
 縮まる二人の距離、突き出される槍。自身と相手の力量差を踏まえ、放たれた計算の末の一撃。その結末は……。

「……狙いは悪くなかったが、まだまだじゃのう」

 卯月はニヤリと微笑みながらアルに向かって告げる。対して、自身の持つ全力を出したアルはぐったりとし、今にも地面に倒れ込みそうになっていた。
 最後にアルが放った一撃は卯月の首横を過ぎており、代わりに卯月が放ったカウンターの掌底がアルの腹部へと叩き込まれていた。

「ガッ……ハッ……」

 最速の一撃をそのまま自分自身に跳ね返されたアルは衝撃を和らげることもできずに受けてしまった。そして、その衝撃から内部を痛め、喀血した。

「ゲホッ、ゴホッ! ゲホッ、ゲホッ」

 支えとなっていた卯月の手がアルの腹部から引き抜かれるとその場に倒れ込んだある葉無様に咳き込んだ。既に指一本も動かす気力は彼女にはなく、唯一動かすことのできる瞳で卯月を睨みつけていた。

「くくっ。そのような状況になりながらもまだ諦めぬか。ようやく少しはフィードのやつに似てきたかのう」

 嬉しそうに彼女を見下ろす卯月。しばしアルに向けて笑い声を聞かせていた彼女だったが、不意にその声が途切れる。
 そして、何かを確かめるように己の頬に手を当てると満足そうに指の先を見つめた。

「ふむ……ほんの僅かじゃが切っ先が触れていたみたいじゃのう。くっ、くくくっ。そうか、そうか」

 ガッと強くアルの頭を踏みつけると卯月はしゃがみこみ己の顔をアルの顔に近づけた。

「お前さんは僅かとは言えわしに可能性を見せた。三年という短い月日でなんの力のなかった小娘が十二支徒であったこのわしに一滴とはいえ血を流させたのじゃ。誇るがいい、己の持つ力に。お前さんはもはやただの小娘ではない。力を持つ闘者じゃ。
 よかろう、われに手傷を負わせた功績に免じて先ほど言うておった貴様の願いを聞き入れてやろう。
 アルよ、お主のこの町からの旅立ちを許そう。そして、外の世界で名を広めるがよい。それこそこの世界全土にその名が知れ渡るくらいにな。
 ふふふ、アッハッハッハッハッ!」

 高らかに笑い声を上げて屋敷の中へと去っていく卯月。そんな彼女の後ろ姿をアルは眺め、心の中で喜びを噛み締める。

(やった……やりました。これで、私は自由に……)

 それ以上考えることができず、ゆっくりと意識を手放していくアル。こうして彼女は再び自由を手に入れたのだった。


「さて、それじゃあ行こうか」

 卯月との一戦から五日後、アルはクルスとともに町の入口に立っていた。その背には使い慣れた己の武器である槍と旅に必要な荷を背負っている。
 三年に及ぶこの町での日々を終え、今彼女は旅立ちの時を迎えようとしている。かつて力ない少女としてこの町に辿り着いたアル。だが、今の彼女はその時から大きく成長した。
 思い返せばこの三年、痛みと悲しみ、そして辛さを感じることの多かった日々だった。だが、それでも楽しいと思えることもあったし、それらの経験が己の糧となり今の自分を作り上げたとアルは思った。
 だからこそ、決して好きになることはできないがこんな自分を作ってくれた卯月やこの町に対して僅かに恩義を感じたアルは最後に屋敷の方向へ向けて礼をした。
 そして、礼を終えると彼女を待つクルスの方へと向いた。

「行きましょう、クルスさん。セントールへ」

 そうして、彼女は町を去り、新たなる一歩を踏み出した。
 目指すはセントールの下町。三年という月日で変わった世界を見るために彼女は旅立つのだった。
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ジャンル : 小説・文学

告げられる過去

多くの人で賑わう大通りを一人の少女が歩いていた。この三年でもはや着慣れた和装を身にまとい、当初は何一つ理解できなかった異国の言葉を使い、通りを歩く人たちと挨拶を交わす。
 籠の中の鳥となっている今の自分にとって唯一の安らぎの場である屋敷の外。行き交う町の人たちはあの卯月が領主をしているとは思えないほど幸せそうに笑みを浮かべ、楽しそうに日々を過ごしている。

「おや、アルちゃん。久しぶりだねえ、元気にしていたかい」

 茶屋を営む女将が通りを歩くアルに声をかける。ここでの彼女の身分は領主である卯月が知り合いから預かった娘でその身を鍛えているとされている。
 だからこそ、今もこうして腫れの引かない頬を見せて歩いていても向こうはさして気に止める様子を見せず気軽に話しかけてくるのだ。

「ええ、それなりに」

「その様子じゃまた卯月様にしごかれたようだね。ほら、ここでお茶でも飲んでいきな。まあ、少し口にしみるかもしれないけれどね」

「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきますね」

 そう言うとアルは女将の誘いを受けて茶屋の中へと入っていった。既に昼時に差し掛かり、店の中は客で賑わっていた。他国からジャンの街々へと向かうため、一時滞在所として様々な国や地域の行商人たちがここで休息をとっていた。
 案内された席へと座り、女将が品を持ってくるのを静かに待っていると、彼女より先にこの店に入っていた行商人たちは物珍しげに彼女の姿をジッと見つめた。
 それもそのはず、白髪赤目などというただでさえ人目を引く容姿に加え、三年という月日を経たことにより女性としての魅力に磨きのかかった少女がそこにはいるのだ。
 しかも、奇抜な容姿に相乗効果を加えるような和装。一見アンバランスな組み合わせだが、妙にしっくりとくるその姿はまさに高嶺の花。手の届かないような存在であるそれが不意に手の届きそうな距離に現れれば目を奪われても仕方ない。

「はい、おまちどう。団子はおまけだから気にしないでおくれ。それと、お客さん。そんなにジロジロと年頃の女を見回すもんじゃないよ! 居心地が悪くなるだろ。ほら、止めた、止めた」

 女将のその一言で一時的に人々の視線はアル外れるが、やはり気になるのかチラチラと機を伺っては彼女の方を皆見ていた。

(うっ……もう何度目かになるかわかりませんけど、やっぱり慣れないです)

 自分が人とは違う姿であるということも、それが注目を集めるということをアルが再確認したのはこの町に来てからのことだった。
 セントールの下町では彼女の容姿についてあまり触れるものはそう多くはなかった。さすがに最初は少し興味を持って見る者もいたが、訳ありが集まるあの国ではそのような者はそう珍しくもなかったからだ。
 だが、この町は違う。流れの行商人だけでなく三年間過ごしていても未だに彼女を受け入れられない者も多い。それには様々な理由はあるが、彼女の素性が明らかでないのと、その特異な容姿。そしてなによりの原因は……。
 三年前、アルがマスターと呼び慕う一人の青年がこの町を訪れた。彼は己の復讐相手の一人であり、戦闘技術を教え込まれた師である卯月に呼び出され町の外れに巣食う盗賊の討伐を依頼された。
 だが、その盗賊は卯月のかつての同胞である十二支徒の一人、猿哨により殺害されており、紆余曲折の末フィードは仇敵である猿哨とこの町で対決し、これを退けた。
 だが、その爪痕は大きく。その戦いの後すぐにこの町を離れたアルは知り得なかったが犠牲となった者の家族たちは彼とアルの姿を覚えていた。
 そして、家族や友人を失った悲しみを猿哨だけでなくフィードに対しても抱いていた。逆恨みもいいところであるが、彼らはフィードがもっと早く駆けつけていればあのような事態にならなかったのではないかと考えたのだ。だが、彼はあれ以降一度もこの町を訪れず、結果としてこの町に滞在することになったアルに対しフィードの代わりに怒りを抱いているのだ。
 もちろん、そのような人たちばかりでなく、あるがままの彼女を受け入れてくれているものの方が実際は多い。それでも偏見の目で見られることは少なくない。
 そのため、アルにとってここは安らぎの場であると同時に少しだけ居心地が悪く感じる場所でもあるのだ。

「……ごちそうさまです。どうも、ありがとうございました」

 厨房で仕込みをしている女将にお礼の言葉を述べ、足早にアルは茶屋から去っていった。

「……アルちゃん?」

 そして、そんな彼女の後ろ姿を一人の青年が入れ違いに見つめていた。


 町の大通りから屋敷へと戻ったアルは自室へと戻り、一息ついていた。だが心は一向に晴れない。むしろ、チリのように長い時間をかけて幾重にも積もっていく。一つ一つは微量でも、時間をかけ、量を重ねることによりそれは蓄積する。不満は苛立ちへと代わり、苛立ちは心を乱す。何も変えられない己の無力感が、変わらない現状がアルを苦しめていた。

「一体私はどうすればいいのでしょう……」

 部屋に敷かれた布団の上で横になり、身体を丸めて寝転がるアル。そうしてしばし無為な時を過ごしていた彼女だったが、やがて屋敷に使える侍女の一人香林が部屋の前に訪れ彼女を呼んだ。

「アルさん、屋敷の門番から伝達であなたと面会したいとおっしゃる男性がいらっしゃるようです」

「――ッ!?」

 香林のその言葉を聞いて、霧散しかけていた意識が急速に鮮明になる。

「も、もしかして……」

 それはフィードではないかと口にしようとしたアルであったがそれよりも先に香林が否定の言葉を口にした。

「いいえ、あの人ではありません。そもそも、あの人であればわざわざ断りを入れる必要もありませんし」

 妙に棘のある言い方で香林は呟く。そして、その言葉にアルもまた苛立ちを覚える。彼女は三年前の戦いにより最愛の男性を失った。そして、そのことによってフィードのことを酷く恨んでいるとアルが感じたのはこの町で過ごすようになってから少ししてからのことだ。最初は、彼について気兼ねなく語れる相手としてアルは香林を認識していた。だが、彼の名を活躍を、共に過ごした日々を口にする度香林の苛立たしげな態度と拒絶するような口ぶりが彼女にそれを悟らせた。
 そして、それ以降。アルは必要なことがなければ彼女との接触を取るのを嫌うようになった。彼女にとって敬愛する人が逆恨みで酷く言われるのを我慢することができなかったからだ。

「そうですか。それで、その男性の名前はわからないんですか?」

「いえ、それはわかっています。なんでも、クルスという名の行商人だそうです」

「クルス! もしかして、クルスさんッ!」

 久方ぶりに耳にした知人の名にアルの心が一気に明るくなった。

「すみません、今すぐに会いにいきます。ああ、言伝は結構です。私が行きますので」

「分かりました。失礼いたします」

 そうしてアルは勢い良く部屋を飛び出し、クルスの待つ屋敷の門前へと駆け出した。

「……遅いな。本当に言伝を伝えてもらえてるのか?」

 一方、門の前でアルへの言伝を頼んだクルスは不安そうに門の奥にある屋敷を眺めていた。三年前の事件以来行方の知れなくなった知人に似た姿を見かけた彼は、すぐさまこの町の住人に聞き込みを始めた。結果、アルという少女がこの町の領主の屋敷に滞在しているということが判明し、すぐさまクルスはこの屋敷に足を運んだ。
 もう死んでいるかもしれないと思っていた相手が生きていたとわかり、ここしばらく落ち込む出来事が多かった彼に久しぶりに良い出来事が訪れた。もしかしたら、彼女を通じて彼にとって良き友人であった青年にも会うことができるかもしれないという期待も込めて彼女がここに現れることを待っていた。
 だが、彼が言伝を頼んでから早一時間。もしや話が伝わっていないのではと思い始めていた。

「仕方ない。一度宿に戻って出直すとしよう」

 そう思い、門の前から離れようとした彼の背後でドンッと凄まじい勢いで力づくで門を開く音が聞こえた。

「はぁっ、はあっ、はあっ」

 息を切らし、クルスに近づく気配が一つ。その正体を確かめようとゆっくりと後ろを振り返り、クルスは微笑んだ。

「やっぱり……アルちゃんか」

「クルスさん!」

 互いに笑顔を見せて近づいていく。

「やっと、やっと見つけたよ。よかった、無事だったんだね」

「クルスさんこそよくご無事で」

「僕はあの時にセントールにいなかったからね。たまたま難を逃れたんだ。でも、君は一体どうやってあの地獄から生き延びたんだい?」

「……えっ?」

 クルスの問いかけにアルは虚を突かれた。

「それは、どういうことですか? 確かに、セントールでの大虐殺が起こったとは聞きましたが」

 そしてクルスもまた当たり前のように質問を投げかけるアルに戸惑いを覚える。

「ちょ、ちょっと待った。アルちゃんはあの時セントールにいたんじゃないのか? もしかして、君はあの惨状を目にしていないのか?」

 まるで、互いの間にある認識がズレているかのように慌てふためくクルス。そんな彼にアルはあの時自分に何が起こったのかを告げる。

「私は、あの日セントールの下町で何が起こったのか知りません。あの時、イヴちゃんによってここから少し離れた土地に飛ばされた私は三日間歩き続けてこの町へたどり着きました。意識を戻したのはそれから二日後で、セントールに起こった事件を聞いたのはそれからまたさらに時間が経ってからです。
 そして私はそれ以降一度もこの町から離れられません。せいぜいが数キロ以内しかこの町から出ていないんです」

「それじゃあ……君はあの惨状を目にしていないんだね……」

 そう呟くクルスはどこか寂しそうな笑みを見せた。

「それはどういう……」

「いや、別にいいんだ。アルちゃんがこうして無事にいてくれただけでみんなにとって朗報だよ」

 先程までに見せていた感情とは違い努めて明るく振舞うクルス。アルはそんな彼の態度に疑問を感じたが、今はそれよりも聞くべきことがあると思い、気にするのを止めた。

「そうです。みんなはどうなったんですか? グリンさんは? イオさんは? レオードさんは? マスターは?」

「……本当に何も知らないんだね。いいよ、教えてあげる。
 グリンさんとイオちゃんは死んだよ。アルちゃんのいた宿は跡形もなく壊されてそこにいた人たちはぐちゃぐちゃの死体になって出てきた。
 レオードは無事だ。今は僕ともう数名の仲間とセントールの復興に当たってる。
 それから、おそらくこれは一番聞きたいことなんだろうけど、フィードは……」

 既に起こった事実を告げるのを躊躇うように、言葉を詰まらせるクルス。だが、それも一瞬。意を決してクルスは彼女に疑問の答えを与えた。

「フィードは行方不明になっている。三年前フラムを去り、セントールに向かってからずっと……」

 それらの答えにアルは驚愕し、無言のままその場に崩れ落ちるのだった。
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回想の終わり

夢を見た。今となってはとても懐かしい夢を。
 日常という陽だまりに身を置き、世界の優しさに包まれていた頃の夢。
 下町で暮らしていたあの頃、グリンさんの宿に滞在し、日中はその宿の看板娘なんて言われて下町に住むお客さんたちの相手をしていた。
 一緒に働くイオさんからは失敗をするとお小言を言われて、それでもフォローは欠かさないでいてくれた。でも、素直にそれを受け入れるのもなんだか照れくさくて、ちょっぴり対抗心を持って反抗して、イオさんもそれに付き合ってくれていた。
 そんな私たちをグリンさんは微笑ましく見守ってくれて、時にアドバイスをくれたりした。なんだか、もう一人のお母さんができたみたいで、時々私はグリンさんの顔が見れなかった。
 お使いに出かければ下町の町長の息子さんであるクルスさんに会う。毎日女の人の話題ばかり口にしているけど、なんだかんだいつも一緒にいるのは男の友達ばかり。最初はわからなかったけれどよく見れば、クルスさんがみんなにとても気を回す繊細な人だって気がつく。
 酒場ではレオードさんが潰れてしまったお客さんの対処に頭を悩ませていて、いつの間にか愚痴に付き合わされる始末だった。
 私は押しに弱かったからどうにか途中で適当に話を切り上げて、その愚痴の数々から逃げ出したりもした。
 そうして宿に戻れば仕事もしないでまだ眠りについているあの人の話をグリンさんから聞いて、ちょっぴり怒りながらもあの人を起こしに行けることを喜ばしく思うのだ。
 でも結局、私が起こしに行く前にあの人は目を覚ましていて、部屋に入ってきた私の顔を見てただ微笑む。

「おはよう、アル」

 そしてまた新しい日常が始まる。

 ……けれど、それはもう存在しないもの。そんな過去をもう何度私は夢にみたことだろう。


「起きよ、アル。いつまでそうして倒れているつもりじゃ」

 バシャッと顔に冷たい何かが降り注ぐ。温かな暗闇に包まれていた意識は光の世界へと呼び戻され、重く閉ざしていた瞼が開く。

「……ゥッ」

 意識の覚醒と共にアルは己の現状を把握する。身体の節々は打撲による痛みを訴えており、これ以上の行動を拒絶していた。
 視線は低く、頬には冷たい土の感触があった。そして、今自分が稽古の最中であったことを思い出す。
 持ち前の武器である槍は吹き飛ばされずに右手に握り締められている。それを再び強く持ち、今戦っている相手をチラリと見た。

「ん? なんじゃ、来ないのか。なら、そのまま追い討ちをかけてしまうぞ」

 倒れ伏していることなどお構いなしに目の前の敵はアルめがけて突進した。急加速からの飛翔。空中での回転からの踵落とし。まともに喰らえば身体は無事で済まない。

「クッ!」

 身体に残された力を振り絞り咄嗟に回避行動を取る。起き上りからの後方への後退。だが、相手の踵がアルのいた地面に触れた瞬間、それは地面を砕き衝撃を後方へと回避したアルに与えた。

(……相変わらず滅茶苦茶な!)

 何度見ても規格外で出鱈目な敵の存在にアルは愚痴を零したい気分になった。だが、文句を言っていても始まらないので、今の自分にできる行動を考える。
 先程から敵はわざとアルにわかるように隙を見せている。意識の覚醒の際の呼びかけ、アルめがけて放った攻撃での飛翔。どれも本来であれば必要のないものだ。いや、そもそもこの相手が本気で向かってきていればアルは十秒も戦えずに命を落としている。それだけ力の差があるのだ。
 そうなっていないのはこれが稽古であるからだ。最も、少しでも気を抜けば命を落とす稽古ではあるが……。

「どうした、どうした。そんなに逃げてばかりじゃ何も始まらんぞ。それに、そんなことではいつまで経っても奴には追いつけぬぞ。
 奴はいくら力の差があっても立ち向かうことだけはやめなかったぞ」

 分かりやすい敵の挑発に思わずアルは奥歯を強く噛み締めた。

(わかっています。今の私がまだまだ未熟だということも、あの人の足元にも及んでいないということも)

 かつて彼女の隣にいた青年の姿を思いだし、槍を持つ手を強く、強く握り締めるアル。
 そう、彼女の記憶の中にいる彼はいつだって強かった。傷つき、倒れても何度でも立ち上がりその強さを示していた。こうして戦いを行うようになったからこそ彼女にもわかる。今の自分は当時の彼にも全然及んでいないということを。
 だが、それでも諦める理由にはなりはしない。追いついていないのなら手を伸ばし、少しでも距離を縮めるだけ。できることから、一つずつ。一歩、一歩前へと進むのみ。
 もう何度も心の中で思ったことを今一度確認し決意する。深く息を吐き出し不利な状況からざわつく身体に鞭を入れる。ピシャリと引き締まる心と身体。それを見てアルと対峙する相手は満足そうに微笑む。

「うむ、うむ。それでよい。さあ、何度でもかかってくるがよい」

 その言葉を敵が言い終える前にアルは相手に向かって駆け出していた。零スピードから爆発的な加速。即座に今の己にある限界まで加速をする。身を屈め、低空姿勢による突撃。右手に持った槍を後ろに下げ、刺突のための体勢を取る。
 攻撃範囲内への侵入。だが、まだ距離は足りない。せめて懐まで。そう思いアルはさらに一歩を踏み出す。
 だが、そんな彼女の行動を敵もただ見ているだけではない。低空姿勢を取り突撃するアルに合わせるようにカウンターの蹴りを放つ。直線の軌道ほど読みやすいものもなく、吸い込まれるように敵の蹴りはアルの顔面に近づく。
 だが、それが彼女に触れようとした瞬間、敵の視界からアルの姿が掻き消える。

「ほう……」

 ギリギリの一撃を回避したアルに対して向けられる感嘆。だが、その最中にも攻撃は続く。
 横へのステップにより敵の蹴りを回避し、その勢いを殺さず着地した際の片足の踏ん張りにより敵の背後へと回るアル。
 背後を取り、がら空きとなった背中目掛けて握り締めた槍を打ち放つ。

「はああああああああ!」

 腕を捻り、螺旋の回転を加えた刺突。それは今対峙している相手により教授された技。
 『我流、螺旋突』
 我流などと言えば己が編み出した技のように聞こえるが、あくまでも技を生み出したのは目の前にいる相手だ。ただ、その技に流派などを付けたくないらしく、あくまでも我流ということになっている。
 彼女いわく、使うものによって全く同じ技は存在しない。その人の持つ癖や、ほんの僅かな細かい動作により、技は変わっていく。
 だからこその〝我流〟。
 己に合わせた技を使い、敵を倒す。そのことだけを考え、今の自分にできる必殺の一撃を放ったアル。

「打ち込みはよい……。じゃが、まだまだ粗が目立つのう」

 だが、渾身の力を込めて放った背後からの一撃を敵はいとも容易く防いだ。まるで、後ろに目がついているかのように紙一重で槍の刃の部分だけを避け、捻りのかかった棒の部分に、逆回転を加えて槍を脇に挟んで固定すると、さらなる回転を加えてそのままアルの体を上空へと吹き飛ばした。
 必死に槍にしがみつこうとしたアルだったが、不意の一撃に対処できず思わず槍から手を離してしまう。

「しまった!?」

「ふふっ。己の武器から手を離してしまっても焦るでない。もし、武器が手元にない時の対処も考えておかねば為すすべもなく嬲られるだけになるぞ」

 今のアルに必要な的確なアドバイスを告げ、敵は槍を脇から離し、地に落とす。そして上空から自然に落下してくるアル目掛けて拳を振り抜いた。
 腹部に勢い良く打ち込まれた一撃はメキメキと音を立てて骨を軋ませた。

「うっ……グェッ」

 込み上げる嘔吐感を耐えることすらできず、アルはそのまま吐瀉物を撒き散らした。無様な姿を晒す彼女を嗜虐的な眼差しで見つめる敵。

「さて、今日はこれくらいにしておこうかのう。よくやったのう、アル」

 そんな彼女に怒りを秘めた鋭い視線を向けながらアルはいつものように終わりの挨拶を告げる。

「あり……がとうございました。師、卯月」

 こうして毎日の日課であるアルの鍛錬が終わる。朝から体力を使い果たし、クタクタになった彼女は力尽き、その場で仰向けになる。
 澄んだ青い空が視界に入る。流れゆく雲はゆらゆらと移動し、自由だと彼女は思った。
 横を向けば、和装の屋敷が彼女の目に入る。そう、今の彼女にとっての世界はここと、この屋敷の外にある小さな町倭東のみ。
 イヴの魔術により東方の国ジャンに転移させられたアルは三日間飲まず食わずの行進の末ここに辿り着いた。だが、彼女の存在を知っていた卯月により屋敷へと連れてこられたアルは力を付けるまで卯月の許可なくこの町から外出を禁じられた。
 何度化抜け出そうとしたこともあったが、その度に想像を絶する苦痛を与えられ、この町に縛り付けられた。
 そして、何も知らないアルは倭東に着いてからしばらくの後、セントールに起こった大事件とフィードの失踪について卯月より知らされる。そして、彼女が十二支徒の一人であり、フィードにとって敵の相手であるということも。
 だが、そんなことはアルにとってはどうでもよく、彼女は少しでも早くフィードに会いたかった。彼の無事を確認し、自分はちゃんと生きているということを伝えたかった。
 しかし、力なき者が外の世界を一人旅をしても無駄という卯月の言葉により、強制的にアルはこの町に滞在させられることになった。
 そうして、先ほどのように稽古という名目で卯月により力をつけさせられている。彼女が旅立つことを認められるその日まで。

「……一体、いつになったら私はここから旅立てる日が来るのでしょう」

 ため息を吐き出しながらアルは溢れ出る弱気を必死に抑えた。

「会いたい……。会いたいよ、マスター……」

 心の拠り所になっている青年の姿を思いだし、涙を流すアル。その体はかつてと違い大きく成長している。
 身長は以前よりも遥かに伸び、二次性徴を迎えたのか胸にも発育が見られる。卯月との稽古により引き締められた身体には無駄なく筋肉がついていた。
 だが、未だに心は幼い少女のまま。まだまだ未熟な子どもの心と少しずつ大人の体へと成長しようとしている少女がそこにはいた。
 世界に震撼を与えたフラム国の反乱、そしてセントールでの大虐殺。あれからもう三年の月日が過ぎようとしているのだった……。
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輪獄の囚人

フラム国を揺るがすような事件が起こってから既に一週間の月日が流れようとしていた。現在、フラムの首都ハイルでは事件の後処理や事件の実行に関わったとされる貴族派の騎士たちの処分。また、間接的、直接的に貴族派の騎士の支援を行ったとされる貴族たちの処遇について話が進められていた。
 ひとまずのところ、反乱に加担しなかった騎士たちにより、一時的に騎士団は機能されており、一般市民たちは事件の再発という不安を抱えながらも日々を過ごしている。
 そして、城内では女王や皇女であるウィンディ。また、今回の事件を解決するにあたって尽力したエルロイドたちによって会議が開かれ、一連の処遇についてやそれに関する書類、実務の後処理が行われていた。

「ふう……戦いは終わっても一息をつく暇もないとはね。全く、とんだ置き土産を残してくれたものだな」

 まだ完治していない右手に走る痛みを感じながら己の執務室でエルロイドは愚痴を漏らした。

「隊長、そんな愚痴を呟く暇があるのなら一枚でも多く書類に目を通してください。ただでさえ手が足りないんです。サボっていられたら仕事は増えていく一方ですよ」

 そんな彼のすぐ傍でエルロイドが目を通し印を押した書類の確認をし、次々と新しい書類を彼の前へと運んでいく一人の女性。

「やれやれ。こんなことなら私も重症を負ってベッドの上で療養していられたほうがよかったかもしれないな」

「……冗談でもそのようなことはおっしゃらないでください。本気で怒りますよ」

 背後から感じる鬼気迫る気迫に思わず冷や汗を流すエルロイド。

「すまない、場を和ませるための冗談のつもりだったんだ。許してくれ、ミレーヌ」

「はぁ……。しっかりしてください、ただでさえ今この国の状況は危ういんですから。一応私たちの勝利ということで落ち着いていますが、足場の固まっていない今の状況を狙ってまた反乱が起きたりでもしたら今度は止められるかどうか……。
 それに、次にそんなことが起これば今度こそ確実に一般市民にも被害が出て、間違いなくこの国は荒れるんです。だからこそ、私たちがしっかりして民衆の不安を取り除かないといけないんですよ?」

「ああ、そうだな。君の言うとおりだ。それに、今回の件で私たちの戦力にも大きな被害が出たからね。もし仮にまた反乱が起こったら今度は止められる自信がない」

 そう呟くエルロイドの脳裏には四人の男女の姿があった。
 一人目はアイル。先の反乱での戦闘で騎士による重い一撃を受けてしまい、反乱の鎮圧から二日後、意識を取り戻したものの戦線復帰にはしばらくの時間がかかるとの判断をくだされた。
 二人目はリオーネ。彼女は反乱の際に十二支徒の一人と戦い、結果的に相手を退けたもののその代償は大きなものだった。全身には打撲の痕が残っており、折られた骨が治るのにもしばらく時間がかかる。中でも一番の被害は左手だ。十二使徒の一人、エンリカを退ける際に使用した魔術による反動で、彼女の左手は深刻なダメージを受けており、現在肘から先は全く動かない状態になっていた。
 これはリハビリを行ったとしても治る可能性がとても低く、治るとしても完治までにどれほどの時間がかかるかわからない。片手で剣を扱うにしても今までとは違った戦闘の仕方を行うことになるため、その調整にもまた時間がかかってしまう。
 よって、彼女は現在先の反乱を鎮圧した英雄の一人として更に知名度を上げているが、現実ではほとんど戦力外通告を受けている状況になってしまっているのだ。
 そして、三人目はグラード。言うまでもなく先の反乱の首謀者として既に民衆の間にもその事実は広まっており、最初はなぜ彼がという疑問の声も多く上がっていたが、日が経つにつれて次第にその声は小さくなり、代わりに国に混乱や不安をもたらしたことに対する恨みや怒りの言葉が死した彼にぶつけられるようになった。
 そんな彼はエルロイドが騎士団に入団した頃からの知己であり、彼の信頼する同僚の一人でもあった。巷では彼は権力を欲して反乱を起こしたと言われているが、エルロイドだけは彼が何を望んであの反乱を企てたのかを理解していた。
 そう、全ては平民派と貴族派の争いに終止符を打ち、真の騎士団を作り出すため。そのために彼は自ら進んで新たな組織の人柱となったのだ。できることならば、この事実を今すぐにでも誰かに伝えたいエルロイドであったが、死の間際にグラードと交わした己の胸の内に秘めておくという約束に従い、彼はこの事実を誰にも伝えることはなかった。
 そして、最後の一人はフィード。十二使徒を追ってこの国を訪れ、半ば強引に騎士団に引き込み一連の騒動の解決の力添えになってもらった彼であったが、先の戦いでは十二支徒と相打ちになったようだった。幸い、怪我の治りも早かったため戦いの翌日にはもう動けるようになっていた。
 エルロイドとしては事件の後処理もあるためしばらくの間ここに残っていてもらいたかったが、フィード自身十二支徒との戦いでなにか考えることがあったのか、三日前にリオーネの意識が戻り彼女の今後について話しをし、その翌日クラリスという少女を連れてこの国を旅立ちセントールへと向かっていった。

「ふむ。彼にはもう少しここにいて欲しかったのだがな……」

 思わずそう口にすると、その相手が誰のことかを察したミレーヌが嫌な顔をして