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「苦くて甘い1日」

「ごめん、おれと別れてくれない?」

残暑が過ぎ去り、肌寒い風が吹きはじめ、秋の訪れを感じさせたある日。

私は彼氏に振られた……。

振られた訳もわからず、すぐに彼に理由を尋ねたが、返ってくるのは「うん」とか「いや……」とか曖昧な返事だけ。その場にいるのも辛くなって走って家まで帰ってきた。

部屋に入り、そのままベッドに倒れた。なんだか無性に悲しくなってくる。涙が溢れて止まらない。

せっかく付き合って初デートをして、これから楽しくなってくるところだったのに……。クリスマスの予定も考えてた自分がバカみたい。

コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえるけど、今の私はそれに応える元気がない。

「ちょっと、いるなら返事しなさいよ」

お姉ちゃんが扉を開けて部屋に入ってくる。

「なにあんた、泣いてんの? なんかあった?」

「……かっ、かれし……に……ふられた」

泣きながら返事をしたためうまく言葉が出なかった。
お姉ちゃんは少しだけ驚き、「なるほどね」と呟いて納得すると、

「落ち着いたら来な。ご飯用意しておくから」

と言って、部屋を出てった。

そんなにすぐに落ち着くわけないでしょ! とやり場のない怒りを心の中でぶつける。

やがて、泣くことに疲れた私は襲い掛かってきた睡魔に身を委ねた。

目が覚めると、窓からは月明かりが射し込み、辺りは暗闇に包まれていた。

携帯を開いて時間を確認すると、12時前。ずいぶん寝ていた。

不意にお腹が鳴った。気分はまだ晴れず、食欲は湧いていなかったが、一応何か食べておこうとリビングへと向かう。

リビングではお姉ちゃんがテレビで深夜番組を見ていた。

「あっ!? ようやく起きた~」

リビングに入った私に気づいたお姉ちゃんはテレビの電源を消した。

「食欲ある?」

「……あんまりない」

「そう。じゃあこれでも食べておきな」

お姉ちゃんは冷蔵庫からスイートポテトを取り出して私に手渡した。

こんなの家にあったっけ?

「お姉ちゃん、これどうしたの?」

「これ? あんたが寝てから作ったのよ。どうせ起きてもあんまり食べられないだろうと思って、糖分が採れて少しは食べれるものを考えてそれ作ったの」

私は手渡しされたスイートポテトを一口かじる。

「どう? おいしいでしょ?」

お姉ちゃんは自信満々にこちらの反応を待っている。

「お姉ちゃん……。これ、砂糖と塩間違えて使ってるよ」

口の中はショッパイ。

「なに言ってんのよ。それはあんたの涙の味でしょ」

また泣き出した私の頭をお姉ちゃんは優しく撫でた。

恋の終わりは苦さとほんの少しの甘さがあった。


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「そして今日は、」

部屋の窓から見える見慣れた風景。

ベッドに横たわった僕は毎日同じものをみせられてうんざりしていた。

それもこれも僕の身体が弱いから……。

昔から僕の身体は弱く、ちょっとした環境の変化ですぐに熱を出していた。

特に、学校の行事の前に熱を出すことが多く、他の友達が共有している出来事を僕だけ経験していないなんてことは、よくあることだった。

「はぁ~早く治らないかな」

もはやこの言葉が口癖になった。時々、体調を崩してないときでも呟いてしまうほど。

「みんなと一緒に遊びたいな……」

自然とため息がこぼれでる。気持ちまでも落ち込んできた。

再び窓を見ると、さっきまで晴れていた空から小雨が降り始めていた。

熱でふらつく身体を壁に手を当てて支えながら窓に近づく。

ハァと窓に息を吹き掛ける。吐息で曇ったガラスに、てるてる坊主を描く。雨足はどんどん強くなっていた。

もうだめだと力つきながら僕は再びベッドに倒れこむ。

寒さに震えながら、意識が消えるのを待った。

熱のせいで中々意識が消えてくれない。

寒い……辛い……苦しい……。

……。

顔になにやら暖かさを感じて目をあけた。いつの間にか眠っていたみたいだ。

体調はすこぶるいい。熱もない。

窓の外を見ると雲一つない澄み切った青空に虹という名の階段が取り付けられていた。

部屋の外から母が呼ぶ声が聞こえる。

そうだ、今日は大丈夫。早くみんなに会いに行こう。

勢いよく部屋を飛び出し居間へと向かう。

部屋の窓では太陽の光に当てられてボンヤリと浮かぶてるてる坊主が笑っていた。

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「彼はいつだって笑っていた」

「あのさ……」

昼休み、弁当を早く食べ終えた俺は、友人の拓海と校庭でバスケをしていた。

バスケと言ってもフリースローを先に5本決めた方が負けた方にジュースを奢ってもらうという遊びのバスケだ。

拓海が声をかけたのは、拓海が2本、俺が4本シュートを決めて残りの1本を決めようとしていた時だった。

「なに? プレッシャーかけようたって、そうはいかねえぞ」

「ちがうって。そうじゃなくってさ、あれだって」

「なんだよハッキリしないな……」

言葉を濁す拓海を放っておいて、俺はシュートを打った。

回転のかかったボールがゆっくりと弧を描いてゴールへと吸い込まれていく。

これは入ったなと心の中でこっそりと勝利の確信を抱いた。予想どおりボールはゴールに入り、かかった回転によって俺の所へ戻ってきた。

「これで俺の勝ちだな」

ドリブルをしながら拓海の横に行く。

「……ん? ああ、悪い。見てなかった」

自分が負けたことを気にもしないで拓海は惚けていた。

どうにも様子がおかしい。いつもなら、負けたことを悔しがってリベンジなどとと言って、そのまま1on1をするのに。

よく見ると、さっきから拓海はなんだか落ち着きがなかった。視線をさまよわせ、頭を抱えたり、身悶えたりしている。

「どうした。なんかあったのか?」

まず間違いなく何かあったのだろうが憶測に過ぎないので一応確認してみる。

俺の言葉を聞いた拓海は待っていたと言わんばかりに顔を近づけてきた。よほど興奮してるのだろう。

それほどまでに拓海が気にすることに、次第と俺も興味が湧いてきた。

「実は……さ。昨日立花から返事もらったんだ」

ああ、なるほどとうれしそうに話す拓海の言葉を聞いて俺は納得する。

立花さんというのは拓海と俺のクラスメイトの女の子。大人しい性格で普段はあまり目立たないけれど、行事になると率先して行動をとり、みんなを引っ張っていく。そんな子だ。

拓海は数ヶ月前にあった文化祭で懸命に作業をする彼女を見て好きになってしまった。去年同じクラスで連絡用にアドレスを聞かれていた俺にアドレスを聞いて、他愛ないメールから始めて、地道に仲を深めていった。

特にここ1ヶ月は拓海と立花さんの二人で一緒に帰ることが何度かあり、そろそろくっつくんじゃないかなんて思っていたところだ。

まあ、案の定くっついたわけだったが……。

そして三日前、遂に拓海は告白をした。その日は告白をした後にずっと振られたらどうしようと俺に言ってきた。

大丈夫だと説得してもまるで聞かない。酔っぱらいより質が悪いなどと思ったりもした。

だけど、カップルになったならよかった。拓海ならそう思える。

「よかったな。念願叶って立花さんが彼女だぜ。ホント羨ましいよ」

「ありがとな。これも司が相談に乗ってくれたりしたおかげだよ」

「……たく。調子のいいこといってんじゃねえよ。一人だけ彼女作りやがって」

「……へへへ」

ちょっとした皮肉も今の拓海にとっては自分が照れる材料の一つでしかないようだった。



帰り道、久しぶりに拓海と一緒に学校から帰る。今日は立花さんの用事があったためだ。

途中のコンビニで今日のバスケの賭けの景品のジュースを拓海に買わせた。拓海も自分の分の飲み物を買う。拓海が買ったのはペットボトルのミルクティーで俺は紙パックのフルーツジュースだった。

コンビニを出て、俺はすぐにジュースを飲んだ。甘く濃厚なフルーツの味が口の中に広がる。そのまま一気に飲み干し、ゴミ箱の中に空になった紙パックを捨てた。

「フルーツジュース一気飲みって……」

「まあ、無性に甘いものが飲みたくてさ」

拓海はまだ半分も飲んでいないミルクティーを片手に持ち、再び二人で帰路を歩き始める。二人で授業中にあった教師の面白い話をしたり、拓海の口から自然とこぼれるノロケ話に適当に返事をしたりした。

やがて別れ道に着いた。

「それじゃあ、また明日」

「ああ。じゃあな」

別れの挨拶を互いにしてそれぞれの家に向かう。

拓海と別れてから数分後俺はポケットから携帯電話を取り出し電話帳を開いた。そして、ある人物の電話番号を入力して電話をかけた。

『もしもし……』

『あっ! もしもし、立花さん?』

『司くんですか。どうしたんですか?』

電話の相手、拓海の彼女の立花さんは突然の電話に少し驚いていた。

『拓海から聞いたよ。付き合うんだってね。おめでとう』

『あ、ありがとうございます。司くんにはお世話になりました。拓海くんの相談に乗ってもらったりして』

『別にいいって。無事二人が付き合うことになったわけだし』

『今度お礼でもって考えてたんですけど……』

『ああ、それならもうもらったからいいよ』

『もらったって、わたし司くんに何かあげましたっけ?』

『いやいや、こっちの話し。まあ、それが言いたかっただけだから』

『そうですか、わざわざありがとうございます』

『うん、それじゃあね』

そう言って俺は立花さんとの通話を終了した。

携帯電話をポケットにしまい、空を見上げる。赤褐色に染まった夕日が沈みはじめていた。それを見た瞬間胸の奥底に溜まっていた感情がこみあがってきた。

「あ~あ! ふられちまった! まあ、告白したわけじゃないんだけどさ……」

涙が頬を伝い、視界が滲む。流れ出る涙を服の裾で拭いた。

拓海が立花さんに恋をした時と同じ時、俺も同じく恋をした。去年一緒のクラスだった時からいいなとは思っていたが、恋とまではいかなかった。

だけど拓海が立花さんのアドレスを聞いた時、俺も彼女のことが好きなんだって気がついた。

拓海にこのことを言おうか迷っていた頃、立花さんからメールが来た。正直叫ぶくらい嬉しかった。

けど、メールの内容は、

『司くんって柴田くんと仲よかったですよね? よかったら相談に乗ってもらえませんか?』

俺のこととは関係ないものだった。

これを見た俺は思った。裏方に回ろう。それで、この二人をくっつけようって……。

そしてようやく二人は恋人になった。

そのことによって俺もようやく振られたということを受け止めることができた。

きっと心のどこかでは、もしかしてまだほんの少しでもチャンスがあるかもなんて思ってたに違いない。

でも、そんなことはあり得ない。だって二人を俺は全力で応援したんだから……。だから、チャンスがないのは当然だ。

流れていた涙がようやく止まった。今の顔を鏡で見たら、きっとひどい顔をしてるだろう。目は充血し、目蓋は腫れて顔は涙でくしゃくしゃなはず。

しっかりしよう。明日二人に会った時に泣いたことを指摘されないように。また、毎日を笑って過ごせるように。

いつかまた新しい恋と出会えることを願って……。

It was the one that everyone met. And, he will meet it again some time.(それは誰もが出会うものだった。そしていつか彼は再びそれに出会うだろう。)

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小説完成報告

こんばんは、建野海です。

予想よりだいぶ早いですがクリスマス&2000Hit記念の小説出来ました。

本当はリクエスト16日締め切りで書き出すはずだったんですが、Sugar'dさんと水聖さんのリクエストをいただいた時点でやる気が溢れだし、暇ができた今日の午後から一気に書き上げて、ついさっき完成しました。

できれば小説読む前にこちらを読んでいただけるとありがたいです。(べつに読まなくてもいいですが……)

一応引き続き16日までリクエストを受け付けて、余裕があればもう一つ書けたらいいなと思います。

ちなみに、本編中では既出の作品からゲストキャラがいます。この作品を書いていて時系列が一緒だと気がついたので出しました。

その作品を読んだことがある方はニヤリとするかもしれません。

この作品を読むうえでは知らなくても大丈夫ですので安心して読んでいただいて結構です。

それでは、「迷子の私と天使の人形」をお楽しみください。

「迷子の私と天使の人形」

真っ白い雪が空からひらひらと舞い降りる。

夜の暗闇を照らすイルミネーションの明るい光。さまざまな色の光に照らされて白い雪は変幻自在に姿を変えていた。

今日は、クリスマスイブ。

「……さむいよぉ」

すっかり冷たくなった手にハァ~と息を吹きかける。

お母さんとお父さんとはぐれて、だいぶ時間が経った。二人とはぐれた時のために決めた待ち合わせ場所の大きなクリスマスツリーの下。ここに来てからずいぶんと時間が経つのに一向に二人はやってこない。

なんで、こないの? はやくきてよぉ。

ジワリと目蓋に溜まり始めた涙を服の裾で拭う。溜まり始めた涙はすぐに消えたが、不安は胸の奥底に積もっていく。

少しでも心をおちつけようと私は手に持った紙袋からあるものを取りだした。

紙袋から出てきたのは、いちょうのようなうす黄色のわっかを頭の上につけ、みんなに幸福を運ぶ純白の羽を羽ばたかせ、悪魔をやっつけるためのステッキを持った小さな天使。クリスマスツリーに飾る人形だ。

この子も私と一緒。迎えに来てくれる人を待っている。

「お母さんたち遅いね」

私は天使に話しかける。

「……」

当然返事は返ってこない。ちょっぴり悲しくなって私はうつむいた。

「おなか、すいたな~。はやく迎えにこないかな?」

「……そうだねぇ」

……えっ!?

独り言と思って呟いたのに返事がした。もしかして今のって……人形がしゃべったの?

そう思うと同時に私の目の前が突然薄暗くなった。足元を見ると誰かの影ができていた。

お母さん? お父さん?

ようやく迎えが来た。そう思って顔を上げる。しかし、私の前に現れたのは二人ではなかった。

「キミ、迷子?」

困ったものを見つけたような表情をした男の人がそこに立っていた。



「てんちょ~、片付け終わりました」

店内の掃除と片付けを終えた私は厨房で明日の準備をしている店長に声をかけた。

「お疲れさま、小夜ちゃん。今日はもう終わっていいよ」

明日の予約の確認をしながら店長が答えた。

「わかりました。お先に失礼します」

店長に挨拶をして私は厨房をでた。

「あれ? 小夜ちゃん今日はもう終わり?」

厨房を出るとレジの横でお客さんのケーキの梱包をし終わった冬香さんが私に声をかけた。

「はい。今日はもう終わりです」

「ふ~ん。普段夜遅くまでのシフトの小夜ちゃんが今日に限って早いとは……。やっぱり彼氏とイブの夜を過ごしたいなぁ、なんて考えてるのかな?」

「ち、違いますって! そもそも私彼氏いませんから」

「なんだ、じゃあ一人でさみしく夜を過ごすのか。つまんないなぁ」

若干残念そうに冬香さんはため息を吐いた。

「そういう冬香さんはどうなんですか?」

「あたし? あたしは彼氏と過ごすよ」

別に大したことではないと言うように冬香は答えた。

「なんですかそれ~。自分はちゃっかり彼氏と過ごすじゃないですか」

「まぁ、こういったことは自分の安全が確保されてて聞くもんだしね」

「なんだか、ずるいです」

一杯食わされたことに表面上は腹をたてる態度をとる。

「ごめんごめん。そうむくれないの」

「べつに、むくれてませんから」

「じゃあお詫びにお姉さんが一つアドバイスをしてあげよう」

アドバイス? いったいなんのだろう?

なんのことだかわからず、疑問に思ってる私の耳元に冬香さんは顔を近付け、

「店長はああ見えて奥手だから、もし来たらいきなりキスしちゃいなさい」

誰も知らないと思っていた私の今日の予定にアドバイスをした。

「え、えっ!? な、なんで知ってるんですか!?」

「ちょっと、声が大きい。まだ店内で食事してるお客さんいるんだから」

冬香さんに言われて周りを見ると、何事だといった表情でこっちを見ているお客さんが何人かいた。しかし、何もないとわかると直ぐに食事を再開した。

「なんで冬香さんがそのことを……」

今の出来事を反省して、私は小声で訪ねる。

「いや、実は小夜ちゃんが店長を誘うとこをこっそり見ちゃって」

なんてことだ。細心の注意を払って行ったことが、こんなに簡単に知られてるなんて……。

「じゃあ最初から私の今日の予定知ってたんですか?」

「うん。だからちょっとからかってみた」

質が悪い冬香さんに私は頭を抱える。まさか知ってる人がいるとは思いもしなかった。

そう、私は一週間前に店長を誘ったのだ。

「それにしても店長かぁ~。確かに顔は悪くないし、性格もいいほうだけど、歳の差六つだよ? 下手したら犯罪だよ?」

「い、いいじゃないですか。歳が離れてたって……。それに私もう十六ですから。結婚できる歳なんで、犯罪じゃないですから」

必死に弁解するが、冬香さんはそれを聞いて今度はニヤニヤと口元を緩ませて温かい目で私を見てきた。

「そう。結婚。なるほどね~。小夜ちゃんはもうそんなことまで妄想しちゃってるんだ」

冬香さんの指摘に私は頬が熱くなるのを感じた。

「……そうですよ、妄想ですよ。だって、私まだ誘っただけですし、告白したわけでもないですし、OKもらって付き合ってもないですから」

「あ~もう。ホント小夜ちゃんはかわいいね」

冬香さんは私を抱きしめて乱暴に髪を撫でた。

「や、やめてください。恥ずかしいです。それにお客さん見てます」

「確かに。あまりはしゃぎすぎると店長も来ちゃうだろうしね」

「へ~俺が来るとなにか都合が悪いのかな?」

冬香さんが私を離すと同時に背後から聞き慣れた店長の声がした。

「あ、あれ~店長来てたんですか?」

冬香さんが口元を引きつらせて店長を見ている。

「なんだか少し店内が騒がしかったからね。まだお客さんがいるんだから、静かにしててくれ」

店長が冬香さんを嗜める。

「それって、お客さんがいなくなったら静かにしてなくててもいいってことですか?」

冬香さんの反撃のへりくつに店長は呆れ半分諦め半分のため息を吐く。

「まぁ、いなくなれば多少はいいけどね。その代わり、お客さんがいるときはきちんとしてくれよ」

「さすが店長。話がわかる!」

「それと小夜ちゃん。タイムカード切った?」

「あ!? まだ切ってないです。すいません」

「まだ時間は過ぎてないからいいよ。話をするならきちんと終わってからね」

「……はい」

「それじゃあ俺は戻るから」

再び厨房に戻ろうとする店長。その後ろ姿になんだか無性に我慢ができなくなり、

「あの、てんちょ。私今日待ってますから」

わざわざ言わなくてもいいことを口にした。

店長は少しだけ驚いた後、前と同じように困ったような笑みを浮かべて、

「もしかしたら、俺は行かないかもしれないぞ?」

と言った。

「それでも、いいです。私、待ってます」

今度は返事をしないで店長は厨房に戻った。

「……いやぁ~青春、青春。あたし隣で聞いてて恥ずかしくなっちゃった」

顔を手で覆い、指の間からチラチラとこっちを見る冬香さんを見て、私はハッとし、あることに気づく。

そうだ、まだお客さんがいたんだ。

嫌な予感と共にお客さんの方を見ると、独り身の女性達からは嫉妬や妬みの視線が向けられ、ノリの良さそうな男性陣はこちらにエールを送ってきた。カップルは自分たちの時の出来事を思い出しているのか優しく見守ってくれている。

「わ、私帰ります!!」

その場にいるのがいたたまれなくなり、私は逃げだすようにロッカールームに向かった。




バイトを終えて家に戻り、ずいぶん時間が経った。ベッドに寝転がりながら時計を見ると時刻は七時過ぎ。予定の待ち合わせまで二時間ほどだ。

いや、待ち合わせじゃないか。絶対来ると約束したわけじゃない。これは私が勝手に押しつけた予定だ。

まだ家を出てすらいないのに不安でいっぱいになる。

ベッドから起き上がり机の引き出しからあるものを取り出す。

取り出したのは、少し薄汚れた天使の人形。

六年前に私がある男の人からもらったものだ。



『キミ、迷子?』

両親を待っていた私の前に現れた一人の男性。私は一人でさみしかった中、声をかけてもらえたうれしさと、見知らぬ人に話しかけられた警戒心の狭間で揺れていた。

なんて返事すればいいのかな? そもそも返事をした方がいいのかな?

考えた末に結局返事をすることにした。

『迷子じゃないもん』

『じゃあ、誰か待ってるの?』

『うん。お父さんとお母さんを待ってるの』

『そうなんだ。ところで隣座ってもいいかな? 疲れちゃってさ』

『べつに、いいよ』

私の隣に彼は座った。しばらく沈黙が続き、やがて彼は遠慮がちに尋ねた。

『実は俺さ、少し前にここにいたんだけど、その時に忘れ物をしちゃたんだ』

そういって私の持ってる人形を彼は指差した。

『キミの持ってるそれなんだけど。返してくれたら、うれしいな』

壊れやすいものを扱うかのように彼は優しく私にお願いした。しかし、私はこれを返してしまったら、彼がこの場から帰ってしまう気がして、

『イヤ。これ私が拾ったんだから。だからもう私のなの』

などといって彼に人形を返さなかった。

しかし、彼は私の返事に怒ることもなく、『そっか』と一言呟き両親が来るまで一緒にいてくれた。

結局私は彼に人形を返さず家に持って帰った。

それから年を重ねる度に当時の自分に呆れ、そんな私に文句の一つも言わずに優しくしてくれた、名前も知らない男性を気にするようになった。

これが初恋だと気がついたのは中学生になってすぐだ。近所に住む私より二つ上のお姉ちゃんに相談したところ、

『きっと恋だと思う』

そうお姉ちゃんに言われて私はそれまで自分の中にあったモヤモヤした感じが恋だと知った。そして、もう一度あの時の彼に会いたいと思った。

しかし、いくら彼に会いたくても名前も素性も何も知らない私に彼を探す術はなく、胸の奥底に恋心を秘めたまま月日は流れた。

そして、今年の春。高校生になった私は友達が見つけた新しいケーキ店を紹介されて数人の友達とそのケーキ店へ行った。

〈Lilac〉と書かれた看板を見ながら私達は店内に入る。オープンしてまだあまり日が経ってないことがわかる祝いの華の数々。雰囲気がよくオシャレな店内。店内で買ったケーキを食べるスペースもあり、主婦や私達と同じ学校帰りの学生が多くいた。

『なるほどね~。これは勧められるのもわかるなぁ』
私の発言に一緒に来ていたみんなも『だね~』と同意する。

『それにしてもリラックか。リラックスと掛けてるのかな? この店』

私がそう呟いた時、

『この店の名前はリラックじゃなくてライラックっていうんだよ』

そう答える男性の声が聞こえた。声のした方を向くとそこには一人の男性がいた。そして、その男性の姿を見た瞬間私の思考は停止した。

『ちなみにライラックっていうのは落葉樹の一種で香水の原料ともされてるんだ』

目の前の男性は律儀に店の名前の説明をしてくれているが、私の頭には入ってこない。

ああ、目の前にいる男性はあの時の彼だ。私はそう確信する。

彼は少し大人っぽくなっていたが、雰囲気や面影はほとんど変わってなかった。再開の感動に心を撃たれた私はその勢いで、

『あ、あの。バイトの面接を受けたいんですが!!』

と言った。その後、いきなりのバイト面接の要望に面食らった彼はやはり以前と変わらず文句一つ言わずに、

『今日は面接できないから、また日を改めてしようか』

と丁寧に応対してくれた。

その後、なんとか面接を終えてバイトに合格した私は、彼、永瀬俊也。通称店長の元で働くことになった。

あれから、約半年。いろいろなことがあったけど、ついに私は店長を誘った。結果はどうなるかわからない。それがわかるのは後二時間後だ。

どうか、いい結果になりますように。

天使の人形を胸元でギュッと握りしめ、私は祈った。



「迷子の私と天使の人形」 2


約束の時間まで残り一時間程になり、私は準備を終えて家を出た。

メイクはしっかりした。服はファッションセンスのある友達にこの日の為に選んでもらったものを着ている。

準備は万端、さあ行こう。

家を出て二十分ほど歩き、待ち合わせ場所に辿り着く。待ち合わせ場所は六年前に店長と出会ったクリスマスツリーの下。

六年前と同じ場所を選ぶなんて自分のことながらずいぶんと夢見てると思う。

ツリーの周りに置かれた石造りのベンチに座り、店長を待つ。

なんだか、一秒一秒がものすごく長く感じる。

落ち着かない私は何度も携帯電話をカバンから取り出して時間を確認する。まだ、十分もすぎていなかった。

緊張のせいか、心臓の鼓動がやたら耳に響く。気を紛らわすために周りを見る。しかし、それは今の私には逆効果だった。

周囲には仲良く腕を絡めあうカップルが大勢いた。しかも他に人がいるにも関わらず、いきなりキスを始め、二人だけの世界を作りだしている。

う、うわぁ。き、キスしてるよぉ。あわわ、あっちは舌絡めてる。あれってディープキスかな?

もしかしたら、私もあんなふうに……。

期待に胸を膨らませて私は彼を待った。

約束の時間まで五分を切った。すっかり暗くなった夜空を私の後ろにあるツリーが明るく照らしている。

少し冷たくなった手にハァ~と息を吹きかける。白くなった吐息はそのまま夜空に溶けて消えていった。

さっきまでの期待はどこにいったのか、だんだん不安が募ってきた。

やっぱり……来ないのかな?

不安に押しつぶされそうになり、私はうつむく。そんな時、私に近づく足音が聞こえ、私の目の前で止まった。

……来た!?

うれしさから顔を上げる。しかし、目の前いたのは彼ではなかった。

「こんばんは。君さっきからずっと一人でいるよね。もしよかったら俺たちと遊ばない?」

私より少し年上に見える茶髪の青年がいた。

「いえ、私人を待ってるんで……」

「え~いいじゃん。なんならその子も一緒に連れてくればいいしさ。ほら、行こうよ」

私が待ってる人を女友達だと勘違いしている青年は無理矢理私の手を掴んで仲間の元に連れてこうとする。

いや、やめて!!

驚きと恐怖から声にならない悲鳴を心の中であげる。

誰か、助けて……。

「そこのお前。人の女に何してんだよ」

助けを求めた瞬間、聞き慣れた声が近くから聞こえた。

「あ!? 誰あんた?」

「誰って、そいつの彼氏だけど? お前こそ誰だよ。それより早くその手離せよ」

「……んだよ! 彼氏持ちかよ。だったら最初から言えよ」

私の手を離すと青年はそう言い残し、この場からさった。

解放された私はすぐさま店長に駆け寄り抱きついた。

「こわかったです、てんちょ~」

安心感から涙が溢れだす。せっかくセットしたメイクも容赦なく流れた。

「悪かったな。こんなことになるならもっと早く来ればよかったな」

店長は優しく私を抱きしめて、頭を撫でて慰めてくれる。

「そ、そうでずよぉ。わたしぶぁってたんでずから」

嗚咽を漏らし、涙声で何を言ってるのか自分でも判断できない。

「あ~泣くな、泣くな」

店長はポケットからハンカチを取り出して私の涙を拭く。

私は気持ちが落ち着くまで店長に身を預けた。

しばらく経ってようやく落ち着いた私は店長がいるという現実に改めて気づいた。

「それにしてもてんちょ。来てくれたんですね……」

「まあ、な」

さっきの出来事があったせいか、何を言っていいのかわからない。なにしろあのせいでムードの欠片もないからだ。そして、何を言っていいのかわからないのは店長も同じようだった。

長い沈黙が互いの間に漂う。そして、その沈黙を破ったのは店長だった。

「それで、話って?」

突然本題に入られて私は焦る。ここに来るまでの覚悟や勢いはすっかりなくなっていた。

「あ、あの。その。えっと……」

喉元に言葉が引っ掛かってうまくでてこない。もどかしさから、また瞳に涙が浮かぶ。

「わ、わたし……てんちょが好きです。……付き合ってください」

ようやく絞りだした言葉はなんとも小さいものだった。もしかしたら店長に聞こえてないかもしれない。

店長から返事はない。

やっぱり、ダメだったんだ。当然か、私なんてまだ子供だし。ついさっきなんて迷惑かけちゃったし。

瞳に溜まっている涙が一粒頬を流れる。

それと同時に唇に暖かい何かが触れた。これが店長の唇で私にキスをしているんだと気づくのに時間はかからなかった。

数秒のキスを終え、店長は唇を離した。

「――ぁ」

名残惜しさから私は声を漏らす。そんな私に店長は、

「これが俺の答えだ」

今までの人生で一番嬉しい言葉を口にした。

「うう……てんちょ~」

今度は嬉しさから、また涙が流れる。

「なんだ、さっきから泣いてばかりだな?」

「だれのせいですかっ!!」

「まあ、俺のせいかな?」

「じゃあ責任取ってください」

「どんな理屈だよ。ったく、しょうがないな」

そういって店長は再び私に優しいキスをした。

今度はさっきより長く、互いに求めるようなキス。

あまりの心地よさに何も考えられなくなる。

しばらくして、店長の唇がまた離れる。

「……てんちょ」

脳がとろけるような感覚がする。店長以外視界に映らない。

「ひとまずここ離れるか」

「……はい」

店長が差し出した手に指を重ね合わせて二人歩きだした。



店長に引っ張られて連れてこられたのは〈Lilac〉だった。暗くなった店内に入り、店長が明かりを点ける。

明るくなった店内。店長は私を椅子に座らせ、厨房に入った。

普段見慣れている店内に入ってようやく冷静さが戻り、状況の整理ができた。

私、店長の彼女になったんだ。

実感が湧くと共に、唇に残る店長のキスの感触を思い出して身悶える。

キス! キスしちゃった! しちゃったよぉ。

叫びたくなる衝動を必死に押さえる。ここが防音仕様ならおもいっきり叫んでいた、きっと。

誰かに今の状況を伝えようと思い、カバンから携帯電話を取り出す。

誰に連絡しよう? 冬香さん? それとも千春お姉ちゃん?

どうしようかと悩んでいると、カバンの中のあるものが視界に入った。

それは、ずっと返そうと思っていた天使の人形。

そっとカバンから人形を取り出す。

私と店長を出会わせてくれた人形。

「ありがとう。あなたのおかげだね」

家を出る前と同じように人形を抱きしめる。

「ほら、これ飲め」

いつの間にか厨房から戻ってきた店長が湯気の立っている紅茶を渡した。

「いただきます」

渡された紅茶を一口飲む。冷たくなった体に温かい紅茶が染み渡る。

「ところで、その人形は?」

紅茶を飲みながら店長が尋ねた。どうも、この人形を覚えてないみたい。

まぁ覚えてなくてもしょうがないよね。だって六年前の事だし。それにほんの少しの出来事だったし。

「これはですね……」

私にとって大切な出来事を忘れてしまった“彼氏”のために私は一から説明する。話し終えたときの驚いた反応を期待して。


クリスマスイブ。


聖なる夜の前夜に一組の男女を結び付けたのは、やはり神の使いの天使だった。

「good-bye」



おはよう。

行ってきます。

ただいま。

お帰り。

こんな言葉を今まで幾度も口にしてきた。

彼は父親のようでもあり、兄のようでもあり、長い時を共に過ごしてきた一番の友人のようでもあった。

「……ただいま。調子はどう?」

学校から帰宅した僕はベッドの上で力なく横たわる彼に声をかける。

彼は苦しさからか、返事をしなかった。その代わりに、ほんの少しだけ視線を動かして僕を見た。

それを見て僕はちょっぴり安心する。よかった、まだ大丈夫だと。

しかし改めて彼を見てみると、その姿は思わず視線を逸らしたくなるものだった。

肉は削げ、頬はこけ、骨が浮きだし、表情は力なく、もはや身動きを取ることもできない。

かつての若々しく、生気に満ち溢れた彼はもはやどこにも存在しない。

「…………ッ!」

彼の昔を思い出すと同時に一緒に過ごしてきた思い出が溢れだしそうになる。なんとか思い出の扉に鍵をかけて、目元からも溢れそうになったものも閉じ込める。

ゴシゴシと目元を服の裾で拭う。擦れた目元は赤くなった。

僕はまるで今にも壊れてしまいそうなものに触れるかのように彼に手を伸ばした。

トクン、トクン。

彼の心臓の音が手のひら越しに伝わる。

……なんて、弱々しい。

彼からそっと手を離し、

「また後で来るから」

そう言って僕は彼の元から去った。

以前から両親に彼はもう長くないと話をされていた。

僕はそんなはずはないと、駄々をこねて目の前で起こっている現実を受け入れようとしなかった。

……子供だったのだ。

今なら分かる。彼はあの時にはもう限界だった。

その夜、僕は彼と共に寝ることにした。隣で眠る彼の体温を肌で感じる。

そういえば、僕が赤ちゃんの時にも彼はこうして隣にいてくれたっけ。

まだ僕が赤ちゃんの時の写真に彼と僕が一緒に写っているものが一枚ある。何も考えずに呑気に寝ている僕を見守るように、彼は優しい目をして僕の隣にいてくれた。

本当に優しい、優しい目をしていた。

もう十数年も前の事なのに……。
まだ幼かった自分にとっては覚えもない出来事だったのに……。
今になって……思い出す。

駄目だ、早く寝ないと。

思い出の波が押し寄せる前に暗い海へと潜っていく。

意識は、すぐに消えた。




朝日の明るさによって意識を水面上に引き上げられた。

目を開けると彼の顔が見えた。浅くだが呼吸をしている。

まだ、生きてた。

時計を見ると学校に行くまであまり時間が残されていなかった。自室に戻り、制服に着替えて出かける準備をする。

「じゃあ、行って来る」

家を出る時間が来たため、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら僕は彼に声をかける。玄関の扉に手を掛け、まさに外に出ようとしたその時、

「--------」

彼の声が聞こえた。

ほとんどかすれ声だったが、確かに返事をしたのだ。

「……行って、きます」

僕は唇を噛みながらもう一度出かけの挨拶を口にした。

これが彼と交わした最後のやりとりだった。

あの後、学校から帰ってきた僕を待っていたのは冷たくなった彼の身体と、家中に漂うお香の匂いだった。

ああ、彼は逝ってしまった。そう理解すると自然と涙が流れだした。

止まらない、止まらない。拭いても拭いても止まらない。

走馬灯のように彼と過ごした長い時の思い出が一つ一つ蘇る。

幼い僕の傍で一緒に寝ていた彼。

新しい家族が増えて、しばらくふてくされて八つ当たりをしていた彼。

旅行に出た僕と両親の代わりに留守番をしてくれていた彼。

身体を覆う白い毛は他の何よりも純粋で神聖だった。

大好きだった。もっと一緒に過ごしたかった。これから成長する僕を見ていて欲しかった。

だけど、さようなら。キミはもういない。別れの時が来てしまった。

バイバイ、僕の大好きな家族。



そして、願わくは…………いつかまた。

私の家族は五分間

深夜十二時。

今日もこの時がやってきた。

「こんばんは」

突然、私の目の前に少女が立っていた。腰ほどの長さまで伸びた黒い髪をして、白色のパジャマを着ている。

「こんばんは」

いつものように私は彼女に挨拶する。

「今日もお話聞かせてくれる?」

彼女は目を輝かせながら私が話をするのを待っている。

「いいよ。今日はね、会社で嫌なことがあったんだ……」

私は彼女に今日会社であった出来事を話した。上司の飲み会に付き合わされ、財布は軽くなり酔った勢いでセクハラまがいのボディタッチも受けたこと。

話し終えると三分が経った。

「ふ~ん。相変わらず忙しいんだね」

「そうよ。もう毎日毎日嫌になる」

「こんな時こそ元気出さなきゃ!」

「……うん、そうだね。元気出さなきゃねっ!」

彼女が来てから四分半が経った。そろそろお別れの時間だ。

「それじゃ、そろそろ時間だから」

「うん。また明日」

名残惜しく私が彼女に手を振っていると少しずつ彼女の姿が薄くなり、やがて完全に消えた。

学生時代から続いている私と彼女の五分だけの交流。

かつて同じ場所で育って別れることになった私と彼女。

「また明日」

終わることのない永遠の五分は続く。
少しずつ積み重なる彼女との時間を大切にして私は明日に向けて眠りにつく。

また明日、私の大事な妹。

茜空が窓から見える

 茜空が窓から見える。
 
 一人暮らしを初めて約一年が過ぎようとしていた。大学の講義が昼過ぎに終わり、青色の空は少しずつオレンジ色に染まっている。

 お腹をすかせている冷蔵庫を満腹にするため、帰り道にある激安スーパーにて食べ物や飲み物、その他雑貨を買ってスーパを出て帰り道をのんびり歩く。

 冬が過ぎ、もうすぐ春が訪れるこの時期は寒さと暖かさの境目だ。時に寒く、時に暖かく。

 今の時期はまるで自分のようだ。

 そんなことを思いながらひたすら歩き続ける。

 一人暮らしをしているアパートの前に着くと、同じアパートに住んでいる一人の男性が出かけるのが見えた。確か私の部屋から三つ横の部屋の人だ。

「こんにちは」

「あ、どうも」

 それだけの挨拶をかわして私たちはすれ違う。一年も同じ空間に住んでいるのに、あの人とかわした言葉はそれこそ数えられる程度だ。

 なんだかな~。

 仲良くしたい気持ちがない訳じゃない。どうせ同じ場所に住んでいるのだ。仲が悪いよりも仲がいい方がいいにきまっている。

 でも、現実はうまくは行かない。なんだかんだ言って、同じ場所に住んでいるというだけで積極的に関わろうとだなんて私も彼も考えないから。

 扉の鍵を開けて部屋の中に入る。重かった荷物を降ろし、冷蔵庫の中に買って来た食材などを詰めるようにいれた。暗くなっている部屋に明かりをいれるためカーテンを開けた。空には夕日が漂っていた。

 なんとなく夕日を見ているとポケットから振動とともに着信音が部屋に鳴り響いた。すこしぼーっとしていたのでふいをつかれて心臓がバクバクと拍動していた。

「もしもし?」

「もしもし~。久しぶりね。元気にしてた」

 耳元から聞こえて来たのは実家にいる母の声だった。ここしばらく聞いていなかった声になんだか懐かしさを感じた。

「どうしたの急に。なにかあった?」

 夏休みに実家に帰って以来、母から連絡が来たことはなかった。にもかかわらず急に電話がかかって来たものだから私は何かあったのでは? と身構えてしまった。

「なに? なにかないと連絡しちゃだめなの?」

「そんなこともないけど……」

「そうね~。最近あんたと連絡してなかったから、元気にやっているのか気になってね」

「そうなんだ」

 それからしばらく二人でたわいのない雑談を交わし、特に何事もなく終わると思っていた母との会話。しかし、最後の母の質問に私の身体は驚きで硬直した。

「友達とは上手にやれてるの?」

「……え?」

 なんでそんなことを今聞くのだろう?

「うん。仲良くしてるよ。前にも話したでしょ」

「でもあんたからあまり友達の話を聞かないからうまくいっていないのかと思ったのよ。私が心配しすぎてたのかしら」

「そうだよ。お母さんは心配しすぎだって。も~昔から心配性なんだから」

 否定をしながら、私は今にも震えだしそうな声を必死に抑える。

「ならいいわ。元気にやってるみたいで安心したわ。何かあったらまたいつでも連絡してきなさいね」

「そんなこといって……いつも電話をかけてくるのはお母さんのほうだからね」

「あら、そうだったかしら?」

「そうだよ。いっつも電話するたびにそう言うんだから」

「じゃあ、次は電話が来るまで待ってるわね」

「はいはい。それじゃあ、またね」

 そういって電話の電源を切った。通話が終わると共に部屋には静寂が訪れた。

 シンとした部屋。遊びから帰っていると思われる子供たちの声が外から響く。

「うまくなんて……やれてないよ」

 返事をくれる人が誰もいないこの部屋で私は一人呟く。

 高校までの友人が誰一人としていない大学に入り、確かに友達はできた。普段一人でいるわけでもないし、孤立しているだけでもない。それでも、深い意味での交流はこの一年取れていなかった。

『明日のサークルの後に家に泊まりに来る?』

『あ、行く行く。それじゃ、お菓子とか持っていかないとね』

『ごめ~ん。その日バイトあるんだ』

『そうなんだ。それじゃ、今度また遊ぼ』

 目の前でそんな会話が繰り広げられていても私は“なんとなく”その輪に入ることができなかった。理由なんて言ってしまえばくだないもので、彼女たちと私が住んでいる場所が少し離れているということだった。

 電車を二つ乗り継いで往復にかかる時間が約四十分。たったこれだけのことだった。

『そういえば  は今日どうするの? 家に来る?』

 優しい彼女たちは私を誘ってくれるが、

『あ、でも家遠いから止めとく』

 と言う言葉で私は否定してしまう。

『そっか~。それじゃ、またね』

 そういい残して彼女たちは再び泊まりの話を再開する。一番最初に同じようなことがあった時に言った言葉が今となっては決まり文句になってしまった。その気になればいつだって泊まることもできるはずなのに、私たちの間ではこのことが“なんとなく”こういった形であるのが自然だと認識されてしまったのだ。

 今となってはこのことを後悔している。どうしてあの時、一番最初のあの時に否定をしてしまったのだろう? もし、あの時肯定していたのなら。もし、次に誘われたときに泊まりに行っていたのなら。

 もし、もし、もし……。

 そんな今となっては意味のない考えが毎日のように頭をよぎる。大学から帰り、一人になるとそれはさらに顕著に現れ、私の心の不安を煽り、意味のない被害妄想を抱かせる。

 もしかして、私嫌われてる? みんなと上手くやれてない? 私のいないところでみんな私の陰口をたたいているんじゃないかな?

 気にしてもしょうがないことが幾つも幾つも浮かび上がり、胸が痛くなって息をするのも苦しくなる。

 こんな生活もう止めたい。一人になりたくないのに、みんなといるからこそ不安は生まれる。

……なんて矛盾。

『友達とは上手にやれてるの?』

 お母さんは気づいていたのかな? 嘘をついている私に。毎日自分の心に嘘をついている私に。

 部屋の空気を換えようと私は窓を開いた。

 茜空が窓から見える。夕日は沈みだし、空や周りを漂う雲は光によって揺れていた。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

「andante」(水聖さんのバトンより)

 秋が過ぎ、冬が近づいたある日。誰もいない教室を僕は一人で掃除していた。

 授業はもう全て終わっており、そのまま帰宅する生徒もいれば、部活動に向かった生徒もいる。僕は本来前者側で、いつもならこの時間帯には友達と家に帰っている途中だ。

 だけど、今日はちょっと失敗した。授業中に友達と携帯を使ってオンラインゲームを一緒にしていたところを先生に見つかったのだ。案の定僕の携帯は先生に取り上げられ、携帯を返す条件として教室の掃除を一人でする事になった。ちなみに、友達は見つからなかったので何もなかったのは言うまでもない。

 本来みんなでやるはずのことだったのを僕が一人でやる事になったと先生は帰りのSTでみんなに伝えた。それを聞くと、みんなはお礼の言葉や、馬鹿だな~とからかいの言葉を僕に投げかけた。しかし、誰も手伝うよとは言ってくれなかった。――みんな薄情だ。

 そんなわけで、みんなが教室から居なくなってからもうすぐ一時間ほど経つ。黙々と掃除をした結果、あと少しで掃除が終わる。

 それまで動かしていた手を一旦止め、教室の窓際に腰掛ける。窓越しに見えるグラウンドでは陸上部がトラックの周りを規則正しく並んで走り、野球部が声を張り上げて飛んで来る弾を受け止めている。隅の方ではテニス部が素振りの指導をし、サッカー部は一対一で一つのボールを取りあっていた。

 みんながんばっているな~と、どこか冷めた目で見ながらも僕はその光景から目が離せないでいた。

 あまりにもそちらに意識がいっていたせいだろうか、僕は教室の扉を開けて中に人が入って来ていた事に気がつかなかった。

 ガタッ! と机と机がぶつかる音がしてようやく僕は教室に他に人が入っている事に気がついた。

 先生が掃除の確認に来たのだろうと思った僕は慌てて視線を外から中へと戻す。しかし、そこにいたのは先生よりも会いたくない人物だった。

「あ・・・」

 予想外の人物の登場に思わず声が零れ出る。僕から十メートルほど離れた位置に彼女はいた。

「荷物・・・取りに来ただけだから」

「そう・・・」

 そう言われて僕はホッとすると同時に落胆した。なにか話しかけてくれると期待していたのだ。話したくないと思っているはずなのに。

 自分の席に着いて、置いてあるカバンから荷物を黙々と取り出す彼女。夏が過ぎるまでは毎日お互いの毎日を話し合い、くだらない事で笑っていた彼女との距離は今ではこれほど離れてしまった。

 あんなくだらない罰ゲームをしなければ、今でも僕と彼女は笑っていられたのだろうか?

 ――あれは、夏休みが終わって一週間ほど前の事だった。友達数人と遊んでいた僕は王様ゲームの罰ゲームとして誰か一人女の子に告白しなくてはならなくなった。

 この罰ゲームは王様ゲームを始めてから三回目で、僕の前に罰ゲームをやらされた二人はそれなりに仲が良くて、冗談の通じる相手に電話で告白をして「馬鹿じゃないの」と笑って振られていた。それを聞いていた僕たちは、その結果を聞いて割とショックを受けている当人を見て爆笑していた。今思えばなんて趣味の悪い事だろう。

 そして、ついに僕の番が回って来た。僕が電話をする相手は決まっていた。そう、彼女だ。

 春に同じクラスになった彼女は、容姿がよく、明るい性格をしていて男女を問わず人気だった。同性は友達として、異性は恋愛対象として。

 しかし、僕は珍しい事に友達としての彼女を求めたのだった。彼女もそれが気に入ったのか、それともただの気まぐれか、ふとしたきっかけを経て僕と話すようになった。

 最初は少ししかなかった会話も、時間が経って毎日話すようになるうちにその頻度も多く、時間も長くなって行った。

 くだらない冗談もお互いに言い合った。将来どうするかなんていう真剣な話だってした。彼女なら今から行う事も馬鹿な事だって笑って切り捨ててくれるだろう。そう思っていた。

 だからこそ、電話に出た彼女に告白したときに

「え・・・うん。あんたなら・・・べつにいいよ」

 と答えられて僕はうろたえた。

 予想外もいいところだった。本来ならここで振られたよなんて言ってみんなと一緒に笑って終わりのはずだったのに、計画が根底から崩されてしまった。

 黙っている僕を不審に思ったのか、周りにいる友達は「どうなんだよ」と答えを急かした。

 焦っていた僕は電話越しに答えを待つ彼女に、

「ごめん! 今の友達からの罰ゲームなんだ。冗談だから気にしないで!」

 と小さな声で言って通話を切った。

 そして、友達に向かって「うわ~駄目だった!」と言って同情されながらも笑われた。みんなに合わせて僕も笑った。だけど、胸の奥がズキっと痛んだ。

 次の日、学校に向かい、彼女に昨日のことを謝ろうとして話しかけた。彼女はそれに何でもなさそうにして「大丈夫だから、もういいよ」とだけ言った。

 それから、僕たちは徐々に話さなくなっていった。今では用事があるとき以外は話す事はない。

 原因が僕にあることも、そのせいで彼女との距離が離れてしまったとわかってしまっても、僕はどうすることもできなかった。勇気がなかった? その通りだと思う。

 そんなこんなで秋が過ぎて、もう冬が訪れようとしていた。時折帰り道で見る彼女は一人だ。そして、その姿をみて僕の心を痛ませるのは、彼女が以前と同じように、帰り道で自分の隣に一人分のスペースを空けて歩いているのがわかるからだ。

 僕は彼女を裏切った。うぬぼれだと言われようと、あの時の彼女は真剣だったんだろう。なのに、僕は彼女の奥に触れるのが怖くて、冗談にして逃げた。

 わかっていた。わかっていたさ、あの時彼女の声がかすかに震えていたのも、電話越しにでも伝わる想いも、答えを待つ間の張りつめていた空気も、すべて本気だった証拠だ。

 僕は、どうするべきだったか。・・・決まっている。仮に答えがNoだったとしても真剣に彼女と向き合うべきだった。それが、僕の後悔・・・。

 荷物を出し終え、彼女は席を立った。僕はそれを見送るしかなかった。

 彼女は教室の扉に手をかけ、そのまま出て行く・・・と思っていた。しかし、その前。本当に一瞬だけ彼女は僕の方を振り向いた。

 何かを期待するような眼差し。それを見て、僕は彼女がもう一度だけチャンスをくれているのだとわかった。

 サッと駆け出すように彼女は教室を出た。僕は持っていた掃除道具を床に放り投げ、急いで教室を出て彼女の後を追った。

 走る、走る、走る。彼女との距離はまだ縮まらない。帰宅部の運動不足がここにきて負担になっていた。

 廊下を駆け抜け、階段を下り、下駄箱でようやくその手を捕まえた。

「ま、まっ・・・て・・・」

 情けない事にちょっとの距離を走っただけで息が切れた。頭の中はぐちゃぐちゃ。何を言いたいのかもはっきりしない。

「・・・なによ」

 そんな僕を突き放すような冷たい一言。だけど、繋いだその手を振りほどかないでくれている彼女の優しさ。その優しさを裏切らないように、僕は答える。

「今日、一緒に帰らない?」

「・・・」

 悩んでいるのか、彼女は黙った。

 下駄箱を抜けた先から聞こえて来る声は、ものすごく近くにあるはずなのに、やけに遠くから聞こえてきた。その代わり、普段は意識しないと聞こえてこない心臓の音がやたら激しく耳に響いた。

 まだか・・・やっぱり駄目か? あの時彼女はこんな風に緊張して答えを待っていたんだろうか?

 今すぐにでもこの場を離れたくなる気持ちをどうにか抑えて、その場に留まる。今逃げ出したら、きっともう二度と彼女と話すことはできないだろう。

 本当に気の遠くなるような時間を経て、彼女の口が開いた。

「うん・・・。じゃあ、部活が終わったら正門で待ってて」

 そう言うと僕の手をそっとほどいて、彼女はその場を去った。

 僕は胸の奥から溢れ出る言葉にしがたい温かい何かに全身を満たされながら、下駄箱を後にした。浮かれた気分で教室に戻り、扉を開けたところでようやく自分が掃除をさぼってしまっていたことに気がついた。

 教室の中で待っていた先生に怒られて、携帯は没収されたままになった。

 待ち時間になるまで、少し前と同じように窓際からグラウンドを見る。前と違い、今は温かい目で頑張っているみんなを見る事ができた。頑張るみんなの中には彼女の姿もあった。

 時間になり、正門に僕は立つ。時間から三十分ほど過ぎているが、彼女の姿はまだない。

 もしかして騙されたのだろうか? あの時の僕への仕返しとしてこうして待たせて帰ってしまったのだろうか? そんな考えが一瞬頭をよぎるが、すぐさま否定する。きっと、少し遅れているだけだ。

 更に三十分が経った。まだ彼女の姿はない。

 さすがに少し寒くなってきた。それまで立っていて疲れた足を休めようと腰を下ろす。両手を擦り合わせて生じる摩擦で温まる。

 ふと、自分の目の前に影ができた。

 ああ、やっぱり彼女は来た。

「・・・おまたせ」

 待っているとは思わなかったのか、それとも知っていたからなのか、彼女はほんの少し気まずそうな顔をしていた。だから、僕はそんな彼女に気を使わせないように笑って答える。

「うん。じゃあ、帰ろうか」

 久しぶりに一緒に歩く帰り道。互いに何を話せばいいかわからず、その足取りは遅く、重ねる言葉はぎこちない。最初に話をして帰ったときよりもひどいものだ。

 だけど、一度崩れたものをまた積み上げようとしているのだ。最初はこのぐらいでいいのかもしれない。

 ゆるやかに、歩くような早さで、僕たちはまた関係を積み上げて行こう。

 今度はもう崩す事のないように。

 そう決めて、僕は片手をこっそり彼女の手に近づけた・・・

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終電のホーム、彼女の残影

 5000hit記念小説。

 ※注意※ この小説内には死生観について書かれています。人によっては不快になったり、納得のいかないと思ってしまう考え方があるかもしれませんので、了承できる人のみ読んでください。










 凍えるような寒さに身を震わせる冬の夜。僕は大学のサークルの飲み会を終え、終電に乗って家に向かって帰っていた。

 頭は金槌でガンガンと叩かれたような痛みが定期的に響いていて、足下もなんだかおぼつかない。他に誰も乗っていないのに、席に着くなんて事もできず、情けなく床に腰を降ろしていた。口から零れ出る息は酒臭く、せっかく店を出る前に胃の中の物を吐き出してすっきりしたっていうのに、その匂いを嗅いでまたしても気持ち悪くなってしまう。
 うとうとと意識が何度も途切れては覚醒し、その度に駅を乗り過ごしていないかと、わずかに残った理性で確認する。どうも、まだ目的の駅に着いてはいないようだ。

 それからしばらく時間が経ち、僕の中にある酔いもほんの少し和らいだ。目的地である藤岡駅まであと一駅。降りる準備をするために、僕は壁にもたれかかりながら立ち上がった。

「まもなく、藤岡駅。――藤岡」

 僕は扉の前に立ち、減速に身を引っ張られるのに必死に耐えていた。
 まるで不純物を吐き出すように扉が開き、僕は電車を降りた。この時間帯の駅のホームは閑散としている。田舎の駅にふさわしい寂れた外観と、それを灯す薄明かりが不気味さを漂わせていた。

 大学に通うために毎日使っている駅のホームだが、朝早くの時間帯はまだマシだと思う。電車の中は人で満員になるし、帰宅ラッシュの夕方時も多くの人が駅のホームに溢れかえる。

 それと比べると、今の時間帯のこのホームは、なにか別のような存在のように感じてしまうのだ。

 こんなことを考えるなんて、本当に今日は酔っているな……。

 普段は考えないような意味のないような事を頭の中で言葉にして並べる自分に対して自虐の笑みを浮かべていると、ふとホームの片隅に一つ人影があるのに気がついた。

 ホームの隅に添えられているベンチ。そこに一人の少女が座っていた。

 年の頃は自分より少し幼いくらいだろうか? おそらく高校生か、中学生だろう。どこのものかはわからないが赤色の生地に黒のラインの入ったダウンジャケットの下に制服を着ている。手には暖かそうな羽毛の生地でできた手袋をはめている。しかし、下はスカートなので、とても寒そうに見える。

 そんな風に思っていると、少女の方も同じ事を考えていたのか、一度立ち上がり、ベンチの上に敷いていた布を取り出して膝に掛けた。どうやら膝掛けを敷いていたらしい。

 こんな時間に何をしているんだろう? もうすぐ駅も閉まってしまうのに。誰かを待っているのか? と思ったが、最終電車はついさっき発車したばかりで、そこに乗っていたわずかな人の中でこの場に残っているのは、もう僕一人しかいなかった。

 じゃあ、彼女が僕を待っていたかと言えば、答えはNoだ。僕は彼女を見たのは始めてだし、彼女だってそうだろう。

 だったら、彼女は誰を待っているのだろう? 普段なら気にも留めないはずなのに、僕は酔っていたせいか、ついそんな事が気になった。そして、普段ならするはずのない、見ず知らずの女の子に自分から声をかけるなんてことをいつの間にかしていた。

「ねえ、何してるの?」

 少女に声をかけると、彼女は一瞬驚いた。しかし、すぐに元の表情に戻り、律儀に僕の質問に答えてくれた。

「いえ、特にはなにも。あえて言うならボーッとしてました」

 僕はそれを聞いて肩すかしをくらった。てっきり何かしらの理由があってこんな時間までホームに残っていると思ったからだ。しかし、同時に見知らぬ男性に急に話しかけられたから上手くあしらうためにこんな風に言っているのかなとも思った。

 そう考え、もう帰ろうと思っている自分を余所に、彼女に話しかけた口は止まらずに言葉を紡いでいった。

「ふ~ん。でもこんな時間まで外を出歩いていると危ないよ。もうすぐ日を跨ぐし、ここも閉められちゃうから早く出ないと」

 おせっかいな事に、つい少女に説教のようなことを言ってしまった。昔自分が言われてうんざりしたことを見ず知らずの他人に言っているんだと思うとなんだか可笑しかった。

 そんな僕の説教に彼女は苦笑した。酔っぱらいの戯れ言だと思ったのだろうか? 僕はちょっとムッとした。僕の方が年上のはずなのに、こうして向かい合っていると、なぜか彼女の方が年上のように見える。僕の様子に気がついた彼女は、

「あ、すいません。べつに笑うつもりはなかったんですけれど……つい」

 慌てて謝る少女はとてもかわいらしかった。こんなさびれた場所にはにつかわしくないほどに、彼女の笑顔は明るいものだった。

「いや、こっちこそ。怒ったつもりはなかったんだけど、なにぶんこんな状態だから……ね」

 そう言って僕は自分を指差した。電車の中にいたときよりも、マシになったとはいえ、まだまだ足下はふらついている。

 僕の冗談が通じたのか、彼女の口元はほんの少し上がっていた。

「あ、ちょっと待っていてくださいね」

 何かに気がついたのか、彼女はその場を立ち上がり、膝掛けを再びベンチの上に置いて自動販売機の方へと駆けて行った。

 立っている事に疲れた僕は彼女が今まで座っていたすぐ隣に腰掛けた。気を抜いたらもう寝てしまいそうな気分だった。

 カクン、カクンと頭が上下する。何度かそんな事を繰り返してハッとすると、目の前にはさっきの少女が立っていた。

「大丈夫ですか? よかったら、これどうぞ」

 彼女はそう言って、持っている缶コーヒーを僕に手渡した。

 手渡された缶コーヒーは温かく、この寒い中では必需品だった。温かい缶の体温は外気にさらされて急速に熱を失っている。白い湯気が空に舞上がり、ほどなくして消えてゆく。

 その光景を何故か儚いと感じながら、僕は缶のプルタブを開け、中に入っている黒い液体を身体の中へと放り込む。

 苦さを舌が感じると共に、身体の芯に熱が伝わる。凍っていた身体の末端は溶かされて、固まっていた神経がほぐされていくのがよくわかった。

 ホッと一息ついたところで、目の前の少女の腕には他に何もない事に気がついた。

「これ、ありがとう。ところで君の飲み物は?」

 尋ねると、少女は困った顔をした。そして、しばらく悩むそぶりを見せた後、

「私のはいいんです。今こうしてそれをあげたのも、ただの気まぐれだとでも思ってください」

「でも、寒いんじゃない? まだ中身半分くらいあるからよかったら飲みなよ」

 僕は少女から貰った缶コーヒーを少女に差し出した。少女はさきほどよりも更に困った様子で、キョロキョロと左右を見回し、

「そ、それじゃあ、いただきますね」

 遠慮がちにおずおずと手を差し出し、僕の手にあった缶コーヒーを取った。一口、二口と小さく開けた口に黒い液体を流し込んでいく。どうにも、彼女にコーヒーは苦かったのか、しかめっ面をして明らかに不味そうな表情を浮かべている。

「……にがぁ」

 案の定舌を突き出し、苦味を必死に外へ吐き出そうとしていた。

「コーヒー飲めないんだ」

 年相応(といっても自分より下ということしか分からないが)の表情を覗かせる彼女を見て、僕は苦笑した。

「はい。なにせ飲み慣れてないもので」

 それでよく飲もうと思ったものだ。いや、飲むように勧めたのは僕だったか。そうなると彼女には悪い事をしたな。

「そっか。じゃあ、飲めない物を無理に飲ませちゃったね。ごめんね」

「いえいえ、勝手に飲んだのはあたしなんですから、気にしないでください。それにこのまま飲まないでいるのもあれかな~なんて思ったんで」

「どういうこと?」

「あ、なんでもないです。たいしたことじゃないので」

 彼女はそう言うが、僕はどうも気になった。おそらくだが、彼女みたいな子がこんな時間にこのような場所にいるのは、きっとそのたいしたことじゃない事が原因なのだろう。

「もし、よかったらでいいんだけど話くらいなら聞くよ。コーヒーを奢ってもらったことだしね」

 軽めの調子でなるべく彼女が話しやすくなるように僕は言った。彼女はそんな僕の反応が意外だったのか、口を開けて一瞬惚けていたが、すぐにクスリと笑い、

「じゃあ、せっかくなので聞いてもらおっかな。酔っぱらいさんが相手なんで絡まれた時点で話さないといけなかったんですよね」

 軽口を叩いた。

「あ、言ったな。そりゃ、現に僕は酔っているけどさ。話を聞いたことの記憶がなくなるほどは酔っていないと思うよ」

「そうですか。でも、この話を覚えていてほしいかどうかは正直私にはわからないですね」

「ふ~ん。まあ、それは話を全部聞いてから考えるよ。面倒くさそうな話だったら忘れるつもり」

「……勝手ですね~。でも、いいです。それくらいでいてくれたほうが私も楽ですから」

 そして、白い吐息をハァ~と一度宙に吐き出し、彼女は語り始めた。

「お兄さんは人間関係について悩んだ事ありますか?」

「まあ、それなりには」

「私が悩んでいる事の一部がそれなんですよ」

 なるほど、年頃の少年少女がよく頭を悩ませるような悩みの一つだ。

「私の周りの子っていい子ばかりなんですけど、実はそれって表面上のことで、実際はみんな裏でいろんな事を言い合っているんですよ」

「彼女がうざい、ムカついた、死んでほしい。ブログだったり、SNSだったり、相手が気づかなければ問題ないと思っている。そんな周りに気がついていても何もできずに変わらない関係を続けて行くのが私は嫌です」

 よくある話だ。人間関係を築く中で、相手に全くの不満がないなんてことは、まずありえない。かといって仲のいい相手ほど溜まった不満をさらけだしづらい。そうして本人の与り知らぬところで陰口を叩いたりするしかない。そうして、何事もないように人間関係は続いて行く。

 それが嫌いな相手ならなおさらで、相手がいないネット上での陰口を叩くなんて事は今の時代ざらである。

「私が考えているのはそれだけじゃありません。親もそう。こうなってほしいから、自分の理想の子供になってほしいから、習い事を習わせて、私を型にはめる」

 彼女の言葉は止まらない。先ほど飲み干した黒い液体を、身体の中に溜まっていた黒いものを吐き出すほどの勢いで語って行く。

「それは君を想っての事じゃないかな?」

「そうですね、そういった面もあると思いますよ。でも、親だからこそ子供は自分の理想の子供になってほしいと思う面もある事は否定できないですよね」

 そうかもしれない、でもそんな風に思ってほしくはない。

「でも、人生なんてそんなものだよ。時には我慢しなくちゃいけない事もあるし、楽しい事だってある。君が今考えているような悪い事ばかりじゃないよ」

「はい、それもわかっています。私が今言った事はあくまで前提に過ぎないです。これから話す事が本題です」

 そう聞いて僕は先ほど温まった身体が急速に冷えていくのを感じた。冷や汗が一滴、頬に一筋の痕を残して垂れた。

「年を取るにつれて色々な人に出会い、関わり、時が過ぎて行きます。人に関われば関わるほど、自分がいなくなったときの影響はありますし、そのせいで生まれるしがらみも多くなります。
 だったら……だったら私の命は誰のものなのかなって思ったんですよ。
 よく、自殺をする人に対して、その命は一人のものじゃないから、大切にすべきだなんて言う人がいますよね。その人に関わった人は悲しむし、俗物的な言い方をすれば、それまでその人に費やしてきたお金の全てが無駄になるなんて事も言われています。
 それなら、個としての私の命をどう使えばいいのか。他人にその使用権を握られて自分のしたい事もできないのかって思ったんです」

「……考え過ぎだよ。そう思っているのは今だけさ」

「でも誰だって一度は考えると思いますよ。そして、これを考えて大人になった人は当時の自分を恥ずかしいと思ってそのまま過ごすと思います。そして、実行した人はその人にしかわからない答えを得たと思います」

 そこまで断言されて僕は何も言えなくなった。さっきまで自分を悩ませていた酔いはとっくに醒めている。今は酔いなんかよりも頭を悩ませることができたからだ。

 彼女の話を聞いて僕がわかる事。それは、今話した考えで僕が前者、彼女が後者だということだ。彼女に何があったのかはわからないが、今まさに後者の道を歩もうとしている。

「本当は今日この場でいなくなろうと思ったんですよ。でも、いざとなると踏ん切りがつかないもので、ずっとこのホームに座っていました」

 それで、こんな時間までこのホームにいたのか。僕は今更ながら納得をした。そして、彼女がまだ迷っているといるんじゃないかと考えた。

「いざとなるとそんなものだよ。誰だって君みたいな事を考えた事はあるだろうけど、実際にはできないものさ」

「そうですね。私もさっきまでそう思っていました」

 彼女の言いように僕は違和感を覚える。なぜ、過去形なのだろう? それに気づくのが怖くて、気づかないフリをして話を進めた。

「なら、今日はもう家に帰った方がいいよ。それで、温かい物を飲んでもう寝た方がいい。きっと君の両親も心配しているよ」

 僕がそう提案すると彼女は首を縦に振った。

「じゃあ、帰りましょうか。そろそろここも閉まると思うんで」

 そう言って彼女は立ち上がった。膝掛けをベンチに置いたまま。

「膝掛け置きっぱなしだよ?」

「ええ、それはもういいんです。必要ないので」

 僕たちは二人並んで駅のホームを出た。

 音という音のない真夜中。手を伸ばせば届く距離にいるはずの少女がどこか遠い場所にいるように錯覚する。

「あ……」

 別れの言葉を交わすべきか悩んでいると、ふと彼女が呟いた。

「雪……綺麗」

 言われて空を見ると爪先ほどの大きさの雪がはらはらと空に舞っていた。落ちて来るそれにそっと手を差し伸べると一瞬の冷たさとともに蒸発し、雪は姿を消した。

「また、会えるかな?」

 どうしてそんな言葉が出たのか自分でも不思議だが、いつの間にか僕はそんな言葉を口にしていた。同情、心配、罪悪感、単純な興味。そのどれもが言葉が出た理由としては適当だと思う。そんな僕に対して彼女は、

「さくらです、私の名前。覚えていてください、きっともう会う事はありませんけど」

 僕にコーヒーとほんの少しの会話と名前だけを残して雪の降り注ぐ道へと進んで行った。

 僕はそれに、彼女の背をそっと見送る事しかできなかった。


 それからしばらく時間が経った。冬が終わりに近づき、最近では春の息吹が近づいている。

 あれから、彼女と会う事は二度となく、かといって自分から彼女を探し出す気も起きなかった。

 たった一時会話をしただけの少女のことなど何故探す必要があるのだろうか? しかし、そんな風に考える自分の気持ちとは裏腹に、彼女との記憶は時間が経っても少しも消えてくれはせず、むしろ日に日にその記憶の色合いを増していった。

 駅のホームに降りる度、彼女の姿がないか確認するのが癖になっていた。

 終電のホームに行けばまた会えるだろうか? そう考えながらも、終電のホームに僕が訪れる事はなかった。

 そんなある日、テレビのニュースで一人の少女が自宅で亡くなっていたことが報道された。それは事件性もなく、自殺と断定され、本当に一瞬だけ紹介された。

 少女の名前は神谷さくら。高校二年生の少女だった。

 彼女が何を想い、どうしてその道を選んだのかは僕にはわからない。

 だけど、僕はきっとこの出来事を生涯忘れることないだろう。

 あの日、身体に染み込んだ温かさや、静かに一人ベンチの上に座っていた彼女の事を。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

Clover

「四つ葉のクローバーを見つけよう!」

 こんなことをきっと誰もが一度は考えて、誰かと、もしくは一人で探したことがあるんじゃないだろうか?

 少年時代、少女時代はみんな無邪気で、それを見つければ本当に幸せが訪れるって信じて、必死に探していた。

 クローバーの一つ一つに目を凝らし、四つ葉のものをみつけた!と思ったら、葉の裏にもう一枚隠れた小さな葉があったりしてがっかりして、意図せず四つ葉のクローバーを見つけた誰かが興奮しながら、一緒に探していたみんなに自慢するためにクローバーを持って駆け回った。

 それを見た私たちは自分が見つけられなかったことにがっかりして肩を落としながら、次こそは見つけてやる! って意気込んで自宅へとそれぞれ帰っていった。

 かつてそんな日々が確かにあったのを私は覚えている。

 そして、そんな風にして笑いあった彼らとの縁は今ではもうないに等しくなってしまったことも……。

 かつて、といっても十年ほど前のことだ。まだ小学生だった私たちは社会の情勢を気にすることも、就職について頭を抱えることも、上司の小言でストレスを溜めることとも無縁の世界にいた。

 よく寝、よく食べ、よく遊び、ほどほどに勉強をする。

 思えばあのころは時間が過ぎるのがとても遅かった。時間という概念にまだまだ捉えられていなかったからだろう。

 楽しむことを第一に考えて動いていた。

 だけど、年を重ね、人間関係に悩み、状況によっては思ってもいないことも口にしなければいけなくなり、勉強や習い事、アルバイト、残業、接待と色々なことに時間をとられるようになり、いくら時間があっても足りないと感じるように徐々になっていった。

 学校や仕事の帰り道に河川敷を通っても、周りの景色や花などには目もくれず、携帯電話をいじり、暇を潰したり、イヤホンから流れ出る音楽に耳を傾け、ほんの一時疲れを癒し、次の日にはまた同じような毎日が始まるのかと心の中で嘆きながら歩いていく。

 いったいいつからこんな風になってしまったのだろう? 嘆いたところで状況は変わらない。

 他人と関わり、自分を削られていく。一人になればいいのだろうか? そう考えて行動を起こしたとしても結局最後には人と人との縁の大切さに気づかされる。

 なら、どうすればこの疲れきった世界から抜け出せるだろう。

 たとえば、喧騒のない田舎町に行き、のんびりとした毎日を過ごす。

 たとえば、満天の星空を見に海外へと旅する。

 たとえば、昔同じ学び舎で過ごした人々と集まり、今の自分の現状を話し合い、愚痴を言い合ったりする。

 そう、たとえば……かつて一緒に遊んだ旧友たちと集まりクローバーを探すこと。

 大人になった私たちは言うだろう、

「そんなことは疲れるし、時間がもったいない」

 子供のころの僕らは言うはずだ、

「きっと楽しいはずだよ」

 子供のころの友人と大人になっても関わりを持っている人がいったいどれほどいるだろう?

 ほとんどの人は新しい環境で新しい関係を気づき、数年ごとにその大半の関係をリセットし新しい関係を始めるだろう。

 心にゆとりを持ち、過ごしている人がいったい今どれくらいいるだろう? 

 野道に生えている花に目を向ける人がいったいどれくらいいるだろう?

 人と人との縁は今となってはかなり薄いものになってしまった。

 一度離れた相手のほとんどは携帯電話のメモリーから名前を消去することで事足りてしまうほど。

 かくいう私もかつて、そのように一緒に過ごしてきた旧友たちの顔も思い出せないほどだ。彼らとの縁もほとんどないに等しい。

 意識せずとも今の世の中はそういうものだという感覚が刷り込まれてしまったのだろう。

 そして、そのようにある意味機械的に毎日を過ごして、ある日突然溜まった疲れが吹き出る。

 そんな毎日を過ごす私たちは、時折ふと目に入る綺麗な景色に目を奪われ、疲れきった心が癒されることがある。

 進んだ技術、過ごしやすくなった環境。

 自分が生まれる以前から努力を重ね、成功を積み重ねてきた先人たち。それは社会を過ごしやすいものにしてきたし、その恩恵を今の自分たちが受けていることも理解している。

 しかし、それを手に入れると同時に失ったものもきっとあるだろう。

 だからこそ、人は行き詰ったと感じたとき過去に捨てたものに心惹かれ、癒されるのだろう。

「四つ葉のクローバーを見つけよう!」

 子供から大人になり、環境や人と人との関係性が変わったとしても、この言葉を言える心を誰もが持っていて欲しい。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

「夢の始まり」

設定、制約:・作品キーワードのひとつに「イヴに世界とキミと」を入れる。
・文字数は30,000文字以内とする。
・作中、どこかに必ず「メリークリスマス○○」(○○は任意)の台詞をいれること。
・地球滅亡の危機が迫っており、主人公の活躍なくして危機回避できない。
・主人公とその仲間たちには特殊能力がない。
・地球温暖化を抑止するといったものはNG。
  殺人ウイルスの拡散を防ぐといったものならOK。
  (なるべく緊迫した、厨二な状況)
・PG-12……○
・R-15……○
・R-18……△(ノクターンかムーンライトでの公開とする)
・BLやGL……○
・二次創作……×
・連載からの外伝……×

 これは、ありえるかもしれない未来の話。

 度重なる自然災害によって荒廃した地球。かねてより地球を捨て、月への移住計画を立てていた世界政府は移住のための準備を着々と進めていた。
 少しずつテラフォーミングされていく月。そんな中、地球上にいる生物は荒廃した環境に対応しようと進化していった。それまで大人しかった生物は凶暴化し、異常な進化を遂げ、それまで被食の関係にいた生物が捕食者として人間を狩るようにまでなった。
 少しずつ減少する人類。壊されて行く移星のための施設。異常な事態が次々と起こる中、ある二つの団体が生まれた。
 一つは地球に留まり環境を元に戻す研究を続ける事を決めた人類「Earth」
 もう一つは移星を決断し、月での生活を決めた人類「Luna」
 二つの団体が生まれて数十年が経ち、地球には残り一つの脱出船とわずかな人類のみが残されていた。
 地球に残った研究員の予測ではあと一週間ほどで、これまでにない大規模での自然災害が起こり、完全に人が住める環境ではなくなるという。
 しかし、その災害を防ぐための機械がつい先日ようやく完成した。
 機械は全部で六つ。これをアフリカ、アジア、ヨーロッパ、南アメリカ、オーストラリア、南極の六つの大陸に設置する。そうすることで、機械間での共鳴を起こし、災害をコントロールするというものだ。
 一つの機械の設置には地球に残った人類の中から六人のエージェントが選ばれ、命をかけてそれを設置場所にまで運び、起動までの間機会を守るという役割を与えられている。
 残された期間は一週間。失敗は地球の滅亡を招く事になる。
 アジア大陸に機械を設置するメンバーの一人となった少年フィーアも、与えられた重大な責任と周りの期待に押しつぶされそうになりながら、命を共にするメンバーと共に作戦会議室にて説明を受けていた。
「残る時間はおよそ168時間だ。このミーティングが終わり次第俺たちは目的場所に向けて出発する。目的地までは約三日で着く予定だが、おそらく道中でトラブルが起こると思われる。最悪一人でも目的地にたどり着けば俺たちのミッションは達成だ。いいか、誰が死のうと振り返るな。気に留めるな。一瞬のためらいで死ぬ事になるのは自分だ! そこのところを常に気をつけておけ。――以上だ」
 メンバーのリーダーであるアインスが皆に激を飛ばして締めくくる。フィーアと十も年が変わらないアインスだが、持ち合わせたカリスマ性がそうさせるのか、そこにいるだけで皆に安心を与え、どんな状況でも的確な判断を下してきた事から、自然とメンバーのリーダーになっていた。
 そして、そんな彼から厳しい口調でありながら皆を気遣う激を飛ばされたことに気がついたフィーアは先ほどまで身に纏わりついていたプレッシャーが薄れたのを実感した。
「どうしたあ! 今更ビビっちまってんのか、フィーアよう」
 ドンと勢いよく背中を叩く衝撃と共に横に座っているフェンフが笑いながら話しかける。
「ちょっと、フェンフ。急に叩かないでよ。痛いってば」
「おうおう。なんだかお前が今にも逃げ出しそうなほど青い顔をしていたもんでな。ちょっとばかし気合いを入れてやったんだ。ありがたく思え」
 長く伸びた自慢の髭をフェンフは触りながら、カッカッカッと高笑いしていた。
 やれやれとフィーアが肩をすくめていると、フィーアの前に座っているドライが冷たい声で、
「何を笑っているんですか? 私たちにはもう残された時間はないんですよ。選ばれたものとしての自覚をもっと持ってもらわないと困ります」
「いいじゃねえか。残された時間が少ないからって悲観的にしたっていいことなんてなんにもねえぜい。そんな気を張ってばっかじゃいざって時に大事な判断を見誤る事になるぞ」
「余計なお世話です。そんなに気を緩ませているあなたこそ大事な時に気を抜きすぎて死ぬなんてことにならないように気をつけてください」
 フィーアと年も変わらない少女ドライは中年の男性であるフェンフにそう言い捨てると口を閉ざしてしまった。
「まあ、まあ。二人とも言い争いはそこまでね。ミーティングはもう終わりよ。今からあたしたちは人類の今後を決めるための任務につくの。気を張りすぎてもいけないし、逆に緩みすぎてもいけないわ。だから、油断せず、それでいて緊張しすぎずに任務に臨みましょ」
 そう言って二人にフォローを入れるのはメンバーのサブリーダーであるツヴァイだ。彼女は様々な人種が入り交じるこの会議室の中で唯一他とかぶる事のない黒色のロングヘアーをした女性である。もちろん瞳の色も黒で、これからフィーアたちがいく事になるアジア大陸には、かつて彼女のような人種がたくさん住んでいたと言われている。
 ちなみにツヴァイ以外のメンバーの髪色、瞳色ははアインスとフィーアが金髪青瞳。ツヴァイとゼクスが銀髪赤瞳。フェンフは茶髪緑瞳だ。
「ふん。なんでもいいが、外には俺たちを狩ろうとするモンスター共が大量にうろついているんだ。せいぜい怪我をしないように気をつけてもらわないと俺の仕事が増えて困るんだよ」
 と、それまで黙っていたゼクスが嫌味ったらしく皆に告げる。
「そんな事言うなよ、ゼクス。お前がいるからこそ皆安心して戦闘に集中できるんだから。」
「気軽に言ってくれるなアインス。怪我人なんて重傷なら捨て置く、軽症ならそもそも俺の手を煩わせてまで治療する時間は無駄以外のなんでもない」
「とは言っても何もしなかったら後一週間で世界は終わるんだ。一週間くらいは我慢して治療をしてくれ」
「ふん、仕方ない」
 腕を組み、椅子にふんぞり返り尊大な態度を取りながらゼクスは渋々納得した。メンバーの医療担当である彼は外にいるモンスターなどとの戦闘などで仮に誰かが怪我を負った場合などの医療を担当している。
「まあ、そんな怪我を負う前にわしがモンスターを狩ってやるから心配するな」
「フェンフがそう言ってくれると心強いよ」
 メンバーの護衛担当のフェンフは主に戦闘をメインにこれまで修練してきた。他の皆も戦闘訓練は受けてきたが、一番適正の高かったフェンフがより特化した訓練を受けてきたため、他のメンバーと比べてその腕は雲泥の差と言えるだろう。
「さて、おしゃべりはこれくらいにしておいて、そろそろ皆準備に入ろうか。三十分後にエントランスルームに集合だ」
『了解!』

リミットまで残り167時間。

 三十分後、準備を終えた六人はエントランスルームに集合していた。
「準備はいいか? と今更確認するまでもないよな」
 アインスの言葉にフィーアを含めた誰もが頷く。
「今から俺たちはヘリに乗り込み目的地近くまで移動する事になる。比較的モンスターが少ない地点で降ろしてもらい、そこからは徒歩での移動だ。各自自分に与えられた役割を自覚し、行動をとるように。もし、モンスターが出たとしても慌てずに対処するんだ。いいな?」
「わかりました」
 アインスの言葉にフィーアが答え、アインスが納得したかのように頷く。
「よし。それじゃあ今からヘリに乗り込むぞ」
 アインスを先頭に六人はエントランスルームを出てヘリポートまで歩いて行く。待機していたヘリに乗り込み、空へと飛び立った。
 フィーアは徐々に離れてく大地をほんの少し惜しみながら、空高く舞い上がったヘリの窓から荒れ果てた大地を見下ろす。
(この大地を、僕たちの手でかつてあった緑豊かな大地に戻すんだ)
 そのためにはまず終わりに近づいている世界を止めなければならない。この任務絶対に成功させてみせる。
 心の中で一人そう誓い、無意識に拳に力が入った。
「……」
 そんなフィーアの手にそっと手が重なった。
「……えっ」
 驚いて重ねられた手を見ると、それはフィーアの隣に座っているドライのものだった。
「全く。あなたは余計な事まで考え過ぎです。そんな背負ったところであなたにできることなんて限られているんですから、できることをしてください。緊張するなんてことは一人前の人がする事です。そんなものはあなたには必要ありません。わかりましたか?」
 きつい物言いだが、どうやら励ましてくれているらしい。年も近く、自分よりも要領のいい少女の言葉に情けなくも安心するフィーアだった。
「うん。ありがとうドライ」
 そう言うとドライは重ねていた手を離し、下を向いて黙り込んだ。
「おうおう。わしとはずいぶん対応が違うのう、フィーア~」
 茶化すようにフェンフがフィーアの肩を小突く。
「ちょっと、フェンフ。変な事言わないでよ」
「いいじゃあねえか。こっちは女日照りしとるんだからのう。なあ、ゼクス?」
「はっ! お前と一緒にするなフェンフ。俺は女なんてものに興味はない。俺が興味あるのは医療だけだ」
「なんだ、つまらんのう。お前さん人生を損しとるぞ。絶対」
「余計なお世話だ。人の価値観に口を出すな」
「ちょっと、二人とも止めてよ」
 言い争う二人と、それを止めるフィーア。そんな三人を見てツヴァイがくすりと微笑んだ。
「この任務が成功したらみんなでこうやって馬鹿みたいに話しているのも悪くないでしょうね」
「そうだのう。きっとその時の酒は格別だぞ! 今度は絶対に潰れるまで飲ませるからなフィーア」
「勘弁してよフェンフ。そう言っていつも最初に潰れるのフェンフじゃないか」
「そうだったかのう」
「またそうやって誤魔化そうとして。最初の一杯で酔っぱらうくせに」
「それはきっとお前さんの思い過ごしだと思うがの」
「全く、騒がしい奴らだ。少しは黙れ」
「お前さんは黙り過ぎじゃ、根暗」
「なっ! 誰が根暗だっ!」
 徐々に騒がしくなっていく機内。緊張や不安、そしてこれから起こるであろう様々な事への恐怖から無理をして明るく振る舞っている事をきっと誰もがわかっていた。
 しかし、誰もそこに触れようとしない。なぜなら、この六人は運命共同体で、誰かの不安は誰かが支えると決めているからだ。普段は仲が悪いように見えるフェンフとゼクスも心の底ではそれを理解している。
「そろそろ着くぞ」
 それまで騒がしかった機内がアインスの一言で静まり返る。皆呼吸を整え、気を張りつめ、意識を集中させる。
「連絡が入りました。各大陸のメンバーも所定位置に到着したようです」
 連絡役であるドライがアインスに報告する。
「よし、それじゃあみんな後五分後に着陸。ミッションスタートだ」
『了解!』


 五分後、目的地に到着した僕たちはヘリから降り、足早にその場を離れた。ヘリもすぐさまフィーア達のいた施設に向けて離陸した。これまでは空を飛ぶモンスターが少ない地域だったが、ここからはそうもいかない。そのため、設置ポイントからモンスターが出ない一番近い距離までヘリで来た後の移動方法は徒歩になる。
「気をつけろ。まだ出てきていないが、ヘリの音を嗅ぎ付けてこちらに向かってきているモンスターがいるかもしれない。各自周囲に気を配りながら進むぞ」
 周囲に目を凝らしながら慎重に、かつ迅速に六人は進んで行く。ドライがアインスとツヴァイに通信の報告をし、二人がルートを確認したり、他のメンバーの状態を見る。フェンフは気楽そうにしているように見えながらも、腰に掛けてある銃に常に手を掛けながら歩き、ゼクスは皆の体調などを確認しながら携帯食料をかじっている。フィーアは肩に背負ったバックパックの中にある機械の重みを実感しながら皆の後ろを歩いていた。
「よし、この辺りで一度休憩しよう」
 ヘリを降り、歩き始めてから約三時間。先頭を歩くアインスがそう告げた。腰を落ち着けれそうな岩をそれぞれ見つけ、そこに座る。
「ここまではなんとか順調にくることができたのう」
「そうだね。今のところはモンスターも出ていないみたいだし、このペースなら予定の三日以内につけるかもしれないね」
「いや、フィーア。気を抜くのはまだ早いぞ。まだまだ目的場所まで距離はあるんだ」
「そうだね、アインス。ごめん、ちょっと気を抜きすぎた」
「いや、いいんだ。俺は指揮官だからな。常に最悪の展開を想像して任務を進めなきゃいけない。だから順調に言っていてもついつい悪い方に考えがいってしまうんだ」
「二人の言っている事はどちらも正しいわよ。それぞれの役割をそれぞれがこなす。それがあたしたちでしょ? アインスは指揮官だから皆にとって厳しい事を言わないといけないし、みんなのサポートが担当のフィーアは今の皆の様子を見て気持ちを代弁してくれてるんだから」
「そうだな。俺もこのまますんなり行けばいいと思っているよ」
 そうアインスが言ったときだった。
「みんな、気をつけろ!」
 フェンフの怒声と銃声が辺りに響き渡った。
「モンスターか!」
 アインスはすぐさま足に掛けてあったホルスターから拳銃を取り出し、構える。他の四人も同じように銃を構える。
 ギャンッ! という鳴き声が聞こえ、フェンフも銃の引き金から手を離す。声のした方を見ると、かつてチーターと呼ばれた動物によく似た生物が茂みに倒れ、血を流して絶命していた。ただ、その生物はかつての生物と違い、牙が伸び、牙の先からはポタポタと液体が零れていた。
「毒持ちだな。早めに気づけてよかった。かすっただけで重傷ものだ」
 絶命した生物を見下ろし、ゼクスが呟く。
「毒に対する薬はあるんだろう?」
「ああ、一応な。ただし、数に限りがあるからいちいち使っていたらキリがないけどな。しかし使わなかったら死ぬ。最悪だな」
「しかも今殺したこいつはまだ子供。大人はこの倍以上の大きさだしのう。移動の速さも毒の強さも桁違いじゃ。今の銃声を聞きつけてここに来るに違いないのう。急いで移動した方がいい」
「わかった。みんな、聞いての通りだ。休憩は終了。直ちにこの場を離れるぞ」
『了解!』
 それからフィーアたちは先ほどよりも更に息を潜め、周りを警戒しながら先へと進んで行った。妙な磁場があるのか、ドライの通信も上手くいかなくなり、ほんの少し前まで順調だった道行きは一気に不安な物へと移り変わって行った。

リミットまで残り158時間。

「交代だ、フィーア」
 暗闇の中、研ぎ澄まされた意識をかき消すようにして不意に聞こえた声でフィーアは目が覚めた。
「うん、わかったよアインス」
 半分起きたように近い眠りだったが、それでも多少は疲れが抜けた。これまでの行進で休んだとマトモにいえるのは結局最初の休息のときだけだった。いつモンスターに襲われるかわからないとのことで、今日は休まず歩き続けたのだ。
 そして今、二人の見張り役を置き、それぞれ二時間おきに交代している。フィーアの前に見張りをしていたアインスとドライが今度は休息を取り、代わりにフィーアが見張りに立つことになる。
 その場を立ち上がり、見張りの定位置へと向かう。フィーアが見張り場所に向かうまでアインスはその背を見守っていた。
(う~ん。やっぱり頼りないのかな? アインスもみんなもいつも僕のこと心配してるし)
 重大な任務に選ばれた一人といえ、フィーアの実技成績はどれも中途半端なものだった。どれもそつなくこなせるが、専門的な役職となるとどれも自分の上に誰かがいる。言ってしまえば器用貧乏だった。
 そのせいか、今回の任務でも支援担当という役職を与えられ、実質誰かのサポートでしかない。しかも、あまりにも重大な任務だからこそ、逆に自分のサポートが他の皆の邪魔にならないかという思いがあった。
 見張り場に着くと、そこには既にもう一人の見張り番のゼクスが座っていた。
「ん? なんだ、フィーアか。そんなところで突っ立っていないで座ったらどうだ?」
「あ、うん。今座るよ」
 近くにある木を背もたれの代わりにして地面に腰を降ろす。
「……」
「……」
 それ以来二人の間に言葉はなくなった。今の状況から雑談をして楽しむという雰囲気ではないのだが、互いの間に全く会話がないのも困りものである。
 そうはいっても、フィーア自身も会話に自信があるわけではなかった。フィーアたちにとっての日常は過酷な訓練がほとんどで穏やかな日常というものはほとんど存在しなかったからだ。
 だからこそ、この任務に参加している誰もが生き残った先に存在する穏やかな日常を夢見てこの日々を生きてきたのだった。
 そんな想いを胸に抱きながら、フィーアはふと空を見上げる。煌めく星々に囲まれながらその一部を黒く染めた月がぽつりと夜空に浮かんでいた。
 あそこには地球を捨て、新たなる土地を求めて旅立って行った人々がいる。地球を捨てた彼らをこの星に残った人類の中には嘲笑したり侮蔑したりした人もいた。諦めるのはまだ早い、なぜそうまでして新しい土地を求めるのかと。
 しかしそんな人々に旅立って行った者たちはこう言った。
「では、貴方たちにはこの星が救えるというのか?」
 その言葉に誰もが黙ってしまったという。そう、残された誰もがわかっていたのだ。どうすることもできないと。
 しかし、今は違う。どうにかすることができるのだ。
 暇になったのかゼクスは小型の電子子機の電源を作動させ、空中に電子画面を立ち上げ、読書を始めた。読んでいるのはおそらく医療関係のデータだろう。
「ねえ、ゼクス。ゼクスはさ、新しい世界ではどんな風に生きたい?」
 ふと、そんな問いがフィーアの口から零れ出た。
「なんだ、まだ任務が始まって一日も経っていないのに、もう成功した後の事を考える余裕があるのか?」
 視線を画面から動かすことなくゼクスは淡々と質問に答えた。
「い、いや。そんなつもりは……。だけど、みんなもしこの任務が終わったらどうするんだろうかなって思って」
 それから少しの間ゼクスは無言でいたが、やがてため息とともに電子子機の電源を切ると、
「はぁ。おれはな、この任務が終わったらお前みたいに心配ばっかりして不安にしている馬鹿共の頭を治療して馬鹿が馬鹿にならないようにするつもりだ。学習能力のないフェンフのように何度も何度も怪我をして俺の仕事の邪魔をしないように怪我をしないようにさせない環境を作って、穏やかにコーヒーでも飲みながら医療の研究をしていることだ」
 言い方は乱暴でちゃんと聞いていないと誤解してしまうかもしれないが、ゼクスの言ってるのはつまり誰かが今みたいに怯えたり不安にならず、かつ怪我を負う心配をしないような世界にしたいということだ。
 それを理解したフィーアは思わず吹き出した。
「ゼクスってさ、ホント素直じゃないよね」
 天の邪鬼で、口の悪い医療担当。そんな彼の「未来」を聞いてフィーアは
(うん。そんな未来に僕たちがするんだよね)
 任務に対するやる気を今まで以上に心に灯した。
「なんだ、人の読書の時間を邪魔してまで、そんな事が聞きたかったのか。いいから黙って見張りを続けろ」
 ゼクスも一応見張りなんだけどとフィーアは内心で苦笑しながら見張りを続けるのだった。
 ゼクスは再び電子子機の電源を入れ、読書を再開した。互いに無言のまま夜は更けて行く。しかし、そこに気まずさなどといったものはもうなくなっていた。

リミットまで残り118時間。

 フィーアとゼクスが未来について話し合った日々から既に二日が経った。その間の進行中比較的小型のモンスターと接触はしたが、未だに大型のモンスターとの接触はなかった。なるべくモンスターとの遭遇率が低いルートを通っているので、当たり前と言えば当たり前だが。
 しかしその代償として進行のペースは当初の予定よりも大幅に遅れていた。予定では今日に着いてるはずの目的地だが、未だその半分ほどしか進んでいなかった。
 そのため、本来なら急速に当てるはずの夜も、無理を押して行進を続けていた。
「なあ、アインスよ。そろそろ一度休息をとってはどうかのう。皆疲れておるようだし」
「いや、本来ならそうしたいところだが、今の状態で休息を繰り返していると下手をすれば間に合わない可能性が出て来る。ここは無理をしてでも行進を進める」
「ん。そういうことならしかたがないのう」
 一列になった列の先頭と最後尾で会話をする二人。戦闘を歩くのはアインスそして最後尾に護衛約のフェンフ。
 アインスから順にツヴァイ、ドライ、フィーア、ゼクス、フェンフと続いていた。
 そして会話が途切れた今。再びさっきまでのように無言の行進が続く。この一日で会話があったのは数えられるほど。方向の確認をアインスとツヴァイが話したのと、他の隊の現在の状況確認のためアインスとドライが確認作業をし、そして今のフェンフとアインスとの会話だけだ。
 一日ただ行進するだけなら訓練を積んできたメンバーの誰もが(ゼクスは例外)休息を取らずとも無理を通せるが、昨日からずっと歩き尽くめだったため、さすがに皆の顔に疲労が見えた。
「そう言えば、みんなクリスマスって知ってる?」
 重くなりつつあった隊の空気を和ませようとツヴァイがふいに皆に問いかけた。
「クリスマス? えっと、それってなんのこと?」
 問いかけられた言葉はフィーアにとって聞き覚えのないものだった。前を歩くドライにも確認をとるが、ドライも小首をかしげていた。しかし、その言葉を知らないのは二人だけの用で、他の三人はみな知っているような態度をとっていた。
「ふん、そんな事も知らないのかお前等。いいか、クリスマスというのは……」
 小馬鹿にした態度でゼクスが説明しようとしたところ、
「クリスマスっていうのはだな、昔のとある宗教の偉人の生誕を祝う記念日の事をいうんだぞ」
 ゼクスの言葉を遮るようにフェンフが説明をした。
「なっ! お前、このおれがせっかく説明をしてやろうとしていたのを邪魔して」
「いいではないか。誰が説明しても減るもんでもあるまいし」
 言い争いを始めた二人に変わってアインスが説明を続けた。
「今ではそんな言葉も記念日もほとんど無くなっちまったけどな。まあ、こんな世の中じゃしょうがないともいえるが。とまあ、簡単に言うとクリスマスっていう日にはみんなで騒いで楽しんでいたってことだよ」
「それはちょっと簡単にしすぎなきもするけれど……。まあ、アインスが言ったみたいに大まかに言ってしまえばみんなでその日を祝って穏やかに過ごしていたらしいわ」
「へ~。そんな日が昔はあったんですね」
「そうね、今で言うとちょうど任務が終わった翌日がこの日に当たるわね」
「ちなみにな、クリスマスの前日の事をクリスマスイヴというらしいぞ」
「そうなんだ。ちなみにフェンフはどこでその言葉を知ったの?」
「ん? わしは基地の書庫にあったデータから適当にコピーした『イヴに世界とキミと』という書物からな。ちなみに恋愛ものだぞ」
「いや、内容までは聞いてないから」
 フェンフの容姿に似合わない趣味にフィーアが苦笑していると、その前を歩いていたドライが顔を後ろに向け、
「その内容はどのようなものだったのですか」
 と、実に興味深そうに尋ねていた。
「どうした? 興味があるのか?」
 ニヤニヤと笑みを浮かべて顎をさすりながらフェンフはドライを見下ろしていた。
「まずその気持ち悪い笑みを止めてください。背筋が寒くなります。それから問いかけられた質問には迅速に答えるように」
「了解、了解っと。そうだのう、まあざっくり説明すると恋人がそのクリスマスイヴの夜に甘い時を過ごして、お互いの愛を確かめ合いながらクリスマスを迎えるというものだのう」
「ふむふむ。なるほど、それで二人は幸せのまま終わったの?」
「いいや、その次の日にはきっぱりと別れて終わってしまった」
「なにそれ! 救いも何もないじゃないか! 何でそんな話題を今するんだよフェンフは!」
「お、おおう。そんなに怒るなフィーア。ちょっとした冗談ではないか」
「勘弁してよ。さすがに冗談にならないってそのオチは」
 心臓に悪いと、フィーアは呆れてため息を吐く。他のみなも似たような反応をしていた。
「ま、まあ。書物ではそんなオチだったかもしれないけれどさ、俺たちは最高の結末を自分たちの手でつかみ取ればいいだけだって。フィーアもそんな気にするな」
 すかさずアインスがフォローをいれる。こういった気配りはさすがというべきだろう。
「いや、そんなに心配はしてないよ。皆と一緒だからね」
「お、言うようになったな。それじゃあフィーアにはドライの荷物を少し持ってもらうとするか。雑談をして誤魔化していたようだけど、ドライ。お前もう結構限界がきてるだろう」
 アインスにそう言われてドライを見ると、たしかに額に脂汗が滲んでいた。
「心配ありません。この程度なら問題ないです」
「ん~そうはいってもな」
「アインスもミーティングの時に言ったじゃありませんか。一瞬のためらいが自分を死に導くと」
「ま、たしかにそういったが、それはあくまでそいつが死んだらの話だ。生きている間は助け合うのが仲間ってもんだろ」
「しかし……」
「いいから、早く荷物持ってもらえ。無駄に時間が過ぎるのが好きなお前じゃないだろ?」
 アインスのその一言で観念したのか、渋々ドライはフィーアに荷物を手渡した。
「気をつけてくださいよ。一応これらの扱いについてはあなたも学んでいるのでこんな事言う必要はないでしょうけど」
「うん、ドライもあまり無理しないで。アインスも言ったけど、僕たちは仲間なんだから」
「……わかりました」
 ドライから荷物を渡されたフィーアはそれを肩に背負った。
 そして、さっきまでのように全員が歩き出そうとした。

――その時だった。

「おい、何か聞こえないか?」
 緊張した声でゼクスが問いかける。その言葉に他のメンバーも辺りを見渡して警戒態勢をとる。
「フェンフ、何か聞こえるか?」
「いんや、わしは何も聞こえないが。空耳という可能性はないか? ゼクスよ」
「いや、それはない。今もずっと聞こえてる。小さいがこれは息づかいだ。まだ距離はあるが俺たちを見ているぞ! 気をつけろ」
「そうか、わかった。みんな、気をつけろ。何かいるぞ」
 アインスはそう言うと、周りを警戒しながらゆっくりと歩を進め始めた。
 ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。鼓動は早く、息は緊張で切れ切れになった。じわりと肌にまとわりつく嫌な空気。なにかとてつもない不安が隊の周りを覆っていた。
 反応にいち早く気がついたのはツヴァイとドライだった。
「下よ!」「下です!」
 声とともに全員が飛び上がる。しかし、一瞬反応が遅れたゼクスの足首に触手のようなものが巻き付いて、浮いていた身体を地面に叩き付けた。
「……クッ!」
 とっさに持っていたレーザーナイフで触手を切り取ろうとしたゼクスだったが、触手の皮膚が厚いのか、刃が皮膚に通らない。
「マズい! フェンフ!」
 名前を呼ばれたフェンフの行動は早かった。触手の先にある本体めがけて銃を連射した。
「どうじゃ、これで少しは・・・」
 大人しくなる。そう言いかけてフェンフの言葉は止まった。触手の先、奥の大岩に隠れていたのだろう本体がゆっくりその姿を現した。真っ赤な血のような赤い瞳、大量の体毛に覆われた顔から隠れ見える鋭く長い牙。四本足で佇むその全長は三メートルを超すだろう。身体の末端にある尾は五つの触手から別れており、尾の端には別の生き物のような顔と牙が存在している。
 その姿に誰もが息をのんだ。あれは、マズい。人の手に負える者じゃないとそう思わせてしまうほど、圧倒的威圧感だった。
「……いいか、フィーア。合図をしたらお前とドライで先に駆け抜けろ」
 銃を構え、相手を牽制しながら、アインスが告げる。
「え……」
 突然のことにフィーアは戸惑った。
「俺たちはしばらくここであいつの相手をする。その間にお前等二人で先に進むんだ」
 それがどれだけ危険なのかという事をフィーアは理解していた。そして、その選択によって誰かが犠牲になるという結末も……。
「そんな顔をするな。なに、俺たちもすぐに追いつく。だから、お前たちは先に行け。ドライなら常に連絡を取ってくれるから他の隊の状況もすぐに知らせてくれる」
 不安な想いがいつの間にか表情に出ていたのか、アインスはすぐにそれに気がつきフィーアをなだめ、そして諭した。
 大丈夫だから、と。
 きっとまた全員で再開するからという想いで。あるはずのない未来を口にして。
 それがわかっていたからこそフィーアは、
「わかった。みんな、気をつけて」
 それだけを言い残してドライとともに先に進んだ。そして二人が駆け出してすぐ、後ろから大量の銃撃音が鳴り響いた。
 ただの一度も振り返ることなく、前へ、前へと二人は進む。


 フェンフのフォローによってどうにか触手、もとい尾の拘束から抜け出したゼクスが呟く。
「いいのか? あんな無責任な事言って。あいつのことだからきっと本気で信じてるぞ」
「いいではないか。信じているのならその信頼に応えるのがわしらだろう。それともお前さんはこの状況でもう諦めておるのか?」
「馬鹿いえ、この程度のことでおれが諦めるわけないだろうが」
「その意気じゃ、その意気」
「くっ! 馬鹿にしやがって」
 二人の間に叩き付けられる尾をよけながら、会話は続く。
「しかし、どうしたものか。実際この状況はマズいと思うぞ。ツヴァイお前はどう思う?」
「わたしもそう思うわ。相手がこの一体ならある程度応戦して散開して逃げるっていう手もあるけれど。わたしたちの交戦している音を聞きつけて他のモンスターが来る可能性も高いわ。そうなったら逃げる事なんてほとんど不可能に近くなると思う」
「そうか。じゃあ、今すぐ俺たちもあいつ等の後を追うか、ここでこいつの相手をするか、どっちを選ぶ?」
 アインスの問いかけに三人は顔を見合わせ、
「そりゃ、もちろん」
「今ここで」
「こいつの相手をするに決まってるわ!」
 毒の塗られたナイフをモンスターの空いた口元を狙ってツヴァイが投げつけ、そのすぐ後に、麻酔銃を構えたゼクスがモンスターに向かって銃を発砲する。そして最後に二人に気を取られていたモンスターの横腹に大量の銃弾をフェンフが撃ち込む。
 血を吐き出し、モンスターの身体がよろめく。しかし、倒れるまではいかなかった。
「なるほど。見た目同様体力のほうも化け物みたいだな。今まで狩ってきたモンスターとは桁が違うぜ」
「そうじゃのう、こんなやつがいたらいくらわしらが逃げてもすぐに追いつかれそうだのう」
「だからこそわたしたちが残ってるんでしょう?」
「ああ、今ここでこいつにフィーアとドライの後を追わせるわけにはいかないからな」
 フィーアたちが走り去った跡を守るように四人がモンスターの前に立ちふさがる。
「さあ、みんな。俺たちで世界を救おうか」
『了解!』
 アインスの言葉を号令に、四人はモンスターに立ち向かって行った。

リミットまで残り100時間。

 フィーアたちがアインスたちと別れてから既に半日以上が経った。アインスが言った通り、二人はひたすら目的地に向かって進んでいた。これまで目的地へのルートを確認していたアインスとツヴァイの役目をフィーアが代わりに果たし、連絡役はこれまで通りドライに任せている。
 奥に進むに連れてより酷い環境が次々と目の前に広がって行く。鼻を駄目にさせるような腐敗臭。照りつける日射し。それとは真逆の冷たい空気。木々は枯れ、岩と砂でできた土地だった。しかし、少し先の景色には多い茂る森が見える。環境そのものが狂っていた。
 特殊なマスクとフードをかぶり、二人は無言のまま進んで行く。時折、ドライが定時連絡として他の隊の状況を知らせてくれるほか、二人の間に言葉はなかった。
 重苦しい空気が漂う中、先に口を開いたのはドライだった。
「そろそろ休憩を入れてはどうです? もうずっと歩き尽くめですし。幸いここならモンスターが現れればすぐにわかります。遮蔽物などほとんどありませんし」
「……そうだね。一度休憩しようか」
 荷物を地面に降ろし、二人はその上に腰掛けた。歩みを止め、立ち止まってしまったフィーアの頭には考えまいとしていた事が次々と浮かんできた。
「みんな、どうしてるんだろう。大丈夫かな? ううん。きっと大丈夫だ。すぐに追いつくって言っていたし。僕たちはそれを信じて進むしかないんだ」
 フィーア自身それがどれほど可能性の低い希望だという事は理解していたが、口に出さなければ心が折れてしまいそうな想いだった。
 覚悟はしていた。……そのはずだった。
 仲間を一人も失わないで世界を救おうなどということが、どれほど傲慢かということをここに来て思い知らされただけなのだ。
 送り出されたものは先に進むしかない。それが二人の義務であるから。
「そうですね。きっとみなさん大丈夫だと思います」
 慰めにもならない同意の意見を言葉にしてフィーアとドライの間に言葉はなくなった。
 しかし、冷静に努めよう努めようとしていたフィーアはだからこそ気がつかなかった。
 ドライがずっと通信を続けていた事によって得ていた情報を。それを動揺して冷静ではないツヴァイに伝えて絶望しないようにしていた事を。
 他の隊もフィーアたちと同じようにほぼ全滅に近い状況になっているという事を。

 リミットまで残り48時間

 リミットまで残り48時間を切ろうとしていた。覆い茂る木々の群れを抜けて、目標地点までフィーアたちはようやく辿り着いた。
 森を抜けた先にあったのは巨大な水晶が地面から生えている不思議な光景の土地だった。
 その幻想的な景色におもわず二人は立ちすくんで目を奪われた。
「……すごい」
「……はい」
 目的地へと辿り着いた喜びなど忘れて、二人はただただその場に立ちすくんだ。
「僕たち、やっと辿り着いたんだ」
 感慨深そうにフィーアが呟く。
「ええ、やっと辿り着いたんですよ」
 フィーアの手をそっと握りしめてドライが頷く。ヘリの時には驚き慌ててしまったその行動も今のフィーアに撮ってはただ温かくありがたいもので、ドライが寄せた手をフィーアはぎゅっと握り返した。
「……行こう。設置ポイントはもう少し先なはずだ」
「そうですね。行きましょう」
 二人は手を握りしめ合ったまま機械の設置ポイントへと向かい始めた。
 歩き始めて気がついたことがあった。水晶だと二人が思っていたものは近づいてみると違うのだと理解した。見た目は水晶のように見えるが、その中にはいくつもの光が漂っていた。
「これ、なんだろう?」
「どうでしょう? わたしたちは水晶だと思っていたようですけど、どうやらこれは違うようですね」
「うん。なんだかこの結晶自体が生きているようにも思えるんだけど気のせいかな?」
「いえ、わたしも似たような事を思っていました。たぶん、この結晶は生きているんでしょう」
 よくわからない水晶、もとい結晶について考察しながら、二人は辿り着いた設置ポイントにて機械の設置をしはじめた。
「他の隊の様子はどう?」
「大丈夫です。今のところ、わたしたちを含めて四つの部隊が設置ポイントに辿り着きました。後の二部隊もおそらく今日中に着く予定です」
「そう。それならもう地球は大丈夫そうだね。これで僕たちのやったことも意味があったんだって誇る事ができるよ」
「そうですね。月に逃げて行った人たちに唾を掛けてやりましょう」
「いや、それはちょっと……」
 苦笑しながらもフィーアはドライとともに色々な事を話した。
 これまでの訓練。楽しかった事、辛かった事、逃げ出したいと思った事があった事など。
「意外だな~ドライは絶対に訓練から逃げ出そうなんて思ったことないと思っていたのに」
「心外です。わたしだって人間なんですから嫌な事から逃げ出したいと思う気持ちの一つや二つは当然あります」
「ごめん、ごめん。でもそれならどうして訓練から辞退したりしなかったの? そうできる機会は今までいくらでもあったはずなのに」
 フィーアの言う通り、この部隊に入るための訓練は応募による自主的なものだった。やめたい者は切り捨て、それでも残って厳しい訓練を耐え抜いた者たちの中から選ばれたのが今のメンバーたちだった。辛く投げ出したいと思ったら、いつだってそうすることができたのだ。
「……はぁ。やっぱりあなたには自覚が足りてないですね」
 問いかけたフィーアの顔を見てドライがため息を吐く。どうやら本気で呆れているようだ。
「えっ? なんでそんな態度をとるの。僕関係ないはずでしょ?」
 フィーアのそんな態度にドライはとうとう我慢の限界が来たのか、少し怒鳴り気味にこう答えた。
「わたしが諦めなかった理由についてあなたは覚えてないでしょうね。ええ、そうでしょう。あなたにとっては本当になんともないようなことでしたから!」
「ちょっと、ドライ。そんな怒鳴らないでくれよ。もしモンスターが近くにいたら気づかれる」
「大丈夫です。辺り一面水晶だらけならモンスターが来てもすぐに気づけますから」
 話を逸らそうとしたフィーアの言葉をあっさりと論破してドライは続けた。
「あれはわたしたちがまだ訓練生だったときの事です。わたしは他の人に比べて思った以上に結果が出せずに落ちこぼれの烙印を押されかけていました。そんな時、わたしは既に落ちこぼれ扱いされていた一人の訓練生の噂を聞いたのです」
「それって……」
「そう、あなたのことです。落ちこぼれの烙印を押された者はたいていその後の訓練について行けず訓練をやめてしまうということは誰もが知っていました。それなのに、ただ一人周りに馬鹿にされてもずっと訓練に参加し続けるあなたにわたしはほんの少し興味を持ちました」
 そこまで話してドライは一度言葉を止めた。そして、大きく息を吸って話を続けた。
「ほんとうに、最初はただの興味でした。あわよくばわたしも自分より下にいる人の姿を目にして自分はまだ大丈夫なんて言い聞かせようだなんてことも思っていました。しかし、トレーニングルームに一人残って訓練を続けているあなたの姿を見てわたしは考えを改めました」
「どんな風になったの?」
「それまでわたしはたいした努力もしていないのに周りが自分より上だったというだけでどこか諦めた感じがありました。でも、いくら下にいても努力を続けて一歩ずつでも先に進もうとしているあなたの姿を見てわたしは何の努力もしていない。まだ全力を出していないという事に気がついたんです。どうせやめるのならやるだけやってからやめてやろうと、その時わたしは思ったんです」
「それで、その後の結果は」
「ええ。おかげさまでわたしは部隊の通信担当に選ばれる事ができました。わたしにとってみればあなたは恩人のようなものなんです」
「そんな、おおげさだよ。僕は何もしていない。それに、今だって仲間に助けてもらってばかりの落ちこぼれさ」
「いいえ、そんなことはありません。あなたはこの隊の希望なんです」
「どうして……。僕なんてどのエキスパートにもなれないでふらふらと色々な分野のサポートしかする事ができないのに」
「あなたは他の人のサポートしかできないと思っていますが、言い換えればそれはどの分野の知識も経験もあるということです。つまり、最悪あなた一人でもこの目的地にたどり着ければどうにでもなったんですよ」
 ドライの口から告げられた事実にフィーアは動揺した。
『残る時間はだいたい168時間だ。このミーティングが終わり次第俺たちは目的場所に向けて出発する。目的地までは約三日で着く予定だが、おそらく道中でトラブルが起こると思われる。最悪一人でも目的地にたどり着けば俺たちのミッションは達成だ。いいか、誰が死のうと振り返るな。気に留めるな。一瞬のためらいで死ぬ事になるのは自分だ! そこのところを常に気をつけておけ。――以上だ』
 今になってアインスが任務前にミーティングで言っていた言葉が思い浮かぶ。あれは、メンバー全員に言っていたのとはべつにフィーア自身に向けて言っていた言葉でもあったのだ。
「もしかして、みんなこのことを知っていたっていうの? 僕一人でも生き残っていればどうにかなるって……」
 フィーアの言葉にドライが頷く。
「ええ。あなたは自分がみんなのサポートをしていると思っていたかもしれませんけど、実際は逆だったんですよ。私たちがあなたのサポートをしていたんです。だから、あの時みんなあなたに全てを託してモンスターの足止めをしてくださったんですよ」
 それはあまりにも唐突でフィーアが受け止めるには大きすぎる真実だった。
「なんだよ、それ。勘弁してよ。みんながそんな風に考えていたなんて僕だけが知らなかったなんて。そんなのってないよ。そうだとわかってたら……あんな、あんな別れかた……」
 目元から零れ出る涙を隠す事もせず、ただただフィーアは泣き続けた。ドライはそんなフィーアの背に周り後ろから彼を優しく抱きしめた。
 機械の設置は終わり、あとは時間になるまで他の隊の準備を待つ事と、機械を死守するだけとなった。
 悲しい別れを埋めるように優しい思い出に身を委ねながら時間は過ぎて行った。

 リミットまで残り1時間。
 機械の周りからあまり離れないようにしながら二人は警護についていた。あと一時間。それですべてが終わる。
 既に他の隊も設置を完了しており、機械に設定されている起動時間を後は待つのみだった。
 そんな中、フィーアは一人空を見上げ、これまで隊のメンバーと友に過ごしてきた日々を思い出していた。
『おい、どうすればお前は包帯の巻き方を間違えれるんだ。やはり、俺以外の人間が医療に手を出すべきではないんだ……』
『いくらなんでもそれはひどすぎるよ。それにゼクスってホント自信過剰だよね』
『ふん。結果が出ているからいいんだよ。お前だっていつまでも馬鹿にされるくらいだったら包帯の巻き方の一つでも覚えて役に立て』
『はいはい。わかったよ……もう』
 医務室でゼクスに医療技術を教わりながら励ましてもらったこと。
『おう、フィーア。どうしたそんなにじっと銃を見つめて』
『あ、フェンフ。実は……なかなか的に弾が当たらなくってさ。やっぱり僕は才能がないんだろうなって思ってて』
『はっはっはっ! なんだ、お前さんそんなことで悩んでおるのか。いいか、銃を撃つのに才能なんてものは必要ないんだぞ』
『それじゃあ、何が必要なのさ?』
『それはな、相手を撃つ覚悟とそれを可能にするための反復練習のみだ。覚悟がなきゃいざって時に体がすくんじまってうごけない。反復練習をしておかないと、いざ覚悟ができていても相手に当たらない。だからこそこの二つが重要なんだよ』
『そうなんだ……』
『おうよ。だから自分に才能がないなんて悩む前に一発でも多く的に当てる練習をするんだな』
 そういって射撃場から去っていったフェンフ。あの言葉にどれだけ勇気付けられたかわからない。
『あら? フィーアどうしたの、こんなところに座って』
『あ、いや。なんでもないよツヴァイ。ちょっと休憩してたんだ』
『ふ~ん。そうなんだ。訓練を頑張るのもいいけれどきちんと休んでおかないと体が持たないわよ』
『アドバイスありがとう。そういえば今日はアインスはいないんだね』
『え? さっきまで一緒にいたんだけど……どこにいったのかしら』
『お~いフィーア! 受け取れ』
『うわっ! アインス! いたのなら声かけてよ。それと急に飲み物投げないでよ』
『ああ、悪かったな。でもそれ飲んでおくといいぞ。疲労回復にいいからなそいつは』
『あら、アインスフィーアのことに気が付いていたのね』
『まあな、こいつ最近オーバーワーク気味だから少し休ませておかないといけないと思ってな。というわけで、フィーア。お前今日はこれ以上の訓練はさせん。隊長命令だぞ』
『横暴だなぁ……』
 フィーアだけでなく、隊のメンバー全員のコンディションを見極めて、適切な指示を与えてきたアインスとツヴァイ。
 みんなとの思い出は泡のように浮かんでは消えていった。
 今日の空は青く澄み渡っている。このまま何事もなく機械が作動すればこの澄み渡った青空の下でいつまでも穏やかに暮らせるようになるだろう。
「あと少し。あと少しで世界は少しずつかつてのように戻っていくんだ。僕たちが世界を救うんだよ。……みんな」
 そう呟いてフィーアは拳を握り締めた。今ある世界の終わりと再生。その実感が少しずつ彼の中に湧いてきているのだった。
「ドライ。そっちは何か異常はない?」
 機械を挟んで反対方面にいるドライにフィーアは声をかける。
「……」
 しかしドライの返事はなかった。
「ドライ?」
 不審に思ったフィーアはドライの方に向かった。そしてその背後に近づいたとき、ようやくドライが返事をしなかった理由がわかった。
「なるほどね。世界がもうすぐ変わるっていうときなのにドライは本当に変わらないよ」
 そこには立ったまま電子画面で本を読んでいるドライがいた。
「……フィーア。いつから後ろに?」
 ようやくフィーアに気がついたドライが返事をした。
「ついさっきだよ。返事がないから様子を見にきたんだ」
「そうですか。それはすいませんでした」
「それで? 一体何を読んでたの?」
「ええ……前にフェンフが言っていた『イヴに世界とキミと』という話を。実に興味深い話でした」
「それってツヴァイがいっていたクリスマスに関するものだっけ?」
「ええ。どうも今の私たちで言う今日がこの物語でのクリスマスイヴで、明日がクリスマスと呼ばれているようですね」
「フェンフたちもそういっていたね」
「それで、クリスマスの日にはある言葉を言ってみんなでその日を祝うんだそうです」
「へ~。それってどんな言葉なの?」
「それは       です」
 ドライのいった言葉を聞いてフィーアは笑い声を上げた。
「それはまた、面白い言葉だね。そっか。それは確かに今の僕たちにぴったりな言葉になるだろうね」
 そんなフィーアを見たドライも口元に微かに笑みを浮かべ、
「はい。きっと、そうなるはずです」
 と呟くのだった。


 もうすぐすべてが終わる。そんな風に思う気持ちがきっと強かったのだろう。
 だからこそ、常に最悪を想定しておかなければならないはずの二人は、このとき確かに油断をしていた。

「――えっ」
「――なにっ」
 とてつもない衝撃が二人の身体を襲った。何が起こったかなど考える余裕もなく身体中に走る痛みに考えを支配される。
(痛い、痛い。なんだ? 何が起こったんだ。マズイ、頭から血が流れてる。早く止血しないと。そうだ、ドライはどうなってる? ドライ、どこだ?)
 ぼやけた視点をすばやく元のピントにあわせて、視界をクリアにする。腰に巻きつけておいた特性のウエストポーチから応急セットを取り出し、すばやく止血をする。包帯の巻き方はゼクスに散々注意されて教わった。止血も今のフィーアには簡単なものだった。
 砂埃の舞う中、辺りを見回しドライを探す。自分を襲った何かにも注意を払いながら一歩一歩前に進む。
 そんな中、ふいに何かやわらかいものを踏みつけた。すぐさま下を向くと、それはドライの腕だった。
「ドライ!?」
 倒れているドライを抱き起こし、状態を確認する。
(これはひどい。右手と左足の骨が折れてる。これじゃあまともに動くこともできない)
 ただでさえ未知の相手が近くにいるというのにこの状況は最悪だった。どうにか持っている応急セットでフィーアはドライの折れた手足を固定し、身体を無事な水晶に持たれかけさせた。
 砂埃はまだ消えない。
「――ぁっ。フィーアで……すか。すみ……ません。ミス……を」
「いい。しゃべらないで。しゃべるだけ無駄な体力を消耗する。どんな相手かはわからないけど僕たちを襲った相手がまだ近くにいる。僕は今からそいつの……相手をする」
「ムリ……です。おそらく……今の相手は……」
「うん。僕も大体予想しているよ。でもここでそいつと戦っておかないと、もしそいつが機械を破壊したら今までのすべてが無駄になってしまう。あと一時間もないんだ。その間でも時間を稼いでおけばたとえ僕が死んだとしても世界は救われる」
「しかし……」
「もう嫌なんだ! みんなは僕のために命を懸けてここまで連れてきてくれたんだ。なら、ここで僕が……逃げるわけにはいかないっ!みんなの想いに応えるためにも! だから、ドライ。君はここに残っていてくれ」
「……わかりました」
 決意を固めたフィーアをドライはアインスのようだと感じた。
「じゃあ、いってくるよ。ドライ」
「はい、頑張ってください」
 そして砂埃がようやく消えた。そして、フィーアの前方。百メートルほど先には以前対峙したモンスターがいた。かつてフィーアたちを逃すためにアインス、ツヴァイ、フェンフ、ゼクスが対峙した、あのモンスターが。
「やあ。また会ったな。お前がここにいるってことの意味が理解できないほど僕は馬鹿じゃない。みんなは僕を逃がしたあとお前に負けたんだ。そして……」
 一歩、また一歩とゆっくりとモンスターがフィーアに近づいてくる。
「みんなが命を懸けてくれたおかげで僕はこうしてここに機械を運ぶことができた。あと少し、あと少しなんだ。みんなの願いが。僕たちの願いが叶うまで……。それをお前に邪魔させるわけにはいかない」
 モンスターに合わせるようにフィーアもまた一歩、一歩と進んでいく。
「だから、お前はここで。僕が……倒す!」
 その言葉を引き金に、両者は同時に駆け出した。
 勢いで勝るのはもちろんモンスターのほうだった。太く逞しい四本の足で地面を蹴り、一気に距離を縮める。
 それに対してフィーアは腰にかけてあった銃を抜き、照準を定めて相手に向かって銃を構えた。
(銃を撃つのに必要なのは覚悟と反復練習だったよね。フェンフ!)
 勢いよく近づく相手に怯むことなく、冷静に照準を合わせた。
 パンッと乾いた音が響き、鮮血が宙に舞う。フィーアの撃った銃弾がモンスターの左目に当たった。そして、痛みに耐えかねたモンスターはそのまま横に進路を変えて水晶の束に激突した。
「どんなに硬い皮膚に覆われていても絶対に柔らかい部分は存在するんだ。そこを突けば、勝機はある」
 身体の上に乗った割れた水晶の破片をふるい落とし、モンスターは咆哮した。耳を劈くようなその咆哮にフィーアはおもわず立ちすくんでしまう。
 残った片目でフィーアを睨み付けると、モンスターはフィーアに向かって突進してきた。鋭く大きな牙がフィーアの目の前に近づく。
(マズイ!)
 必死に身を捩り、回避する。しかし、モンスターの尾の一つがフィーアの横腹を掠めた。
「クッ! ぅぅっ」
 尾の先にある小さな牙に横腹を抉られた。ほんの少しとはいえ肉が削げている。急いで身を隠し、応急キットを取り出して手当てをする。
(どうする。どうすればいい。最悪あと一時間の間時間を稼げればいいが、そんなに戦う前にこっちが力尽きるのが確実に早い。しかも、向こうの注意が機械にいつ向かうかなんてこともわからない。どうすれば……どうすればいい)
 痛みのせいか考えが定まらない。手元にあるのは応急セットと銃。それから手榴弾と閃光弾が一つずつ。あとはサバイバルナイフが一つだ。
(こうしている間にも血が流れて動きは鈍くなり始めている。決着をつけるなら早いうちでないとだめだ)
 フィーアが更に考えを深めようとしているとき、背後で水晶の割れる音が聞こえた。
「っ! ヤバイっ!」
 急いでその場から逃げ出すフィーア。フィーアがその場から離れてすぐ、フィーアが隠れていた水晶はモンスターの尾の一振りで砕け散った。
 モンスターは片目になったためか、フィーアの姿を見つけるのに苦労しているようだ。
(やるなら、今しかない!)
 フィーアは閃光弾を取り出し、ピンを抜いた。そしてそれをモンスターの前方高くへと投げて目を塞いだ。すぐさま、目を閉じてなおまばゆい光が辺りを覆い尽くした。
 しばらく眩しい光で慣れなかった目も、しばらくすると視界がはっきりし、モンスターの目が眩んでいることを理解した。
「今だっ!」
 手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。そしてモンスターの口内に向かって投げつけた。外が駄目なら中から。そう判断しての行動だった。
 しかし、モンスターは手榴弾が口元に入る直前、後ろにあった尾でそれを掴み、尾についていた牙で手榴弾に噛み付いた。
「なっ!? そんな……」
 今の行動で尾と、すぐ近くにあった顔に爆風がぶつかり、モンスターの尾は全て千切れ飛び、牙も折れたが、それだけだった。絶命させることはできなかったのだ。
 わずかな望みを絶たれて、フィーアはその場に倒れこみそうになった。だが……。
(いいや、諦めるな。アインスや、ツヴァイならこんなとき冷静に事態に対応したはずだ。落ち着け、相手は無傷じゃない。傷を負ったんだ。もしかしたら逃げるかもしれない。しかし、逃げなかったらどう対応するか考えるんだ。今残っている武器はナイフと銃だけ。これじゃあダメージは与えられても致命傷にはならない。なら、ならどうする)
 と、そこまで考えてフィーアはモンスターから少し離れた位置に落ちた牙、そして今の爆風で燃え散ったモンスターの体毛。さらに、隠れていたモンスターの傷跡に気がついた。
「あれは……」
 先ほどまではモンスターの体毛で隠れていたであろう傷跡。明らかに何発もの銃撃を打ち込まれてまだ直りかけの傷跡がモンスターの下腹に見えた。
 それがアインスたちがつけた傷だと気がついてフィーアは今にも泣き出しそうになった。
(みんな。こんな時にまで僕の手助けをしてくれるのか……)
 そして、ならばと。新たな決意を胸に秘める。
「ここで、こいつを倒して世界を救う! もうみんなが僕の心配をしなくても大丈夫だってことを証明してみせる!」
 ナイフを取り出し、狙いを定めてモンスターのもう片方の目に投げつけた。怪我で動きが鈍っていたモンスターはそれをよけることができず、とうとう両目とも失った。
 フィーアはナイフを投げると同時に走り出し、身をかがめて落ちている牙へと近づいた。そして牙を片手で拾うと、走った勢いそのまま、モンスターの下腹に向かって身を投げた。
 目が見えなくとも自分に近づいてくる脅威に気がついたのか、モンスターが右前足を振り上げてフィーアに向かって振り下ろした。
 重なると思われた二つの軌道は上から降りてくる軌道をすり抜けて直線状に進んでいく軌道が対象へとぶつかった。
「う、おおおおぉぉぉぉぉぉぉ」
 叫び声をあげてフィーアは治りかけのモンスターの傷口にモンスター自身の武器であった牙を埋め込んだ。
 痛みに耐えかねたのか、モンスターは絶叫をあげた。身体を振るい、フィーアを自分の身体から弾き飛ばした。
 弾き飛ばされたフィーアは水晶に頭を打ちつけた。強く頭を打ち付けたせいか、意識が徐々に奪われ、視界が暗くなり始めた。
 そして、最後に視界が完全に暗くなる前にフィーアが見た光景は倒れ行くモンスターの姿だった。
(やった、やったよみんな。みんなの敵は、僕がとった。だから、もうみんな僕の心配をしないで。これからはもうみんなの手を借りなくても大丈夫だから)

………

……



 目を開けると空が明るかった。暗闇が空全体を覆っているはずなのに、明るい光が空に向かって昇っていてそれが周りを明るくしていた。
「……これは」
 ついに世界の崩壊が始まったのだろうかとフィーアはまず考えた。しかし、すぐに考えを否定した。世界の崩壊が始まっていたらとっくに自分は死んでいるだろうと考えたからだ。
「フィーア。起きましたか?」
 ふと、すぐ横から声がした。痛みで動かない身体に鞭を打ち、必死に起こすと、そこにはドライが座っていた。それだけで理解した。
「そっか、僕たち生き残ったのか」

 リミットから12時間後。

「ええ、そうです。あなたが頑張ったおかげで機械は作動しました」

 かつての世界ではクリスマスと呼ばれた日が訪れた。

「僕だけの頑張りじゃないさ。他の隊の人や、この機械を開発してくれた研究者、それからこの地球に残ってくれた僕たちの先人。そして、ここに来るまでに命を懸けて機械を守ってくれたみんながいたからこそ、今の成功があるんだ」

 自然災害により、地球は荒廃し、周りの生物が環境に適応して進化していく中、人類は進化に取り残され、捕食されるまでになった。

「そうですね。でも、わたしはあなたのおかげで世界が救われたのだと思っています」

 この星を離れ、新しい星で新しい人生を始めるようになった人とは別に、この星に残り、かつての姿を取り戻そうと努力し続けた人々がいた。

「ドライ……」

 そして、世界が終わるとされていたこの日。六つの隊の活躍により世界は救われた。

「もうわかっているとは思いますが、世界が救われたなら遠慮をする必要もありませんよね。私たちはもう……自由なのですから」

 死んでいったものも大勢いた。しかし、生きているものは、死んでいったものの想いを受け継ぎ、先に、未来へと進んでいった。

「うん。僕も同じ思いだ」

 そして今、それぞれの機械から放たれた光が空へと昇り、地表へと降り注いでいた。これは自然災害を管理するために人が作り出したナノマシンの欠片だ。それが膨大な量空へと舞い上がり、世界に降り注いでいる。

「メリークリスマス、フィーア。あなたのことを愛しています」

「僕もだ、ドライ。ずっと一緒にいてくれ」

 そして、そんな光に包まれて一人の少年と一人の少女がとある地上で心を繋ぎ、身体を抱き合わせた。

 二人は甘く、溶けてしまいそうな口付けを交し合い、互いに手を握り締めて空を見上げた。

 どこまでも続いていく光は全てのものを祝福しているかのようだとフィーアは思った。

「Merry Christmas.
and new -- the world -- Welcome!」

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

埋められないもの 1

私には三つ年の離れた想い人がいる。
背が高くって近くに立つと見上げないと表情を見ることのできないあの人。
私がまだ小学生だったころは、同じ学区ということもあって、一緒に学校に行っていた。
でも、彼が中学生になってしまって一緒に学校に向かうことがなくなってしまってからは彼と出会う頻度はグッと減ってしまった。
たぶん、その頃からだろう……登校時に偶然彼と出会った時に頬が熱く火照るようになりだしたのは。
子どもの殻を少しずつ破り始め、大人の魅力を纏い始めた彼。日に日に逞しくなっていく身体は色っぽく、暑いからという理由で開け放ったカッターシャツの第一ボタンの位置から見える鎖骨が妙に艶めかしかった。
無意識のうちにジッとその一点を見つめる私に、照れ隠しのように微笑を浮かべながら
「そんなにジッと見られると照れるなあ」
と、頬をかいて呟いた。そんな彼の呟きに私の心臓はどうしようもなく鼓動を速め、重なり合う視線を逸らさないといけないと、そわそわとしては別の話題を頭の中で必死に探した。
そんな他愛ない日常。私だけが堪能することのできる彼との時間が、このままいつまでも続くと思っていた。
でも、その時間はすぐさま終わりを迎えた。
ある日の帰り道。習い事を終え家に帰ろうとする私の視界の先に彼の後ろ姿が目に入った。高鳴る胸を抑え、今まさに曲がり角を通った彼の後を追う。
けど、その先にいたのは私じゃない女の人に笑顔を浮かべながら会話を弾ませる彼の姿だった。
「あれ? 秋ちゃん。こんばんは」
いつものように私に声をかける彼。呼びかけられているんだと気がついてようやく、真っ白になった思考にほんの少しだけ余裕ができた。
「こ、こんばんは。えっと、その人は?」
柔らかな微笑みを浮かべ私と彼の様子を見守っている女性。その存在が気になって仕方なくって、聞きたくないのについそんなことを尋ねてしまった。
「あ、え……っと。彼女はね……」
その続きの言葉を口にするのが恥ずかしいのか、彼は少しだけ躊躇いをみせながらも、少し誇らしげに私に紹介した。
「僕の……恋人なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私の視界はグニャリと歪んで、すぐさまその場から駆け出していた。

埋められないもの2

グツグツと胃の辺りで煮えたぎる複雑な感情たちに翻弄されながら私は走った。
ふと気がつけば、いつの間にか自室に帰ってベッドの上にうずくまり、身体を布団で覆い隠していた。
今の私の姿は他の誰にも見て欲しくなかったのだ……。
「うっ……うぅっ……ぇん」
涙は抑えるまでもなく自然と瞳から零れ落ちた。泣き声を家族に聞かれないよう、枕に顔を押し当てる。押し殺した声が夜の虫の音に混じって虚空へと消えて行った。
大好きだったあの人。いつか私が彼の隣に立つんだと子供心に私は思っていた。
想いを伝え、気持ちを重ね合わせ、甘い時間を過ごす。そんな夢のような毎日を密かに想像していた。
でも、現実は彼の隣には私じゃない素敵な女性が立っていた。私よりも年が上で、身体も大きく、そのうえ綺麗な女の人。まだ、未発達で貧相な私とは大違いだ。
枕から顔を離し、ベッドに腰掛け自分の身体を見回す。
「こんなのじゃ、全然ダメだよ。もっと大人にならないと……」
そう呟いてから気づく。その、『大人』になるためにはいったいどれほどの時間がかかるのか。少なくとも一日や二日では変わりはしない。今彼の隣に立つ女性のように、すぐにはなれないのだと悟ると、ますます気分は落ち込んだ。
「どうせなら、好きだって言えばよかった……」
既になんの意味もない後悔を私は口に出し、再びベッド上で横になった。
泣き疲れた私をを慰めるように、柔らかい布団が身体を包んだ。
そして、私はいつの間にか心地よい眠りにつくのだった……。

その日を境に私は彼の姿を追わないように努めた。胸に刺さった棘のような痛みはまだ癒えなくて、ポタリ、ポタリと血を流していたけれど、友達と過ごす楽しい日々によってどうにか痛みを我慢することができた。
ただ、やはり好きな人の話が会話の中ででた時はいつにも増して胸が痛んだ。
そうしているうちに少しずつ季節は流れて行った。
秋には、肌寒くなった互いの手を温め合うために手をつなぐ二人の姿に目を背けた。
冬には、腕を組み、顔を赤くしながら距離を縮め合う二人を友達と一緒に見ることになった。
春には、綺麗に咲き誇った桜を公園のベンチに座ってゆったりと眺める二人を、犬の散歩のため外にでて見つけた。
夏には、かつての自分のように彼の隣に立ち、開け放ったシャツについて注意をする女性と、注意をされて渋々ボタンをしめる彼の姿が通学中に目に入った。
時間が経つにつれ、胸の痛みは更に増した。見たくないのに見えてしまうことが嫌で、私は何も考えないことにした。
そして私は中学生に、彼は高校生になった。

埋められないもの3

中学生。それは小学生という一つの枠を破り、次の成長段階へと足を踏み出したことを意味する。
身体はこれまで以上に成長し、精神も子供の殻を突き抜けようと、もがき、苦しみながらも一歩ずつ大人に向かって進んでいく。大人に対する反抗、わけのわからない不安感。そんなものを心の内に秘め、時に誰かと助け合い、時に自分の胸の中に閉まって一時の思い出として昇華する。
そんな多感な年頃になった少年少女のもっぱらの興味の対象は異性に関するものだった。
もちろん、それは私も例外ではなく、友達の会話に耳をすませて相槌を打っていた。
「やっぱり光一くんだよね~。見た? 昨日のバスケの試合。他の人たちとはレベルが違ったよー」
「確かに凄かったけどさ、光一くんはバスケ部なんだから上手くて当然じゃない? それよりも蓮くんのパス回しのほうが凄かったと思うな。サッカー部だっていうのにバスケもできるんだもん。やっぱりできる人はなんでもできちゃうんだろうね」
「で、でも……健ちゃんだって格好よかったよ?」
「あ~はい、はい。牧の彼氏も凄かったよー。まったく、牧は本当すぐに健二の話に持って行くんだから……」
「だ、だって……ホントに格好よかったんだから……」
「わかった、わかった……。また、帰る時にでもその惚気話しの相手になってあげるよ。で、秋は誰が一番気になった?」
友人の一人、佳菜子のそんな問いかけに適当に相槌を返していただけの私は言葉に詰まった。
「あっ、え~っと……」
そんな私の様子を見た遥は、またかと言わんばかりにため息をついた。
「なんだ、また聞いてなかったんだ。秋ってこういう話にまったく興味持たないよね。好きな人がいるって話しも聞いたことないし。もしかして私たちに内緒にしているだけで彼氏がいるとか?」
疑り深い眼差しで私をジッと見つめる遥。慌てた私は咄嗟に両手を顔の前でブンブンと何度も交差して否定する。
「違う、違う。もう、何度も言ってるけど私は好きな人なんていないんだってば!」
「え~。せっかくこれだけ可愛いのに持勿体無い。あたしが男だったら絶対に放っておかないけどな~」
そう言って佳菜子は私の身体を上から下まで見回した。
「スタイルも悪くないし、胸だってあたしたちの中で一番だし。ハッキリいうのはちょっとムカつくけど、男子たちの人気もこのクラスの女子で一番なのはあんたなんだよ」
「そ、そうなの?」
初めて聞くその事実に私は驚いた。
「この無自覚さ。これが勝者の余裕か……」
わざとらしく悔しそうに拳を震わせて周りからのツッコミを待つ佳菜子。放っておけばいつまでもそのままでいそうな彼女を放っておくわけにもいかないのか、面倒臭そうに遥が言葉を投げかける。
「はいはい、そうかもね。でも、確かに私も勿体無いと思うな~。引きて数多なんだから試しにでも付き合って見たらいいのに」
そんな遥の提案に牧も控えめに頷いた。
「もしかしたら、付き合ってみて好きになるなんてこともあるかもしれないよ? そうしてみるのも、いいんじゃないかな?」
これ以上この話が続くのはよくないと思った私は咄嗟に話題を変えた。
「そういえばさ、牧ちゃんは健二くんとどこまで進んだの? キスくらいはした?」
「えっ え~っと、それは……」
唐突に話題を振られた牧は言葉に詰まっていたが、それは何から話せばいいのか困っているように見えた。おそらくキスくらいはしているんだろう。
佳菜子と遥は急な話題転換に不満そうにしていたが、私にだって話したくないことがあるのだ。
これ以降はいつものように他愛ない雑談をして、私たちの休み時間は過ぎて行った。

「それじゃあ、また明日」
小さく手を振って分かれ道の一方へ進んでいく佳菜子。残された私と遥もまた手を振り、もう片方の道へと進んでいく。ちなみに、牧は健二を待つためにまだ学校に残っている。
「……で、ホントのところはどうなの?」
二人きりになったのを見計らってか、休み時間に話していた話題を遥が再び持ち出した。
「だから、ホントに誰も好きな人はいないし、付き合う気もないんだってば!」
さすがにしつこいと感じた私はムキになって否定した。そんな私を見て、遥は肩をすくめた。
「なんで、そんなにムキになるのよ」
「だって、遥ってばしつこいんだもん」
「それは、秋がそんなに可愛いのに恋してないのが勿体無いって思ったから……」
「その気持ちは嬉しいけど、私は今誰かと恋愛する気はないの! はい、この話お終い!」
少しだけ不機嫌になった私は遥を置いてズカズカと先に進んでいく。
「ちょっと待ってよ秋! ごめんってば~」
さすがにマズイと思ったのか、後ろから遥が必死に追いかけて来る。そんな彼女に私はクスリと微笑み後ろを振り返りながら追いつかれないよう前に進む。
「や~だっ。許してあげないよー」
追いかけ合いをする私と遥。でも、注意力散漫になっていたせいか、私は道の脇から現れた人影に気がつかなかった。
「あっ!」
と、声をあげた時には既に時は遅く、不意に現れた人にぶつかってしまっていた。
「ご、ごめんなさい……」
そう口にしてから私はその場に凍りついた。
そこにいたのは、眼鏡を掛けたあの人だったからだ。
「いや、こっちこそ。大丈夫? 怪我とかはしてない?」
昔と変わらない柔らかな雰囲気を纏いながら倒れた私を気遣う彼。その行動の一つ一つに目が離せなくて、緊張からか口は酷く渇いていた。
幸いというべきか、向こうは私のことに気がついていなかった。
「いえ、大丈夫です。本当にすみませんでした」
私は深く頭を下げてなるべく顔を見られないようにした。
「そっか、ならよかった。それじゃあ僕はこれで……」
そう言ってこの場を後にする彼。私はかつてと同じようにその背をただ見送っていた。
そんな私の隣にようやく追いついた遥がやって来る。
「ちょっと、大丈夫だった? 結構盛大にぶつかっていたけど」
「うん、平気……」
一見、平然とした様子でそう告げながらも、心の内はとても揺れていた。会わないように避けていた彼にほんの少し触れただけで、強く胸が締め付けられるような思いに駆られるのだ。
「……なるほどね~。彼が、そうなんだ」
そんな私の異変に気がついた遥は彼が私の想い人だと察したようで、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
ここまできては私も否定するわけにもいかず……。
「内緒だよ」
と、言うことしかできなかった。
この日、彼との予期せぬ再会によって私の中で燻っていた恋心が再び炎を燃やし始めた。
未だ、彼との距離は遠く離れ、それでもまた彼に触れたい、好いて欲しいと願う気持ちが私に生まれた。

レッド(26)「正義の味方の」ピンク(16)「恋愛事情」

レッド「おい、ミーティングにこれないってどういうことだ!」

ピンク「だから何度も言っているじゃないですか。今度の期末試験を受ける際の対策講座があるって」

レッド「いや、それは聞いていたけどさ。あとで友達からノート貸してもらうとかできないのか?」

ピンク「そういうわけにはいきません。ただでさえ最近悪の組織と戦っているせいで学校休みがちなんですから」

レッド「え? でもそこはうちの組織の方から学校側に出席訂正するように配慮がされているんじゃないっけ?」

ピンク「確かに出席は訂正されてますけどその分普通に勉強する時間が足りないんです。このままじゃ留年の可能性もあるんで……。あ、そろそろ講義始まるんで切りますね」

レッド「あっ! おい……。切れちまったよ」

ブルー(20)「レッドさん、ピンクのやつどうでした?」

レッド「あ、それがどうも来られないって。まったく、学校よりもこっちのほうが俺たちには重要だろうに」

ブラック(32)「まあ、そういいなさんな。お前は確かに昔からこの役目一筋で学校なんてそっちのけだったろうがあの子にまでお前の考えを押し付けるのはよくないぞ」

レッド「はぁ……。そりゃ、ブラックさんのいうこともわかりますけど。でもピンクのやつは先代が寿退職して新しく入ったばっかりなんですよ。
 もうあいつが入ってから三ヶ月目になりますけど中々連携もうまくいかないですし。この前だって一歩間違えば怪人にやられるところだったんですよ、あいつ」

ブルー「でもその時はレッドさんがうまいこと助けに入ったじゃないですか! そうやってお互いに支えあっていくのが僕たちの有り様じゃないんですか?」

レッド「う~ん、そう言われちゃ返す言葉がないんだけどな。ただ、ピンクのやつはまだ皆との間に一線をおいているというか……」

ブラック「それは確かにな。ま、年頃の少女が自分よりも年上の男ばかりの集団の中に放り込まれちゃ、その反応はある意味正しいもんじゃないのかね」

レッド「そんなもんですかね? 一応このミーティングについてこの間連絡した時も『わざわざ直接集まらなくてもこうして通信を使ってミーティングをすればいいじゃないですか』なんて言われちゃって」

ブルー「う~ん、でも確かにピンクを除いて僕たち皆表の顔は社会人ですし、こうして全員の予定の合う日じゃないといけないのは確かに不便かもしれないですね」

レッド「でも、この集まりはずっと前の先代から受け継いできたものだからな~。そう簡単に変えていい風習とも思えないし……」

ブラック「そこは、ほら。臨機応変に簡単なミーティングなら連絡の時みたいに端末を使って行えばいいんじゃないか? 本当に重要な時だけ集まればいいと俺は思うぞ」

レッド「やっぱり、皆不便だとは感じているんですね。わかりました、一度先代に相談してみることにします」

ブラック「おう、そうしとけ。今はお前がリーダーなんだ、よく考えて出した結論なら誰も反対しないさ」

ブルー「そうですね。あ、そういえばお二人共飲み物でも頼みますか?」

ブラック「そうだな。それじゃあ、俺はコーヒーをホットで」

レッド「俺は……バナナジュースにするよ」

ブルー「レッドさん相変わらず可愛らしいもの頼みますね。あ、店員さ~ん。コーヒーとバナナジュース、それからレモンティーのアイスお願いしま~す」

レッド「ありがとう、ブルー。それで、話を本題に移して今回のミーティングだけど……」

イエロー(23)「ごっめ~ん、遅れた~?」

ブルー「あ、イエローさん。大丈夫ですよ、今から始めるところです」

ブラック「なんだ、今日はいつもより早く来たじゃねえか」

イエロー「そうなの! 実はいつもより仕事の数が少なくてね。意外と早く終わったからこうして間に合ったってわけ」

レッド「今回はちゃんと仕事だったのか。いつもメイクの時間がどうとか言い訳をするからまたそれかと思ったぞ」

イエロー「なによ、レッド。一応は間に合ったんだから文句無いでしょ? 機嫌悪いの?」

ブルー「実はさっきピンクからミーティングに来られないって連絡が来て」

イエロー「あ~なるほどね。それで拗ねてるわけか。あんたもわかりやすいわね~。どうせ、久しぶりにオフでみんな集まるんだから最近の近況を聞きながらピンクとあたしたちの親睦を深めようとでも思ってたんでしょ?
 でも、いざその日を迎えたらピンクがドタキャンであんたの計画が丸つぶれ。そんなわけだからいじけてるわけね」

レッド「ばっか、ちげえよ! 勝手な想像やめろよこの男女!」

イエロー「なによ! その呼び方はやめろって前からいってるでしょ! だいたい今のあたしは胸もあるし、見た目もそこらのモデルに引けをとらないくらいは綺麗だと自負しているわ。
 ちょうど、さっきも道歩いていたらナンパされたしね」

レッド「そんな自慢はどうでもいいわ! それならさっさと男の象徴さっさと切除しろよ!」

イエロー「うっさいわね、お金が貯まったらすぐにでもするわよ。全く、これだから女心に疎い熱血ヒーロー馬鹿は困るのよ。デリカシーがないったらありゃしない」

レッド「はんっ。人を守るのに女心なんか関係ないだろ! そんなこと言うのは軟弱なやつだけだ」

イエロー「そんなこと言ってるから見た目だけはいいのに彼女が出来てもすぐに別れられるのよ。そのくせプライドだけは高いから自分に非はないと認めようとしないんだから」

レッド「ふん、たまたま俺と波長が合わなかっただけさ」

イエロー「へ~。その調子じゃ、あんたと波長が合う子を見つけるのは苦労しそうね」

ブルー「あ、あの~二人ともその辺りでやめときません?」

レッド「彼女持ちは」

イエロー「黙ってなさい!」

ブルー「ひどいっ! 僕別に何も悪いこと言ってないのに」

ブラック「まあまあ、二人とも。このままじゃいつまで経っても話の本題には入れないぞ。それに、いくら俺たち専用の個室で話しているとは言え、ここは喫茶店だ。あんまり声が大きいと外に響いて他の客に迷惑になる。
 それはこの店の店主である先代ブルーの顔に泥を塗ることにもなるけどそれでもいいなら続けろ」

レッド「……さすがに先代の迷惑になるようなことはできないですね」

イエロー「確かにあたしもヒートアップしすぎたわ。〝乙女〟にあるまじき行為ね」

ブラック「よしよし、それでこそ大人の対応だ。お、ちょうど飲み物もきたな。イエローは何か頼むか?」

イエロー「そうね、それじゃあミルクティーをもらえるかしら」

レッド「よし、それじゃあピンク以外の全員が揃ったことだし気を取り直してミーティングをはじめるとするか」

ブルー「はいっ!」

ブラック「了解っと」

イエロー「は~い」


――ピンクの学校――

ピンク「はあ、今日も疲れました」

友「お疲れ、桃。いや~今日の授業は難しかったね~。あたし全然理解できなかったよ~」

ピンク「私もです。ここ最近学校休みがちでしたので……」

友「あ~前に言ってたやむを得ない事情ってやつ?」

ピンク「はい……。実は今日も学校を休めと言われてまして。もちろんテストが近いので断ったんですけど」

友「アルバイトに似たようなもんだって言ってたよね。家庭の事情だそうだけどピンクも大変だね。ブラック会社じゃん、それ」

ピンク「でもその分お給料はいいんですよね」

友「へ~どれくらいもらってんの?」

ピンク「え~っと、高級マンションに一人で住んで何不自由なく生活する分にはもらってますね」

友「またまた~。その冗談センスないよ~」

ピンク「別に冗談じゃないんですけど……」

――下駄箱――

友「あ、そうだ。帰りさ、最近できたクレープ屋寄ってみない?」

ピンク「そうですね……。たまにはいいかもしれないですね」

友「よし、そうと決まったら善は急げ! 早く行こっ! ……って、あれ? なんか、校門前に人集まってるね」

ピンク「本当ですね、なんでしょう?」

レッド「いや、ここに知り合いがいるんですって。本当です、嘘じゃないですって」

警備員「はいはい、不審者はみんなそう言うの。少し人より顔がいいからって……チッ」

レッド「あ、舌打ちしたでしょ今。絶対私情挟んでますよね。ねえっ!」

警備員「うるさい! ほら、そこの女子高生どもも散った散った。たまにイケメンが来るとこれだよ。ほんと、世の中不平等だ……」

友「うわっ、ナンパしにきたのかなあの男の人。でも、結構格好いいかも」

ピンク「……な、なんで」

友「ん? 桃、どうかした?」

レッド「ちょ、ちょっと待ってってば。……あっ、桃。ちょうどいいとこに! ほら、早く誤解解いてくれよ。俺このままじゃ完全に不審者として捕まっちまう」

ピンク「あ、あなたはこんなところで何をしているんですか! ちょっと、こっちに来てください」

レッド「痛っ! 桃、無理やり手を引っ張んなって!」

友「……行っちゃった。なんだったんだろ、あの人。もしかして、桃の彼氏?」

――公園――

ピンク「どういうことですか! なんでレッドさんが私の学校に来てるんですか!?」

レッド「そんな大声出すなよ。お前今日のミーティング休んだろ。その時のことを直接話しとこうと思ったんだよ」

ピンク「別にそういうことは通信でやればいいって言ってるじゃないですか」

レッド「確かにそうだけどさ~。ほら、やっぱこうして直接会ったほうがいいかな~って」

ピンク「はぁっ……。なんですかその適当な理由は。まあ、いいです。こうしてきてしまったんですから話を聞いておきますよ。

レッド「おう。それで、今日のミーティングの内容なんだけどな……」

……



レッド「といった感じで、うちのバックアップ組からの連絡によると最近また悪の組織が何か企んでるみたいなんで動きが見られたら即対処するようにってことで」

ピンク「わかりました。わざわざどうもありがとうございます」

レッド(言葉の端々に刺があるな。やっぱ、まだ怒ってるなぁ)

レッド「そ、そうだ桃。最近このあたりにクレープ屋できたらしいぞ。よかったら行ってみないか?」

ピンク「レッドさん、物で機嫌を良くしようという魂胆が丸見えです。それに、本来なら私は今日そこに友達と行く予定でしたから。まあ、誰かが突然来たせいでその予定も潰れましたけど」

レッド「うっ……その件は本当にすまん。けど、俺もいろいろ考えてだな」

ピンク「クスッ。わかってますよ、それくらい。今日だって本当は私と他の皆さんとの仲を取り持とうとしてくれてたんですよね?」

レッド「なんだ……バレてたのか。まあ、お前まだヒーローなり立てだし色々周りに壁があると思ったからさ。
 あ、ちなみに相談事があるなら俺が聞いてやるぞ。なんせリーダーだからな!」

ピンク「その点に関してはご安心を。私こう見えて皆さんとの仲はいいですから。さっきのレッドさんの考えだってイエローさんからのメッセージで知りましたから」

レッド「えっ……そうなの?」

ピンク「はい。ちなみにレッドさん以外は戦隊共通の端末ではなく個人用の端末でも連絡先交換していますよ」

レッド「えっ? ええ~。なんだ、それ。それじゃあ、お前の個人連絡先イエローだけじゃなくてブルーやブラックも知ってるってことか?」

ピンク「そうなりますね。残念でした、レッドさん」

レッド「なんだよ~。それじゃあ、俺だけ仲間はずれか? くっそ、みんなして俺を除け者にして……」

ピンク「ふふっ。拗ねないでください、クレープ奢りますから」

レッド「いらん! というか、子供に奢らせてちゃ俺の立場がない」

ピンク「遠慮なんて別にいいんですけど。私これでも結構給料もらってるんですよ?」

レッド「それくらい知ってるわ。俺は、お前と同じくらいの時からヒーローやってるんだ。知らんわけないだろ」

ピンク「……知ってますよ」

レッド「ん? 何か言ったか?」

ピンク「別になにも? それより、行くなら早く行きましょう。早く行かないとお店閉まっちゃいますよ」

レッド「あっ、こら。だから引っ張るなって」

ピンク「これくらい普段から子供たち相手に慣れてるでしょ? しっかりしてください、保父さん」

レッド「保父さん言うな。ちょっと恥ずかしいんだから」

ピンク「はいはい。明日からまた園児の面倒見るの頑張ってくださいね正義のヒーローさん」

レッド「こらっ、そういう重要なことさらりと口にするな!」

……



――幼稚園――

女園児「センセー、センセー今日はあたしたちと遊んでくれるって言ってたよね~」

男園児「ばっか、何言ってんだよ。センセーは今日俺たちと一緒に遊んでくれんだぞ! な、センセー」

女園児「そんなことないもん。紅センセーはあたしたちと一緒におままごとやってくれるっていったもん!」

男園児「ハンッ。センセーがそんなことするわけないじゃん。センセーは俺たちと一緒にヒーローごっこしてくれるんだかんな」

レッド「あ、あ~。とりあえず二人とも落ち着いてくれないかな」

女園児「センセー! センセーはあたしたちとそっちのどっちを取るの?」

男園児「センセー! 男に二言はないよな! ヒーローは嘘つかないもんな!」

レッド「ええっと……その~」

園長「あらあら、紅先生。相変わらず園児たちから人気ですね。でも、優柔不断なのはよくありませんね。ここはスパッと決めてしまわないと」

レッド「ですよね。ううん、そうだな。男園児たちとは昨日一緒にヒーローごっこしたし、女園児たちとの約束があったから今日は女園児たちと遊ぶな」

男園児「え~。なんだよ、それ~」

レッド「ごめんな。その代わり明日は一緒に遊んであげるから」

男園児「チェッ。しょうがないな、約束だかんな!」

レッド「ああ、約束だ」

女園児「それじゃあセンセー早く来て! もう準備は出来ているんだから!」

レッド「わかったよ。今行くから」


……



レッド「ふう、今日も園児たちの相手は大変だったな。まだまだガキだからかあいつらの体力は無尽蔵に近いからな~」

ピロリ~ン

レッド「おっ、ブルーからメールだ。なになに? 彼女と喧嘩して家を追い出されました。行くとこないので今日泊めてもらえませんか?
 ったく、しょうがないな」

――レッド宅――

ブルー「いや~助かりましたレッドさん。本当こういう時は頼りになりますよ」

レッド「なんだか今の言い方に引っかかるものがあったけど、まあいいや。それで、いつも仲いいって自慢してるのになんでまた喧嘩なんかしたんだ?」

ブルー「いや、それがですね。僕仕事が外仕事じゃないですか? それで、元々彼女とデートの予定の日があったんですけど急に仕事先から出てくれって頼まれて。
 まだまだ下っぱなほうなんで断れずその日は仕事に行っちゃったんですよ」

レッド「なるほどな、それで怒った彼女と喧嘩してってオチか」

ブルー「いや、それ自体は今までに何度かあったので彼女も仕方ないって納得してくれたんですよ。まあ、この理解があるところが僕の彼女のいいとこなんですけどね。
 ただ、その仕事先が女子高でして。僕そこで女子高生にナンパされたんですよ~」

レッド「さらりと惚気と自慢を話に混ぜてくんな。で、それからどうしたんだ?」

ブルー「実はうちの彼女、親方の奥さんと仲がいいみたいで、僕がナンパされたこと聞いちゃったんですよ。それで、『やっぱり私なんかより若い女の子のほうがいいんでしょ!』って拗ねちゃいまして。
 僕は愛しているのは君だけだって弁解したんですけど聞き入れてもらえなくて。それで、気持ちを落ち着かせるために一日欲しいって言われたんでこうしてレッドさんに連絡したんですよ」

レッド「……よし、お前今日は帰れ」

ブルー「ええっ! まだ来てから三十分も経ってないですよ!」

レッド「うるせえ! 喧嘩して家追い出されたって言うから連れてきてやったのに、なんだよただの惚気じゃねえか。喧嘩でもなんでもないわ、そんなん」

ブルー「そうですかね。いや~お恥ずかしい」

レッド「くそっ。この余裕綽々な態度が妙に腹立たしい。これだから彼女持ちは」

ブルー「そんなこというならレッドさんも誰かと付き合えばいいじゃないですか。レッドさん黙ってれば顔はいいんですから」

レッド「うるさいな~」

ブルー「あ、お酒飲みだした。もう、保父さんなんですから子供たちにお酒の匂い嗅がせたりしちゃダメですよ」

レッド「お前は俺の母親か! そういやお前明日仕事は?」

ブルー「あ、休みです。元々休みだった日に出勤したんで代わりに休みもらいました」

レッド「そうか。俺は明日も仕事だよ」

ブルー「お疲れ様です。で、話を戻してレッドさんは今恋してないんですか?」

レッド「お前も好きだな~。あいにくと今は誰にも恋してねーよ。第一悪の組織との戦いでの対策考えたり、園児たちの面倒見てるのに忙しくてそんな暇ねえな」

ブルー「ふ~ん、意外です。もっと恋愛活動に積極的になってるかと思ってたんですけど。……ふむ、なるほどなるほど」

レッド「おい、急に携帯いじりだしてどうした」

ブルー「いえ、なんでもないです。ちょっと、彼女へ謝罪のメールを送っているところなので」

レッド「あ~そうか。なら、好きなだけしていてくれ。俺はテレビでも見てるわ」

ブルー「はい。お世話かけてすいませんレッドさん」

レッド「ま、こういう時と戦いの時くらいしかリーダーっぽいことできないからな。今日はゆっくりしてけ」

ブルー「ありがとうございます」

……




――ピンク宅 電子モニター――

イエロー「ほほ~。それでその日はレッドと一緒にクレープを食べたと」

ピンク「そ、そうなりますね。でも、結局連絡先は聞けませんでした……」

イエロー「も~。それだったらあたしがあいつの連絡先くらい教えてあげるって言ってるじゃん」

ピンク「いえ、こういうのはやっぱり自分で聞いておかないと意味がないと思うので」

イエロー「お固いね~ピンクは。でもホント不思議だわ。あんな奴の一体どこがいいんだか。あたしには全く理解できないね」

ピンク「そ、そんなことないです! レッドさんは責任感ありますし、戦いの時はいつもみんなのこと気遣ってくれてます。それに、面倒見だってありますし、素敵な男性です!」

イエロー「ふ~ん。そんなに力説するくらいあいつのことが好きなんだ。いや~電子モニター越しだけど聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい一生懸命ね」

ピンク「あっ……。いえ、その……」

イエロー「でもさ、そんなに好きなら早く告白でもしたらいいのに。気持ち自体は固まってるんだから動かないと損だよ。
 あいつ、あれでも黙っていれば絵になるからね。ま、中身は熱血馬鹿って知って幻滅する人も多いけど、そこを含めて好きになる人がピンク以外に現れないとも限らないんだし」

ピンク「……そう、ですよね」

イエロー「そういえば聞いていなかったけど、そもそもどういう経緯であいつのこと好きになったの? だってまだ知り合ってから三ヶ月でしょ。まさか一目惚れってことはないわよね」

ピンク「えっと、ある意味ではそれに近いかもしれないですね」

イエロー「えっ!? 嘘っ!」

ピンク「実はですね、私十年前に……」


――十年前――

ピンク(6)「うわ~ん、パパ~。ママ~」

蜘蛛怪人「ふはははは! どうだ、このデパートはこの俺が占拠した! ……あ、そこのお嬢ちゃんあんまし泣かないで。ほら、この飴あげるから」

ピンク「ふえ~ん。ひっく、ひっく」

蜘蛛怪人「……困ったな。市民に被害を与える気はないからな。ひとまず、この子のお父さんたちがデパートの中にいないか探してもらうか。お~い、下っぱ怪人」

下っぱ怪人「あ、はい。なんでしょう、蜘蛛怪人さん」

蜘蛛怪人「ああ、実はこの子お父さんたちとはぐれたみたいなんだ。だからどうにか見つけておいてあげて」

下っぱ怪人「はっ! 了解しました」

蜘蛛怪人「ふう、これでどうにかなるか」

ブルー(先代)「そこまでだ!」

蜘蛛怪人「ほう……。来たか、戦隊め」

イエロー(先代)「何の罪のない市民に恐怖を与えるなんて許さない!」

蜘蛛怪人「はっ! 二人だけで何ができる。それに、こちらには人質がいるんだぞ。おい、お前!」

下っぱ怪人「……お嬢ちゃん、ゴメンネ。見ろ! 既に少女の命は我々の思うがままだ。どうやらお前たちにはこの状況がわかっていないようだな!」

ピンク「うええん。こわいよぉ~」

ブルー「なっ! 人質を取るなんて卑怯な」

蜘蛛怪人「ふははははっ! なんとでも言うがいい! 卑怯なんて言葉褒め言葉にしか聞こえんな」

ブラック(22)「ま、確かにそうかもな。ならこちらも一人対多数の卑怯な手を取らせてもらいますよっと」

下っぱ怪人「ぐはっ!」

蜘蛛怪人「なっ!?」

ピンク「ふええっ。パパ~ママ~。えぐっ、えぐっ」

レッド(16)「もう大丈夫だ。ほら、泣き止んで。俺たちが来たからにはすぐにお父さんたちの元に返してあげるからな」

蜘蛛怪人「くっ……貴様ら。毎度毎度我々の侵略の邪魔をしやがって」

レッド「うるせえ! こんな子供を盾に使ってる奴が文句なんか言ってんじゃねえ。市民の憩いの場をこんなめちゃくちゃにしやがって。覚悟はできてるんだろうな!」

蜘蛛怪人「ふん。そちらこそ、むざむざと現れて、返り討ちにしてくれるわ」

レッド「行くぞ、みんなっ!」

ブルー「ああ!」

イエロー「おう!」

ブラック「あいよ」

……



ピンク「ということがあったんですよ」

イエロー「へ~。あたしはその時まだ戦隊の一員じゃなかったから知らなかった」

ピンク「いえ、でも多分レッドさんもこのことを覚えていないと思いますよ」

イエロー「ふ~ん。で、そういう出来事があったのはわかったけどそれでどうしてピンクはレッドを特別好きになったの?」

ピンク「実は、その戦いのあと。私お父さんたちのところまで連れて行ってもらったんですけれど、その時に私を連れて行ってくれたのがレッドさんだったんです。その時のレッドさんがすごくかっこよくて、優しくて……」

イエロー「で、惚れちゃったと」

ピンク「はい……」

イエロー「なるほどね、つまりピンクはそれから十年間ずっとレッドのことを想ってきたわけね。すごいわね、あたしじゃ絶対に無理だわ」

ピンク「それからは戦隊の活躍があればチェックしてたりはしてたんです。そうこうしているうちに十年が経って、ある日突然私のところにサポーターの人たちが来て、『君には戦士としての素質がある。よければ我々の力になってもらえないだろうか』って誘われて」

イエロー「あたしたちの戦隊の一員になったってわけね。でも実際に憧れていたレッドに会って幻滅とかしなかった?」

ピンク「どうでしょう。確かに、十年間自分が勝手に思い描いていたイメージのレッドさんとはズレがあって最初は悩んだりもしましたよ。
 でも、やっぱりあの人は私の子供の頃から憧れていた優しい人だったので」

イエロー「そっか、そっか。それじゃあ後は本人を前にして天邪鬼な行動を取らないようにすることだね~」

ピンク「そうですよね。ただ、どうしてもあの人を前にすると緊張しちゃって」

イエロー「初々しいな~。ま、頑張れ頑張れ。お姉さんは応援してるぞ」

ピンク「はい、ありがとうございますイエローさん」

ピロリ~ン

ピンク「あっ、メール。ブルーさんからですね」

イエロー「なんだって?」

ピンク「え~っと、『レッドさんは今彼女いないみたいだよ。でも、戦隊とかのこととか園児のことばかり考えてて恋愛自体に興味がなくなってきてるみたい!』だ、そうです」

イエロー「はぁ。本当にあの戦隊馬鹿は……。これは早いところ手を打たないとダメかもね、ピンク」

ピンク「は、はい! 私、頑張ります」
……



――街中――

レッド「でたな、怪人め。何度来ようとこの町の平和は俺たちが守ってみせる!」

蜥蜴怪人「ほう、言うじゃないか。いつもいつも貴様らの思い通りに行くと思うな」

ブラック「気をつけろ、レッド。こいつ今までの敵とはどうも様子が違うぞ」

レッド「わかってます。みんな気を引き締めろ。ブルーは俺とブラックと一緒に怪人の相手を、イエローはピンクと一緒に援護を頼む!」

イエロー「任せて」

ピンク「はい、わかりました!」

……



レッド「くらえ、焔の剣!」

蜥蜴怪人「ぐっ……」

イエロー「おっ、怯んだみたいね。援護するなら今ね。よいっしょ……。痛いだろうけど勘弁してね」

蜥蜴怪人「ぐふっ。お、斧か。噂に聞いていたがこれほどの威力とは」

ピンク(あっ、足をつきました。身体も傷だらけですし、これはだいぶ弱っているみたいですね。今なら私でも)

ピンク「やあああああああっ!」

レッド「ッ!? 馬鹿、ピンク!」

蜥蜴怪人「ふふふっ」

ピンク「なっ!」

蜥蜴怪人「ふん、俺は蜥蜴の怪人だ。多少のキズならすぐに再生できるんだよ」

ピンク(そんな……。マズイ、身体が怪人のほうに突っ込んでしまっていて今更動きを止めることができない)

蜥蜴怪人「これで終わりだな……」

ピンク(レッドさん……すみません)

ドガッ

レッド「……どう、にか間に合ったか」

ピンク「レッドさん!?」

蜥蜴怪人「ほう、仲間を守るために飛び出すとは敵ながら見事。だが、その代償は大きかったな」

レッド「ぐっ……うぅっ」

ドサッ

ピンク「レッドさん! しっかり、しっかりしてください!」

ブラック「レッド! てめえ……」

蜥蜴怪人「おお、怖い怖い。大事な仲間が倒れた時のお前たちの強さは侮れんからな。今日のところはこの辺で引かせてもらおう」

ブルー「待てっ!」

イエロー「ブルー深追いしないで。ブラック、レッドの様子を見てあげて」

ブラック「ああ、わかった」

ピンク「ごめんなさい、レッドさん私のせいでっ……」

レッド「おい、おい。なくな、よ。でも、よかった……。また、守ることができて」

ピンク「……えっ?」

ブラック「ちっ、傷が深い。こりゃ、今すぐ手当しないとマズイな。おい、イエロー。サポーターに連絡だ。早く!」

イエロー「わかったわ! もしもし、レッドがやられたわ、傷が深い。早く治療隊をよこして!」

……



――レッドの病室――

レッド「……」

ブルー「ちくしょう、あの怪人め」

ブラック「ブルー、そう憤るな。もう起こってしまったことだ」

ブルー「そうですけど! でも、許せないです。レッドさんにこんな傷を負わせて」

イエロー「そうね。ここしばらく仲間がこんなに傷つくとこなんて見てなかったからね。あたしも久しぶりに頭きた」

ブラック「早まるなよ、お前たち。そうやって怒りに任せて単独で敵を追えば間違いなく返り討ちになる。辛いだろうが今は耐えるんだ」

イエロー「……わかったわよ。そんなことより、ピンクは?」

ブラック「待合室だよ。あいつ今回の件は自分のせいだって思って酷くショックを受けてる」

イエロー「そう。それじゃあ、あたしがフォローに行ってくるわ。二人ともレッドのこと見てて」

ブラック「ああ、任せた」

――待合室――

ピンク「……」

イエロー「……ピンク」

ピンク「イエロー、さん。わたし、わたし……」

イエロー「そんなに自分を責めなくてもいいのよ。レッドがああなったのはあなたのせいじゃないんだから」

ピンク「でも、私がもっと敵の行動を注意してみていれば……」

イエロー「仕方ないわよ、あなたはまだ怪人との戦いの経験が少ないんだから」

ピンク「でも、でもっ」

イエロー「大事な人が傷ついて辛いのはわかるわ。でも、それであなたまで傷ついちゃせっかくピンクのことを身体を張って守ったレッドの立場がないんじゃない? 
 本当に申し訳ないと思うのなら、ここは空元気でも笑顔を見せて、レッドの意識が戻ったときに元気な姿を見せてあげるのが一番だとあたしは思うわ」

ピンク「……そう、ですね。すみません、イエローさん」

イエロー「分かればよし。まあ、まだまだ不格好な笑顔だけど、とりあえず今はそんなもんでいいでしょ。
 ほら、レッドの病室戻ろう」

ピンク「はい。あ、あのイエローさん」

イエロー「なあに?」

ピンク「ありがとうございます。本当に」

イエロー「気にしないで。これくらい当然でしょ、仲間なんだから」

ピンク「ふふっ、その言い方レッドさんにそっくりですね」

イエロー「あんな戦隊馬鹿と一緒にしないで。まったく、もう」

……



ピロリロリ~ン

ピンク「レッドさんが目を覚ましたって本当ですか!」

ブルー「本当だよ。昨日の昼頃目を覚ましたって。意識もしっかりしているし、今のところは回復の経過は順調みたい」

ピンク「よ、よかった……」

ブルー「今イエローがお見舞いに行ってるところ。よかったらピンクも行ってきたら?」

ピンク「はい。今はまだ学校ですけど、終わり次第すぐに行きます!」

ブルー「そう。それじゃあ、僕も仕事が残っているから、この辺で」

ピンク「はい。どうも、わざわざ連絡をしてくださってありがとうございました」

ブルー「それじゃあね」

ピッ

――レッドの病室――

ピンク「し、失礼します」

レッド「おう、ピンクか」

ピンク「レッドさん。本当に意識が戻ったんですね」

レッド「見ての通りな。悪いな、心配かけて」

ピンク「いえ、そんな。私のほうこそ、あの時は」

レッド「ま、気にすんな。っと、入口でいつまでも立ってないでこっちこいよ」

ピンク「はい。それじゃあ……」

レッド「制服ってことは学校の帰りか」

ピンク「はい。学校にいた時にブルーさんからレッドさんの意識が戻ったって聞いて」

レッド「それでわざわざ見舞いに来てくれたのか。ありがとな、ピンク」

ピンク「気にしないでください。私が来たくて来たんですから」

レッド「そ、そっか」

ピンク「そういえばイエローさんが来てたって聞きましたけど」

レッド「ああ、実はピンクと入れ違いで帰ってな。俺が寝ていた間の街の様子とかを教えてくれたんだよ」

ピンク「そうだったんですか。なんというかイエローさんは色々と気が利く人ですね」

レッド「そう思うよな。まあ、俺はあいつとはブラックの次に付き合いが長いからそんなこと普段思わないけどこういう時は本当にありがたく思うよ」

ピンク「本当ですね」

レッド「……」

ピンク「……」

ピンク(どうしましょう。思ったよりも話題が続きません。レッドさんも私と同じようですし、何か、何か話題……)

ガラッ

男園児「センセー」

女園児「センセー」

レッド「あれ? お前ら。どうしてここに」

男園児「へっへ~、園長先生に連れてきてもらったんだ。センセー大丈夫か? 怪人のせいで怪我したって聞いたけど」

女園児「センセー早くよくなって帰ってきてね」

レッド「大丈夫だ。ありがとな、二人とも」

男園児「それにしてもここが病室か~。センセー、ベッド乗ってもいい?」

レッド「おう、いいぞ。来い来い」

男園児「おっしゃー」ボフッ

女園児「あ、ずるい。私も!」ボフッ

男園児「お~思ったよりやわらけ~」

女園児「ホントだ~」

レッド「おいおい、あんまし暴れるな。先生まだ怪我治ってないんだから」

男園児「あ、ごめんなさい」

女園児「センセー大丈夫?」

レッド「二人がおとなしくしてくれてればな。それと、病院では静かにするように」

男・女園児「は~い」

ピンク「……」

レッド「ん? どした」

ピンク「いえ、レッドさ……じゃなかった紅さんって意外とちゃんと先生をしているんだなって思って」

レッド「なんだ、そんな意外か?」

ピンク「実をいうともっと子供達と同じレベルで相手をしているかと思ってまして」

レッド「おい、こら。こう見えてもちゃんと大人だ。こちとら人様の大事な子供を預かっているんだからそりゃきちんとするさ」

ピンク「ふふっ。そうやっていってると本当に先生みたいですね」

レッド「みたいじゃなくて、先生なんだよ。……ったく」

男園児「なあなあ、センセー」

レッド「ん? どしたよ」

男園児「あのお姉ちゃん誰?」

女園児「もしかして……センセーの彼女?」

ピンク「へっ!?」

レッド「ち、違うぞ。えっとこの子は先生の……そ、そう。大事な仲間だよ」

男園児「ふ~ん。それってレッドとピンクみたいなもの?」

レッド「そ、そうそう。そんな感じ。悪の組織に立ち向かう仲間みたいなもの」

女園児「そうなんですか?」

レッド「そうだよ。なっ、桃」

ピンク「……」

イエロー『でもさ、そんなに好きなら早く告白でもしたらいいのに。気持ち自体は固まってるんだから動かないと損だよ。
 あいつ、あれでも黙っていれば絵になるからね。ま、中身は熱血馬鹿って知って幻滅する人も多いけど、そこを含めて好きになる人がピンク以外に現れないとも限らないんだし』

ピンク(……やっぱり、今の私はレッドさんにとって私はただの仲間にしか過ぎないんですね。こんな状況で言うのは変かもしれないですけど、このままじゃずっとそういう認識しかされなさそうです。それなら……)

ピンク「私は……レッドさんのこと好きですよ」

レッド「へっ?」

男園児「お、おぉ~」

女園児「うわぁ~」

レッド「お、おい。それどう言う意味……」

ピンク「きょ、今日はこの辺りで失礼します。それじゃあ、お大事にッ!」

レッド「ちょ、ちょっと待てって! ……行っちまった」

男園児「うわー告白だー。センセーやるじゃん!」

女園児「センセー、あの人のこと好きなの? どうなの!?」

レッド「……どうって。この状況がどうなってんだよ……」

……



――レッド病室 電子モニター――

ブラック「で? お前はそのまま答えを聞けず悶々としたまま園児たちの相手をしてたってわけか」

レッド「かいつまんで言えばそんな感じです。っていうかわけわかんないですよ。なんで、また急にこんなことになるんですかね」

ブラック「ほ~。本当に心当たりがないのか?」

レッド「……ないですよ。だって俺あいつから好かれるようなことなんてしてないですもん。戦隊に入ってからは先輩風吹かせて口うるさいことばっか言ってましたし。ピンクが学生だっていうのわかっていながら戦隊のことを押し付けたりしてたし。
 この前だってあいつの学校に押しかけて迷惑かけましたし」

ブラック「だからどちらかといえば嫌われている方だとでも思ってたと?」

レッド「まあ……」

ブラック「アホだな~お前も。いいか、本当に嫌いならそもそも相手にすらしないだろ。嫌いな奴のとこに連絡来てすぐ見舞いに行く奴がどこにいるよ?」

レッド「それは、確かにそうですけど。でも、あいつ俺以外のみんなと連絡先交換してたし、結局俺はまだ連絡先交換してないんですよ」

ブラック「ボケ。それもさっき言ったのと一緒だろ。そもそも嫌いならそんなこと話に出さんわ。何か理由があるとか普通は考えるだろ」

レッド「っていうか、ブラックさんもしかしてアイツが俺に好意を持ってくれてるの知ってました?」

ブラック「さてな。んなことより、お前はピンクにどう答えてやるつもりだ? まさか曖昧にする気はないよな?」

レッド「もちろんそんなことはするつもりはないですよ。ただ……」

ブラック「ただ?」

レッド「いや、あいつが俺に好意を持ってくれてるのは単に年上に対する憧れなんじゃないかと思いまして」

ブラック「はぁ~。お前は本当にめんどくさいやつだな。年とって外見は成長しても中身はガキのままじゃねえか。
 いいか、一度しか言わんからしっかりと聞いておけ。もしピンクが年上に対する憧れだけでお前に好意を抱いているのなら同じ隊にお前よりもいいやつは他に二人もいる。
 渋さと大人の余裕を兼ね備えた俺。ちなみに表の世界の肩書きはインテリアデザイナーな。それからブルー。
 あいつはピンクから見れば年上に加え比較的年が近いこともあって面倒見のいい兄貴分みたいな感じだ。しかも外仕事なんてあの年頃の女の子から見れば何故か恋愛対象として好印象。
 それに対してお前はどっちつかずの中途半端な年齢。二十代後半という微妙な年に加え保父さんという世間一般から見れば地味な職業。
 わかったか? これだけでもお前より俺らを選ぶ可能性の方が高いんだよ」

レッド「なんか酷い言われようですね、俺」

ブラック「そうだ、酷い言われようだよ。でもピンクはそんなお前のことが好きって言ってんだ。もういい加減あいつの好意が本物だって認めたらどうだ?」

レッド「……そう、ですよね。こんな俺のこと好きって言ってくれてるんですよね」

ブラック「そうだ。だから、どんな答えを出すにしろきちんとアフターフォローまでしてやれよ。どっちの結果になってもお前がしっかりしないと隊がなりたたないんだから。
 頼むぞ、〝リーダー〟」

レッド「わかりましたよ。相談に乗ってもらってどうもありがとうございました」

ブラック「おう。ま、病み上がりなんだ。あんま無理だけはしないようにな」

ピッ

レッド「はぁっ。まさか、こんなことになるなんて……。一体どうすりゃいいんだよ~」

――ピンク宅 電子モニター――

イエロー「それで勢いに任せて告白しちゃったと」

ピンク「はい」

イエロー「やる気を起こすようにけしかけたあたしが言うのもなんだけれど、よくこんな短期間で気持ちを伝えられたわね」

ピンク「自分でも驚きです。でも、答えを聞くのが怖くて逃げてきちゃいましたけど」

イエロー「上出来、上出来。今頃あの馬鹿ベッドの上で悶え苦しんでるわよ」

ピンク「そうですかね……。レッドさん私のことはなんとも思ってないみたいでしたし」

イエロー「本当になんとも思ってないことはないと思うわよ。だって、本当にそうならただ仲間ってだけであなたのために皆との仲を取り持とうだなんて思わないはずだし」

ピンク「えっ?」

イエロー「本当に興味ないならさ、それこそ前にピンクが言っていたようにメールとかで適当に戦いの支持とか対策を送ればいいだけじゃない?
 なのにあいつは小まめにピンクの様子を気にしたり、この間のミーティングにこれなかった時だってわざわざ会いに行ったりしたでしょ?
 つまり、脈は少なくともあるわね」

ピンク「私、期待してもいいんですか?」

イエロー「まあ、ほどほどにね。あたしもあいつの気持ちを聞いてないからこの恋が確実にうまくいくなんて思ってないし。
 もしダメだったときはお姉さんの胸で思いっきり泣きなさい」

ピンク「ありがとうございます。あ、そうだイエローさん一ついいですか?」

イエロー「なに?」

ピンク「イエローさんの胸って、その……固くないですよね?」

イエロー「失礼な! ちゃんと本物の感触に近いように似せてあるわよ!」

……



――レッド宅――

イエロー「よいしょっと。とりあえずあんたの荷物部屋に運んだわよ。一人で部屋の中までこれそう?」

レッド「ああ。さすがにそこまで弱ってないって」

イエロー「そっ。それじゃあ、あたしは一足先にのんびりとくつろがせてもらうとするわ」

レッド「お前相変わらず自由気ままだな」

イエロー「いいじゃない、別に。遠慮するような仲でもないし」

レッド「まあ……そうだな。よいしょっと。これで、ひとまず退院して我が家に到着だ」

イエロー「結構長くかかったわね。一ヶ月くらい?」

レッド「それくらいだな。とりあえず、ここ最近は怪人たちの活動も小規模なもので助かるよ。おかげで治療に専念できる」

イエロー「もっとも、活動が活発になっても怪我人のあんたを戦いの場に出したりはしないけどね。足でまといになられるのがオチだし」

レッド「ま、そうならないように早いとこ現場復帰できるようにしないとな。
 園児たちにも結構心配かけちまってるし、早くあいつらの面倒をまた見てやらねえとな」

イエロー「なんだかんだで今の仕事気に入ってるのね。それよりも、あんた今もっと大事な用事が残っているんじゃないの?」

レッド「うっ……」

イエロー「ピンクのことよ。一体いつまで待たせるつもり? あの子は大人しいからあんたが答えを出さなきゃいつまででも待ってるわよ。
 もしそれで答えがあの子の望むものじゃなかったとき長引かせて期待を持たせた分だけ傷つくことになるんだから早めに答えを出してあげなさいよ」

レッド「わかってるよ、んなこと」

イエロー「もう、ならなんでそんなに待たせるのよ」

レッド「あのなぁ、向こうはまだ高校生だし年の差だって結構あるんだぞ。そりゃ悩むだろ」

イエロー「ふ~ん。あたしにはもっと別のことで悩んでいるようにも見えるけど」

レッド「そ、それは……。ってか、なんでそんないろいろとわかるんだよ」

イエロー「そりゃ、何年の付き合いだと思ってんのよ。そもそも、あんただってあたしが昔男であることに悩んでいたときすぐに悩んでること見抜いて相談に乗ってくれたじゃない」

レッド「ああ、そんなこともあったな」

イエロー「それと一緒。ほら、早く吐いた、吐いた。素面で言えないようなことならお酒入れる?」

レッド「いらん。はぁ……ホント調子狂うな。わかったよ、言うよ。言えばいいんだろ?」

イエロー「初めからそうしなさいよ」

レッド「……うっせ。あ~、それでな、話をするには俺がピンクのことを気にかけているところからはじめるんだが」

イエロー「別にいいわよ。早く言いなさいよ」

レッド「そっか。それじゃあ、まずは俺があいつのことを昔から知っていたってところからはじめるぞ」

イエロー「あれ、そうなの? もしかして知り合いだったの?」

レッド「まあ、一方的にな。といっても、俺もあいつがピンクになって少ししてから知ったんだけど、あいつ昔俺が助けたことのある女の子だったんだよ」

イエロー「へ、へ~。それはまたなんとも偶然な」

レッド「だろ? 確かあれは十年くらい前かな。怪人に人質にされていた少女がいてさ、その時ちょうど戦隊に入りたてだった俺が始めてリーダーとして戦ったのがそれだったんだよ。
 で、その時助けた女の子がすごく俺にお礼を言ってくれてさ、今までもそういうことあったけど、その時ようやく俺は自分が街のみんなを守れてるんだって実感したんだ。
 だから、十年経った今でもその時の子のことはおぼろげながら覚えていてさ。だから面影の重なるピンクのことを組織の方に訪ねてみたら案の定ってわけだ」

イエロー「なるほどね。でも、それがどうしてあの子の好意を受け取るのに悩む理由になるのよ」

レッド「バッカ、簡単に言うなよな。俺の中ではピンクはなんというかあの時の女の子のまんまなんだよ。
 だから、俺がしっかり面倒見なきゃって思って今まで色々と気を使ってきたんだぜ?
 それがいきなり異性として好きですなんて言われたら戸惑うだろうが」

イエロー「それで悩んでたわけね。で、そういうこと抜きにしたらあんたはピンクのことどう思ってるのよ」

レッド「かわいい……とは思う。正直俺にはもったいないくらいに」

イエロー「なら、それでいいじゃない。あんたが気づかなかっただけで、あんたの中のちっちゃな女の子はその時からずっとあんたのこと思い続けるくらい成長してたってことよ」

レッド「えっ? それって……」

イエロー「っとと、思わず口が滑った。とりあえず、あんたはいつまでも記憶にある少女とあの子を重ねてないで目の前にいるあの子をちゃんと見てあげろってことよ。
 あたしがいいたいのはそれだけ」

レッド「……」

イエロー「そんじゃ、帰るわね。あとはあんたが答えを出すのよ」

 ギィィ、バタン

レッド「イエローのやつ、言いたいことだけ言って帰りやがって。今度会ったとき覚えとけよ。
 ……目の前のあの子を見て上げろ、ね。本当にその通りだよな」

 ピッ、ピコピコピコ

レッド「……もしもし、ピンクか? あのさ、今週末お前時間あるか?」

……



レッド「……う~ん、遅いな。道にでも迷ってんのか? 一度連絡でもしてみるか……」

ピンク「はぁ、はぁ、はぁ。お、お待たせしました!」

レッド「お、おう!? なんだ、走ってきたのか」

ピンク「は、はい……やくそくの、じかんに、おくれちゃってたので」

レッド「そんなに気にしなくても良かったのに。ほら、これでも飲んで少し落ち着け」

ピンク「あ、ありがとうございます」ゴクゴク

レッド「……落ち着いたか?」

ピンク「はい。ありがとう、ございます」

レッド「おう。それにしてもだいぶ気合の入った服装だな」

ピンク「そ、それはもちろんです! だって紅さんからのお誘いですから」

レッド「あ、あ~。すまん、今の聞き方は卑怯だった。その、なんだ。その格好、似合ってるぞ」

ピンク「あ、えっ!? その……ありがとうございます」

レッド「……」

ピンク「……」

レッド「えっと、いつまでもここにいても意味ないし、そろそろ移動するか」

ピンク「はい……」

――水族館――

ピンク「うわ~綺麗。見てくださいよ、紅さん」

レッド「おっ、ホントだ。へ~普段水族館なんてこないけど結構面白いもんだな」

ピンク「そうですね。でもやっぱり休日だけあって人が多いですね」

レッド「そうだな、下手したらはぐれそうだし手でも繋ぐか」

ピンク「へっ!?」

レッド「別に他意はない。あともうちょっと落ち着け。今日一日ずっとおっかなびっくりされてちゃこっちも反応に困る」

ピンク「わ、わかりました。それじゃあ」スッ

レッド「……」

ピンク「……」

レッド(これは、思ってたより恥ずかしいな)

ピンク「そ、その。そろそろ次のエリアに向かいませんか?」

レッド「そ、そうだなっ」

……



ピンク「……潮風が気持ちいいですね」

レッド「そうだな、ただちょっと風が強いな。気をつけろよ、あんまり身を乗り出すと海に真っ逆さまだぞ」

ピンク「この橋結構高いから落ちたら危ないですね。あ、レッドさん見てください。あそこにカモメいますよ」

レッド「へえ、どこだ?」スッ

ピンク「あそこです、あそこ」

レッド「お、本当だ。へえ、結構多く飛んでんな」

ピンク「そうですね……ぁっ」

レッド「どうした? ……ッッ!」

 スススッ

ピンク「すいません、近づきすぎました」

レッド「いや、そこまで気にしなくても。さっきは手繋いでたわけだし」

ピンク「じゃ、じゃあ少しだけ大胆になってもいいですか?」

レッド「お、おう。ドンとこい」

ピンク「それじゃあ……」ギュッ

レッド「……」ドキドキ

ピンク「……なにか言ってくださいよ」

レッド「そ、そうだな……。ごちそうさま?」

ピンク「もう……。あの、もう少しこのままでいてもいいですか?」

レッド「ああ。もう好きなようにしてくれ」

ピンク「はい、ありがとうございます」ギュゥゥゥ

レッド「……」

……



――公園――

ピンク「今日はどうもありがとうございました。とても楽しかったです」

レッド「楽しめたのならなによりだ」

ピンク「それじゃあ、そろそろ私は帰りますね」

レッド「……ピンク」

ピンク「……」ビクッ!

レッド「あのさ、前に俺に言ってくれたこと覚えてるか?」

ピンク「……はい。ちゃんと覚えていますよ」

レッド「あれから色々と俺なりに考えたんだけど、聞いてくれるか?」

ピンク「はい、わかりました」

レッド「実はさ、俺昔にピンクと会っているんだよ」

ピンク「あっ……」

レッド「まあ、ピンクは知らないと思うけど十年くらい前に怪人からピンクを救った時のレッドって俺なんだ。実はピンクが新しくうちの隊に入ったとき面影が似てると思って調べさせてもらった。
 そしたら、あの時の女の子だっていうからビックリしたよ」

ピンク「それじゃあ、もしかして私の面倒とかよく見てくれてたのって……」

レッド「まあ、俺が助けた女の子っていうのもあって面倒見なきゃって思ったのが大きいかな。けど、それだけじゃないぞ。ちゃんと仲間同士の交流を深めようとも思ってたからな」

ピンク「そ、それはわかりました。私が聞きたいのはそんなことじゃなくてっ!」

レッド「うん、わかってる。それでさ、俺としては結構悩んだんだよ。だって、好きだって言われた女の子は俺の記憶の中ではまだ小さくて面倒を見ないといけない女の子だったんだから。
 でも、イエローに言われたんだ。記憶の中じゃなくて目の前にいるお前を見ろって。
 そしたら、なんていうか隊に加わってからの色んなお前の顔が一気に思い浮かんでさ。もう、頭ん中いっぱいいっぱいだよ」

ピンク「それって……」

レッド「あ~もう。まだるっこしい、こういうのは性に合わん。いいか、一度しか言わんからよく聞いておけよ。
 俺はお前が好きだ。だけど、俺は同じくらいこの街に住む人が好きだ。だから、たとえ恋人になっても戦隊の方を時には優先することも出てくる。
 それに年の差だって十もある。世間的に見たら俺はある意味犯罪者だ。ロリコンだ! だから一部の人からは付き合うことでいろいろ言われるかもしれない。
 けど、それでもお前がいいって言うんなら俺はお前と付き合いたい」

ピンク「……」

レッド「……頼むから何か言ってくれ。これでも結構恥ずかしいんだ」

ピンク「……うぇっ」ポロポロ

レッド「お、おい。なんで泣くんだよ」

ピンク「しょ、しょうがないじゃないですか。だって、無理だって思ってたんですもん。一ヶ月もなんにも言ってくれなくて、今日だって期待を持たせるようなことばっかり言ってて、もしかしたらいいのかなって思ってたんです。
 でも、もしレッドさんの答えが違ってたらと思ったら不安で……。
 だから、今こうして望んでいた答えをもらえたのが嬉しくてっ……」

レッド「あ~なんだ。その、待たせてすまん」

ピンク「ホントですよッ! 許してあげますから、その……胸を貸してください」

レッド「ほれっ」

ピンク「……」グスッ、ズビィー

レッド「うわっ、馬鹿。鼻水はねーだろ」

ピンク「すびばぜん」

レッド「ったく、しょうがねえな。そういうところも含めてこれからも面倒見てやるよ」ギュッ

ピンク「よろしくお願いします」ギュッ

……



蜥蜴怪人「ふはははっ。逃げろ、逃げろ。恐怖に怯えろ市民ども。そして我らの侵略をおとなしく受け入れるがいい!」

ブルー「そこまでだ!」

蜥蜴怪人「はっ! 来たな戦隊め。以前と同じように返り討ちにしてやろう」

ブラック「悪いけど、そうもいかなんのよ。こちらとしては前回の借りを返しておきたいしね」

イエロー「そういうこと。まっ、覚悟することね。今のあたしたちは以前と違うから」

蜥蜴怪人「ハッ! そういう大口を叩くのなら少しは期待できるんだろうな」

 蜥蜴の怪人に向かって三人の戦士たちが立ち向かっていく。そんな彼らから少し遅れて蜥蜴怪人めがけて駆け抜ける二人の戦士の姿があった。
 街を守る正義の味方。そんな彼らも人であり、恋をする。そして、今怪人に立ち向かっていくのはそんな恋を実らせ、結ばれた二人。

レッド「さて、ピンク。準備はいいか?」

ピンク「はい。行きましょう、レッドさん!」

 痛みを伴う戦いを終えた先にある心安らぐ平穏な日常を守るため、今日も彼らは戦い続ける。

レッド(26)「正義の味方の」ピンク(16)「恋愛事情」 ――完――

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

今日も世界は平和

「さようなら」

「うん、またね」

「それじゃ」

 そう言って、みんなそれぞれの家に帰っていく。彼女も一人、あの子も一人、私も一人。いっつも私たちずっと一緒だねなんて言ってるくせに、そのくせ帰る場所は全然一緒じゃない。
 それは当然。だって彼女たちは私じゃないもの。些細な言い争い、力のある派閥の主の一言、環境の変化。小さな切っ掛けが一つあれば切れてしまう縁。
 馬鹿らしい、本当にくだらない。けれども悲しいことに私はそんなくだらない関係を続けていないと平常心を保てない。必要だって思われたい、そうでなければ辛くて、辛くて、冗談でもなんでもなく胃に穴が空いてしまいそうになる。

「うっ……」

 ほら来た。一人になった瞬間、訳も分からない不安に襲われた。学校の成績、人間関係、普段は仲良くしている友人が二人っきりになった時に「ここだけの話だから」と他の仲のいい友人の陰口を叩くこと。
 聞かされたくもないのにそんな話を聞いて私は「うん、そうだね。私もそう思うかも」なんて心にもないことを口にして共感を得る。
 そんな自分に嫌気がさして罪悪感。そう感じるならやめればいいのに。そう思うのにやめられない。
 時々無性にひとりきりになりたくなって、じゃあいま周りにいる人たちの縁でも切れば? なんて思う。けれど、そうする勇気もなくて一人きりになったらダメになってしまいそうだって感じてまた空虚な笑みを貼り付けて日々を過ごす。
 心はいつも不安でいっぱい。こんなことを誰かに話しても「お前もしかしてメンヘラ? うわ~めんどくさっ」なんて私のいないところで陰口を叩かれるのがオチだ。
 そうなるのが怖くて、何も口にすることもできず心の中にいつも溜め込み鬱屈する。

「ただいま」

 家に帰っても私の言葉に返事をする人はいない。玄関で靴を脱ぎ、リビングを通る。形だけの家族が上辺だけの会話を今日も口にしていた。

「享~塾に行く時間よ」

「あ、ごめん母さん忘れてたよ」

「全くしょうがないわね。最近たるんでるわよ。成績も少し落ちてきているし、もう少し頑張りなさいね」

「うん、わかってるよ。それじゃ、そろそろ行くね」

「はい、いってらっしゃい」

 リビングに入った私を無視して〝母〟と〝弟〟が会話を繰り広げている。端から見れば普通の家族の会話。けれど、その裏を知っている私はそれがどれだけ空虚なもので馬鹿馬鹿しいかわかってる。
 〝弟〟は中学生の頃から全国模試の成績に乗る常連。塾の先生にも学校の先生にも期待され続けていた。対して勉強もできず、めぼしい特技もなかった私は即座に空気になった。
 けれど、そんな超人も高校に進学し、スランプに陥り次第に泥沼にはまった。〝母〟の前では虚勢を張り、塾に行くなどとほざいているが私は知っている。奴は今日も塾に行くふりをして近くのゲームセンターに足を運ぶのだろう。
 そうして塾が終わる時間になると何事もないような顔をして帰ってくるのだ。
 〝母〟はそんな〝弟〟の行動を知っていて、知らないフリをずっとしている。当然だ、家には塾からの電話も学校から成績も届くのだ。そして、私たちは知らない近所の母親たちのコミュニティーによる噂話でそのことも彼女の耳に届く。
 けれど〝母〟は何も知らないフリをする。見たものも、聞いたものにも蓋をして今日も何事もないように笑顔で接する。それには職場の若い女性と浮気をしてほとんど家に帰ってこない〝父親〟もそんな〝父親〟に懐いていた現空気の私も含まれる。
 馬鹿なやつら。哀れだと彼らを馬鹿にして自分の心を軽くして私は今日も部屋に引きこもる。自分が彼らの同類だと自覚しながら、それに気づかないように上から目線で見下しながら。
 部屋に入る。私にとって唯一の聖域。ここだけは私を何もかもから守ってくれる。
 布団にこもる。イヤホンを耳に当て、音楽を垂れ流す。暗い世界、好きな音楽。嫌なもの全部から私を守ってくれる。
 けれどもまだ胃が痛い。怖いもの、不安なものは何もないはずなのに、得体のしれない気持ちの悪さが胸に残る。
 胸に手を押し当てる。心臓の音がやけに鮮明に聞こえる。音楽で蓋をしているはずなのに身体の内から響いてくる。
 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

……気持ち悪い。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 布団を勢い良く引き剥がす。イヤホンを思いっきり投げ飛ばす。全力でトイレに駆け込む。

「……うっ、おええええええええええええ」

 吐いた。盛大に、胃の中にあるものを吐きだした。最悪だ、せっかく帰りに楽しみにしていたコンビニの新作ケーキ買って食べたのに。無駄にした、なけなしのお金250円。
 グルグルと世界が回る。薬物をキメたわけでもないのに回っていく。不安が、心に染み込んでいく。
 助けて、誰か助けて。
 声を出したつもりが口から出るのはコヒュー、コヒューという呼吸音だけだった。嘔吐物の臭いが鼻につく。それでまた気持ちが悪くなる。
 その臭いをいつまでも嗅いでいたくなくて急いで口をゆすぎ、臭いを消した。相変わらずリビングでは〝母〟が空気がいるのを気にもせずに机を前にして重いため息を吐き出していた。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ。この空間は嫌だ。
 私はすぐさま部屋に引き返した。
 布団よし、イヤホンよし、携帯の電源OFF。外界からの干渉をシャットアウト。残るは内界、自分の情報のみ。
 薬を飲む、目を瞑る。睡眠薬で無理やり意識を閉ざす。
 そうして世界に暗闇が訪れる。

「誰か、助けて」

 意識が消える前、いつものように願いの言葉を口にする。けれど、その願いはきっと叶わない。そう知りながら気休めのように口にし、私はこの世界から消えた。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

男「幼馴染の」幼馴染「恋愛事情」

――幼年期――

幼馴染「おはよ~男くん!」

男「あ、幼ちゃん。おはよ~」

幼馴染「今日も幼稚園楽しみだね~」

男「そうだね~。それよりも、今日は何して遊ぶ?」

幼馴染「う~ん、何しようね、この前探検してたら遅くまで遊びすぎて先生に叱られたもんね」

男「だね~。それじゃあ、木登りとか? 追いかけっこは?」

幼馴染「やだよ~。それじゃあ男くんたちのほうが強いもん。お絵かきしよ~よ」

男「え~。だって、お絵かきってじっとしてなきゃいけないしツマンナイじゃんか。やだよ、そんなの」

幼馴染「そ、そんなこと言わないでよ……」

男「な、なんだよ……泣くなよ」

幼馴染「うっ……うぅっ……」

男「しょ、しょうがないな。それじゃあ、今日はお絵かきでいいよ」

幼馴染「ホントッ! うわ~、やった~」

男「あっ!? 嘘泣きだ! 騙したな~。やっぱりなし! なし!」

幼馴染「駄目だもん! なしはなし! もう〝ぜんげんてっかい〟できないから!」

ブロロロッ キキーッ プシュッ

男「あ、バスきた」

幼馴染「ホントだ~」

先生「男くん、幼ちゃん、おはようございます。今日は二人だけでここまで来たの?」

男「うん、そ~だよ。お母さんお仕事だから一人できたんだ~。ここから家も近いし」

幼馴染「わ、私は……」

先生「ん? 幼ちゃんどうかした?」

幼馴染「あ、あの先生ちょっとしゃがんで」

先生「はい、どうぞ。なあに? もしかして男くんには聞かれたくないの?」

男「なんだよ~。二人で内緒話なんてずるいぞ~」

幼馴染「いいの! 男くんは早くバス乗ってよ!」

男「チェッ。別にいいよ~だ。俺全然気にならないもんね」

タッタッタ

幼馴染「あ、あのね先生。私実は途中までお母さんと一緒に来たの。でも男くんにはいつも一人で来てるっていってるの」

先生「そうなの。それじゃあ先生は幼ちゃんが一人でここまで来てるってことにしておけばいいのね」

幼馴染「うん。お願い、先生」

先生「うん、わかった。それじゃあ幼ちゃんもバスに乗って。幼稚園までみんなで一緒に行こうね」

幼馴染「うん!」

 タッタッタ キィーッ バタン ブロロロロッ

――幼稚園――

男「ムッス~」

園児A「どしたの男。なんかあった~」

園児B「なんか怒ってるの?」

男「べっつに~。全然怒ってないし~」

園児A「ふ~ん。なら、サッカーしようよ」

園児B「そうだよ、今からみんなでやろ~って話ししてたんだ」

男「あ、いい……」

幼馴染『今日はお絵かきしよ~よ』

男(お絵かきするって言ってたけど、幼ちゃん俺を除け者にしたんだもん俺だって約束破っても文句ないよね……。うん、ない)

男「うん、いいよ。やろーぜ!」

……



幼馴染「先生~。男くん知らない?」

先生「男くん? そういえばさっき中庭に出ていったのを見たわね」

幼馴染「えっ? ホントに?」

先生「ええ。どうかしたの? もしかして一緒に遊ぶ約束してた?」

幼馴染「あっ……うん。今日ね、一緒にお絵かきしようって言ってたの。でも、男くん約束忘れてたみたい」

先生「そうなの? それは酷いわね。男くんが戻ってきたら約束を破ったこと怒らないとね」

幼馴染「ううん、いいの。男くん私と一緒に遊ぶより他の男の子たちと遊んでいる方のが楽しそうだもん」

先生「そう……。それじゃあ、今日は先生が男くんの代わりに幼ちゃんと一緒に遊んであげようかな~?」

幼馴染「あ、大丈夫。他の女の子達から一緒におままごとしよって誘われてるんだ。じゃあね、先生」

タッタッタ

先生「あら……そうなの」

……



ブロロロロッ キーッ プシュッ

先生「それじゃあ二人共、また明日」

男「うん。バイバイ、先生」

幼馴染「さようなら」

男母「先生、いつもありがとうございます。うちの子生意気なこと言ったりしていませんか?」

男「言ってないよ! もう、母さん早く帰ろーよ」

男母「ちょっとだけ待ってなさい。ほら、あんたは幼ちゃんと話でもしてたら?」

男「も~。早くしてよ~」

幼母「ほら、幼。あなたもちょっと男くんと話して待ってて」

幼馴染「う、うん……」

幼母「男くんにはいつも幼がお世話になって……」

男母「いえいえ、ウチの子こそ。迷惑ばかりかけて本当に……」

先生「どちらもいいお子さんですよ。この前だって……」

男「……」

幼馴染「……」

男(な、なんだよ。何か喋れよ~。もしかしてお昼のこと怒ってるのか?)

男「……幼……ちゃん」

幼馴染「えっ! なに? 男くん」

男「その……やっぱり怒ってる?」

幼馴染「えっと……」

男「だから、その……お昼のこと」

幼馴染「あっ……。ううん、別に怒ってないよ」

男「ホント?」

幼馴染「うん。だって、男くん他の男の子と遊んでる方が楽しそうだもん。
 それに私と一緒に遊んでるといつもからかわれるよね。あれ、ホントは嫌じゃないの?」

男「それは……」

幼馴染「だからね、男くん無理に私と遊んでくれなくても大丈夫だよ?」

男(確かに幼ちゃんの言うとおり他の男の子たちから冷やかされたりするけど……)

男「でも、俺は幼ちゃんと遊んでるのも楽しいよ!」

幼馴染「えっ?」

男「確かに、今日は約束破っちゃった俺が悪かったし、みんなからからかわれたりもするけど……。俺、幼ちゃんとも一緒に遊びたいから!」

幼馴染「男くん……」

男「だから、これからも一緒に遊んでいこうよ」

幼馴染「……うんっ! これからもずっと一緒にいようね!」

男「う、うん」

男(なんだか、違う意味に捉えられたような気がしたけれどまあ、いいか。ちゃんと謝れたし幼ちゃんの機嫌も良くなったし)

男母「それじゃあ、お話もこれくらいにしておきましょう。先生も仕事中ですし」

幼母「そうですね。それじゃあ、先生また」

男母「男~帰るわよ~」

幼母「幼、あなたも帰りますよ」

幼馴染「うんっ!」

男「はーい」

……



――青年期――

男「……なんて子供時代もあったな~」

幼馴染「ちょっと、何アルバム見てしんみりとしてるのよ」

男「いや~、そういえば幼もあの時は可愛かったよなと思って。
 いっつも俺の後ろについては『男くん! 男くん!』なんて言っちゃってさ」

幼馴染「はぁ~。そりゃね、あたしだってまだ小さかったしあの頃近所に住んでいた同じ年代の子で仲が良かったのあんただけだったんだから仕方ないんじゃない?」

男「あの頃は自分の呼び方も『私』だったのに、今じゃあな」

幼馴染「なによ。そんなにその言い方がいいなら今からでも変えてあげるけど?」

男「やってみて」

幼馴染「いいわよ。ん、んんっ。
 ……男くん! 私、今度新しくオープンするカフェに行ってみたいんだけれど一緒に行ってくれない?」

男「……」

幼馴染「……」

男「ないな」

幼馴染「ないわね」

男「それはともかくとして、カフェ行きたいわけ?」

幼馴染「ん~どうだろ。ここ最近甘いもの食べに行ってないしそれが目的で行きたいのと、新しく店ができるってことで話の種に行ってみたいっていうくらいかな。気が向いたらって感じ」

男「ふ~ん。ま、こっちの予定が合えば行けるけど?」

幼馴染「何? 今そんなにバイト忙しいの?」

男「まあ、夏だしな。飲食店はこの時期はお客がわんさかくるのよ」

幼馴染「大変ね~。でも欲しかったバイクも買ったんだし、そんなにお金稼がなくてもいいんじゃないの?
 あんまりバイトばっかりやってると成績も下がる一方だよ」

男「ぐっ……それに関しては返す言葉がない。俺もさ、バイク買ったらそこで終わりだと思ってたんだよ。満足しちゃうってさ。
 けどな、考えが甘かった。バイクは買ってからが本番だった……。
 本体以外にウェアやブーツ、ツーリングのグッズにバックパックやらなんやら……。
 それに加えて他の人のバイクを見て自分のバイクをいじりたくなりパーツが欲しくなりと……ガソリン代だってタダじゃねーし、金がいくらあっても足りないんだよ」

幼馴染「なにそれ、それじゃあお金なんて貯まらないじゃない」

男「ふっ、バイク乗りは宵越しの金は持たないのさ」

幼馴染「カッコつけても金欠なのは変わらないわよ」

男「……だな。にしてもあちーな。年々気温高くなってねえか?」

幼馴染「そうね~。一時期は温暖化、温暖化と馬鹿みたいに騒がれてたけど、あたしたち一般人には何で気温が高くなってるのとかわからないし、過ごしやすければどうでもいいかもね~」

男「クーラー入れようぜ~。へい、リモコン」

幼馴染「あんた自分の部屋にクーラーないからって毎日人の部屋に押しかけるのやめてよね。はい、パス」

男「ほい、サンキュー。それに関しては申し訳ないと思ってるからこうして毎度差し入れ持ってきてるんだろーがよ」

幼馴染「それもそうね。あ、買ってきたアイス取ってきて」

男「え~、せっかくクーラー入れたのに?」

幼馴染「涼しくなるまで時間かかるでしょ。どうせ部屋が涼しくなったら外に行きたくなくなるんだから今のうちに取ってきてよ」

男「しょうがねえな~。はいはい、幼さんの言うとおりに致しますよ」

ギィィ、バタン

幼母「あら、男くんどうしたの?」

男「あ、幼母さん。いえ、幼のやつにアイス持ってきてくれって言われて」

幼母「あ~そうなの。溶けちゃうといけないから冷凍庫にしまっておいたからそこから出していってね」

男「どうもすいません。それじゃあ」

ギィィ、バタン

男「ふぉい、あいふ」

幼馴染「ちょっと、アイス食べながら話さないでってば。溶けたアイスが床に垂れたら掃除するのが面倒なんだから」

男「悪い、悪い」

幼馴染「もう……。冷たっ! それに固っ!」

男「そりゃ冷凍庫入ってたからな」

幼馴染「まあ、まだ部屋も冷たくなってないしすぐに柔らかくなるわね。あ~あつ~」

男「……お前よく男の前で胸元開けれるよな。恥ずかしくねえの?」

幼馴染「ん~まあ他の男子とかの前だとやらないよ? だって、みんな目付きいやらしいもん」

男「やっぱ女子ってそれ系の視線には敏感なわけ?」

幼馴染「まあね。あんだけ露骨にチラチラと見られりゃ気づくわよ。男子って馬鹿よね、汗で制服が透けてるとか風でスカートが揺れてるだけで視線が急に変わるんだもん」

男「しゃーない、男ってもんはそういう生き物だ」

幼馴染「というか、あたしからしたら体育の時間で女子が更衣室から戻ってきても普通に教室で着替えをできる男子の方が信じられないんだけど」

男「まあ、そのへんが男女の感性の違いじゃねえか? 俺たちは別に着替え見られても恥ずかしくねえし」

幼馴染「見てるこっちのが恥ずかしいのよ! ったく、もう……」

ミーンミンミン ジージジジジ

男「……暑いな~」

幼馴染「そうね~」

男「夏だな~」

幼馴染「そうね~」

男「夏といえばさ~」

幼馴染「ん~?」

男「お前今年の夏祭りどうする予定?」

幼馴染「今んとこ未定~。男は~」

男「わかんね~。とりあえず男子メンツでまた行動になるかも。最も裏切り者が出なかったらの話だけどな~」

幼馴染「ふ~ん。私はどうだろ。去年女子だけで行動して散々ナンパにあったからもう鬱陶しくて嫌なのよね~」

男「あ~その話な。夏祭り終わって家帰ってきた後に散々愚痴聞かされたの覚えてるわ」

幼馴染「もう、本当に面倒くさかったんだから! こっちは拒否してるのに何度もしつこく声かけてさ~。お酒とか勧めて持ち帰りする気ミエミエなのよ」

男「まあ、男としては夏は女の子との出会いの時期なわけですよ。大目に見てやってください」

幼馴染「被害があたしに及ばなければね」

男「面目ない」

幼馴染「そういえばさ、話は変わるけど男この間告白されたんだって?」

男「ゲッ! どっからその話聞きつけた……」

幼馴染「女友ちゃん経由。あたしと男が仲いいからって女ちゃんとの関係を色々と取り持ってくれとか本当に付き合ってないのかと何度も確認されました」

男「お、おう……。そりゃなんというかすまんかった」

幼馴染「別にいいけどさ。これだけ長い間一緒に過ごしてれば周りも勘違いしてもしょうがないし。
 実際何度もあんたと付き合ってるかどうか聞かれたし」

男「え! マジか。もしかして俺ってモテる?」

幼馴染「いや、そういうことじゃないから。仲が良すぎるから興味本位で聞いてくる子が多いってだけ」

男「……だよな~。実際告白されるのなんて数える程しかないしな」

幼馴染(ホントはあんた目当ての子が結構聞いて来るってのもあるけどね。
 というより、告白されるのが〝数える程しか〟なんていうのは他の男子が聞いたら怒るってわかってないのね)

幼馴染「それで、女ちゃんの件はどうするの? 煮え切らない態度は逆に相手を傷つけるよ」

男「う~ん、俺としては付き合うってのがなんとなくピンと来ないんだよ。実際に去年少しの間だけだけど付き合ったことあったじゃんか」

幼馴染「……そうだったね」

男「あの時の彼女さ、色々と束縛が激しくて幼とかと遊ぶのもすげえ嫌がられたわけよ。何よりも自分優先じゃなきゃ嫌だって子でさ。
 まあ、そういう束縛が嫌で別れたんだけど、あれが付き合うってことなら俺別に付き合うってこと嫌だなって思っちゃったんだよな」

幼馴染「ふ~ん、まあ結局のところ男が決めることだから好きにすればいいと思うけど」

男「まあ、もう少し考えてみるよ。向こうも真剣に告白してくれたんだから、こっちも真剣に考えるのが当然の対応だし」

幼馴染「そう……。頑張って」

男「おう。んじゃ、今日はそろそろ帰るわ。あんましダラダラしてたら帰るの遅くなりそうだし」

幼馴染「ん、それじゃまたね。差し入れ期待してるから」

男「それ遠まわしにまた家にこいって言ってるのか? とりあえず今度はジュースかお菓子でも買ってくるわ。
 あ、そうだ。それとカフェの件空いてる日にちが確認できたらまた連絡するわ
 それじゃ!」

タッタッタッ

幼馴染「は~、ようやく男帰ったわね。全くもう、ほとんど毎日のように家に来てこっちだって都合があるっていうのに……。
 喉渇いたな~ジュースでも取りに行こ~」

ギィィ、バタン

幼母「あら、幼。男くん帰ったわよ」

幼馴染「知ってる~。どうせまた暇になった来るでしょ」

幼母「あらそう。それよりあなた何でそんなににやけてるの? 何かいいことでもあった?」

幼馴染「べっつに~。暑い中の差し入れがありがたかっただけだってば」

幼母「そう……。それなら、そういう事にしておくわ。それにしてもあなた男くんとはまだ付き合ってないの?」

幼馴染「なによ、別にいいじゃない。大体私たちは幼馴染ってだけで彼氏彼女じゃないんだから」

幼母「もったいないわね、男くんあんなにかっこよくなってるのに。他の女の子から告白とかされてるんじゃないの?」

幼馴染「まあね~。実際、今私の友達が一人告白の返事待ちだし」

幼母「ちょっと……あなたそれでいいの?」

幼馴染「いいわよ別に。だって、結局決めるのはあたしじゃなくて男だし」

幼母「他人事みたいに言って……後悔しても知らないわよ?」

幼馴染「あ~もう、うるさいな。ここ暑いから部屋戻る」

幼母「ちょっと、幼!」

タッタッタ ギィィ、バタン

幼「……」

男『その……さ。俺たち、結構付き合いも長いし、仲もそう悪くないじゃん? それで、幼さえよかったら俺と……』

幼馴染「……もう知ってるよ、どれだけ後悔するかくらい」

……



男「あ~あちぃ。死にて~、海行きてえ~」

友「んだよ、男。さっきからそればっかりじゃん。てかバイクあるんだからツーリング行こうぜ。お前もう免許取得から一年経ったんだから二人乗りできるだろ」

男「アホ、何が悲しくて夏に男と二人でバイクに乗らなきゃいけないんだよ。どうせなら女の子の胸の感触を楽しみながら走りたいわ」

友「それは確かに。こうわざとスピードをあげて密着状態を作り出して『しっかり掴まっておかないと危ないから』『う、うん。それじゃ……』とかいう会話を繰り広げてギュッ! ってしてもらうのとか男の夢だよな」

男「それな。あ~、でも似たようなことなら幼とやったな」

友「おい、マジか! てめーふざけんな!」

男「っても、そんな夢のあるような会話じゃねえぞ?
『ねえ、男~。これ背もたれないの?』『ない』『腕疲れたから掴まっていい?』『どっちでもいいぞ~』『それじゃ』って感じ」

友「でも胸の感触は楽しんだんだろ?」

男「それは……まあ」

友「死ね!」

男「ちょっ、クッション投げんな! それゲーセンで二千円かけて取ったやつなんだぞ!」

友「知らんわ! 俺が二千円やるから幼ちゃんの胸の感触を俺にも味わわせろ!」

男「俺に言うんじゃねえよ! やったらお前セクハラ……いや、この場合は売春になるのか? どっちにしろ捕まるぞ」

友「くっ……一時の快楽に任せて捕まるか。我慢して動画に走るか……。迷う、迷う……」

男「どっちにしろそんなこと幼が許可しねえだろうけどな」

友「だよな~。あ~ちくしょう! 彼女欲しい!」

男「まあな~」

友「同意してるけどお前こないだ告白されただろうが! 彼女作れるだろうが!」

男「あ、うん」

友「くそっ、サラリと肯定しやがって。んで? どうすんの。女ちゃんって学年の中でも結構可愛い部類に入るけど」

男「考え中。前回の件でちょっと付き合うってことに思うところがあって」

友「ふ~ん。俺がお前の立場なら即OKするけどな」

男「だよな~。俺もそうすると思ってたんだけど、思っていた以上に面倒な性格だったみたいだ」

友「なんにせよ、お前の好きなようにしたらいいさ。結局自己責任なわけだし。告白を断ってお前の評判が悪くなっても俺は一向に構わん」

男「うわ、ひっで~。てめーふざけんなよ~」

友「ちょっ、クッション投げんな! さっき大事とか言ってただろ」

男「俺のクッションを俺がどう扱おうと俺の勝手だ」

友「てめ~。こうなったらゲームで勝負つけようぜ!」

男「いいぞ、何する?」

友「スマブラでもいいし、ウイイレにするか? それともデューティーのキル数で勝負する?」

男「いや、久しぶりにマリカーやりたい」

友「んじゃ、そうすっか」

男「さてと、覚悟はいいか?」

友「お前こそ、泣いて謝っても許してやんねえからな」

男「先に行っておくがいくらイラついてもリアルでの乱闘はなしな」

友「おう。前に桃鉄やってそれになりかけたからな」

男「よし、それじゃ」

友「勝負!」

……



幼友「幼ちゃん、幼ちゃん」

幼馴染「ん~どうした?」

幼友「ね、ね。友くんのこと男くんから聞いておいてくれた?」

幼馴染「あ~、ごめん。すっかり聞くの忘れてた」

幼友「ひどいよ~。ちゃんと聞いてくれるって約束したのに」

幼馴染「ごめん、ごめん。まあ、どうせ近いうちに男も家に来ると思うしその時に聞いておくね」

幼友「う、うん」

幼馴染「どうかした?」

幼友「え、ううん。何でもないよ」

幼馴染「なによ~、言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ~」

幼友「う~ん、それじゃあ聞くけど、幼ちゃんと男くんって本当に付き合ってないの?」

幼馴染「ない。というより、そんなこといつもあたしと一緒にいる幼友ちゃんが一番知っているんじゃない?」

幼友「それは……そうだけど。でも、二人を見てると不思議なんだもん。いつ付き合ってもおかしくないのに全然そうなる気配がないし。
 それに、これは私の勝手な思い込みだけど、なんだか二人共そうなることに一線を置いてるような気がするんだ」

幼馴染「……」

幼友「幼ちゃん?」

幼馴染「あ……ううん。何でもないよ。まあ、こんだけ付き合いが長かったらお互いのいい面も悪い面も恥ずかしいところも色々と見てるしね。
 彼氏彼女なんて言われてもピンと来ないんだよね」

幼友「そうなんだ。でも絶対に付き合ったらお似合いだと思うけどな、二人共」

幼馴染「うっ……。あ~もう! この話これ以上は禁止! ほら、早く次の店行こっ! 今日は幼友ちゃんの服見繕いにいくんだから!」

幼友「待ってよ幼ちゃん!」

タッタッタッ

幼馴染(今更……無理だよ。だって、だって男とそうなれる可能性を壊したのはあたしなんだから……)

……



――少年期――

幼馴染「男~。今日男の家行ってもいい?」

男「あ~今日部活だからパス。帰ったら疲れて寝るだろうし」

幼馴染「了解~。それじゃ明日は?」

男「明日も部活」

幼馴染「ん~それじゃあ休日」

男「休日も……」

幼馴染「ちょっと、それならいつ空いてるのよ!」

男「怒んなよ……こっちだって毎日部活で疲れるんだから。というか、なんの用事だよ」

幼馴染「あ~うん。実はさ、今料理部で創作料理作っててまた味見してほしいな~って」

男「それ毒見の間違いだろ。前に創作料理作ってた時も奇抜なもん作ろうとして失敗したろうが……。
 しかも捨てるのは勿体ないからって食わされたの俺だし」

幼馴染「別にいいじゃない。部活帰りに減ったお腹を満たしてあげたでしょ? それに成功作だって多かったじゃない」

男「まあ、そうだけどさ……」

幼馴染「なんだか歯切れが悪いわね。というより男、最近付き合い悪くない? もしかしなくてもあたしのこと避けてるでしょ」

男「バッ! んなこたねえよ」

幼馴染「嘘。だって、最近全然一緒に帰ってくれないし、家にだってあんまり来なくなったもん。
 お母さんからも何度も『男くん来ないの? 喧嘩でもした?』とか聞かれてちょっとうんざりしてるのよ」

男「知らねえよ……。というか、こっちもいろいろ忙しいんだよ」

幼馴染「ふ~ん、まあいいけど。それでもたまには家来なさいよ。あんた来るとお母さん喜ぶんだから」

男「わかったよ。また、今度行くよ」

幼馴染「ち、か、い、う、ち、に」

男「はいはい、近いうちにいきますよ」

幼馴染「ん、了解。待ってるからね」

男「……おう」

タッタッタッ

男「……はぁ。幼のやつ人の気持ちも知らないで。あ~もう、部活だ、部活!」

……



ファイオーゼッ! オッ! ゼッ オッ! ゼッ!

友人A「あ、サッカー部だ」

友人B「ホントだ。すごいよね、毎日毎日外周走らされて筋トレして、その後に普通の練習メニューやってるんだもんね」

友人A「そういえば男くんもサッカー部だったよね、確かレギュラーにも選ばれたって」

幼馴染「うん、確かそんなようなこと言ってた」

友人B「二年生になってレギュラー取った子少ないんだよね。三人位って聞いたよ。うちの学校って結構サッカー強いからすごいよね~」

幼馴染「どうだろ? でも男は嫌がってたよ。なんか先輩との関係が悪くなりそうでとかって」

友人A「あ~確かに。先輩からしたら後輩に自分の居場所取られてるみたいで嫌だろうね」

友人B「でも、しょうがないよね。その先輩たちの中には同じようなことをしてきた人もいるだろうし。
 男くんたちだって今年の夏に先輩たちが引退したら後輩に同じような目に遭わされるかもしれないしね」

幼馴染「文化系の部活と違って体育会系は実力主義だもんね。しょうがないといえばしょうがないよね」

友人A「……ところで話は変わるけど、幼ちゃんって男くんと付き合ってないの?」

幼馴染「ないよ。もう、このセリフ聞くの何回目だろう。いい加減聞き飽きたんだけど」

友人B「え~、でもあれだけ仲がよかったら普通はそう思うよ~。だって、一時期なんて登下校も一緒だったし、買い物とかも一緒に出かけてたんでしょ?
 今だって幼ちゃんの作った料理とか男くんが食べてるんだし。付き合ってると思われても仕方ないよ」

友人A「そうそう。それにこうやって言われるのが嫌ならなおのこと付き合っちゃえばいいのに。そうすればもう何も言われないよ」

幼馴染「付き合うってそんなことなの? 別に一緒にいる時間が長ければこれくらい普通だよ。
 なんていうか……そう! 兄妹みたいなものだよ。あたしと男の関係は。向こうも多分そう思ってるんじゃない?」

友人B「そうかな~? 幼ちゃんはそう思ってても男くんはそう思ってないんじゃない?
 この間とか他の男子に幼ちゃんとの関係聞かれて、確かに否定はしてたけどまんざらでもなさそうだったし」

幼馴染「え~。ない、ない。それはないよ。だってあたし、自分が男とキスしたりするとことか想像できないもん」

友人A「ふ~ん。そうなんだ。じゃあ、幼ちゃんは男くんとは付き合う気がないんだ」

幼馴染「ま、ね。とりあえずこんなこと話しててもしょうがないし、別の話でもしよ」

友人B「う~ん。なんだか腑に落ちないけど幼ちゃんがそう言ってるなら……」

幼馴染「そういえば、昨日テレビでさ……」

幼馴染(あたしと男が付き合うって、なんでみんなそんな風に思うのかな? お互いにそんなことなんて考えてないのに、迷惑なことこの上ないよ。
 ま、あたしは男とこれからもダラダラと楽しい毎日が過ごせればいいや)

……



ガラッ、ビシャッ

男「ん?」

幼馴染「あ、男。なに? 部活終わり?」

男「お、おう……。まあな」

幼馴染「ちょっと、なんでキョドるのよ。変な男」

男「うっせえな。そっちも部活終わりか?」

幼馴染「うん。元々荷物は調理室に持っていってたんだけど教室に忘れ物したの思い出して戻ってきたんだ」

男「そっか……」

幼馴染「? なに、妙に歯切れ悪いわね。何かあった?」

男「いや、別に……」

幼馴染「ふ~ん。まあ、いいけど。あ、そういえば創作料理決まったから今週末家来てよ。
 今回は絶対に上手くいく自信があるから期待していいわよ。なにせ……」

男「なあ、幼……」

幼馴染「な、なに……?」

男「あの、さ。ちょっと話あんだけど」

幼馴染「うん」

男「……」

幼馴染「……」

幼馴染(え? ちょっと、何この空気。なんか……やだ。男も変だし、これってもしかして……)

男「えっと、そのなんつーか。ああ、くそ。一応言っておくが俺は真剣だからな!
 その……さ。俺たち、結構付き合いも長いし、仲もそう悪くないじゃん? それで、幼さえよかったら俺と……」

幼馴染「待って」

男「つきっ……なんだよ。こっちは一杯一杯なんだから全部聞いてからにしてくれよ」

幼馴染「……」

男「ふう……はあ……。幼、俺と……付き合ってくれないか?」

幼馴染「……」

男「……」

幼馴染「……」

男「いや、ちょっ、なんか言えよ! なんかここの空気重いんだけど。なに? そんなに予想外だった?」

幼馴染「……」

男「いや~お前なら気づいてると思ったんだけどさ。なんせ俺たち付き合い長いじゃんか。大抵のことなら口にしなくてもわかるだろ?
 だから今回の件もてっきりお前は気づいてると思ってたんだけど……そうじゃ、なかったみたいだな」

幼馴染「ごめん……」

男「そこで謝るなよ! なんか振られたみたいじゃねえか!」

幼馴染「ごめん」

男「えっ? もしかして、これ返事? うわ、マジか。俺振られたのか~。これはキツいわ。PK外して俺のせいで試合に負けた時並にキツいわ」

幼馴染「ごめん、男。あたし、あんたのことそういう目で見たことなかった」

男「……そっ、か。いや、悪い悪い。急にこんなこと言ってな。お前も迷惑だったよな? 空気読めなくてスマンな。
 ごめん……今までどおりの俺になるように頑張るから」

幼馴染「男……」

男「……。わり、すぐには無理かもしんねえ。ちょっと、思ってたよりダメージでかいみたいだわ」

 タッタッタッ

幼馴染「男ッ!」

ガラッ、ビシャッ!

幼馴染「男……泣いてた。そりゃあ、そうか。振られたら誰だってそうなるよね。
 あたし、男のこと振っちゃったんだ。でも、しょうがないよね。あいつがあたしのこと好きだなんて思ってもみなかったもん。
 振っちゃったけど、男は今までどおり戻ってくれるって言ってくれた。だから、あたしたちの関係は今までどおりだよ……。
 でも、なんでだろ。何でもないはずなのに胸が……痛いよ」

……



二週間後

幼馴染「ねえ、男」

男「……幼」

幼馴染「一緒に、帰ろ?」

男「悪い、まだ無理だ」

幼馴染「うん、ごめん」

一ヶ月後

男「おいそこサボってんなよ。先生に見つかったら怒られっぞ」

後輩「あ、先輩。すんません!」

男「どうせなら、もっとうまくやれよ。なんなら俺が上手なサボり方教えてやるぞ」

後輩「えっ! マジっすか!」

男「おう、実はな……」

後輩「ちょ、先輩。後ろ、後ろ」

男「ん? あっ! 先生。いや、サボってないです。実はちょっと後輩の指導を……。はい、すんません!」

ワイワイ、ガヤガヤ

幼馴染「男……部活頑張ってるなぁ」

二ヶ月後

幼馴染「男、まだ……駄目?」

男「ごめん、今日はツレと約束があって」

幼馴染「うん……私こそごめんね」

男「うん……」

タッタッタ

幼馴染「……」

……



友人A「最近幼ちゃんと男くんってなんだか余所余所しいよね。喧嘩したの?」

幼馴染「う、うん。ちょっと……」

友人B「……はぁ。ねえ、幼ちゃん。私聞いたよ?」

幼馴染「えっ? 何を」

友人B「男くんのこと。振ったんだって?」

幼馴染「えっ……」

友人A「それ、ホント?」

友人B「うん、私も最近聞いたんだけどね。教室じゃ今までどおりの接し方をしたから気がつかなかったけど男子がこの話をしてるのたまたま聞いちゃったんだ」

友人A「あ~なるほど。それで最近二人共ギクシャクしてたのね」

友人B「というか、幼ちゃんそれはちょっとひどいと思うよ。振られた男くんからしたらそっとしておいて欲しいものなんじゃない?」

幼馴染「け、けど男も今までどおりにしてくれるって言ってたし。まだちょっと時間はかかるみたいだけど……」

友人A「そう。でもそれ男くん可哀想だよ。振られた相手に今までどおり接するのってすごく辛くて勇気のいることだよ?
 幼ちゃんと男くんの付き合いの長さも知ってるし、二人がどれだけ仲が良かったのかも知ってるけど、変わらない関係なんてないんだよ?
 もし、本当にこれから先幼ちゃんと男くんが元の様な関係に戻ってもそれは昔とは違うものだし、まして告白を片方がしてたなら尚更だと思うけどな」

幼馴染「そう……だよね」

友人B「まあ、私たちは部外者だからこれ以上は言えないけど、幼ちゃんももうちょっといろいろ考えてみてあげて。男くんのためにも」

幼馴染「うん、ありがと」

……



幼馴染「ただいま」

幼母「おかえり、幼。元気無さそうだけど何かあった?」

幼馴染「ううん、別に」

幼母「そういえば今日夕食の買い出しに出たら男母さんにあったわよ。男くん部活頑張ってるみたいね」

幼馴染「あ、うん。そうみたい」

幼母「そうみたいって、あなた他人事ね。そういえば、ここ最近男くん家にこないけれど喧嘩したの?」

幼馴染「まあ……そんな感じ」

幼母「馬鹿ね、どうせあなたが男くんが忙しいのに無理に予定を詰めようとでもしたんでしょ。いいから早く謝っちゃいなさい、男くんみたいないい子あんまりいないんだから」

幼馴染「むっ……なんであたしが悪いみたいになってるのよ」

幼母「さあ? 昔はともかく今の男くんがあんたを傷つけるようなことするとはお母さん思えないし。あの子あんたのことすごく大事にしてくれているんだから。
 貴重な幼馴染よね。いっそのこと付き合っちゃえば?」

幼馴染「……お母さんもそう言うんだ」

幼母「なに? 友達にもこのこと言われた?」

幼馴染「うん、散々」

幼母「そうなの、それで機嫌悪いのね」

幼馴染「ねえ、お母さん」

幼母「なあに?」

幼馴染「あたしと男って付き合わなきゃいけないのかな?」

幼母「変な子ね。別に無理に付き合う必要なんてないけれど」

幼馴染「でも、お母さんも友達もみんな付き合えばって言うよ?」

幼母「う~ん、他の子がどうかは知らないけれどお母さんは昔から二人のことをよく見てきているから付き合っていても不思議じゃないと思って言ってるだけよ」

幼馴染「付き合ったら今までと何か変わるの?」

幼母「そうね、特には変わらないと思うわ」

幼馴染「じゃあ、別に今までどおりでもいいんじゃないかな……」

幼母「そうね。でも、付き合うってことはその相手が自分の中の異性で特別な存在だって言うことなるからね。
 ほら、幼馴染っていう関係も特別かもしれないけれどそれはある意味付き合いの長さってことだけでしょ?
 でも彼女や彼氏になれば違う。付き合いはたとえ短くてもその人の中で相手はほかと比較できないような特別な存在になるのよ」

幼馴染「よく、わかんない」

幼母「それじゃあ、もっと簡単に言ってあげるわ。心の底からその相手を愛おしいと思ったり、傍にいたいって思うような人ができて、その相手と一緒になれる可能性があるのなら付き合うっていう選択肢は私はアリだと思うわ」

幼馴染「……わかった。ありがと、お母さん」

幼母「どういたしまして。あ、そうだ。夕飯もうすぐだから荷物置いたら準備するの手伝ってね」

幼馴染「は~い」

タッタッタ ギィィ、バタン

幼馴染「愛おしいと思ったり、傍にいたいって思うか。……少し考えてみようかな」

――夕飯後――

幼馴染「あ、これ懐かしい幼稚園の運動会だ。男この時転んで泣きそうになってたっけ」

幼馴染「こっちは小学校の水泳大会。男が勝ったおかげでクラスが優勝したんだよね。違うクラスなのにあたしも喜んで同じクラスの子に怒られたっけ……」

幼馴染「これは修学旅行か。男とあたし一緒の班になってみんなのまとめ役を二人で頑張ったな~」

幼馴染「あ、これ去年の……。思えばこの頃から男がちょっと素っ気なくなり始めたんだよね。この時にはもうあたしのこと意識してくれてたのかな……?」

幼馴染「……こうやって見返してみると見事に男と一緒の写真ばっかり。あたしってホント男ありきの生活を送ってたんだな」

幼馴染「でも……もしかしたらそれももうなくなっちゃうかもしれないんだよね。
 男がいない生活か……」

男『幼ちゃん、今日も一緒に遊ぼ!』

男『幼ちゃんって呼ぶのなんか恥ずかしいから今日から幼って呼ぶから!』

男『幼~一緒に帰ろーぜ』

男『へへっ、どうだ。一着だぜ。見直したか? 幼』

男『うげっ、なんだよこれ。完全に失敗作だろ。おい、食材に何使ったか教えろよ!』

男『ごめんな、幼』

幼馴染「……あれ? なんだろ、なんか……急に胸が痛くなってきた。それに気持ち悪くなって……。
 うっ、ううっ……。やだ、やだやだやだ。男がいなくなるなんてやだ。
 あたし、馬鹿だ。なんであんなこと言ったんだろ。ずっと傍にいてくれて、全然気付かなかった。あたし、こんなにも男のことが好きだったのに……。
 でも、あたしのせいで男を傷つけちゃった。どうしよう、もう取り返しがつかない。今更好きだなんて言えないよぉ。
 ごめん、男。ごめんね……」

……



三ヶ月後

幼馴染「……」

男「幼。おい、幼」

幼馴染「……えっ!?」

男「なに驚いてんだよ。ほら、久しぶりに一緒に帰ろうぜ」

幼馴染「おと……こ?」

男「お、おう。そうだけど?」

幼馴染「え? どうして? あたしのこと嫌いになったんじゃなかったの?」

男「は? お前何言ってんだよ。嫌いになんてなるわけねえだろ。ただ、ちょっと気持ちの整理が必要だったんだよ」

幼馴染「え? え?」

男「ちょ、せっかく落ち着いたんだから改めて説明させんなよ。仮にもこっちは振られた側なんだからさ。
 まあ、気持ちにもある程度整理ついたしこれからは今までどおり接するよ。悪いな、随分と長いこと素っ気ない態度とって。
 もう……大丈夫だから。ほら、帰ろうぜ」

幼馴染「あっ……うん」

男「なんだよ、元気ねえな。何かあった?」

幼馴染「ううん、何でもないよ。なんでも……」

幼馴染(あたしって本当にズルい。男がこうして前みたいに戻ってくれたことを嬉しく思ってるのに今じゃそれ以上を求めてる。
 自分で男のことを振ったくせに、今更また好きになって欲しいなんて思ってる。男はまたあたしに話しかけれるようになるのにこれだけ長い時間をかけたのに。そんな都合のいい話があっちゃいけない。
 だから、この気持ちを伝えることはあたしにはできない。あたしのために頑張って気持ちを整理してくれた男のためにも……)


男「幼~、おせーよ。はやくしろよー」

幼馴染「ちょっと待ってってば男。歩くの早いのよ、あんたは!」

幼馴染(そう。これで……いいんだ。昔みたいな幼馴染の関係性が今のあたしたちにとっては一番……)

……



――青年期――

夏祭り前日

幼馴染「あっ、男」

男「あれ? 幼じゃん。どうしたよ」

幼馴染「あたしは夕飯の買い物帰り。男は?」

男「俺はさっきまで友たちとサッカーやってた」

幼馴染「ふ~ん、そうなんだ。そんなに好きなら高校でも続ければよかったのに」

男「まあ、そういう選択肢もあったけどせっかくの高校生活色々と楽しんでおきたかったし。それにサッカーは人数揃えばできるからな」

幼馴染「もったいない。中学の時はあれだけ頑張ってたのに」

男「なんだよ、覚えてねえのか? 俺あの時誰かさんが試合の応援してくれるのが楽しみでサッカーやってたんだぜ」

幼馴染「えっ……?」

男「ま、あの時は俺のせいで色々とギクシャクしちまったからな~。そんなこんなで俺としちゃサッカーやる目的がなくなっちゃったわけだ」

幼馴染「その、ごめんね」

男「別に謝らなくてもいいぞ。未練あるかと言われるとそんなにないし。
 練習も滅茶苦茶熱心にやってたわけじゃないしな。程ほどにって感じで後輩たちとじゃれあってることもしょっちゅうだったもん」

幼馴染「でも最後の試合の時は負けて泣いてたじゃんか」

男「意味が違うっての! あれは、そう。これでもうキツイ練習から解放されると思うと嬉しくて泣いてたんだよ!」

幼馴染「ふ~ん。その割に部活引退してから、しばらく抜け殻のようにボケーっとしてたような気がするけど」

男「気のせいだよ、気のせい」

幼馴染「そういうことにしておいてあげる」

フラフラ ヨタヨタ

男「……幼、荷物貸せよ」

幼馴染「え?」

男「フラフラしてて危ないから持ってやるよ。ほれ」

幼馴染「あ、ありがと」

男「ん」

幼馴染「……」

男「……」

幼馴染「そ、そういえばさ。女さんへの返事どうしたの?」

男「あ~あれな。告白してもらって申し訳なかったけどやっぱ断った」

幼馴染「え? ……な、なんでっ!?」

男「ん~、やっぱ俺まだ付き合うとかいいかな~って思ってさ。友とか他の連中と馬鹿やってる方が楽しいし」

幼馴染「……そっか」

男「なに? もしかして付き合って欲しかったとか?」

幼馴染「別に。男の好きなようにしたらいいんじゃない?」

男「ま、それもそうだな」

幼馴染(……やだ。あたし嫌な言い方しちゃった。男、気を悪くしなかったかな。
 あたし嫌な子だな……。男が女ちゃんの告白を断って内心すごく喜んでる。今の男はもうあたしのこと〝女〟じゃなくてただの〝幼馴染〟としてしか見てくれてないって知ってるはずなのに)

男「おっ……着いたか。ほれ、荷物」

幼馴染「ありがと」

男「おう。それじゃまたな」

幼馴染「うん、またね」

男「……あ、そうだ一つ言い忘れてた。お前、夏祭り行くんならナンパに気をつけろよ? また愚痴を聞かされるのはもう勘弁だぞ」

幼馴染「心配してくれてありがと。そっちこそ変にハメを外しすぎないようにね」

男「はいはい。それじゃあな」

幼馴染「うん。荷物ありがと」

……



幼友『それじゃあ、男くんは女ちゃんを振ったんですね』

幼馴染「うん、そうみたい。なんか男友達とバカやってるの方が楽しいんだってさ。勿体ないことしたよね。あははは」

幼友『……』

幼馴染「あれ? 幼友ちゃん? おーい」

幼友『あの、ですね。これ幼ちゃんにだけ教えるんですけれど実は私昨日女友ちゃんから連絡が来たんですよ』

幼馴染「なに? もしかして一緒に女ちゃんを慰めて欲しいって感じ?」

幼友『まあ、内容はそうだったんですけれども。その、女友ちゃんが言うには女ちゃんが男くんに振られた理由は他に好きな人がいるからだってことだったらしいんですよ』

幼馴染「えっ……」

幼友『でも、男くんは幼ちゃんには違う理由を説明したんですよね。幼ちゃんに男くんが嘘をつく理由もないですし、もしかして男くんが女ちゃんに言った好きな人って……』

幼馴染「待って。違う! そんなのただの勘違いだよ。それに、男も女のあたしにはそういうこと言いづらかっただけだと思うよ。だから、きっと……」

幼友『幼ちゃん、なんでそんなに幼ちゃんが男くんに対して距離を取ろうとするのか私にはわからないですけど、自分の気持ちに嘘をついても辛いのは幼ちゃん自身ですよ?
 それに、せっかく機会があるのなら勇気を振り絞ってでも想いを伝えるべきだと思います。仮に傷つくことになっても、みんなそうやって真剣な気持ちを伝えてるんですから。
 自分の気持ちを誤魔化し続けるのはそういう人たちに失礼だと私は思います』

幼馴染「幼友ちゃん……」

幼友『ごめんなさい、少しお節介が過ぎました。私はこれ以上何も言いません。あ、それと明日は私一緒にお祭りにいけなくなりました。
 私も勇気を振り絞ろうと思ってるので。それじゃあ、できることならまた明日』

ツーツーツー

幼馴染「自分の気持ちを誤魔化し続けるのは失礼……か。確かにそうかもしれないね。
 ……よし、こうなったら思った通りに行動しよう」

幼馴染「すーはー。すーはー。……。
 あ、もしもし男? いや~あはは。用は特にないんだけど……。いや、ごめん。やっぱり用はちゃんとある。だから切らないで!
 あの、あのね? 明日の夏祭り、あたしと……一緒に行ってくれないかな?」

……



夏祭り当日

男「お~い、幼。迎えに来たぞ~」

幼母「あら、男くん。こんばんは」

男「こんばんは、幼母さん。幼のやつまだですか?」

幼母「そうね、まだちょっと時間かかるみたい。中で待っててもらえるかしら?」

男「あ、はい。それじゃお邪魔します」

幼母「幼~男くん来たわよ。まだ準備できないの?」

幼馴染「ちょ、ちょっと待って! もうちょっとで準備できるから!」

幼母「早くしなさいよ~」

幼馴染「わかった~」

幼母「全くもう……。あ、男くん今麦茶でも入れるからちょっと待っててね」

男「どうもすみません」

幼母「いえいえ、昨日の夜になって急に幼が夏祭りに行こうだなんて誘って。男くんも予定があったでしょうに」

男「実は一緒に祭りを見に行く友達が急に行けなくなったって連絡が入って困ってたところだったんですよ。
 だから、俺としても幼の誘いはちょうどよかったんでむしろ助かりました」

幼母「そう言ってもらえると助かるわ。それと、いつもあの子の相手をしてくれてありがとね」

男「こちらこそ、幼には料理ご馳走してもらったりでお世話になってます」

幼母「はぁ~。ホント、男くんうちの息子になってくれないかしら」

男「いや~どうですかね。幼が貰ってくれればそれも実現すると思いますが」

幼母「不甲斐ない娘でごめんなさいね」

男「こちらこそ魅力的な男子でなくて申し訳ない」

幼馴染「お母さんも男も何馬鹿なこと言い合ってるの?」

幼母「なに、単なる世間話よ。着付け、ちゃんとできた?」

幼馴染「う、うん。どうかな? 変じゃないかな?」

幼母「帯が緩んでるわよ。ほら、後ろ向いて」

幼馴染「ありがと。……って、男どうかした?」

男「いや……見違えたわ。なんというか浴衣マジックって本当にあるんだな」

幼馴染「何それ?」

男「浴衣を着ると女性が三割増で綺麗に見えるっていうアレ」

幼馴染「つまりあたしの浴衣姿に見惚れたってこと?」

男「有り体に言えばそうなる」

幼馴染「そ、そう……。ありがと」

男「お、おう……」

幼馴染「……」

男「……」

幼母「あらあら、一応ここにはお母さんもいるからイチャイチャするなら外に出てからにした方がいいわよ。うっかり何か口にしたら全部お母さんの耳に入るからね」

男「あっ! そ、そうですよね。すいません」

幼馴染「もう、お母さん! 変なこと言わないでよ」

幼母「変なこと言われたくなかったらさっさと祭りに行ってきなさい」

幼馴染「はい、はい。ほら、行こっ! 男」

男「ちょ、待てって。引っ張んなよ幼!」

幼母「……頑張りなさいよ、幼」

……



――河川敷――

ヘイラッシャイ シャテキドウダイ? ワタアメハイカガッスカー ヤキソバアルヨー

男「うわっ、予想通り人波がすごいな。こりゃ下手したらはぐれるぞ」

幼馴染「だね……」

男「ん~とりあえずはぐれないように手でも繋ぐか。ほらっ」

幼馴染「んっ」

男「……」

幼馴染「……なによ」

男「いや、幼なんかいつもと様子が違うなって思って。浴衣着てるからそう見えるのかな?」

幼馴染「そ、そうなんじゃない? あ、男。りんご飴売ってるよ、買おうよ!」

男「ったく、男女二人で出かけてるのにいきなり食事の話とかホント俺ら色気とかないよな。まあ、いいや。買おうぜりんご飴」

テクテクテク 

幼馴染(……しょうがないじゃんか。だって、今更告白なんてどうしたらいいかわかんないし、緊張するんだもん。こうして適当な話でもしてないと心が落ち着かないんだからさ)

男「ほれ、幼。これ俺の奢りな」

幼馴染「あ、ありがと……」

男「その代わりジュース奢ってくれよ。俺サイダーでいいや」

幼馴染「いいわよ。あたしもサイダーにしようかな……」

男「真似すんなよ~。というかお前炭酸飲料苦手だろうが」

幼馴染「うるさいな~。たまには飲みたくなるのよ。……っとと」

ゴチャゴチャ ワイワイ、ガヤガヤ

男「酷いなこれは。全然身動き取れねえ。お~い、幼もっとこっち寄れ」ギュッ

幼馴染「う、うん。ありがと、男」

男「おう」

ドキドキドキドキ

幼馴染「……」

男「ん~これじゃ息苦しいし、せっかくの祭りが楽しめないな。ちょっと人気の少ないところ移動するか」

幼馴染「……」

男「幼? おーい、大丈夫か?」

幼馴染「あ、うん。大丈夫、大丈夫」

男「人波に酔ったか? やっぱここから抜けたほうがよさそうだな」

テクテクテクテク

ヒュ~ ドンッ!ピカッ! ドン、ドンッ!

男「お、花火始まったみたいだな。いや~綺麗だな」

幼馴染「そうだね……」

男「……この辺ならだいぶ人も少なくなったし大丈夫だろ。幼、なんか飲み物買ってこようか?」

幼馴染「大丈夫。だから、どこにもいかないで」ギュッ

男「お、おう。わかった、傍にいる」

幼馴染「……」

男「……」

友「いや~楽しいな。今日はありがとうな、幼友ちゃん」

幼友「いえ……こちらこそ一緒に行こうだなんて誘いを急にして申し訳なかったです」

友「いやいや。むしろありがたかったよ。どうせ男は今頃幼ちゃんと一緒に祭りに着てるだろうし。そうなったら俺一人だったからさ~」

幼友「ふふっ。あの二人仲いいですもんね」

友「ホントにね~」

男「おっ……友だ。あの野郎、人には裏切って女と出かけたら許さねえとか言ってたくせに。よし、一度文句を言いに行ってやる」スッ

幼馴染「あっ……」

ギュッ

男「幼?」

幼馴染「男……行かないで」

男「……わかったよ」

幼馴染「……」

男「……なあ。なんか今日お前無理してないか? 様子も変だし、もしかして体調悪かったとか?」

幼馴染「ううん、違うよ」

男「思えばお前から夏祭り誘われるとかこれが初めてだよな。家族で行ったときは除いてだけど……。
 なんで急にこんなことしたんだ?」

幼馴染「それは……」

男「まあ、さっきの二人を見ればだいたい理由はわかるけどさ。幼友ちゃんから祭りのキャンセルでもくらったんだろ? んで、俺を誘ったと。
 まあ、俺だからいいけど他の男子に気軽にこんなことすんなよ? 前も言ったけど男子って生き物は単純だからすぐに勘違いするからさ」

幼馴染「……なんで」

男「ん?」

幼馴染「なんで、男は勘違いしないの? 幼馴染だから? 昔のことがあるから? あたしが誘った時点で男は何も期待しなかったの?」

男「幼、お前……」

幼馴染「ごめん、もう無理だよ。あたしこれ以上自分の気持ちを抑えられない。
 男、あたしあんたのことが好き。好き、大好き! 一緒にくだらない話をしたり、ダラダラと同じ部屋で過ごしたり、男と一緒に過ごす時間が大好き!
 昔男が勇気を振り絞って告白してくれたのに馬鹿だったあたしは振っちゃって。男はそんなあたしのために今までどおりに接してくれて……。
 でも、自分の気持ちに気づいちゃったから……だからこれ以上はただの〝幼馴染〟ではいたくないよ。
 お願い、男。一度は貰ったチャンスを自分で捨てちゃったあたしだけど、もう一度チャンスをください。
 あたしと……あたしと付き合ってください!」

男「……」

幼馴染「……」

幼馴染(ああ、男なんにも言ってくれない。そりゃ、そうだよね。こんな都合のいい話ないもんね。これは……振られちゃうかなぁ。
 あの時の男も、こんな気持ちだったのかな……)

男「……これ、告白と捉えていいんだよな?」

幼馴染「あ、あたりまえだって」

男「兄妹とかそういう感情じゃなくて、異性に向けた好きって言葉でいいんだよな?」

幼馴染「う、うん」

男「……そっか。……そう、か」

幼馴染「……男?」

男「わり、ちょっと嬉しくて……。いや、みっともねえ。もうさ、前の件で絶対こんな風になるの無理だと思ってたから……さ。
 だから……嬉しくて……」

幼馴染「泣いてるの、男? ごめんね、あたし前に男のこと傷つけたから……」

男「んなこというなよ。どんな関係であれお前の傍にいられて俺、嬉しかったんだぜ。
 しかも、こんなサプライズがあるなんて思ってなかったし……。
 やべえ、今最高に幸せだ。無性に叫びたい、幼の彼氏になれたことを叫びたい」

幼馴染「えっ! ええっ!? それはちょっとやめてよ。もし誰かに聞かれたら恥ずかしいよ」

男「いいんだよ。どうせ祭りだし、少しくらいハメはずしても誰も文句言われねえよ」

幼馴染「そういうことじゃなくてあたしが恥ずかしいんだってば!」

男「うおおおおおおおおおおおおお! よっしゃああ! 俺、とうとう幼と恋人になったぞ!!! 夏祭り最高だ! 幼の浴衣、最高だあああああああああああああ!」

幼馴染「やめてよ、男! もぉ~バカッ!」ポカッ

男「痛ッ! いや、でも痛いから夢じゃないな。うん、現実最高だ」

幼馴染「はぁ……。もう、こんなところ誰かに見られたらどうしよう……」

友「……」

幼友「……」

幼馴染「……あ」

男「おっ、友に幼友ちゃん。なあなあ、聞いてくれよ。俺幼と付き合うことになったんだ!」

友「お、おう。おめでとう、男。てかテンション高すぎだろお前。なんかキャラ変わってんぞ」

男「うっせえボケ! この喜びをお前にも分けてやりたいわ!」

友「そうか、だが俺にはそれ必要ないから」

男「んだよ、遠慮すんなよ。コノヤロウ」

友(うぜえ。まあ、俺もさっき似たようなテンションだったんだろうし仕方ない。こっちもせっかく幼友さんという彼女ができたのに、こいつのノリが高すぎて、喜びを表に出せないじゃねえか)

幼馴染「お、男。ちょっと今のあんためんどくさいよ」

男「悪い悪い。ちょっと落ち着くわ」

幼馴染「も~。これからはあんたに何かあると、あたしまで恥ずかしい思いすることになるんだからやめてよね」

男「わかったよ、もう」

友「ま、なんにせよおめでとう二人共」

幼友「よかったですね、幼ちゃん」

幼馴染「ありがとう。それと、そっちもおめでとう」

友「あっ、やっぱり気がついた?」

幼友「……あぅ」

男「え? え? マジ!? 友、お前そういうことか?」

友「男、興奮する気持ちは俺にもよくわかるがマジで落ち着け。そのテンションは果てしなくウザイ」

男「おう……。んっ、んんっ。よし……おめでと、二人共」

友「サンキュー。いや~今日は最高の一日だな」

幼友「そうですね~」

幼馴染「なんなら今からダブルデートでもする? ……なんちゃって」

男「俺は一向に構わん」

友「俺も構わないぞ」

幼友「私も……」

幼馴染「あれ? まさかの賛成? まあいいや。今日はみんなで楽しもっか!」

こうしてひと組の幼馴染の夏が過ぎていく。これまでとは違う関係性を新たに始め、これまで以上にその仲を深めた男女の夏が……。

……



幼馴染「あつ~」

男「あつ~」

幼馴染「なんで男の部屋クーラーないの~」

男「知らん。文句は母さんに行ってくれ」

幼馴染「あ~あ~あ~。扇風機からくる風涼しい~」

男「お~い、固定にするな。こっちにも風送ってくれ~」

幼馴染「え~暑いからやだ~」

男「んじゃ俺がそっち行くわ」

幼馴染「ちょっと、くっつきすぎ。余計に暑いじゃんか~」

男「文句言うなよな。それにカップルなんだからくっついてもいいだろ~」

幼馴染「もう……しょうがないなぁ」

ミーンミンミンミン ジージジジジ

男「暑いな」

幼馴染「暑いね」

男「プールでも行く?」

幼馴染「いいね~。バイクで?」

男「もちろん。走っていれば風で少しは涼しくなるだろ」

幼馴染「そうと決まれば早速準備しよっか」

男「おう。けど、その前に」

チュッ

幼馴染「んっ……はむっ……ちゅぱっ……ちょっと、男ッ……」

男「ん~なに~?」

幼馴染「今、汗臭いから……」

男「汗臭い幼も俺は好き~」

幼馴染「もう……このバカ彼氏。んっ……ちゅっ」

男「幼~大好きだ」

幼馴染「あたしも~男のこと大好き」

二人の夏はまだまだ続く。ダラダラとした空気で、お互いに気ままにイチャイチャと過ごす日々。
 まったりとした、楽しい毎日を今日も、また。

男「幼馴染の」幼馴染「恋愛事情」 ――完――

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

兄「兄妹の」妹「恋愛事情」

母「兄~。そろそろ部活でしょ? もう出ないと間に合わないんじゃないの?」

兄「マズっ! ゆっくりしすぎた。ありがと、母さん」

母「あっ、そうそう。ついでに妹のお弁当持っていってあげて。あの子家に置いて行っちゃったみたいだから」

兄「はぁ……なにやってるんだ妹のやつ。わかった、持ってくよ」

母「よろしくね」

兄「それじゃあ、行ってきます」

母「は~い、気をつけるのよ」

タッタッタッタ

――学校――

兄「あ~暑い~。もう、夏場に自転車を漕いで学校に行くだけでシャツが汗でびしょびしょだ。べたつくし、嫌になるな」

プープオーン ブォー、ブォー タッタカターン

兄「おっ、吹奏楽の連中か。妹のやつ頑張ってるかな」

キーコーキーコー

――教室――

先輩「妹、音程ズレてる。あともう少しリズムよく」

妹「はい! すみません」

先輩「それじゃあ、もう一度やるよ。定演までもうあんまり日がないんだから」

妹「わかりました」

タンタカタッタッター

兄「……う~ん、練習中みたいだな。とりあえず、一度練習が止まるまで待つか」

タカタカタッタタンターン

先輩「……うん、みんなミスも少なくなってきたし一度休憩入れよっか」

後輩「はいっ!」

妹「はいっ!」

先輩「そういえば、さっきから入口の前でウロウロしてる人いるけれど、あれ確か妹ちゃんのお兄さんじゃなかった?」

妹「あっ、ホントだ。もう……何しに来てるのよ~」

ガラガラッ、ビシャッ

兄「おっ、妹。ようやく休憩か?」

妹「まあね。それで、どうかしたの? まさか用もなく来たわけじゃないんでしょ?」

兄「まあな。ほれ、弁当。お前家に忘れてったろ。母さんが届けろって俺に渡したんだよ」

妹「あっ……そういえば。ありがと……」

兄「ん。それじゃ俺も部活行くから。頑張れよ、妹」

妹「そっ。そっちも頑張りなさいよ」

兄「おう。なんせこの暑い中唯一涼しい気分になれる部活だからな。思う存分頑張ってくるよ」

タッタッタッタ

妹「な~にかっこつけてんだか」

後輩「ねえねえ、今の妹ちゃんのお兄さんだよね?」

妹「ん~? まあね」

後輩「お兄さんって確かこの間水泳の大会で賞もらってなかった? ほら、学年集会の時に呼ばれてたよね」

妹「あ~そういえばそんなこともあったかも」

後輩「すごいな~。きっと脱いだら筋肉とか凄いんだろうな~」

妹「言っとくけど脂肪が少ないだけでそんな筋肉がガッシリとついてるわけじゃないわよ。
 それに、水泳はできても家じゃパンツ一丁でウロつくし。普段から海パン一丁で過ごしてるせいか生活がだらしないのよ。もう、見てらんないんだから」

後輩「そ、そうなの?」

妹「そうだよ! ノックもしないで人の部屋入ってきたりするし、買い物に行ったら勝手に自分の好きなもの漁り始めるし、料理の味付けは大雑把だし。
 あと、あたしに彼氏が出来たかどうかしょっちゅう確認してくるし鬱陶しくてたまらないわよ全く。後輩ちゃんが変な幻想抱いてるから言っておくけど、あいつはデリカシーの欠片もない男よ」

後輩「ふ、ふ~ん。そうなんだ……」

妹「そうだよ、今日だって携帯にメッセージでも送ってくれて後で荷物渡しに来てくれればいいのにさ。わざわざ直接送ってきたりするしさ。ホント気が利かないんだから」

後輩「聞いてる分にはなんか仲良さそうなんだけど?」

妹「全然! 心配性だし、ちょっと過干渉気味なんだから!」

後輩「でも、妹ちゃん。さっきからニヤニヤしてるよ?」

妹「えっ?」

後輩「あれ? 気づいてないの。お兄さんの話してる間ずっと嬉しそうに話ししてたけど……」

妹「……」

後輩「……」

妹「あ、あたしちょっとトイレ行ってくる」

後輩「いってらっしゃ~い」

妹「~~ッ」

後輩「妹ちゃん、ブラコンなんだ~。可愛いな~」

――プール――

先生「よ~し、それじゃあアップ始めるぞ。とりあえず百メートル自由形十本。
 よーい、始め」ピッ

ザパンッ! バシャバシャバシャ スイー

先生「次」ピッ

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ

友「いや~やっぱ夏場はこの部活最高だと思うわ。このクソ暑い中冷たい水の中に浸っていられるんだからな」

兄「同感。水泳部に入ってよかったと思えることの一つだよ」

友「だな」

プープオーン キンッカンッ タタタタタ タタタタン

友「お、パイレーツオブカリビアンのテーマソング。吹奏楽の奴ら頑張ってるな」

兄「今全体練習やってるみたいだな」

友「定期演奏会近いもんな。そういえば兄の妹も吹奏楽部じゃなかったっけ?」

兄「うん。今一年生。吹部自体は中学から続けてたから、ある程度は演奏できるよ」

友「ふうん。実際のとこ妹ちゃんの演奏楽しみ?」

兄「もちろん。中学の時からあいつの演奏会は休まず見に行ってるよ。もっとも、こっちの大会と被った時は両親に撮ってきてもらったビデオで見てるけど……」

友「ゲッ! マジか。そこまでされて妹ちゃん嫌がったりしないの?」

兄「え~そんなことないって。口では嫌がってるようなこと言ってても最後にはお礼言ってくれるし。喜んでくれてると思うけどなぁ」

友「でもさ、昔はともかく今ぐらいの年頃ならそういうの鬱陶しいと思ったりするんじゃないの?」

兄「そうかな?」

友「ほら、なんて言っても思春期だし。身近な異性のことが気になり出すわけじゃん。もし対応間違えてたりなんてしてたらすぐに嫌われるぞ」

兄「そ、そうかな……?」

友「ああ、俺の友達に妹いるやついるけど、最近急に余所余所しくなったってことがあったりしてさ。
 友達を家に呼ぶときは外に追い出されたり、学校であっても話しかけたりしないでとか言われてるらしいぞ」

兄「うそっ……」

友「だからお前も一度妹と自分の関係性を考えた方がいいと俺は思うぞ」

兄「う、うん。わかった、ありがとう友」

友「おう。いいってことよ」

先生「こらっ! そこ二人、何サボってる。早く練習に戻れ!」

兄「あ、すみません!」

友「すぐ戻ります!」

……



妹「ただいま~。あ~疲れた」グデーッ ダラダラ

母「おかえりなさい。もう、帰ってきてすぐにダラけないの。どうせなら自分の部屋でゆっくりしなさい」

妹「え~いいじゃんか。今そんな体力残ってないんだもん」

母「だからってソファに寝転がらない。はしたないわよ。この間もそうやってゴロゴロしててそのまま寝ちゃったじゃない」

妹「お風呂にはちゃんと入ったからいいじゃんか~」

母「そんなことしてると風邪引くわよ?」

妹「大丈夫だって、あたし病気には強いから!」

テクテクテク

兄「母さん、お腹減った。ご飯まだ?」

母「もう少しよ。兄、お皿並べといてくれる?」

兄「わかった。……なんだ、妹。帰ってたのか」

妹「なによ、帰ってちゃ悪いの?」

兄「いや、別にそんなことないけど。というか、お前女の子なんだからそんな格好してるなよ。パンツ見えてるぞ」

妹「うっさいな。妹のパンツわざわざ見るな変態」

兄「いや、見せてるのお前だろ」

妹「~~ッ! うっさい、うっさい! 本当、デリカシーないんだから! だいたい、自分だっていっつもパンツ一丁じゃない!」

兄「いや、俺はいいだろ。男だし」

妹「なら、あたしだっていいじゃん。別に誰かに見られてるわけじゃないし」

兄「ああ……今度は胸元をさらけ出して。ちょっと、母さん。何か言ってやってよ!」

母「まあ、家の中だからいいんじゃないの?」

兄「ええ~」

妹「ほら、お母さんもこう言ってるしお兄ちゃんはもう黙っててよ!」

兄「むっ、しょうがないな」

母「はい、はい。言い争いはそこまで。ご飯できたわよ~」

妹「は~い」

兄「ん~」

イタダキマース

ゴチソウサマー

妹「それじゃ、あたし部屋に行くから。お兄ちゃん、勝手に入ってこないでよ!」

兄「わかった、わかった」

妹「絶対だからね!」

タッタッタッ

母「ふふっ。妹も年頃ね」

兄「え~。遅れてきた反抗期?」

母「違うわよ、ただの思春期よ」

兄「はぁ……こりゃ、友の言うとおり真剣に妹への接し方を考えた方がいいかも。なんか、ちょっと避けられてるみたいだし……」

……



妹「……はぁ、どうしよう。またお兄ちゃんに強気の態度取っちゃった。最近変だな……お兄ちゃんの前に立つとどうしても頭の中一杯一杯になっちゃうよ。
 今日もせっかくお弁当届けてくれたのに素っ気ないお礼しか言えなかったし。
 嫌になっちゃうな~こんなあたしの性格。とりあえず、今日もお兄ちゃんコレクション見て心を落ち着けよう」

ゴソゴソ タララタッタッターン

妹「ふふっ。iPodtouchに収めたお兄ちゃんの水泳大会の動画。それから、家族みんなで旅行に行った時の動画……。今日は、旅行の動画にしよっ」

兄『ん? 何撮ってるんだ?』

妹『……お兄ちゃんのあほ顔』

兄『なんだそれ。というか、せっかく外の景色綺麗なんだからそっち撮ったらどうだ?』

妹『一緒に撮ってるから別にいいの』

兄『ふうん、まあいいけど。……あ、妹髪の毛にホコリついてる。取ってやるよ』

妹『えっ!? ちょ、ちょっと!』

兄『こら、暴れんなって。ほら、取れた』

妹『ちょっと! 勝手に人の髪の毛触らないでよ!』

兄『え~。でも、ホコリついてたし。それにしても妹の髪の毛は綺麗だな』

妹『やっ、こらっ、ちょっと……』

サワサワ

兄『うん、触り心地がいい』

妹『あぅっ……。も、もう……やめてってばぁ』

妹「うぅっ……。この時お兄ちゃんに手で梳いてもらったの気持ちよかったなぁ。
 また梳いてもらいたいな……。
 んっ、んっ……お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ!」

兄「ん? 呼んだ?」

妹「ちょっとおおおおおおおお!」

兄「妹、どうした~」

妹「ノック! ノック! もう! あれだけ勝手に入らないでって言ったじゃんか! なんで何度言ってもわからないの!!」

兄「いや、だってお前大きい声で俺の事呼んだから何か急ぎの用でもあるのかと思って……」

妹「ないから! そういう余計な気遣いいらないから! もう、早く自分の部屋戻ってってば!」

兄「はぁ~。わかったよ。でも、そこまで怒ることないだろ?」

妹「ホント、お兄ちゃんってば最低! そんなんだからいつまで経っても彼女とかできないんだよ。もっと、女の子に対しての接し方を学んだほうがいいよ!」

バタンッ

妹「あ、危なかった……。お兄ちゃんをネタにしてるのバレるとこだった~」

兄「……はぁ。またやっちゃった。ついさっき妹への接し方を改めようと思ったところなのに。これじゃ、ダメだ。やるなら徹底的にしないと……」

……



妹「おはよ~」

母「おはよう」

兄「……」

妹「? お兄ちゃん、おはよ」

兄「……ああ」

妹「なに、感じ悪い。もしかして昨日のこと怒ってるの?」

兄「いや、別に? それより俺もう行くから」

妹「えっ? ちょ、ちょっと……」

兄「行ってきまーす」

妹「……」ポカーン

母「あらあら。あなたたち喧嘩でもしたの?」

妹「う、ううん? してない……はずだけど」

母「そうなの? それにしては兄の態度がいつもと違ったわね。あの子普段なら妹が嫌がるくらい声かけるのに」

妹「だよね。どうしたんだろ……」

母「まあ、気が立っていただけかもしれないしそのうちいつものように戻るわよ」

妹「うん……そうだよね」

……



――学校――

妹友「妹ちゃ~ん、宿題のテキストが帰ってきたから一緒に教室に運ぶの手伝って~」

妹「うん、わかった。何が帰ってきたっけ?」

妹友「数学と古典だよ」

妹「ああ、あれね。面倒だったよね」

妹友「ホント、ホント。古典なんて原文の意味がサッパリだったよ。現代語訳にするの大変だったんだから」

妹「あはは。って、あれ? お兄ちゃんだ」

兄「お~い、友。これ運べばいいのか?」

友「そうそう。わりーな、兄。手伝わせちまってよ」

兄「そう思うなら今日の昼飯にパン一つ奢れ」

友「それは労働の対価が釣り合ってねえよ。せめておかずひと品ってとこだな」

兄「仕方ないな~。それで手を打つか」

テクテクテク

妹「あっ、おにいちゃ……」

兄「……」スッ

妹「へっ?」

テクテクテク

妹「ちょ、ちょっとお兄ちゃんってば!」

兄「……どうかした?」

妹「な、なんで無視するのよ!」

兄「別に、無視してないよ。一応こっちは用事があるから急いでただけ」

妹「で、でも。その、声かけるとかくらいは……」

兄「だって妹学校で話しかけられるの嫌なんだろ?」

妹「えっ? ど、どういうこと?」

兄「結構前に言ってたじゃないか。学校では家とおんなじようにあんまりベタベタ話しかけてこないでって。
 ちょっと最近思うことがあってお前への態度を改めようと思ったんだ。できるかぎり、妹の嫌うことはしない。家では余計なことを言わない。勝手に部屋に入らない。学校では気軽に話しかけない。
 あ~あと、なんだっけ。まあ、とりあえずこんな具合でこれから接してくからよろしく」

妹「えっ? えっ、えっ、えっ? ちょ、ちょっと待ってよ!」

兄「ごめん、教材運ばないといけないから」

妹「……」

妹友「い、妹ちゃん?」

妹「な、なによぉ……。お兄ちゃんの……ばかっ」グスッ

……



友「なあ、兄。お前何か凄い素っ気なかっけどよかったのか? 妹ちゃん悲しそうな顔してたぞ?」

兄「いや、これで大丈夫なはず。今までがベタベタしすぎてたんだって。妹も迷惑そうにしてたし。
 教えのとおりならこれでお互いに気持ちのいい適度な距離が取れるはずなんだ」

友「……ちなみにそれ何を参考にした?」

兄「ん? インターネットで見つけた兄妹間の適度な距離感ってサイト。そこに載ってたお互いに生活を過ごしやすくするための適度な距離とか接し方を参考にしたんだけど?
 妹もいつもみたいに怒ることなかったし、早速役に立ったよ」

友「お、おう。そうか……」

友(い、言えねえ。おそらくそのサイトに書いてあることは全く参考になってないかもしれないなんて……。これだけ自身満々に言い切られたら、俺には否定できねえ)

兄「~~♪」

友「……はぁ」

……



先輩「こらっ、妹! またミスしたわよ。今日何回目? やる気がないなら帰りなさい!」

妹「す、すみません」

先輩「一人が音ズレすると他があってる分目立つんだから。しっかりしなさい!」

妹「はい……ごめんなさい」

後輩「……妹ちゃん、ドンマイ」

妹「うん、ありがとう」

先生「はい、それじゃあ四小節前から始めるよ。一、二、三……」

……



妹「ただいま~」

母「おかえりなさい。あら、今日はいつも以上に元気ないわね」

妹「うん。ちょっと色々あって……」

母「そう。もうご飯できてるから早く食べちゃいなさい」

妹「わかった……。あ、そうだお母さん。お兄ちゃんどうしてる?」

母「兄? 別にご飯食べて部屋に戻ってるけど?」

妹「そ、そっか~」

母「なあに、まだ気まずいままなの? ホント、何したのよ」

妹「何もしてないよ……お兄ちゃんが勝手に変な態度取るようになったんだよ」

母「どうせ普段から文句ばっかり言ってたからお兄ちゃん我慢に限界がきちゃったんじゃないの?
 面倒見てくれてるんだからあんまり邪険にしたらお兄ちゃん可哀想よ。あの子妹のこと大好きなんだから」

妹「う、うん……。わかってるよ、それくらい」

母「なら謝るなりなんなりして早く今までどおりの二人に戻りなさい」

妹「はい……」

……



コンコン、コンコン

妹「お、お兄ちゃん。入っていい?」

シーン

妹「は、入るよ?」

ギィィ、バタン

妹「あれ? 真っ暗だ」

パチッ、ピカッ!

妹「あっ……お兄ちゃん寝ちゃってる」

兄「……」スースー

妹「もう、人が勇気を振り絞ってここに来たっていうのに……。ずるいよ、もう」

兄「うっ、ううん……」

ソソソッ

妹「お兄ちゃんの……ばかっ。なんで急にあんな態度取るのよ。あんなふうに接せられても困るだけだよ。
 でも、あたしがいつもお兄ちゃんにひどいことばっかり言ってたからある意味自業自得だよね」

ゴソゴソ

妹「ごめんね、口の悪い妹で。でも、ホントはあたし……お兄ちゃんのこと大好きだから」

ゴソゴソ ギュッ

妹「う~。お兄ちゃんの背中あったかいよぉ」ギューッ

妹「それにいい匂いするし……」スンスンッ

兄「んっ、ううん……」ゴロッ

妹「あっ……か、顔近っ! 近い、近い」

キョロキョロ 

シーン

妹「……」

兄「……」

妹「……」ゴクッ

妹「……今日あたしはお兄ちゃんのせいで傷つきました。そのせいで吹部の練習にも身が入らなかったし、先輩にも怒られました。
 だから今から行うことはあたしの心を乱したお兄ちゃんへの罰です」

ソーッ

妹「……ん……ちゅっ……んむっ、ちゅっ、ちゅぱっ……あむっ」

妹「……」

キョロキョロ

妹「や、やっちゃった……。とうとう妄想だけじゃなくて現実でお兄ちゃんに手を出してしまった……。
 ううっ、意識のないお兄ちゃんとキス。あたしのファーストキス……。
 罪悪感と血の繋がった兄とのキスで感じる背徳感。やめなきゃダメなのに、起きたら言い逃れできないのにやめられないよぉ。
 んっ……はむっ……ん~んっ。あっ、やんっ」

兄「ん……んんっ?」

妹「ううっ。大好き。お兄ちゃん、大好き。大好き。好き、好き、好き。
 素っ気ない態度とってごめんなさい。お兄ちゃんのこと変な風に言ってごめんなさい。
 気持ちいい、気持ちいいよぉ。そうだ……お兄ちゃん寝てるしこのままお兄ちゃんの手を使って……」ゴソゴソッ

兄「……」

妹「ううっ、興奮しすぎて身体火照っちゃってる。でも、お兄ちゃんの手がひんやりしててちょうどいいかも。
 えへへ~。お兄ちゃん~」

兄「……呼んだ?」

妹「……へっ?」

兄「……」

妹「……」

兄「何、してるの?」

妹「あ、はは、ははははは。えっと、その……」

兄「えっと、今キスしてたよね? それに、俺のこと大好きって……」

妹「あははははは。な、なんのこと?」

兄「妹……」

妹「うっ……うわ~ん。そうです、あたしお兄ちゃんにキスしたよ! 眠りについてるお兄ちゃんを襲ったよ!
 悪い? でもお兄ちゃんも悪いんだよ! 急にあんな素っ気ない態度とってさ、あたし嫌われたと思ったんだから!」

兄「え? なに、俺が悪いの?」

妹「そうだよ! お兄ちゃんが悪いんだよ! 困るの! あんな風に接せられたら。今までどおりに接してくれなきゃ嫌なの!」

兄「でも、お前いつもどおりだと嫌そうにしてたじゃんか」

妹「あれは照れ隠しだってば! 気づいてよ! 周りのみんなにあたしがお兄ちゃんが大好きなブラコンだって知られるのが恥ずかしいの!
 だからあんなふうにちょっと素っ気ない感じで接してたの!」

兄「え~紛らわしい。それじゃ、何だ? お前実は俺のこと大好きで、それを隠したいがためにあんな怒ってばっかだってことか?」

妹「そうだってば! これ以上は恥ずかしいから言わせないでよ!」

兄「なんだよ。俺お前が思春期になって俺のこと嫌がってるのかと思って適切な距離を見つけられるように頑張ったのに……」

妹「それが余計な気遣いなの! おかげでずっと気持ち抑えてたのにお兄ちゃんに手を出すなんてことしちゃったじゃない!
 もう、ダメだ~。明日からまともにお兄ちゃんと顔合わせられないよ」

兄「いや、ちょっ。落ち着け、妹」

妹「これが落ち着いていられるか! なに? 落ち着いたら責任とってくれるの! 兄妹なのに付き合ってくれるの?」

兄「……いや、別にいいぞ」

妹「できないでしょ! だって兄妹じゃ結婚できないもんね! そーだよね、お兄ちゃんは……って、えっ?」

兄「いや、だから。付き合っても構わないぞ」

妹「……えっ? どういうこと?」

兄「結婚はダメだし。周りの人、それこそ家族にも秘密になるけど、それでもいいなら付き合っても構わないって言ってるんだけど……」

妹「うそっ……」

兄「ホント」

ギューッ

妹「いひゃい」

兄「なら現実」

妹「えっ? えっ? ホントに、いい……の? 普通の恋愛じゃ、ないんだよ?
 おかしいんだよ? 世間からは認められないんだよ?」

兄「そうかもね」

妹「あたし、お兄ちゃんが思ってる以上に変態だよ?」

兄「そのカミングアウトは驚いた」

妹「そんなに簡単に今までの態度変えられないよ? 多分素っ気ない感じ、しばらく続くよ?」

兄「今更だ」

妹「ホントの、ホントにいいの?」

兄「うん。だって俺、昔からずっと妹一筋だし。何のためにお前の演奏会毎回見に行ってると思ってるんだよ。
 お前の晴れ舞台をお兄ちゃんの目に直に焼き付けるためだっての」

妹「そ、そうだったんだ……。えへへっ、嬉しいな」

兄「まあ、それじゃあ今から俺たちは秘密の恋人同士ってことで」

妹「うんっ。これからよろしくね、お兄ちゃん。
 あっ! でも、せっかくだから……」

ギュゥゥッ

妹「今度こそ、恋人として正式なキス!」

兄「はいはい。妹のお好きなように」チュッ

こうして、血の繋がった兄妹のカップルが誕生した。周りにその関係を秘密にしながらも、彼らは蜜月の日々を過ごしていく。
 ちなみに、定期演奏会を無事に終えた妹は、同じく水泳大会を無事に終えた兄と一緒に二人で混浴の温泉旅行に出かけましたとさ。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

秘密の小部屋

「では、佐々木先生。このあとはよろしくお願いしますよ。なんせ、神谷のやつは我々に対しては敵対的でして……」

「ええ、わかりました。いつものことですが、迷惑をおかけしてすみません。副担任として謝罪させていただきます」

「そんな、佐々木先生は新任としてはよくやっていらっしゃいますよ。だからこそ南先生も生徒指導補佐としてあなたを使われているのですから」

「そうだといいんですが……。あ、そろそろ行きますね。ありがとうございました、日野先生」

 すべての授業が終わり、教師たちが集まる職員室。その一角、新任として母校である高校に着任したまだ年若い青年佐々木望は体育の教科を受け持っている中年の男性教師、日野悟からある報告を受けていた。
 それは、今年に入ってもう何度目になるかわからない報告であり、彼にとって関わりの深い生徒が起こしている問題であった。
 日野が佐々木の元を去ったあと、彼は誰にも気づかれないようこっそりと深い溜息を吐き、愚痴を漏らした。

「はぁ。まったく、これで何回目だよ由利……」

 普段は形式上名字で呼んでいる問題児の名前を口にし、今彼女が待っているであろう生徒指導室へと重い足取りで彼は向かうのだった。
 職員室を出て、長い廊下を歩いていると幾人もの生徒とすれ違う。まだ自分とさほど年齢の変わらない新任教師である佐々木には彼らも接しやすいのか気軽に声をかけてくれる。その度に佐々木は挨拶を返したり、軽く雑談をした。
 そうこうしているうちに反対側の校舎にある生徒指導室へと辿りつく。シンと静まり返ったそこには一人の少女がいるはずだ。
 ガラガラと、もうだいぶ老朽化した木製の扉を開き、佐々木は中に入った。

「あっ! ささ兄!」

 生徒指導室の中へと入った佐々木を待っていたのは開口一番、教師に対してするものではなく、まるで近所に住む親しいものに対する言葉だった。実際、それはあながち間違いでもないのだが、ここはまだ学校であるため、職務中である佐々木は少女の言葉を注意した。

「こら、いつも言ってるだろうが。ここでは佐々木先生だろ、神谷」

 これも何度目になるかわからない指摘であるため、若干呆れながら佐々木は少女、神谷由利にそう告げた。

「え~。だってさ、私から見ればささ兄が教師なんて言われてもピンとこないんだもん」

「そうだとしても、そこはちゃんと公私を分けるのが普通なの。まあ、それはまた今度でいいや。それで、今回はどうした?」

 生徒指導室に置かれた椅子に座っている由利の対面へと佐々木は移動し、彼女と同じように座った。

「えっと、実はね……」

 そう言って由利はポツリポツリと今回の話を話しだした。そして、それは教師からしてみればあまり取るに足らないことであり、逆に生徒である彼女からしてみれば重要だともいえることだった。
 ようは彼女たちは本来許可を得てから使用する体育館での球技を勝手にボールを倉庫から持ち出して行っていたらしい。しかも、注意だけで済むところを他の子達を庇ってやけに由利が反抗したため、このように生徒指導室に呼ばれるということになったのだ。
 教師に対してどこか反抗的。でも、それは自分以外の誰かを思っての行動のため生徒からは人気が高い。そんな生徒が神谷由利という少女だった。

「全く、そんなことなら直ぐに謝ればよかったのに。そういうとこお前は圭佑に似てるよな」

 そう言って佐々木が苦笑する。彼が今思い浮かべたのは由利の兄であり佳祐の親友でもある神谷圭佑だ。今目の前にいる由利と同じ様に圭佑が高校生の頃は同じように問題を起こしており、佐々木もそれに巻き込まれるようにして問題児として扱われたりもした。

「え~圭佑と一緒とかないない。ささ兄、それはひどいよ~」

 心底嫌そうに兄と同一視されるのを拒否する由利。兄である圭佑はこんなふうに嫌われていると知っていても彼女のことを溺愛しているのだ。思春期とは言えこれだけ嫌われるのはかわいそうだなと親友に対して佐々木は同情した。
 けれども、他人の妹とは言え手間のかかる子ほどかわいいという。しかも由利は佐々木がこの学校に着任する前からの付き合いであるため、どうしてもほかの生徒より贔屓目に見てしまうことがある。

「まっ、問題を起こすのは程ほどにな。さすがにあまりにひどいと僕も庇ってやれないから」

「うんっ! ありがと、ささ兄!」

 そうして今回の問題はこうして終わりを告げ、佐々木はその場で事の成り行きについてノートに纏めていた。だが、もう要は済んだのにも関わらず由利は部屋から出ていかない。部屋の外からは既に部活動に向かう生徒たちの声が響き、古い校舎の窓を揺らす風の音が聞こえてくる。
 そんな中、シャープペンの音だけが響き渡る生徒指導室。佐々木はノートを書くのに集中しており、由利はそんな彼の前で両手で頬杖をついて楽しそうに彼を見つめていた。

「えへへ~」

 実に幸せそうな緩みきった笑顔。他の誰でもない佐々木だけの前で見せる彼女の表情。そして、それに気がついた佐々木は無視するわけにも行かず手を止めて由利に注意する。

「こらっ、学校じゃ公私をしっかり分けろって言ったばっかりだろ」

「だってさ、だってさ。この部屋私たち二人しかいないんだよ? それならこうしていてもいいでしょ?」

「駄目、駄目。いつ他の人が来るかもわからないんだから……」

「む~っ。じゃあ窓締めればいいでしょ! 入口は磨硝子だから外からは人影があるくらいしかわかんないんだから」

 そう言って由利は外窓の前にあるカーテンを引き、窓を全て覆った。そして今度は作業を止めた佐々木の隣に座り彼の服の裾をキュッと握り締めた。

「ねえ、こないだ宮下先生といい雰囲気だったって本当? なんか二人で食事に行ってたって聞いたんだけど」

「おいおい。そんなことどこで聞いたんだよ。まあ、事実だけどさ」

 佐々木より二つ年上の先輩教師である宮下加奈子と以前食事に行ったことを話に持ち出された佐々木は女子高生たちの情報ネットワークの広さに心底驚いた。

「そんなことは今どうでもいいの! その、なんで一緒に食事になんて言っちゃったの……。私だって一緒にご飯食べに行きたいのに……」

 シュンと肩を落とし、明らかに落ち込んだ様子を見せる由利。年上の女性に対する嫉妬の入り混じったその様子を見て佐々木は可愛らしいと感じた。

「いや、仕事の話をする上で仕方なかったんだよ。それに、宮下先生は彼氏いるぞ。だから、あまり心配するな」

 そう言って佐々木は由利の頭を優しく撫でた。くすぐったそうにしながらも、由利はデレデレと頬を緩めて為すがままにされていた。

「ほんとッ!? ならよかった~……」

 心底安心した様子の由利はとうとう佐々木に抱きついた。さすがにこれは佐々木もマズイと思い、彼女を引き離そうとするのだが、満面の笑みを浮かべる彼女を無理やり自分から離した時の反応を想像して、結局行動に移すことはできなかった。

「もう、少しだけだからな……」

 そうして、いつもの決まり文句を言う佐々木。そんな彼の言葉に甘えながら今日も由利は幸せそうに微笑む。

「ささ兄、ささ兄!」

「ん? どうした……」

 もうすぐ報告を書き終わりそうな佐々木を由利は呼びかける。そして、キョロキョロと周りを見渡し、誰もこの部屋に来る気配がないのを確認すると瞼を閉じ唇を彼に向かって突き出した。

「はぁ……。全く、お前は本当に問題児だな……」

 公私共々手の焼ける生徒兼彼女に呆れながら佐々木は自分にとってのお姫様の機嫌をよくするため彼女の要望に応えた。
 そっと触れ合うような優しいキス。数秒にも満たないそれでも、その行為をしてくれたのが嬉しいのか由利は終始笑顔のままだった。
 問題を起こした生徒を指導するために教師が訪れる生徒指導室。だが今は、彼氏と彼女という秘密の関係を表に出せる学校唯一の聖域として二人は活用するのだった。

テーマ : オリジナル小説
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こねこ時計 ver.3

CATS
Sweets

プロフィール

建野海

Author:建野海
扉の中の部品たちへようこそ。

名前:建野海

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好きな食べ物: 和菓子、洋菓子などデザート類。

趣味: 読書、ツーリング、ゲーム、ピアノ、映画鑑賞。

好きなマンガ:
ワールドエンブリオ
修羅の門
     3月のライオン
     エリアの騎士
     フルーツバスケット

好きな小説:ダレンシャン
      白夜行
      スロウハイツの神様
      向日葵の咲かない夏
      白い巨塔など。

好きな映画:プラダを着た悪魔
      ワイルドスピード
      僕駐
      インセプションなど。

好きなゲーム:キングダムハーツ
       テイルズ
       ルーンファクトリー
       ゼルダの伝説など

好きなアーティスト:福山雅治
          宇多田ヒカル
          UVERworld
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